第八話 海産物好きめ
「綺麗」
梓の言葉が、星空の中に響く。見渡す限りの暗い平原。月明かりしかないその場には、遠くにキラキラと煌く海が見える。
昼間水平線が見えて居た所に薄らと赤く薄い線が見える。夜空は、雲一つ無い満面の星空だ。
「あれは、プランクトンかしら?それとも光る魔物でも居るのかしら?」
「海が光輝くのは、謎と言う事です。梓様の仰るプランクトンと言う物かもしれませんね。あの薄らと赤い線は、魔界での火山が活発な為ではないかと聞いております」
「要は、何も解ってないって事ね。でも綺麗」
「はい」
うん、美人が二人並んで、美しい物を見て感動しているのは、絵になるよ。両手に食い物を持って、力一杯頬張っていなければな。
まぁ、良いんだけど、色気ないなぁ。俺の周りには、その美しい景色も一瞥しただけで、食べる方に夢中なリンとベルが居る。
ターニアは、何か雰囲気変わっちゃったな。いや、元々物静かだったけど落ち着きが増したって言うか、堂々とした感じになったって言うか。
「で、ターニアは、精霊と契約できたのか?」
「はい、風の精霊様と、土の精霊様、水の精霊様、それと火の精霊様は、直ぐに契約に応じて頂けました」
「おぉ、凄いな」
「でも、その他の精霊様は、まだ応えて頂いておりません」
「大丈夫さ、別に契約してなくても、小さな力なら貸してくれるだろ?」
「はい、それはそうなのですが」
エルフなのに、簡単に火の精霊と契約出来るってのが凄いだろ。光の精霊と契約出来る者は少ない。しかし、エルフは光の精霊の力で、明かりを灯している。
細かい原理は知らないが、近くに精霊と契約した者が居れば精霊と通じる者は、小さい力であればその恩恵を受けれるとかそんな所だ。
それに闇の精霊は、また特別だしな。よっぽど気に入るとか捧げ物が気に入るとか、気が向くとかそう言うのが無いと契約しないらしい。
その気に入り方が人には忌諱される事が多いから、殆ど悪事を働こうとしている奴御用達な所が有る。
精霊にしてみれば、人の善悪なんて言う物は独善的な物だから関係ないしね。誰かを怨んでで殺すのも、戦争で殺すのも精霊からすれば同じって事だ。
「あんまり欲張っても仕方ないぞ?」
「それは解ってますが、その、光と闇の精霊様には、お礼がしたいなと思っておりまして」
「まぁ、あいつ等は気まぐれだ。気長に待っていれば、その内応えてくれるさ」
「はい」
ニッコリと笑う笑顔も影と言う物が無くなって、タユンと揺れる胸もあって非常に可愛い。
俺の膝に頭を乗せて寝に入ったベルに、自分のローブを掛けてあげる物だから、今は白いエルフの衣装から出た白い腕が見えている。
下は、昼間のままで生足じゃないけどな。
まぁ反対側を見れば、いつも下着姿の様な格好でタプンタプンのリンが居る訳で、俺もそろそろ免疫が付いて来たと言う物だ。
「な、なんだ?」
「いや、随分陽に焼けたな。痛くないか?」
「あ、あぁ大丈夫だ。流石にヒリヒリしだしたのでターニアに、治癒魔法を掛けて貰ったからな」
「そうか」
「私の故郷は、寒かったからな。つい調子に乗ってしまった」
「南に来た事は、なかったのか?」
「ああ、王都に着いて、すぐに王国騎士に志願したからな」
「そうか」
「シノは、やはり冒険者として、色々回ったのだろうな」
「まぁな」
ベルとターニアでお腹一杯だからな。これ以上其々の事情に深く立ち入らない。
言いたければ聞いてやるが、こちらからあれこれ詮索するのは、そもそも俺の趣味じゃない。人には誰しも触れて欲しくないことが有る。
そう言う意味では、昼間は失敗した。姫さんを追い詰めるのは、時期尚早だったかも知れない。
「あんた、本当は、魔界に行って何をするつもりなんだ?」
「実は、私も自分が愚かだったと気付いております」
「ん?」
「シノ様にも言われましたし、マーニア女王も仰っておりました。私は、ただ魔王を倒せば、この大陸から魔物が居なくなると思っておりました」
「そんなんでよく勇者召喚なんてやらせて貰えたな」
「父には別な思惑が有ったのでしょう。私はその時、勇者様召喚だけが自分を救える道だと思っておりました。勇者様、いえ梓様には、本当に申し訳ない事をしたと思っております」
「梓を戻す方法は、あんたも知らないんだよな?」
「はい、ただ召喚魔法は古の魔法です。もしかしたら、魔族が知っているかも知れません」
それは無いな。あれは一方通行の魔法だ。つまり、梓の世界で梓を召喚しようとしない限り、梓が元の世界に還る術は無い。
引っ張るのと押し出すのでは、引っ張るのは手元に来るが、押し出した物は何処に出るか解らないと言う事だ。
「それも魔界に行く理由の一つか?」
「はい、今では微かな希望です」
これが姫さんの回答だった。未だ成長途中と言うところなのだろう。色々と経験して自らの行動や考えを顧みれるだけ、姫さんは見所が有る。
偉そうな事を言っても、俺だってその日暮らしの冒険者なんてやっていたのだ。深く世界を考えた事なんて無い。
魔物は襲って来る者だから殺す。例え人でも襲って来るなら殺す。近しい者は、守れるなら護るが我が身第一。その程度だ。
姫さんの様に純粋な者は利用される。梓も同じだ。薄汚れた俺程度が護ってやるなんて言うのも烏滸がましいが、それでも価値が有ると思えた。
皆が寝静まった後、珍しく梓が隣に寝ていないので、表に出て見た。
崖の淵に、膝を抱えて座り、海の方を見ている梓が居る。俺は、梓の隣に腰掛けた。
「気にいったのか?」
「うん、幻想的で、異世界なんだなって実感する」
目の前には美しい夜景が広がっている。夕食時には、あちらこちらに野営の灯りだとか街や村の灯りが見えて居たが、今は、それらも消え星と海と赤い水平線しか見えない。
夜空には、白月、青月、赤月が並んでいて、美しい物だ。
「私の世界では、月は一つしか無かったんだ」
「それは、寂しいな」
「でも、色んなお伽話があったんだよ。月に還るかぐや姫とか、老人を助ける為に自分が火の中に飛び込んで食べて貰おうとした月の兎とかね」
「また献身的過ぎる兎だな」
ポロリと涙を落とす梓に、何を思って涙を流しているのかは解らなかったが、俺は、梓の肩を抱き寄せてやる。俺の肩に頭を擡げる梓。
「梓は、これからどうするつもりなんだ?」
「暫くはミラに付き合ってあげるよ。あの娘も必死だったんだと解ったから」
「優しいんだな」
「打算だよ。ミラに付き合っていれば、当面の生活に困らないからね」
「生きるのは、大事な事だ」
「そうかな? 私は、ここで生きていけるのかと不安だよ」
「それだけの力が有れば、何をやっても生きていけるさ」
「望んだ力じゃないし、本当に私の力か実感が無いよ。血も怖いし、生き物を殺すのも怖い」
「女の子らしいな」
「も~ぅ、真面目に言ってるんだよ?」
ぷくぅっと頬を膨らませ抗議する梓は、年相応かそれ以下に見える。元々童顔なので、ベルと同年代だと言われても納得するだろう。
「だけどね、これって剣道の試合と同じかなって思ってる」
「試合と?」
「うん、普段練習頑張って、地区予選して、県大会に出て、それで全国大会」
「意味が解らないが、勝ち進んで行くと言う事だな」
「そう。だけどね? 私は、最初から全国大会なんて目指してないんだ。その時その時の一戦一戦で全力を出そうと、そうしろって教えられてた」
「全国大会って言うのが、一番大きい試合って事か?」
「そうだよ。最初からそれを目指している人、それに出るのが当たり前の人も居るんだけど、私は、そんなに大した者じゃなかった。だから一試合一試合に全力をぶつけた」
「それと同じって?」
「今は、右も左も解らない。だから、その時その時を全力で駆け抜ける。それが私の歴史になる」
「強いんだな梓は」
思っているのと逆の言葉が出た。梓のその顔は儚く、脆く、精一杯背伸びをして強がっている顔だ。
「私は弱いよ。だからシノに頼った。ずっと一緒に居てね」
「梓が要らないと言うまでは、俺も付き合ってやる」
「うっわぁ~、そんな気障なセリフ似合わないよ? でも今日は許してあげる」
「許すってなんだよ。だが、一つだけ言っておく。これで良いんだと自分だけで勝手に決めるな。梓には、姫さんもターニアもリンもベルも、そして俺も居る事を忘れるな」
俺の言葉に梓はキョトンとする。だが言っておかなければならない。俺は、こんな顔をした奴を何人も知っている。
そしてそいつらは一人の例外もなく、これが最善だったのだと自分だけで勝手に完結して、勝手に死地に向かうのだ。梓を一人で死なせたりはしない。
「ねぇ? こっちって、重婚認めらてるの?」
「重婚って何だ?」
行き成りの話題転換に、今度は俺の方が面食らってしまう。
「奥さんを一杯持つ事」
「結婚するのは一人だな。王族とか貴族とかは、側室を持って居る奴も居るけどな」
「むぅ~、社会的にはミラかターニャと結婚するのがベストって事ね」
「梓が結婚するのか? 同性では結婚出来ないぞ」
「その呆けは、頂けない。まぁ私は、まだ17だし、まだまだ先は長いよね」
「女が17で結婚しないのは、結婚する意思が無い者だけだぞ? 聖職者とか騎士とか冒険者とか」
「え? 何それ、ミラだってターニャだってリンだって結婚してないじゃん」
「ターニアは聖職者だったしリンは騎士だし、何よりあいつ等は長命種だから別だ。ミラは、まだ15ぐらいじゃないか?」
「ちょちょちょ~っとお待ちを。ミラが15? 長命酒って何、長生きするお酒?」
「おいおい、何混乱してるんだ。長命種ってのは300~500年ぐらい生きる種族だよ。ターニアやリンの本当の年齢は、聞かないと解らないぞ」
行き成り俺を押し倒し、伸し掛ってきて、懸命な顔をして聞いて来る。マウントポジション取られてしまった。
この体勢はまずい。柔らかい梓のお尻が俺の腹の上に乗っかっていて気持ち良い。
梓の世界じゃ、17じゃ女として出来上がっていないって事か? もしかしたら長命種並なのかも知れないな。
「が~~~ん。ちょっと年上ぐらいかと思ってたのに。あ、じゃぁ、二人が胸が大きいのは気にしないで大丈夫だね。げっ15のミラに負けてるって事? ショック」
「何故、そこに行き着くのか解らないが、それは個人差だろ」
俺の体の上で、胸を下から持ち上げてクニクニと腰を振るな。
「うぅぅ、これは由々しき問題だ」
「何がだよ。梓は、もう冒険者なんだから、気にする必要ないだろ?」
「気にするわよ。私はまだ、花も恥じらう乙女なの!」
「冒険者は、気が向いた時に結婚引退は、結構あるぞ?」
「そ、そっか、キャリアウーマンみたいな者なのね。解ったわ」
「よく解らないが、結婚したいなら、男見つければ良いだけだから、そんな気にする事ないぞ。梓可愛いし、いくらでも相手は居るさ」
「え? え? 可愛い? 本当?」
「あ、ああ、本当だぞ。ベルに聞いても良い」
全く、百面相な奴だ。泣いたり、落ち込んだり、怒ったり、笑ったり。情緒不安定なのか、感情豊かなのか。両方か。
俺の体の上から飛び退いて、ぺったんと女の子座りで、くねくねしてる。
「じゃ、じゃぁ、俺はそろそろ寝るからな」
「私も寝るぅ~」
こっそり天幕に戻った俺達は、こっそり自分のベッドに入り、こっそり眠りに付いた。
入った途端、ベルがしがみついてきたり、梓がこっそり俺のベッドに入って来るのも何時もの事だ。そろそろ我慢も厳しいんだが、皆が同じ天幕に居るので何も出来ない。
「むぐっ!」
「おやすみ」
梓に唇を奪われてしまった。
これは、そろそろ作戦を考えるべきか、このままの状態を甘んじて居るべきか悩ましい限りだ。
それからの道中は特に問題なく進んでいる。何も無い平原だし後ろにはゾロゾロと護衛兵が付いて来ているので、野盗もあまり襲って来る事は無い。偶には、有るな。
「ターニア、ご機嫌だな」
「あ、すみません。風の精霊さんが、色々教えてくれるので、楽しくって」
「そっか、良かったな」
「はい、あ、何か近付いて来るみたいです。結構大勢な人?」
それは、俺もシルフィに聞いて知っていた。どうやら、ここいら一帯を牛耳っている大きな野盗みたいだ。
砂煙を上げてこちらに近付いて来るのだが、ご愁傷様な事だ。ターニアは、そこまで解らなかったらしい。
これは、精霊との年期と言う物だ。精霊がターニアに対して何を伝えれば良いか、ターニアが何を望んでいるかと言う様な事が、まだ上手く噛み合っていないのだ。
「止まれ!」
俺達の進路を阻む様に、20人ぐらいの野盗が、馬を俺達の前で止める。
砂煙は続々と集まって来て、姫さんの後ろの馬車すら囲む程の人数だ。有に100人は超えている、下手をすると300人ぐらい居るかも知れない。
「結構な馬車だな。命が惜しかったら、身包み剥いで置いていけ。女は、こっちで剥いでやるがな。ガッハッハ」
護衛兵も下手に動こうとせず、馬車に近い位置に馬を寄せている。それを野盗達は、怯えていると受け取ったのか大笑いしている。
「はぁ~。あんまり殺したくないんだけどな。雷電」
梓が、ボソっと言うと、俺達の周りに一瞬で雷が落ち、野盗共は、ブスブスと煙を上げて馬から転げ落ちた。
馬は、気絶しているだけの様だ。全く、器用な物だ。護衛兵達が賺さずやってきて、俺達の前の野盗共と馬を道の端へ避ける。
これだけでも、梓が旅をしているメリットは有るだろう。これで、ここいらの大きな野盗集団が一つ失くなったのだ。
こう言う時の後始末を護衛兵達でやってくれるから助かる。俺だけだと、野盗共の荷物を漁って金目の物は取ってから街へ行って報告してと、下手をしたら連れてきてと結構面倒なのだ。
護衛兵達は数名を残し、斥候兵だか連絡係りだかを走らせて、迅速に処理してくれる。その代わり臨時収入が無いが、お尋ね者だとかの報奨金は姫さんがちゃんと分けてくれるらしい。
こうやって、俺達を白昼堂々と襲って来る野盗は少ない。殆どの野盗は、護衛兵の数を見て、手を出さないからだ。
手を出してくるのは、こう言う数に物を言わす輩と野盗の振りをした暗殺者だ。
しかし、野盗の振りをして俺達の目の前に立った時点で、梓から雷が落ちる。
闇に紛れての暗殺者は、全てルナが始末してくれる。
何処の誰がと言うのは解らなくなるが、俺達に被害が及ばなければ問題ない。聞けば、ルナが教えてくれるのだけどね。
俺達を襲って来る暗殺者と言うのは、結構居るらしい。
稚拙な姫さんの行動ですら煙たいと考えている奴が結構居ると言うのと、密かに梓を狙ってる者、ターニアを狙ってる者、リンを狙ってる者、そして何故か俺を狙ってる者まで居ると言う事だ。
金を払って暗殺者を向けるぐらいに恨まれていると言うのは、納得出来ない所だが金持ちの考えている事は解らない。
文字通り風の噂では、俺達の暗殺料金は跳ね上がって居るそうだ。シルフィは、面白がってそう言う事まで教えてくれる。
風の精霊は悪戯好きなのだが、俺はスカート捲りぐらいの悪戯で満足なんだよ。あんまり怖い悪戯しないでくれよ。
これは、先日知ったのだが、俺達は、姫さんを含めた6人パーティらしい。つまり、これらの報奨金は姫さんのパーティへ払われると言う事だ。
姫さんは俺等を雇って魔王討伐へ向かっている位置づけで、馬車や護衛兵は姫さんの装備扱い、馬と同じだと言う事だそうだ。
どう言う政治的配慮が働いているのかしらないが、このためギルドに出ている討伐依頼なども報告すれば報奨が入る事になっている。
王宮では姫様直轄の対魔族部隊として給料を貰い、外向けには姫さん込みのパーティとして報奨を貰う。
給料以外の買取やなんかはギルドにやらせていると言う事だな。それはそれで、上手い方法だと思う。
「海だぁ~っ!」
梓が声を上げる。大きく息を吸い込むと潮の匂いがする。ここらの海は、エメラルドグリーンで透き通る様に美しい。
「綺麗だねぇ~。南国の海みたいだよ」
「いや、南国だけどな」
「ねね、ちょっと近くに行ってみていいかな?」
「良いんじゃね?」
梓は、馬を走らせ砂浜に入って行く。近くで見ればこの辺の水は透明度が高く、泳いでいる小さな魚すら見えるだろう。
波打ち際を馬で走らせている梓。本当に、単純な事で一喜一憂するものだから、梓が喜んで居るとこっちまで嬉しくなってしまう。
「今日は、ここらで野営としますか?」
「それは止めた方が良いと思うぜ。海際は、夜中になると、うぞうぞと海洋性の魔物が上がってくるぞ?」
「そ、そうなのですか。それは知りませんでした」
「きゃぁ~っ!」
姫さんと話していると、梓の悲鳴が聞こえ、そちらを見る。梓は、変な触手みたいなのに巻き付かれていた。
「あれは、蛸?」
「蛸ですね」
「蛸だな」
「助けに行く」
呆けている俺達を置いて、ベルが一気に梓の元へと馬を走らせいた。俺達も遅れて馬を走らせる。
「何でこんな砂浜に蛸が居るんだ?」
「解らんが、急ぐ!」
見ると梓は、馬鹿でかい蛸の足に手足を絡め取られて動けない様子だ。なんと言うか艶かしい。
短いスカートは捲れ上がってるし、なんか蛸の足の細い所が、梓の胸の形に纏わり付いている。
そもそも蛸って獲物を捕まえたら、すぐ丸呑みしてしまうはずだが、何してるのかと思ったら梓がちまちま雷落としているから戸惑っている様だ。
「でぇ~いっ!」
リンがハルバートで斬りかかるが、一本切っても他の足がまた梓の足を絡める。
「いやぁ~っ、何このスケベ蛸! 放しなさい! 酢蛸にして食べちゃうわよ!」
食べるのか? 虫は駄目なのに蛸は食べれるのか?不思議な奴だ。
「燃えろ」
ベルが短い詠唱で魔法を発動させる。詠唱省略か、規模を小さくしたからか。
しかし、梓に当たらない様にしているためか、あまり効いてない様子だ。
「ちっ、仕方無い」
俺は一足飛びに飛び掛り、一気に梓の手と足を絡めている四本の足を斬り落とすと、梓を抱えてその場を離れる。
俺が離れたと途端に、ベルの極大炎が蛸を襲う。蛸は盛大に墨を吐きながら、海の中へ消えて行った。
「あぁ~、何これぇ~。もう最低~っ」
墨で真っ黒になった俺達を「やれやれ」と言う感じで、姫さんとターニアが見て居た。梓と居ると、本当ハプニングが絶えない。
しかし、さっきの蛸はエロかった。
「しかし、何でこんな所に蛸が?」
「え? なんか変なのが浮いてたから、ちょっと突いたら蛸だった」
梓、なんでもかんでも手を出すのは、止めようね。
俺達は、波打ち際で蛸の墨を洗い落とし、街道の方へと戻って行く。海の水で洗っても塩でベタベタして気持ち悪い。
「どこかでお風呂に入れる様に致しますね」
「お願いぃ~。パンツ真っ黒になって取れないぃ~」
いや、捲って見せなくて良いから。
川原を見つけた俺達は、即席の露天風呂を作成した。
ベルが土魔法でその辺りの石を上手く避けて、川から水を引き込む様にした上で、火魔法で水を暖めてくれたのだ。
水姫に頼めばこれくらいすぐに作ってくれるのだが、ここはベルに花を持たせるべきだろう。
天幕を張って貰い、俺達は順番に即席の風呂に入る。流石に誰が通るか解らない様な所では、隠れたいらしい。
一般的な羞恥心が残っていて良かったよ。侍女達も一緒に入って、俺達の墨で汚れた服を洗ってくれているらしい。
俺は、着ている物を脱いで、身体は川で洗って、服だけ洗濯して貰う。
梓達も、流石に侍女達まで居る処に入って来いとは言わなかった。言われても行きませんよ? 周りの護衛兵の眼が怖いもん。
今日は、ここで野営すると言う事だ。海に近い気がするが、川から常に海へと水が流れているため、こう言う所には海洋性の魔物は上がって来ない為問題ないだろう。
梓は、さっき切り取った足を焼いて食べようとしている。俺達に蛸を食べる習慣は無い。あれは魔物じゃないのか?
「だ、大丈夫ですか?梓様」
「大丈夫、大丈夫。毒ったら、お願いね、ターニャ」
「そんな無理して食べなくても宜しいのでは?」
「だって、誰も食べた事ないんでしょ?」
「そんな気色悪いもん食えるか」
「虫の幼虫の方が、私にはキモイわよ。うん、普通の蛸だ。いけるよ?」
違う意味で勇者だな梓。差し出された蛸の足を、俺はナイフで少し切り取って食べて見る。
なんかゴムゴムした感じだが、悪くない。
「ああ、食えない事は無いな」
「そ~だ、醤油あったよね。後、山山葵も。蛸ワサだ」
梓は、エルフからお土産で貰った魚汁と山山葵を卸して、それを付けて食べて居る。
「おぉ~、これなら刺身でも行けるかな? でも、ちょっと怖いから、やっぱり火を通さないとね」
「これは、確かに。また酒に合いそうだな」
「烏賊も居るのかな?」
「あれも食べるのか?」
「干して、スルメにすると酒の肴に美味いんだよ?」
「海産物好きなんだな?」
「そうでもないよ。本当は肉の方が好きだけど、偶にはね」
「その割には嬉々として食ってるぞ?」
「だってターニャの故郷に行くまで、ずぅっと肉、肉、肉、だったんだもん」
「俺達の食事は、そんな物だけどな」
「コレステロールが溜まるぅ、太るぅ、便秘になるぅ」
「最後のは解ったが、女の子が口にする言葉じゃないだろ」
「後は、カレー食べたいなぁ」
「スルーかよ。そしてまた、奇怪な言葉を」
「それは、どの様な食べ物なのですか?」
「うんとね、香辛料を一杯入れて、野菜とか肉を煮込んだ辛い食べ物だよ」
「そ、それはまた、斬新な食べ物ですね」
「暑い地方だと、有りそうなんだけどね。辛いから食欲を唆るんだ」
梓が振舞った寿司と言う物が、思いの外美味かったので、皆、梓が言う知らない食べ物には興味深々だ。
「あ~あ、こんな事なら、もっと料理の勉強しておけば良かったなぁ」
「梓殿は、色々な事を習っておられたのだな」
「普通だよ。義務教育って言ってね。9年間は保護者が教育を受けさせる義務があるの。ま、その後も高校大学って7年から9年ぐらい学校に通う人が多いんだけどね」
「とても裕福で、勤勉だったのですね」
「まあ、貧富の差は有ったけど、それなりに先進国だったからね」
「先進国とは何ですか?」
「世界中でも、それなりに先に進んでる国かな」
「だけど、蛸は食べるのか」
「それは、民族性って奴だよ。言ったでしょ? 島国だったって」
「確かに聞いたな」
食事は、何時もの様に梓の元の世界の話で盛り上がった。
半分も内容を理解出来ないが、とても進んだ文化を持っていたと言うのは理解出来る。
特に雷の話や、水が温まると出る湯気の話などは、ベルとターニアが食い入る様に聞いていた。
「だからね、物は有る温度になると解けるんだよ。逆にある温度以下になると固まるのね。で、溶けた物を更に温度を上げると蒸発するんだよ」
梓によると、全ての物は固まりから液に、そして空気になるらしい。そう言えば溶岩も冷えれば石になるし、鉄も熱で溶かす事が出来るからな。
だが、はっきり言って俺は眠くなる。地面が動いていようが、空が動いていようが、俺には、どちらでも良い事だ、
この手の話を何時までも聞いているのは、ベルとターニアだ。俺とリンは早々リタイア組みである。
俺は、激しい雷の音で目が覚めた。どうやら梓の話を聞きながら、テーブルに突っ伏して寝て居たらしい。
毛布が掛けられている。俺を移動させるのは重たかったのか、起こさないようにしたのかそんな処だろう。
まだ深夜の部類だと思うが、激しい雨で川が氾濫でもすると面倒だ。天幕を出ると雷を伴ったそれなりの雨が降っている。
「ハオ」
「はいですぅ~」
「調子はどうだ?」
「絶好調ですぅ~」
「そうか。良かった」
「ちょぉっと雷補給してくるですぅ~」
「ああ、気を付けてな」
「あは、シノたんは心配性なんですからぁ~」
そう言ってハオカーは雲に向かって行く。特に問題は無い様子で良かった。俺は、安堵の息を漏らすと、水姫を呼び出す。
「水姫」
「う~ん、眠いのですわ」
「悪いな」
「仕方ないのですわ。シノの頼みとあらば、何時でも参上しますよ」
「この雨で氾濫とか無いか?」
「そうですね、すぐに止みそうですし、大丈夫そうですわ。もし、氾濫してもここだけは大丈夫な様にしておきますわ」
「助かる」
「私もシノが居なくなったら困りますから、当然の事ですわよ」
これで、氾濫も心配しなくて大丈夫だろう。しかし、寝る必要が無い癖に眠いって言うのは、何の冗談なのか。
「ルナ」
「どうしたんだい?」
「今日は、暗殺は来てないかなと思ってね」
「そうだね、今日は多量に処分したから、暫く来ないんじゃないかな?」
「あの野盗の中に入ってたのか」
「じゃないと、タイミングよく、あんな数で来ないよ」
「それもそうだな。有難うな」
「それがボクの仕事だからね。じゃゆっくりとお休み」
暗殺も心配なさそうだ。勿論ルナを信用しているが、偶に話を聞いておかないとね。
後は、何かしておく事は無いかと考え、まず大丈夫だろうと天幕の中へ戻る。
そうだ、ターニアを起こしてやろう。雷の精霊はまだ契約していないと言っていたと思った。
ターニアの寝ている方に行き、肩を揺すってターニアを起こす。
「ターニア、ターニア」
「は、はい。何か有りましたか?」
寝ぼけ眼を擦りながら、ターニアが起き上がる。こいつら寝間着と言う物を着ないのか。
いや、冒険者なら、そんな物着る奴は居ないか。
どうも環境が整い過ぎていて、旅をしていると言う感じがしないので判断がおかしくなる。
俺が意識し過ぎているだけなのだろうか。
「いや、雷が出てるぞ。雷の精霊と契約出来るかも知れない」
「あ、そうですね。やってみます。有難う御座います」
ターニアは精霊達に名前を付けないでxxの精霊様と呼ぶ。俺は、水姫と火竜以外は名前を付けた。
水姫は、最初に自分で水姫だと言ったから、それが名前だと思っていたのだ。
火竜は、火竜で良いと言ったので、そのままだ。サラマンダーと呼ばれるよりマシだと言っていた。
その辺りの感覚は、よく解らない。奴等と出会ったのは、俺が子供の時だから、友達が居なかった俺が、名前で呼びたかっただけの話だ。
ルナは、俺が考えた名前を尽く却下してくれた。その却下した中のレムを光の精霊が取った為、慌てて次のルナを取った感じだった。
ドンは一発オーケーである。何となく土から顔を出すのが、ドンちゃんて感じだったからなんだけど、今思えば子供の感覚だ。
ハオは、自分でハオカーが良いと言っていた。何か思い入れが有る名なのかもしれない。
暫くするとターニアは、ずぶ濡れになって天幕の中に戻って来た。俺はタオルをターニアに投げて渡す。
「どうだった?」
「はい、契約に応じてくれました」
「そうか、良かったな」
「はい、有難う御座いました」
時々雷の光でターニアが下着姿だったのが解る。そんな格好で表に出ていたのかと思ったが、今は、真夜中だしどうせ濡れて着替えるなら合理的かと思い直した。
俺は、ベッドに潜り込む。ガサゴソと衣擦れの音がするが、濡れた下着を着替えているのだろう。
流石にそっちを見るのは、紳士的では無いと、俺は背を向けて眠りにつこうとした。向いた方向に、梓の顔が有ってドキッとしたのだが、眼を瞑り寝る事にする。
翌日は、昨夜の雷雨が嘘の様に快晴だった。墨で汚れた服も綺麗に洗濯され、少し湿っぽいが着れない事は無い。
「よぉし、港に向けてしゅぱぁつ」
今日も梓は元気だ。俺達は、肩を竦め梓の後に続く。何事もなければ、今日中には港街に着くはずだ。
穏やかに感じるが、梓が一緒ならまた何かやらかしてくれるのだろう。
それが面倒だと思うのだが、楽しみでもある。刺激的なのだ。
心地よい潮風が吹く、朝の海岸通りに馬を進める。海猫が飛び交い、遠くには帆船も見えて居た。