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ナイトランナー

作者: モスクワ超特急

私はいつも午前零時の少し前から走り始める。

毎日の日課だ。昨日と今日の間には見えないゴールテープのような境目がある。

そのゴールテープを私の肉体が引き切るのだ。


闇夜と静寂のなかで私の吐く息の音だけが聞こえる。もう何十年もずっと同じ時間に同じコースを走っている。ランニングブームが起こったずっとずっと前から。自分の美貌にはそこそこ自信があったのだが声をかけられたためしはない。私よりどうみても不細工な女が、走っているほかの男に声をかけられるのを見たりすると、少しだけ凹んだりもした。


この町はどこにでもある郊外の町だ。私が走り始めたころはまだ土の道など残っていたが、今はもうどこもかしこもコンクリートで舗装されている。

銭湯や駄菓子屋といった店は姿を消し、コンビニやラーメン屋、小ぶりなビルなどが建っている。駅前の商店街は寂れ果てて、少し離れたところには巨大なスーパーマーケットができた。


私が走り始めたころは、まだ星が綺麗に見えていた。街灯もところどころにしかなく、闇に抱かれながら走っているという感覚だった。今では数メートルごとに街灯が並んでいて、闇はどこかに追いやられてしまった。


しばらく走ると無人コインランドリーの前に高校生たちが座っているのが見えた。涼しげな青い光に吸い寄せられたのだろう。彼らは談笑したり漫画を読んでいたりして、走っている私には目もくれない。彼らのささいな「夜の冒険」のようなものなのだろう。私は心の中で笑みを浮かべた。


自分は彼らの年齢くらいのときに、何をしていたか。思い出そうとしても、思い出すことができない。成績が優秀だった気もするが、毎日補習を受けさせられていたような気もする。


私の体が熱気を持ち、汗が噴き出してきたので、コインランドリーの前の自販機で休憩を取ることにした。120円の水を買い、ふうと息を吐いて地面に座り込んだ。


「また出たらしいぜ例の通り魔」。

「え、なにそれ知らない」。高校生たちの声がコインランドリーの中から聞こえてくる。

「お前ニュース見ないのかよ?ナイフで後ろから刺されて殺されたって事件。今月でもう3件目だぞ」


少年たちが話しているのはこの町で起こっている「通り魔事件」のことだろう。この何十年かで唯一起こった事件といってもよかった。

夜中に一人で歩いていたチンピラと呼ばれる人間が3人も殺された。1人目も2人目も後ろから首を切られて死亡、3人目に関しては前から心臓を一突きだったらしい。喧嘩慣れしている人間たちだったそうで、警察は相当がたいが良く、喧嘩慣れしている人間だと目星をつけているらしい。


まあ私には関係ないと思い、ごみをゴミ箱に投げ入れてまた走り出した。

そういえばここ数年で少年たちの荒れ具合が少しずつ目立つようになってきた。コインランドリーでたむろしている子供などまだ可愛いほうで、毎晩毎晩暴走族のバイク音がうるさい。この何十年かそうした音を聞いたことがなかったのだが、最近ではこの町で暴走族のチームができたらしい。シンナーを吸って補導される若者も急激にこの町で増えているともいう。一見平和そうに見えていたが、実は危なくなってきた町なのかもしれない。


「私も犯罪に巻き込まれる危険があるかも・・・キャーこわーい」思ってもいないことを走りながらぶつぶつ呟く。かと言って走るのを辞めるつもりはない。正確に言うと辞められないだが。


静まり返った街に私の足音と呼吸音だけが聞こえる。100メートル先に一軒だけ明かりが灯っている店がある。この店は、大工用具とペンキを取り扱った商店だった。いつも明かりは灯っているがシャッターは降ろされていた。変な店だなあと通り過ぎるたびに思っていた。この店は3年前くらいはいつも電気を消して閉店という札を店頭にかけていた。


通り過ぎようとしたとき、裏口のガラス戸が開いていた。興味本位で私は覗いてしまった。そこから八畳ほどの和室が見えた。全裸の若い男子が4人ほどビニール袋片手に寝転がっていた。たぶんシンナーだろう。

その左後方に中年の男性がいた。ビニール袋を口元にあてなにやらしている。三つ編みで長髪。生え際が後退していて、太っているからだろうか、顔は脂っぽそうな感じだった。


「お・・・お・・・おっちゃんよぉ」ろれつが回っていない。シンナーがキマッているのだろう

「なんだ」中年の男性が不機嫌そうに反応する

「すっちゃったから?もうすこしらけ。ね?頼むよ?」

「もうやめとけ。呂律回ってないし、立てないだろ。バレルとやばいからもうだめだ」と中年の男性は答えた。

「もうすこしらけ。おねがい。もうすこしらけ。また体で払うから」

「チっ・・・仕方ねえなあ」



汚いものを見てしまった。私は窓から離れてまた走り出した。

今夜この町の秘密を一つ知ってしまった。好奇心から窓を覗いたおかげでこの店の「謎」を。腐敗した光景を目にした。


この店の主人はペンキの溶剤であるトルエン(シンナーになる)を売るために深夜も店をやっていたのだ。しかも男色である彼は、若い男子を食い物にしていた。怒りは感じたが、これを警察に言うつもりはない。

これは私と彼らだけの秘密だ。秘密という甘美な響きに私は少し酔った。


しばらく走り始めてハッと後ろを振り返った。誰かが後ろから近づいてくる。

「さっきの店の奴らか」いやそれはないなと自分で打ち消す。奴らは完全にキマッてて走るどこの騒ぎではない。


嫌な感じがして走る速度を上げた。後ろの人物も速度があがったかのように足音の感覚が短くなる。

殺気のようなものを感じる。いやだ怖い。どんどん速度を上げ私に追いついてくるようだった。


「通り魔かもしれない」恐怖で足が止まりそうになる。しかし足を止めてしまうと殺されてしまうような気がして止まることはできなかった。むしろ全速力で駆けた。


無情にも、後ろの人物の呼吸音が肩口で聞こえてしまった。負けたのだ、ランニングで。

そしてその通り魔らしき人物はナイフで私の首を刺した。




「ヒッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


私から血が出ないことに通り魔は驚き目を見開いていた。私の体はナイフで刺されてガスのように霧散してしまった。


「え・・・・どこにいったの・・・・・」


彼女の体が私の霧散した場所を通り抜けた瞬間に彼女の思考をすべて読み取った。

彼女はもともと不良グループの一員だった。さっきの店で代金代わりに仲間に売られて、店主に犯されたのだった。彼女はそして復讐をするべく当時の仲間をおそい殺していたのだ。


なぜ彼女は私を殺そうとしたのか。

思い当たる節があった。私は60年前に、ドラックの過剰摂取のせいで死んだのだが、ドラッグのせいで髪が薄くなり太っていた。確かに後姿を見たらあの店主と間違えるかもしれない。


もうそろそろ成仏する時期なのかもしれない。私は彼女の驚いた顔を見ながらそう考えていた。

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