第五話・炎天下での戦闘
スカルピオの群れに飛び掛かった少年は、躍起になったように飛び掛かってくる魔物相手に丸腰で立ち向かっていく。当然だ、彼が持っていた武器は、今もまだ大地に縫い留められて絶命した一匹のスカルピオに突き刺さったままなのだから。
しかし、少年は肌が露出している部分もある。毒針に刺されたら猛毒を防ぐことは困難だ。肩が出た黒のシャツに二の腕までを覆う黒のグローブ、胴に緑の腰巻を身に付けた装いはアルーシェやファミリオよりも遥かに軽装である。防具らしい防具は何処にも見えない。更に足元は幾重にも連なったグラディエーターサンダルと言う非常に危うい格好だ。
スカルピオは成人男性の手の平よりひと回り大きい程度。だが、そんな身でも持っている毒は猛毒なのだ。
アルーシェは取り敢えず少年が敵ではないと判断し、彼のものと思われる剣を大地から慌てて引き抜いた。
だが、その刃を見て表情を顰める。それは、嘗て最愛の母を殺した剣と同型のもの――湾曲刀だったからだ。
それでも、今は気にしているだけの暇はない。
加勢してくれるらしい少年の援護をして、一刻も早くファミリオの手当てをしなければならないのだ。
「キミ、剣だ! 使え!」
「――ありがと!」
アルーシェは剣を引き抜くと、少年へ向けて放り投げた。
見れば彼は然程苦戦らしい苦戦をしている様子もなく、襲い掛かってくるスカルピオ達を拳や蹴りを以ていなしている。
だが、流石に打撃では致命傷を負わせるのは困難らしい。スカルピオにはあまりダメージが見受けられなかった。
宙を舞い放物線を描くように放られた湾曲刀を見上げた少年は、待ち切れないとばかりに大地を蹴って跳び上がり、空中で得物を手にする。そしてそのまま一回転すると宙で剣を振り上げ、落下の勢いを加えて地上のスカルピオを一刀両断。
次いですぐに切り返し、振り返りざま真後ろから襲い掛かってきた一匹を真横に薙ぎ払うことで斬り落としていく。非常に戦い慣れた様子だ。
少年の持つ湾曲刀の刃は群青色をしており、表面部分には細かな紋様が描かれている。彼が剣を振るう度に、夜空に瞬く星を見ているような錯覚を与えてきた。
流れるその剣撃は、さながら流れ星の軌跡に似ている。
負けていられないと、アルーシェは即座に意識を切り替えて残ったスカルピオへと向き直った。
理由や正体は不明だが、少年が加勢に入ったことで状況は良い方へ傾いている。そう認識すると、アルーシェの心にも自然と余裕が出来ていた。
毒針を突き刺そうと素早く足元に駆けて来るスカルピオを見下ろし、的確にその身に剣を突き立てる。そしてすぐに次へ照準を合わせた。
少年を真後ろから狙う二匹を目敏く見つけ、跳び上がったところを剣で斬り捨てていく。次いで素早く切り返し、今度は真上からもう一匹へ向けて刃を叩き下ろした。
「――――!」
その矢先。
攻撃直後の隙を狙ってか、アルーシェの視界の端にはもう一匹が映り込む。マズい、とアルーシェはそう思ったが、スカルピオが突き出してきたハサミが彼女の身に届くことはなかった。
少年が湾曲刀を振り下ろし、彼女の身に届くよりも先にその身を斬り捨てたからだ。
どうやら、それが最後の一匹だったらしい。辺りを見回してみても、他にスカルピオの姿は見えなかった。少年も腰裏に括り付けた鞘に剣を収める。
アルーシェは彼に礼を向けようとはしたのだが、意識は即座にファミリオへ向いた。
「――ファミリオ! 大丈夫か!?」
礼も言うのは大切なことなのだが、今は猛毒に冒されているだろうファミリオの手当てが先である。
アルーシェは剣を鞘に収めながら地面に倒れ臥すファミリオへと駆け寄り、その傍らに屈んで片手で彼の肩を掴む。腕には血が滲み、その相貌には苦痛の色が滲んでいる。額には汗が噴き出していた。呼吸は非常に速く、見るからに苦しそうだ。
明らかに毒を受けていると思われる様子を目の当たりにして、アルーシェは慌ててその身を揺らして覚醒を促した。
「ファミリオ、ファミリオ! しっかりしろ!」
「待って、揺らしたら駄目。……スカルピオの毒を受けたんだね……」
「あ、ああ。すぐに解毒剤を……」
「随分と毒が回ってるみたいだ、今からじゃ効果はあまり期待出来ない、……難しいよ」
少年はアルーシェの反対側に片膝をついて屈むと、軽く眉を寄せながらファミリオの様子を窺う。だが、彼のその言葉はアルーシェに絶望感を植え付けるものであった。
「そ……んな、では……もう手遅れだと言うのか……!?」
空からは依然として容赦ない陽光が大地を照らしている。炎天下と言っても過言ではない。
だが、アルーシェは全身から血の気が引いていくような――そんな寒気を感じた。自分のミスがファミリオを死なせてしまう。そう思うと恐怖を感じずにはいられなかったのだ。
少年はそんなアルーシェの様子を見ると、何事か考えるように複雑な表情を浮かべて視線をファミリオへと戻す。それでも、すぐに彼を抱き起こし、自分よりもひと回りは大きいと思われるその身を何とか背負った。そんな少年の姿にアルーシェは疑問符を滲ませ、慌てたように声を掛ける。
「何を……!?」
「お馬さんは大丈夫? ついて来て、ココじゃ落ち着いて手当ても出来ないからさ」
「え……」
少年の言葉にアルーシェは怪訝そうな面持ちで小さく声を洩らす。
――手当て。まだ何かファミリオを助けられる方法があると言うのだろうか。アルーシェはそう思いながら、ふらふらと立ち上がる少年を見上げる。すると彼は、そんな彼女の視線に気付くと、安心させるように碧色の双眸を細め、笑ってみせた。
「大丈夫、なんとかするよ。だから安心して」
そうハッキリと告げる少年の言葉にアルーシェは双眸を見開くと、半ば反射的に頷いていた。