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False War  作者: IOTA
30/43

第十九話:パラベラム

 



 天井の中心にある一つの電球が、まるでオイルランプのような淡い橙色の光を弱々しく放ち、部屋中に所狭しと置かれた様々な物を仄かに照らす。幾重にも積まれた弾薬箱、その上に転がる手榴弾、脱ぎ散らかしたような戦闘服、壁に立て掛けられた小銃の群、それら全てが照明とは反対の方向に薄い影を伸ばし、明と暗のコントラストが隠れ家のような懐かしさと優しさを醸し出している。

 ここは虎屋。嘗てフォネティックメンバーという伝説のクランに席を置き、火薬庫アーセナルの異名で謳われた男の個人経営ショップである。

 カチリ、カチリと、定期的な金属音が静寂に染み渡る。

 音は部屋の一角から響いていた。入り口から見て奥の左隅、その区画だけがある程度整理されていて、大きな木箱を椅子代わりに、一人の青年が腰掛けていた。

 漆黒の戦闘服に、暗黒の覆面、カイである。

 カイは平たい箱型の弾倉を左手に持ち、右手で脇に置いた弾薬箱から一発の弾丸を取り出し、頭の高さまで持ってきて凝視する。少しくすんだような金色の真鍮の薬莢は、いわゆるボトルネック型で先端部がくびれていて、その先に直径7.62ミリの弾頭が覗いている。傷や汚れがないか、指先で弾丸を回し確認してから、弾倉の上部に優しく押し込んだ。バネに反発されながら先に弾倉に収まっていた弾丸と弾倉のとっかかりの間に割り込むようにして入った弾丸は、カチリと、食い込み、固定される。

 弾丸が真っ直ぐに並んで入る直列弾倉ではなく、左右交互の二列に並んで入っていくことによって短縮化と装弾数の増加を実現した複列弾倉ダブルカラム。故に今この弾倉の中では弾丸がギザギザの波線のように並んでいるはず。カイはそのビジョンを脳裏に想像しながら、弾倉を右手に持ち替え、その裏側、つまり中の弾丸が雷管を向けている方を、パシンパシンパシンと、左手に三度打ち付けた。それにより僅かに歪だった弾丸の並びが統一される。

 カイは出来上がったフルマガジンを傍ら置いた。すでにそこには八本のフルマガジンが並べられていた。これで九本目だ。

 しかしながら、このゲームにおいてはわざわざプレイヤー自身が自らの手を持って弾倉に弾込めをする必要はない。タワーのショップに行けば各種弾薬が各種弾倉に詰まった状態で購入できる。特別な指定をすれば装填数から炸薬量、同じ弾倉に違う種類の弾丸を混ぜるチャンポンまで、一瞬でやってくれるはずだ。カイとて普段はそちらを利用している。現にカイが座っている木箱に中には、ショップで買い溜めしておいた、たった今作ったのとまったく同じ型のフルマガジンが何十本も入っているはずだ。にも関わらずカイがわざわざ弾丸を手込めした理由は至極単純、カイはその作業が好きだからだ。自分で撃つ弾丸を自分で込める。ちっぽけだが、その一発が解き放たれれば絶大な威力を以ってして必ず何かの破壊を約束する弾丸、それを見て、撫で、想像しながら丁寧に弾倉に込める。そんな作業が好きだが、毎回やっていてはただの手間になってしまう、とカイは考える。だから普段は通常の例に漏れずショップの出来あい弾倉を利用し、特別な時だけ、自らの手で弾込めをするようにしていた。

 カイはそのすぐ横に置いてあった煙草のパッケージを掴むと、犬歯で噛むようにして一本だけを引き抜き、シンプルなシルバーのライターで火を点けた。

 以前、物珍しさで購入し虎サンと二人で一本ずつ吸っただけで虎屋の奥に放った事を思い出し、探し出してきたのだが、無論、ゲーム内での喫煙でニコチンの摂取など望むべくもなく、更に言えばプレイヤーキャラクターが肺がんに侵される心配もないので、あくまでレクリエーションアイテムの一つでしかない。

「無意味だよな……」

 そう苦笑混じりにひとりごちて、カイは銜え煙草のまま停止した。AFKだ。



 外したHMDを置き、VRGを脱ぎ、机の隅に置いておいた煙草を掴み、つい今しがたゲーム内でしたのと同じように犬歯で一本だけを引き抜き、百円のライターで火を点ける。窓を開けていた所為か、ライターの火が風に煽られ、煙草の点火口だけでなく白い紙の先端部まで黒く焦げた。

 深く吸い込むと、吸引された酸素がジジジと爆ぜる音がして、全身の毛細血管に溶け出したニコチンが軽い眩暈を生む。

 天井に向かって紫煙を吐き出しながら、思う。

 妙な事になったな、と。

 長瀬と朋絵が俺の部屋に来たのが何日も前の事に思える、だが実際には昨日の事だ。長瀬から受けた暴行の傷跡は赤黒く変色し、身体を動かすと鋭く痛む。耐えられる範囲の痛みなので一応のところ日常生活に支障はないが。

 あの後、長瀬は「別に疑ってるわけじゃないんだけどさぁ」と言葉を紡いだ。


「別に疑ってるわけじゃないんだけどさぁ。False Huntにログインしてみてくんない? いちファンとして、あんたがブラックレイだってこと、この目で見てみたいんだぁ」

 もはや隠す意味はなく、断る理由もないので俺は言われるがままログインした。部屋のそこここに投げ散らかしたままになっているHMDとVRGは、あくまで周辺機器であり、双方を接続せずともFalse Huntはプレイ可能だ。その場合、通常のモニターがゲーム画面になるのだが、操作方法も異なってくるし、何よりそれではFalse Huntの売りであるリアリティを体感できないので普段は両方とも接続した状態でプレイする。

 しかし今は俺がカイである事の証明であるステータス画面を長瀬達に見せるだけなので、モニターの方が都合がいい。

「ほら」

 モニターに表示したステータス画面を長瀬に示す。

「どれどれ。ぉおお、すげえぇ。おわっ、何この鬼みたいなキルデス比!? パネえぇ。ブラックレイのステータス画面をリアルで見れるなんて、あたし達が初めてなんじゃない。ほれメイ、あんたも見ときなよぉ」

 そんなに大したもんじゃないと思うのだが、舐めまわすようにステータス画面を見入る二人を見ていると、なんだが気恥ずかしくなった。

「んぁ?」不意に長瀬が疑問符を発する。「なんかきたよぉ。メールだねぇ」

「メール?」

 見ると、先程までは何もなかったステータス画面の右下には未開封の封筒のアイコンが現れていて、その隣では小さく数字の1が点滅していた。たった今送られてきた未読のメールが一件ある事を強調しているのだ。

 珍しい。俺にはメールなんて滅多に送られてこない。これはFalse Hunt専用のメールサーバであり、送られてくるメールと言えばアドレスを交換した近しいプレイヤーからか、あるいはESからのお知らせメールに限られる。近しいプレイヤーが少ない俺からしたら、送り主は自然と後者に絞られる。

 受信フォルダを開いて見ると、案の定送信元はESからで、どうせ定期的に催されるイベントや瑣末なアップデートの情報だろうと捨て置こうとしたのだが、件名が目に入って、

「――――」

 俺は固まってしまった。

 咄嗟に思い出したのは、全ての始まりとなったあの言葉。虎サンが虎屋で何気なく言ったあの台詞。

 “どうやら《スペシャルクエスト》ってのに当選したらしくてな”。

 俺の異常に気付いたらしく、画面を覗き込んで眉を寄せる長瀬と朋絵。

「これって、あんたがさっき言ってた……」

 俺は身体が震えるのを感じながら、画面上のマウスカーソルをその文章の先頭に運んで、一文字一文字なぞるように何度も頭の中で読み返した。その、たった一行に収まる程度の短い文章が、頭の中で渦巻くように消滅と出現を繰り返す。

『当選おめでとうございます! スペシャルクエストへ御招待』

 意を決して、本文を開いた――――

 


 停止していたカイはおもむろに右手を持ち上げ、根元まで燃えてフィルターだけになった煙草を唇から離した。そして辺りを見渡し、困ってしまう。虎屋には灰皿は勿論、ゴミ箱すらなかった。吸い殻を捨てる場所がないのだ。

 元々ゴミ屋敷のような虎屋である。吸い殻の一つや二つが落ちていたとしてもこれ以上不潔感が増す事はないだろうし、もうすでにカイの足元には今の煙草の灰が塵になっている。それに、そもそもこのゲームの仕様として吸い殻などの明らかに用途のないゴミは、特別な手順を踏まない限り、床に捨てて置けば数刻を待たずして跡形もなく消えてなくなってしまうのだが。しかし、それでもカイは、たとえ刹那であろうとも、虎屋の床に吸い殻を投げ捨てる気にはなれなかった。

 前に虎サンと吸ったときはどうしたっけなあ、とカイが吸い殻を持て余しながらぼんやり考えていると、入り口のドアが開いた。カイは木箱から立ち上がり、足元の灰を軽く蹴って汚れを散らしてから、入り口に向かう。

 そこには三人のプレイヤーが居た。

 一人は、体にフィットし胸元の開いた黒い革のジャンパーに、同じく脚にフィットしたブラウンのカーゴパンツという服装をした短髪の女性。イヤリングや指輪、ベルトなどのアクセサリーはシルバーで統一されており、レッグホルスターや肩から襷掛けにしてある大型のマガジンポーチなどはカーキである。

 彼女の名はセンチピード。そして彼女こそがFalse Huntでの長瀬の姿であった。

「首尾はどうだ?」カイが尋ねると、

「上々だぁね」とセンチピードが答える。

「とりあえず六百六十一人集まったよぉ。あたしのクランを含め、方々のクランから四百五十人。あとは野良が二百十一人。でもさぁ、PKだろうがアリーナランカーだろうが、外人だろうが色物だろうが、種類は問わず、唯一の条件は腕利きのみって話だったからぁ、性格までは保障しないけどぉ。まあ、その全員が中級以上だし三分の一は上級だよ」

「ほお、そりゃ確かに上々だ。流石だな」

 昨日、例のメールが着てから今に至るまで、約三十六時間あった。その間にそれだけの頭数を揃えられたのはセンチピードの手腕と、クランカオスインテルの規模に由るものだろう。False Huntで現在最大の規模を誇るクラン、カオスインテル。そこの参謀を務めているのが他でもないセンチピード、つまり長瀬であることには、カイは少なからず驚かされた。参謀という位が具体的にどのような立場なのかは定かではないが、人集めの能力から鑑みるに相当な上位であることは間違いない。

「んっふっふっふ。あったりめエよ。俺達のクランを舐めるなよ、ブラックレイ。もうちっと時間があれば、もっと最高の布陣を組んでやったつーの」

 センチピードの斜め後ろに控えていた男が高慢な言葉を発する。

 顔には不気味な髑髏のフェイスペイントをあしらって、身体の至る所に大型拳銃を飲んだホルスターをぶら下げている長身痩躯の男だった。

 カイはその男に見覚えがあった。いつだったか、皐月と二人でタウン外の森林を探索している時、喧嘩をふっかけてきたPKの内の一人だ。たしかGGBと名乗ったはずだ。カイが屠ったPKは数は知れず、いちいちその一人一人の顔まで覚えていないが、この男は近距離から拳銃で撃ち殺したので覚えていた。そういえばあの時、この男はカオスインテルのメンバーであるような事を吹いていた。そしてその翌日、リアルで長瀬からカイである事を言及された。その事から、おそらくこの男はセンチピードこと長瀬の腹心的な存在なのだろう、とカイはあたりを付けた。

 もう一人のプレイヤーに視線を移すと、そのプレイヤーは下唇に右手人差し指を当て、「えっとねえ」と何かを思い出すように虚空を見上げる。

「私の方では三百二十一人揃えたよ。センちゃんと同じで、クランの人達が三分の二ぐらい。残りの三分の一がソロの人らね。あとこれもセンちゃんと同じなんだけど、とにかく強い人ってことだったから、性格的にけっこう偏っちゃってるかもしれない」

 そのもう一人のプレイヤーとは、クランあんだーへぶんのマスター、@リンリンだった。

 情報通で通っている彼女は様々な所に顔が利く。マンモスクランであるカオスインテルには及ばないまでも、個人で有している情報網の広さと深さから言えば、この世界で一だろう。センチピードをセンちゃんと呼んでいる辺りから、彼女の交友範囲がいかに強大か推し量れる。

「急な話だったからさ、割と大変だったよ。最初は誰も信じてくれなかったんだから。こんなのウォーゾーン以来だね」

 ウォーゾーンとは、False Hunt発売から間もなくして行われた大規模イベントだ。

「そうか。まぁそうだろうな。しかしあの時は告知があったし、クエストじゃなくてイベントだったからな。今回みたいなのは、おそらく最初で最後だろう」そこでカイは視線を逸らし、頬を掻く。「その、なんだ……迷惑かけたな」

「もうっ、ブラックレイのお兄ちゃんは相変わらずだね。迷惑かけたなじゃなくて、素直にありがとうって言えばいいんだよっ」

 腕を束ねて半目で睨んでくる@リンリンに、カイは沈黙する。

「ほら、ありがとうって。あーりーがーとーう、って」

「あ、ありがとな」

「どーいたしまして」

「……」

 ありがとう。

 カイは心内でもう一度繰り返した。

 急遽、大量の腕利きプレイヤーを集める運びとなって、@リンリンに人集めの助勢を頼んだ。その際、彼女にはこれまでの経緯を全て話した。虎サンの死に始まり、カイ達の調査、バハムートの仮説、仲間達の死に至るまで、大体のいきさつは説明した。大量に集めたプレイヤー達には、大規模なクエストがあるとしか伝えていないが、彼女は全てを知っているのだ。人集めを引き受けてくれた事に対してだけでなく、全てを知った状態でいても尚、以前とまったく変わらない態度で接してくれる@リンリンに、カイは心から感謝していた。

「しかし、お前は参戦しないのかい?」

 カイは@リンリンの服装を見遣って言った。今日の@リンリンは以前のようなチャイナドレスでこそないが、薄緑色のワンピースという姿だった。少女の体躯によく似合っている。しかし戦闘に適さないのは間違いない。

「愚問だよ、お兄ちゃん。裏方なら喜んで手伝うけどさ、積極的な戦闘参加は私のプレイスタイルに即さないんだよ。私がフォネティックメンバーを辞めた理由、忘れちゃったの?」

「ああ……そうだったな」

 何を隠そう、彼女、@リンリンも嘗てはフォネティックメンバーの一員だった。ナンバーはR、そして名はロメオ。しかし彼女の場合は他のメンバーと比べると少々事情が特殊である。カイや虎サン等のメンバーの大半がズールの失踪を原因にフォネティックメンバーを離れたのに対し、彼女は“方向性の違い”という音楽バンドのような事を宣ってフォネティックメンバーから去った。ズールが失踪する以前にフォネティックメンバーから脱退しているのである。しかも入団から僅か一週間ほどでだ。ではなぜ入団したのかという疑問は次の機会に語るとして、ともかくたった一週間ほどしか在籍していなかったのだ。よってフォネティックメンバーのファンであるプレイヤーの間ですら、その事実はあまり知られていない。

「えぇっ!? 辞めたってなにぃ? リンちゃんもフォネティックメンバーだったのぉ!?」

「マジでか!? それは驚き桃の木山椒の木、ブリキにたぬきに洗濯機、猪木にえのきにケンタッキーだぜ!」

 実際、その事を知らなかったセンチピードとGGBは驚愕している様子だった。

 そんな二人に満面の笑みだけを意味深に見せ、@リンリンはカイに向き直る。

「ところで、彼はどうなったの?」

「あー……」その問いにカイは困ったように頭を掻く。「たぶん大丈夫だ。たぶん」

「なにそれ? そこが一番大事なとこなのにたぶんじゃ困っちゃうよ。作戦会議もしなくちゃだし、他のクランとの兼ね合いもあるんだからさ」

「いや、たぶんだけど大丈夫だから、その辺の詳細はお前から連絡すれば応じてくれるだろ」

「ふぅん」カイのはっきりしない物言いに、@リンリンは呆れたように、それでいて懐かしそうに微笑する。「彼も相変わらずみたいだね」

「ああ……そうだな」

 カイは言いながら、先の、虎屋に来る前に行ったあるプレイヤーとの遣り取りを思い出す。



 雲ひとつない青空、真っ白い太陽が容赦ない熱線を照り付ける。茶褐色の平坦な大地が地平線まで続き、目に留まるものと言えば所々に群生している生きているかどうかもわからない黒く焦げたような植物の枝と、同じくあちらこちらに点在している平べったい台形の小山だけだ。

 オーストラリアかアメリカのアリゾナか、あるいは中東のどこかか、ここがどこをモデルにして造られたのかは定かではないが、テレビで見るような荒野という意味ではどこでも同じである。

 皐月を連れて来たら喜びそうな場所だな、と思い、カイは目頭が熱くなるのを感じた。しかしそれを押し止めようとも誤魔化そうともしなかった。そんな事をしたら余計に辛くなる事だけは学習した。だからただただ自然体で、突撃銃を両手に携え所在無さ気に突っ立ていた。

 カチカチカチカチと、まるで待ち時間をカウントするかのように、親指で銃のセイフティーの解除とロックを意味もなく繰り返す。

 そこでふと、自分が無意識に銃を手にしているのを思い直して、銃身を脚に立て掛けるようにして、ストックを地面に付けた。これから友好的な会合を行おうというのに、銃をいつでも構えられる敵意剥き出しの姿勢ではまずいと思ったのだ。PK対策としてタウンの外に居る時には常に臨戦態勢というのが癖になっている。

 ほどなくして、地平線の向こうから蜃気楼でゆらめく一つの人影がこちらに歩いて来るのが見えた。

 その影が近付くにつれ細部まで見えるようになり、カイは思わず苦笑した。彼も自動小銃を両の手でしっかりと保持していたのだ。友好的だとか敵意だとか、毛ほども気にした様子はない。そして彼の持っている銃にも、カイはにやりとさせられた。

 彼は十メートルほどまでカイに近づき、開口一番、その微笑を見咎める。

「何が可笑おかしい」

「いや、すまん」

 彼の銃はベレッタ社のストームシリーズ、Cx4。奇抜なデザインのセミオートカービンであり、外見だけではなく拳銃弾をマガジンもそのままに使用するという設計も奇抜だ。9ミリや40S&Wなどのモデルがあるが、彼が持っているという事は間違いなく.45ACPモデルである。彼が.45口径に並々ならぬ拘りを持っているのはカイがフォネティックメンバーに籍を置いていた頃から変わらない。

「たださ、好きなんだなと思って、.45口径フォーティーファイブ

「………」

 彼は何も応えず、顰めっ面でカイを見詰めていた。しかし彼が顰めっ面なのは常である。迷惑顔というのだろうか。

 その男とは、ウィスキーだった。

 現在のフォネティックメンバーのマスターにして、策士プランナーの二つ名を持つ最上級プレイヤーだ。

 センチピードと@リンリンは効率的に人を集めるために簡単な話し合いを行った。その時、いの一番に彼の名が挙がった。大量のプレイヤーを集めるだけでは意味がない、ある程度の統制と作戦が必要不可欠。故に策士の協力があればこちらが有利だと、いや、策士の協力なくしては有り得ないと。そして@リンリンがウィスキーとコンタクトをとり、大規模クエストがあるから指揮を執って欲しいと協力を要請したが、彼の答えは否だった。即答だった。

 しかし考えて見れば当然だ。千人近いプレイヤーの指揮を即日に依頼されて、喜び勇んで応と答える人間は、よほどの馬鹿か、よほどの自信家だろう。ウィスキーはどちらでもない。よしんばその問題がなかったとしても、そもそも妙な話なのだ。真剣勝負が要されるプレイヤー対プレイヤーのクラン戦ならまだしも、不特定多数のプレイヤーが集いNPCと戦うクエストで指揮が必要になるなど、いくらそれが今までに類を見ないほど大規模なものだとしても、おかしいのである。そこまでして勝ちにいく必要が、事情を知らないウィスキーからしたら理解できないのは道理。

 だが、断られたからといって引き下がるわけにはいかなかった。指揮と作戦に長けたプレイヤーがどうしても必要だった。だからこそ、どうしても勝たなくてはならない事情、つまり今までの全てを詳らかにし、説得するために、カイが直接会う事になった。

「それにこの状況」カイは足元の突撃銃を示すように軽く動かす。「懐かしいな」

 この場所を指定してきたのはウィスキーである。プレイヤー同士が会合を行う場合、絶対的にタウンが好ましい。タウンでは一切の攻撃的行為が不可能なので、たとえ話がこじれたとしても銃撃戦になる事はないし、暇を持て余したPKに襲撃される心配もない。それなのにウィスキーが敢えてタウンの外であるこの荒野を指定してきたのは、フォネティックメンバーが最盛期にあった頃、ズールが宣った一言に起因する。『武力行使という選択肢を封じられた話し合いなど、話し合いではなく歓談である』。実際に彼女がフォネティックメンバーのクランマスターだった時、他のクランとの会合といえば常にタウンの外だったし、クランマスターがウィスキーに代わった今でもその拘りは受け継がれている。

 しかしウィスキーは懐かしいといった感傷的な表情は微塵も見せず、固めたような仏頂面で言う。

「雑談をしに来たのか」

「いや」カイは首を横に振る。「……それじゃあ、話そうか」

 そうして、静かに語り始めた。

 感情的にならないようなるべく端的に、それでいて重要と思われる情報は強調して、自分の考えも随所に交えながら、説明した。事情の変化に伴い話す内容こそ違ってくるが、このような説明をするのはもう何度目になるかわからない。おそらく五、六回はやっているだろう。もはや慣れたものである。とは言え、何度繰り返そうとも決して気分のいいものではなかった。

 カイが話し終えると、ウィスキーは軽く視線を落とし、二人の中間の地面を凝視するようにして、動かなくなった。おそらく何かを思考しているのだろうが、しかし、悲しんでいるのか、怒っているのか、その表情からは一切の感情が読み取れない。

 そんな静寂がしばらく続き、カイが不安になって声を掛けようとした時、ウィスキーは顔を起こして、口を開いた。

「罠だとわかっていながら、敢えて招待を受ける理由はなんだ?」 

 前置きも何もなく唐突にそんな事を言うものだから、カイは一瞬理解が遅れたが、それがスペシャルクエストへの招待を指していることをすぐに察した。

「罠だとわかっていれば、罠じゃない」

「何かしらの対策があるという事か?」

「だから、その対策があんたなんだよ」

「ふざけてるのか」ウィスキーは苛立たし気に眉を寄せた。「貴様の話を聞く限り、いくら頭数を揃えようが作戦を立てようが、そんなものでどうにかなる問題じゃないだろう。もしそのクエストに勝てたとしても、根本の解決になる保障はない」

 カイは苦笑しながら、頷いた。

「確かにな。でも、実はさ。何の確証もないんだけど、たぶん、今回で終わりだ」

「どういう意味だ?」

「……今回は明らかに違う。スペシャルクエストに強制参加させられたこれまでとは違う。受身である事に変わりはないんだが、しかし、参加するか否か、こちらに選択権があるんだ。それにこの規模、普通じゃないだろ。だから、俺の勘でしかないんだけど、今回で何かしらの決着がつく気がするんだ」

 それがどのような結末であろうとも、という言葉をカイは心の中で呟いた。

 実は、最初は長瀬もウィスキーと同じような事を言って招待を受けるのを反対した。しかしカイは頑なだった。俺一人でも行くと言ってきかなかった。仕舞いには長瀬が折れ、協力を申し出てくれた形だ。

「勘か」ウィスキーは嘆息し、呟く。「貴様の勘は、妙に頼りになるからな」

「え? なんだって」

「………」

 ウィスキーは何も応えずに、青い光の輪に包まれ、消えてしまった。



「あ、返信きたよ」@リンリンは虚空を見上げる。「うあー、無愛想なメッセージ。『どうすればいい』だってさ。でも、どうやら彼受けてくるみたいだね」

「そうか。そりゃなによりだ」

「うん、じゃあ、打ち合わせに行くから。お兄ちゃんもちゃんと来てね。行こ、センちゃん」

 ドアを開けて出て行く@リンリンとGGB。センチピードも続くが、途中で足を止め、振り返った。

「一つだけ言っておくけどぉ、そのぉ、なんだ」

 センチピードは言い難そうに口篭る。

「なんだ。らしくないな。はっきり言えよ」

「何か死亡フラグみたいで言いたくないんだけどさぁ。あんたのリアルを知った今でも、あたしはあんたのファンだから。あんたみたいなヤツがカイで、よかったよ」

「……そうかい。ありがとよ、タマエちゃん」

「なっ!? てて、てめえ。下の名前で……。覚えとけよ」

 センチピードは逃げるように虎屋から去った。

 カイは微苦笑しながら嘆息し、自身のステータス画面を開いた。そしてもう一度、例のメールを確認する。

 

 件名:『当選おめでとうございます! スペシャルクエストへ御招待』

 本文:プレイヤー“カイ”様はある特別なクエストへの参加権を獲得しました。False Huntの発展と向上のために不定期的に行っているスペシャルクエストというサービスです。機密性と娯楽的観点から、ここでは敢えて詳細は記せません。申し訳ありません。

 定員は1,000名ですのでフレンドをお誘いあわせの上、タワーの一階、クエストカウンターにてスペシャルクエスト当選の旨をお伝えください。注意点といたしましては、混雑が予想されますので、各タウンのタワーに人員を均等に分割してエントリーされる事をお勧めします。なお、スペシャルクエスト特有の仕様が適用されるのは当選者である“カイ”様だけですので、ご理解ください。

 それでは、“カイ”様。成功と幸運を祈ります。

 

 短い文章である。内容の重要性と分量がまるで伴っていない。虎サンにもこのようなメールが送られて着たのだろうか。招待だろうが強制参加だろうが、どちらにせよ詳細は実際に戦場に行って見なければわからないようだ。

 正直、これだけだったらカイは招待を受けなかったかもしれない。あまりに胡散臭く、あまりに危険である。メールの注意点にある“特別な仕様”というのは、言うまでもなく、リアルでの死を意味しているのだろう。つまり千人近い参加者の内、カイだけがリアルでの死という危険を孕んで戦う事になる。しかし、裏を返せば、カイ以外の参加者達は安全という事にもなる。おそらく、メールの送り主もそうした逆説的な意味で伝えたかったのだろう。もしこの一文がなければ、被害の拡大を恐れたカイはクエストを拒否すると、そこまで見越しているのだろう。勿論、メールの文面をまるっきり信用しているわけではないので、危険には変わりないのだが。

 しかし、このメールにはまだ続きがあった。長瀬達には見せていない続きだ。最初にこのメールを開いて文章を読んだ時、ある違和感を感じた。スクロールのカーソルが小さかったのだ。文章は終わっているのにカーソルはまだ下へ行けることを示していた。それが何を意味するか、カイはすぐに察して、長瀬達が帰った後、一人で続きを読んだ。

 カーソルを下へスライドさせていく。数百行ぐらい空白が続き、最後に、たった一文、見逃してしまうほど小さく短い文章が、現れる。


 It is over in X


 おそらくこの一文が、一番重要なのだろう。この一文が、このメールを送った何者かの本音なのだろう。この一文を見せたかったのだろう。

 きっとこれを見せたら、長瀬はカイを縛り付けてでも止めただろう。@リンリンもウィスキーも、断じて協力しようとはしなかっただろう。

 Xで終わり。意味はわからないが、良い意味だとは思えない。Xとは、どう考えてもX−RAY、つまりカイの事だからだ。しかし何かが終わる事はわかった。決着がつき、結末を迎える事はわかった。だからこそ、カイは、俺は、招待を受けた。全てを終わらせるために。

 

 カイは結局、吸い殻を煙草のパッケージに戻しておく事にした。そこで気付いた。先程、犬歯で引き抜くようにして煙草を取り出した時には気付かなかったが、明らかに煙草の量が少なかった。二十本入りのパッケージには、半分ほどしか煙草が残っていない。カイは最初に虎サンと吸った時の一本と、今の一本、つまり二本しか吸っていない。では誰が吸ったのか。決まっている。一人しかいない。虎サンだ。きっとカイがログインしていない時、退屈凌ぎに吸っていたのだろう。

 ゲーム内で、初めて見つけた、虎サンの生きていた痕跡。

 カイは吸い殻をパッケージに戻すのを止め、カウンターの上に並べるように二つを置いた。そして先程の木箱に戻り、弾倉を戦闘服の各所のポーチに収める。棚からアサルトライフルを取り、弾倉を込め、チャージングハンドルを引き初弾を装填。40ミリの擲弾をアンダーバレルグレネードランチャーの銃身に押し込んで、閉じた。

「それじゃあ、行ってきますよ」

 カイは虎屋を出た。

 



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