第十二話:栞
FPSはゲームでもあり、スポーツでもある。RPGのようにキャラクターのレベルが上がるのではない、プレイヤーのスキルが上がるのだ。
訓練とは血の流れない実戦であり、実戦とは血の流れる訓練である。そんな事を言った軍人がいる。それは実戦のような気概で訓練に挑み実戦では訓練通りに動けばいい、という意味合いなのだが、意味合いを違えた見地から捻くれた事を言ってしまえば、現実の戦場には常に死が付き纏い、そこで死んだら練度が上がるもクソもない。
しかし、False Huntは限りなくリアルに近い戦場でありながら、そこでの死はキャラクターが一時的に死亡するだけでしかなく(スペシャルクエストという例外的な異常を除けば)、リアルの人間に実害はない。
よって、この世界での訓練とは、常に血の流れる実戦であり、血の流れる実戦もまた訓練なのだ。
そんな世界で朱雀はそこそこ名の知れた上級プレイヤーだった。
False Huntを発売日に購入し、狂ったようにプレイし、実戦の訓練を山ほど繰り返し、彼のスキルはぐんぐん成長した。他のFPSゲームで得た豊富な経験も功を奏したのだろう。今ではほとんどの対戦で上位をキープできるようになった。タウン外でのPKとの乱戦でも遅れを取る事は決してなかった。ベリーハードのクエストでも失敗する事はほとんどなかった。
そんな彼が次に目指した場所は、ソロデスマッチだった。
ソロデスマッチ、通称決闘。
それはあくまで対戦のいちルールに過ぎないはずなのだが、その特殊性からクエスト、バトルといった大枠に並び称されるほどの一種の確立したジャンルと化していた。そのルールは名前の通り、プレイヤー同士の一騎打ち。爆発物以外ならなんでもありの一対一。
多数対多数が常で優とされるFPSにおいて、そのルールは特殊、というより不人気に陥りそうなものだが、そんな常識はFalse Huntのリアリティが覆した。現実と酷似したこの世界ならば、現実と同じように一対一でこそプレイヤー個人の真の実力が試される。当然の話だ。大規模な対戦では銃弾と砲弾が吹き荒れる中に飛び込む事になるので、運に左右される部分が大きい。それも現実の戦場と同じだ。しかし、一対一ならば、運が絡む要素は皆無。
そんな触れ込みを耳にした朱雀は喜び勇んで、ソロデスマッチにエントリーした。そして、そこでも彼はやはり強かった。次々と試合相手を葬り、ついには最強、最異と謳われるデュエルプレイヤーと相対する運びとなった。
デュエルが行われる専用マップは大きなコンテナが遮蔽物として密林のように乱立した、縦横三十メートルの四角闘技場。薄暗い雰囲気と無数のコンテナ群を見れば、そこはアリーナというよりも、どこぞの港の貨物倉庫を彷彿とさせる内装だ。
そして、今まさに、その中を、
「くそ、くそ、くそっ!」
朱雀は必死に、逃げ回っていた。
逃げ回りながら、彼は思考する。しかし、それは戦況の打破などの殊勝なものではなく、
――何だこれ? なんなんだ? どうなってる? あいつは一体なんなんだよ!?
混乱と恐怖。実に人間らしいものだった。
朱雀が遮蔽物に隠れれば、どこからともなく苦無が飛んで来て、燻り出される。燻り出されれば待ってましたとまたクナイ。といっても所詮は投げナイフだ。何本か受けてしまっても急所でない限り死にはしない。そんな攻撃恐れるに足らない。
恐いのは、
「っくぅ!」
斬撃。
完全な死角から繰り出される超速の斬撃。
しかし、その斬撃もこれで五回目。パターン化した攻撃を喰らうほど、朱雀も温くない。
身を捻り皮一枚を削がれるが、回避。白刃が空を斬る。
そして、朱雀はその捻りを利用して、追撃する気配を見せず一気に距離を取った対戦相手に向けて、回転式拳銃を構えた。
その銃口の先には、一人の少女。
ふくらはぎの部分で膨らみ足首でしぼまった袴のようなズボン、上には和服のような七分袖の着物、鼻の上まで隠した覆面、後ろで一本に纏めたポニーテール。それは一見純和風な、まさに忍びの風貌である。しかし、彼女の忍び装束は、本来なら陰を美徳とし影を生業とするはずのそれとは違う。全体的に艶やかな紫を基調としていて、所々に光物の装飾品が散りばめられている。
そして、色彩だけでなく、その構えもまた、忍びのそれとは懸け離れていた。
朱雀と真正面で対峙し、頭は若干斜に傾げ、両足は内股ぎみに肩幅まで開き、腰を落とした前傾姿勢。肩から両肘を内へと引っ張ったような両手、そこには一振りの日本刀が握られていた。誰がどう見ても日本刀を構えるスタイルじゃない。しかし、それは誰でも一度は見た事がある構え。
それはテニスの基本的な構えだった。ラケットが日本刀に変わっただけだ。
「……くっ」
半分が隠された精悍な顔立ち。その鋭い眼光が朱雀を飄々と見据えていた。
「くそぉがあぁあぁぁ!」
罵声と同時、朱雀はトリガーを引く、引く、引く。
しかし、その直後の光景は、朱雀の恐慌を更に加速させる結果にしかならなかった。
忍び装束は動いた。右へ左へのサイドステップ、単純な反復横跳び。たったそれだけだ。それだけの動きなのに、テニスの構えからなら誰もが予想するそれだけの動きなのに。
――――六発、全ての弾丸が“躱された”。
朱雀は堅実な両手保持で、確実にリアサイトから覗き、フロントサイトで忍び装束の中心を捉えて、引き金を引いた。無論、ガク引きするようなヘマも犯していない。
「また…そんな」
忍び装束が弾丸よりも速く動くなら納得できる。それなら躱されても仕方がない。しかしその動きは決して速いわけではない。確かに機敏ではるが、常人の動体視力でも捉えられる、軽快なサイドステップ。その動きだけで、彼女は全ての弾丸を避けたのだ。
「ありえねえ……」
これはこの対戦開始から通算三度目になる弾避けだった。リボルバーで三度、即ち十八発。その数が示すのは偶然でも、勿論まぐれでもない、確実な技術の証明。
「ふ、ざけんなよ……」
とんでもない業への驚愕、そんな朱雀の心中を他所に、忍び装束の少女は、
「………もういい」
その囁くようなくノ一の声に、朱雀は我に帰った。
近くのコンテナの裏に飛び込み、彼の得物であるスタームルガー レッドホークの装填にかかる。シリンダーをスイングアウトし、バラバラと排莢して、クイックローダーを摘まみながら、
「くそくそくそくそ、クッソォ!」
彼は得物にリボルバーを選んだ事を後悔した。一瞬の隙が死に直結するデュエルにおいて、ストッピングパワー重視の大口径で、装填不良を恐れての選択だったのだが、装填数も少なければ装填にも手間が掛かる。
「……はッ」
いや、たとえ自動拳銃を選んでいたとしても、サブマシンガンでもアサルトライフルでも、きっと彼女は全ての弾丸を躱してしまうだろう。最強と謳われるからには、当然そんな得物を持ったプレイヤー達とも相対したわけで、それでも最強の座を譲らなかった事を鑑みれば察しが付いてしまう。
その事実を確信し、受け入れた朱雀は、
「は、ハハハ…ハ…」
自虐的な渇いた笑いを発して、使えない得物を投げ捨てた。そして、胸のホルスターからコンバットナイフを引き抜く。
「いいぜぇ、時代錯誤野朗ぉ。そっちのヤリ方で決着着けようやっ!」
と、虚勢を張って、コンテナの裏から飛び出した。
その瞬間、
「は―――れ?」
朱雀の頭が、真っ二つに裂けた。
脳天から首元までざっくりと、まるで柘榴のように爆ぜた頭からは遅れて真っ赤な鮮血が噴き出し、どす黒い内容物が零れ落ちる。
「だから――」
コンテナの上で、朱雀だったプレイヤーの頭上で、刀を振り切った姿のくノ一がゆっくり立ち上がり、刀を振り血飛沫を払ってから、つまらなそうに呟いた。
「――もういいと言うのに……」
朱雀のプレイヤーは、自分の分身が血に沈む様を眺めながら、ようやくそこで悟った。
もういい、…だと? そういえば、このくノ一はまったく追撃して来なかった。故意に撃たせて、態と躱した?
そこから導き出されるのは、最初から明白だった、埋めようのない力の差。
そう、このくノ一は手加減していた。朱雀は試されていた、遊ばれていた……。
朱雀のプレイヤーは自身だけでなく、控え目に、それでいて高らかと誇っていた自信まで、切り裂かれたのだった。
「……凄っ」
午後九時過ぎ、レイトタウンのタワー三階。
バトルカウンター横に設置されたデュエル観戦用エキシビジョンディスプレイの前、そこにできた人垣の熱狂の中で、皐月は瞠目していた。
昨日の約束通り、九時にタワーを訪れたカイと皐月だったが、遅れたら死刑とまで宣ったバハムート自身は堂々と遅れてやって来た。文句を言う皐月と殺気を放つカイ。バハムートは当然のようにまったく取り合わず、二人を三階に導いて、デュエル観戦を趣としているプレイヤー達が光に寄せられた蟲のように群がった煌々と輝く大きなディスプレイを示し、「見て」と一言、そして今に至る。
「あの人、話題の刀剣しか使わないプレイヤーだよっ! ってゆーか弾避けたよっ!? 在り得なくない!?」
皐月は昨日、R&S同盟にてテン煉から貰った同人誌をカイに開いて見せながら、どこか嬉しそうに言う。
カイは興味深そうに、それでいて関心した風もなく、その同人誌を眺めて、
「刀剣しか使わない、か。それで、あいつが?」
バハムートに視線を移した。
「そう。最初に接触してもらうプレイヤー、名前は“栞”」
「……?」
しおり? つい最近どこかで聞いた事があるような、ないような…、とカイは首を傾げるが、思い当たらず。深く考えるのを放棄した。
バハムートは他の対戦の中継に切り替わった画面を眺めていた。小さな丸眼鏡に反射した映像が忙しく動いている。
「ソロデスマッチ、つまりデュエルでは最強と呼び名の高い、刀剣のみを使用し上級に成り上がったプレイヤー。通り名は“紫の影、シャドウステップ”。そして二つ名がある時点で、間違いなく最上級にカテゴライズされる人種よ。スペシャルクエストに当選する資格も可能性も、十二分に持ってる」
と、言い終えた矢先、唐突に宙を仰ぐバハムート。
「私のNPPが発見。……彼女、栞は今、デュエルを終えて、白宜のバトルカウンター前に転送された。行くわよ」
言うが速いかバハムートはエレベーターに向かって歩き出す。
「ふん、便利なもんだな……」
カイは皮肉を込めて肩を竦め、皐月と共に後を追った。
白宜のタワー、そこのバトルカウンターにもレイトと同じく人だかりができていた。栞を探すのは難しそうだ、と顔を顰めるカイ達だったが、それは杞憂だった。
それは聞き覚えのある男の大声が耳に入ってきたからで、
「し、しし栞たぁーんッ! ほんとにほんとにほんとにほんとに栞たんだぁー! ち、近すぎちゃって、どうしよー」
カウンターの中央付近、横に肥えた小男が、紫のくノ一に話し掛けていた。
それは集団R&S同盟のマスターであるキングと、そして正しくカイ達の追い人、栞だった。
「………」
顔を引き攣らせるカイと皐月。うあー近寄りたくねぇー、と二人は同じ心境だった。
しかし、昨日の因縁なんて微塵も知らないバハムートは躊躇なくその二人に歩み寄る。もっとも、たとえ知っていたとしても彼女は躊躇なんかしなかっただろうが。
カイと皐月は不承不承、後に続く。
「えっとえっと、まま、まずは握手してくださいっ!」
一頻り悶えてから、キングは、ずいっと太い手を栞に突き出す。
栞は無表情でその手に視線を落とした。
そこに、
「お邪魔するわよ」
とバハムートが割り込んだ。
その突然の闖入者に不思議そうな顔をする二人。
「あなたは少し外してちょうだい。彼女と四人だけで話がしたいの」
キングを冷めた眼差しで蔑むように見据えながら、さも当然のように高慢な言葉を放つバハムート。そのいきなりの態度に口をぱくぱくさせ、反論しようとするキングだが、しかし、四人? と首を傾げ、バハムートの後方、その影のような真っ黒い姿を目の当たりにする。
「ぶ、ブブブッブ、ブラックレイ! …さん」
その声に、ディスプレイに釘付けだったプレイヤー達も振り返り、ざわつく。
バハムートはその様子を見て、黒い凶戦士の呼称を利用するという自身の策が功を奏した事を悟り、不敵に微笑む。
「そうよ。こちらにおわす黒い凶戦士様が仰ってるの、下がりなさい」
嫌そうに顔を歪めるカイ。呆れたように腕を組む皐月。
そして、その黒い凶戦士を興味深そうに注視する栞。
キングは怯えきった様子で、チラチラとカイを窺っていたが、しかし、彼なりに精一杯の勇気を振り絞って、
「……いやだ」
「何ですって?」
「い、嫌だおっ! ぼ、僕が先にっ、話し掛けたんだおっ! しし、栞ちゃんは僕と話すんだおっ、僕と一緒に遊ぶんだおうぅッ!」
と声高に宣った。
バハムートは眼鏡の縁を押さながら、ふぅん、と冷酷に呟く。
「あなた、その台詞は黒い凶戦士への宣戦布告と受け取っていいのね? もうタウンの外を歩けなくなるわよ。いえ、タウン外だけじゃない、この世界の何処にもあなたの居場所はなくなるわ。あなただけじゃなく、親しい人間から順に居なくなって、最後はあなた独り、常に彼の影に怯える事に――」
「おい」不機嫌そうなカイの声がバハムートの呪詛を止めた。「人聞きが悪い事言うな。別にそいつの後でもいいだろ。話しぐらいさせてやれよ」
「黙ってなさい。彼の変態クランには色々と迷惑してるのよ」
迷惑? と首を傾げるカイと皐月だが、昨日の“白宜の百合”こと、テン煉を思い出して、納得し、黙る事にした。
「とにかく、速く失せなさい。私達は彼女に大事な話があるの」
「イヤだいイヤだいっ! ぼ、僕が栞ちゃんとお話しするんだいっ」
凄むバハムートに、一歩も引かないキング。
しかし、そこで、口論の原因でありながら、まったくの蚊帳の外だった栞が、
「……失礼する」
ぎりぎり聞き取れるほどの声で呟いて、二人の間をすり抜け、エレベーターに去ろうとする。
「ああっ! 栞ちゃんっ! 待っておぅ」
キングは情けない声で呼び止めるが、栞が止まる気配は一向にない。
カイはしばらく迷ってから、その背中に向けて声を掛ける。
「おい、あんた。気持ちはわかるが、話を聞いてくれないか。すぐに済むからよ」
「………」
キングの制止にはまったく応じなかった栞が、なぜかカイの声にはピタリと足を止め、振り返り、そして再びカイをまじまじと凝視して、戻って来た。
「ガ、ガガーーーーンッ!」
声に出してショックを表現するキング。しかし、すぐに「あれれ?」と首を傾げた。
話を聞きに戻って来たと思われた栞だが、なぜか四人の脇を素通りしたのだ。そして、カウンターの正面に立ち、受付嬢のNPCと二、三会話をして、首だけで振り向き、その視線の先にカイを捉えながら、一言。
「……ESオフィシャルデュエルサーバー14」
青い光りに包まれ、消えてしまった。
暫くの沈黙が続き。
「ハァ…さすが最上級。生え抜きの変人。揃いも揃って理解の斜め上を絶賛唯我独尊中ね」
バハムートが溜め息混じりに言った。
カイはその明らかに自分へ向けられた皮肉に鬱陶しそうに舌打ちで応える。
「で、あれ何なんだ? あの忍者モドキ、バトルサーバーに行ったんだよな。かかって来いって事か……?」
栞の難解な言動が理解できず眉を顰めるカイとバハムート。
しかし、意外にも最初に解答を導き出したのは皐月だった。
「たぶん来いって事だよ。彼女、極度の口下手で、自分が強いと認めたプレイヤーとしか話さないみたい」
「はぁ? 何だそれ。なに情報だよ」
「コレ情報」
ズイッと先の同人誌を突き出す皐月。
「……じゃあ何かい。戦って勝たないとあいつは話すら聞いてくれないのか?」
「うん、たぶんだけどね」
バハムートは呆れたように首を振る。
「成程、彼女なりに個性を演じてるってわけ。…FPSでロールプレイ、このゲームならではの遊び方ね」
めんどくせえなぁおい、とカイが頭を掻いた時、
「イ、ESオフィシャルデュエルサーバー、じゅ、14ッ!」
どもった男の声が響き渡った。
見ると、カウンターの正面、キングが青い光りの中で転送されて行く。
そう、皐月の持つ同人誌はR&S同盟から得た物だ。それに記された情報をR&S同盟のクランマスターであり栞のファンでもあるキングが知らないわけがない。
「先を越されたわっ」
あくまで無表情に口調だけ苛立てるバハムート。
カイと皐月は肩を竦め、カウンター横のディスプレイでキングと栞の決闘を観賞する事にした。
デュエルが執り行われる専用マップの正式名称は1on1.DM.A。
もっとも、いちいち頭に正式なんて付けなくてはならない事からわかるとおり、その名称で呼ばれる事はほとんどない。四方闘技場、もしくは単に闘技場と呼ばれている。
その闘技場の南北、対辺上に栞とキングは転送された。
一人対一人のデュエルにおいてはオンラインFPSお決まりの他のプレイヤーの読み込み待ちは存在しない。
転送された直後、五秒のカウントダウンの後、死合い開始のゴングが鳴った。
しかし、いくら決闘といっても、互いに遮蔽物の陰に隠れた状態で始まるこのソロデスマッチは西部劇よろしくな早撃ち対決には成り得ない。遮蔽物に隠れ、出て、撃って、撃たれて、再び隠れる。それがデュエルでのベターな戦いだった。
そして、
「し、しし栞ちゃん栞たあん、し・お・り・たぁーーんッ! ぼぼ、ぼくとっ、ぁ、あっそびぃましょおォォ!」
薬物中毒を疑われても文句は言えないような狂声を発して、キングもそのベターに遵って、動いた。
身を屈め、遮蔽物から遮蔽物へ、標的への最短距離を安全重視で駆け抜ける。その様は戦い慣れた玄人のそれだ。先程までの情けない男の動きとは到底思えない。
彼、キングは、色物集団であるにしても、それでもそこのクランマスターである。クランを創設するぐらいの甲斐性と、クランを束ねるほどの実力は持っているのだ。そんな彼でも階級は中級。しかし、それは彼のプレイスタイル、FPSではなく単なる仮想現実としてFalse Huntを楽しむ、つまり戦闘行為への興味の低さが原因として挙げられるだろう。
「ブブ、ブラックレイなんかよりさっ、ぼぼ、僕と、ぼくが勝ったら、ううん、ま、負けても、ととにかくぼくと、遊ぼうよおォォ!」
戦闘への興味が薄いといっても、それは戦闘にモノが懸かると違ってくる。
モノとは即ち、False Huntの美少女キャラクター。
この場合は、栞。
栞への執着が彼を狂わせ、速く、強くした。
「どこっ? 何処どこドコッ!? 栞たんどこっ!?」
キングの持つ得物はストライカー12。通称、ストリート・スイーパー。
バレルを切り詰め、ストックを除いたそれはキングの外見同様、ショットガンにしては小さく、丸く、太かった。しかしそれは外見だけで、その実は十二発の12番口径マグナム散弾をセミオートで撃ち出す、まさに掃除屋。実に凶悪な代物である。爆発物の使用が禁じられ、近接戦闘が主となるこのデュエルにおいては、オートショットガンが最も火力があり有効な銃器と言っても過言ではない。
しかし、結果から言えってしまえば、それが鉛粒を吐き出す事は終になかった。
「あれ? し、栞たぁーん!? あれれっ!? しし、しおりたぁんっ!?」
キングは完全に栞を見失っていた。
対辺から対辺へ移動したはずなのに、栞の姿は何処にも無い。この狭い闘技場で相手に向かって進んだのにかち遭わなかったとしたら、すれ違ったとしか考えられない。
「あっ! か、かくれんぼだねっ栞たんっ! が、がんばって見付けちゃうおおぉぉっ!」
右往左往と、遮蔽物の密林を駆け戻るキング。次第にその動きから慎重さが消え失せ、大胆になる。
そして、中央付近のコンテナ、そこを通り過ぎようとした。
刹那、
キングの背後、まるで彼自身の影が紫に伸びたかのように、コンテナの真上から陰が跳び降り、
「――――あ…う」
着地と同時、くるん、と舞う。
「しおりたん…みっけ…」
キングは日本刀を振り切った凛とした栞の姿を、実に美しい紫のくノ一の姿をようやく視認することが叶った。
首筋から夥しい鮮血を迸らせながら。
「……やっぱ凄っ」
その死合いを見えて、皐月は再びを息を飲んだ。
バハムートもその一部始終をただただ黙って見入っていた。
周りの観戦客達も各々の感想としてささやかなざわめきを漏らす。
しかし、唯一カイだけは、息を飲む事も見入る事もなく、どうでもよさそうに、
「へぇ…、あの変態クランのマスター、意外と動けるじゃん」
と栞ではなくキングへの感想を呟いた。
「いやいやいやいやっ! 確かにあの人もある意味凄かったけどさっ。見るとこソコじゃないでしょ!?」
「あ? 他にどこ見るトコがあったよ?」
すかさず突っ込む皐月に、カイは肩眉を上げて言った。
確かに栞の動きにも眼を瞠る物があった。だがディスプレイで俯瞰的で見れば、それは実にわかり易いものだった。
試合開始とほぼ同時、栞は目前のコンテナの上に跳び登ったのだ。そして発見されないよう、コンテナからコンテナへ、死角から死角へ跳び移り、キングが通り過ぎたのを確認して中央のコンテナの上に移動。後は、獲物が真下を通るまで、待ち、である。
遮蔽物は隠れるための物であり、決して登る物ではない、そんな戦場の常軌がキングの頭上への警戒を怠らせたのだ。更に加えて、薄暗いあのマップには暗黒の忍び装束よりも、彼女の紫が良く馴染む。栞は先の朱雀とのデュエルでも、同じように死角へと移動し、クナイや斬撃を放っていた。
戦闘の常軌とデュエルでのベターを逆手にとった、まさにデュエル専用マップならではの、一対一ならではの、非常に冴えた、しかし、タネが割れれば実に明快な戦法だった。
もっとも、その戦法は見よう見まねの一朝一夕で体得できるようなモノではない。
デュエルだけを、その戦い方だけを、その動きだけを、只管に病的に追求してきた栞だからこそでき得る神業と言えるだろう。
「……そうだな。ま、刮目しなくちゃならない所があったとするなら、あの変態、キングの持ってた得物だな」
「は? あの変な丸っこいの? 珍しい鉄砲に鉄砲オタクの血が騒ぐぜ、的な?」
「鉄砲言うな……。それにそんなのでいちいち血は騒がんよ。……俺が言いたいのは最初に見たリボルバーは分殺で、ショットガンのキングは秒殺したって所だ」
その意味不明な台詞に首を傾げる皐月。怪訝そうな顔をするバハムート。
「初心者に言っても無駄か……」とカイは首を振った。
それに対しバハムートは鼻を鳴らして、
「ま、どうでもいいけど、とにかく何らかの策があるようね。だったら」くいくいっと親指でカウンターの方を指す。「行きなさい、その策を試しに。彼女が強いと認めたプレイヤーとしか話さないなら、認めさせてあげるまでよ」
「チッ……。あの忍者モドキとは戦ってやる。が、いいか、俺はな、決してお前の部下じゃ――」
カイがそんな風に文句を言おうとした時、
カウンターの正面に青い光りの輪が出現し、その中からキングが現れた。
惨敗、否、斬敗し戻ってきた彼は、
「………」
あんぐりと口を開きながら、ぽかんと宙を見詰め、まさに放心状態だった。
「ふん、ざまぁないわね」とまるで自分の手柄のように毒づくバハムート。しかし、
「……ぐふ」キングは不気味過ぎる笑い声を発する。「ぐふふふふ、ぐっふっふっふっふっふ! ししししし、しおりたんっ! やっぱり栞たんは最高だッたオッ!」
そう叫ぶと、スキップしそうな勢いで、いや、実際にドッタドッタと不恰好なスキップをしながら、エレベーターの中へと去って行った。
どうやら、会話こそできなかったものの、一緒に遊べた(殺し合えた)という事実だけで彼は満足したようだ。
「………」
もはやキングの予測不能な言動は周知の事実、三人はただただ冷たい無表情でそれを見送った。
ややあって、唐突にカイはエレベーターの方へと歩き出す。
その背に向けて、あら? とバハムートが声を掛ける。
「戦うんじゃなかったの? 黒い凶戦士ともあろうお方が、まさかの敵前逃亡?」
その露骨な挑発の言葉に、エレベーターに乗ったカイは振り返りもせず後ろ手で中指を立て、
「黙れ。……すぐ戻る」
エレベーターのドアが閉じた。