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False War  作者: IOTA
21/43

第十六話:フォネティックメンバーズ4-1




 あいつはいつも俺に問い掛けてきた。

「ねぇ、レイ。無人島に何か一個だけ持っていけるとしたら、何を持っていく?」

 それは心底どうでもいい、くだらない問いだったり、

「レイ、恋人に自分の親友を殺されたとしたら、あなたはその恋人をどうする?」

 それは、とてつもなく答え難い問いだったりした。

 俺はいつも適当に答えたり、無視したりしていた。 

 

 あいつはとても掴みどころがない性格をしていた。

「あっ! 敵だよ敵っ! どうするレイ!?」

 おろおろと怯えたり、

「雑魚が小銃背負ってやって来たわね。レイ、喰っちまいなさい」

 高慢で肝の据わった態度だったりした。

 それは掴みどころがないと言うよりも、情緒不安定と言うべきか、まるで二重人格のような性格だった。


 しかし、そんな性格だったが、なぜかあいつには妙なカリスマ性があった。いや、そんな性格だったからこそなのかもしれないが、あいつの周りには常に仲間が居た。

 それは俺だったり、他のメンバーだったり、そして虎サンだったりした。


 あいつは突然いなくなった。


 何も言わずに、何も残さずに、ある日忽然と消えるようにログアウトしたきり、戻らなかった。

 捨てられた仲間は、まるで長い夢を見ていたかのようだと、散り散りにかつての生活に戻り、夢を諦めきれなかった連中は、あいつの復活を信じて未だに待ち続けている。

 

 そんな、幼稚で高慢で情緒不安定でカリスマ性に溢れ、仮想現実の世界全土に影響を与え、その癖に究極的に無関心だった、そんなあいつの名は、

 フォネティックメンバーの最初のメンバーにして、

 フォネティックコードの最後のナンバー。

「私の名前はズール、Z・U・L・Uでズール!」




 目蓋を開くと、枕元のデジタル時計が正午を示していた。

「……くそ」

 悪態を吐き、ベッドから這い出ようと上半身を起こすが、今日が休日だという事を思い出して、起こした上半身をそのまま倒した。

 ……夢を見ていた。

 なんだか酷くつまらなくて、とても懐かしい夢だったような気がする。

 だが覚えていない。曖々昧な夢の断片は思い出そうとしている今も、覚醒していく意識と反比例するように徐々に薄れていき、そもそも本当に夢なんて見ていたのだろうか、とそれすら定かじゃなくなった。

 一度欠伸をしてから、数回ベッドの上で転がり、再び上半身を起こした。嫌な感じに身体が重い。完璧に寝過ぎである。

 昨日は、皐月達と会った後、久々の人ごみに中てられてしまい何だか疲れたので、家に帰ってからそのまま眠ってしまったのだ。

 つまり、昨日は一度もFalse Huntにログインしていない。

「………なんだかな」

 別にログインしなくちゃいけない義務はないが、それでもなぜか一日サボっただけで落ち着かない。ある意味、病気だ。

 そういえば虎サンが以前『PFW症候群に気をつけろ』とか言ってたが(バハムート曰く、その実は病気でもなんでもないらしいが)、今の俺の症状こそ、まさにPFW症候群というべき症状なのではないだろうか。とどのつまりはゲームジャンキーの禁断症状である。

 そんなつまらない事を考えながら、俺は適当な朝飯を摂って、煙草を二本ほど吸ってから、False Huntにログインした。



 レイトの噴水広場に出現したカイは、とりあえず虎屋に向かう事にした。仮ではあるが虎屋の店主を務めるカイの日課だった。 

 広場は閑散としていた。

 これはオンラインゲーム全般における常識であるが、時刻が晩くなるにつれ人工が増加する傾向にある。つまり休日の正午など、最も空いている時間帯だ。なぜならば、休日の日中までゲームをやり込むプレイヤーは稀であるし、それほどのプレイヤーならば休日の前日は貫徹でゲームを楽しみ、今頃寝ているからだ。

 カイもいつもならその例外ではないので、閑散としている広場は新鮮で、人が少ない故に眉間に皺を寄せて歩く必要もなかった。

 しかし、すぐにカイの眉間に皺が寄った。

 それは見覚えのあるプレイヤーが二人、虎屋に入る路地の手前に立っていたからだ。

 皐月と栞ではない。

 一人は、上に森林迷彩の迷彩服をボタンを留めずにだらしなく着込み、下にはこげ茶のカーゴパンツ、そして頭には阪神の野球帽を庇を逆にして被った、なんともアンバランスで珍妙な出で立ちをした細身で中背の青年だ。

 もう一人は、小学生くらいの身長で、グレーのパイロットスーツに、顔面には昆虫を彷彿とさせる紺のガスマスクという、こちらも珍妙極まる格好の少年だった。

 どちらも所在なさげに壁を体重を預けている。

 その二人はカイに気付いていないらしく、会話を始めた。

「ねぇシマドリさん」

 ガスマクスの少年が、幼い年頃独特の間延びした声色で、隣の青年に話し掛ける。

「タンゴのおじさんはともかくとして、ほんとーにエクスレイ先輩にも頼むんですかぁ?」

「ああん? なんや、今更」シマドリと呼ばれた青年は、忌々しそうに顔を歪める。「かれこれ三十分は待ってるんやぞ? ここで帰ったら無駄足やんけ」 

「そうですけどぉ、そうなんですけどぉ……。やっぱり頼みにくいじゃないですかぁ」

「あ? なんでや?」 

「えー、だってエクスレイ先輩とウィスキー先輩……なんて言うか、仲悪かったじゃないですかぁ。きっと断られますよう」

 躊躇ったようなガスマスクの少年の言葉にシマドリは、かっかっか、と高笑いする。

「アホか、仲悪いからこそ面白くなるんやろ。それに、エクスレイと仲が良かったんなんて、タンゴのおやっさんぐらいや。あとズールの姉御か……。とにかく、メンバーの中じゃ仲良い奴の方が少なかったちゅうねん」

「えー、そうですかぁ? 僕は尊敬してますですよ。シマドリさんだって、そんなに仲悪い感じじゃなかったじゃないですかぁ」

「はぁ? アホぬかせ! 誰がやねん」シマドリは舌打ちをして、唾棄するように吐き捨てる。「あんな、男の癖にゴスロリみたいな格好した奴、誰がお近付きになりたい思うねん」

 カイは盛大に眉を寄せながら、その二人組に近付いた。

「おいっ。……誰がゴスロリだ。お前らに容姿の事で難癖付けられる筋合いはねえよ」

「あッ!」ガスマスクの少年は即座に壁から背を離し、カイに正対し頭を下げる。「どうも、エクスレイ先輩。お久しぶりですう」

「ああ……。お前は確か、Hのナンバー、ホテルだったか?」

「あ、覚えててくれたんですか? 嬉しいですうー。でも今じゃハンヴィって名乗ってます」

 シマドリは、不機嫌そうな顔でのろのろとカイに歩み寄った。

「よお、黒いの、久しぶりやの。相変わらず真っ黒な格好しとるのぉ」

「あん?」カイは首を傾げる。「あんた誰……?」

「なぁッ!? てめえ、忘れたんか!? わしや、Sのナンバー、シエラや!」

 カイは必死に自己紹介するシマドリを見て、小馬鹿にしたように鼻で笑った。

 その態度から、カイが自分の事を覚えていたくせにわざと惚けた事を覚ったシマドリは、「ファック」と悪態を吐いた。

「ったく、てめえは、嫌な奴レベルに磨きがかかっとるな」

「ふん、お前こそ、えせ関西弁が健在でなによりだ」

 睨み合う二人を、ガスマスクの少年、ハンヴィが「まあまあ」と仲裁する。

 仲が悪いようでいて、妙に息が合っている三人だった。

 彼らは嘗て、カイと同じクランの仲間だった。

 腕の立つプレイヤーのみで構成された。ありとあらゆる戦闘に特化した集団。アルファで始まりズールで終わる、26文字からなるフォネティックコード。その各単語をクラン員の名前と定めた奇特なクラン。

 カイ、そしてズールと名乗る女性プレイヤー、彼らが創設したそのクランの名は、『フォネティックメンバー』。

 False Huntの浅い歴史に興味があるプレイヤーなら、この名を知らない者はいない。

 フォネティックメンバーは伝説だった。

 構成人数のうち半分以上が異名持ち、つまり二つ名で呼ばれる最上級プレイヤーだった。クラン創設者にしてクランマスターを勤めていたズール、彼女が持つ不思議なカリスマ性の恩恵で、フォネティックメンバーは瞬く間に成長し、伝説と謳われるクランに成り得たのだ。

 カイがフォネティックメンバーだった時の名前は“エクスレイ”。Xのナンバーだ。

 シマドリの名前は“シエラ”。つまりS。

 ハンヴィの名は“ホテル”。つまりH。

 なぜこの三人が今では違う名を名乗っているのかと言うと、彼らはすでにフォネティックメンバーを脱退しているからだ。

 その原因は、ズールの突然の失踪。

 ある日から、何の前触れもなく姿を見せなくなったのだ。そしてその日を境に、伝説と謳われたフォネティックメンバーは事実上消滅した。一癖も二癖もある最上級プレイヤー、そんな彼らを繋ぎ止めていたズールのカリスマ性が失われたのだ。彼女に惹かれてフォネティックメンバーに入団したプレイヤー達が芋ずるのように抜けていったのは、当然の結果と言えよう。

 しかし、数人のメンバーは彼女の復帰を信じて、未だにフォネティックメンバーとしての活動を続けている。クラン同士の対抗戦に参加したり、新たなメンバーを勧誘したり、嘗ての、伝説だった頃とは比べるのもおこがましいほどの小規模な活動だが、確かにクランとしては機能している。

「で、お前ら何の用だ?」カイが問う。「虎屋の前で待ってたぐらいだ。俺に用があるのか?」

「え? えーと、実はですね」

 しどろもどろにハンヴィが答えようとすると、シマドリが片手を挙げてその言葉を制す。

「おい、わしら虎屋の前で待っとったんやぞ? 確かに、てめえにも用があるんやけど、本当に用があるんはタンゴのおやっさんの方や。おやっさんはどないした? てめえら相棒バディーやったやろ?」

「………」

 カイは沈黙してしまった。タンゴとは虎サンがフォネティックメンバーだった時の名前だ。

 ややあって、カイは若干強引に話題を変える。

「虎サンに用があるんだったら虎屋の中で待ってればいいだろ……」

「あかんわ、あんな場所。どうせ相も変わらずゴミ屋敷なんやろ? 息が詰ってしゃあないっちゅうねん」

「僕はあの雰囲気好きですよ。隠れ家居酒屋的な。久しぶりに入りたかったのに、シマドリさんがどーしても嫌がるから」

「隠れ家居酒屋て……。てめえは幾つやねん」

 ハンヴィの脳天にチョップを放つシマドリ。ハンヴィは少女のような黄色い声ではしゃぎながら避ける。

「もう、シマドリさん。人前ではダメですよ。後で、ね?」

「あ、アホかっ! 妙な言い方すんなやっ」

 カイは半歩後退り、覆面越しでもわかるほどに顔を引き攣らせる。

「こ、こら。なんでわしを見て引くんや!? 危ないのはこいつやろ!?」

「ああ、そうだな。趣味嗜好は人それぞれだからな。悪かった」

「なあ!? だからなんでわしを見ながら言う!? そっちのケがあるのはこいつだけや!」

「シマドリさん……。昨日の夜はあんなに悦んでたくせに……」

「ふざけんなやっ! 昨日の夜ってなんやねん!? 昨日の夜は一人でたこ焼パーティーしとったわっ!」

「一人でたこ焼パーティーって。うあ……」

「……シマドリさん。ごめんなさい。そこまでぶっちゃけるなんて……。でも一人でたこ焼パーティーはちょっと……」

「て、てめえら、いつか絶対しばいたる……」

 やはり妙に息が合っている三人だった。と言うか、シマドリが良いようにからかわれていた。

「で、俺にも用があるんだったな」

 ハンヴィは手もみをしながらカイに近付く。

「はい、そうなんです。用って言ってもそんな大した話じゃなくて」

「断るぜ」

 カイは言った。

「悪いが断る。俺は忙しいんだ」

 じゃあな、とカイは二人の脇を通り抜け、虎屋に向かおうとする。

「えぇー! ちょっと待ってくださいよう。まだ話してないですよお」

 止めようとするハンヴィだが、カイは構わずに進んでしまう。その後姿に、シマドリは嘆息して、言う。

「ウィスキーや」

「……ウィスキー?」カイは足を止め、振り返った。「Wのナンバーか……」

「そうや。フォネティックメンバーがまだ活動続けてんのは知っとるやろ。今はウィスキーが仮のマスター勤めとるんやけど、あいつから練習試合を申し込まれてのう」

「練習試合? なんだそれ。お前らが申し込まれたのかい?」

「クランから個人にバトルのお誘いなんて、確かに妙な話やけど、やっこさん達は人数が少ないからのう。普通のクランとバトるにも頭数が揃わないんやろ」

「……それで、お前らに白羽の矢が立ったと?」

「白羽の矢なんて、そないな大層なもんちゃう。ただ、まぁわしらOBやし、快諾したんや。それで腕の立つのを何人か集めないかんわけよ。例えば、そう、火薬庫アーセナルとか、単独多殺アローンオーバーキル黒い凶戦士ブラックレイとかのう」

 言って、にたにたとニヒルに笑うシマドリ。

 カイはしばらくシマドリを睨んでから、ハンヴィに視線を移した。

「……何人集めなくちゃいけないんだ?」

「えーとぉ、僕らを入れて、できれば八人以上って話ですぅ。よっぽど強いプレイヤーだったら五人ぐらいでも構わないって言ってました」

「うちらもそないに人脈豊富ってわけちゃうからな。だからそのよっぽど強いプレイヤーを誘って五人のチームを作ろうとしとるんや」

「随分少ないんだな、小規模戦闘か。……それにしても、五人のチーム、か……」

 カイはシマドリの言葉を繰り返した。

 カイとシマドリとハンヴィ、そして栞と皐月。

 何の因果か、カイにはちょうど五人に心当たりがあった。皐月は初心者だが、カイも栞も、そしてシマドリもハンヴィも最上級プレイヤーである。皐月の穴を埋めても余りあるほどの戦力を有するドリームチームだ。 

「………」

 そう、シマドリもハンヴィも最上級プレイヤーなのだ。

 もしかしたら、栞を仲間にした時のように、何かが起こるかもしれない。

 ――――スペシャルクエストが発生するかもしれない。

「話を聞こう。とりあえず中に入れ」

 そう思ったカイは、二人を虎屋に招き入れた。

 無論、葛藤はあった。

 スペシャルクエストが発生しても事態が進展するかどうかは、わからない。それにもし発生したら、また犠牲者が出る事になるかもしれない。

 しかし、手掛りが無い今は、たとえ受身であっても、何も行動しないよりはマシなはずだ。そう自分に言い訳をして、

 その本心では、

 ただただ、あのクエストで、あの最高に楽しい戦場で再び戦いたいという欲求に従って……。

 カイは虎屋の扉を開けた。



 皐月と栞は虎屋に居た。

 調査に協力してくれる事になった栞に、虎屋が捜査本部のような場所だと教え、二人でカイを待っているのだ。

 皐月は店の奥のカウンターらしき机に腰掛け、興味深そうに店内を見て回っている栞に視線を遣る。

「カイ、来ないね」

「うむ」栞は足を止め、振り返った。「……本当にここに来るのか?」

「それは間違いないよ。うん、たぶんだけど。……せっかくリアルで会ったんだから打ち合わせとかしとけばよかったね」

「うむ……」

 会話終了。

 ごく僅かにではあるが、互いにどこか余所余所しい。栞だけならともかく、人見知りせずお喋りな皐月までもが気まずそうにしているのはどういうわけか。喧嘩したわけではないだろう。

 まるで、お互いに何か口に出せない秘密を共有しているような、そんな風である。

 と、そこにカイが入って来た。

「なんだお前ら、来てたのかい」

「うん。……あれ?」皐月はカイの背後に佇む見慣れぬ二人組みに注目した。「えっと、その人達は?」

「なんやぁ? 黒いの。あないなべっぴんさん二人も囲って、お前も隅におけんのう」

 カイはシマドリの言葉を完全に無視して、皐月の問いに答える。

「こいつらは、俺がフォネティックメンバーだった時の知り合いだ。フォネティックメンバーの事は、前に話したよな?」

 シマドリとハンヴィは一歩進み出て、「シマドリや」、「どうも、ハンヴィですう」と、それぞれ簡単に自己紹介をした。

「それで嬢ちゃん達は……って、おい」いいさして、シマドリはカイの脇腹を肘で小突く。「あの忍者っぽい嬢ちゃん、もしかして紫の影シャドウステップの栞かいな?」

 カイが答えようとすると、会話を耳聡く聞いていた栞が小さく頷いた。

「いかにも、拙は栞だ」

「ほぉー、そりゃ凄い。生で見たんは初めてや。……誰ともつるまないソロのアリーナランカー聞いとったけど、それがまた、なんでこないなゴミ屋敷におるんや?」

 今度は栞は答えずにカイを見た。

「別に……。色々あってな」とだけ、カイは言った。

「ふぅん、まぁどうでもええけど。で、そっちの嬢ちゃんは?」

「初めまして、皐月です」言いながら、皐月もカイを見た。虎サンの娘という事実を言うべきか否か、という無言の問い掛けだ。それに対しカイは小さく首を横に振る。「えっと、初心者です。カイとは、その、只ならぬ仲とだけ言っておきます」

「誤解を招く言い方すんなっ!」

 カイの突っ込みを聞いて、シマドリとハンヴィは目を丸くする。

「なんや、随分楽しそうにやっとるようやの」

「意外ですよねえ、エクスレイ先輩がズールさん以外の女性プレイヤーとつるむなんて。ズールさんが見たらきっとヤキモチ焼きまくりですよう」

「……ふん、あんなアバズレ、どうでもいい」

 そう吐き捨てるカイに、ハンヴィは苦笑して、シマドリは鼻で笑う。

「しっかし、タンゴのおやっさんはどないしたんや? 虎屋におるんとちゃうんかい」

 その質問に、カイは軽く視線を落として、

「仕事が忙しいとかで……ログインできないらしい」

 嘘を吐いた。

 知らなくてもいい事は、無理に知らせなくてもいい。カイの判断だった。

 皐月は不安げな表情でカイを見るが、カイは皐月の方を見ようとはしなかった。

「そか、ならしゃあないな」と、シマドリとハンヴィはそれで納得したようだ。

「しかし、なるほどな。ちょうどこの場には五人おるやんけ。アーセナルのおやっさんが居ないのはちと痛いが、代わりにシャドウステップがおる。戦力としては申し分ないのう」

「戦力……?」皐月と栞は顔を見合わせた。「あの、なんの話?」

「ああ、こいつらにバトルに誘われてな」ここでカイはやや間を置いてから、続ける。「……お前らも来るか? 無理強いはしないが」

「え? でもさ、カイ……」

 言いかけて、皐月は途中で言葉を飲み込んだ。

 それでもカイは皐月の言わんとする事が理解できた。

 要するに、危険だ、と。迂闊にバトルやクエストに参加するのは前回の二の舞になるかもしれない、と、そう言いたいのだ。

 しかし、それがわかっているカイだったが、皐月から視線を切り、シマドリを見据える。

「……で、その練習試合とやらの詳細を教えろよ。ま、相変わらずそんなゴツイ得物持ってるぐらいだから、どうせロングレンジの野外戦なんだろ」

 シマドリは背にライフルを背寄っていた。決して小柄ではないシマドリの身長を優に超えるほど巨大なライフルだ。まるで物干し竿のような実に剣呑な銃口が背後から飛び出している。その一見しただけではとてもライフルと判別できないほどの巨大な銃器の名は、ダネルNTW・アンチ・マテリアル・ライフル。

 対物用に設計された超ロングレンジスナイパーライフルだ。口径は20ミリ、もはやそれは銃と呼べる規模の口径ではなく、言うなれば携帯用の“砲”である。否、そもそも個人で携帯するように設計された銃器ではない。重機関銃のように大地に固定して、屋外の陣地防衛などに用いるべき兵器なのだ。

 しかし、シマドリは首を振る。

「いや、違うで。マップはキルハウスや」

「はぁ? キルハウスって完璧な室内インドア戦じゃなかったか? お前そんな得物で大丈夫なのかよ。なんならここにある銃、好きなの持っていってもいいぞ。金とるけどな」

「はっ、豆鉄砲なんていらんわ。わしはこいつがあれば十分や」

 シマドリは自身の背後から生えている銃口を示すように斜め上に眼球を動かし、微笑する。

「あれぇ? そういえばエクスレイ先輩はシマドリさんとインドアで共闘した事なかったでしたっけ?」ハンヴィは言う。「シマドリさんは地形やルール関係なしに、いつもこの銃を使ってるんですよぉ」

「へぇ……そうかい。それはそれは、変人集団フォネティックメンバーの面目躍如だな」

「はんっ、お前に言われたかないわっ。なんやその格好、タンゴのおやっさんの真似かいな?」

「………」

 そう、実は人の装備に難癖を付けられるほど、カイの装備も常識的ではなかった。

 アサルトスコープとM203グレネードランチャーを装着したM4A1カービンをスリングに通して身体の吊り下げ、銃床と銃身を短く切り詰めたベネリ・M3スーパー90コンバット・ショットガンを左肩に背負い、更に右肩には使い捨て式の個人携帯用短距離強襲ミサイル、ロッキード・マーチン・プレデターを担いでいる。

 各種銃器用の弾薬は当然ながら、その他にも手榴弾や爆薬、対人地雷等など、カイは重量制限が許す限りの装備を身に着けていた。

 前々日、不意打ちでスペシャルクエストに参加させられ、装備不足で辛酸を舐めさせられたという経験を下敷きにした対策だったのだが、しかし、これではシマドリの言う通り、まるで火薬庫アーセナルの異名を持っていた虎サンの模倣をしているかのようだ……。

「やる気があるのは結構だがのう、あり過ぎるのも問題やぞ。宇宙人とでも戦う気か?」

 小馬鹿にしたようなシマドリの台詞に、しかしカイは、

「宇宙人の方が、まだマシかもな……」

 と、深刻そうに答えるのだった。

 首を傾げるシマドリとハンヴィ。

「それで」と、カイはすぐに別の話題を振る。「バトルの詳細は行けばわかるとして、いつやるんだ?」

 えっと、とハンヴィは思い出すように宙を見上げる。

「今日の内ならいつでもいいって言ってましたぁ。とくに時間は聞いてません」

「ふぅん、随分適当だなおい」

「すいませぇん……。でもウィスキー先輩もきっちりしているようでいて、あれで破天荒な人ですからねぇ」

「破天荒と適当は違うと思うけどな……まぁいいさ。じゃあ、ここでダベっててもしょうがねえし、早く行こうぜ」

「ちょい待ちぃや」シマドリはカイを制する。「最低五人揃えなあかん言うたやろ。彼女らは参加してくれんのかいな?」

「………」

 カイが皐月に目を遣ると、皐月もカイを見ていた。

「……どうすんだ?」

 その問いに、ややあって、皐月は意を決したように小さく頷き、そして言った。

「行く。私も行く」

 栞も首の上下運動だけで参加の意思を表明する。

「そりゃ頼もしい」シマドリは一度帽子を外し、長い前髪を掻き上げ、再び被り直した。「ほんなら、いつまでもズールの姉御の影引きずってるアホウどもに、引導を渡しに行こうや」




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