1-5 迷宮探索Ⅱ
意を決して、出た先は正に、異質な世界だった。
血が地面にコベリ付き、骨は魔獣となって歩き、異形の生き物が獲物を探し歩いていた。
逃げろ、走って、安全区域まで。
本能が鐘を鳴らし、体は震える。
「落ち着けよ。俺、大丈夫だ」
自分の言葉で自分を落ち着けせる。しかし、俺の言葉とは、反対に、血を求めた狂犬が噛み付こうとしてきた。
狂血犬、ランクC+。俺の何十倍も強い魔獣だ。その獰猛な性格と返り血を浴びたとされる真っ赤な体から、その名がついた……らしい。
俺は短剣を構えて、襲いかかってきたところを敵を斬る。
カンッ
まるで、金属を殴ったときの様な音がした。
そうか、魔獣の革は、普通の獣の五倍は硬い。たかが、犬でも、自然の鎧を身に纏っていると見た方が良い。
『ワァァアォーン』
チッと俺は思わず、舌打ちしたくなった。
師匠曰く、【遠吠え】。【種族技能】と呼ばれる、その種族に生まれた時から持っている技能だ。
【遠吠え】の力は、仲間を呼ぶところにある。
これを使うと、その魔獣の群れがやってくる。そして、その群れを率いて、襲いかかってくる。
また、【無限復活】を使う羽目になるか。
でも、この状況じゃあ、リスキルをしてくださいと言わんばかりの展開になる。
ゾロゾロと狂血犬共が集まってきた。
そこからは、殆ど蹂躙となった。
狂血犬。個体ですら、C+。だが、十匹以上の群れだと、B+。五十匹以上の群れだと……A。
そして、今回はざっと見積もって、五十匹以上。
――敵うはずがない。
俺は逃げながら、ナイフを投擲する。グサッと、一匹に突き刺さった音が聞こえてくる。
「よしっ」
だが、獲物を求めていた狩人が逃すはずが無く。俺はあっさり捕まった。
そして、体中を噛みつかれる。
痛い。痛い。イタイ。いたい。
今回も死ぬのか……と思いつつ、俺は感覚を閉じ始めた。
一瞬で、痛みが和らぎ、魂が喜ぶ。
そして、俺は死ん――
――だと思った《・・・》、その時、声が聞こえた。師匠の声でもなくて、【天の声】でもない。
女の子の声だった。
「【集団照準・雷弾】」
その声と同時に、バチバチと音を立った。そして、雷の弾が俺の真横を通り過ぎて行き、俺を噛んでいた犬は倒れた。
本能的に感じ取ったのだろう。
狂血犬は、牙を剥きながら、少女に飛びかかった。
「危ない!」
俺は叫んだ。俺を助けてくれたから、死んじゃったというのはかわいそすぎる。
「【黒放電之宴】!」
彼女の周りから、黒い雷が現れた。そして、一気にため込んだものを放出するかの如く、雷をとばした。
飛びかかろうとしていた、犬は放電に当たり、倒れた。
「終わりです!【炎纏落雷】!」
刹那、天に、迷宮内の天井に術式が走った。そして、極大の魔術陣が出現し、そこから、炎を纏った雷が落ちた。
そして、周囲の魔獣。この小部屋に居たほぼ、全ての魔獣が殲滅された。
「嘘だろ」
ここは、先ほど言った通りの九十八階層。こんなか弱そうな女の子一人でこれる階層じゃない。勿論、俺は例外だが、それは置いておくとして、彼女は一体何者なんだ?
「さて、大丈夫でしたか?」
「……あぁ」
「良かったです。しかし、不思議です。あの程度の魔獣にやられているのに、よくこの階層まで、辿りつけましたね。はっきり言って、前階層の不死王の方が強かったですし」
「……」
「まぁ、悪いことは言いません。早く地上へ戻った方がいいですよ」
俺は俺と同年代、または少ししか変わらないぐらいの年頃の女の子にそう言われたのが悔しかった。まるで、悪戯した子供を叱る親のような口調で言われたのが、心底悔しかった。
「【付与・高速移動】。これで、多分、大丈夫でしょう」
だから、俺は……
「安全区域まで、行ったら、大丈夫でしょうし。何だったら、私が安全確保のために」
「――必要ない」
と一言だけ告げて、彼女の善意を断った。
そして、「待って!」という彼女の言葉を無視して、走り出した。
――悔しかったら、強くなれよ。
師匠も言っていた。初めて、戦った時だ。今思うと、負けて当然の試合。だけど、それが悔しくて、悔しくて、たまらなくて。
その時の感覚に似てた。
「【転移の環】」
俺はそう言って、【転移の環】を使った。