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False War  作者: IOTA
17/43

第十四話:キル・ゼム・オール 3-1



 シトシトと、小さな雨粒が背の高いビル群を物哀しげなモノクロに染めている。

 傘を差して歩く通行人は、各々の目的地に足早に歩を進めていた。携帯電話片手に忙しなく歩くスーツ姿の壮年の男性。アニメのキャラクターがプリントされたシャツを纏い、背負ったリュックから筒状に丸めたポスターを突き出してのらりくらり歩く青年。その通行人に、愛らしい仕草と声色でビラを配るエプロンドレスを着た女性。

 彼等は、ただこの街に居るという事だけを同一にした無関心同士の人間の群れ。

 そこは知っている人間が見たら一目でわかる、知らない人間でも一度はテレビ画面で観た事があるであろう都心の街並み。

「――――あ、秋葉原……!」

 この異彩を放つ街の駅前に、一際異彩を放つ四人組が居た。

 頻りに辺りを見渡し、呆けたように口を開けたオレンジのツナギを着た女性、皐月。

 無表情だが、どこか鬼気迫る雰囲気で思考を廻らせるワンピースのような白いローブを羽織った幼女、バハムート。

 皐月と同じく辺りを見渡し、バハムートと同様に無表情だが、それは二人と違い、異常な状況に警戒していると言った方が妥当であろう紫の忍び装束を纏った小柄な少女、栞。 

 そして、四周を警戒すると同時に、すでにその手には拳銃を握っている、黒い戦闘服に黒い覆面を被った細身で長身の青年、カイ。

「どう、なってるの…?」

 皐月は、開いた口をそのままに捻り出すような声を喉から漏らした。

 しかし、その疑問に明確な答えを出せる者は、誰も居なかった。

 ややあって、ようやくバハムートも口を開く。

「…これが、スペシャルクエスト? …そんな、有り得ないわ…。私達はレイトに転送されたはず、なのにスペシャルクエストに参加した……、いえ、させられた?」

 しかしそれは皐月の疑問への答えではなく、ただ独りで問答を繰り返すような呟きだった。そして、それは如何なる時も冷静沈着で無感情だった彼女が初めて見せる明確な焦燥。

 スペシャルクエストの存在なんて微塵も知らない栞も二人の狼狽を目にしていぶかしむ。しかし同時に、それでも二人の穏やかでない心中を察して、その疑問を率直に口にしない彼女は中々に殊勝だ。

「とりあえず動くぞ」

 そんな三人の硬直状態を解いたのはカイだった。

 ソーコムピストルを握り締め、背後のコンビニのような建物を指す。

「ここは目立ち過ぎる。あん中に入ろう」

「………」

 反論があるはずもなく、四人は自動ドアを潜り建物の中に入った。

 そして、その中の様子は、四人の混乱に更に拍車を掛けるような風景だった。本物のコンビニのようにカウンターで接客する店員、商品を物色する客。そう、まるで現実リアルと変わらない。

 皐月はその見慣れたはずの風景を見渡し、更に目を丸くする。

「……ここ、ゲームの中だよね?」

「そうに決まってるだろ」

「でもさっ、じゃあなんで普通の人がいるのっ? だってここリアルの秋葉原と変わらないよ!?」

「ふんっ、銃を持った不審者が入って来たってのに、シカト決め込む店員がリアルに居るかよ」

 カイはそう言って銃口を店員に向けた。が、店員は気にした様子もなく接客を続けている。そもそもカイ達はどう考えてもリアルでは人目を引くような格好をしているというのに、誰一人として視線を向けようとはしない。

「見えて、ない…?」

「と、言うよりもプレイヤーを認知しないように作られてるんだ。プレイヤー不干渉の一般人型NPCが闊歩する街、ここはそういう“マップ”なんだろ」

 カイの言う通り、ここは秋葉原という名のゲームの中に作られたマップだった。自由度が売りのゲームでは珍しくない擬似世界。しかし、False Huntにこのような種類のマップは存在しないはずである。白宜という秋葉原を模したタウンはあるが、あれはあくまで模しているだけであってリアルとは異なる部分は多々ある。このように一般人タイプのNPCが現実と同じように生活まで模倣しているマップは無い。

「つまり“特別スペシャルなクエスト”だからだろうな。このためだけに作られたスペシャルクエスト専用マップ、か……。まったくご丁寧に、つまらんモンをせっせとこしらえたもんだ」

 不機嫌そうに眉を顰めながら、ヘルズブリッジもそうだったのだろう、とカイは思う。

 虎サンの死後、橋の存在するマップを必死に探し周ったが、結局あのヘルズブリッジは見つからなかった。つまりスペシャルクエストは全て専用に作られたマップで執り行われる物なのかもしれない、と。

「……それで、あの、これがスペシャルクエストなんだよね?」

「ああ、みたいだな。さっきから何度も試してるんだが、――ログアウトできねえだろ」

「――――!」

 その言葉に、皐月はメニュー画面を開き、ログアウトを選択してみるが、反応がなかった。

「うそ、でしょ?」 

 ゲームの中に閉じ込められる感覚。カイから体験談として聞き及んではいたものの、実際に自身が体験するのは訳が違う。なぜならば、もしここでキャラクターが死亡してしまったら、リアルの自分プレイヤーも――――。

 皐月の恐怖が臨界へ達しようとした。その時、

ヘッドマウントディスプレイを外しましょう」

 バハムートの鋭い声が店内に響いた。

「このスペシャルクエストの映像の記録は是非とも欲しいところだけれど、この状況は予想外よ。あまりに危険だわ。とりあえずHMDを外しましょう」

 落ち着きを取り戻したように、いつもの口調でバハムートは言った。皐月が驚きに目を丸くするのを見て、その心中を察したのか、バハムートは補足するように続ける。

「映像と音声の媒介であるHMDさえ外してしまえば自殺催眠にも掛かりようがないわ。今まで被害にあったプレイヤーは自殺催眠の存在なんて知らなかったから、素直にキルされてリアルでも死んでしまったけれど、私達は知っている。だから無理にクエストに付き合う必要はない。ログアウトできないなら、強制終了するまでよ」

「………」

 考えるように無言で俯き、ようやく理解したのか皐月は頷き、頭に手をやった。

 しかし、

「――は、外れない……?」

 皐月は目を見開き、呟いた。

「ハ、外れない外れない外れないぃ! な、なんで? ウソでしょ!?」

 視えない何かを外そうとするように、自分の頭を抱えて暴れる皐月。

 その鬼気迫る様子に、バハムートも自身の頭に手を添えて、

「―――なに、これ? 外れない…? い、いえ、違うわ、これは外せない? HMDはどこ? VRGはどうなったの? そもそも私の手は? リアルは、どこに在るの…? 私は今、どこに居るの・・・・・・?」

「……っ―――」 

 栞も、二人につられたように頭に手をやり、小さな驚きを漏らした。

 ややあって、

「まさか、私達はもうすでに催眠にかけられている…? スペシャルクエストに参加させられた時点で、現実を見失うような、現実リアル仮想現実ゲームの感覚が入れ替わるような、ここから逃げ出せないような催眠に……?」

 ブツブツと、呪詛のように呟きながらバハムートは必死に思考する。

 スペシャルクエストは最上級プレイヤーのためにエルヴォが実装したもの。メールで当選した旨が伝えられ、最上級プレイヤーしか参加できないはずの特別なクエスト。もともと推測でしかなかったが、バハムートはそう確信していた。それなのに、タウン間の転送を選んだはずなのに、スペシャルクエストに参加させられた。初心者のはずのバハムートと皐月が何故かここに居る。そして、戦場クエストから逃げ出せないような催眠をかけられた。それは何を意味するのか? これではまるで……。

「エルヴォは、私達を狙ってる……?」

 バハムートが誰にも聞き取れないほどの音量で呟いたとき、三人の恐慌を呆けたように傍観していたカイが口を開く。

「お前ら、さっきからなに言ってんだ。HMDが外せないって? からかってんのか?」

「か、からかってなんかない! 本当に外せないんだよ!? 外せないっていうか、そもそも被ってるはずのHMDがないのっ! 手も、足も、全部、まるで、本当にゲームの中に居るみないなッ……。カイだってそうでしょ!?」

 その皐月の悲痛な訴えに、カイはようやく事の重大さを把握し眉根を寄せた。しかし、それと同時にピタリと動きを止め、刹那、間髪容れずに再び動き出した。

 その挙動はこのゲームに慣れ親しんだプレイヤーなら一目でそれ・・とわかる動作。即ち、AFKアウェイ・フロム・キーボード

 つまり、

「お前ら、マジで言ってんのか。俺は普通に外せたぞ・・・・・・・・・

 そう、カイはたった今、普通にHMDを外し、再び被ったのだ。まるでいつもと同じように。

「前も、虎サンとスペシャルクエストを受けた時も、確か俺は一回HMDを外したぞ……?」

 そう、以前もそうだった。ヘルズブリッジで、焦燥に駆られたカイはHMDを外して、リアルの世界に戻っていた。リアルとゲームを倒錯し、ゲームから抜け出せなくなるような催眠には断じてかかっていない。

「――――――、………」

 その言葉は、彼等から絶句する以外の言動を奪った。

 カイだけが外せる。カイだけが催眠にかかっていない。“カイだけが、特別スペシャル”。

 混乱の境地。カイ自身もわけがわからず、もはや皐月は言葉を失い、スペシャルクエストの存在すら知らない栞に至っては思考すら許されない。

 しかし、一人だけ、カイをまじまじと見詰め、何かに気付いたように、何かに達したように目を見開くバハムート。

「そんな――いや、でも、やはり……。そういう事なの……エルヴォ?」

 その表情は驚きというよりも、発見。真実に辿り着いた・・・・・・・・者の表情かおである。

 バハムートの様子を訝しみ、カイが口を開こうとした。

 その時、

 ヴゥゥーン、と呻るような微かな機械音が、入り口の方から聞こえてきた。リアルで聞き慣れた、自動ドアが開閉する独特の音だ。

 四人は一様に入り口に目をやる。しかし、そこには誰も居ない。店内に誰かが入ってきた様子はないし、ガラスドアの向こうにも、誰かが出て行った痕跡はない。

 この異常な状況故に恐怖心から、反射的にドアへ目をやった四人だったが、すぐに入り口から目を離した。店員でもない限りリアルのコンビニでいちいち来客に注意を割く人間はいない。このリアルと酷似した店内と今まで培ってきたリアルの経験が、無意識的に四人にそう判断させた。

 しかし結果から言えば、それは取り返しのつかない大きな間違いだった。 

 たとえどんなに現実味リアリティーを帯びていたとしても、ここはあくまでFalse Huntの中。非現実アンリアルで、異常で、特別で、残酷な、戦場なのだ。

 ヒュン 

 唐突に、何かが空気を切る音が響き。 

「―――――え」

 口を開いたのは皐月。

 入り口の一番近くに立っていたバハムートは、何も言わず、否、何も言えず、ただ自分の身に何か良くない事が起こったのを理解し、

 そして、ローブのフードごと、後ろからバックリと裂けた自身の首元に手を当てた。

 瞬間、その細い首筋から、噴水のように血飛沫が吹き出す。

「く、ごぷ、ゴッ、ゴプ」

 喉の奥から水道管がつまったような奇怪な音を発しながら、崩れ落ちる小さな体躯を見て、 

「ひ――ひぃ、イヤアアアアアアアアアアアアアッ!」

 皐月が絶叫するのと、カイが動くのは同時だった。

「下がれぇッ!」

 叫びながら、拳銃を持ち上げ、バハムートの背後に乱射する。

 カイも何が起きたかわからない。ただ、自動ドアの不可思議な開閉とバハムートの首を裂いた何か・・は関係しているという事だけを察し、弾幕を張った。

 .45口径の弾丸は空を貫き、自動ドアのガラスに放射状のヒビを描くが、立て続けに穿たれ、すぐにガラスは砕け散った。

 その音響に混じり、

 ヒュンと、先ほどと同じ風切り音が、頭を抱えて泣き叫ぶ皐月の真横で起きた。

 続いて鈍い金属音が響く。

「―――く……」 

 栞だ。 

 後ろにいたはずの栞は、皐月と風切り音の間に瞬時に割り込み、両手に握った刀で何か・・と鍔迫り合いをしている。そしてそのまま、何かを刀で押し退け、すかさず左手で腰の小太刀を抜き、何かを突いた。その様は、まるで虚空に向かって格闘するような一人芝居だ。しかし、高速で金属同士がぶつかる鋭い音や、肉を突く鈍い音は明確に聞き取れた。

 そして何より、この“気配”、とカイはようやく、 

 ――――視えないのかッ!?

 何かの正体を悟り、

「くったばれぇッ!」

 栞の前方に銃弾の速射を浴びせた。 

 壁や商品棚に穿たれる鉛弾、しかし、手応えはあった。何発かは、明らかに空中で消えた。“視えない敵”に被弾した。被弾したが、姿が視えない故に殺したかどうかもわからない。

 そして間髪容れずに、 

 ヴゥゥーーン

「――――!」

 ガラスが砕け落ち、鉄枠だけになった自動ドアが再び開いた。そこには何も居ないのに、床に散るガラス片が踏み締められる音だけが聞こえる。

 ――また、何かが入ってきた!

 カイは、床に伏したまま微動だにしないバハムートに視線を配り、そして、その出血量から瞬時に判断。取り乱す皐月の腕を掴み、

「おいッ、退くぞ!」

 栞に指示を出し、視えない敵が居るであろう自動ドアの方向に牽制射撃を浴びせながら、ショウウィンドウを蹴破り、三人は外に飛び出した。

 コンビニから遠ざかるように雨の街を駆けながら、カイは拳銃に弾倉を叩き込み、一度だけ振り返った。そして、もう一度、一人取り残されたバハムートに目を遣り、スコアボードを開く。


 ヘルズタウン    スペシャルクエスト

   

       point   kill  die

 カイ     1     1    0

 皐月     0     0    0

 バハムート  0     0    1

 栞      0     0    0


 

 カイの殺傷数(kill)1。それは先ほどの射撃で視えない何かを一体屠った事を証明している。が、それよりも目を引く数字スコア。バハムート、死亡(die)、1。それは残酷にも、バハムートの絶対な死亡を証明していた。

 つまり、現実リアルのバハムートも――――、

 ―――気に食わない女だった。高飛車で高慢なババアだった。本当にAIが犯人だとするのなら、その原因を創った女である。自分が創ったAIに殺されてちゃ世話無い。しかし、それでも解決しようと奮闘していた。仇と罵られる事を覚悟して、カイ達に素性を明かしたのである。それなのに、死ん――

 いや、今は考えるな、とカイは自分の内で出掛かった弱音を払拭した。

 そもそもバハムートの言っていた事が真実なのかどうかもわからないのだ。あれはあくまで彼女の推測。本当にここで死んだらリアルのプレイヤーにも死が訪れるのかは、わからない。

 しかし、

「ねえ、かい、カイ。……バハムートさんは、バハムートさんはッ?」カイに腕を引っ張られながら、皐月は縋るような声で繰り返す。「バハムートさんはどうなったのッ!?」

 バハムートのキャラクターは確実に死亡した。しかし、カイはあえて、

「……わからない」

 と言った。

「わからない。が、今は自分の身だけを考えろ」 

 そう、今は何一つわからないが、断じて死ぬわけにはいかない。わからないという事は、本当に死ぬかもしれないという事でもあるのだ。

 そこで、ようやく、

「……説明を求む」

 二人の後ろを駆けていた栞が口を開いた。バハムートの推測すら知らない彼女は最初に問うべき、遅過ぎる質問だ。

 カイは考えたが、この状況、時間を掛けて詳しい説明をしていられる状況じゃなかった。故に単刀直入に、残酷な推測だけを口にする。

「実にバカげた話だが、ここで死んだら、リアルでも死ぬかもしれない」 

 単純明快、わかり易い説明だ。わかり易す過ぎる。いきなりそんな事を言われても、信じる方がどうかしている。

 しかし、栞は、少し間を置いて、

「……理解した」

 とだけ言った。

 本当に理解したのか、理解したとしても信じたのか、それはわからない。が、栞は殊勝だった。信じる以前に皐月の狼狽を目の当たりにしたら、そのパニックが感染してもおかしくない状況だ。すでにゲームに取り込まれるような催眠を体験し、更に有り得ないはずの“視えない敵”と遭遇したのだ。常人なら周章して然るべきだろう。しかし、栞は落ち着いていた。

 死の可能性を耳にしたうえで、後ろを振り返り、落ち着き払った声で、

「……だったら拙い、凶戦士。先ほどの何かに、追われている」

「――!」

 カイは振り返る。

 霧雨と曇天で灰に染まる街、点滅する信号機、傘を差し歩を進める通行人、現実と錯覚するように作られた戦場マップ

 リアルの秋葉原で言うなら電気街側の駅前に出現し、大通りの交差点を横断している三人。遠方に見える先ほどのコンビニ、その道中には一般人型のNPCがまばらに視えるだけだ。

 しかし――、耳を澄ませば、目に視える者は誰一人として駆けていないのに、確実に迫って来る幾つかの駆け足の音。目を凝らせば、何か透明なモノにぶつかるような不可思議な動きをする雨粒。何もないはずなのに水飛沫が跳ねる水溜り。十ないし五以上の気配。

「チィ、追ってくるかい」

 カイは皐月の手を離し、行けっ、と指示を出し、バックステップで二人に追従しながら拳銃を持ち上げ、むかえ撃つ。

 十二発の速射、先ほどと同一、ほとんどが空を突貫するが、何発かは視えない敵を捉え、倒れたであろう水飛沫が上がる。

 だが全てではない。視えない故に正確な照準などできるわけもなく、幾人かは撃ち損じた。もっとも、ほとんど気配だけを頼りに照準し、数人でも撃ち獲れるだけ、カイは流石である。そう、撃ち獲れるのだ。

 ――ヘルブリッジのやたらと頑丈なNPCとは違い、こいつらは簡単に倒せる。銃弾で容易に殺せる。

 それを悟ったカイは唇を吊り上げ、

「来いよ。……みなごろしだ」

 と胸のマガジンポーチに手を伸ばす。が、

「―――――」

 そこには何も入っていない。空だった。完全な弾切れだ。

「くそ。くそくそくそクソッ! マジかよ…!」

 カイは盛大に悪態を吐き、踵を返す。

 悔やまれる。カイにとって拳銃は副武装サイドアームである。あくまで予備の武器なのだ。故に弾倉も数本しか携行していなかった。栞とのデュエルに主武装ライフルは不要と判断したカイはわざわざ虎屋に赴き、置いてきてしまったのだ。

「最悪だ…。最悪だ、クソッ…!」

 栞と違い、銃器を得物として扱うカイにとって弾切れは致命的だった。もう何も出来ない。非戦闘員になったと言っても過言ではない。

 こんな事になるのなら、考え得る最大の火力で望んだというのに……。 

 ―――火力。

 ふと、その単語がカイにある男を思い出させた。言うまでもなく、火薬庫アーセナルの異名を持っていた最上級プレイヤー、虎サンだ。

 虎サンはヘルズブリッジの時、なんと言っていた? 何か、重要な事を言っていた気がする……。

 “走れない”。そう、あの異常な耐久力を持ったNPCを指して、虎サンは言った。

『どうやらゲームをより面白くするってのがAIの最優先にしてる事柄らしい。だから“倒せない敵”は存在しないはずなんだ。だから、こいつらがどんなに頑丈でも必ず弱点はある』

 カイは走りながら振り返り、視えないはずの敵を見る。

 奴らは頑丈でこそないが走れる。しかも姿が見えない。しかし、そもそも奴らはなぜ追ってくる? バハムートを殺した傷口から察するに、おそらく刃物ナイフ。何故わざわざナイフを? 銃で撃てばいいものを……。持っていない? 銃を持っていないのか? 否、銃器の使用に制限しばりを掛けられたNPCなのか? それが“弱点”なのか…?

 では何故わざわざ弱点を作るような真似を?

 それもやはり虎サンの台詞に帰結する。

 倒せない敵は存在しない、“ゲームを面白くするために”。そう、死なない敵や透明な敵が出てくるゲームなんてつまらない。それを回避するために、敢えて彼等は弱点を持っている。それはつまり“クリアできないクエストはない”という事と同義ではないのか。

 こんな風に、不意打ちでクエストに飛ばされて、満足な装備もない状況であんな連中を相手に戦えというのは無理な話だ。それではクリアできない。

 しかし、クリアできないクエストは存在しないはずである。と、いうことは……。もしかしたら――、

 カイは咄嗟に、ここで初めてこのクエストのマップ画面を表示し、

「―――ハッ、ははははは、なるほど、これはこれはご丁寧に、どうやら無理難題ってわけじゃなさそうだ。一応、クリアさせる気はあるらしい」

 このクエストの創造主の妙な律儀さに笑った。

 そして、隣を並走する皐月と栞に目を遣り、暫く考えてから、決断。

「おい、お前らはあそこのゲーセンみたいなビルに立て篭もれ。ヤバくなったら逃げても構わんが、なるたけこの近辺にいろ」

「え、な、なに言ってるの? カイは、カイはどこ行くのっ!?」

 狼狽する皐月と怪訝そうな顔をする栞。

 カイはすでに足を止め、視えない敵と真正面から対峙している。そして、横顔だけで振り向いた。

「いいから行けッ! ……わかってると思うがそいつは戦えない。悪いが頼むぞ」

「……承知」

 名前を呼ばれなくとも、それが自分への指示なのだと汲み取った栞は頷き。カイの方へ戻ろうとする皐月の腕を掴み、無理矢理引っ張る。

「カイ! カイッ! 放して、放してよぅ! カイが、カイが!」 

 叫んで、涙で霞む視界の向こうの、黒い背中に向けて手を伸ばす皐月だったが、栞に引きずられ、一人死地に残されたカイは遠退いていく。

「オラぁ! こっちだクソッタレども!」

 皐月がゲームセンターの扉を潜る間際に見たカイは、来た道を逆走し、全力の疾駆で突き抜けるように視えない敵の群れに飛び込んでいく、黒い凶戦士の後姿だった。




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