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影踏み  作者: 魚屋
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影踏み



俺はいつも背中を追いかける。けれど彼の背中には触れちゃいけないから、いつも彼の影に触れる







3歩くらい先を歩く融が急に立ち止まって、俯いてその影を踏みながら歩いてた俺もぎこちなくそれに倣う。ゆっくり振り向いた融の顔はこれでもかというぐらいに不愉快そうに歪んでいた。



「…お前よう、鬱陶しいねん」


融のすごんだ声は、低くて凛としてる声質もあってかなり迫力がある。一瞬言葉に詰まりそうになるけどぐっと耐えて俺は笑顔を作る



「…別にええやんか、たかがサッカー部のマネージャーになっただけやん、俺」


「たかがちゃうやろ。大問題や」


こっちに一歩踏み出した融に少し警戒するけど、瞬間逆光で顔がよく見えなくなった。白い光線がちらちら揺れる。真っ暗な影が夕日を背負ってて不気味だ


「しゃあないやんか…俺お前とちごうて運動神経鈍いしよ」


「ほんなら美術部にでも入ってちまちま絵でもなんでも描いとったらええやろ。…なんでよりによって俺と同じ部活に入んねん」


影の片手が持ち上がって、あのでかい手で顔を覆っている。

あかんほんまに迷惑がられとる。



「ほら…部活紹介でマネが欲しいて先輩達言うてたからほんなら入っちゃろて思ってな…」


慌てて弁解に入る自分が情けない。最初とか声震えてたしその場しのぎの嘘丸出しだ



「アホちゃうかお前。マネ、イコール、女!わかるか?そりゃ先輩らも性別限定してた訳ちゃうけど…女のマネージャーが欲しかったんや。せやのにお前入るもんで」


「なんで女のマネージャーがええねん。力仕事は男がするもんや」


「言うとくけどお前の常識世界の非常識やぞ!そんなんもん男の野太い声で応援なんかされてもやる気失せるやろ。毛えボーボーの手でハチミツレモンとか持ってこられたらキモいやろ」


融の声が段々怒りが消えて、諦めの色に変わってきてることに本人より先に気付く。俺は安心してちいさく息を吐いた


「俺そんな声低いか?俺そんな毛こゆいか?ほんでハチミツレモンの作り方知らんけど大丈夫やろか」


「うるさいそんな問題ちゃうねん。ハチミツレモンなんかどうでもいいねん」


「丸投げや」


「うるさいとにかくや。俺とヤエが幼なじみてことは言うたらあかん。だから部内ではお互いなんも話しかけたらあかんよ。用事ある時だけな」


そう言うと、融はサッと身を翻して大股で歩いていく。俺は急いで後を追う。さっきよりも歩くスピードが速いけど影が長くなってるから、普通の速さで歩いても影が踏める



「なぁ」


「なんや」


ちゃんと応えてくれるとこが、ほんとこいつらしい。頬がゆるむのが自分でもわかったけど、誰も見てないしええか


「ストレッチ手伝うのもあかんの」


「アウトー」


「連れション」


「うーん…ぎりぎりセーフ」


「ええんや」



部活始まったらこんな風に融と喋ることが難しくなると思ったら、この時間がものすご幸せで少し泣きそうになった。




****




「八重蔵てごっつ変な名前や」

頭の上に降ってきた声は武田さんだ。


「…爺ちゃんに言うてくださいよ」



入部して2ヶ月経ってやっと部活内容にも慣れてきた。やっとマネージャーが板についてきたなーと自分でも思う。最初の方は、先輩とかタメのチームメイトもなんとなく一線置いた感じで俺と接してた。


けど人間は特殊な環境にも順応していってくれるくもので。



「八重蔵の名前の由来なんや。句読点含めて15文字で説明して」


今度は伊藤さんが口を開く。なんなんやこの人ら、人の名前いじり倒して


「…だから爺ちゃんに聞いてくださいよ」



俺は今、部員の水分補給用のプラスチック容器を洗ってるとこだ。底の茶渋が取れなくて苦戦してるのに、水道の向こう側から顔を出す先輩達がうるさくて集中できない。首の脇を汗が垂れ落ちるのを拭いながら、水道の蛇口を捻って水を止める



「…武田さんも伊藤さんも向こうの日陰で休まな倒れますよ、ほんま暑いのに。今日二部練やし」


「お前はおかんみたいやなうるっさいのー」


「水飲みにきただけやもーん」



常におちゃらけた2人だがチームには無くてはならない存在だ。実力もあるし部活の雰囲気も作ってくれる、ほんといい先輩達だけど、知ってるんだ俺は



「武田さんも伊藤さんも無理せんといてください、ほんまに心配ですよ」


2人がまばたきせずにこっちを見る。ほんとに自分がおかんみたいにお節介に思えて口を噤む。


でも知ってるんだ俺は。


2人が人の倍の倍努力してて、何気なくチームのみんなに気を回してくれてることを。部長と部員のいざこざもこの2人のお陰で解決したし、チームに馴染めたのもこの先輩らのお陰と言って相違ない。だからたまには2人も休んで欲しい



「…ほんまいいマネージャーやないの」


「八重蔵、変な名前やけどすきやぞ!」



2人が笑顔で飛び付いてくる。あいたたたたた、重いし俺汗くさいのにやめて欲しい


タイミング計ったみたいに顧問のホイッスルが鳴る。休憩が終わった。日陰でだれてた部員らも走ってゴール前に走る。


「ほんだらまたきばろか」


「八重蔵もがんばりや!」


ポンと頭を叩かれたと思ったらもう2人とも走り出してた。さすが俊足のタケイや…俺しか呼んでへんけど。



紅白戦をやるみたいで、はしゃいでる武田さんと伊藤さんが陽炎でさらに揺れる。武田さんから脇をくすぐられてるのは…融だ。てか何してんねんあの人。融は笑いながらも防御の体勢をとる。


「…ええな先輩ら」


もう2週間くらい融と話してない。最後にした会話もはっきり覚えてる


「マネ、アイシングどこ?」

「あ、部室のドア側の棚の2番目」

「おーきに」

これだけの短いやりとりでも相当嬉しかったのに、自分から話しかけようとするとどうも駄目だ。結局向こうから話しかけるのを待つ意気地無しの俺。でもこれでいいんだと言い聞かせる







あの時みたいな思いだけは、させたくないから。





にしても融はかっこいい。輝いてみえるとか少女漫画みたいでキモいけどほんとにそれだ。確かに惚れた欲目も確かにある。サッカー部はイケメン揃いと言われてるだけあって、まだ1年の融は少しあどけなさが残る方だ。だからあの先輩らの人気には勝てない訳だけど


「お前が一番や!がんばれ!」


ボールを追いかける融に、グラウンドの端からの小さな声援は届かない。


これでいいんやこれで。こんな時思い出すのは決まってあの時のこと。



「お前融とデキてんちゃうかー」


中ニの頃にとある男子にいわれた。本当はニ度と思い出したくもないけど、自分への戒めだと思って何度も省みる記憶。


クラスの男子に、いつも一緒にいた俺と融の仲をからかわれた。融はそいつを「しょうもないことゆうな」て殴り倒したけど、俺はなんも反論できない自分に気付いた。まぁその時に融への気持ちを自覚したんだけど、俺だって気付きたくなかった。報われないにも程があるし、何より融に嫌われる恐怖が先にあった。

だから、その噂が原因で融が「サッカー部でハブられてる」て聞いたとき、痛かった。ほんとに堪えた。一時学校も休んで飯も食えなかった。ほんま、一番辛かったのは融やのに。


でも久しぶりに学校行ったら、もう噂は沈静化してて、笑顔の融がいて


「ヤエ久しぶり、しょうもない噂も消えたし安心せい」


笑顔をみたのが久しぶりで、嬉し泣きしそうになって俺は俯く


「…うんほんまよかった」


「あいつ頭おかしいでな、ヤエが俺を好きとか言うててさ、男が男好きになる訳ないやんな気っ色悪い」



馬鹿だった。このときの融の励ましの言葉に隠れた鋭い本音に絶句して、俺は、何にも言えなかった。…沈黙に、融の顔が嫌悪露わに、強張る



「え…せやろ?」



「…わ、わからん。もしかしたら」



俺、お前の、こと



融は言葉を遮るように、大きな音を立てて俺の机に両手をついた。


「…聞けへんかったことにする。明日からいつも通りやからな、ヤエ」



「…うん」


融が居なくなった教室で泣いた。それから融は、俺と距離が近付きすぎることを避けた。当たり前の反応だ。あからさまに断らなかったのは最低限のあいつの優しさだ。でも今でもあいつが好きだからほんとどうしようもない



「…ヤエ、悪いテーピングして」


グラウンドを眺めてた筈の俺の前にふいに影が立ちふさがる。なんとタイミングの悪い。久しぶり聞いた自分を呼ぶ融の声が全身に染み渡るのに浸っていたが、はっと我に返る



「まじか融、早よ座って足出せ!」


「…おう」


簡易救急セットの中からテーピングを取り出して巻いていく。


「お前うまなったないつの間にか」


「マネージャーですから」


融の左足の軟骨が中学の怪我で少し変形してるのを知ってるから、テーピングのやり方も自然に融のを覚えてしまった。勿論練習もしたのだけれど、もし練習したとか聞いて引きつるこいつの顔を見るのは懲り懲りだ


「最近どうよ」


「えっ…んー普通やな、みんな優しくしてくれるし段々慣れてきてるよ」


「ほか」



俺も質問してみよかな、でも何聞いたらええんやろ、あんまり深いやつは融警戒させるし、どうしよう



「…武田さんと伊藤さんにえらい懐かれとるみたいやな」


思わず顔を上げる。融の表情はみえない。無表情にもみえるし怒ってるようにも機嫌よくもみえる。俺なんかにわかる筈ないか



「俺が懐いとるだけやよ。ほんまええ人らや、何気なく気遣ってくれるから、いつも助かっとる」


融は不思議そうに首を傾げる。


「あっそ」


途端に強い力で手をはねのけられた。まるで汚いもん触るみたいな感じの手つきで、結構、痛かった。



「…なに怒ってん」


「は?怒ってないし。」


「…まだテーピング途中やって」


「あーもうええよ大丈夫」


すくっと立ち上がって、融は後ろ姿で言う



「誰にでも色目使って気色わるいぞお前、武田さんらも迷惑や」



走っていくあいつの背中を睨むように見つめる。泣いたらあかん絶対泣いたらあかんねん


誰がいつ色目使たねん、

なんでお前はそんな単純バカなんや!

わからずやわからずやわからずや!




















捕まえたと思った影はすり抜けて捕まえられずに、時間だけ浪々と過ぎていく





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