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児童文学、短編集

 千年の時を経て  

 ある雪深い年。

 町に、千年に一度の大雪が降りました。


 家も車も電柱も、学校も木も森も。何もかも真っ白の雪におおわれてしまったのです。

 雪はとても重くて、学校も木も森も、押しつぶされてしまいそうでした。


 家は雪の重さに耐えきれずに、パキン、パキンと大きな音を立てて、人びとに危険を知らせなした。

 家を支える細い柱たちが、パキパキと順番に折れていきます。

 "ここから逃げなさい。そうしなければ私があなたたちを押しつぶしてしまう"

 住人に、家の声は聞こえなかったけれど、ひんぱんに鳴る大きな音に危険を感じ、住人は二階の窓を開け、そこからスコップで穴をほって行きました。

 住人たちは、ほった雪を部屋の中に入れて、上に上に雪のトンネルを作りました。

 やがて住人は、積雪の一番上に出ることができました。


 一番上に出てみると、雪がすべてを飲み込んでいて、住人の目にうつったのは真っ白な世界でした。

 風がびゅううと吹き抜けて、雪がつむじ風の中で踊っています。

 何も無い世界をぼうぜんと見ていると、あちこちで雪がポコンともち上がり、となり近所の人たちも次々と雪の上にはい出してきました。

 人々は、住人と同じように何も無い世界をただただ見つめるばかりでした。

 一番初めに我にかえったのは、一番目に雪の上に立った人でした。「とりあえず必要なものを持ってこよう」と呼びかけて、人々はそれに従い、食糧や布団やテントなど。さまざまな物を持ち寄りました。


 人々がこれからの事を話し合っている時でした。

 突然、雪の下からもの凄く大きな音がして、足元の雪が沈んでいきました。

 住人たちを守り切った家の、最後の柱が折れてつぶれてしまったのでした。あちこちで家がつぶれ、そのたびに大きな音がして、雪にくぼみができていきます。

 人々はくぼみから逃げるように、身を寄せ合いました。

 辺りは見渡す限りの銀世界です。身を守ってくれるはずの家は雪の下でつぶれてしまいました。これからどこで寝泊まりすればよいのでしょうか。

 布団は持って来たけれど、寒さからは身を守れません。人々は困ってしまいました。

 身をかくす場所を手分けして探しても、みんなが元の場所に戻れる保証もありません。

 人々はとほうにくれました。


 人々が絶望のふちに佇んでいる時でした。

 突然、足元の雪がグラグラと揺れ始めました。揺れは、いっとき続いた後でピタリとおさまりました。雪には深い亀裂が出来ています。人々はしりもちをついたぐらいで、誰も亀裂に落ちずに済みました。

 しばらくすると、さっきと違う揺れが始まりました。上下に小刻みに震えるような揺れです。

 いつ足元の雪が割れてしまうか気が気ではありません。人々は恐ろしくて、家族と抱き合って揺れがおさまるのを待ちました。

「おい、あれを見てみろ」

 北向に座っている人が何かを見つけて、叫びました。他の人たちも、その人が指差す方向を見ました。

 北の山のふもとに紫色の物が見えました。

 そこは、温泉旅館がある場所です。もちろん旅館も、今は雪の下です。

 人々が紫色の物体から目を離さずにいると、地面が小刻みに揺れるのに合わせて、紫色の物体もぐぐぐと雪の上に競り上がって来るのでした。

 紫色の物体は、あれよあれよ言う間に、ぐんぐんと大きく競り出して、雪面から二メートル程のところで、ピタリと動きを止めました。

「あれは何だろう」とささやき合う人々の耳に「おーい」と、遠くから呼ぶ声が聞こえました。

 その声は紫色の物体の上から聞こえてきました。よく目をこらして見てみると、温泉旅館のおかみさんがこちらに向かって、おいでおいでと手招きをしていました。

 紫色の物体は、気球の上部のような、ドームの形をしていました。

 人々は、紫色のドームに戦々恐々としながらも、それに向かって歩いて行きました。 

 ふと見ると、西からも東からも大勢の人がおかみさんに呼ばれて、歩いてきていることに気付きました。

 雪に足を取られながら、ようやく人々はドームの元にたどり着きました。


 ドームはとてつもなく大きくて、紫色の壁はひんやりしていました。板でもコンクリートでもなく、何で出来ているのか分かりませんでした。

「上がっておいで」

 と、おかみさんが垂らしてくれたなわばしごをよじ登り、ドームの上に降り立ってみると、歩くたびにふわふわとして、固くもなく、柔らかすぎず、不思議な感覚をおぼえました。

「私に着いて来てください」

 と言うおかみさんの後を、人々は黙って着いて行きました。

 紫色の床の上を歩いて行くと、紫色の天井が見えてきました。天井は柱が一本も無いのに浮いているように見えました。

 上も下も全てが紫色で、たまに白っぽい筋のような物をまたいで先に進みました。


 床の端っこまで歩いて行くと下の段にも床があるのが見えました。そこに飛び降りて、今まで歩いて来た床の下に潜り込み、来た方角に引き返すように進みました。それを何度も繰り返して、人々は下へ下へと降りて行きました。


 紫色に囲まれて方向感覚も失い、一体何をしているんだろうと思い始めた頃に、固い瓦の上に降り立ちました。

 そこは、汗が噴き出すぐらいにとても暖かい場所でした。

「あとは、このはしごを降りるだけよ」

 おかみさんに促され、人々ははしごを降り、ベランダから畳の部屋に入りました。そこは見覚えのある場所でした。

「温泉旅館へ、ようこそ」

 おかみさんはにこにこと、人々を迎え入れました。


「あの、紫色の物体は何なのですか?」

 たまりきれず一人が口を開きました。他の人々も、その正体を知りたくて仕方がないようです。

 おかみさんは人々の顔をゆっくりと見渡し、もったいぶるように、たっぷりと時間をかけてから言いました。

「この紫色の物は、キャベツです」

 おかみさんの言葉に皆は驚きました。

 キャベツ? そんなバカな。と人々はどよめきました。

 生まれてこのかた、こんなに大きな植物を誰も見たことがありません。

「雪が降り出して、一階が埋もれた頃に、紫色の大きな葉っぱが雪の中から現われて、この旅館をすっぽりと包みこんでしまったの。それからもぐんぐん大きくなってね。一晩たって、外の様子が分からなかったから、天井から出てみたのよ。そしたら一面の銀世界でおどろいたわ」

 と、おかみさんは説明しました。


 旅館には雪が降ることも、押しつぶされることもありません。

 旅館にはたっぷりの食糧がありました。温泉の側を流れる川では、たくさんの魚も釣れました。雪解けまでは、全員食べることには困らずに済みそうです。


 人々は、キャベツがどこから生えているのか気になって見に行くことにしました。

 葉っぱをずっと下に辿って行くと、温泉の源泉にたどり着きました。源泉のすぐ側にある根元を覗いて見ると金色に輝く物が見えました。

 おかみさんと人々は、このキャベツに関する文献はないかと、創立当初からある古い本を引っ張り出して、片っぱしから読んでいきましたが、どこにも、何も書かれていませんでした。

 おかみさんと人々は、不思議に思いながらも、大きいキャベツに守られて雪解けを待ちました。


 やがて雪が溶けてゆき、町に色が戻ってきました。それと同時に、紫色のキャベツも小さく小さく縮んでいき、根元の金色の物の中に吸い込まれてしまいました。

 キャベツが吸い込まれた金色の物を掘り起こしてみると、野球ボール程の大きさの球根が現れました。

 人々が、温泉旅館や多くの人を守ってくれた球根を崇めたてまつろうと、旅館の中に運び入れようとした時でした。

『お願い。私たちを元の場所に戻して、お願い』

 球根から突然声が聞こえてきました。人々は驚きましたが、その願いを聞き入れて、元の場所に埋めることにしました。

 そして、人々は感謝を込めて祠を造りました。祠は、再び葉が出る時に邪魔にならないような造りにしました。

 それから毎年人々は旅館に集まり、感謝を込めてお祭りを開くようになりました。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昔この場所には、人が生まれる遥か前から、妖精が住んでいました。

 めったに雪の降らないこの地は、千年に一度 大雪に見舞われていましたが、そこには温かい泉が沸きだしていました。

 そのおかげで、大雪が降っても妖精たちは暖かく過ごすことができました。


 時は流れ、この土地に動物が住むようになりました。妖精と動物は仲良く暮らしていました。

 そして、前の大雪から千年後、日の光がかげり、雪が降り始めました。


 動物たちは初めての雪に喜びました。

 天から舞い降りる雪を、口を開けて空中でキャッチしたり、木に体当りして枝に積もった雪を落としたりして楽しみました。

 でも雪は、降り終わりを知らないみたいに、ずんずんと降り積もっていきました。

 雪は、あっという間に動物たちのくるぶしを超え、ひざを超え、身動きが取れなくなりました。

 小動物は枝の上でぶるぶると体を震わせていました。

 いくらここが暖かい場所だとしても、たくさんの動物が入れる程に広くはありませんでした。このままでは動物たちが凍えてしまう。そう思った妖精たちは天に祈りを捧げました。

「どうかこの地に住まう動物たちを守りたまえ」

 妖精たちが長い間祈っていると、天から光る小さな粒が舞い降りてきました。それは暖かい泉のすぐ側に降りると、またたく間に芽を出し、根を張り、あっという間に風船のように膨れ上がりました。

 妖精たちは大喜びで動物たちを呼びに行きました。

 その中はとても広くて、紫色のかべが何重にもおおっていて、とても暖かでした。

 動物たちがその中に入った後も雪は降り続け、紫色のドームをすっぽりとおおい隠してしまいました。

 紫色のドームは葉っぱでできていたので食べることもできました。

 動物たちは雪解けまで暖かく過ごすことができました。


 やがて太陽の日差しが戻り、雪がすっかり溶けたころ。紫色のドームは、見る見る間に枯れていきました。

 妖精たちは、次の千年も、その次の千年も、動物たちを守りたいと思い、光の粒の中に飛び込みました。


 光の粒の中は、地平線まで花が咲き乱れ、爽やかな風が吹くとても暖かい場所でした。

 妖精たちは、いつまでもその場所で幸せに暮らし、千年に一度の大雪には巨大なキャベツを咲かせました。




最後まで読んで頂き有り難うございました。


中盤の話が全く浮かばずに、完成は諦めていましたが、書き上げることができて一安心です。


今年の二月ごろ、頂き物の紫キャベツを真っ二つにカットして、その断面を見た時に「アパートみたい」と思ったのがきっかけで、書き始めました。

が、

アパートにならなかった……

がっかりです;




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― 新着の感想 ―
[良い点] 可愛らしくて、冬に読むと心が温かくなりそうな作品だと思いました。キャベツを見ただけで、こんなお話を思いつくなんてすごいなあって思いました。
[良い点] 糸香さんらしい可愛らしくて優しい物語でした。 読んでる時に頭の中で日本昔話的な感じで再生されましたw あらゆるものが優しさに溢れていてすごく良い世界なんだろうなぁ。
[良い点] キャベツドームの中に温泉! 人も動物も戯れる様子が思い浮かびます。 [一言] 妖精さんに来てほしいと思う今冬。温泉通いに勤しみます。 かわいらしいお話ありがとうございました。
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