プロローグ
灰色の空、砕かれ煙を放つ木々、抉られた大地、焼け焦げた戦車の破片。
五分前までここは戦場だった。
黒煙を上げる戦車の上、二つの人影が並んで座っている。
一人は濃紺の作業服を着た女性。その作業服は上下が一体になっているツナギタイプで、サイズが合っていないのかダブダブだ。頭にも同じく濃紺のニット帽を浅めにかぶり、左右に分けた長い前髪から凶暴そうな眼が覗いている。凶悪と言い換えてもいいその瞳には、どこか活発な雰囲気がある。よくツリ目の事をキツネ目などと比喩して言うが、彼女のそれは動物に喩えるならまさに蛇のそれである。
もう一人は黒尽くめの青年。漆黒の戦闘服に身を包み、黒い覆面で顔を隠している。覆面から覗くその眼は女性とは対照的、覆面の外からでもわかるほどの目の下のクマ、どこか虚ろで哀しげな、それでいて漆黒の瞳の奥はどこまでも透き通っている。女性に倣い動物に喩えるなら、狼と言ったところか。
対照的でいてどこか似ているその二人は共に何を見るわけでもなく、ただ遠くを見つめていた。
「世の中にはいろんな人間がいる」
唐突に、ニット帽の女性は遠くを見つめたまま、呟いた。
「は?」
青年は女性の突然の言葉を理解できず不審の表情を送った。しかし女性の真面目な横顔を見てすぐに視線を遠くに戻す。
女性は淡々と続ける。
「平々凡々に日々を送っている人間、他人のために自分を犠牲にする奇特な人間、平気な顔をして人を騙す詐欺師という人間、自分以外の人間を殺す殺人者という人間、自分の大義のために人間を殺すテロリストという人間。本当にいろんな人間がいる」
「まぁそうだな……十人十色ってやつだろ」
青年はいかにも適当な口調で応じる。女性の言葉が独白なのか自分に向けられたものなのか、わからなかったのだ。
「そうね。でも言いたいことはソレじゃない」
意外にも女性は青年の発言に反応した。どうやら独り言ではなかったらしい。
「じゃあ、ドレだよ?」
「所詮は全て人間よ」
「………」沈黙で答える青年。
「どんなに偉かろうが、バカだろうが、ぜーんぶ同じ人間」
当たり前な既定事実を述べるように、酷く抑揚を欠いた声色で女性は話す。
「みんな、寝て、起きて、くだらない事を考えて、また寝る。人間はそうやってこのくだらない世界で生きている。勿論、あなたも」
青年は女性を直視し怪訝そうな表情を浮かべた。覆面を被っているのでその表情は些かわかり難いが。
「何が言いたい?」
青年の問いに女性は即答する。
「だから人間の事なんて気にするものじゃない、所詮はおんなじ人間なんだから」
その顔は無表情、だがその声には恐ろしいほど冷酷な響きがあった。
しばらく沈黙していた青年は突然、
「ははっ」
堰を切ったように笑い出す。
不審に思ったのか、女性もここで初めて青年を直視した。
「はっはっはっはっはっはっは! なるほどな。じゃあ、アンタが今言った事も気にしないよ」
それを聞いた女性は一瞬呆けた様に青年を見つめ、そして今までの無表情が嘘だったように無邪気な笑顔で笑い出した。
「あは、あはははは! あなたが初めてよ、私の話を芯まで理解してくれたのは。似た者同士なのかもね」
「はっ、そうかもな」
「あなた、名前は?」
青年は考える、というよりも少し迷う様に間を置いてから、答える。
「……エクスレイ。X・‐・R・A・Yでエクスレイだ」
アルファベットを区切り丁寧に伝える青年。
その言葉に女性はなぜか嬉しそうに驚く。
「え? もしかしてフォネティックコードが由来?」
「よく知ってるな。その通りだ」
「うふ、うふふ、凄い! 凄い偶然ね。私もそうなの、私の名前はズール、Z・U・L・Uでズール!」
「本当かい! 凄いな」
青年も覆面越しにわかるほど驚いた表情で応じた。
女性は戦車から垂れた脚を子供の様にぶらつかせて笑っている。その様子は本当に少女の様に無邪気で、幼稚で、馬鹿っぽかった。さっきまで人間がどうこう言っていた者と同一人物とは思えない。
そして、とびっきりのアイディアを思いついたような笑顔を作り、口を開く。
「ねぇ、私たちで、クラン作らない?」
「はぁ? いきなりだな」
青年は一瞬戸惑ったが少し考え、
「……いや、それも、いいかもな」
「PM」
「は?」
「クランの名前よ。フォネティックメンバーの略でPMって名前はどう?」
勝手に話を進める女性に少し呆れた青年は「いいんじゃない」と面倒くさそうに言う。
青年の露骨に適当な態度を気にする様子もなく、女性は楽しそうに話し続ける。
「名前がフォネティックコードの人を探して勧誘するの」
「アルファ、ブラボー、チャーリーってか? そんな奴他にいねぇだろ」
「だったら、適当に強い人を探して名前を変えさせるのよ」
「無茶苦茶だな………」
この会話から三ヶ月後、彼らは文字通り伝説になった。
これから語るのは二つの世界の話である。そう、話だ。物語なんて大層なものではなく、どこにでもあるようでない普通で異常な話。
二つの世界は鏡に映し出された虚像のように類似しているが、まったく異なる。
一つは最低につまらなく、退屈で、平凡で、醜悪なほど不変な世界。
一つは最高におもしろく、偏屈で、非凡で、狂気なほど異質な世界。
一つの世界が存在しなければ虚像の世界は存在できない、
しかし虚像の世界が存在しなくても片方の世界は存在できる。
一つの世界は不用だが不可欠で、一つの世界は有用だが不必要。
そんな矛盾と道理を孕んだ二つの世界の話である。
この小説は長編です。
作者は三人称の文体に不慣れなため、非常に読み難いかと思いますが、できる限り努力しますので、長い目で読んでやってください。
評価、感想、アドバイス、お待ちしております。