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False War  作者: IOTA
32/43

False War 10-2

 



 スペシャルクエスト:ヘルズプレーリー  時刻:2130

 敵の戦力:不明  敵戦闘車輛の有無:有  利用可能車輛:有  エリア位置:不明  エリアの規模:30キロメートル平方  制限時間:無制限

 任務内容:敵軍の旗を奪取し、自軍の旗のもとまで持ち帰れ。


 クエスト説明画面が数秒間表示され、刹那の暗転。視界が再び草原の小山に戻った。

 皆が一様に何かを探すように視線を彷徨わせ、初めに数人が気付き、その頭が向く先を追うようにして全員がある一点を見据える。そこは偶然にもウィスキー達が立つ小山の頂上だった。

 旗があった。

 全長は二メートルほどだろうか。細長い銀の柄、その先には長方形の黒い反物たんもの。無地の黒は、まるで暗黒のように一切の光線を吸い込んで、微風に煽られ堂々とはためいている。

 キャプチャーザフラッグ。

 自軍のオブジェクトを護りつつ、敵軍のオブジェクトを奪い、自軍の下まで護送する。FPSか否かに関わらず、多人数対戦型アクションゲーム全般において、否、ビデオゲームだけでなく現実のサバイバルゲームにおいても、その多くに取り入れられている非常にポピュラーなルールだ。オブジェクトは旗が一般的だが、ゲームによってその形は様々であり、それに伴い名称も多少異なる。しかしオブジェクトが変わろうとも、名称に多少の変化があろうとも、基本のルールは絶対的に変わらない。

 なぜそれほどまでにこのルールが幅広く人気を博しているのかと言えば、シンプルでありながらも高いゲーム性を内包しているからだろう。キャプチャーザフラッグは、個人の戦闘能力だけでは勝利できない。勝利するためには高度な戦略と密な連携を求められる、スポーツ色の濃いルールなのだ。

 とは言え、クエストでキャプチャーザフラッグとは、これまた異例である。キャプチャーザフラッグはあくまでも人と人との対戦において重宝されているルールであり、NPCの戦闘AIが嘗てとは段違いに進化した今でも、クエストでそのルールが選択される事はほぼない。

 しかし、今この場に居合わせたプレイヤー達は誰一人も驚かなかった。むしろ得心していた。それは先のウィスキーの言葉があったからこそだ。『互いが本気の真剣勝負』。だからこそ、このルールが選択されたのだろう。

「キャプフラかぁ。御誂おあつらえ向きじゃん」ウィスキーの隣でセンチピードが不敵に笑う。「ヘイ、指揮官コマンダー。予定通りでいいんだね?」

 ウィスキーが頷くと、センチピードはGGBを共だって基地とは反対方向に小山を下り始めた。その先には背の高い鬱蒼とした森林があった。

 ウィスキーはすぐ目の前にある旗を見上げた。通常のキャプチャーザフラッグでは反物はチームカラーに染まるはずだが、今回は真っ黒。ブラックチームなんてものは存在せず、黒旗は無政府主義者アナーキストの象徴だが。しかし、今回はそうした意味合いではないのだろう。黒と言えば、ある一人の男しか思い浮かばない。ウィスキーは微小に目を細めた。

 奴はこれを見て、何を思っているのだろうか。

 そして、眼下のプレイヤー達に目を落とし、口を開く。

「始めよう」

 静かな一言で戦いは始まった。

 約六十人程のプレイヤーが全く同時に素早く動いた。回れ右をして、全速力で小山を駆け下り始めたのだ。彼らが目指しているのは基地だ。もっと正確に言うなら、基地に出現したであろう乗り物ビークル

 彼らが一言も発していないにも関わらず計ったように動き始めた事と、細部は異なっているがどこか似通った服装をしている事から、小山に残されたプレイヤー達は彼らの正体と作戦を悟った。

 ビークルカンパニー。戦闘における乗り物の使用を得意としているクランである。ドライバー専門クランの異名を持つほどに偏執的な連中だ。

 ウィスキーは先ほど宣言していた。車輛や火器に関しては専属の役割を持ったクラン員が優先的に利用する、と。しかしそれは余計な反論を避けるための控え目な言い方だった。正確には優先ではなく、独占だ。おそらく彼らは事前にウィスキーから特別な指示を受けていたのだろう。つまり、戦闘開始と同時に利用可能な乗り物を独占せよ、と。

 十数人のプレイヤー達が悪態を吐いたり奇声を発したりしつつ、猛然と彼らの後を追った。大規模バトル開始直後にお馴染みの、ある種の儀式、乗り物争奪戦である。

 しかし、パイロットヘルムやパイロットスーツを装備し、小型の自動小銃や短機関銃を携えてはいるものの、乗り物独占を念頭に置いて軽装で望んでいる彼らに、他の者達が敵うはずもなかった。一向に距離は縮まらずに、それどころかあれよあれよと離される。

 一方、ほとんどのプレイヤー達はそれを察していたのか、それとも端から乗り物に興味がないのか、乗り物争奪戦に参加しようとはしなかった。一部の者達が何か明確な意思を持っているように徒歩で進み始めて、それに釣られる形で追従する者が大半を占め、それ以外の者達は旗の防衛、つまり大鎚に所属するつもりなのか、未だに小山で固まって話し込んでいて、極少数の数人は所在なさ気にうろうろとしていた。

 


 基地に到着したビークルカンパニーは、まず分隊単位に展開し各要所における乗り物の出現状況を確認した。十数秒も掛からずに確認を終えた分隊長達はラジオマンに報告を行う。

『こちら鷲。滑走路には一機も航空機なし。繰り返す、航空機なし』

『こちら燕。ヘリポートはからっぽよ』

『こちら猿。格納庫及び周辺には支援車輛は見当たらない。だが戦闘車輛は、おっと、すまん、これは熊の役割だったな』

『こちら熊。はっはー、こっちはちょっとしたお祭り騒ぎだ。戦闘車輛及び兵員輸送車輛は複数も複数、大量に確認。90式戦車が八輛。プーマが十輛。ストライカーも十輛。ハンヴィーが、えっと、二十輛以上。陸自の偵察用オートバイまである。他にも色々、とにかく数え切れないぐらい大量に湧いてる! 俺らが全員一輛ずつ乗ったとしても、半分は余るぞこりゃ』

 報告を受けたラジオマンは、隊長も兼任しているビークルカンパニーのクランマスターだった。

「諒解。鷲、燕、猿はそのまま出現予想地点にて待機。状況の変化に応じて連絡してくれ。熊は手筈通りに総員乗車し行動に移れ。あと余ったビークルは捨て置いて構わないから、変に欲張んないでいいよ。後続の頑張り屋さんのためにも残しといてあげよう」

 ちなみに、彼らビークルカンパニーはその性質上、かなり変則的な通信体制を採っていた。ウィスキーが説明していた統合的な通信体制に加え、更にビークルカンパニー内でも独自の通信網を形成しているのだ。

 隊長は分隊長達に指示を与えると、すぐに鎧の通信担当プレイヤーに報告を入れる。

「鎧、こちらVC。予想された通りビークルの出現パターンは既定外。強いて言うならバトルの地上車輛パターン3に近いけど、出現数が尋常に非ず、だ」

『VC、こちら鎧』すぐに返答がある。勿論、VCとはビークルカンパニーの略称だ。『諒解した。引き続き随時報告されたし』

 りょうりょう、とけだる気に応え、隊長は格納庫に向かって駆け出した。

 バトルやクエストにおいて乗り物や大型火器が利用可能な場合、その種類別に初期出現順位や最大同時出現数、破壊された際に再出現するか否か、また再出現するのならその間隔やローテーション等など、いわゆる出現パターンというものが決まっている。ある程度の玄人になれば初期出現兵器を見ただけで出現パターンの見当を付ける事が出来る。パターンを見極められれば今後の戦略に大きく活かせる。先ほど鎧に報告したのはそのためだ。もっとも、今回はどの既存のパターンにも当て嵌まらなかったので、あまり参考にはならないかもしれないが。

 隊長が到着すると、地上部隊である熊の報告通り、格納庫は多種多様な車輛で埋め尽くされていた。収まり切らなかった車輛が格納庫の周辺に縦列駐車されているほどだ。

 熊の面々は各々が得意とし、更に個々の役割に沿う車輛に乗り込むと、エンジンに火を入れた。

 数多の車輛の機関部がけたたましい轟音を奏でる。乗り物に興味がない者からしたら、それは騒音でしかないのかもしれないが、今この格納庫周辺に居る者達は違う。言ってしまえば、乗り物にしか興味がないような連中である。彼らにとって、エンジンの稼動音は産声であり音楽であり鼓舞謡。しかも、今回のそれは嘗て無い規模の大合唱だった。

 そんな彼らの代表者たる隊長は、格納庫の大きく開放されたシャッター出口に歩み出し、中央に立ち格納庫内に正対すると、親指を立てた両手を頭の高さまで持ち上げ、背後に振った。

 兵器ビークル達が動き出す。出口の中央に立つ隊長の両脇を通って、次々と車輛は出撃した。格納庫外の車輛もそれに続く。

 列の最後尾の一輛、オリーブドラブ、通称ODカラーに塗装されたストライカー装甲車が、隊長を通り過ぎた直後に停車し、後部のハッチが開いた。

「隊長」

 内側から顔を覗かせた女性プレイヤーの声に、しかし隊長は頷かなかった。

 大規模バトル時、隊長は装甲車内ないし前線から距離を置いた場所で通信と指揮に徹するのがビークルカンパニーのデフォルトの戦闘スタイルだったが、今回、彼はそれをしなかった。実はついさっきまで通常のスタイルでいくつもりだったのだが、先の車輛による大合唱を聴いた瞬間、クランマスター兼隊長という責任ある役割を背負った時に封印した本能的な欲求が噴き出てきた。それは抑えようがなく、共に戦いを楽しもうというウィスキーの言葉が脳裏を過ぎり、彼はその欲求を抑えようとも思わなくなった。

「悪い。ワガママ言うけど、今回はちょっと出張る」

「で、でばる?」

 女性プレイヤーは目を丸くし、格納庫の奥に駆けて行く隊長を追いかけた。運転席に座っていた男性プレイヤーもドアを開け後に続く。

 隊長は隅に幾つか停めてあった陸上自衛隊の偵察用オートバイ、KLX250を跨ぎ、エンジンを点けた。

「ちょっと、隊長!」追い縋った女性プレイヤーが声を張る。「出張るって、前線で戦うって意味ですか!?」

「そうだよ」

「指揮は!? 通信はどうするんですかっ?」

「大丈夫、ちゃんとするよ。こいつに乗って戦いながらね」

 淡々と、いつもと変わらない少し軽薄な口調で喋る隊長だが、その内側で滾る強烈な感情を感じ取った女性プレイヤーは早々に説得を諦め、嘆息を吐きつつも隊長の隣にある同様のオートバイに跨った。

「でも隊長。よりにもよって、なんでバイクなんですか? 釈迦に説法でしょうけど、装甲的要素ゼロですよ」

 その言葉に、いつの間にか隣のオートバイに乗り込んでいた先の男性プレイヤーが鼻で笑う。

「こいつはな、今でこそほぼ全ての乗り物に精通してるが、もともとはバイク乗りなんだよ」

「全てに精通は言い過ぎだよ。それじゃあの子、万能操縦マルチドライバーだ。俺なんてあの子に比べたらまだまだだよ」隊長は力なく笑い、エンジンを噴かした。そしてそのエンジン音の最中に、付け加える。「でも、バイクに限れば、あの子にも負けない」

「え? なんですって?」

「なんでもないよ。じゃあ、行こっか」

 そうして三台のバイクは走り始めた。

 この前線で戦うという隊長の判断が、果たして正しいかどうかは、まだわからない。だが彼からしたら正しいか否かなんて最早関係ない。ただただ楽しむと、そう決めたのだ。



 徒歩で進み始めたグループ、その最後尾にカンカラスの分隊は居た。分隊長であるジャミの『とりあえず、付いて行きましょうか』という適当な意見に従ったのだ。

 カンカラスは左側の遠方に視線を送ってから、隣で歩むジャミの分隊員である女性プレイヤーに目配せをした。彼女はカンカラスの意図に気付かなかったようで、曖昧に笑って小首を傾げて見せた。

 まあ無理もないか、と思いながら、カンカラスはマップ画面を開く。

 そこには広大な、広大過ぎる三十キロメートル平方の草原の上空写真があった。三十キロ平方、つまり一辺を三十キロとする正方形である。最南の中央に自分達の現在地であるベース、そして旗があり、最北の中央に敵方、NPCのベースと旗がある。地形の細かい差異を除けば上下対称。まるで鏡写しのような非常にわかり易い構図だ。

 マップにどこまでの情報が反映されるのかは、クエストやバトル毎に細かく設定される。反映情報を多くすれば、出現車輛、サプライボックス、更には自身だけでなく味方敵方の一人ひとりの所在地に至るまで、それらが簡略化されたシンボルマーク、あるいはリアルな映像として、さながら衛星カメラのライブ映像のように各人のマップ画面にリアルタイムで反映される。当然、反映情報が少なくなれば、難易度は上がる。

 その観点からすれば、今回は最高難度と言えよう。マップ画面上にある動体は一つだけ。自分自身の所在地と頭を向けている方向を示す矢印のシンボルマークのみである。後は両軍のフラッグの位置がアニメ調の旗の絵で描かれているだけだった。大半のクエストやバトルでは少なくとも味方の所在地ぐらいは表示されるので、これはなんとも物寂しい最低限の情報だ。こうなればリアルの紙媒体の地図マップと大差ない。乱戦になった際は己の視覚情報に頼るしかなく、その混沌は想像を絶する。

 カンカラスはもう一度、左側の遠方に目を遣った。そこで先ほど感じた違和感を確信に変える。視線の先には車輛格納庫があり、多様な車輛が轟音を響かせながら走行しているが、やはり近づいて来ている。ビークルカンパニーが確保した車輛の内、戦車や歩兵戦闘車等の装甲戦闘車輛は北へと咆哮を向け、真っ直ぐに前進しているのだが、ジープや装甲車等、兵員輸送を目的としている車輛はこちらに向かって来ている。てっきり独占した全ての車輛で我先にと前線へ乗り込むと思っていたが、そう思ったからこそ十数人のプレイヤー達は負けじと彼らを追いかけたのだろうが、どうやら違ったようだ。

 カンカラスは後方の旗が立つ小山、未だにそこに立つウィスキーを睨むようにして毒突いた。

「作戦はない、か。……よく言う」

 ビークルカンパニーの車輛群は徒歩で移動していたグループのすぐ近くで次々と停車して、皆が運転席から同じような台詞を言った。乗れ、と。つまり乗車を促したのだ。

 徒歩グループの先頭集団は、それを見越していたように素早く車輛に乗り込んだ。それはきっと実際に彼らは見越していたからだろう。そもそもこれだけの道程を徒歩で移動しようとのは、土台馬鹿げた話なのだ。三十キロというのはあくまでも地図上の二次元的な直線距離であり、このマップはなだらかなようでいて割りと高低差に富んでいる。故に実際の距離はもっとあるはずだ。具体的な数値はわからないが、想像しただけでうんざりするような長距離であり労力である事は間違いない。それなのに先頭の集団は開始直後、迷いなく徒歩移動を開始した。なぜならば、彼らは始めからビークルカンパニーに拾って貰う事を知っていた。そういう手筈になっていた。ビークルカンパニーと彼らの間に自主的な取り決めがあったと考えるよりは、ウィスキーがそういう手筈を組んでいたと考える方が自然だろう。作戦会議の席で、特別な指示を与えていたのだろう。

 と、そんな思考を巡らしてるカンカラスのすぐ横にも、OD色とダークグリーンの二色迷彩が施された一輛のハンヴィーが滑り込むように停車し、運転席から顔を出した男性プレイヤーが声を掛けて来た。

「よお、あんたらが殿しんがりか。乗るかい?」

 先頭を歩いていたジャミは「おお、有り難いです」と感謝を述べながら車輛の助手席に乗り込み、カンカラスを含めた他の分隊員も続いて乗り込んだ。

「VCタクシーの運賃はめっぽう高いぜ。初乗りでも、敵を十匹以上殺してもらうからな」

 陽気な調子で嘯く運転手ドライバーに、後部座席のカンカラスはウィスキーの指示云々の辺りを詳しく訊こうとしたが、止めた。代わりに上部のハッチから上半身を出し、搭載されたブラウニングM2 .50口径重機関銃のハンドルを握った。

 つい先ほど、純粋に戦いを楽しむと決めたばかりなのに、自分はまたつまらぬ詮索をしようとしている、と。これは彼の癖のようなものであり、見ようによっては彼なりの楽しみ方の一つなのかもしれないが、訊いても詮のない事であるのは事実だ。

 カンカラスはブラウニングM2のチャージングハンドルを目一杯引いて、離した。

 数分前までは、静かな物寂しい、まるで死んだような基地だったのに、今では千人近いプレイヤー達を内包した様々な車輛が鈍く大きなエンジン音を轟かせている。基地は戦闘態勢に入り活性化していた。



 小山の頂上でウィスキーは眼下の集団を見渡す。

 “指図”通りに、ビークルカンパニーの戦闘車輛群とプレイヤー達を拾った兵員輸送車輛群、即ち『盾』が次々に北へと前進を開始していた。

 ウィスキーは作戦は無いと言った。作戦を緻密で繊細に始から終まで組まれた“策”とする彼からしたら、それは嘘ではない。クエストに関する事前情報が皆無だった今回は、そんなもの組めようはずもなかった。しかし、作戦という概念をもっと広義に捉えるならば、それは嘘だ。確かにクエストの情報は皆無だったが、味方に関する情報は多分にあった。どのようなクランがどれぐらいの人数で参加するのか、それだけは事前に把握できた。故に多少の指示はした。それは、このような場合はこうすれば有利であり有効だろう、という程度の指示である。いや、指示ではなく、指図と言った方が近い程のものである。ウィスキーからしたら作戦などと呼ぶにはあまりにおこがましい。あくまで布陣の延長線上である、戦闘隊形の一環でしかない。

「コマンダー」

 ウィスキーの背後から鎧の通信担当、Radio盾1が声を掛ける。ちなみに彼らはバトル畑のクランに属しており、日頃からこのような通信などの後方支援を担当している変わり者達だ。

「VCから報告。ストライカーと専属のドライバー一名を我々の移動通信基地用に寄越すと言ってきましたが、って報告するまでもないですね」

 その通り。ウィスキーもわざわざ答えなかった。もうすでに一輛のストライカーが八輪のタイヤで若草を踏み均しながら小山を上って来ていたからだ。

 なるほど、優秀とはこういう事か。ウィスキーは少なからず感心して、同時に少し憂鬱になってしまった。ウィスキーが普段指揮を執っているチームはフォネティックメンバーであり、彼らと言えば、誰も彼もが個性的で灰汁が強過ぎる。個人の能力は秀でているかもしれないが、駒としてはいささか以上に扱い辛い。各個に不確定要素が多いのではなく、狐面の阿呆を筆頭に、各個の存在そのものが不確定要素のようなものだ。策戦を組み立てる際には、その事まで広く深く見通さなければならない。もっとも、だからこそ、そうして組んだ策はトリッキーになりがちであり、敵方からしたらまるで魔術にでも罹ったかのような脅威になるのだ。そして、そんな彼らだからこそ、彼女の眼鏡に適い、率いてもらえたのかもしれない。

「………」

 それにしても、カイから事の全てを明かされた時、彼女の面影が脳裏を過ぎったのは何故だろう。そして自分は、何の根拠も理屈もないというのに、それに納得してしまっている。

「マスター、どうかしましたか?」

 ウィスキーの隣に居たビクターが不安そうな声を上げる。彼女は例の如くウィスキーの微妙な表情の変化を読み取っていた。

 ウィスキーは何も応えない。だがビクターとて応えを求めていた訳ではない。ただ声を掛ける事によって彼の思考を一時的にでも中断させたかったのだ。ビクターは問うまでもなく知っていた。彼がそのような悲しそうな表情をする時は、決まってズールを想っている事を。

 不意に怪訝そうな声を上げて、ウィスキーは双眼鏡を取り出し、盾の先頭集団を覗き見る。

「あの連中は……やはりそうか」

 そんな意味不明な呟きを聞きながら、ビクターも倣い双眼鏡の代わりに持っていたアサルトライフルのACOGスコープを覗き込んで、途端に喚く。

「あのキチガイども! マスターの指示を何だと思ってんのよ!? 今この場でブチ殺してやろうかしら!」

 冗談ではなく、本当に引き金に指を掛けるビクター。この距離では撃っても中らないだろうが、だからと言って当然撃たせるわけにもいかず、ウィスキーはビクターを鬱陶しそうに手で制した。

「構うな。俺がしたのは指示ではなく、指図だ。そんなものに強制力があるとは思わない」

 跳ねるように遠方の尾根を越え、次第に見えなくなっていくその先頭集団を見送りながら、ウィスキーは続ける。

「それに、どうせ誰かが最初にやらなくてはならない事だ。あの連中なら、適任だろう」



 盾の先頭を走るのは、三輛のハンヴィーであり、それに分乗しているのはFEFというクランだった。ファースト・エンカウント・フォースの頭文字をとったそれは、バトルで活躍する戦闘部隊だ。総員九十二名のプレイヤーを擁する中規模クランで、ランキングでは常に上位をキープする精鋭。今回招待されたのは十五名。今この場に居る彼らは、まさに精鋭中の精鋭という事になる。

 ビークルカンパニーが確保した車輛に分乗するという事前情報を得ていた彼らは、開始直後、少しでも距離を稼ぐために徒歩で北へ進行し、車輛が到着した瞬間、躊躇う事なく即座に乗り込み、全速力で出発させた。結果、事情を知らなかった後続組みを引き離し、更には先行していたビークルカンパニーの戦闘車輛をも追い越した。戦車や歩兵戦闘車の最高走行速度と機動車のそれは比べるべくもない。その際に自身もビークルカンパニーに所属するハンヴィーのドライバーが、戦闘車輛の後に続いた方がいい、と意見を言ってきたが、聞く耳を持たずに飛ばさせた。ドライバーの意見は当然である。戦闘車輛と機動車の装甲は先とは逆に比べるべくもない。安全重視でいくのなら、戦車を先頭にするべきだ。作戦会議の際にも大まかにではあるがそのような話の流れになっていた。

 しかし、FEFの座右の銘はかの有名なイギリス陸軍特殊部隊、SASのそれである。『危険を冒すものが勝利する』。まあ、そのモットーは勝利するためなら危険も厭わないという意であり、無鉄砲という意では決してないのだが。とにかく、FEFはその名の通り、先陣を切り、誰よりも多くの敵と対峙する最前線に重きを置いていた。

 それ故、彼らは盾の先頭ではあるが、先頭と言うよりも斥候と言った方が近いほどに、明らかに突出していた。

 脈々と続く牧歌的な尾根を、まるで波打つ海上を進むジェットボートのように最高速度で進む三輛のハンヴィー。凹凸の度に軽く宙を浮き、着地と同時にサスペンションの作用により車体が沈む。

 ほぼ並んで走る三輛だが、内一輛がほんの十数メートルだけ先行していた。その車内で、激しい揺れの度に小さな無重力状態を繰り返す己の身体を意に介した様子もなく、遠方の森林をぼんやりと眺めていた一人のFEFのクラン員が口を開く。

「規模は比べ物にならんけど、マップ自体は普通のバトルの草原に似てるな」

 別のクラン員が応じる。

「当たり前だろ。最初の画面ちゃんと見たか? プレーリーってのは草原って意味だ。プレーリードックとかテレビの動物番組でやってるだろ」

「知ってるよ。お前こそちゃんと見たのかよ。枕言葉にヘルって付いてたろうが。その割には普通の草原だなって思ったんだよ」

「ハッ、そんなのスーパーマリオと一緒だろ」

「……いや、意味わからんし」

「だから、スーパーマリオってデフォルトの状態でスーパーが付いちゃってるけど、じゃあ普通のマリオって何だよって話だ」

「あー、つまり……どゆこと?」

「だからあ、ヘルだろうがヘブンだろうが、草原である時点で草原でしかないだろ」

「マリオの例えは必要あったのかっ!?」

 ねえな、とまた別のクラン員が苛立たしげな口調で会話に割って入る。

「お前ら、いい加減気ぃ入れろ。そろそろマップの“赤道”だ。いつ遭遇エンカウントしてもおかしくない」

 赤道とは、今回のように二軍勢が対称的な位置にある単純な構造のマップにおいて、ちょうど中間に引かれた目に見えない線だ。双方が同じ時刻に同じ速度で進軍した際、最初に衝突するであろう線。つまり前線になる可能性が極めて高い。

 それを聞いていた先程とは別のクラン員達が会話を始める。

「いいねえ、赤道。まさにホットってわけだな」

「まさにホットだって? さてはお前、赤道直下はどこでも暑いと思ってんだろ」

「あん、違うのか?」

「赤道ってのは地球の中心を通っているのであって、別に暑さの代名詞じゃねえ。赤道直下には雪山だってあるんだからな」

「……へえ、知らなかった。だって、わたしリアルは小学校六年生の女の子だもん」

「お前、冗談でも頭の悪さを発揮するんだな。小学六年なら赤道云々は習ってるから」

「くそっ! 乗りが悪い事この上ねえ野郎だぜ。揚げ足ばっかり取りやがって。お前は掲示板のウザイ常連気取りか!? それとも雑学王か何かかっ!?」

「雑学じゃなくて常識だっつーの」

「ち、畜生! ゆとり教育をなめるなよ」

「手前らなあ、いい加減黙らないと頭を吹き飛ばしちゃうぞこの野郎!」

 緊張感の欠片もない。まるで漫才、というかまんま漫才のような会話で車内は賑わう。後ろの二輛の車内でも同様の遣り取りが盛大に行われているはずだ。

 しかし、ほどなくして、誰が怒鳴るわけでもなく、自然と皆が口を噤んだ。それも後ろの二輛同様である。それは彼らが心得ている故とか、戦闘の気配を嗅ぎ取ったとか、そういった種類の沈黙ではない。むしろ戦闘が始まってからでさえ、軽口とそれに対する叱咤の応酬を止めないのが彼らの戦闘スタイルである。気の抜けた会話の最中でも、決して気は逸らさない。緊張感はなくとも常に臨戦態勢。それがFEFだ。では今、なぜ彼らは沈黙しているのか。 その理由は違和感。

 出発してから約十五分が経った。赤道は数分前に通り過ぎ、マップ上では自軍の基地と敵軍の基地の道程を五分の三ほど消化した。なんの問題もなく消化できたのだが、それこそが違和感。

 マップの構造上、両軍が真正面からぶつかり合う事になるであろう事は、あえて口にするまでもなく皆が直感的に感じていた。双方が自分の基地に護るべき旗を持ち、敵方の基地に奪取すべき旗があるのだ。前線を少しでも自軍基地から遠ざけ、敵軍基地に近づけようとするのが普通である。いや、こんな難しい言い方をする必要はない。目標に向かって進む、それだけである。それが常識だ。だからこそ進行であり進軍だ。それなのに、今回は五分の三に到るまでの道程を何のアクションもなく、いささかの契機さえなく、ただただ車でドライブしただけだ。 

 なぜ何も起きないのか。

 敵はどこにいるのか。

 何時如何なる時でも軽口を絶やさないFEFが沈黙せざるを得ないほどに、気持ちが悪い。

 先頭の一輛の車内で、FEFのクラン員が恐る恐るという風に口を開く。 

「もしかして、このまま敵の基地まで何にもなかったりして」

「ああ、それでそのまま旗を取れちゃったりして」

「そんで帰りもなーんにもなかったりして」

「そしたら策士の野郎フルボッコにしてケツにその旗おっ立ててやろう」

「ははっ、いいなそれ。その後は千人の乱戦だな」

「それはそれで面白そうだな、マジで」

 再びFEFの軽口が本来の調子を取り戻し、ビークルカンパニーのドライバーも微笑を浮かべながら、一際大きな尾根を乗り越え、下り始めた。

 ドライバーが眼下の様子に顔を顰め、小さく舌を打った。

「おいおい、草叢ブッシュかよ。迂回した方がいいかも」

 ――――途端、

 何か大きな音がして、後部座席の運転席側に居たFEFのクラン員が叫んだ。

 彼は上半身が血に塗れていた。明確な外傷は右肩にある弾創。だが、その傷の出血量と上半身を濡らす血液の量は明らかに比例しない。

 助手席に座っていたクラン員は運転席側のフロントガラスを見た。直径三十センチほどの大きな孔が開いていた。まるでバスケットボール大の鉄球が飛び込んできたようである。そして飛び込んできたその先には運転席があり、ドライバーが居て、ドライバーの首から上は座席のヘッドレストごと綺麗に消し飛んでいた。その後ろには後部座席があり、ドライバーの頭を消した何かがその血飛沫を後部座席のクラン員に浴びせ、同時に右肩に弾創をこしらえた、というところまで彼は理解し、そこで意識が終わった。

 二度目の大きな音。運転席側と同様、助手席側のフロントガラスが弾け、助手席のクラン員の顔面の右半分がピンクの霧と赤黒い破片に変わるのを目にし、後部座席の中央に居たクラン員は叫びながら運転席に身を乗り出し、ドライバーの肩口を掴んだ。ハンヴィーは最高速度で走り続けている。停めなければ。しかし、頭の無いドライバーは前傾姿勢でハンドルに身を預け、押そうが引こうが先を失った頸部から黒い血をびゅるびゅると左右に噴き出し辺りを汚すばかりで、アクセルペダルに置いた足を一向に退かそうとしない。むしろ下り坂も相まって、加速する。一際大きく引っ張った時、死体は右に倒れ、その反動でハンドルも大きく右に切られ、車体が傾いた。そして浮いた片輪が地に戻る気配はなく、むしろ秒増しに傾きが大きくなり、横転する、と思った時、目の前で踊る巨大な薬莢と腹の底から響くような重い銃声に気付く。上部ハッチに付いていたクラン員がいつの間にかブラウニングM2を連射していた。

 ブラウニングM2に取り付いたクラン員は撃ちまくっていた。何が起きたのか。明白だ。攻撃されている。しかし、位置はわからない。とにかく何処いずこの攻撃者に対し、少しでも牽制になればと両手で握ったハンドルのプッシュタイプトリガーを圧し折らんばかりに親指で押し続け、12.7ミリの弾丸を闇雲にばら撒いた。ハンヴィーが横転する直前、車体が滑るように大きく傾いた時、彼は上部ハッチからすっぽ抜けるように車外に投げ出された。空中で絶叫しながらも、彼は見た。前方に広がる丈の長いすすき草叢くさむら。そこで小さく瞬く光が二つ、三つ、四つ、五つ以上。スコープの反射? 次の瞬間、その光の見える薄の周囲だけが大きく揺らいだ。そして彼は空中に居ながらにして腹部に収まっていた様々な器官を宙を舞う赤い飛沫に変えて、墜落する前には絶命していた。

 車体の右側面を下にして横転したハンヴィーは、転がるように再び横転し今度は反転。百八十度、完全に天地して、ようやく止まった。 

「畜生。待ち伏せかよ、チキンどもめ……」

 攻撃を受けてから初めて明確に発された言葉は、そんな悪態だった。

 .50口径弾の空薬莢や装備の破片や死体や血肉、それらのゴミを洗濯機に入れて回したような凄惨な車内、今は床になってしまった天井を這いながら、後部座席の中央に居たFEFクラン員は現状を確認しようとしていた。冷静になってみれば別段難しい作業ではない。自分の身体と装備の無事を確認し、車内に居る他の者に声を掛ければいいだけだ。

「ああああ゛っ! なんだってんだクソッタレ!」

 怒鳴るような罵りの言葉で応じたのは一人。後部座席の運転席側に居たクラン員だけだった。彼は右肩に銃創を受けていたがそれは回復しつつある。

 ドライバー、助手席のクラン員、どうやら上部ハッチに付いていたクラン員も、そして後部座席の助手席側に居たクラン員もいつの間にか、死亡していた。

「どうなってんだよ!?」

「攻撃されたんだ」

「知ってるっつーの! どういう攻撃かって訊いてんだよお!」

「落ち着け。たぶん狙撃。20ミリの炸裂弾頭とかだろ。そうじゃなきゃこんなに綺麗に頭がトぶかよ。お前の肩も、ドライバー殺した破片にやられたんだ」

「くそぉ。場所を確かめてやる」

 そう言って、彼は壊れて開いたままになっているサイドドアまで這い進み、ちらりと窓枠から外を覗いた。それは本当に一瞬、一秒にも満たない刹那だった。FEFのクラン員は例外なく中級以上の腕を持ち、彼は上級だった。敵に狙われ、その射線もわからない只中に長時間急所を晒すような愚は犯さない。

 しかし、頭を引っ込め始めた瞬間、彼の鼻から上が赤黒い飛沫状に霧散した。

「――――!」

 独りになってしまったFEFクラン員は、一部始終を目の当たりにし、自分の推測の間違いに気付いた。

 狙撃じゃない。

 首を仰け反るようにして痙攣する遺体。その傷は鼻から上が綺麗に無くなっているだけではなかった。鼻から下、上唇の辺りまで幾つかの弾痕がある。彼が頭部を覗かせた窓枠も同様、一部の箇所に集中するように幾つかの風穴が穿たれていた。おそらく鉄製の窓枠を貫通する事により威力の落ちた弾丸が、鼻から下の弾創を作ったのだろう。まるでショットガン。強力な散弾を至近距離から喰らったような痕跡。しかし、ショットガンでも有り得ない。このような傷跡を形成するためには精々五メートル以内から撃たなければならず、外からは銃声もなく人の気配すら皆無。ショットガン用のサプレッサーを使ったとしても、この至近距離から完璧に銃声を消すなど不可能だ。

 では何に? 敵は一体どんな攻撃を?

 わかりようもなく、わからなければ動けない。FEFは分乗したハンヴィーごとに三つの分隊を形成していた。彼の分隊のラジオマンは助手席に居たクラン員だった。故に鎧に通信を飛ばす事は難しい。難しいが不可能ではない。どんな状況であろうとも設定画面を開いて操作をすれば、同じチームに属する誰にでも個人的にボイスチャットを繋ぐ事はできる。それは、通信相手がプレイヤーリストから無作為に選んだ何者かでいいのであれば五秒ほどで完了する簡易な操作なのだが、その五秒間の無防備が恐ろしい。もっとも、そんな風に適当に選んだ相手にこの状況を伝えたところでどうにもなるまい。相手に選ぶならやはり鎧のラジオマンか同クランに属するFEFが相応しいが、そうなれば千名近いプレイヤーネームの羅列から特定の名前だけを探さねばならず、よほど運が良くても十秒は要する。死ぬには十分過ぎる時間である。無防備どころか自殺行為だ。

 孤立無援。彼は冷静に恐怖していた。

 ゴトン、ゴトンと、何か鈍い音がして、彼は弾かれたようにそちらを見る。サイドドアの外、地面の上に落ちた深緑色のそれは、F1手榴弾。敵からしたら、彼が射線に入ってくるまで悠長に待つ道理はない。

 選択肢など端からなかったが、思考する時間すら奪われた彼は必死に車内を駆けずり、飛び出した。バツンと、最初に安全な死角から露出した左手が手首から飛んだ。無数の虫食い穴によって千切れたような傷口から鮮血が迸る。彼は意識してそうしたわけではないが、それは僥倖以外の何ものでもない。もし頭や身体から露出させていれば、間違いなく即死だった。とは言え、身体の部位が欠落するような傷は例外なく致命傷。長くはない。

 それでも彼は手榴弾の殺傷範囲から逃れつつ、先ほどの仲間を撃った敵が居るであろう方向に向けて、折り畳み式ストックを折ったままの状態のベレッタ M70アサルトライフルを、右手だけで出鱈目に乱射する。

 放たれた5.56ミリ弾が向かう先は、大半が二十メートルほど前方から繁茂している薄の草叢であり、そして彼は見た。複数の何かが草叢の中で蠢いている。反射的に銃口を振り、蠢く内の一つに銃弾を送った。疾走しながら、しかも片手保持で放たれた銃撃だ。手応えはなかった。だが、音速の約二倍で通過する銃弾の衝撃波により、薄の先端の白い毛の生えた種子が舞い散り、草叢が大きく揺らいで、何かの正体が露になった。

 兵士だ。

 森林迷彩が施された戦闘服に、同じ迷彩のフルフェイスバイザー。色合いこそ戦場に合わせて変わっているものの、クエストでよく目にする、標準的な装備のNPCノンプレイヤーキャラクター兵士だ。

 その兵士は奇妙な形の小銃、VSSヴィントレスを持ち上げ、同時、横転したハンヴィー近くに落ちていた二発の手榴弾が爆発。周囲の草叢が爆風に煽られ、上から押さえ込まれたように倒れる。そこから現れた物に、彼は目を見開く。

 草叢には兵士が十体以上。等間隔に並んでいる。それは皆、似ていた。否、全く同じだった。装備が大まかに統一されるのはNPC兵士の常なので、容姿が似ているという意味ではない。同じなのはその挙動。

 全員が全く同じ構えで、全く同じ銃口を、こちらに向けている。同じ絵をコピーアンドペーストしたかのような兵士達が、戦国時代の鉄砲隊よろしく整然と草叢で膝撃ちの構えをとっている。

 爆風により露になったのは草叢の総面積に対して非常に狭い。そんな極一部だけ見ても十数体のNPCが潜んでいたのだ。では、見える範囲に隙間なく広がるこの背の高い草叢に、一体どれほどの数のNPCが潜んでいるというのか。

 発砲も全く同時だった。

 音は無かった。VSSヴィントレスの9x39ミリ亜音速弾はほぼ無音。

 着弾箇所も全く同じ。

 銃撃と言うよりも、まるでモンロー効果により一点に集中した轟爆に貫かれたように、アサルトライフルと右腕を一緒くたに吹き飛ばされながら、彼は驚愕し、同時に納得していた。

 見当も付かないほど複数の兵士が同時に同点を撃っていた。故にあの散弾のような銃創であり、20ミリ砲弾のような破壊力である。

「――――まさか、本当に」

 死に至って、不意に彼は思い出した。特定の指揮者を持たないFEFは作戦会議に呼ばれた時、出席者を誰にするかジャンケンで決めた。彼は負け、参加したのだが、その際、ウィスキーがおかしな事を言っていた。

 “異常なNPC”。

 先の小山での演説染みた台詞にもちらりと含まれていたが、作戦会議の時にはもっと具体的な話があった。異常な射撃精度を持つNPC、異常な耐久力を持つNPC等など。なぜそのような反則的なNPCが出てくるのか、なぜそれをウィスキーが知っているのか、根拠は何か、皆が訝って言及したが、話がその点に及ぶとはぐらかされた。それ故、かなり懐疑的だったのだが。

 とにかく、念のためという形で、異常なNPCが出現した場合、それらに与えるべき符丁が決められた。

 異常な射撃精度を持つNPCに与えられた符丁、それが彼の最後の言葉となった。

「シャープシューター……!」



 FEFクラン員を乗せた二輛のハンヴィーのドライバーは、微かな音と直感を頼りに、やや先行し尾根の向こう側へと消えていったハンヴィーの異常を察知し、ブレーキを踏み込んだ。尾根の頂上に到る寸前でハンヴィーは停車し、ドライバー同様に異常を悟ったFEFクラン員達は素早く下車し、駆け出した。

 尾根の頂点付近で伏せ、眼下を覗ったクラン員達の目に飛び込んできたのは、反転しているハンヴィーと、そのすぐ横で炸裂する手榴弾。爆風に煽られ倒れる草叢と、そこに潜んでいた異様な挙動の敵。そして、その敵に貫かれる同胞だった。

 皆が奇妙な光景に驚嘆し、固まっていたが、それは刹那、眼下を覗いていた一人のクラン員の頚部が裂けた時、全員がほぼ同時に草叢に向けて射撃を開始した。

 各々が持つアサルトライフルの短連射。数人が携行していたFN MAG軽機関銃の横一文字に一閃するような連射。五発に一発の割合で含まれた曳光弾トレーサーが、橙色の光の尾を引いて草叢に吸い込まれていく。千切れた薄の葉や種子や幹の破片、着弾により噴き上がった土がそこここで舞う。

 一見すると乱射しているように見えるが、先ほど爆風により露になり、数十体の敵を視認した手前の地点に集中的に銃弾が送り込まれていた。目視は叶わなくとも、手応えによりクラン員の数人が、数体の敵を屠った事を確信していた。

 草叢の一部が揺らいだ。次の瞬間には、バシン、という破裂音が響き、軽機を掃射していた三人のクラン員の頭が同時に消失した。

「マジか、くそがっ! 手榴弾! 手榴弾いくぞ!」

 一人の掛け声に、四人が膝立ちになりつつ、胸のポーチから手榴弾を抜き取り、ピンを抜きレバーが跳び、投擲した。しかし、草叢に向かって飛んでいったのは、弧を描くような血飛沫だけだった。

「?」

 疑問符の間を置き、否が応でも理解させられる。無音で無数の銃撃による刃。まるで鎌鼬かまいたち。肩や、手首や、肘から、千切られた手がくるくると虚空を舞い、腕を失った四人のクラン員達の足元に着地した。その手には、ヒューズに点火した手榴弾の弾体が握られたままだ。

 伏せろ、という声は発されなかった。身体の部位欠落は、たとえ四肢でも致命傷。その事実を悟っているクラン員達は、互いに目配せをした。そんな奇妙な沈黙の後、腕を失ったクラン員達が自らの腕、正確にはそこに握られた手榴弾に覆い被さるように倒れ、炸裂。

 装具や身体の破片が灰色の爆煙に混ざり合い、天高く噴き上がり、振動が大気を揺るがす。

 粉塵が立ち込め、仲間の一部や土砂がにわか雨のように降り注ぐ。その雨を浴びるのは、三人。既存するどのクランよりも先陣に慣れているはずのFEFだったが、残されたクラン員は、僅か三名だった。彼らはもう、銃撃を続行しようとはしなかった。三人共に目を合わせようとはせず、共通して茫然自失とした様子だった。

「……なあ、おい。もしかして、あれが異常なNPCってやつじゃねえのか?」

 クラン員の一人が、作戦会議に参加した仲間の報告を思い出し、言った。

「ああ、そういえば、ウィスキーもさっき言ってた」

「異常な射撃精度を持つNPCは、シャープシューターだっけ? 眉唾だったけど、信じざるを得ないな」

「異常も異常。異常過ぎる。敵は漏れなく中ててきて、それが漏れなく即死だってのに、草叢に引き篭もってやがる。こんなの反則だろ」

「完全なキャンプだな」

 キャンプとは、特定の場所に留まり続け得点を稼ぐ、オンラインFPSでは忌諱される行為。しかし、言い方を変えれば待ち伏せアンブッシュという、至極順当な戦略的行為。

「道理でここに来るまで敵の音沙汰がなかったわけだ。きっと連中、ばっちり防衛線を敷いてやがる」

「しかも、マップで見る限りこの草叢、少なくとも二キロは続いてる。そこにびっしり等間隔に奴らが並んでるとしたら、その数は百や二百じゃきかんぞ」

「とてもじゃないが、徒歩では無理だな」

「ハンヴィーでも無理だ。引っくり返ってるのを見たか。可哀想に、馬鹿でかい風穴が開いてた」

「くそ……。しょうがないな。それじゃあ、騎兵隊待ちか」

「だな」

 しかし、待つ必要はなかった。気が付けば、いつの間にか地鳴りが聞こえていて、南の尾根の稜線から、巨大な鉄の塊の群れが向かって来ていた。

 それを見詰めながら、三人は続ける。

「誰か、ラジオマン生き残ってるか?」

「いや、俺は違う。お前そうじゃなかったけ?」

「うん? ああ、そうだそうだ。俺だった。ジャンケンで負けたんだ」

「鎧に報告しとけよ。この戦い、マジで勝ちたくなってきた」

 生き残りのラジオマンは頷き、報告を入れる。

「鎧、こちらFEFスクアッド3。敵と遭遇。我クランの被害は甚大。マップスケール一分の一、横軸4の尾根の先、マップを横断する形で繁茂している草叢に、大量の敵が潜んでいる。おそらく、その敵はシャープシューター。繰り返す、敵はシャープシューター」




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