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文学と問われた日に  作者: ぷーたろう
1/1

兼元 仲本

「閉塞感を誤認して充足感にすり替える」

兼元は沈痛な面持ちで話始めた。

「俺達は搾取されるだけなんだよ」


~魂をな~


昨晩から仲本は腰痛に悩まされていた。

シクシクと痛む原因はどうやらここ最近の慣れない長時間のデスクワークによるものであるようだ。

筋肉は脂肪になり、腰にばかり負荷がかかっていた為、僅かな刺激でも身体が悲鳴をあげやすくなっている。

「うごお、、」

呻き声が思わず漏れる。

ベッドに踞ると全てを拒絶するかの様に目を固く閉じた。

「一体どうしてこの痛みを抱えなければならないのか」

苦しみに耐えかねて哲学を始めた仲本を尻目に、

兼元はタバコをふかしている。

「お前さ、、家の主の俺が目の前で苦しんでいるのに知らん顔はないだろ。お前のせいで俺はこんな目に、、。」

煙にむせながら薄く目を開けた仲本は憎々しげに兼元を睨んだ。

広さ七畳程の部屋に大の大人の男が二人。

寒いからという理由で兼元は窓を開けない。

「、、、、。まあね」

ふぅーっと気持ち良さそうに吹かす兼元に、

仲本は苛立ちとも諦めともつかない溜め息をついた。



兼元が仲本の部屋に出入りするようになったのは、

大学に入学して間もない頃からだった。

二人は都内の大学の文学部に通っている。

仲本は生まれ持った勉学の才能をなあなあに使い、

親の期待に応えられるラインの大学で好きにしようと端から決めていた。

当然学習意欲等無く、頭の中は学生生活をどのように謳歌するかの一点のみだった。

たまに同じ授業で見かける兼元など記憶にすら残っておらず、初めてのゼミで漸く【兼元充】の異様さに気付いた。


「文学的見地なんて十人十色なんで、僕は感想文を書きます。」

最初のゼミで夏目漱石の夢十夜についてレジュメ提出を求めた教授は唖然とした。

「き、君ね。ここは文学を紐解く場だよ。感想文なんて幼稚な。」

「言葉なんて如何様にも捉えられる。重要なのは解釈の幅でしょ。」

教室には十人程いたが、突然の異端者に皆言葉をなくした。

なぜなら、彼らは文学は調べるものだと思っていたが、

彼は最初から誰もが答えを持っていると主張したのだ。

「と、とにかくきちんとルールに則って書くように。」

教授はその場を取り成すとそそくさと立ち去った。


「兼元充ってさ、、変わってるよな」

「藪から棒に何よ」

「いや、あいつゼミの時にいつも変な事言うんだよ。俺てっきり目立ちたがりやなのかと思っていたんだけど。」

「真面目が行き過ぎて空気読めない系?」

「でもない、、、。課題はきっちりこなすし、授業もきちんと出席するんだ。でも、突然スイッチが切れたように呆けてるかと思えば、凄く真剣に何か書いてたり、、、」

「ふーん」

由美は気のない返事をすると、学食で購入した焼きたてのクレープにかぶり付いた。

仲本優と葛城由美は中学時代からの腐れ縁で、自然な流れで大学も一緒に受かった。二人は授業の合間にこうして大学の食堂でおしゃべりしたり、勉強をしたりするのが日課になっている。

「でも兼元君て結構女子に人気だよ。」

「お前好きなの?」

「ん~目の保養。お前って言わないでよ」

由美は口元にクリームをつけたまま頬を膨らませた。

「なんかさ、いるじゃない。独特な空気持った二枚目俳優。女ってああいうの見ると自分だけに向けさせてみたくなるのよね。未知数な物に対する好奇心。兼元君てそんな感じなのよ。」

仲本はふんふんと頷きながら、分かるような分からないような気持ちになった。確かに兼元は変な奴だなとは思うが、魅力的には映らない。顔が良くて少し周囲と違うという事はそれだけで淘汰の対象になりかねないからだ。それは要領の悪い生き方だ。

「まあ、あんたとは縁の無い人種でしょ。あんた昔から形の見えない人間が苦手だもんね。」

由美は全て分かっていますという澄まし顔で仲本を見据えた。いつの間にかクレープを食べ終えて、身支度を始めている。

「そんな気になるんなら話してみたら。じゃ。あたし四限あるから行くわ。」

「お前さっき縁が無いって言っただろ、、」

「そうだっけ?」

曖昧に返答するとさっさと由美は食堂から出ていった。

いつの間にか周囲にいた学生はいなくなり、代わりに授業終わりと思われる学生がぞろぞろと集まってきていた。


テーブルに溢れたクレープの食べ滓を見つめながら仲本は小さく唸った。






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