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荒廃世界ディザードの姫騎士  作者: mao
第一章 始まり
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第四話・スカルピオの襲撃


 今から数千年ほど前。

 人間は、一つの国で纏まっていた。

 ディザードの北大陸に巨大な城を建て、世界全体を一人の王が治めていたのだ。


 とは言え、それは決して平和な世界だったと言う訳ではない。

 あらゆる行為が許される、そんな世界だった。


 窃盗、略奪、暴力、誘拐、強姦、そして殺人……


 何もかもが自由に行われ、それらが赦されていたのである。

 略奪行為を働かれた者は犯人を問答無用に殺し、殺された者の縁者が憎しみのまま、復讐に人を殺める。

 殺人さえも罪に問われない世界では、それは日常茶飯事であった。


 しかし、そんな日々に嫌気を差す者が徐々に増えていき、結果――クーデターが起きたのだ。

 だが、あらゆることが赦される無法地帯を愛する者は多かった。果敢にもクーデターを起こした者達は敗戦。反逆者のレッテルを貼られることとなった。

 囚われた反逆者は四肢を頑丈な鎖で拘束され、陽光が照り付ける中に死ぬまで晒し者となり、そのまま息絶えていった。

 運良く逃れた反逆者は身を隠し逃亡――それが、今のヴィレス族と言われている。


 逃れた反逆者を一人残らず処刑する為に多くの者が世界各地に散り、そしてそのままあらゆる地方に国を創った。

 それが、数千年経った今も各地に残り、継がれている国々だ。


 そして遺されたヴィレス族は、先祖の仇を取る為にその後も――今日(こんにち)に至るまで、人間達に復讐し続けているのである。

 全ては志半ばで息絶えていった同族、そして先祖の為に。


 だが、元を辿ればヴィレス族とて同じ人間なのだ。そして、彼らの先祖は平和を愛するが故にクーデターを起こしたのである。



 アルーシェも、当然その話は幼い頃から聞いて理解している。

 だが、今現在のヴィレス族は当時の平和を愛する心を失い、多くの人間を襲っている、と言うのが現実だ。

 どれだけ過去の志が美しかろうが、今の彼らはその手を多くの血に染めている。それは決して許されることではないと、アルーシェは思う。

 現に、アルーシェの母はヴィレス族の手にかかったのだから。


 馬を走らせながら、アルーシェは疲れたように吐息を洩らす。

 今の時刻は大体、正午前後。

 城を出たのは朝の七時前だ、そろそろヴィレス族のアジトらしき陰が見えてもおかしくはないと周囲に視線を向けた。

 だが、辺りには枯れた大地が広がるのみ。空からは今日も容赦なく陽光が照り付けてくる。太陽の熱により暖まった大地が、陽炎を生み出していた。

 見回してみても、アルーシェの視界には黄土色の大地ばかり。振り返れば越えてきた砂丘が見えるだけだ。アジトと呼べるようなものは全く見えない。熱を孕む風で揺れる横髪を片手で押さえながら、アルーシェは困ったように眉尻を下げた。馬を止めて小さく息を吐く。その隣には同じように馬を止めてファミリオが並んだ。


「姫様、大丈夫ですか?」

「ああ……なんとか。だが、ヴィレス族は本当にこの辺りに居るのか?」

「アドルフス様からはこの辺りだと窺っておりますが、正確な場所までは分かりませんな」

「……父上のその情報も、プテロプスからのものなんだろうな」


 空から無遠慮に照り付ける陽光に、アルーシェは片手で額の辺りを押さえながらまた一つ、今度は溜息を洩らす。

 今や、情報屋プテロプスからの情報を頼りにしない者は少ないほどだ。皇帝からの命令と言うことであれば、恐らく今回の情報には高い確率でプテロプスが――そしてフォルミカが関わっている。

 帝国に属し、更に騎士として生きる以上は仕方のないことだと思ってはいても、やはりアルーシェは不快を覚えずにはいられない。ファミリオはそんな彼女の様子を静かに見守った後、改めて周囲に視線を向ける。取り敢えず今は、ヴィレス族のアジトを見つけるのが先だ。真昼間のこの時間、外でひたすら陽光を受け続けると言う行為は決して賢いとは言えない。

 どうしたものか、とファミリオは細長く溜息を吐きながら進行方向へと視線を戻した。アルーシェの父であるアドルフスは、確かにこの辺りだと言っていた。だが、実際に足を運んでみれば辺りは一面荒廃した大地が広がるのみ。建物の影も形も見えない。

 もう少し先に進んでみるかと、ファミリオは改めてアルーシェに視線を向けたのだが、その時だった。


「――! 姫様!」

「え? ……ファミリオ!?」


 ファミリオがアルーシェに目を向けた時、彼女の後方にある岩陰から数匹のサソリが飛び掛かってくるのが見えた。正確に言えばサソリ型の魔物、スカルピオだ。そのハサミは人の頭蓋骨など容易に砕くと言われている他、人を死に至らしめるほどの強い猛毒を持っている厄介な魔物である。

 ファミリオは咄嗟にアルーシェを脇に押し退け、彼女の代わりにスカルピオの攻撃を受けた。鋭いハサミは容赦無く彼の太い腕に突き刺さり、腹部にはもう一匹が猛毒の針を突き刺したのだ。腕よりも腹部から走る激痛に対し、ファミリオは苦悶の声を洩らして表情を顰め、くぐもった声を零す。アルーシェは押し退けられたことで崩れたバランスを立て直し、慌ててそちらに向き直った。


「ファミリオ! こいつらッ!」


 アルーシェは腰から愛用の剣を引き抜き、激痛にバランスを崩して落馬するファミリオを確認しながら愛馬から降りると、数匹のスカルピオへと駆け出す。馬まで被害を受けては国に戻れなくなる。最悪の場合、この暑さで命を落としかねない。

 しかし、数が多過ぎる。軽く見ただけでも十匹近くは居るだろう。それでも、アルーシェは怯まなかった。毒針を向けて威嚇してくる一匹に照準を合わせると、跳び掛かろうと身構えた所で思い切り剣の刃で斬り裂く。スカルピオは群れれば厄介だが、単体ならば毒針とハサミに気を付けさえすれば強敵とは言えない。


「……っ、姫様……お気をつけ、くだされ……!」


 だが、今現在アルーシェが対峙する魔物の数は非常に多い。これだけの数を相手に、毒針とハサミを避けて戦うなど無理だ。ファミリオが元気であれば協力してそれも可能かもしれないが、アルーシェ一人で彼を守りながら戦うのは困難でしかない。


「(ファミリオの手当ても急がなくては……どうする……!)」


 通常の負傷でファミリオが苦しげな声を洩らすことはあまりない。――つまり、彼の身には今、スカルピオの猛毒が入り込んでいる可能性が高かった。アルーシェが思考を巡らせる最中にも、当然ながら魔物は次々に跳び掛かり攻撃を仕掛けてくる。

 手にした剣でそれらを弾き落としながら追撃を加えようとはするのだが、攻撃しようとすればそれを阻むように別方向から他のスカルピオが先んじて攻撃を加えてくる。完全に防戦一方だ。

 このままではマズい。アルーシェはそう思った。


 しかし、その刹那。


「――――!?」


 不意に、一匹のスカルピオにやや斜め上から青い刃が突き刺さったのだ。

 何事だと凝視してみれば、それは剣だった。

 緩やかなカーブを描いた湾曲刀(カトラス)、その刃は夜空のように深い群青色をしており、柄は夜空に浮かぶ三日月を思わせる色、形をしている。

 刃が突き刺さったスカルピオは暫し苦しげに悶えていたが、刀身は深く突き刺さりその身を大地に縫い付けていた。辺りには緑色の血が飛び散り、程無くしてそのスカルピオンは絶命し、それ以上動くことはなかった。

 スカルピオンの群れは突然の襲撃に慌てふためいたように周囲に向き直る。アルーシェもまた、例に洩れず動揺し刃が降ってきた方を見上げた。

 すると、切り立った岩の上に人影が一つ。栗色の髪をした一人の少年が立っていた。


「――大丈夫? 加勢するよ!」


 少年はアルーシェにそう一声掛けると、勢い良く地を蹴りスカルピオの群れへと飛び掛かった。



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