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序:幻視残留

 世界が渦を巻いている。

 荒々しく、そして痛々しいまでに激しくのたうつ世界は、一体何を感じ、何を思っているのか。その姿は荒れ狂う大海にも、轟音を伴う嵐にも変わり、そして時にはこの身に叩きつけるような圧倒的な重圧が押し寄せてくる。

 自らに比べ、なんと巨大で力強いのか。それに比べ、自らがなんと卑小で弱々しいのか。

 その前に立つのは、勇気ではなく、狂気の産物であったかもしれない。

砂丘の砂粒や大海の一滴ほどにその身に差がある中で、一体どのような理性がその前に立つ傲慢を理解するというのか。

 容赦なくその身を打たれる中で、如何なる思いが秘められていたのか、未だ知る事は無い。

 その身を引き裂こうかという暴嵐のごとき存在を、何故、哀れと思ったのかも、また。



 不意に頬を伝う物に気付いた。恐る恐る指で触れた場所は湿り気を帯びており、瞼の隙間から耳の後ろまで一筋の軌跡を描いているのが分かる。

 唐突に、季節を逆行した様な冷気が傍らを通り抜け、涙に濡れた跡をヒヤリと撫でて行った。暦の上では春に入ってはいたが、まだまだその統治は万全と言えないらしい。

 その気まぐれさに苦笑を浮かべながら、天城勇(あまぎいさむ)はノロノロとその身を起こした。固い床の上で寝ていた為に固くなっている体の節々をほぐすと、一つ大きな伸びを行う。健康に悪そうな骨の悲鳴には耳を借さずに、身体中弛緩しきった様子で大の字で寝転がった。

 視線を向けた先、とうに日付けの代わった深夜の空には、陽光の加護は無い。すでに身を隠している太陽に代わるのは、空一杯にばら蒔かれた砂利道の様な星の群体だった。昼間とはまた違った柔らかな明るさを放つそれらを見上げながら、しばし、時の流れるのを忘れそうになる。

 光が渦を巻く空を見上げながら思うのは、胸中に浮かぶ、不可解な感情であった。

 無数の光が踊っている中、芸術に疎い自分までが幻想的までに美しいと思える光景を、何故、感傷を持って見上げるのか、いかに頭を巡らせようとも一向に答えが出ることは無い。


(――勇)


そんな折りにかけられた声に、勇の心は急速に現実に引き戻された。前触れも無く唐突に響いた声に対する動揺など一切無く、先程までの怠惰に浸されていた体に緊張が走り、その淀んだ瞳にも一瞬で荒々しいまでの苛烈な光が灯った。

勢いを付けて跳ね上がった体は並の人間が見上げる様な長身であった。顔の左半分を隠す少し不揃いな髪も、外に晒された右目も、全身をぴったりと覆う服も、全て黒一色であり、星を遮り地面から伸びる姿は、さしずめ影法師の様であった。

 調子を確認するかのように2・3度拳を開閉すると、一息の間の後、固めた拳を打ち合わせた。

 身体中に活力を宿し気合いのみなぎる姿からは、先程の怠惰な態度など、想像もつかない。

「どうだ、状況は?」

 鋭い口調で呟くのは、何が、とも言わぬ簡潔な確認の言葉。余計なやり取りを挟まぬのは、相手の事を余程信頼している証であろう。

(北東に450。第3候補にて活動中)

「ふん。やはり現れた、か」

(周囲に人影は無し。何かしら、配慮を行っている様子も見当たりません)

「派手に隠ぺいされるより、余程やっかいなタイプだな。今から向かう。気取られるなよ」

たった一人、群れて佇むビルの屋上で体を伸ばしていた勇は、最後に何か続けて言いかけたものの、結局無言のまま口を閉じた。

 周囲には人影一つ無く、彼を急かす者も、引き留める者もいない。その身を急かすのは、ただひたすらに自身の内側から沸き立つ、激情のみ。

 自身の物とも思えない程に荒れ狂う心中を抱えながらも、不思議と身体はその波に曝される事無く、冷徹と称せるまでに理想どうりに動く。

 いつも通りの歪な一体感が、自身の体を駆け巡って行くのが分かった。「さあ、行くか…」

 その呟きに反応した様に、元より細長い目付きであったものが、更に薄く、鋭いものに研磨されてゆく。凡庸の殻に隠されていた存在が徐々に浮き出て、身体中だけではあきたらず、大気までもがその気迫に震える様であった。

「狩りの始まりだ」

 勇は、口元を歪ませながら蒼い空へ向かい跳躍した。



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