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影踏み  作者: 魚屋
3/3

青い冬








いっそ麻痺してくれたら、

どんなにええか







「彼女できた」


待ち伏せしてたらしいあいつが壁に寄りかかって腕を組んだまま言った。一瞬動揺したが、静かに鍵を閉めて相手に向き直る。俺は、ひりついた喉から振り絞るようにしてなんとか言葉を発する。


「…なんでそれを、俺に、言うてみたん」



人の気も、知らないで。いや、知っててするのか。



「特に意味ないけど。祝ってくれへんの」



友達やのに?と融はこっちを見ないで笑った。

馬鹿にすんなよお前のことなんかもう別に好きでもなんでもないわ。勘違いすんな俺にはなんにも関係ないことや、今更都合よく友達なんか言いやがって。祝いなんか求めんな大嫌いや。


「そうか…おめでとう。…相手加奈子さんやろ?」


融が初めてこっちを見る。なんで知ってるんて顔やな。知ってるよ、お前をべたぼめする加奈子さんも、部活の終わりにアドレス聞かれてたお前もちゃんとみてたもん。



「…おう。あれからずっとメールしてて、昨日告られた」


「そうなんや」


「ヤエも早く彼女作れや。彼氏じゃなくて」



思いつく限りの暴言が今にも破裂して飛び出しそうなのに、俺はなんにも言えない。どこまで人をアホにしたら気がすむんやろう、どこまでコケにされたら俺は懲りるんやろか。これじゃ人形みたいや、感情もなんにもない脱け殻のがらんどう。


…ちゃうやろ。やっぱり痛いし苦しいのに、『傷ついてんねん、まだお前のこと嫌いになられへんねん』て、その一言さえも言われへんのか俺



「…ごめん、用あるから、先帰るわな。ほんまおめでとう」


早足でその場を後にする。当たり前だけど、融は追いかけて来ることはなかった。振り向いたら取り返しのつかないことになりそうだったからひたすら上向いて帰った。






***





もう俺はね、我慢ならんのです。先輩の立場利用するようでわるいけど、あの二人が心配で心配で、居ても立ってもおられへんのです!




あいつがロッカールームで一人になってるときを見計らって、話しかける。


「融~お前よう、何したんな」


「何って…何すか伊藤さん」


つーかサッカー雑誌読みながら携帯いじりながらおにぎり食うて器用すぎるやろこいつ。呆れながらも、根っからのサッカー馬鹿の後輩が可愛くて笑ってしまう。


「あんさん、隣えーかいな、よっこらせ」


返事を聞く前に俺がベンチに腰掛けると、無造作に置いたままにしていた荷物をあいつが片し始めた。


「あーそのままでええよ、ごめんな飯食ってるときに」

「ええっすよ、すんません」


真面目やなー。俺が1年のときは、もっと先輩に対抗心ばりばりで、可愛げのかの字もなかったけどなあ。おかげでめっちゃしごかれたけど…


隣にいる後輩に自分の過去を重ねて見始める自分に気付く、おっさんか俺。忘れそうになるけど、あくまでも今日は先輩として、かわいい後輩たちのために一役買ってやろうってのが本来の目的やぞ、俺!

たまに突っ込んでくれる武田の存在のありがたさ今わかった!いつもありがとうな武田そしてこれからもよろしく!

ここはやっぱ自然に何気ない話から本題にうつる方が相手も話しやすいでな?でも何から言った方がこいつ話しやすいんやろう、下手に聞いて黙りこまれても困るしなあ、


いつまでも無言の俺に心配したのか、融は顔を覗き込む。

「大丈夫すか、具合悪いんすか?」


「大丈夫絶好調。…あー、君さ、どーよ最近調子は」


不審そうな顔をする融。そりゃそうやろね!君て何?俺どうかしたの?


「最近すか…まあ…ぼちぼ

「あーーー!やめやめ、すまん単刀直入に聞くわな、どーしたんお前ら」



うん。やっぱりまどろっこしい話し方は俺らしくない。邪魔臭いわ。もうビシッと要点だけ聞いたろ。


「どうしたって何がですか」

「わかってるやろ」

「………」


「八重蔵、ここ最近死にそうな顔してるやん。どうせ原因お前やろー?お前らお互い好き合ってんやからそんないじわるしてやんなってー」


あいつが雑誌に目線を落とした。


「…いきなりなに言うてんすか。飯まずなるんでやめてください」


俺は八重蔵になった気分で,融の言った言葉を受け取る。あかんわー今のめっちゃ傷つくわ!オブラードに包むって言葉知らんのかいなほんまにもー。


刺々しい言葉に若干顔ひきつらせつつ、あくまで茶化すような口調は崩さない。俺もさそんな気長くないけどさ、今ここで自分が怒っても意味ないねん。相手の急所にあくまで明るく踏み込んで行かんと。



「はーん?こっちはお前らが友達として好き合ってるものとしてゆうただけなんやけどなーなんか深読みしてるやーん。余計に怪しいなー」


融が突然立ち上がる。一瞬やんのか?ってこっちも身構えたけど、融はサポーターを手に持って、自分のロッカーの前にスタスタと歩いていく。なんやねん、ようわからんやっちゃ。融はロッカーの扉を開けて、それを中へ仕舞うと、呟く様に言った。


「…ほんまたちの悪い冗談やめてください」


「おーこわ。融は普段冷静なくせに八重蔵のことになったらムキになるもんなぁ」


ロッカーをしめる音が部室中に響き渡る。耳痛いっちゅうねんあほ。うは、しかもめっちゃ融怒ってるこわ!どうしたんコイツ!誰やこんな怒らせたの!


「先輩今日えらい突っかかりますね…勘弁してくださいよほんまに」


「だって俺八重蔵の味方やもーん」


俺の言葉に融は苦々しく表情を歪ます。

どっちもかわいい後輩やし二人のことを案じて言うてるんやけど、俺もにんげんやもん、2:8で八重蔵サイドやもん!


「そんなん言うんやったら先輩が付き合ってみたらええんとちゃいます。八重蔵も先輩に懐いてるみたいやし」


オーバーにずっこけるそぶりをする俺。


「なんでそう話が飛躍すんねんあほ!俺かてめっちゃかわいい彼女おるわ!

…けどなあけどなぁ、聞いてーさ融!」


「聞いてますって」


苦笑する融は一瞬だけ後輩らしい可愛げのある顔に戻る。そうそう八重蔵の前でもそんなやって笑ったったらええねん。アイツの前に立ったらブッスーとしたかわいくない顔になるねんもん。こっちからみたらその必死さが謎過ぎて笑えてんくんねん。や、段々腹立ってくんねん。


融の耳に残るように、少し声のボリュームを落として囁くように言う。


「…あんな、最近おっかしいねんなぁ正真正銘男の八重蔵にキュンてするねん。キュンて」


「はい?」


しかめ面いただきました!よっしゃー掴みはばっちりや!


「ほらさ、八重蔵照れたら下向いて歯見せんようないじらしい笑い方するやんか!それとか目合ったら子犬みたいにトコトコ寄ってくるしよぅ。あとは…そうやなー!からかわれて困ってる顔もかわいない?いじめたなる感じ?俺と武田見最近八重蔵のほんわかエピソードで盛り上がんねん。やっぱアイツかわええなー!て」



「………」


「この前なんかな、武田と俺で八重蔵からかったろーってなって、二人して『どっちが好きなん?』て聞いたらよう、アイツなんて言うたと思う?『…どっちかというと貧乳すかね』って。お前なんの話しとんねーん!っていうかさっきの俺と武田の猥談聞いとったんかーい!てな!おっかしいでなあ」


「関係ないですけど先輩めっちゃテンション高いっすね」


「おん!なんか盛り上がって来た。でなあ、武田言うねん。自分からアクション起こそうとかいう気は更々ないけど、八重蔵ならたぶん付き合えるわーって。笑いながら言うてたけど目がマジやからなーあいつ。笑うやろ」


「笑えませんけど」


「けどおかしいねんな。」


「…なにがすか」




「武田だけずるいわて思てしもた」


暗黙の了解みたくなってるねん。アイツには手出したらあかんって。お互いに牽制しっぱなしやもんな、まあ面白いからええんやけど。でもそれってつまりさ、抜け駆けは絶対に出来んってことでもあるやんか、男の暑苦しい友情的に。ってことは、不本意やし認めたくないけど八重蔵をかっさらってけるのは他の人間になるんやなあ。


なるべく早くかっさらってほしいような、ほしくないような…ってか八重蔵の意思ガン無視の俺らウケる。



「あかんしゃべりすぎやー。明日部活来たら俺らのホモ疑惑で持ちきりやなーこりゃ」




「言わないっすけど」


「けど?」


「あんまり八重蔵は困らせんといてください。繊細な…やつなんで」



「…はは」


怪訝そうな顔をする融。

ごめんごめん、本気で言ってるのはわかるねん、悪気ないのも知ってるねん。


けど笑てしまうわ。


なんじゃそりゃ。



融は自分の発言の矛盾に気付いたのか、口を噤んで俯く。




「ほんま…誰がそんな口聞いとんねん、ガキが」




立ち上がって部室を後にする。


外に出たら冬のくせに日差しが眩しかった。


「どやった?」と笑う武田が、立ち上がってグラウンドの方へ歩き出す。

こいつ待っとったんかいな。苦笑いしながら、俺も早歩きでそれに並ぶ。


「ふー、なんか疲れたわ」

「おつかれさん」

「お前のありがたみにも気付いたわ」

「それは大きな収穫やな、大事にせえよ」



最後の最後で、あくまでも明るい口調でっていう当初の方向性は守れなかったわけやけど、ええねん。あいつもわかってくれた筈やろ、たぶん。ちゅうかこれでわからんやったらそれはもう口で言うてもわからへんてことやから、


「しばくしかないでな」


こわ、なんでこいつ俺の考えてることわかんねん。こわ。

なんか融が理不尽に感じてくるわ、わるい先輩がライバルなばっかりになあ。

二人で笑いながらグラウンドに入場したとき、ちょうど視界の先のフェンス越しに、今部室からでてきたらしい融が見えた。


その視線の先には、グラウンドの隅で立ったまま日誌を書くあいつ。

するとあいつは突然手を止め空を振り仰いだ。

融も、ついでに俺も、やつの視線を追う。


飛行機雲だ。













眩しそうに目を細めるあいつを、きっと融も俺も、同じような気持ちで眺めていたはずだと、今になっては思うのであります。




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