表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒廃世界ディザードの姫騎士  作者: mao
第一章 始まり
9/46

第八話・アルーシェとシエル


 アルーシェは、美しい星空の下に居た。

 黒い夜空に浮かぶ満天の星空を見上げ、緩やかに双眸を細める。この星空も、アルーシェは初めて見るものであった。

 この世界ディザードは、大地は荒廃し、水は枯渇。草木はほとんど存在しておらず、空気は澱んでいる。その澱んだ空気が空を覆い尽くし、夜の月や星さえ霞めてしまっているのだ。それ故に、アルーシェは初めて見る美しい星々に感嘆を洩らし、飽きることなく見つめていた。



 あの後、老婆は暫し悩むように唸ってはいたのだが、シエルの願いを聞き届けてくれた。一度は叩き払った書状を拾い上げ、懐に仕舞い込んだのだ。返事にはあまり期待こそ出来ないものの、和解についての書状に目を通してくれる、それだけでも大きな一歩だろう。

 返事を考える時間が必要だとして、アルーシェとファミリオは一日だけと言う約束で、この集落に留まることを許された。――と言っても、一種の軟禁のようなものだ。

 ヴィレス族はこの集落に特殊な技術を用いて隠れ住んでいると言える。今アルーシェ達を帰してこの場所を報告されたら、ヴィレス族にとって損にはなっても得になることはないだろう。

 そう考えると、ヴィレス族は今現在、自分達を始末する準備でもしているのではないか。アルーシェはそう思い、一度集落の奥地に視線を向ける。


「(……そんなことにならなければ良いのだが)」


 アルーシェとファミリオは、敵陣の真っ只中に居るようなものだ。ヴィレス族は人間を憎んでいるし、いつ襲ってきてもおかしくはない。幸い、周囲に気配らしい気配は感じないが。

 考え過ぎるのも良くないかと、アルーシェは疲れたように一つ吐息を洩らす。


 すると、そんな時。近くにある家屋の扉が静かに開かれた。


「……眠れないの?」


 まさか、と嫌な予感が的中した可能性を考えてアルーシェは咄嗟に腰元の剣に片手を添えそちらを振り返った。だが、家屋の扉を開いて此方を見つめる姿を確認すると、その手も自然に剣から離れる。

 それは、シエルだった。表情にこそ穏やかな笑みを滲ませてはいるが、何処となく心配そうにも見える。


「あ……もう、起きても大丈夫なのか? 随分苦しそうだったが……」

「うん、全然大丈夫。ちょっと疲れただけだから。あのおじさん重かったからね」


 あはは、と。そう呑気に笑い声を洩らしながらシエルは外に足を踏み出すと、一度大きく息を吸う。夜の特に澄んだ空気を肺一杯に吸い込み、続いて腹の底から盛大に吐き出す。そして両手を挙げて大きく身を伸ばした。横になって凝り固まった身を解しているのだ。

 アルーシェはそんな彼の様子を見遣り、ふと薄く笑みを浮かべた。しかし、すぐに身体ごとシエルへ向き直ると、頭を下げる。


「あ、私はアルーシェだ。アルーシェ・フォルティア、……キミには、なんと礼を言えば良いか……」

「礼だなんて。オレはただ、自分がやりたいことをやってるだけだよ。……あ、オレはシエル、宜しくね」

「いや……スカルピオの群れも、ファミリオのことも、和解のことも……キミが居なければどうにもならなかった。本当にありがとう」


 アルーシェは自分自身の反応や言葉に、多少なりとも内心で戸惑っていた。

 ヴィレス族は、彼女にとって非常に憎い存在。そして目の前に居るシエルは、その憎きヴィレス族の少年なのだ。

 しかし、相手はヴィレス族だと言うのに言葉や感謝がすんなりと口を突いて出てくるのである。

 アルーシェ自身、礼儀を欠くような性格はしていないが、憎い存在に対して素直に感謝出来るかと言えば、それは分からない。仮に情報屋プテロプスのフォルミカに何か有り難いことをしてもらったとしても、素直に礼など言えそうにないのだ。

 それが、シエル相手だと嫌な気分にもならず――至極当然のように感謝の言葉が出てくるのだから不思議なものだと、アルーシェは思う。

 シエルは向けられる言葉に困ったように眉尻を下げると、片手の人差し指で軽く己の頬を掻いた。どうやら照れているらしい。


「いいって言ってるのに、アルーシェは律儀なんだね」

「いや、だが……人として、当然の礼儀だ」

「けど、アルーシェはヴィレス族が嫌いなんだろう? さっき、ババ様の言葉を否定しなかったからさ」


 ふと掛かった問いに、アルーシェは大きく眸を見開く。だが、シエルの声色も表情も、決して責め立てるようなものではなかった。

 そのお陰か、暫しの思案の間こそ必要ではあったものの、やがてアルーシェは静かに頷き肯定を返す。


「……ああ、嫌いだよ。ヴィレス族は大嫌いだ」


 シエルは悲しむだろうか。目の前で嫌いだと言われて、怒るだろうか。

 そう考えるとアルーシェの胸は鈍い痛みを覚える。だが、彼女は嘘が吐けない――融通の利かない性格だ。そんなことない、と否定しても恐らくシエルは完全には信じないだろう。

 彼の反応が気に掛かったアルーシェは、静かにシエルの様子を窺った。

 が、肝心のシエル本人はと言えば――


「……ぶ、……くくっ、あっははは! ハッキリ言うなあ!」

「え、シ……シエル?」


 怒るか、悲しむか。そのどちらかだろうと思っていたアルーシェは、興味津々と言った様子で此方を見つめる彼の碧色の双眸に瞬きを打つ。途端、シエルは両腕で自らの腹を押さえ、天を仰ぐ形で笑い声を上げたではないか。一体何事だと、アルーシェは口を半開きにして彼の様子を窺う。

 確かにハッキリと言った。何がそんなにおかしかったのか。アルーシェの頭の中にはそんな疑問がぐるぐると巡る。


「だって、ヴィレス族本人を前にして嫌いだ、なんてハッキリ言われるとは思わなかったよ! っはは、アルーシェって面白いね!」

「……キ、キミは、ヘンな人だな……」


 アルーシェは暫し唖然としながら、それでも感じたままを感想として一つ呟く。そしてシエルは、決して褒められていることはないそんな感想にも、また盛大に声を立てて笑った。

 シエルに訊きたいことは、山のようにある。まるで別世界のようなこの集落のこと、ファミリオを治療した不可思議な力のこと、なぜ助けてくれたのか、協力してくれたのか。本当に様々だ。

 だが、それでも。今は愉快そうに笑うシエルが落ち着くまで待とうと、アルーシェはつられたように笑いながらそう思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ