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False War  作者: IOTA
20/43

第十五話:リアルでの会合、そして邂逅



 午後五時前に授業が終わり、教室で帰り支度を整え始めた矢先のことだった。

「ねぇカイ」

 何食わぬ顔で近付いてきた長瀬が、そんな風に話し掛けてきた。

 俺は当然、無視をする。

「おーい、カイぃ?」

「……」

「カイカイカイカイカぁーイ」

「……」

「カイかい? なんちゃって……」

「……」

「カカッカッカカイ、カイカカッカカイ♪ カイッ、カイッ」

 何がそんなにかゆいのか、執拗にカイを連呼する長瀬。かなりウゼぇ。こいつが男で人目がなかったらブン殴ってるところだ。

 俺は諦め、口を開く。

「……しつこいな。俺はカイなんて知らん」

「えぇー、何がぁ? あたしはちょっと頭がかゆいなぁって言ってただけだよぉ?」

 したり顔でのたまう長瀬。くそが。

「そうか、だったら掻いてやるから頭出せ。頭皮ごと引き千切ってやんよ」

「怖っ! なにそのブイシネマばりの毒舌!? あんたそんなキャラだったっけ!?」

 誰の所為でこんなキャラになったと思っているのだ、まったく。

 と。

 そんなお馬鹿な遣り取りをしている内に、いつの間に近寄ったのか、俺は背後に気配を感じた。振り向くと、そこには女が一人。無表情でじぃと俺の瞳を凝視していた。

 白を基調とした清楚な服装に、長い黒髪。良いとこのお嬢様風な娘。その容姿と不動っぷりは日本人形を連想させる。最近どこかで見た事がある顔だ。というか昨日長瀬に紹介してもらって、一緒に昼食を共にしたクラスメイトだ。名前は…確か……、

「柿崎? 柿崎詩織だっけ?」

 首の上下運動だけで応える柿崎。

 なんで俺の背後に忍び寄っていたのか……。理由なんてなさそうなので俺は何も訊かずに歩き出す。流石の長瀬も昨日の悶着で学習したらしく、柿崎の手前、大人しくなった。

「じゃあな、しっかり頭洗えよ」

 と皮肉込みの別れを長瀬に告げて、俺は大学を後にした。

 後にしたのだが、なんだろう……。

 柿崎がずっと付いて来るんですけど……。

 大学からは最寄駅行きのシャトルバスが運行していて、普通の学生はそれを利用して寮や最寄り駅に向かうはずなのに、混むからという理由で徒歩という奇特な移動手段を採る俺の数メートル後方に、柿崎はいた。

 いや、そんなにおかしな事ではないか。彼女はこっちの方向に用があり、偶然俺の帰路とかぶっているだけなのかもしれない。そんな風に自分を納得させながら、駅に到着、改札を通り、ほどなくして到着した電車に乗り込む。

 隣を見ると、なぜかまだ柿崎はいた。ちょこんと、膝を揃えて上品に座っている。

 やはりおかしい。電車を利用するなら学校からのバスで駅に行った方が遥かに早いし、普通そうする。なんであえて歩いて駅まで来たのだろうか? そしてなんで俺の隣に座っているのだろうか? 疑問は尽きないが、向こうは俺に用がある風でもないし、そうなれば俺も用はない。気にしないことにしよう。

 そして電車は、いつも俺が降りている駅に到着し、車内アナウンスが聞き慣れた声で聞き慣れた町の名を告げた。

 しかし、俺は降りなかった。

 今日はちょっとした野暮用がある。この次の次の駅、その駅前にあるファミレスで、ある二人の人物と会う約束をしているのだ。意見交換会と言うべきか、それともオフ会と言うべきなのか、なんのために会うのかもいまいち定かじゃないし、何か収穫があるとも思えないが、『皐月』と『栞』、この二人のプレイヤーとリアルで会う約束なのだ。

 正直、俺は乗り気じゃない。

 先に述べた通り、その会合により事態が進展するとは思えないし、そして何より、での問題を外に持ち出すような真似はしたくない。

 ……いや、詭弁だ。俺は単純にリアルでプレイヤーに会いたくないだけなのだ。黒い凶戦士ブラックレイ単独多殺アローンオーバーキル、この二つ名は、ちっぽけなリアルの俺には重過ぎる……。覆面バラクラバが欲しいと、冗談ではなく切に思ってしまう。

 俺の好き嫌いで方針を決められるほど事態は楽観的じゃない事は理解しているが、それでもやはり気が引ける。

 そんな俺の内心なぞお構いなしに電車はレールの上をひた走り、目的地の駅に到着してしまった。

 嘆息混じりに電車を降り、駅の構内を出て、見渡す。大学がある町より半世紀ほど発展したような都心の街並み。喧しい音楽を鳴らす巨大なエキシビジョン。群を成す人、人、人。自分もその群を形成している人の一人だという衝撃の事実を棚に上げて、半分ぐらい減らねえかなぁ、なんて剣呑な事を考えてしまう。

 この街には前にも数回来たことがあるので、迷うことなく、会合場所のファミレスに到着した。

 到着したのだが、なんだろうな畜生……。

 今だに俺の背後には柿崎がいるんですけども……。

 彼女もこの店に用があるのだろうか。もしかしたらここでアルバイトでもしているのかもしれない。ま、考えても栓のないことだし、ここまで来たら直接訊くのもなんだか癪なので、無視して自動ドアを潜った。

 五時過ぎという微妙な時間帯、客足も微妙で店内はそこそこ空いている。

「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」

 女性の店員がにこやかに接客してくれた。しかし、二人。どうやら背後に居るスタンド女(柿崎)と一括りにされているようだ。俺が否定の返事をしようとした途端、

「はい、二人です」

 きっぱりと柿崎が言い放った。

 どういうつもりだ?

 俺が疑問を呈するを持たずして、「空いておりますのでお好きな席へどうぞ」と店員に促された柿崎は、トコトコと勝手に歩を進める。

 俺は盛大に眉を寄せながら、柿崎を制そうと、後を追おうが、


「あっ! もしかして、カイと栞さんですか?」


 脇のテーブルから声が掛かる。

 見ると、一人の女性が椅子から身を乗り出して、嬉々とした表情でこちらを見ていた。女性にしては背が高そうな座高、ボーイッシュな顔立ちと軽く脱色したセミロングの髪、そして何よりオレンジで統一された壊滅的に悪趣味な服装。一発で皐月だとわかる。わかるが……。

「栞?」

 まさか、と柿崎に目をやると、

「……なんと、今の今まで気付かなかったのか? 凶戦士」

 柿崎詩織改め、紫の影シャドウステップ、栞が呆れた風に鼻を鳴らした。

「――――」

 絶句する他ない。

 まさか昨日知り合ったばかりのクラスメイトが、紫の影シャドウステップその人だったとは……。しかも約束もしていないのにその日の内に、ゲーム内で死合う事になるとは、驚くべき偶然だ。

 とうの栞は、何食わぬ顔ですでに皐月の対面に座っている。

 テーブルを挟んでソファー型の椅子が二つある一般的なファミレスの席。俺は少し迷ってから皐月の隣に座った。

 すると皐月が口を開く、

「えーと、初めまして、で合ってるのかな? 私は山井皐月です」

 わざわざ立ち上がって頭を下げる皐月。栞はそれに会釈を返し、

「私は柿崎詩織」

 と端的に自己紹介を済ませた。どうやら“拙”という一人称はゲーム内限定のキャラ作りのようだ。

「あれ? シオリさんってゲームと同じ名前なんだ? 私と一緒だね」

「綴りは全く違うが発音は一緒だ。あと、見たところ貴方の方が年上だと見受けられる、シオリと呼び捨ててもらって構わない」

「と、年上ってそんなに変わらないと思うけど……」皐月は若干口角を引き攣らせる。「呼び捨てはちょっとなぁ、じゃあ栞ちゃんで」

「……」

 微妙に嫌そうな顔をする栞。どうやらちゃん付けは気に入らないらしい。

 黙って傍観していたら、二人の視線がこちらを向いた。お前も自己紹介しろ、という意思表示らしい。

 何と言うべきか少し考えて、口を開こうとしたら、

「失礼します。ご注文はお決まりになりましたか?」

 店員が水を持ってオーダーを取りに来たので、タイミングを失う。

 適当にメニューを注文して、店員が帰ったところで、再び二人の視線が俺に集まる。

 なんだか面倒臭くなったので、

「……カイだ」

 とだけ告げた。

 皐月は何が可笑しかったのか、くすりと笑う。

「そのぶっきらぼうな感じ、リアルでも変わらないんだね」

「ほっとけ。お前こそ、その服装どうにかならなかったのか?」

「え? ああこれ? いやね、わかり易いように目立つ格好して来たんだけど、似合う?」

「……似合うんじゃねえの、知らんけど」

 確かに、皐月が蛍光色以外の衣服を纏っている姿は想像し難いので、わかり易いと言えばわかり易いが、似合うかどうかは判断しかねる。ファッションセンスがよろしくないのは間違いない。もっとも、黒いポロシャツに紺のミリタリーパンツという出で立ちの俺が言えた台詞でもないのだが。

 俺がグラスを手に取り水を一口含むと、皐月は俺と栞を交互に見る。

「ところで、二人は一緒に来たみたいだけど、なに? 知り合いだったの? 見たところ二人とも大学生みたいだけど?」

「いや、なんと言うか……。知り合いだったのを今知ったというか……」

 俺の曖昧な言葉に、皐月は首を傾げる。助けを求めるように栞の方に目を泳がせると、その意思表示が伝わったのか、栞は皐月に視線を移す。

「……彼とは同じ大学の同級生だ。私は昨日会話をした時に彼が凶戦士だと気が付いたが、彼はこの場でようやく気が付いたらしい」

「へぇー、同級生だったんだ。凄い偶然だね。あれ? でもさ、声とか顔とか、ゲームの中と一緒じゃん。それに名前だってゲームと一緒のシオリなんでしょ? カイは昨日の段階で気付かなかったの?」

「声はともかく、こいつ顔は半分マスクで隠してたじゃねえか」

「カイなんて全部隠してるくせに……。それにしたって普通気付くでしょ」

「うむ、普通気付く」と同意する栞。気付かなかったことに少し怒っているのかもしれない。

「……悪かったな」

 こちとらリアルにゃ無関心なんだよ。

「でも、二人とも見事にイメージ通りっていうか、リアルでもそのまんまだよね。いや、ゲームでもそのまんまって言うべきなのかな?」

 グラスを手に持ちながらも、それを口に運ぶ暇もなく喋り続ける皐月。

「お前もそのまんまで、よく喋るな……」

「もしかして、それ馬鹿にしてるのかな?」

「褒めてるんだよ」

「ふぅん、ならいいけど」

 いいんだ……。いや、別にいいんだけど。

「でもさ」と皐月は栞に視線を移して言う。「栞ちゃん、可愛いよねぇ。もてるでしょ? もしかして彼氏とかいるの?」

「……いない」

「ほんとに? もてそうなのになぁ。私が男だったらほっとかないよ。そこんとこ、カイはどうなの?」

「あ? どうなの、とは?」

「だからさぁ、同級生にこんなに萌える女の子がいて、どう思ってるの?」

「萌えるって……」長瀬と話が合いそうだな。「別に何とも思わないが」

「うっそだー。あ、それとも実は彼女がいたりするの?」

「いねえよ」

「……そうなんだ、ふぅーん。カイだってもう少し優しい顔してればもてそうなのに、いっつもそんな顰めっ面してるからだよ」

「………」

 ほんとに良く喋るなこいつ。

 皐月が人見知りをせず饒舌なのは今更だが、なんだか今は無理に会話を続けようとしている感がある。まあ、皐月が口をつぐんでしまったら、俺は勿論、栞も当然のように、静寂の権化と化してしまうことは想像に難くないが、それにしてもここまで空元気に振舞っているのはどういうわけか。

 少し考え、すぐに思い当たる。

 あの女バハムートの事か……。

 つい昨日、一人の知り合いと永別したかもしれないという事実。それは『かもしれない』という可能性でしかないのだが、虎サンの件を考えれば、無視できるほど低い可能性ではない。皐月はその可能性を考えまいと、あえて明るい話題だけを振っているのかもしれない……。

「栞ちゃん、上品な服着てるよね。もしかしてどっかのご令嬢とか?」

 全て俺の推測でしかないし、考え過ぎなのかもしれないが、今も笑顔で栞に他愛もない会話を振っている皐月を見て、そう思った。

 そして、俺はどうなのだろうか、とも思う。

 バハムート……。実に癪に障る女だった。可能なら殺してやりたかった。しかし、それはゲームの中での話だ。現実リアルでも死ねばいいとは、思わなかった。その安否が気にならないと言えば嘘になるし、悲しいという感情もなくはない。しかしそれでも、その憂いは自分でもどうかと思うほど小さなものだ。俺は自分が優しい人間だとは思わない、情緒豊かだと勘違いするなんてとんでもない。だがしかし、人死という事態にここまで無頓着になれるとは……少し考えてしまう。

 虎サンの死で慣れてしまったのかもしれない。いや、それは慣れというよりも麻痺といった方が適切か。人の死に慣れてしまい、普通なら大きく揺れ動くはずの感情が、麻痺してほとんど動かない。

 そして何より、異常事態を望み、その異常事態の中で虎サンを失い、自分に嫌悪し原因に憤激したはずなのに、俺は昨日、異常事態に再び遭遇して、笑っていた。

 楽しいと感じ、声を大にして哄笑していた。

 友人を失い、死ぬほど後悔したはずの戦場で、人が死ぬかもしれず、自分もその例外ではないはずの戦場で、

 楽しい楽しいと、ゲラゲラ笑いながら、敵を屠っていた。

 なんなんだろうな……俺は。自分がよくわからない。

 

 そんな自分が、たまらなく嫌になる。


「カイ?」

 と。不意に掛けられたその声に、俺はいつの間にか俯いていた自分の顔を起こした。

 皐月と栞が心配そうな表情でこちらを窺っている。

「カイ、大丈夫? すごい顔してたよ……?」

「……ああ、別に、大丈夫だ」

 俺はそう返して、グラスの水を飲み干した。

 それと同時、注文した食事を店員が運んで来た。

 ちなみに俺はカレーライス。皐月はサンドウィッチとピザとポテトサラダ。栞はお刺身御膳。

 なぜか料理を前に沈黙する俺達。

「じゃあ、とりあえず食べよっか?」

 皐月のその一声を合図に、俺達は各々の食事を開始した。

 食器がたてる物音と咀嚼を繰り返す気配。先ほどの俺の沈黙の所為でなんだか気まずくなってしまった雰囲気。二人からの機嫌を伺うような視線に耐え兼ね、皐月に会話を振る。

「そういやお前、随分早かったな。どのぐらい前からここに居たんだ?」

「いやぁ、実は二人に会うの凄く楽しみだったんだ。一時間ぐらい前から待ってちゃったよ」

 待ってちゃったよ、という文法はどうかと思うが、あえて突っ込まない。

「でもさ、二人とも。よく大学なんか行くよね、高いお金払ってまで勉強しようだなんて、私ちょっとわかんないなぁ」

「ふん、勉強したくて大学通う殊勝な奴なんて、実際にはほとんどいねえよ」

「え? じゃあなんでみんな大学行くの?」

「大学とか専門学校ってのはな、世間からとやかく言われずに済む自由な時間を金で買うためのシステムなんだよ」

「なにそれ?」

 首を傾げる皐月と興味深そうな視線を寄越す栞。

 俺は口の中のカレーを飲み込んでから、偏見に凝り固まった持論を披露する。

「高校卒業しても働く気がないやつ、全然将来決めてないやつ、そんなやつらはとりあえず進学して、遊びながら適当に将来考えるための期間を入学費として金で買うんだ。大学出とけば就職先には困らないというオプション付きさ」

「凄い偏見だね」

 苦笑いを浮かべる皐月。

「まぁな。だが実際にそうなんだよ。そしてそんな連中の大半が沢山勉強して良い学校卒業すれば、幸せな人生送れると勘違いしてるんだから、笑えるよな」

 ちゃんちゃら可笑しい、と付け加えたところで、俺はなんでこんな話をしているんだと急に気恥ずかしくなり、視線をカレーに戻した。

 すると、沈黙を守っていた栞が徐に口を開く。

「この国で唯一誰もが信仰している宗教、学歴社会、というわけか……」

「ふん、良い事言うな。その通りだ」

 そして再び静寂に包まれる食卓。

 皐月が俺と栞を交互に見て、何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずにピザに手を伸ばした。

 ……無駄に社会派な会話になってしまった。我ながら捻くれた持論だったと思うが、栞も概ねで同意したのを見ると、何か共感するものがあったのかもしれない。俺も栞も自分が現役大学生だということを棚上げして、そんな悪辣ともとれるような意見を持っているのだから、そっちの方がちゃんちゃら可笑しいか……。最上級プレイヤーは往々にして偏屈なのかもしれない。

 そしてそんな奇妙な沈黙の中、食事は終了。

 俺はこの席が喫煙席なのを見てとって、ポケットから煙草を取り出した。口に銜えたところで、二人の視線に気付く。

「……吸っていいか?」

「うん、どうぞどうぞ」

「構わない」

 促す皐月と頷く栞。

 俺は火を点け、最初の紫煙を吐き出したところで、少し迷ってから、しかしいつまでも先送りにするわけにはいかないので、本題を切り出す。

「で、リアルで会って話をしようってことだったが、どうすんだ?」

 皐月に目を遣ると難しい顔をしていた。しかし栞は何か達観した感じで頷き、鷹揚に口を開く。

「とりあえず、私が知らないであろう事柄を全て話してくれ。話せないような事情ならば、無理にとは言わないが」

「………」

 俺は考える。話すべきかどうなのか。

 話せば、もしかしたら無関係の栞を危険に巻き込んでしまうことになるかもしれない。しかし、昨日栞を仲間にした直後、スペシャルクエストに遭遇したという事実を考慮すると一概に無関係とも言い切れない。ああ、畜生。本当にわけがわからない。

 もっとも、ここで話さなかったら、そもそもこんな会合を開いた意味がないだろう。

「いいだろう。じゃあ、最初から話そう」

 状況整理の意味も兼ねて、丁度良いかもしれない。

「今から一週間ぐらい前、虎サンという俺の友人の元に、スペシャルクエストの当選を知らせるメールが届いた。その日の内に俺と虎サンはそのクエストに参加して、そこで異常事態にあった」

「異常事態……」

「そうだ。お前も昨日遭っただろ? 視えない敵に。俺達がその時遭ったのも似たようなモンだった。極端に少ない情報、途中退場ログアウトが出来ない専用に作られたマップ、異常なNPC……。お前らが昨日言っていたHMDが外せなくなるのは、わからない。少なくとも俺は外せた。虎サンがどうだったかは不明だ」

「……うむ、それで?」

「そのクエストは虎サンの機転のおかげで終了。しかし、虎サンはキルされてしまった。タウンに戻った俺はしばらく待ったが虎サンは現れず、そして翌々日……リアルの虎サンの訃報を伝えられた」

 と、ここで皐月に目配せする。若干悲しそうな顔をしていたが、俺の視線の意図を汲み取ったのか、

「えとね、私がカイに知らせたの。実は私、虎サンの娘なんだ」

 おどけるような、誤魔化すような、痛々しい笑顔で皐月はそう言った。

「そう、か。……それは御悔み申し上げる」

 不意に立ち上がり、丁寧に頭を下げる栞。皐月は「いやいや、いいよそんなの」と腕を振って苦笑いを浮かべた。

「しかし」と栞は腰を下ろしながら言う。「凶戦士、貴方は数日前の授業中に携帯電話に向かって怒鳴り散らした挙句、その後しばらく姿を見せなかったが、まさかあの時にその件を伝えられたのか?」

「うん? ……ああ、そうだ。そんなこともあったな」

 皐月が「うあー」と苦笑いを浮かべる。

「あれ授業中だったんだぁ、あ痛たたたぁ……。私もびっくりしたけどさ。教室、ヤバかったでしょ?」

「うむ、ヤバかった。凶戦士の近くに座っていた女子など、泣きそうだった。朋絵など普通に泣いていた」

「マジかよ。そんなにヤバかったのか……」

 朋絵さん(誰だか知らないが)には悪いことをしなと反省しつつ、咳払いをして、続ける。

「まぁとにかく、虎サンの死因が自殺だと聞いて、俺達は絶対に有り得ないと思った。自殺とは対極に位置するような人だったからな」

 人の心の内がわかると豪語するほど、俺は阿呆ではないが、虎サンだけは例外だ。あの人は断じて自殺なんかしない。もし仮に、万が一に自殺だったとしても、あのタイミングで自殺なんて、どう考えても不自然だ。

「だから俺達はFalse Huntに何らかの原因があると見て、調査を開始した。その過程で行き着いたのがあの女、バハムートだ。昨日会っただろ? あの白いローブ着たガキみたいな奴」

「うむ、あの幼女か」

「で、バハムートの話を要約するとだ、False HuntはエルヴォっていうAIが全てを管理していて、全く人の手が入らずに勝手に進化していくゲームらしんだ。そして、そのAIエルヴォはFalse Huntをより一層面白くすることのみに重点を置いていて、その結果、俺達みたいな最上級プレイヤーのためにスペシャルクエストを実装した」

 煙草を一口吸って煙を吐き出してから、俺は言う。

「……クエスト中に死んだら、自殺催眠に掛けられて、現実リアルでも死なされる、スリル満点のクエストだ」

「………」

 栞は無表情でこちらをじっと見たまま、何も言わない。普通だったら、なんで結果としてそんな危ないクエストを実装したのか、自殺催眠なんて有り得るのか、色々と疑問を呈さずにはいられないところだろう。しかし、栞は昨日、HMDが外せなくなるという催眠をすでに経験している。そして、栞は俺と同じ最上級プレイヤーだ。つまりスペシャルクエストの“面白さ”を理解できる人種なのだ。エルヴォがその結果に辿り着くまでの過程は、言わずもがななのだろう。

「そしてな、実はそのAIエルヴォは、他でもないバハムートが作り出したAIらしいんだ」

「待て。それはどういう意味だ?」ここで初めて栞は怪訝そうな顔をする。

「えっとね」とその問いに皐月が顎に手をやり答える。「バハムートさんはフリーのAIプログラマで、自作で作ったエルボをESが買ったらしいんだ。それで、自分が作ったAIがどんな風に進化していくのか気になって、False Huntを監視してたんだって、その過程でプレイヤーの不可解な自殺とスペシャルクエストに気が付いた……だったよね?」

 こちらを見て同意を求める皐月。

 皐月はエルと言った。もしこの場にバハムートが居たらボじゃなくてヴォだと注意していただろうが、バハムートは居ない。もしかしたら、もうこの世にも……。

 俺は頷く。

「一応、バハムートもスペシャルクエストを止めたいと思っていたらしい。しかし止めるにしてもESに掛け合うしかなく、そのためには確かな証拠が必要だった。確かな証拠というのは、自殺催眠の映像とかそういう類のもんだ。だから俺達はそれを得るために、スペシャルクエストに当選するであろう最上級プレイヤー達に片っ端から接触を試みることにした」

「なるほど、その最上級プレイヤーというのが、私だったわけか」

 表情も姿勢も不動のままで栞は言った。

「そう、理解が速くて助かる。あんたが最初に接触したプレイヤーだったんだ。しかしな」俺は短くなった煙草を灰皿に圧し付けて、新しい煙草を取り出しながら嘆息する。「その矢先に、昨日の異常事態だ。タウン間の転送を選択したはずなのに、なぜかスペシャルクエストに遭遇しちまった……」

 つまり、スペシャルクエストはその“楽しさスリル”を理解できる最上級プレイヤーにのみ招待メールが届いて、最上級プレイヤーしか参加できない、というバハムートの説が瓦解した。

「これが、今までの経緯だ。……わけがわからんだろ」

 言って、俺は煙草に火を点け、紫煙と一緒に再び嘆息を吐き出した。

 栞は何を考えているのか、掴みどころの皆無な無表情で微動だにしない。

「あのね、それなんだけどさ……」皐月は顎に手を当てたまま言う。「私、あの後、ちょっと掲示板で調べたんだけどね。ターミナルからタウン間の転送を選んだのに、クエストに参加させられるなんて、普通有り得ないんだってさ」

「ああ? そりゃそうだろ。当たり前だ」

 そんな致命的なバグ、噂でも聞いたことがない。

「そう、当たり前に有り得ないはずなんだよ。でも実際に私達は昨日遭遇した。そうでしょ?」

「なんだ?」皐月の迂遠な物言いに違和感を覚える。「何が言いたい?」

 皐月は腕を組んでから、自信なさげに言う。

「えっと、つまりね。エルボは私達を狙ったんじゃないかなって……」

「――――」

 俺は絶句した。それは、今まで考えてもみなかった可能性だったからだ。

「それに栞ちゃんを仲間にしたあのタイミングでスペシャルクエストに遭遇なんて、出来過ぎてると思わない?」

「確かに、そうだが……。でもよ、バハムートも言ってただろ? エルヴォはただのAIでしかなく、人間に反旗を翻したわけじゃないって……」

「うん、そうなんだけど……。でも進化するAIとも言ってたじゃん?」皐月は不安そうな顔で俺を見る。「もしかしたら、エルボがバハムートさんの予想よりも遥かに進化していて、人間みたいに考えられるようになってたらさ、自分を停止させようとしている私達を快く思わないんじゃないのかな……?」

「……いや、いやいや、それはないだろう。俺達を殺したいだけなら即行で自殺催眠に掛ければいいじゃねえか。わざわざスペシャルクエストに参加させる必要なんてないだろ」

「あ、そっか。なるほど、確かにそうだよねえ……」

 皐月は感心した風に頷き、黙ってしまった。

 しかし、俺は考える。エルヴォが俺達を殺害しようとしたのかは置いておくとして、故意に俺達をスペシャルクエストに参加させたという仮説は悪くないように思える。皐月の言う通り、タワーで依頼を受けていないのに、つまり順当な手順を踏んでいないのにクエストが発生するというのは、元来有り得ないはずなのだ。しかし昨日はそれが有り得た。俺達だけが実際に体験した。そこには何らかの作為があったと見ていいのかもしれない……。もっとも今のところは、かもしれないという可能性の話でしかない……。

 とどのつまりは、わからない、その言葉に帰結するのだった。

「………」

 しばらく三人で押し黙っていると、不意に、アニメソングのような音楽が大音量で聞こえてきた。

 何事かと思ったが、ポケットを弄る皐月を見て、それが携帯電話の着信音だと理解できた。着信音をアニソンに設定しているとは……。なんとも見上げた根性だった。周りのテーブルからの視線が痛い。

 皐月はそんなこと意に介した風もなく、のんびりと携帯を取り出し、それを開く。

「――――え」

 そして不意に小さな声を漏らして、こちらを見た。

 その顔色は驚愕のそれだった。

「?」

 俺は訝しみ、声を掛けようとするが、皐月はすぐに視線を携帯に戻して、食い入るように画面を凝視している。どうやらメールのようだ。なんだかとても挙動不審だが、放っておこう。俺は対面の栞と顔を見合わせ、肩を竦めた。

 

 それから、一時間近く三人で話し合ったが、結局事態の進展に繋がるような話は出来ず、皐月と栞が関係のない世間話を始めたのを機に、俺は帰ることにした。

「じゃあ、俺は帰るわ。それで……お前らはどうすんだ?」

「え? え、えっと、私達はもうちょっと話してから帰るよ。ね、栞ちゃん」

「うん?」首を傾げる栞。「いや、出来れば私もそろそろ帰宅したいのだが」

「え!? いやいや、そんなこと言わずに、ね? ちょっとだけだからさ」

「……わかった。少しだけなら、構わない」

 皐月の必死な説得に不審感を覚えるが、まあ女同士で積もる話もあるのだろう。

 しかし、俺が聞きたかったのはこの直後にどうするかではない。

「それはいいんだが……。お前ら“調査”については、どうすんだ?」

 不思議そうな視線を寄越す二人に、俺は続ける。

「結局、何もわからないままだが、昨日言った通り、危険に変わりはない。いや、突然スペシャルクエストに参加させられた今となっては、更に危険になったと言っていいだろう……。俺は諦めない、が、お前らはどうすんだ?」

「そんなの決まってるじゃん」屈託のない微笑みで皐月は断言する。「私も絶対に諦めないよ。カイが嫌がっても、それでも付いてくからね」

「私も」栞は静かに、それでいてはっきりと意思が篭った声で言う。「事情を聞いた以上は、協力させてもらう」

「……ふん」

 俺は煙草を灰皿で揉み消し、自分の分の食事代をきっちりとテーブルに置いて、

「死んでも文句言うなよ」

 そう言って、ファミレスを後にした。

 何もわからない。事件の調査については本当に何の進展もないが、

 なぜだか、ほんの少しだけ前進した気がした。



 カイが去った後、皐月は伸びをして、満足そうに微笑んだ。 

「ねえ、栞ちゃん。カイって実は結構もてるでしょ? もしかして栞ちゃんも狙ってたりする?」

 グラスの水を飲んでいた栞はその水が気管に入ったらしく、咽た。

 しばらく、咳き込んでから「なぜ?」と問う。

「いやさ、私の経験上、カイみたいなタイプは、なんて言うか……真実の愛を掴む感じ?」

「意味がわからない」

「えっとね。チャラチャラで遊んでそうな男よりも、カイみたいにミステリアスな男こそ、本物の恋をされて、本当に愛されるんだよ」

「うむぅ? それはなんとなくわかる気がするが……なぜ私が?」

 皐月は達観した感じで頷き、何かを悟ったような顔をした。 

「栞ちゃんみたいに大人しい属性の子や、不思議ちゃん属性の子が、カイみたいなタイプに惚れ易い、と私の培った統計に出ているのだ」

「………」

 栞はノーコメントだった。

 ちなみに、皐月の統計というのは現実の話ではなく、恋愛シュミレーションゲーム、俗に言うギャルゲーで培ったものだった。それが現実で通用するかどうかは、そこはかとなく微妙だ。

「それはともかく」若干強引に栞は話題を変える。「そんな話をするために残ったのか? だったら帰りたいのだが……」

「いやいや、違う違う。えっと、実はね――――」

 皐月は携帯電話を取り出し、先ほどのメールを栞に見せようとした。

 その時、

「こんばんわ」

 女性の声が横から掛かった。

 見ると、紺のタイトスカートに白いブラウスを着た背の高い女性が、二人のテーブルの脇に立っていた。

「あ、あなたは――――」

 皐月はその女性に見覚えがあった。虎サンの、父の葬儀に顔を出した女性だ。目を見張るような美人だったので覚えていた。

 その女は断りもせずに、皐月の隣に座って、くすりと笑う。

「初めまして、と言うべきかしら。それとも皐月ちゃんには久しぶりかしら……いえ、久しぶりって言うのもおかしな話ね」

「あの……」女の挨拶とも独白とも取れない意味不明な言葉に眉を寄せながら、皐月は問う。「えっと、このメール、あなたが?」

「そうよ。驚いた? それともまだ信じられない? ま、どちらでもいいわ。あなた達も訊きたいことが富士山ばりに山積みだろうけど、私は伝えなくちゃいけないことがオリンポス山よろしく山積みなのよ」

「………」

 無言になる二人に、女はウィンクするように片目を閉じて、続ける。 

「これから私が話すことは二つ。トゥルーとフォルス、つまり真実と虚偽、そして回答と対策。さて――」

 そして眼鏡の縁をつい・・と持ち上げた。


「あなた達、反射神経は良い方かしら? そして、お芝居は上手かしら?」




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