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荒廃世界ディザードの姫騎士  作者: mao
第一章 始まり
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第一話・フォルティアの姫騎士


 魔物討伐の遠征から戻ったアルーシェは、父の部屋に呼ばれていた。

 ゆったりとした椅子に腰掛ける父の前に片膝をついて跪き、アルーシェは抑え切れない憤りを表情にありありと表していた。その斜め後ろには、常に彼女の傍らに在るお目付け役のファミリオも居る。

 アルーシェの父、アドルフスはプラチナブロンドの長く伸びた顎鬚を片手でゆったりと弄びながらそんな娘を見下ろす。

 訂正が返らないことから、アルーシェは聞き間違いでも父の言い間違いでもないのだと理解し、奥歯を噛み締めて勢い良く立ち上がった。


「父上、一体どういうことなのですか!」

「そう声を荒げるな、アルーシェ。今言った通りだ。お前は明日から南方へと赴き、ヴィレス族と接触せよ」

「ですが、父上! 私は納得出来ません!」


 アルーシェは固く拳を握り締め、世間から美しいと称される風貌を嫌悪と怒りに歪めて父に食って掛かった。

 しかし、父アドルフスは隠すでもなく深い溜息を吐き出すと、肘置きにそれぞれ片腕ずつを預けて切れ長の双眸を細める。

 彼には、なぜこうもアルーシェが激昂するのか――その理由は当然ながら分かっていた。


「アルーシェよ、お前の怒りは分かる。だが、これは皇帝陛下のご命令なのだ」

「父上はそれでよいのですか? ヴィレス族は母上を殺した憎き一族ではありませんか! 野蛮で獰猛で欲深く……数々の争いや問題を引き起こしているのも、ヴィレス族であると私は窺っております!」


 彼女の憤りは、納まるところを知らなかった。

 ――アルーシェは、五歳と言う幼い頃に母親を殺された経験を持っている。父が留守の間に城に侵入してきた族が、母の命を奪っていったのだ。

 幼かったアルーシェは、その犯人の姿をハッキリと覚えてはいないが、湾曲刀を持つ大柄な男達であったことは記憶している。

 ヴィレス族は野蛮で粗暴な者で成される一族。母を殺害した犯人が、彼らヴィレス族の仕業なのだとは、すぐにでも行き着く結論であった。

 そしてアルーシェは、母を殺したヴィレス族を今日(こんにち)まで憎み続け、生きてきたのである。


 しかし、野蛮で粗暴なヴィレス族はその一方で、この世界ディザードの均衡を守っている一族とも言われている。

 それがどのような意味で、またどのようにして行われていることかは定かではないが。

 どれほど憎くとも、彼ら一族がこの世界の均衡を保っていると言われている以上は、怒りに身を任せて剣を振るう訳にもいかないのである。


「お前もいつも言っていることではないか。出来るだけ剣を振るわずに済むのなら、それが一番良いと」

「それは……」

「我々人間とヴィレス族は、もう随分と長い間いがみ合ってきた。だが、このような関係を続けていても実りはないと判断し、皇帝陛下は彼らと和解する道を選んだのだ」


 父の口から告げられていく言葉に、流石のアルーシェも何も言えなかった。

 皇帝の考えは尤もだ。アルーシェも生まれた時から、既にヴィレス族は敵であると言われてきたが、いがみ合っていても実りは何もない。

 それどころか、今の関係を続けていくことで、幼いアルーシェが味わった想いを今後も誰かに与えることになる可能性さえあるのだ。敵対していれば、またいつか――罪もない誰かがヴィレス族の手によって殺され、悲しむ者が出てくるかもしれない。

 それは、アルーシェ自身も望まないことである。


「……なぜ、私なのですか。使者ならば他の者でも……」

「女が使者であればヴィレス族も必要以上に警戒はしないだろう、との陛下のお考えだ」


 そう言われてしまえば、最早アルーシェには何も言えなかった。

 自分は騎士であって、ただの女ではない――そう言ったところで、何にもならないのは彼女自身がよく理解している。アルーシェは騎士ではあるが、騎士である前に一人の女性なのだ。口で言い張ったところで、女だと言う事実は決して覆らない。

 ファミリオは心配そうに彼女を見つめていたが、皇帝の命令となると余計な口を挟むことも出来なかった。



 * * *



「姫様、大丈夫ですか?」

「……ああ。陛下のご命令とあれば、やむを得まい……」


 父の部屋を後にしたアルーシェは、自室へと繋がる廊下を歩きながら窓から外の風景へと視線を投じる。フォルティア公国はそう大きな国ではない、自然と言ってもあるのは荒れ果てた大地と、嘗て川が流れていたと思われる溝だけ。

 草木は枯れ果て、風が吹けば砂嵐さえ巻き起こるほど。いつでも干上がったこの大地は、アルーシェの心を癒してはくれない。

 アルーシェは小さく溜息を洩らすと、窓へと歩み寄る。石造りの窓枠に両腕を乗せ、その景色に目を向けたままファミリオへ言葉を向けた。


「……なあ、ファミリオ。私が小さい頃に読んだ絵本には、緑豊かな美しい景色が(えが)かれていた。あれは、空想の世界なのか?」

「いえ、それはこの(ジイ)にも分かりませぬ。しかし、嘗てこの世界は緑溢れる世界だったのではないかと、多くの推測が研究者の間で飛び交っておりますな」

「それは本当か? ……叶うのならあの絵本のように、花が咲き誇り、湖が揺らめく美しい世界を見てみたいものだ。そうすれば、この心も少しは癒されるだろうに……」


 そう呟きながらアルーシェはまた一つ、今度は腹の底から深い溜息を吐いた。

 ファミリオはそんな彼女の背中を見つめて、痛ましそうに表情を歪める。アルーシェがまだ幼い頃から傍で仕えてきた彼にとって、彼女は可愛い孫のようなもの。そんな大切な存在が苦しんでいるのに、自分は何もしれやれない。そう思うとファミリオの心も重苦しく沈んだ。


「……姫様、今日は早めにお休みくださいませ。明日は早朝に出立するのでしょう、しっかりお身体を休めておかなくては」

「ああ、そうだな。……ありがとう、ファミリオ。いつもすまない」

「何を仰いますか。ジイは姫様のお世話をさせて頂くのが一番の楽しみであり、幸せなのですぞ」


 そう言いながら胸を張るファミリオを振り返り、アルーシェは愉快そうに声を立てて笑った。彼女が母を亡くして、それでも立ち直れたのはこの男――ファミリオの存在が大きい。

 いつでもアルーシェのことを最優先に考えてくれる男で、彼女が剣を持つ道を選んだ時も最初は渋っていたが、結局はアルーシェの意思を尊重し、誰よりも応援してくれたのである。無論、剣の師匠はファミリオだ。

 何処か誇らしげな様子で胸を張る彼を見つめて、アルーシェはまた一つ「ありがとう」と言葉を向けた。



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