表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白うさぎの歌  作者: 三上 ゆら
1/1

赤目の彼女

楽しんでいただけたら幸いです。

「ねえ、夜くん。」

「なんすか?」

「私バンド抜けるわ。」

「は?まじすか?」

「うん。」

「なんでまた、こんないきなり。」

「そろそろ受験やばいし、ちょっと色々あってね。」

(はじめ)となんかあったんすか?」

「・・・・うん。まぁ、そうだね。だから、ボーカルは新しい子探して。」

「・・・・はい。・・・・分かりました。」

「ごめんね。」

「いえ。」

「じゃあ、またね。」

「はい。」

こんな簡単な会話で高校生バンド「LOST」は声を失った。


 でも、今から思うと、この時先輩がボーカルをやめて良かったのかもしれない。

ステージの上から僕たちのライブに来てくれた大勢のファンを見ると本気でそう思えた。今の僕たちの姿を見たら、きっと先輩はやめたことを後悔するだろう。

「じゃあ、次は私たちのデビュー曲! 行くよー!」

ファンの歓声と共に僕はバスドラムでリズムを刻む。そこにベース、ギターの音が入ってきて残るパーツはあと一つだ。楽器で奏でる音の盛り上がりが最高潮に達した時、彼女の透き通るような声が入ってきて、僕たちの音に命を吹き込む。

「さあ、楽しもう。」


 1


「あっちー。」

そう言って僕はアイスをくわえながら公園のベンチに寝転がる。高校二年生の僕はサボり常習犯だ。先輩がバンドを抜けてからはそのサボリにさらに磨きがかかって、最近では一週間に一回学校に行くか行かないかくらいになっている。

「おいこら、サボリ魔、はやく学校行け。」

突然聞き慣れた声に呼ばれて、のそのそとベンチから起き上がる。

「おっ(はじめ)おはよー。」

「もうこんにちはの時間やぞ。バカ。」

ゴツッ!

そう言って一は僕の頭に拳骨を落とす。

「てか、一が遅刻とか珍しいね。」

(はじめ)こと、「神木 一」は僕の幼馴染だ。真面目で成績優秀、運動神経抜群。しかもイケメンでモテモテという非の打ち所がない人間だ。歳は僕より一つ上で「LOST」のベース兼リーダー。そして、この前バンドをやめたボーカル「早坂 夏希」の元彼だ。(なんで別れたのか、詳しいことは知らない)

「早坂に呼ばれてな。ちゃんと話はつけてきたよ。」

「夏希さんやっぱ辞めちゃうの?」

僕は別に先輩に恋心を抱いていた訳ではなかったが、先輩の声にドラムの音をのせるのはとても気分が良くて好きだった。

「・・・・おう。悪いな。」

分かってはいたが、やはりショックだ。

「そっか。・・・・バンドはどうする?」

解散だけはしたくない。僕の居場所はもうこのバンドしかないんだ。

「とりあえず、練習しながらボーカル探しやな。いい感じの子いたら声かけるように琴葉ちゃんにも言っといて。」

ひとまずはホッとした。

「りょーかい。次の練習いつ?」

「うーん、どうしよっか。」

腕を組んで考えている一の顔がにやけていく。もう、嫌な予感しかしない。

「今日やるで、学校来い。(ニヤニヤ)」

「えぇー、明日にしよ。めんどいやん。ここまで来たらもう、一日サボってまいたいやん。」

もう今日は学校に行く気分じゃない。このまま公園のベンチでダラダラして猫とたわむれたい。

「琴葉ちゃんに夜がサボってること言っていいのか?(ニヤニヤ)」

それだけは本当に困る。

「あぁーもう分かったよ。行くよ。行けばいいんやろ?」

「よく分かっとるやん。」

そうして僕と一は六月のジメジメした暑さの中、高校に向かって歩き出した。


 結局、学校についたのは六限目だった。久しぶりに教室に入った僕を見て、クラスがざわつくが気にしない。自分の席について眠りに落ちた。


 帰りのホームルームが終わるとすぐに教室を出て、音楽室に向かう。僕のバンドの練習は基本的に高校の音楽室を使っている。もちろんスタジオを借りてやることもあるけど、音楽室の方がなにかと便利だ。

 音楽室のやたらと重い扉を開けると僕の相棒が待っていた。白と黒のシンプルなデザインのドラムセットに駆け寄り、スティック以外何も入っていないカバンからスティックを取り出して、手馴しに8ビートを刻む。次に16ビート。そしてシャッフルビート。スティックを通して伝わってくる振動が心地いい。一にほぼ強制的に始めさせられたドラムだけど、それが今は生きがいになっているんだから不思議なものだ。

「おっ、兄ちゃん早いねー。」

僕が勝手に作った僕の好きなリズムを叩いていると「LOST」のギター担当が入ってきた。

「三上 琴葉」ギター担当の高校一年だ。天然だが頭は良い。なによりギターがびっくりするほど上手い。ちなみに僕の妹だ。

「おう!ちょっと合わせよ。」

「オッケー。ちょっと待ってねー。」

そう言って琴葉はギターを取り出す。アンプにつないで音をかき鳴らしてニッコリ笑った。

「準備オッケー。」

「りょーかい。」

そこからはもう音の世界に入っていた。琴葉が出す音を引き立てつつも自分の音を主張する。もう楽しくて仕方ない。夢中になりすぎて一が入ってきたことにも気がつかなかった。一の存在に気づいたときにはもう一はベースをかまえていて、僕と琴葉が奏でる音にすんなりと入ってきた。バスドラムのお腹に響くような音とギターの高くて鋭い音、そしてベースの少しくぐもったような音が見事に調和している。無駄な音なんて一つもなくて完璧に完成された三人の音。自分が奏でているにも関わらず、思わずうっとりする。それと同時にこの音に合わせる声がもうないことに落胆した。

 気が付くともう辺は暗くなっていた。

「そろそろ帰るか。」

一が名残惜しそうに言う。僕も帰りたくはなかったがそろそろ学校が閉まる時間だ。仕方ない。

「一、うちで飯食ってく?」

「うーん。今日はいいや。家に用意されてるっぽい。また今度頼むわ。」

「はいよ。じゃあ琴葉、俺帰りにスーパーよってくから先帰って風呂沸かしといて。」

「先入っててもいい?汗やばい。」

「おう。いいよ。」

「じゃあお先ー。」

「兄ちゃんまた後でねー。」

そう言って二人は音楽室から出て行った。


 静まり返った音楽室にポツンと残された僕と僕の相棒。

スティックを握って優しく叩く。

僕のお気に入りの曲をゆっくり演奏していると、どこからか女の人の歌声が聞こえてきた。

正確に言えば聞こえてきた気がする。

演奏を続けたまま耳を澄ます。

やはり聞こえる。

今叩いている曲は結構マイナーな洋楽だが、その歌詞がはっきり聞こえてくる。

僕は徐々にその声に合わせてドラムを叩く。

僕の音が完全に声のペースにはまった時、鳥肌が収まらなかった。

夏希さんと合わせたときでもここまで気分が高揚することはなかった。

この声は僕のドラムのために、僕のドラムはこの声のために存在しているのではないか

そう思った。

簡単に言えば、

僕はこの声に惚れた。

この声のためにドラムを叩きたい。

気が付くと僕は演奏をやめて廊下に飛び出していた。左右を何回か交互に見ると、僕が通う高校の制服を着た彼女が暗闇の中に逃げるように立ち去っていくところだった。

「待って!」

叫ぶと一瞬彼女の動きが止まった。その隙に一気に距離を縮める。彼女に追いついてやっと顔が認識できるくらいに近づくと僕は言葉を失った。

彼女は白い髪をしていた。

彼女の肌はコップに注いだミルクのように白かった。

彼女は赤い目をしていた。

その赤い目と僕の目が合うと彼女はさっと目をそらす。

「すいません。もう邪魔しないので。」

彼女の見慣れない容姿に驚きはしたが、それ以上に僕は感動のようなものを感じていた。

彼女の澄んだ水のような声に。

濡れたルビーのように輝く赤い瞳に。

暗闇の中に消えようとする彼女の手をつかむ。

「ねえ、君さ、俺のバンド入らない?」

この声のための音を作りたい。その一心で頭で考えるより先に言葉が出てきた。

「え?あの、えっと・・・・え?」

彼女は明らかに困惑している。まぁそれは当たり前だろう。初対面の男子にいきなりバンドやらないか、なんて言われたら誰だってこうなる。

「さっき歌ってたの君だよね?」

「あっ、はい。ごめんなさい。邪魔しちゃって。」

恥ずかしそうにしながらゴニョゴニョと答える。

「明日の放課後ここでまた練習するで、よかったら来てくれない?」

すでに僕は明日、僕たち三人の音と彼女の声が一つの生命体になるのを想像してワクワクしている。

「あの!」

突然彼女が大きい声を出す。

「なっなに?」

「私を見てなんとも思わないんですか?」

僕はバカだから、彼女の言っていることがよく分からない。

「どゆこと?」

そう答えると彼女はただでさえ大きな目をさらに見開き、驚いていた。

「いや、だって・・・・。」


「おい!誰かいるのか!」

いきなり大きな声が暗い廊下に響く。見回りの先生が来たようだ。学校が閉まる時間はもうとっくに過ぎているからバレるとかなりまずい。

「こっち来て。」

彼女の手を引いて音楽室に入る。ピアノの下に体をすべり込ませるのと同時に音楽室の扉が開いた。僕がたぶん学校で一番嫌いな生徒指導の先生がのそのそと入ってくる。息を殺して先生が出て行くのを待つ。心臓の音が漏れてしまうんじゃないかと思うくらいバクバクと音を立てている。

「なんだ、気のせいか。」

一通り音楽室の中を徘徊してから、先生はよく分からない歌を口ずさみながら出て行った。殺していた息を蘇生して、胸をなでおろす。 

「ギリギリセーフ。」

「あ、あの・・・・」

彼女が苦しそうな声を上げる。慌てていて気がつかなかったが、僕は彼女を抱き締めるようなかたちで隠れていた。

「う、うわーごめん。ホントに。慌てててつい。下心とかそういうのはないから。」

光の速度よりも速いんじゃないかと思うはどのスピードで彼女から離れる。大事なことだからもう一度言っておくが、本当に下心はない。

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」

嫌われなかったことに安堵して立ち上がろうとしたら思い切り頭を打った。少しクラクラする。

「大丈夫、ですか?」

そう言う彼女の声は震えていた。見ると笑いを必死でこらえている。その姿がおかしくて僕もつられて笑った。暗闇の音楽室に彼女のカラッとした笑いが響く。その笑顔に僕は少しドキッとした。

笑いが収まるとしばらく振りの沈黙が訪れる。音楽室にはセミとカエルの声が響いていた。

先にその沈黙を破ったのは彼女だ。

「あの・・・・。」

「どした?」

「さっきの話の続きなんですけど。」

「うん。」

「私を見てなんとも思わないんですか?」

もう一度同じ質問をされるが、やはり僕には分からない。

「俺、アホやで質問の意味がよくわからん。ごめんね。」

彼女はまた、驚いた顔をしている。

「だって、私、髪白いし、赤目だし、そういうの見て、気味悪いだとかそういうこと思わないんですか?」

あぁーなるほど、そういうことが。僕のアホな頭がやっと彼女の質問の意味を理解した。

「俺は気味悪いどころか、めっちゃキレイやと思うよ。確かにびっくりはしたけど、赤目とかうさぎみたいで可愛い。(ニッコリ)」

キャラが崩れるのが嫌だから誰にも言ってないけど、僕はうさぎが大好きだ。特に赤目の白うさぎなんてもうたまらない。

彼女は僕のこの答えに絶句していた。なぜだろう?アホな僕の頭にまたもや疑問が浮かぶ。

「それってさー、生まれつきなの?」

「え?・・・・はい。アルビノって聞いたことないですか?」

残念ながら知らない。

「ごめん。分かんない。」

「体のメラニン色素っていうのが普通よりかなり少なくなっちゃう病気です。だから私は白髪赤目なんです。」

その後、彼女にアルビノについて色々教えてもらった。ざっくり説明するとこんな感じだ。

・正式名称は先天性白皮症。

・二万人に一人の確率で発症するらしい。

・生まれつきメラニンが欠乏していて髪や皮膚が白くなる。

・目は毛細血管が透けているから赤いらしい。

・紫外線に対する耐性が低い。

・視力が弱く、乱視、近視、遠視、を伴うこともある。

・光がすごくまぶしく感じる。

・白蛇や白うさぎもアルビノらしい。

・治療法は見つかっていない。

まぁ、こんなところだ。他にも色々言っていたが、僕の理解が追いつかなかった。とりあえず、僕の愛する白うさぎがなんで赤目なのかは分かった。

「あれ?あれ?」

話し終えると急に彼女が慌てだした。

「どしたの?」

「あの、眼鏡がないんです。」

その言葉を聞いて、僕は彼女の視力が本当に弱いことを実感した。彼女のものと思われるメガネケースは彼女のすぐ近くに落ちている。

「これのこと?」

拾い上げて彼女に渡した。

「あっありがとうございます。私これないとホントなんも見えなくて(ニッコリ)」

「たいへんやね。視力どんくらいなの?」

「0・2くらいです。」

左右2の僕には無縁の数字に少し驚いた。できることなら0.8くらい視力を分けてあげたい。

「視力分けてあげれたらいいのにねー。」

独り言のように呟く。

「あっそうだ。完全に忘れてたけど、どう?明日きてくれる?」

色々あって本来の目的を見失っていた。

「お誘いは嬉しいんですけど・・・・ごめんなさい。」

「????」

「私こんな見た目だから、いじめられちゃって高一の秋くらいから不登校なんです。今日はたまたま先生に放課後来るように言われてたから来ただけで、いつもは学校にいないんです。だから、ごめんなさい。」

「ん?今何年?」

「あっ高二です。」

「何組?」

「三組です。」

「君ってもしかしてさー、白井 (あかね)?」

僕のクラスには不登校の生徒がいる。僕もほとんど不登校みたいなものだから人のことは言えないが、その生徒は僕の隣の席だ。たまに学校に行ってもいつも空席だから少し気になっていたんだ。クラスの人に全く興味がない僕。そんな僕が唯一興味を持ったのは、一度も会ったことのない、隣の席の「白井 茜」だ。

「はい、そうですけど・・・・なんで知ってるんです?」

「いや、俺も不登校みたいなもんなんだけどさー、たまに学校いっても隣の席いつも誰もいないから気になってたんやおね。だからもしかしてって思って。」

「あっお隣さんでしたか。」

「高二になってから学校きた?」

「一回だけ行きました。行ったんですけど、やっぱり視線が痛くてダメでした。」

「これからも学校は行かない?」

「・・・・おそらく。」

「そっか、残念。」

彼女とバンド活動できないと分かって落胆したが、それと同時にいいことを思いついた。

「ねえ、明日なんか用事ある?」

「? いえ、特にはないですけど。」

「明日俺とスタジオ行ってみない?」

「え?でも明日って平日ですよ?学校はいいんですか?」

「全く問題ないよ!さっきも言ったけど俺も不登校みたいなもんだから。」

「そう、ですか。じゃあ行ってみるだけなら・・・・お願いします。」

彼女はペコリと頭を下げる。

「よっしゃ!じゃあ明日〇〇駅に十一時でいい?」

「はい。大丈夫です。あの、番号教えてもらっていいですか?」

「おっけーおっけー。」

「まさか高校生活の中で誰かと携帯番号交換するとは思いませんでした。(ニッコリ)」

「そんなおおげさな。」

とか言ってみたが、よく考えたら僕の携帯には一と琴葉の番号しか入っていない。少し悲しくなった。

「じゃあそろそろ帰ろっか。」

「はい。」

時計を見るともう二十時をまわっている。もう今日はスーパーいけないな。琴葉になんて言い訳しようか。

「あの・・・・。」

「?」

「名前、教えてください。」

「あれ、まだ言ってなかったっけ?ごめんごめん。俺は三上 (よる)。夜でいいよ。(ニッコリ)」

「夜、ですか。」

「そう、変わった名前でしょ?」

「いえ、いい名前ですね。よろしくお願いします、夜。(ニッコリ)」

「こちらこそよろしく。茜でいい?」

「はい!」

「あっあとタメ口でいいよ。同い年なんやし。なんか敬語使われるの苦手。」

「ごめんなさい。つい癖で。頑張ってみます。」

「さっそく敬語になっとるよ。」

「あっえっと、がっ頑張るよ?こんな感じですか?」

「かなり重傷やね。まーいーやーちょっとずつで。」

そして、僕たちは学校を出て帰路につく。

「じゃあ、またあしたー。」

「はい。おやすみなさい。」


僕は今、おそらく人生で一番ワクワクしている。遠足の前の夜なんかより何百倍も。


「さあ、楽しもう。」



一話おしまい

まだまだ続きます。

誤字脱字あったらすいません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ