第八話:不穏な影
深緑が生い茂る密林。
何処からともなく鳥とも獣ともつかない鳴き声が聞こえてくる。
日はとっくに落ちてしまっていたが、異様に近い大きな月からの白光が森林に降り注ぎ、辺りは優しげな明るさに包まれていた。
その密林の拓けた場所、青く光る球体が宙に浮いていた。その球体の正式名称はポータル。
ターミナルから転送された場合このポータルから出現し、ポータルからは最寄のターミナルへ転送される。ポータルはレイス上を三キロ四方に区切った間隔で点在しており、それにより各地へのスムーズな移動が実現されている。しかし、そのポータルには問題点があった。それはプレイヤーキラー。PKと称されるそれはプレイヤー同士の殺害行為を意味する。
しかしながら、False HuntはFPSと呼ばれるジャンルに分類されるオンラインゲームだ。オンラインFPS全般に言えることだが、本来プレイヤー同士の戦闘行為が売りのゲームのはずである。実際に、というか当然に、バトルと呼ばれる専用エリアでのエントリーしたプレイヤー同士の戦闘は正式に公認されている。
対してPKと呼ばれるのは“非正式”な殺傷行為。正式と非正式の境目、それは行われる場所にある。
False Huntではタウンでの他のプレイヤーに対する一切の攻撃行為が禁止されている。禁止されているというより仕様上不可能なのだ。タウン内では他のプレイヤーに銃口を向ける事すらできない。しかし、それはタウンだけでの話。タウンの外は違う。銃を構える事も、撃つ事も、勿論射殺する事も可能。
そうなれば悪しき事を考える者が出てくるのは人の世の常で、単独でPK行為に勤しむ者、徒党を組んでPK行為を愉しむ者達がFalse Huntには数え切れないほどいる。
――タウン外に存在し、プレイヤーの出入りが激しいポータルは、そんなPK達にとって絶好の狩場というわけだ。
そして、今まさにそんなPK達の毒牙に掛かろうとしているプレイヤーが一人。
ポータルの周りには死体があった。その数は三。身体のあちこちに生々しい銃創が見える。大口径の銃弾に抉られ、破裂したような銃創だ。
その死体に囲まれるように、一人の少女が立っている。
「んっふっふ」
少し離れた位置にいた一人の男が、嫌らしい笑みを浮かべながらその少女に近付く。「とっとと消えろよ、ボケッ」なんて悪態を吐きながら死体を蹴り飛ばし、少女の目の前に立った。
その男は細身の長身。醜悪なまでに跳び出した頬骨と窪んだ眼窩、そしてその体格と顔付きから連想されるシンボルが男の顔に描かれている。髑髏だ。白と黒を器用に使い分けた不気味な、見る人の趣味によっては格好良いとも言える髑髏のフェイスペイントが男の顔には施してあった。ショルダーホルスター、ヒップホルスター、レッグホルスターには細身の男にあまりに不釣合いな大型の拳銃が一丁ずつ差さっている。
「ダメだよぉ、お譲ちゃん。こんなとこ通ったら悪いお兄さんに捕まっちゃうよ?」
髑髏男は少女の頭をぽんぽんと叩きながら言う。
その男の後ろには二人の男が腕を組んで立っている。横にも縦にも巨大な男と、その逆の小男、その二人もにやにやと醜く顔を歪めている。
「しっかしこのゲーム、ここまでリアルなのにエッチな事できないのが残念だよなぁ」
髑髏男は少女の身体を上から下まで舐め回すように観察する。
その少女は本当に幼かった。少女や少年という形容は広い範囲で適用されてしまうので、彼女の場合は幼女と言ったほうが妥当かもしれない。小学生低学年といった感じだ。
「や、やめて、た助けて……」
幼女は上目使いで髑髏男を見上げながら身を震わせる。
「…こ、殺さないで。…今、クエスト中なの、やっと仲間を見付けて、クリアできそうなの……」
幼女は今にも泣き出しそうだ。しかし、その反応が逆に髑髏男の嗜虐欲を加速させる。
「んふふふふっ! いいねぇ、たまんないねえっ。んっふっふっふっふっふっ。そうかいそうかい」髑髏男は大袈裟に頷きながら続ける。「仲間は大切だよねぇ。お兄さん達も仲良しなんだよ。今も一緒に初心者狩って遊んでたんだ。だからさ――」
ここで、男はショルダーホルスターから大型のリボルバーを素早く抜き、幼女の額にコツンと、銃口を当てた。
「――いい感じに狩られてくれるかな?」
幼女は一歩後退り、俯いてしまう。
フードに隠れその表情はわからない。怯えているのか、泣いているのか。否――――笑っている。
ゆっくりとその唇の両端が持ち上がり、途端、幼女の放つ雰囲気が豹変した。
その様子に髑髏男は怪訝そうに首を傾げる。
それに対して幼女は呆れたように嘆息し、
「……見た目通り醜悪な奴らね」
徐に腕を持ち上げ、指を鳴らした。
次の瞬間、状況は一変。
周囲の草木からプレイヤー達が飛び出してきた。その数は十、いや、二十。
色や種類はばらばらだが一律に戦闘服を着込み。同じく統一性のない銃器で武装したそのプレイヤー達は、少女を守るように素早く展開。髑髏男達に銃口を向け、取り囲むように寄って来る。
「なっ!? なんだよ、てめーら! なんなんだよ!?」
髑髏男はリボルバーをそのプレイヤー達に向けるが、如何せん、数が多過ぎて誰に照準すればいいのかわからない。精神の狼狽が愚直なほどに銃口の振れに表れていた。
「やれやれね。見逃してあげるつもりだったんだけれど……、そっちがその気じゃあ仕方ないわね」
取り乱す男達を見て、幼女は冷笑しながら言う。
「――――!」
髑髏男は言葉を失った。
幼女の顔からはもう幼さや弱さは微塵も感じられない。死に逝く者を嘲笑う死神の顔だ。死神が髑髏を見て、笑っている。そんな相貌を目にしてしまっては、もう彼女の事を幼女なんて形容できない。
「消えていいわよ。タウンの監視に戻りなさい」
彼女がそう言うと、足元に転がっていた、髑髏男が撃ち殺した三つの死体が計ったような正確さでまったく同時に青い光に包まれ消えていく。まるで彼女の指示に従っているように、否、まるで彼女が操作しているように――――。
その完璧な同調は、本来個別に自我を持つはずのプレイヤーでは絶対に在り得ない。
「っ!? ……お、おい。お前、なにもんだ?」
しかし、その問いに、
「どいつもこいつもなにもんなにもんって、バカみたい。みたいっていうかバカ確定ね。もし世界に――、ああ、これはもう言ったわね……」
と意味不明な事を口走りながら、不意に彼女は右手を上げた。
途端に彼らを囲むプレイヤー達の構えが変わる。それもまったく同時、訓練された兵士、というより機械のような正確さで、銃を前に突き出した、立射ちの理想的な姿勢。
彼女の右手が射撃開始の、処刑開始の号令だと、一目でわかる。
「ひ」
髑髏男は小さな悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。銃口を向けられた事に対してではない。彼女の表情の変化を見てしまったのだ。これから殺傷する対象を視るその瞳に宿るのは殺意ではなく、敵意ですらない、ただただ暗く深い闇。深淵のような完全なる“虚無”。
「こ、殺さ、ないで」
その圧倒的な無の恐怖は髑髏男の精神を蹂躙し、ここがゲームの内である事を忘却させるほどだった。失禁という行為がゲーム内で可能ならば、髑髏男はそれをしてしまっていただろう。
最初とは状況が逆転。今や髑髏男達の生殺与奪の権は、か弱い幼女を装っていた彼女の手中。
彼女は薄い唇を平たく結んだまま、その手を振り下ろそうとした。その時、
「――――」
不意に何かに反応するように虚空を仰いだ。
「うふ、うふふふふっ」彼女はまた楽しそうに冷笑し、髑髏男を見下ろす。「あなた達、運がよかったわね。いい情報を教えてあげる」
――――彼女の、“白いローブを着て、丸い眼鏡を掛けた”彼女の顔が邪悪に歪んだ。
カイと皐月は夜中の密林を歩いていた。
天には大きな月が太陽の如く輝いているが、二人の頭上には背の高い木々が幾重にも茂り、その月光が地面に達する事はない。よってあたりは暗闇とまではいかなくても灯りなしでは歩けない明度だ。
「ねえ、今度はどこに行くの?」
皐月は注意深く足元をライトで照らしながらカイに訊ねる。
「ヘルブリッジを探してる」
一方、カイは皐月の方を見もせずに応じながら、草木を掻き分け突き進む。その顔が覆面で隠されているのは当然だが、見慣れないものが装着されていた。複眼の第三世代暗視装置だ。甲殻虫のようなレンズ状のちっぽけな眼が時折不気味に反射する。
「スペシャルクエストの? ここにあるの?」
「わからんから探してんだよ」
振り返り、ぶっきらぼうに応じてから、また歩き出すカイ。
「み、見付けてどうするの? 手掛りでもあるの?」
「わからん。けど他に手掛りはない」
また足を止め皐月を一瞥し、進み出すカイ。
なぜか皐月はカイの顔を見る度に吹き出しそうになる。
「ESに電話してみたり掲示板に書き込んでみたりしたが、情報は得られなかった。手前でなんとかするしかないって事だ」
「わかったけど……。それ外してくれない? 過剰装飾っていうか、面白過ぎるよ。その顔」
カイはまたまた振り返り、唯一露出した口をへの字にする。とうとう皐月は耐え切れず吹き出した。
カイの姿で別に笑う所はない。むしろ常軌で考えたら恐怖するべき形相なのだが、それでも皐月は口を押さえて笑い声を上げる。どうやら独特のツボを持っているようだ。無論、カイに笑わすつもりは皆無なので不機嫌そうに言う。
「……これはこういう格好するゲームなんだよ。お前こそライト消せ。目立ち過ぎる」
「こんな森の中で誰に見付かるっていうの? クエスト中でもないし、会うとしたら他のプレイヤーなんでしょ。敵じゃないじゃん」
「そのプレイヤーが味方とは限らないだろ」
「さっきの岩山みたいな? なに? カイって他のプレイヤーと会うたんびにあんな殺し合いしてるの?」
「そういうわけじゃないが、警戒は安全の母ってな」
「それにしてもそこまで警戒しなくても。このゲーム死んでもペナルティないんでしょ?」
「クエスト中なら失敗になる、対戦中ならスコアに響く。でも今みたいに散歩してるだけってんなら正式なペナルティはないな」
「正式な? プライドとかの問題?」
はっ、とニヒルに鼻で笑うカイ。
「そんな陳腐な問題じゃない、もっと現実的だ。PKつってタウン外でプレイヤーを狩って遊んでる奇特な連中がいるんだよ。その連中に目付けられると獲物リストに載るんだ。そうなったら他のPK共にも知れ渡り徹底的に狙われる。もっとも、俺はとっくに狙われてるがな」
「えっと、つまり……?」
考えるように首を傾げる皐月を見て、カイは嘆息する。
「つまりいじめっ子に会ったら殺すか殺されるか、二者択一って事だ。どうせ殺すならスマートに殺したいだろ。さっきの岩山みたいに先に発見されると仲間を呼ばれる。そんな無様な乱戦は面倒だからな。だから俺は警戒してる。先手必勝、見敵必殺ってやつだ」
「ふーん。……なんか殺伐としたゲームだね」
「だからそういうゲームなんだよ。現実の戦争とかわらんさ――――っと。ふん、噂をすれば、だ」
カイと皐月が足を止めたその少し先、拓けた土地に青く光る球体、ポータルが浮かんでいた。そのポータルを囲むように三人のプレイヤーが立っている。一人は大男、一人は小男、そしてもう一人は髑髏のフェイスペイントを施した細身の男。
まだカイ達の存在に気付いていない。
「……」
カイは無言でナイトビジョンゴーグルを外してから、ライフルを構える。ナイトビジョンゴーグルを装着したまま、小銃の照準器を覗けるのはアンリアルなゲームだけだ。拳銃ならともかく、銃床への頬付けを行わなくてはならない小銃射撃ではナイトビジョンゴーグルは邪魔にしかならない。故に暗視照準眼鏡という物が存在する。
そしてカイは膝射ちの構えを取った。全ての所作がゆっくりとした一連の流れ。まさに獲物を見つけた狩人そのものだ。しかし、リアサイトを覗いた瞬間、皐月に銃身を押し下げられた。
「ちょっとっ! 何する気?」
「こっちの台詞だ。手をどけろ、撃てない」
「撃たなくていいのよっ! まだそのPKだって決まったわけじゃないでしょう」
「はっ、おいおい。あいつらの異様な格好見ろよ。どう見ても悪役だろ」
実に剣呑な黒尽くめで、不気味極まりないバラクラバを被ったカイが、そこから覗く目と唇を邪悪に歪める。
「カイが言っても全然説得力ないからっ! とりあえず話してみよ。私が行くから」
盛大に突っ込んで皐月は歩き出す。カイは嘆息しながら頭を掻いて後を追う。
二人が林から抜けるとすぐに三人の男達は反応した。各々の得物を二人に構える。皐月は恐怖に肩を揺らしながらも、なんとか表情を作り両手を挙げて無抵抗を示す。それが効いたのだろうか、意外にも男達はゆっくり銃を降ろした。
今まで見敵必殺を繰り返してきたカイは、こんな茶番が通じるもんかい、と若干感心しながらも冷静に敵の戦力を見切って“問題ない”と判断した。
「こんにちわー。あ、こんばんわですかね。テヘッ」
皐月は白々しく間違えて、ペロッと舌を出す。
不審に思うぐらいの馴れ馴れしさだ。それじゃ逆に怪しまれて然るべきだろう。しかし、男達は反応しない。その視線は皐月ではなく後ろに控えたカイに集中している。
髑髏の男が歩み出て、口を開く。
「んっふっふっふっふ! まさか本当にくるとはなぁ。おい、あんたブラックレイだな」
その台詞にカイは目を細め、皐月を脇に押し遣って応じる。
「だったらなんだ?」
完全に無視された皐月は不機嫌そうに唇を尖らせるが、カイの口調に緊張を感じて素直に一歩下がった。
その様子を見て髑髏男は怪訝そうな顔をする。
「ブラックレイに彼女がいたなんて初耳だぞ」
「べべ、別に彼女じゃっ……」
と言いかけて、皐月は俯いてしまう。若干頬が赤い。なにキャラのつもりだ、とカイは激しく思ったが空気を読んで何も言わない。
「ふん、まあいい。俺はソード・オブ・カオティックのガンスリンガー、G・G・Bだ!」
髑髏男はビシッと親指で自分を示す。
「だからなんだ?」
しかし、カイの反応は冷やかなものだ。
「……乗り悪りぃなぁ。あ、もしかしてソード・オブ・カオティックを知らねぇのか?」
「知らねえな、知りたくもない。忙しいんで失礼するよ」
カイは足早に進もうとするが、GGBと名乗る男に回り込まれた。
「そうはいかねえ。こっちは暇で暇でしょうがねえんだ。相手になってくれよー」
カイは諦めたように腕を組み「やれやれ面倒な……」と呟いて首を振る。
「このゲームで最大のクラン、カオスインテルを知らねえとは言わせねえぜ。その斬り込み隊がソード・オブ・カオティックだ。そしてそこに第六席、ガンスリンガー、拳銃使いのGGBとは俺の事よ。そして――」
訊いてもいないのに自己紹介を始めたGGBだが、
パパン
乾いた銃声に遮られた。
「「え?」」
その重なるような二発の銃声に、皐月とGGBの声も重なる。二人は何が起こったか理解できない。
気が付くとカイがハンドガン、ベレッタ M8045を構えていて、GGBの後ろに控えていた二人の男が後頭部から血煙を噴き出し、膝を折る最中だった。
カイの脇の虚空で全長十九ミリの二つの空薬莢が踊っている。
「っ、くぅ!」
状況を理解したGGBは咄嗟に右手でショルダーホルスターからリボルバーを抜こうとするが、遅過ぎる。その手が拳銃に触れる前に、カイは銃口を振り、引き金を切る。
「ぐあ」
GGBの右手首から夥しい鮮血が迸る。
「くっそ!」
左手をヒップホルスターに伸ばすがやはり遅い。否、GGBが遅いのではない、カイが速過ぎるのだ。GGBが音速ならカイは光速。それほど比較にならない埋めようのない差があった。
今度は左肘をカイに撃ち抜かれる。両手を封じられ完全に無力と化したGGBだが、それでもカイは止まらない。そのままの流れるように両膝を射抜く。
「ひっぐぅー」
GGBは惨めに尻餅をつく格好となった。
はっ、とカイはその様子を嘲笑う。
「それで拳銃使いなんてよく吹けるな」
「畜生っ! 不意打ちなんて卑怯だぞ!」
「卑怯? ははっ、卑怯ってか? 早撃ちの対決でもするつもりだったのかい。言ったろ、俺は忙しいんだよ」
四肢から出血するGGBの精一杯の恫喝をカイはニヒルな笑みであしらい、GGBの額に銃口を固定した。
「じゃあな。あ、一つ聞き忘れた。最初の口振りから察するに、あんたら俺を待ち伏せしてたんだろ。俺がここに来るって、なんでわかった? 誰かに聞いたのか」
「……お、教えるかよ」
GGBの目が露骨に泳ぐ、カイの質問から逃げるように、何かやましいことがあるように。
カイはその違和感に気付きながらも、しかし、どうでもよさげに溜め息を吐き、
「あそう。じゃ、死ねよ」
その瞬間、GGBは恐怖した。カイの瞳の奥を覗いてしまったのだ、その斑に濁った瞳に映るのは敵意や殺意ではなく、ただただ暗く深い闇。まるであの白いローブを着た彼女のような。
「あ。あぁあ、待っ――」
恐怖に上ずった声を上げるが、目の前の銃口から閃光が迸り、GGBの意識は途絶えた。
ばしんッ、とGGBの後頭部が裂けし、腐った豆腐のような色をした脳漿が鮮血と共に地面に散らばる。
その光景を目の当たりにし、ようやく理解が追い付いた皐月は、
「う」
小さな呻き声を上げて停止してしまう。
カイは硝煙が燻るハンドガンの撃鉄をゆっくりと落とし、ホルスターに収めながら、固まった皐月を眺めて嘆息した。
「やれやれ、こんなんで吐いてたらやってけんぞ……」
五分後、皐月は息を吹き返した。カイはポータルの横にあぐらを掻いて、そんな皐月を見ている。
「よう、すっきりしたかい?」
「なんで、……なんでいきなり撃ったのよ!」
「いや、なんでって」
「ありえない、……ありえないから! 喧嘩っぱやいにもほどがあるわ!」
皐月はヒステリックを起こしながらカイに詰め寄る。
「……言ったろ。あいつらはPKだ。殺らなきゃ殺られてた」
「でもっ、でもこんなの、酷過ぎる……」
皐月は俯いてしまう。そこにはもう死体はないが、生々しい血の跡が残っていた。
カイはその視線に気が付き、
「設定で残酷表現オフにすれば血とか肉片は表示されなくなるぜ。知ってた?」
気を利かせたつもりで言ったのだが、
「そういう問題じゃない!」
皐月はポータルに駆け込んでしまった。
一人残されたカイはまた頭を掻いて、「……わけわかんねぇよ」と心底ダルそうに呟き、ログアウトした。
この一連の騒動。
それを遠方で見物していた一つの影。
深緑に浮かぶポータルを一望できる切り立った断崖の上で、
「……ふぅん」
彼女は双眼鏡から目を離す。
「相変わらず、腕だけは悪くないわね」
それは騒動の引き金、GGB達を嗾けた張本人である一人の少女。
彼女は暗幕に穿たれた覗き穴のようなぽっかり浮かぶ月を見上げ、我が子の問い掛けるような優しげな口調で、
「あなたは、いったいどこまで進化したの? ……ERvo」
それでいて、ひどく虚ろな表情で呟いた。