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False War  作者: IOTA
39/43

False War 10-9




 嘗ては鬱蒼とした草叢だった焼け野原。そこの一角、焦土と僅かに焼け残った薄が斑に混ざり合う半端な大地を、旗と暗器分隊を乗せた二輛のハンヴィーは走り続けていた。

 南西の遠方で繰り広げられる戦闘の様子を車内の全員が固唾を呑んで見詰めている。

 壮絶な総力戦だった。そして、遠目でもわかるほどに、プレイヤー達は実に楽しそう・・・・・に戦っていた。彼らはただの一人も例外なく戦闘に白熱し、戦争に熱中している。

 ただ、楽しそうだなあと指を咥えて暢気に見蕩れている場合ではない。旗を護送する暗器分隊は人目を極力避けねばならず、広範囲で激戦が展開される横軸4の尾根付近は最も味方とも、そして敵とも接近しなければならない難所なのだ。

 カイ、センチピード、ディスとA・O社員一名、そして旗を乗せる後続のハンヴィー内にて、ビークルカンパニーのドライバーが小さく舌を打った。

「……まずい。俺達がさっき通った時より防衛線が拡がってるみたいだ。あれだけ近いと、どんなに熱中してても気付かれるぞ」

 彼が指し示すのは前方の尾根の頂上。焼け野原を前進するロシナンテとシャープシューターから成る歩兵隊に、尾根の上から撃ち下ろしの銃撃を加えている徒歩プレイヤー達の姿が、稜線上でひょこひょこと見え隠れしている。

 暗器分隊が避けては通れないコースである東の森林の縁、そこからかなり近い地点にも数人のプレイヤーの姿が見受けられた。

 カイは身体を起こし、天井のハッチの縁に手を掛ける。

「もう手遅れだ。断言するが、何人かのプレイヤーにはもう見付かってる」

 辛うじて点に見えるに過ぎない遠方の徒歩プレイヤー達だが、カイには視られているという確信があった。この距離とこの状況、そしてプレイヤー達の練度、それら全てを無意識的に鑑みて導き出された結論だ。対人銃撃戦を本領とするカイならではの勘である。

「このまま全速で進み続けろッ」

 指示を飛ばしながらハッチから上半身を出し、Mk19自動擲弾銃のレバーを目一杯倒した。機関部の左側面に取り付けられた40ミリ擲弾のベルトが一発分、薬室に吸い込まれる。

 Mk19自動擲弾銃のハンドルを握り締め、口を結んだまま鼻から大きく息を吸った。

 力強い動悸を繰り返す心臓が本物の生を主張し、視野がクリアに拡張され、忙しなかった思考の渦が水を打ったように冴えていく。カイは今、明らかに昂揚していた。しかし、不謹慎だとか、自己嫌悪だとか、そんな有象無象の存在など忘却して、全てを受け入れる。

 吹き荒ぶ風に混じって戦闘の空気・・・・・が身体を煽り始めた。

「腹を括るしかないわね」後部座席のディスがサイドドアの窓からACR突撃銃の銃口を突き出す。「少しでも敵意があると判断したら、撃たれる前に撃つわよ。……それがたとえ味方プレイヤーであろうとも、ね」

 近付くにつれ、戦闘の様子が子細にまで見て取れるようになる。周囲を掠める流れ弾の数も増し、近接爆発の衝撃波が車体を揺さ振り、乗員の耳を聾する。

 一際近い大気を切り裂く飛来音に、カイは即座に身を屈めた。直後、左前方の地面に着弾した砲弾により、フロントガラスの一部が割れ、煤の混じった砂塵が車内に吹き込む。ドライバーが小さく呻いた。ガラスの破片が顔に突き刺さったのだ。

「くそったれえ! こんなの運次第じゃねえか!」顔面を真っ赤に染めながら、それでもドライバーはハンドルから一時も手を放さない。「流れ弾貰わないように、精々祈っててくれよ!」

 まるで戦火に巻き込まれてしまったかのような状況だったが、これでも可能な限り距離を置いているのだ。彼らから西へ約三キロ先、焼け野原の戦闘の只中は、こんなものではない。戦線はとうに消失した、敵味方が入り乱れる混戦だ。ハンヴィーのような機動車如き、踏み入っただけで数分も持たずに微塵にされてしまうほどの、鉄と爆裂による暴風雨のような有様なのだ。

「ウィスキーも言ってただろ」カイは背もたれに手を掛け、前部座席に顔を出す。「俺達に祈りなんて必要ない。……楽しめよ」

 その言葉は酷く好戦的で不敵な微笑と共に発せられた。

「楽しめって……あんたねぇ」

 助手席のセンチピードは振り返るが、すでにカイは銃座に戻っていた。

 もし、流れてきた大口径の砲弾が一発でも車体に着弾すれば、自分達は死に絶え、そしてカイは現実リアルでも命を奪われる事になる。それなのに、他人に向かって楽しめとは、愉しそうに楽しめとは……。そもそも唯一外界に曝される銃座に自ら躊躇なく着く時点で、どうしようもなく異常だ。後部座席で屈んでいろと言っても、聞きはしないだろう。

「……命知らずというか、恐い物知らずというか……」

 これが最上級ハイエンド黒い凶戦士ブラックレイというプレイヤー。腕が立つだけの上級プレイヤーとはまるで異質な存在。越えられない、否、越えてはならない一線のようなものをセンチピードは感じてしまう。

「でも祈りたくもなるわね、実際。……一体なんなの、アレ」

 ディスの視線の先は機械化部隊による戦闘であり、その中でも特に注視しているのは、注視せざるを得ない存在が、フェンリルであった。

 カイとカンカラス以外の暗器分隊員は単に警戒のためだけではなく、違った意味合いでも目を瞠っていた。彼らはフェンリルの姿と戦闘能力を初めて目の当たりにしたのだ。もしあんなモノに襲われたら……、と危機感を抱かずにはいられない。

 フォックストロットとA・O社員一名、彼らと共に先頭のハンヴィー内に収まるカンカラス。執拗に話し掛けてくるフォックストロットに相槌も返さずに、彼だけは他の者とはまた違った意味合いで戦闘の様子を見入っていた。

 フェンリルは駆け、跳ね、吼え、機関砲を連射し、ミサイルを発射し、時には硬質な脚と自らの重量を武器にして、機械化部隊に喰らい付いている。

 破壊という言葉を具現化したかのような、凄まじい、狂気のような、狂喜しているような、戦いっぷり・・・・・だ。嘗て、友人と語らい、夢想していた通りの、殺戮の化身、混沌の権化。

 ただ、フェンリルの挙動は思い描いていた通りのものであったが、戦闘の進捗は嘗ての脳内の描写とは違っていた。想像の中ではフェンリルは無敵であり、ただただ一方的に人間とそれが繰る戦闘車輛を蹂躙していたのに、今遠方で展開される戦闘は、予想に反して、いい勝負をしているように見える。現に戦闘車輌の残骸に混じって、フェンリルのものと思しき鉄塊が幾つか見受けられるのだ。

 数十分前の森林にて、南に向かうフェンリルの大群の足音を聞いた時、実はカンカラスは諦めていた。もう終わりだと、敗北したと、確信していた。だが命ある限り、実際に敗北が決するまで戦い続けようという気概で臨んでいたのに、しかしいつまで経っても敗北の報せはなく、終には実際にフェンリルの群が戦闘している地点にまで引き返してくる事ができた。

 現実リアルの世界にて、どんな精強な部隊でも圧倒できるように造られた無人特殊戦闘車輛フェンリル。そんな代物を相手に、互角ではないにしても、目に見えて消耗し、減衰する一方だとしても、プレイヤー達は実に奮闘し、健闘している。

「よし、いける。頼むぞお。このまま気付いてくれるなよ」

 押し殺したようなドライバーの声。もう尾根まで目と鼻の先だ。フェンリルもロシナンテもシャープシューターも、それらと戦っている機械化部隊も、東端をひた進む二輛のハンヴィーの存在に気付く気配がない。自分達の事だけで手一杯、周囲にまで気を配る余裕もないのだろう。

 尾根の頂上東側の徒歩プレイヤー達には発見されていた。ここまで近付けば彼らの驚嘆の表情まで見て取れる。だが、とうに射程内に入っているのに銃弾が飛んで来ない事から察するに、敵愾心を懐かれているわけではないのだろう。今はただただ予想外の出来事に心底驚いている、そんな様子だ。

 地が焼け野原から若草の茂る草原へと移り変わり、いよいよ尾根の麓に達する。数名のプレイヤー達の視線を浴びながら尾根を登り始めようとした。

 その時だった。

 戦場の空気が一変した。

「は……?」

 後続車のセンチピードが喉の奥から疑問符を漏らす。

 全てのフェンリルが、ロシナンテが、シャープシューターが、まるでAFKしたかの如く、一時停止した。

 彼らと戦う盾や大鎌にとっては、それは隙には違いなかったが、彼らも硬直してしまっていた。隙を突こうなどという殊勝な思考を抱く余地がないほどの、そもそもそれが隙であると理解できる余裕がないほどの、不可解極まる意味不明な一時停止だった。

 絶え間なく満ちていた大喧騒が、一瞬にして空白のような寂静に染まる。

「ちょっと……」ディスが表情を引き攣らせ、呆けたような声を漏らす。「なに、これ?」

 その一時停止は一瞬だった。

 フェンリルが、ロシナンテが、シャープシューターが、全ての敵が、まるで号令が掛かったかのように、ぐるんと、東側に、暗器部隊の方向に、正対したのだ。

 洞のような視線の束に、心臓が凍り付く。

「お、おい……おいおい。よせよぉ」

 そして、動き出す。

 つい先まで火線を交えていた機械化部隊など意に介さず、尾根頂上の徒歩プレイヤーなど気にも留めずに、一目散に、一心不乱に、暗器部隊に向かって、突進してくる。

「おいおいおいおいぃ! ど、どうなってだよぉ。いきなりバレたぞ!」

 一体が気付き、皆に知らせたという風ではなく、全数がまったく同時に気付き、まったく同時に向かって来た。まるで暗器部隊がそこに達するのを待っていたかのような、まるで端からそのように設計されたかのような、契機も予兆もない、常識も倫理もない、理不尽に過ぎる露見。

 誰もが混乱に支配される中、唯一人、冷静な男がMk19自動擲弾銃を発砲し始めた。

「おら、来い。来いよ……」

 カイは呪詛のように呟きながら、見開いた双眸を爛々と輝かせ、プッシュトリガーを親指で圧し込む。

 くろがねの銃身から小気味良い発射音を伴って秒間に六発の40ミリ×53のM430多目的榴弾が吐き出される。それは個人携行用では最も一般的な40ミリ×46擲弾とは一線を画する弾薬であり、弾速と有効射程の桁が違う。装甲に対しても高い穿孔せんこう力を有する。言うなれば、グレネード弾の強装弾マグナムだ。

「あの時の借りを返すぞ、クソ戦車。ふっとび、くたばれ、くそったれッ」

 尾根の斜面を登るハンヴィーから放たれた擲弾は緩やかな弧を描いて、約一キロ先、驀地まっしぐらに突き進んでくる先頭のフェンリルに畳み掛けるように炸裂。揺れる車上からの行進間射撃だというにも関わらず、カイの銃撃は正確無比。黒い凶戦士ブラックレイの射撃能力は携行火器だけに留まらない。まるで予め仕掛けられていた爆弾が矢継ぎ早に発破されるかのような弾着だ。

 連続して花開く橙色の爆炎に、剥がれた装甲の破片が僅かに混じっている。被弾の度にふらふらと走行が覚束なくなり、フェンリルは終に転倒。二次爆発によって、本体下部のガトリングガンが内側から拉げる。

 戦闘車輛にそうしていたように機敏な機動力で躱せば、あるいは停止して強固な防御装甲でもある四肢で本体を護れば、カイの銃撃をも凌げるのだろうが、フェンリルの群はそれをしようとはせずに、そんな事は忘れたという風に、只管に駆けて来る。

「ふん、何が何でも逃がさないってか」左手でハンヴィーの屋根を叩き、ドライバーに向けて怒鳴る。「アクセル踏み続けろ! 何があっても止まるなよ!」

 ドライバーは奥歯を噛み締め、既に目一杯踏み込んでいるアクセルを更に強く踏み付ける。

 助手席ではセンチピードが耳元に手を当て、叫んでいた。

「こちら暗器! ブロークンアロー! 繰り返す、ブロークンアローだぁ! 全友軍の支援を求む!」

 先頭車輌が尾根を登り切り、稜線の向こう側へと消えた。カイ達のハンヴィーもそれに続く。

 付近に居たプレイヤー達は目前を豪速で通り過ぎるハンヴィー、その銃座で口角を吊り上げる黒尽くめの覆面の青年と、彼の背後から突き出した純白の旗の対比コントラストに、目を奪われていた。

 一瞬ではあったが、最寄に居た赤いフェイスマスクの男の雄叫びが、乗員達の耳に届く。

「行け、行け、いっけエエェ! ぜったい、基地まで持ってけや、泥棒猫があぁ!」

 罵倒しているのか、応援していのか、否、その両方。怒りと喜びをない交ぜにしたような奇妙な叫び声だった。

 そしてそれは、暗器分隊の存在を知らずに、騙されていた事を今悟った盾と、大鎌と、大槌、全てのプレイヤー達の心情を代弁する叫びでもあった。

 焦土を疾駆して暗器分隊に迫るフェンリルの群。突如、それらの周囲で大地が爆ぜ、噴き上がる。

「!」

 一瞬にして蚊帳の外へ置き去りにされていた機械化部隊、90式戦車、プーマ歩兵戦闘車、AH-1Z攻撃ヘリコプターが南側へと機首を向け、フェンリルに砲口を据え、猛然と追撃してきていた。

 一輛の90式戦車内、

「私達を騙していた挙句、ピンチになった途端、エクスレイを護ってくれですって……? 上等ですよ」

 テールが顔を歪めて、笑っていた。

「こんな最高にふざけた作戦立てた仏頂面のマザファッカー諸共、私がこの手でぶっ殺してやります! だから――――全部隊に告げる! エクスレイを死なせてはならない! 繰り返す、ブラックレイを死守せよ! 彼が旗をタッチダウンするまでの間、何としても護り抜いてくださいッ!」

 確かに騙されてはいた。面白いわけがない。しかしそれでも旗がある。つい数分前までの、勝利は絶望的であり敗北が確信的だった無駄に白熱した消化試合が、唐突に一転、今はこれほど近くに勝機が現れたのだ。その希望に縋りたいと願わないプレイヤーは、この場には誰一人としていなかった。

 尾根を挟んで南側の草原は、北の混沌とは相反して閑散としていた。車輌の残骸やプレイヤーの骸が点々と、無数の轍が縦横に延び、それに続くようにフェンリルの足跡と砲弾の着弾孔が広がっているが、視える範囲には動体は一つも存在しない。物に溢れているのに、どこか虚無を感じさせる戦闘の跡地。

 そこで再び追撃戦が始まる。

 暗器部隊のハンヴィーが尾根から南へ三百メートルほど進んだ時、背後の稜線、罅割れたサイドミラーに映る多脚戦車の姿に、ドライバーは目を剥く。

「は、速ッ」

 最後に目にした時にはまだ一キロ近く離れていたというのに、既存する全プレイヤーに援護射撃を受けているというのに、もうここまで距離を詰められてしまった。損傷を度外視して疾駆にのみ集中したフェンリルの走行速度は、戦闘車輛は勿論、機動車をも凌駕している。

 カイはそのフェンリルに向けてMk19自動擲弾銃を撃ち続ける。破片が近接するプレイヤー達を死傷させる危険も理解しているが、おもんぱかっている場合ではない。

 尾根を降って来る一体の破壊に成功するも、稜線からは後続のフェンリルの姿が一つ、二つ、三つ。

「くそがッ」カイは悪態を吐き、呟く。「射程に入っちまった……ッ!」

 防衛線の徒歩プレイヤー達が果敢に銃撃を加えているが、ヘルズブリッジでロシナンテが虎サンにそうしたように、ヘルズスノウフィールドでフェンリルが皐月にそうしたように、外野には脇目も振らずに、満身を損傷させながらも、ただ一つの標的に対して充ち満ちる敵意なき殺意が、30ミリ機関砲の砲口に宿っていた。

 ――撃たれる。

「来るぞ! 森に目一杯寄せろ!」

 カイは車内に向けて怒鳴って、背後の旗を左手で引き寄せた。

「ちょっ、あんた! どうするつもりぃ!?」

 喚くセンチピードを無視して、屋根に手を置き、身を乗り出す。

 すでに森林の縁を走っていたハンヴィーが、更に幅寄せし、左側のサイドミラーが樹の幹にぶつかり弾け飛んだ。

 フェンリルの砲口が火を噴くのと、カイがハンヴィーの屋根から跳躍するのは、全く同時だった。

「――――ーーーー!」

 カイは宙を舞いながら、食い縛った歯の奥から声にならない呻き声を発し、眼下でひずむ深緑を凝視していた。

 すぐ背後で、刹那収縮し、途端に膨張する空気が身体を圧すのを感じる。

 右手にはSCAR-Hの銃把を握り締め、左手には旗の柄を持っている。

 どちらからも、決して手を離そうとはしなかった。



 ウィスキーは小山の頂上に再び移動、黒い反物を掲げる旗の傍らで、北東、鬱蒼と茂る森林を見渡していた。

 隆起する尾根の所為で目視は叶わないが、ここからそう遠くない地点を敵方の旗と、それを収得した暗器分隊がこちらに向かっているはずだ。

「あの……すいません。マスター」

 背後に佇んでいたビクターからの呼び掛け。

「なんだ? 暗器からの通信か?」

 特に作業をしている風でもないのにビクターが鎧に属していた理由、それは彼女が暗器分隊専属の通信員だからだ。

 しかしビクターは肩を揺らして怯み、上目遣いでウィスキーを見遣りながら、たどたどしく話す。

「いえ、あの、ち、違います。えっと……ほんとにこんな時になんですけど……。でも、どうしても気になっていた事があって……。あっ、でも、あれですよ。聞きたくないなら全然いいんですけどっ」

「……なんだ?」

「えっと、ほら、あの、元エクスレイ達と練習試合した時の事なんですけどね」

 本当に関係がない。この勝敗が決する瀬戸際で、そんな過去の話を持ち出す彼女の神経には疑いを禁じえない。

 ウィスキーの微かに厭きれたような顔色を、いつもだったら見逃すはずがないビクターは思案するように俯いているので気付かずに、顎に手を当てながら語り始める。

「あの試合、途中であいつらが抜けて、結局こっちの不戦勝になっちゃったじゃないですか。まあ、あいつらが抜けたのはスペシャルクエストに強制参加させられたからなんですよね……。それでえっと、そもそもどういう経緯で練習試合する事になったんでしたっけ……?」

 ウィスキーは視線を森林に戻し、ビクターに背を向けるが、ほどなくして口を開いた。

「元シエラ、今の名前はシマドリだったか。奴から誘われたんだ。奴とは携帯電話のメールアドレスを交換しているんだが、突然メールがあってな」

「そうっ、そこですよ」

 我が意を得たり、という風にビクターは喰い気味に言い募る。

「元シエラと元ホテルは、なんで突然私達に練習試合なんて申し込んできたんでしょうか? だってあいつらがメンバーを辞めてから今まで全然交流なんてなかったのに、いきなり練習試合なんて……。なんかちょっとおかしくないですか……?」

「………――」

 ウィスキーは暫し黙り込み、再び弾かれたように振り返った。

 確かに、おかしい。

 シマドリがフォネティックメンバーに属していた頃は、携帯電話のメールアドレスを交換するほど、メンバーの中でも比較的親しく接していたが、彼がクランを脱してからは疎遠になり、音も沙汰もなかった。それなのに二週間ほど前、突然、暇ならバトルでもどうだ、というような文面のメールが届いた。

 そもそも練習試合を申し込むために、なんでわざわざ携帯電話のメールを利用したのか。ゲーム内のメールサービスもあるし、インスタントメッセージという手軽で便利な機能もある。ゲーム内の遣り取りならば、そちらを利用するのが通例であり、常識だ。

 なぜ、ゲームと関係のない携帯電話のメールを利用する必要があったのか。

 勿論、全てが偶然の一言で片付けられる。実際にメールが届いた時にはそう判断して、深く考えようとはしなかった。しかし、こうして改めて指摘されると、違和感が募ってくる。奇妙な不自然さのみが膨らむ。

 ウィスキーは回想し、思案し、足りない部分を補填するように想像する。

 カイから明かされた経緯の中に、練習試合の発端などの詳細までは含まれていなかった。確か、シマドリとハンヴィの二人に誘われた、とだけ言っていた。しかし、シマドリとハンヴィはなんと言ってカイ達を誘ったのか。ただ単に、ウィスキーがされたように、バトルをしたくなったから、と告げたのだろうか。

 ……おそらく、違う。

 あの練習試合、あまりに一方的で盛り上がりに欠けたバトルだった。一方的になるように策を講じたウィスキー自身でさえ、面白くないと感じるほどに、思い描いた通りに進行し、すんなりと勝利した。それは対戦相手が、いや、対戦相手のリーダーを務めていたであろうカイが、酷く杜撰に、行き当たりばったりで戦っていたからだ。積極的に勝利を目指すどころか、策に抵抗しようという意思さえもこれっぽちも感じ取る事ができなかった。現に間近で相対し、その事を口にしてみたら、カイは否定しようとはしなかったのだ。自身で望んだ練習試合ではないにしても、試合を申し込んだ方のチームに属しているという意識があるのなら、もう少し真剣に戦おうとするのが人情だろう。カイという男を考えても、そこまでいい加減な人間ではなかったはずだ。

 だから、おそらく、シマドリとハンヴィは嘘を吐いたのではないか。

 練習試合を申し込んだ、ではなく、例えば、練習試合を申し込まれた、というような真逆の嘘を。そうであるならば、あの時のカイのやる気のない態度にも納得できる。

 もし仮に、そうだとするならば、なぜそんな嘘を――?

「………」

 何か、微かではあるが、しかし、明らかに何かが・・・おかしい・・・・

 ウィスキーに見詰められて、居心地が悪そうに身動ぎしているビクター。彼女はただ感じていた違和感を言ってみただけなのだろう。しかし、物事の裏の裏まで見通し、人を操る事に特化した策士ウィスキーは、もっと重大な不審を抱かずにはいられない。

 今クエストで終始対戦相手に感じていた不審が裏なら、今感じているのはその更に裏。

 シマドリとハンヴィが練習試合を申し込んできた背後には、そしてこうして戦っている今も水面下では、巨大な何かが蠢いているような気がしてならない。

 普段、相手にそうしているウィスキーだからこそ察知できる。ウィスキーの策士としての勘が警鐘を鳴らしている。

 自分達、そして正体不明の対戦相手でさえも、この現状の全てが、何者かの手中で踊らされている、なのではないか、と。

 不意に、いかずちのような砲声が轟いた。

「――――」

 ウィスキーとビクターはそちらを見上げる。

 聴き慣れた99式自走榴弾砲の発射音ではない。もっと鋭い、劈くような、澄んだ音響。聞き慣れぬ、けれども聞き覚えのある独特な砲声だった。

 音源は数百メートル先、車輛格納庫の屋根の上。

 何者かが腹這いで寝そべっていた。

 二脚に据えた長大な小銃、否、個人で携行できる限界の大きさの対物小口径砲を、伏射ちプローンで構えている。

 そして射つ。

 物干し竿のような銃身の先のフラッシュハイダーから閃光と白煙が迸り、刹那後に例の聞き覚えのある砲声が鼓膜を震わす。

「そんな……あれは――」

 ビクターが呟くと同時、まるでその声が聞こえたかのように、その男は小山のウィスキー達を見遣ると、白と黒のストライプ柄の野球帽をつばを逆にして被り直し、ニヒルに微笑した。

 呆ける二人が思考を再開させるのを待たずして、今度は大気を小刻みに振動させるような低い重低音。

 そちらに視線を移すと、車輛格納庫と小山に挟まれ、北へ真っ直ぐに伸びる滑走路には、いつの間にか、今クエストでは初となる航空機が出現していた。それも、途轍もなく巨大な対地専用攻撃機が一機のみ。

 両翼に二基ずつ搭載されたターボプロップエンジンのプロペラが、徐々に回転速度を上げ空気を切り裂く。それに伴い、ゆっくりと巨体が近付いて来る。

「!」

 機首上部のコックピット左側、その操縦席では、辛うじて頭部が視えるに過ぎないほど小柄な少年が、これ見よがしに挙手の敬礼をしていた。顔面を覆うガスマスク、目元の丸いガラス体の内側では、悪戯な微笑を湛えている。

 加速し、遠ざかり、離陸する航空機。

 格納庫の上で発砲を続ける男。

 ビクターは棒立ちで、あんぐり口を開け、目を点にしていた。

 ウィスキーは俯き、微かに震えている。

 彼もビクターと同じで心底驚いている。混乱している。それでもただ一つ、わかった事がある。

 ――――奴らが生きていた・・・・・・・・

「……あいつら、ふざけた真似をしてくれるじゃないか」

 ウィスキーは、声を押し殺し、くつくつと笑っていた。




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