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False War  作者: IOTA
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第一話:黒い凶戦士



 薄汚れた六畳ほどの狭い部屋、その室内にはまともな形状を保っている物など何も無い。

 テレビ、机、椅子、全ての物に弾痕があり、全ての物が壊れていた。

 そこに二人の男がいた。

 一人は黒い戦闘服に身を包んだ背の高い青年。頭に大きめな黒いニット帽をかぶり、手には自動小銃を持ち、ショルダーホルスターには自動拳銃、タクティカルベストには幾つものマガジンポーチと手榴弾が付いている。平たく言ってしまえば、特殊部隊員のような格好だ。

 その青年は壁に貼り付き、窓から外の様子を窺っている。

 もう一人は大柄な中年の男性で部屋の隅に屈んでいた。微動だにせず、一点を見つめて動かない。

 彼は黄色と黒のストライプが施された戦闘服を着て、同じくストライプのバンダナを頭に巻いている。その格好はまるで虎。顎には整った口髭を蓄え、サングラスのようなダークブラウンのゴーグルをかけている。背中に背負った異常に膨らんだ背嚢リュックが特徴的だ。

「おい、カイ」

 ゴーグルの中年男性は立ち上がりながら窓辺の青年に話し掛ける。

「やっぱり残ってるのは、もうオレらだけみたいだぞ」

「敵はまだ五十人以上いますよね? あーあ、また負け戦ですかい」

 黒いニット帽の青年は唇を尖らせ、だるそうに答えた。

「五十人だったら、お前が四十五人、俺が五人で勝てるな」

 中年男性は皮肉げな笑みでそう言うと、背中のリュックに手を回し大きな黒い物体を取り出した。それはグレネードランチャーと呼ばれる代物だ。丸みを帯びたシリンダーからは六発の40ミリ榴弾が弾頭あたまを覗かせている。

「あっは、四十五人はさすがに無理です。虎サンが三十人殺ってくれればいけるかな」

「おいおいおいおい、お前といっしょにするな。俺は一気に三十人殺せるほどイカれちゃいないよ」

「心外ですね。俺だって別にイカれちゃいませんよ。まぁ負けて当然なんだし、十人殺せりゃ十全でしょう」

「どうかな?」中年男性は挑発するような口調で言いながら青年に近寄り、「で、作戦は?」と発言を促すように顎をしゃくる。

「そうっすねぇ。俺が囮になって、そこの通りに敵を連れて来ます。そこで叩きましょう」青年は覗いていた窓の先を指差す。そこには所々に弾痕がある道路が見えた。「あとは野となれ山となれって感じですね」

「了解、罠仕掛けて待ってるよ」

 そう言うと青年の方に拳を突き出す中年男性。それを見て青年は照れくさそうに頭を掻いて、ゴツッと互いの拳を合わせる。これが彼ら流の挨拶であり敬礼だった。

 しかし青年の方はこの挨拶に抵抗があるようだ。もう一度頭を掻いてから逃げるように半壊した扉から出ようとする。しかし、途中で足を止め、青年の初々しい反応をにやにやしながら見送る中年男性の方を振り向いた。

「わかってると思いますけど、ギリギリまで引き付けますから、仕掛けるなら指向性のヤツにしてください」

「わぁってるよ」

「何仕掛けるにしても起爆するときは教えてくださいよ。前はそれで死にそうになったんすから」

「わかったから早く行けって! 時間ないぞ」

 青年は渋々といった感じで扉の脇に張り付き、右手で扉を開け、慎重に辺りを確認し、出て行った。

 部屋に残された中年男性は一人、不敵に呟く。

「良い狩りをな。……レイ」



 外は真っ赤に染まっていた。ちょうど夕日が地平線に落ちる頃合だ。

 青年は一瞬、見惚れるように夕日を仰ぐがすぐに視線を戻し、おもむろに頭のニット帽を掴み、そしてそれを力強く下に引っ張る。すると青年の顔は黒一色に包まれた。黒い顔から不気味に目と口だけが覗いている。彼が被っていたのはニット帽ではなく目出し帽だったのだ。このタイプの覆面の正式名称はバラクラバ。

 途端に青年の目付きも変わる。とても冷たく、孤独な目。黒いマスクには相手に恐怖と威圧感を与える効果があるのだ。

 その時、

「――――!」

 銃声が聞こえた。遠くでライフルを連射する音。

 しかし、青年は伏せたり逃げ回ったりせず、銃声が聞こえた方向に走り出す。

 彼は熟知しているのだ。伏せなければならない状況、逃げなくてはならない状況、今はそのどちらでもない。

「方角と距離からして、やっぱり“蜂の巣”に溜まってますね」

 青年が確認するように言うと、すぐに耳元から中年男性の応答が返ってきた。

『だろうな。何人ぐらいいると思う?』

「敵の残りが五十で残り時間が十五分、多くて三十ってとこですかね」

 青年は喋りながら道路のガードレールを飛び越えて小高い尾根を登って行く。それに伴い銃声も次第に大きく明確になる。

『そんなもんかな。あと、さっき言い忘れたが、敵にビークルカンパニーの連中がいるみたいだから、油断すんなよ』

「ビークル? なんすかそれ?」

 中年男性の短い溜め息の後に、呆れた声が返ってくる。

『お前なぁ、少しは他のプレイヤーに興味持てよ』

「ははっ、すんません。なんかのクランでしたっけ?」

『そう、ドライバー専用クラン。結構腕が立つって有名だぞ。ってか前に戦っただろ?』

「……あぁー、思い出しました。ははは」青年は照れ笑いしながら続ける。「でも対物アンチマテリアルは虎サンに任せますよ。俺は俺の仕事をしますから」

『ふん、それもそうだな。じゃあ、お前は対人に集中してろ』

 尾根を登り切ると、小さい建設中のビルが目に入った。

 青年はゆっくり伏せながら様子を窺う。

 外壁が存在せず床と鉄柱が晒されたビルの内部には、数人の人影が見える。ビルの周囲にも数十名。その大体が三、四人のグループに分かれていて、地べたに座り込んで話している者達、ドラム缶に向けて銃を乱射している者達、その各々が行動、服装、装備等、全てバラバラでまったく統一感がない。

 青年はドラム缶を撃っているグループに視線を固定した。ドラム缶は文字通りボロ雑巾のようになっている。

「さっきからの銃声はこれかい。都合いいじゃん」

 この戦場に於いて、一方的な戦いで暇になった者達はここに溜まるのが習慣になってる。突付けば大怪我、まさに蜂の巣だ。もっとも、青年はわざと突付きに来たわけだが。

 青年はそのビル周辺に見える敵の人数を数え始めるが、面倒くさくなったのだろう、十人あたりで数えるのを止めた。

「……ざっと四十人、予想より多いですね」

『ちゃんと数えたんだろうな?』

 間髪容れずに不信の声。中年男性は青年のものぐさな性格を熟知しているようだ。

「……数なんてどうでもいいでしょう? どうせ勝てないですし」

『どうかな? まぁいい、お前が数え終わるの待ってたら時間切れになっちまうしな。かっはっはっはっ』

 豪快に笑う耳元の声に、青年は不機嫌そうに言う。

「とにかくっ! 始めますよ」

『了解了解っ。精々派手に喰い散らかしてくれ』

 その言葉を皮切りに、青年はゆっくりと膝射ちの構えをとった。自動小銃を持ち上げ銃床を肩に食い込ませ、ドットサイトを覗き込む。暗い視界の中央で赤い光点が上下している。

「ふぅーーー…」

 肺の空気を抜きながら、たっぷりと時間を掛けて狙いを定める。

 一目見た時から青年は最初の獲物を決めていた。セオリー通り、射程の長い狙撃銃スナイパーライフルを持った者からだ。

 ドットサイトの光点を敵の頭部に重ね、

「百ないし、九十メートルってとこか」

 目算で弾き出した標的との距離をどうでもよさそうに呟きながら、青年は引き金をゆっくりと絞り二ミリほどの遊び・・を殺す。

 人差し指の先端の腹に引き金の微かな抵抗を感じたところで、優しく引き切った。

 引き金がふわりと踊り、撃針ファイアリングピンが銃の中を疾駆するのを頬で感じた。そしてそれが7.62ミリ弾の雷管を貫くのを想像イメージで感じ取る。

 銃口から発射ガスで押し出された初弾が敵の顔面へと伸び、顎を吹き飛ばした。

 照準越しに、舞う鮮血と散る肉片を確認し、青年は自動小銃のファイアセレクターを親指で操作、フルオートに切り替えた。そして、顎を失った敵が絶命し倒れ込むその前に、近くにいた三人の敵の胸に三発ずつ撃ち込んだ。

 二秒だ。その一連の銃撃は初弾から二秒もかかっていない。その二秒の間に青年は実に四人もの敵を射殺したのだ。

 青年が射殺したグループの一番近くに一人で立っていた女性は何が起きたのかまるでわからなかった。突然目の前の仲間が次々と血を噴いて倒れていく。

 本来なら気付かないはずがない。青年の持つ自動小銃の正式名称はH&K G3アサルトライフル。7.62ミリ弾を毎分八百発で撃ち出す実に剣呑な代物だ。当然その発射時の騒音は半端なものではなく、青年の持つG3には減音器サプレッサーの類いは装着されていない。ではなぜ彼女は銃声に気付かなかったのか? すぐ近くでドラム缶に銃を乱射しているグループがいたからだ。その騒音は九十メートル離れたG3の射撃音より遥かに大きい。

 そして攻撃されている事を悟る前に、三発の弾丸が胸に飛び込み、彼女は即死した。たとえ銃声に気付けたとしても結果は同じだっただろう。それほどに青年の射撃は速い。

 彼らの死因は四割が油断で六割が不運。とんでもない相手を敵に廻してしまったクジ運の悪さ。

 この世界には極稀に通り名で呼ばれる者達がいる。

 超が付いても足りない程の凄腕、生きた伝説、そんな風に形容しても決して大袈裟ではないだろう。

 その伝説の一人がこの黒いバラクラバの青年。

 黒尽くめのその姿から、彼は尊敬と畏怖を込めて“黒い凶戦士(ブラックレイ)”と呼ばれている。狂戦士バーサーカーではない、敵への不幸を運ぶ凶戦士。

 しかし彼は自らその名を名乗ることはない。彼はその名が嫌いなのだ。その名で呼ぶ相手は大体の場合敵だから。

 あくまでもブラックレイは通り名であり、彼の名前はカイである。

「あばよ。達者でなー」

 そんな間の抜けた独り言を呟きながらも青年、カイの射撃は止まらない。まるで機械のような動きで次の標的に照準を合わせて引き金を絞り、離し、絞り、離し、絞って離す。三発ずつの指切りによる短連射バースト。近い敵から順に、精密に精確に殺していく。

 カイがドラム缶で遊んでいたグループを全滅させた事で、ようやく敵は異変に気付き、身を隠し始めた。

 カイも伏せて空になった弾倉を捨て、新しい弾倉を自動小銃に叩き込む。敢えて薬室に一発だけ残した状態での装填なので、ボルトを操作する必要はない。その一連の動作も一秒はかからなかった。そしてその一秒の間にカイは思考する。

 ――――位置はばれなかったか? たぶん大丈夫だ。だがここはもう危険だな。攻撃を続けるなら移動した方がいいだろう。でも移動するのも危険だ。退路を断たれるかもしれない。今ので十人は獲った。十分だ。虎サンと合流しよう。

 カイは立ち上がり、自動小銃をビルに向け引き金を引いた。先の射撃とは違い、銃口を左右に振りながら、十発程の威嚇射撃。そして振り返り尾根を駆け降りる。すると後ろから激しい銃声、何発もの弾丸が尾根に着弾し土煙を上げ、高速で飛来する曳光弾がカイの頭上を通過する。

「連中が喰い付きました。すぐに戻ります」

 カイは全力で走りながら告げる。後ろから数十名の敵が迫っているというのに、その声は恐ろしいほど冷静だ。

『了解。急げよ、時間ないぞ』

 すぐに応答した中年男性の声も至極落ち着いていた。否、彼らの声は落ち着きというよりもまるで“心から真剣に愉しんでいる”、そんな響きがあった。




言い訳になりますが、三人称は難しいですね。

非常に読み難かったかと思います。ここまで読んでくれた方に感謝です。

もっと精進しますので感想、アドバイスお待ちしております。

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