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False War  作者: IOTA
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第二十話:False War 10-1




 気に入らないな、とカンカラスは眉を顰めた。

 茶褐色の荒涼とした大地に祭りの屋台のように軒を連ねた建物の外装は、一棟の例外もなくトタン張りのツギハギで、点在する背の高い樹には一葉の緑もない。

 ここはロイ・トイ。アフリカのとある地域をモデルに造られたタウンであり、カンカラスが根城にしているタウンであった。故にこの廃れた印象を持たせる街並みがカンカラスを不機嫌にしているわけでは決してない。むしろこの西部劇を思わせる雰囲気に言いようのない魅力を感じたからこそ、カンカラスはここを拠点として活動しているのだ。

 彼が歩を進める先にはタワーの入り口があった。

 ロイ・トイに存在する建造物は、街並みの寂れたイメージを崩さないように全て平屋か二階建てで統一されているが、タワーだけは例外で雲を貫く勢いで天に向かって延びている。外装こそ周囲の建物と同じトタンのツギハギだが、その程度のカムフラージュでは誤魔化せない存在感と違和感を放っている。言うなら、日光江戸村の中心にエンパイアステートビルが建っているようなものである。とは言えこれは仕方のない事だった。この世界ゲームを楽しむための要素が詰まったタワーは各タウンに必須であり、タワーの規模と大きさは全タウンで統一されている。新規ユーザーが初めて訪れるタウンでも一目で『あれがタワーだ』と判断できるための措置だ。いくらイメージが壊れるからと言っても、イメージとゲーム性を秤に掛ければどちらが傾くかは言うまでもない。

 そしてカンカラスもタワーの存在に関しては納得していた。いや、納得もなにも、そもそもFalse Huntのサービスが開始されてから、つまり最初からロイ・トイにはこのタワーが在ったので、別段違和感は感じなかった。大概の場合、違和感だのイメージだのは製作者側の杞憂であり、一部のプレイヤーがBBSで雑談の話題にする程度の些事である。

 では一体カンカラスは何に対して不機嫌になっているのか。

「なあ、あんた」

 通り過ぎたカンカラスに追い縋るようにして、三人のプレイヤーが声を掛けてきた。

「あんた、スペシャルクエストって知ってる? てゆうか、もしかしてこれからそれに参加する感じ?」

 カンカラスは全く取り合おうとせず、歩き続ける。しかし、皮肉にも何も応えない事が三人の疑問を確信に変えてしまったようだ。カンカラスを取り巻くように三人は展開し、捲し立てる。

「へい、待てよ。マジでこれから行くのか? つーかそんなもん本当にあんの? 詳しくおせーてよ」

「おい、待てって。強いプレイヤーにだけお呼びが掛かる特別なクエストって聞いたんだけど、マジ?」

「なあなあ、止まれって。あのさ、もし本当にあるならさ、俺らも参加したいんだけど、あんた、掛け合ってくんない?」

 カンカラスは一切を意に介さず、黙々とタワーへ向かう。三人はようやく諦めたようで、幾つかの罵声をカンカラスの背中に浴びせ、離れて行った。

 全くもって気に入らない。カンカラスは大きく嘆息してから小さく毒突く。

「厨房が」

 カンカラスが不機嫌なのは、今まさにこの世界を席巻しているスペシャルクエストに関する騒動にあった。

 スペシャルクエスト、そのようなモノがあるらしいと耳にした有象無象がタワー近辺に屯して、それっぽいプレイヤーに片っ端から声を掛けているのだ。ゲームの中だけでなく、BBSやファンサイトなどでも真偽について盛り上がっている。

 カンカラスは真偽については知っている。真だ。つまり実在する。そして先程のプレイヤー達が勘ぐっていた通り、カンカラスはまさにこれからスペシャルクエストに参加するところである。しかし、彼も詳しくは知らない。なんせ彼がその存在を知ったのはほんの数時間前、情報屋として名の知れた@リンリンからスペシャルクエストへの参加を誘われた時だった。

 カンカラスは上級プレイヤーで、通り名こそまだないが、どこのクランにも属さずとことんソロプレイに徹すると、つうの間では一目置かれる存在である。その通の一人である@リンリンが彼を友好関係を持つに足る人物と評価し、接触を図り、プレイヤーアドレスを交換したのが数ヶ月前。それから今日に至るまで何の交流もなく、そして数時間前、突然メッセージが送られてきた。大規模なクエストがあるのだが参加するか否かという誘いだった。いぶかしみながらも応と答えたら、ほどなくして開始時刻と参加するための手順だけが送られてきた。

 大規模クエストに参加する事自体はカンカラスとしても願ったりであり、声を掛けてくれた@リンリンに感謝してもいいぐらいだが、しかしぞんざいに扱われている感は否めない。カンカラスが自身の持つ情報網で調べた所によると、どうやらある程度の規模と練度を持つクランの代表者には特別なメッセージが送られ、一時間ほど前に一同に会して作戦会議なるものを催したらしい。つまり、悪く言うならソロプレイヤー達はハブられた格好である。それもカンカラスを不機嫌にしている要因の一つだ。

 カンカラスがタワーに入ると、案の定、ロビーはプレイヤーでごった返していた。クエストやバトルのエントリーを行うカウンターでは数百人のプレイヤーが年始のデパートよろしく密集し、ロビーの中央ではここぞとばかりに目立とうとするプレイヤーが派手な動きで踊りまわったり、大声を出したり、頭の悪いテキストチャットを垂れ流している。一昔前のゲームであればラグは必至であろう様相だ。

 ここに居る数百人のプレイヤーの内、実際にスペシャルクエストに招待されたのは、おそらく数人にも満たない。カウンターで押し合い圧し合いをしている連中にしても、スペシャルクエストの噂に興味を持って何かしらの情報を得ようと集まっているか、あるいは自分は招待されなかったという嫉みによる意味のない妨害か、どちらかであろう。

 人気の少ないこのロイ・トイですらこの有様なのだから、白宜やデイジスではさぞ凄まじい事になっているだろう、とカンカラスは想像しただけで吐き気すら覚える。

 そんな中、カンカラスは一人の女性プレイヤーの視線に気付き、歩み寄る。

 ジーンズにポロシャツ、軽装のタクティカルベストというPMCのような格好をしたその女性プレイヤーは、ブロンドのロングヘアーを片手で払い、人懐っこい笑みを浮かべた。

「ハァイ。久しぶりね」

 周りのプレイヤーには聞こえないウィスパーで話し掛けられ、カンカラスも応じる。

「ああ。あんたもか?」

「ええ。その口ぶりだと、あなたもそうみたいね」

 二人の会話がスペシャルクエストの招待を受けたか否かの確認である事は言うまでもない。

 カンカラスは周囲を見渡し、問い掛ける。

「一人か?」

「いいえ、私のチームはもうエントリーを済ませて、先にむこうに行ってるわ。私もこれから行くところ」

 この女性プレイヤーの名はディス。カンカラスとは顔見知り程度の仲である。何度かバトルで共闘した事がある。その際、彼女は数人のプレイヤーを従えていた。そう、従えていたのだ。お友達クランといった感じではなく、明らかに上下関係がはっきりした戦闘部隊だった。他にもそのようなクランは多々あるが、彼女のチームのそれは度を越していた。更には、彼女はどうやら日本人ではないようだ。とても流暢な日本語を使うがその点も含めて、得体が知れない、とカンカラスは感じた。しかし、詳しく訊こうとは思わない。

「チームで招待されたって事は、作戦会議には参加したのか?」

「ええ」と肯定し、ディスはカンカラスの顔を覗き込むようにした。「気持ちはわかるわよ。お呼ばれしなかった人達からしたら、あまり面白いものではないでしょうね」

「まあな」

「でも、たぶんあなたが想像してるような話はなかったわ。私も詳細キボンヌだったんだけどね。異常なNPCとかなんとか、ちょっと変な事は言ってたけど、基本的には作戦について指示されただけ。いや、そもそも作戦も何も……」

 言葉を止め苦笑するディスに、カンカラスは怪訝そうに小さく呻いた。

「ま、実際に現場に行けばわかるわよ」

「そうだといいけどな」

「じゃあ、私行くから。お互い健闘を」

 カウンターに向かい、ほどなくして踵を返しタワーから出て行ったディスとすれ違うように、カンカラスもカウンターに向う。当然の仕様として、リアルのように並んで順番待ちをする必要はなく、離れた位置からカウンターのNPCに話し掛けられる。周囲のプレイヤーに聞き取られないよう、これもウィスパーで実行する。

「カンカラスだが、スペシャルクエストに招待された」

「カンカラス様ですね。お待ちしておりました。確認しますが、カイ様からの招待でよろしいですね?」

「……ああ」

 カイ、黒い凶戦士ブラックレイ単独多殺アローンオーバーキル、元フォネティックメンバーのエクスレイ、色々と話題が絶えないプレイヤーである。メッセージを送ってきたのは@リンリンだが、実際に招待を送ってきたプレイヤーの名義はカイだった。本命の招待を受けたのはカイであり、@リンリンはカイの人集めの助勢をしたにすぎないであろう事は想像に難くない。

 カンカラスが不機嫌である最たる理由はそこにある。クエストとはタワーで依頼を受けるものであり、クエストの情報はカンカラスも逐一チェックしているが、スペシャルクエストなるものは見聞にして知らなかった。つまり、今回はカイ個人に向けてピンポイントで招待が送られたと考えるのが、信じ難くはあるが、自然である。それにこの規模、更にはクエストで作戦会議など、普通ではない。はっきり言って、異常である。まるで、このゲームそのものに真剣勝負を挑むようではないか。

 ―――俺の知らないところで、一体何が起きている?

「では、ただ今よりターミナルから直接クエストエリアに転送が可能です」

 成功と幸運をお祈りしております、というNPCの決まり文句を背に、カンカラスはターミナルに向った。

 


 複数機が同時に離着陸出来るであろう、まるで空港のような広大な滑走路が真っ直ぐに延びている。その隣には幾つものヘリポート。滑走路を挟んだ反対側には車輛格納庫であろう建物が連立し、それに付属するように武器弾薬庫らしき小屋が霞んで見える。建物の配置などは大規模バトルでお馴染みになっている基地ベースと変わらないが、その規模は従来と比べ物にならない。

 しかし、そんな剣呑とした雰囲気を覆すほどの情景が基地の外には広がっていた。

 真っ青な空の上を豊かな雲がゆっくりと揺蕩たゆたい、脈々と起伏を繰り返すゆるやかな尾根が遥か先まで続き、隙間なく生えた背の低い若草が風に吹かれて静かに波打っている。その空間に居るだけで優しい気持ちになるような景色。平和を絵に描いたような草原。まるで、天国のようである。

 あまりにもアンバランスな風景だが、なぜだか不快だとは思えない。カンカラスはただただ目を丸くし、呆けたように辺りを見渡していた。そして背後に視線を移して、更なる驚きに一瞬身を硬直させ、固唾を呑んだ。

 思わず呟く。

「凄い」

 ヘリポート、滑走路、車輛格納庫、横に並んだそれら三つから少し離れた位置には、一際大きな小山があった。頂上に登れば、丁度いい具合に周囲を一望できそうである。

 そして、その小山の中腹には、約千人にも達するであろうプレイヤーが集まっていた。

 カンカラスのように独り佇む者、所在なさげにふらふらと歩き回っている者、慣れた手つきで装備の確認を行っている者、数人の団体で地べたに腰を下ろし下卑た笑みを向けてくる者達、数十人規模で整然と整列している部隊、様子と態度は諸々だが、皆が一様の雰囲気を持っていた。それは、先程タワーで目にした乱痴気騒ぎの有象無象とは、あまりにも懸け離れた種類のオーラ。

 強者つわもの

 その言葉をここまで忠実に再現した場面は未だ嘗てないだろう。

 ランキングで常に上位をキープしているクランや、野良バトルで個人的に活躍するプレイヤー、タウン外での非正規戦闘を生業とするPKや、個人やクラン間のいざこざ(いわゆる“裏の舞台”)に首を突っ込んで暗躍するイリーガル等など、カンカラスは勿論のこと、このゲームの事情にある程度精通している者ならば誰もがその名を知っているような有名プレイヤーの顔ぶれも多々あり、一見しただけで、プレイスタイルや性格はまさに十人十色の千差万別で協調性など欠片も望めないのは明白。

 だがしかし、この面々を見渡した時に、唯一ただの一人も例外なく共通している事がある。それは、皆が何かしらの強烈な意志と確固たる個人を持ち、そしてその意志と個人を戦闘行為によってのみ充たしているという事だ。たとえば正々堂々とした一種のスポーツであるバトルであれ、たとえば卑劣な不意打ちであるPKであれ、たとえばアウトサイドでの暗躍であれ、それら全ては頑なな意思を個人に内包して行う戦闘だ。戦闘を手段ではなく目的とする破落戸ならずもの。偏屈でありながら純然たる生粋のFPSプレイヤー。

 そんな現実世界の社会不適合者達であり仮想現実世界の戦士達が、千人、同じ戦場に集まって、同じ戦闘を共有しようとしている。 

 状況から考えて、かなりの参加者数とその戦闘力になるであろう事はカンカラスも想像していたが、まさかこれほどまでとは。基地の規模と周囲の情景、それら全てが相乗され、荘厳であり崇高であり圧巻。

 カンカラスは自分の心内で戦慄わななき始めた感動を周りに気取られぬようにしながら、皆に倣って小山の中腹に移動する。そして疑問に思う。なぜ皆がここに集まっているのだろう、と。このような今まで目にした事のない専用マップであれば、クエストが始まるまでの間、散策してみようと散り散りになるのが人情ではないか。この集まりがなければカンカラスもそうしていたはずだ。しかし人垣越しに小山の頂上が見えたとき、なるほど、その理由を知った。

 四人のプレイヤーがそこには居た。一際目に付くのが一人の女性プレイヤー。これみよがしに訳知り顔で胸を張り、腰に手を当て大股気味に足を開いて立っている。見事なまでの仁王立ちである。全員集合、というような意図が無言であるにも関わらずひしひしと伝わってくる。彼女はカオスインテルの参謀、センチピード。彼女が今回の人集めの主軸をなしていた事は、カンカラスも知っている。センチピードの後ろに控えているのは、髑髏のフェイスペイントの男だ。カンカラスは初見であり名も知らないが、センチピードの斜め後ろという立ち位置から、彼女の手下ないし部下である事は察しが付く。

 その二人から少し離れた位置には、都市迷彩の戦闘服を着た壮年の男。左の頬骨を中心として顔面を四分割するように描かれた黒い十字がトレードマーク、フォネティックメンバーのクランマスターにして策士プランナーの異名を持つ、ウィスキーである。彼が今回のスペシャルクエスト攻略作戦を立案し指揮を執るらしい、とカンカラスは聞いていた。ウィスキーは隣のプレイヤー、フォネティックメンバーのサブマスター、ビクターと何やら話している。いや、話しているというよりも、興奮した様子で嬉しそうに騒ぐビクターに耳を傾けている風にしている、といった感じだ。

 と、そこでセンチピードに動きがあった。ちらりとシルバーの腕時計に視線を落としてから、顔を起こし、大きく口を開いた。

「全員聞けえ!」

 まるで叱咤するかのような叫び。小山に居る全員がセンチピードに視線を集中させる。センチピードはその視線を受け止めるように悠々と眼下のプレイヤーを見渡し、再び口を開く。

「クエスト開始十分前だ! スペシャルクエスト攻略作戦の概要を説明する!」

 そう言って、しかしセンチピードは半歩後退り、ウィスキーを見た。ウィスキーは小さく頷き、歩み出た。

「先の作戦会議に参加したクランの代表者には繰り返しになるが、まず始めに断っておく、今回のスペシャルクエストの詳細については、俺も知らない」

 ウィスキーの声は、ビクターのような叫びでこそなかったものの、程よく大きく、鮮明に響く。

 それにしても、作戦を立案し指揮を執るはずのウィスキーがクエストの詳細を知らないとは、どういうわけか。カンカラスは眉を顰めた。周りからも怪訝そうな疑問符の囁きや嘲笑するような小さい野次が上がる。

「シークレットクエストのようなものだと思って欲しい。十分後に表示されるであろうクエスト説明の画面、それが現れるまで、敵戦力や制限時間はおろか、ルールすら明かされない。故に、今クエストにおける作戦の立案と指揮を一任されたわけだが、作戦の練りようがなかった」

 シークレットクエスト、それならば理解できる。開始されるまで何一つも情報が与えらない奇抜なクエスト。その大半が初心者向けの色物ではあるが、中には上級プレイヤーも手古摺てこずるような難易度の高いものもハズレ(もしくはアタリ)のように紛れ込んでいる。故に、万全の準備と素早い適応力が求められる。そういう意味に置いては、最も難度の高いクエストと言えよう。

 先のタワーでディスが作戦について言い淀んでいたのも頷ける。だが、理由は理解できても問題の解決にはならない。ではどうするのか、という話だ。

「ただ、一つだけ断言できる。今回はお遊びのクエストではない。まず間違いなく戦闘になる。十中八九、死闘になる」

 力強く言い切るウィスキー。彼の声色により場は静寂を取り戻し、死闘というその言葉に各々が各々様に面持ちを改めた。

「よって、その戦闘がどのようなものであれ即応でき得る布陣を組む事にした。玄人中の玄人である諸君らなら、あれが何を意味するのかよくわかっているはずだ」

 ウィスキーがあれと示す方向には、車輛格納庫と武器弾薬庫、ヘリポートと滑走路が在る。即ち基地だ。そして基地が何を意味するのかというと、クエストが始まれば利用可能な火器、車輛、航空機が出現するわくという事だ。

「それらの兵器を最大限に利用する事を前提に考えた布陣は、至ってシンプルだ。まず戦闘の主体になるであろう戦車、IFV、APC、ジープ等の車輛、そして歩兵。これらを一括りとし攻撃と防御の要、符丁ふちょうを『盾』とする。次に戦闘機を敵陣への攻撃の主要、『大剣』。各種ヘリは盾の援護を担う、『大鎌』。自走砲や迫撃砲、対空砲は要請時に用い、基地の防衛も同時に行う、『大鎚』。大鎚と共に基地に留まり、指揮と通信に徹する、『鎧』だ」

 確かに、独特な符丁を除けば、それは非常にシンプルだった。それらの役割は大規模バトルの常套だと言っていい。だが常套であるという事は、同時に王道でもある。古くから変わりなく、ありふれているには、それだけの理由がある。堅実であり効率もよく、単純でわかり易い。

「作戦会議に参加したクラン、そのクランメンバーには各マスターから達しがあったと思う。指示された役割に従事して欲しい。それ以外のプレイヤーの役割については任意とする。ただし、車輛や火器に関しては専属の役割を持ったクラン員が優先的に利用する事を了承しておいてもらいたい」

 巧い、とカンカラスは微笑する。任意、さもすれば粗略に扱われていると勘違いしてしまうが、決してそんな事はない。おそらく、件の作戦会議というのはバトル畑のクランだけを集めて行ったのだろう。つまり、比較的指示に従うと思われるプレイヤーだ。以外の連中といえばPKにソロにイリーガル、どう考えても連携には向かない。だからこそ任意なのだ。固定された役割がかせを作り、反感を買い支障を生む危険があるならば、思い切って各個人の自由意志に任せた方が戦果も望める。そして何より、連携を嫌ったそれらのプレイヤーが後方支援に回るとは到底思えず、一番人手が必要になるであろう盾に自然と人員が偏るのは明らか。

「通信に用いるボイスチャットについて説明する。スコアボードのプレイヤーリストを開けば気付くと思うが、名前の頭に[Radio]と、そしてその後に各部隊の符丁が付いているプレイヤーが六人居る。彼らが鎧にて通信を務める。名の通り、Radio盾が盾の通信を担当し、Radio大剣が大剣の通信を担当、という風に符丁に準ずる部隊の通信を各々が担当するのでわかり易いだろう。一番の大所帯になるであろう盾についてはRadio盾1、2、3と、三人設けている。大剣と大鎌は部隊の性質と規模を鑑みて、各隊員が別個で鎧にチームスピークを要求してもらって構わないが、盾と大鎚については変則的なスクアッド方式とする。最小でも六人以上の分隊を組んで、その中から一人ラジオマンを選出、ラジオマンだけが鎧とのホットラインを持ち、各分隊員はラジオマンにチームスピークを要求する形にしてもらいたい。もっとも、これら通信についても先と同様、作戦会議に参加したクランはマスターの指示通りに、それ以外は任意とするので、積極的な連携を求める者だけが設定してもらえばいい」

 どうせ混乱は必至だ、というウィスキーの厭きれ声が聞こえてきそうだ。各人が鎧にホットラインを持つ事になる大剣と大鎌は問題なく、大槌も少数なので大丈夫だろう。問題なのは最大規模であり最前線を担う盾だ。普段から変わらぬ面子で戦っているバトル畑のクランならともかく、それ以外の寄せ集めで急遽作られた仮初の分隊など上手く機能するわけがない。戦闘が始まってしまえば完全に個人行動、散り散りになって好き勝手戦うに決まっている。ラジオマンは何処に居るかもわからない、それこそ生きているかもわからない自分の分隊員に通信を飛ばす事になるだろう。そんな貧乏くじ、カンカラスは願い下げだが、物好きというのはどこにでも居るだろう。もっとも、それ以前にきちんと六人以上の分隊が作られるかどうかすら怪しい。ウィスキー自身も大して期待はしていないだろうが。

「ちょいちょい」

 と、そこでカンカラスは肩を叩かれた。振り向くと、紺色の戦闘服に身を包み、インナーのフードを被った男が立っていた。

「あなた、あれでしょう。えっと」男は顎に皺を作り虚空を見上げるようにした。「そうだ。カンカラスさんでしょう?」

「あんたは?」

「ああ、俺はクラッチっていうクランのマスターやってるジャミです。よろしく」

「よろしく。で、何か用か?」

「あのですね。マスターの俺が言うのもちょっとアレなんだけど、うちのクランそんなに有名じゃないもんで、一応クラン員の半分、俺を含めた五人は招待されたんだけど、作戦会議には呼ばれなかったんですわ」

 見ると、確かにジャミの後ろには四人の男女が控えていた。十人ほどの規模でありながら半数に招待が着たなら、何も卑下する事はない、大したものだろう。

「それで?」

「ええ、それで、よければうちらと分隊組ません? そうすればちょうど六人になるし、ラジオマンが俺が勤めますから」

「……なんで俺なんだ?」

「いやね、どこの誰とも知れないプレイヤー誘うより、ソロプレイで有名なカンカラスさんの方がうちらはいいかなあって意見が纏まったもんで、ダメですか?」

 カンカラスは少し考え、答える。

「いや、いいよ。改めてよろしく」

「おお、有り難いです」

 こちらこそ有り難い。カンカラスはジャミと握手を交わす。無名とはいえ立派なクランである、端数のソロプレイヤーで構成される分隊より、遥かにマシなはずだ。通信手段は無くて困る事はあっても、有って困る事はないだろう。こちらは状況によりけりで好きにやらせて貰えばいい。協力というよりも利用に近い。

 このカンカラスとジャミのような遣り取りが方々で散見していた。ややあって、おそらく望む者は皆が何かしらの通信手段を得たのだろう、再び視線はウィスキーに集まった。

 ウィスキーはそれを待っていたようで、再び口を開く。

「作戦については以上だ。しかし、賢明な諸君であれば、このクエストの異常性を感じていることだろう」

 そう。カンカラス同様、ここに集まった誰しもが、今回のスペシャルクエストの常軌とは違う特殊な空気を嗅ぎ取っていた。そして今、ウィスキーが先ほど布陣について説明していた時のような事務的なものとは違う、どこか凄愴を帯びたような雰囲気で在る事を、感じ取った。

 ウィスキーはゆっくりと、一言一句を噛み締めるように語り始める。

「一ヶ月ほど前、我々の居るこのFalse Huntで、ある事件が起きた。その事件とは、嘗て類を見ない殺人事件だ。前代未聞であり、最低最悪の事件だ。なぜ最悪と言い切るのか、わかるか?」

 当然、答えられる者は居ない。

「テレビで流れているような、芸能人が覚醒剤をやっただとか、通り魔が何人殺したとか、どこかの国の戦争で何万人死んだとか、そんな事件とはまるで違う。そんものは一切合財我々とは関係がない事件だ。今回の事件はニュースにすらなっていない。ほとんど誰も知らない。ただ一人の男の非業の死だ。しかし、このFalse Huntで生きる誰しもが無関係では有り得ない。なぜならば、我々の居るこの世界が、リアルと混ざり合い、混沌と崩れて、滅茶苦茶に壊れて、消えて無くなってしまうような、そんな事件だからだ」

 一体、それはどういう意味か。皆が訝しむ。ウィスキーの真摯な表情と声色は、冗談や誇張を言っているとは思えない。

「我々はこれから、神と戦う。神が一人の男を殺し、我々のこの世界を壊そうとしている。神は圧倒的な力を持ち、何もかもを自由自在にできる存在だ。さっき言った通り、お遊びのクエストではない。互いが本気の真剣勝負だ。だから相手も形振り構わずに、玄人の諸君ですら予想もつかないような異常なNPCを送り込んでくることだろう。厳しい戦いになる。勝ち目は薄いかもしれない」

 神との戦闘。

 まるで、このゲームそのものに真剣勝負を挑むようではないか。カンカラスは自分の想像が正鵠を射ていた事を知り、そしてその意味を悟り、硬くなった唾を飲み込んだ。

「諸君、この世界が好きか?」

 ウィスキーは、仏頂面の目元を微かに細めるようにした。それが彼の微笑である事に、彼と面識がある者は目を瞠る。

「俺は好きだ。なぜならば、この世界には規制と差別がないからだ。どんなに偉かろうが馬鹿だろうが、金持ちだろうが貧乏だろうが、仕事をしていようがニートだろうが、社交的だろうが引き篭もりだろうが、そんなものは全て関係がない。ここに居る時点で、皆が同じ条件で、同じように戦い、同じように死に、そして生きる。好き勝手な意思を持ち、思うがままに行動する、プレイヤーという一個人だ。リアルでは有り得ない、本当の自由と平等がここにはある。だから俺はここに居る」

 ああ、その通りだ。だから俺もここに居る。だからみんなもここに居る。

「これは、我々の世界を護るための戦いだ。成功と幸運を祈る、とは言わない。祈りなんて、我々には必要がない。だからこう言おう。良い狩りを。共に戦いを楽しもう。諸君は英雄だ」

 始めは誰だったのか。歓声が上がった。歓声が咆哮に、咆哮が二つに、二つが四つに、それはうねり狂う巨大な波となり、小山を包み込む。拳を高く突き上げる者。高らかに掲げた銃を乱射する者。両の拳を握り締め、天に向かって吼える者。涙を流す者も居る。魂の咆哮だ。

 何人かは、とんだ茶番だと、なんて単純な奴らだと、そんな心無い野次を言いたげな歪んだ笑みを浮かべ顔を見合わせているが、それでも言いたげなだけで実際に口にしない事から、少なからず感じ入るものがあったのは明らかだ。

 流石は策士、巧くはぐらかすものだな、とカンカラスは思う。事件だとか一人の男の死だとか、漠然とことの重大さは伝わってきたが、結局、具体的な明言はされていない。

 しかし、ウィスキーもはぐらかすためだけに言ったのではないだろう。勿論そうした意図もあったのだろうが。彼の言葉は嘘偽りがない本心だった。そのぐらいは見ればわかる。

 だから、後でいい。事情や経緯なんて、この戦いが終わってから調べればいい。

 カンカラスは肩にスリングで吊っていたFRオーディナンス MC51を右手で天高く持ち上げ、引き金を切った。右腕から身体へ、身体から脚へと駆け抜けていく反動が心地好い。そしてその反動とは違う、静かな歓喜の震動が胸を内側から敲く。

 ――――今は、この感動に身を委ねよう。この戦いを楽しもう。

 プレイヤー達が青い空に向けて放つ数多の銃弾は、天空から見下ろしているであろう神への宣戦布告のようであった。




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