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第七話 プリンセスプリンセス

 俺達は、あれから森へ向かって進んでいる。街道的な問題なので避けて通る事も勿論可能だが、この先にはエルフが治める街が有る。

ターニアの故郷らしいから、行ってみると言う話になった。

ターニアは行きたいのだが、行きたくないような複雑な心境の様だが、出来れば呪いが解けた事を母親に知らせたいと言う思いがあるらしい。

当然の様に梓が、逢えるのに逢わないなんておかしいと、強行したのは言うまでもない。

それは、そうだろう。梓は逢いたくても逢えないのだから。ターニアもそれが解っているから頷いた様だ。


 森と言っても梓を拾ったイザヴェル平原の東に有る森とは、規模も生えている草木も違うし何より整備された街道が有る。

街道と言っても鬱蒼とした森の中のため、昼間でも薄暗い。かなり南に位置するのだが、そのお陰で陽の光を真面に受けないので過ごし易いと言えば過ごし易い。

梓を拾った場所を森とするなら、こちらはジャングルとでも言えば良いだろうか。一度入ると何時出れるのか解らない程の規模だ。

ただ、この森を抜け出た所には、海に面した港街が有る。梓は、そちらに行くのが本来の目的みたいだ。


 エルフの治める街は俺も行った事が有るが、自然と共に生きると明言しているエルフらしく、文明的な物があまり無いのと森に生息している為、火を本当に料理ぐらいにしか使わない。

その代わり灯りや、ちょっとした生活に精霊による魔法が多種多様に使われている。そもそも暖かいと言うより暑い地方の為、暖を取る必要が無いのも火をあまり使わない要因だろう。

確かにそんな街で精霊が使えないターニアは、暮らして行くのも辛かっただろう。


「ねぇ、シノ?」

「なんだ?」


 旅の先頭は梓だったのだが、梓自体は道を知らないしペースも解っていない。必然的に俺が梓の隣に馬を並べて進むのが、当たり前に成っている。


「今から行く所って、美味しい物あるかな?」

「あぁ、森に居る獣や、森に生える野生の野菜、川に住む魚や、鳥や卵も豊富だ」


「本当!」

「香辛料も豊富で、色々な味付けが有って、木の蜜を使った甘味も有る」


「わぁ~、楽しみだなぁ」

「中でもカブトムシの幼虫は、栄養も豊富な貴重な食べ物とされている」


「む、虫の幼虫?」

「あぁ、あれは美味いぞ」


「わ、私はちょっと、遠慮しようかな?」

「なんだ、嫌いなのか?」


「い、いや、虫はちょっと苦手かな? なんて、あは、あはは」

「梓にも苦手な物が有ったなんてな」


 そう言えば、蜂の子も甘くて美味しいのに食べてなかったな。人其々好き嫌いは有る物だから仕方ないか。


「うわぁ~、何なに? あれが、エルフの街?」

「そうだ、エルフの治める街、スピリチュアルだ」


 そこには、至る所に精霊達が存在し、キラキラと煌めいている街が見えて来ていた。

建造物等は、自然の木を上手く利用して作られており、まるで木に寄生している様な家屋だが、精霊の煌きが幻想的な物に見えさせてしまう。


 シルフィも興奮しているのが解る。これ程多くの精霊が居るのは、この世界広しと言えどもここだけだろう。

ターニアを見ると目に涙を浮かべている。以前は見えなかった精霊達が、ターニアの目には映っているに違いない。

故郷に帰って来た感慨と、呪いが解けた実感が、きっとターニアの涙腺を緩ませているのだ。


「ん?」


 街に近付いて行くと、街の入口に大層な数のエルフが見える。俺達がその前に着くと、やけに風格の有る煌びやかなエルフの女性が前に出て来た。


「ようこそ、勇者様。わたくしが、エルフの女王、マーニア=エル=フォレスターで、御座います」


 女王さん自らお出迎えかよ。まぁ、精霊で俺達が来る事は解って居たと言う事なんだろうが、これまた凄いお出迎えだ。

俺達は馬から降りて、姫さんの到着を待つ。こう言う政治的な外交は、姫さんの役目だ。と思っていたのだが。


「母様!」

「ターニア?ターニアなの?」


「はい、母様、私、呪いが解けたのです」

「まぁ、顔をよく見せて下さいな」


 なんですと?ターニアは馬を降りると、女王さんに抱きついて居る。

女王さんはターニアの頭の被り物を取ると、その尖った耳を見て手で触れ、そして涙を浮かべターニアを抱きしめた。


「あぁ、ターニア、可愛いターニア。何方なのです? 何方が貴女の呪いを解いて下さったのですか?」

「それは、その………」


 ターニアが言い淀んで居ると、女王さんが俺達を見渡す。やばいな、エルフには精霊が見える。女王さんなら俺の周りに居るシルフィや、他の精霊の気配まで解るかもしれない。

女王さんは、俺の顔とターニアの顔を交互に見る。俺は、顔をそらしてポリポリと頬を掻くぐらいしか出来ない。

そして、間の悪い事に姫さんが追いついて来てしまった。


「初めまして、フロン王国の第二王女、ミラ=クル=フロウと申します。この度は勇者様共々、数日の滞在をお願い致したく参上致しました」

「そうですか。わたくしが、このスピリチュアルを治めるエルフの女王、マーニア=エル=フォレスターです。歓迎致しますわ」


 姫さんのスカートの裾を摘んだ挨拶も堂にいった物だ。やはり、こう言う外交に出慣れて居るのだろう。


「有難う御座います」

「皆様の馬や馬車は、こちらでお預かり致しましょう。ささ、一緒に来て下さいな」


 女王様は、一先ずターニアの解呪については、触れないでおいてくれるようだ。空気の読める人で助かった。

しかし、ターニアがエルフの王女様だったとはね。精霊魔法が使えないから、その膨大な魔力を治癒魔法習得に向け、フルヒールまで習得したと言う事か。

これで上位精霊まで契約したら、無敵なんじゃね? まぁエルフお得意の弓とかは、習ってない見たいだけどな。


 そこでふと、俺は嫌な予感が芽生えた。


「なぁ、リンまで、竜人族のお姫様だなんて言わないよな?」


 お、おい、眼を逸らすなよ。俺の背中に、滝の様に嫌な物が流れるだろうが。


「す、すまん。だ、だが我らは数も少ない! 領土だって、ベルの領地の方が大きいくらいだ。だ、だから、その、姫なぞと扱う必要はない。そもそも私は戦士だ」


 あ~あ、マジかよ、驚愕の事実。パーティプリンセスプリンセスだぜ。なんか戦わせるのが怖くなって来たよ。


「凄いねぇ~シノ。私とベルちゃん以外、王女様パーティだよ? これなんてエロゲ?」

「いや、また何言ってるか意味不明だから」


 お前は姫さんじゃなく、女王様って感じだけどな。とは口が裂けても言えない。

道程、煌びやかな装飾品店等を、眼を輝かせて梓は見て居る。こう言う所は年相応の女の子と言う感じだ。


 ベルは、あまり興味が無さそうだ。俺の手を握りしめて、淡々と歩いている。こう言う時は、トコトコと歩いて来て、すっと手を繋がれてしまう。

なんか気の弱い妹が出来た気分だ。


「ベルは、ああ言う装飾品には興味無いのか?」

「下手な装飾品は、魔法に悪影響を及ぼす」


 そう言う物か。この子は色んな物が見えてしまうらしいからな。本当に嬉しそうな女王様とターニアが羨ましいのかも知れない。

本物の女王様に案内されて、俺達は、エルフの街の王宮内へと導かれて行った。




 しかし、と俺は思う。この女王様も豪快だが、よくよく考えると何処の王様もお后様の尻に敷かれてるのが現状だ。

傲慢な領主でさえ、第一夫人に頭が上がらない事が多い。例外はベルの所の様に夫人が居ない場合だが、その場合、親からの遺産で家を継いでいる場合が多く、衰退の一途を辿るのが目に見えている。

世の中と言うのは、実は女性が仕切っているのかも知れない。

と、ぺちゃくちゃと喋っている女性陣を尻目に、俺は出されている食事を啄んでいた。


 いや、入れないんだって、コロコロ話題があっち行ったりこっち行ったりするガールズトークには。

俺の癒しのベルは、お腹が膨れたのか、俺の膝枕で寝息を立てているし、酒まで入って女王様は超ご機嫌で留まる所を知らない。

軽く「エスタールを処刑しなさい」とか言っちゃってるし、怖いよ女王様。


 エスタールってのが、ターニアに呪いを掛けた張本人らしい。ターニアの呪いを解く方法を知っているはずと、長年拷問に掛けていたらしいが、ターニアの呪いが解けたなら様済みって事だ。

その男も哀れな者だ。人間の男に嫉妬して、呪いを掛けて、マーニアに言い寄った所、捕まって延々拷問の日々だったと言う事だ。

それはそうだろう。女王であるマーニアには、その気になれば精霊が全て教えてくれる。マーニア以上の精霊への強制力が無ければ、隠し通す事など出来ないと解らなかったのだろうか。

そう言う暗い話も、和気藹々と話している話題の間に挟まれて、怖いよ、本当、女って怖いよ。


「こ、これは!」

「どうした?梓?」


「これってライスペーパーですよね?」

「ライスペーパー?」


 皆が、梓の言葉に疑問符を浮かべている。梓が持って居るのは、少し透けた生地に野菜や肉等を巻いたエルフ特有の食べ物だ。


「このっ! この生地。これの原料有りますか?」

「え、えぇ、米ですわね」


「米! お米が有るんですね?」

「ちょっと変わった畑に成るのですが、この地方では年に2回収穫出来るので、色々な材料になっているのですよ? お酒とか。ご興味がお有りでしたら、明日案内させますわ」


「是非っ! 是非お願いしますっ! 後、このソースは醤油ですよね?」

「醤油? と言うのが解りませんが、それは港街から仕入れている、魚汁と言うソースですよ」


「魚汁………、きっと魚醤ね。あの、生魚を食べる習慣って有りますか?」

「そうですね。薄く切って酢を掛けたりしますが、食べない事は無いですよ。良ければ明日にでもお出しして差し上げますね」


「カルパッチョだ。嬉しい、嬉しいよ、シノ!」

「解った、解った、そんな事ぐらいで泣くな」


 泣くなとは言ったが、故郷で食べてた物なのだろう。俺は、梓の頭をポンポンと叩いて撫でてやる。

しかし、女と言うのは凄い。さっきまで泣いていた梓だが、今度は出て来たデザートをパクパク食べて居る。あの細い身体の何処に入るのやら。


 満足した俺達は、1室に案内された。一人一部屋用意すると女王さんが言ったのだが、梓が頑なに全員を一部屋でお願いすると言った為だ。

流石にターニアは、俺達と同じ部屋では無い。親子水入らずを邪魔してはいけないと、梓もそこまで固執しなかった。




 翌日は女王さん自ら、街と言うか水畑と言う物を案内してくれた。森の中に開けた場所が有り、まるで沼地の様に水が溜まっている畑だ。


「お米だよ! シノ、お米だ!」

「解った、解ったって」


 梓は、興奮して稲穂を眺めている。見た目は麦かと思ったのだが、違うらしい。今は青々としているが、もうすぐ収穫の時期だと言う事だ。

燥いで走り回る梓が、畦道で何かを見つけた様だ。


「こ、これは」

「それは、雑草ですよ。辛くて食べれたもんじゃない」


山山葵やまわさびだ。これ、貰って良いですか?」

「あ、ああ、構わんよ」


 説明してくれていたエルフの老人は、変な物を欲しがる梓に怪訝な顔をしながらも了承してくれた。


 ターニアが、エルフの正装っぽい、女王さんと同じ様な格好をしている。何時もの神官っぽい服じゃなくて新鮮だ。

エルフの服は、身体の線がはっきり解る形の物が多く、起伏のはっきりしているターニアは、かなり扇情的である。

梓は、「チャイナドレスだ」等と訳の解らない事を言っていたが、スリットが深く入っており、太腿が艶かしい上にヒップラインがピチッとしていてエロい。

女王さんは、持ってる羽で出来ている大きな扇子が、また似合っている。


「どうですか? シノ様、ターニアを娶りませんか?」

「な、な、何を言っているのです?」


 声が裏返ってしまった。燥いでいる梓を横目に女王さんが、こっそり俺に耳打ちしてきたのだ。


「今すぐとは申しませんので、考えておいといて下さいまし」

「はぁ」


 ターニアが申し訳無さそうな顔をしている所、昨夜、ターニアと二人っきりになった時でも解呪の話をしたのだろう。

ハーフエルフと言ってもエルフと何の違いもない。特異な俺となら、精霊と強い絆を結べる子が出来るとでも考えたのだと思うが、それは間違いだと思う。

波風を立てる必要もないので、今は曖昧に返しておく。


 エルフと言っても人間を毛嫌いしている訳では無い。一部の古い掟を重んじる年寄りには、他種族との交わりを忌諱する者も居るが、女王自ら人間との間に子供を作るぐらいだ。

但し、長命種で有る事に違いなく、当然先に人間の方が老いて死んで行く。ターニアが修行に出されて居たのは、容姿故でなく呪いの他の影響が解らなかった事と精霊と契約出来なかった事が大きい。

神官が多く居る聖域では、何か有った時の対応も速やかに行って貰えるだろうと言うのも有った様だ。


 王宮へ戻って軽い昼食を取った俺達だが、梓は持って帰った山山葵とかを持って何処かへ消えてしまった。

姫さんは女王さんと政治的な話が有るとかで、リンを連れて話に行っている。

俺は、ベルを連れて街を探索することにした。装飾品に興味を示さなかったベルだが、エルフは魔法具でも有名だ。掘り出し物が有るかも知れない。


「どうだ? ベル。何か良さげな物は見つからないか?」

「殆ど、精霊の加護が主だから、私にはあまり意味が無い。シノの方が有用」


「ああ、そうか。それで前来た時、結構色々有るなと思ってたんだけど。そうか、普通の魔法使いには意味が無いのか」

「シノは、ターニアと結婚する?」


「聞いてたのか、まぁ選択肢の一つが増えた程度だよ」

「私も選択肢?」


「そうだな。後5年ぐらいしたら、飛びっきりの美女になりそうだからな」

「解った」


 こんな言葉でも嬉しそうなベルに、ちょっと罪悪感を感じる。嘘は言っていないから、ベルはそれで満足なんだろう。

ここは悪貴族みたいに、皆纏めて娶ってしまいたい所だが、俺にはそんな甲斐性は無い。

そもそも梓の問題にケリを付けてやらなければ成らないだろうし、その後に俺が皆の傍に居れるかは、かなり低い確率だと思ってる。


「あれは何?」

「ああ、あれはクレープって言う、スイーツだ。甘くて美味いぞ」


 小麦粉を水で溶かして薄く焼いた物に、フルーツや生クリームやここらで特産のシロップがかかっている。


「美味しい、皆に買っていってあげる?」

「ああ、そうするか」


 どうやったらあの糞爺から、こんな優しくて可愛い娘が出来るのか、全く生命の神秘と言う物だ。

しかし、街に居る人間率は、やはり低い。俺達以外の人間をまだ見ていない。獣人族や妖精族は結構居るのだがな。

エルフが人間を嫌っているのでは無く、人間がエルフを嫌っているのでは無いかと思える。

おっ? これは結構真理を付いていてるかもと、我ながら思ってしまった。


 エルフは自然を愛し、自然の掟に厳格だ。乱獲など許す事は無いし、森を破壊するような開拓も認めない。

だから人間側としては、エルフは人間が嫌いだと感じエルフと距離を置くのか。俺って冴えてる。

ラビアンの言っていた哀れな種族と言う物が、自らの欲望の為に争う事を止めれない種族と言う意味なら、確かに人間はそこに当て嵌る。


「ん、確かシノと言ったな?」

「って、お前は、ラビアン! 何故こんな所に居る?」


 そこには、ベルの領地でオーガを従えていたラビアンが、普通にクレープを食べていた。

黒い肌に真っ赤な眼と真っ赤な唇。頬っぺたに付いた白い生クリームがアクセントだ。

俺は、咄嗟にベルを背中に回し、剣に手を掛ける。


「そう、気色ばむな。我もここの食べ物は、好物でな」

「だからって、魔族がほいほい来れるのか?」


「ああ、エルフは精霊を纏う者には、それなりに接してくれるのでな」

「お前が纏っているのは………、確かに精霊だな」


「うむ、我も魔族領の統治者の一人なのでな。こうして大陸を巡っておる」

「魔物を引き連れてか?」


「そんな訳あるまい。まぁその土地の魔物の愚痴を聞いてやるぐらいは、しておるがな」

「愚痴って何だよ」


「難しいぞ? 何故自分達は魔物なんだとか、何故この土地で産まれたのだとかだ」

「やけに、哲学的だな。俺を恨んでないのか?」


「恨む? なんでじゃ? それより再び逢ったと言う事は、偶然ではなく必然と言う事じゃな」

「どう言う意味だ?」


 ニヤリと笑う赤い唇から犬歯が見えてるよ。白く光ってるよ。


「鈍感な男よ。我と交わらんかと言うておるのじゃ」

「ま、交わる?」


 少し視線を下ろすと、爆乳が目に飛び込んでくる。


「駄目」

「おお、わらしも、あの時に居たの。なんじゃシノは、幼女趣味だったのか?」


「訳の解らない解釈をするな」

「私は、幼女じゃない」


「ふむ、我も待っておるからの。気が向いたら、襲いに来てくれ」

「俺が襲われるの間違いだろ」


 笑いながら、去って行くラビアン。確かに獣人族も多く居るので、黒い肌で、露出過多な格好でも違和感が無い。

黒い肌に黒いパンツは、お尻に食い込んでいて裸に見えない事もない。じゃなくて、よくよく見れば、あいつオーガじゃないか。

良く俺は、生き残って居たものだ。オーガ、鬼人族。その戦闘能力は魔族の中でも桁外れだ。しかも奴は魔王の娘とか言っていた。

ん? あいつも姫さんて事か? なんか混乱してきた。




 その夜、食卓に並んだ料理は、見た事も無い物だった。


「な、何だこれは?」

「いやぁ、頑張っちゃった。精米をどうしようかと思ってたんだけど、お酒作ってるって言ってたからそっちを紹介して貰って、お酒用に籾殻を精米したお米を貰って来たんだ」


「この白いのが米って事?」

「暖かい主食と言うのは、焼きたてのパンぐらいしか食べた事がありませんでしたわ」


「味噌汁が無いのが、ちょっと寂しいけどね」


 そう言って梓は二本の棒を器用に使って魚の切り身に、あれは山山葵を卸した物だろう、それに魚汁を付けて食べている。


「くぅ~っ! 効くぅ~っ! これよこれ」


 女王さんや姫さん達も、恐る恐る梓を真似て口を付ける。


「くっ、た、確かにこれは、魚の臭みが消え、刺激的ですわね」

「この、お米を炊いた物は、すこし食べ難いのですが、確かにこの魚の食べ方に合いますわ」


 皆して鼻を抑えて涙を流しているが、なんか微妙に好評?


「照り焼きも作って見たんだけど、どうかな?」


 確かにテカテカと光ってる、照り焼きと言う言葉がそのままの魚が有る。

俺は生よりそっちの方がマシかと、それを一口摘んだが、う、美味いのか? 甘っ辛い、微妙な味だ。


「生姜が無かったんだよね、だから今一つ冴えない感じなんだよ」

「勇者様は、変わった料理をご存知なのですね。山山葵は、なんと言うか癖になりますね。これは、栽培して特産品にしてみたいと思いますわ」


「うん、お酒に合うと思うよ」

「確かに。ちょっと、誰か、米酒を持ってきなさい」


 俺も酒で誤魔化す事にして、女王さんが持って来させた米酒と言う物を飲んで見る。

こっちも果実酒程では無いが、なんか中途半端に甘ったるい感じがする。だが、俺は戦慄を覚えた。

この酒は生魚の生臭さを消してしまうのだ。こ、これは、新たな境地だ。


「こ、これは」

「この、刺身と言う食べ方が、米酒に凄く合いますね」


 これは、酒が進む。

これ以後エルフの間で米と米酒が研究され、米酒と山山葵は港街へ流れて行き、刺身と言う食べ方がこの地方の名産の一つとなって行くのだが、それは、また後日の話だ。


「じゃじゃ~ん!」

「今度は、なんだよ」


「これが、お寿司だ!」

「おぉ、勇者様が仰っていた物ですね」


 梓は、器用に桶に入った米を握り、その上にさっきの山山葵を少しのせ、そしてその上に生魚の切り身を乗せた。

米の上に乗せただけじゃないかと思ったのだが、なにか酢の匂いがする。

これは手で持って、魚汁を少し付けて食べると言う梓の説明を聞き、皆、恐る恐る口にする。


「こ、これは!」

「美味しいです!」


「これは、上に乗せる魚や貝とかで味が変わって、何時も以上に食べれたりするんだよ」

「これは、米に酢を交ぜているのですか?」


「酢と塩と砂糖だよ。出汁が無かったのがちょっと寂しいけど、ここの魚とか新鮮だから行けるかなと」

「これは、レシピを教えて頂けますか?」


「ああ、厨房の人達と試行錯誤したから、知ってると思うよ」

「これは、美味いな」


 梓もご機嫌だ。なんか解らないけど、タオルを捻って頭に巻き、「あいよっ!」とか変な掛け声を掛けている。


「もう、勇者様、魔王討伐なんて止めちゃって、ずっとここに居て下さいな」

「そ、それは駄目です」


 姫さんが焦って、場に笑いが巻き起こる。だが、魔王討伐で思い出してしまった。


「女王さん、ちょっと聞きたいんだけど」

「はい、なんで御座いますか?」


「昼間、魔族が街の中に居たんだけど」

「はい、魔族領の方ですね。精霊を纏っておられますし、敵対心も無いようですので許可しておりますわ」


「そうか、許可しているなら良いんだ」

「そ、それは本当ですか?」


「ええ、若干ですが、魔族領とも交易が御座いますので」

「そ、そうだったのですか」


 姫さんは、知らなかった様だ。どう対応して良いのか解らずに思考していると言う雰囲気で黙っている。

この場で言うのは、まずかったかな。場の雰囲気が暗くなっちまった。


「ミラ王女様?」

「は、はい」


「今の情勢では、魔王討伐と言う言葉でも掲げねば、魔界に行く事を認めさせる事は、出来ないでしょう。でも逆に言えば、行く口実が出来たとも言えます」

「はい」


「魔族との交渉の先駆けにミラ王女様が成られれば、この世界の未来も変わって来るのでは無いかと思いますよ。わたくしも微力ながら助力させて頂きますわ」

「有難う御座います」


 おお、流石女王様だね。荒唐無稽な魔王討伐より、よっぽど現実的だ。


「しかし、魔族が交渉の席になど付いてくれるでしょうか?」

「交渉の席に付かせる為に何が必要か? それが解るだけでも進歩だと思いますよ?」


「成程、一歩一歩進めと言う事ですね。解りました。有難う御座います」

「いえいえ、それに、強力な助っ人さんもいらっしゃる様ですしね」


 え? 何で俺を見るのかな? 女王さん。


「聞き及んでおりますよ。魔族と話をしていたと」

「あれは、何でこんな所に居るんだと、聞いただけで」


「つまり、知人と言う事ですわね」

「ベルの領地に居たんだ」


「魔族と対峙して生き残っている。全く底が見えない御仁ですわね」


 これが年の功と言う奴か? なんか追い詰められている気がする。


「その魔族って女なんでしょ?」


 梓、そう言う事だけ鋭いな。いやベル、そこだけコクりと頷くのは何故?


「まぁ! 魔族の女さえ、虜にしてしまっておられるのですね。素晴らしいですわ」

「いや、人を女誑しみたいに言わないで下さい」


「何を仰いますの。勇者様や、うちのターニアまで誑して居る癖に今更ですわよ」

「誑してません」


 全く女は恐ろしい。なんでこんな話を肴にして、笑いを取れるんだ。

まぁ、場を暗くしてしまったんだ。これぐらいで皆が明るくなれるなら、甘んじて受け入れるしかないか。

姫さんも魔王討伐よりも、現実的な方向に流れてくれそうだしな。




 翌日、俺達はエルフの街スピリチュアルを後にした。

ターニアは神官の格好では無く、エルフの服にローブを纏っている。これからは、胸を張って自分はエルフだと知らしめろと女王さんに言われたのだ。

しかし、腹がキツい。あの寿司と言う食べ物は、違う意味でまずい。もう腹一杯だと思っているのに、後一つ、後一つと食べてしまうのだ。

脂の乗った魚が無かったからと、肉の脂の濃いところを薄く焼いた物を乗せたのも、美味過ぎだった。山山葵と魚汁が何故か肉に合う。

お陰で俺だけでなく梓以外は未だ皆お腹が苦しそうで、今朝の朝食は梓以外ジュースぐらいしか飲んでいない。梓恐るべし。


「次は港街かぁ、なんか楽しみだね、シノ」


 お土産に山山葵と魚汁と米を貰い、梓は超ご機嫌だ。


「でもターニャが言ってた通り、本当、皆スタイル良かったね」

「あ、あんまり見ないで下さい。着慣れなくて恥ずかしいんですから」


 馬に乗るときは、下にズボンの様な同じ柄の物を履くらしい。スリットが深いのに生足が見えなくて残念だ。

森を抜けた小高い丘の上からは、眼下に広がる平原と、その先にある海が一望出来る。


「おぉ~海だぁ、水平線が見えるよ。あの海の向こうが魔界なんだ」

「そうだな」


「ここから港街まで2日と言う所でしょうか。その後、海沿いに北上して中央聖神殿へと向かいます」

「で、魔族領から魔界かぁ、先は長いね。港が有るなら、そこから船で魔界に行けないの?」


「魔界近郊の海には、海洋性魔物が多く居て、通常の船では近寄る事が出来ません」

「魔族領からなら行けるの?」


「魔族には、別な移動手段が有ると聞き及んでおります」

「じゃぁさ、中央聖神殿だっけ、そこに行く理由は?」


「魔族領への入領許可を頂きます。魔族領は、高く険しい山で囲まれた自然の要塞のため、そこからしか入る事が出来ません」

「面倒な手順が有るんだね」


「申し訳御座いません」

「あ、別に責めてないよ。それで各地の美味しい物が食べられるんだから、文句無いって」


「そう言って頂けると助かります」

「よし、ちゃっちゃと出発しよう」


「あ、今日は、ここで野営を予定しております」

「え? まだ早くない?」


「ここから見える夜景が美しいとの事ですので、是非、梓様に見て頂こうかと」

「そうなんだ。解った」


 と言う訳で俺達は今、野営準備をしている傍らでお茶をしている。

野営準備は護衛兵と侍女達で行う、手伝うと邪魔だと言われれいると言うか仕事を取るなと言う事らしい。

今日は食料も潤沢に有るため、狩りをする必要も無い。当然だが、都合よく近くに温泉が有る訳でもない。


「なんと言うか暇だな」

「シノって、普段はダラダラしている癖に、いざ長閑になると落ち着かないのね」


 と言う梓は、何故か水着? になって日光浴をしている。決して下着では無いと思いたい。


「梓は、順応性が高いな」

「当然、飲み物頂戴」


「はいはい」

「あ、悪い」


 リンも、日光浴側だ。梓に頼まれた序に、リンの分も飲み物を持って来てやる。

姫さんとターニアとベルは、木陰で涼んでいる。俺もそちら側で涼む事にした。陽が当たっているとそれだけで汗が出て来る。


「シノ様?」

「ん?」


「あまり詮索すべきでは無いと思っているのですが、ターニアさんの解呪を行ったのは、シノさんですよね?」

「俺じゃないよ」


 まぁ、嘘じゃない。やったのはレムだ。俺じゃ無い。


「そうですか。私は、まだシノ様には信用されていないと言う事ですね」

「そうでもない。あんたが俺を信用してないんじゃないか?」


 俺の言葉に、眼を泳がせ、不快な顔をする姫さん。

解っては居るのだが姫さん自身が、俺達にまだ話していない事が有るのも事実だ。


 しかし梓は、姫さんをどこまで信じているのか。何を知って、何を考えているのか。

そろそろ決断を下さなければ、行けないのかも知れない。


「なぁ、姫さん」

「何でしょう?」


「あんた、本当は、魔界に行って何をするつもりなんだ?」


 姫さんは、ぐっと唇を噛み締める。自分から、俺に信用されていないと言ったのだ。

ここで変な回答をすれば、俺からの信用等得る事が出来ない事ぐらいは解っているだろう。

つまり、この質問の回答如何によっては、俺は姫さんを信用すると言っている様な物だ。

姫さんもそれは、解っているのだろう。

じっと、俺を睨み付けていた姫さんが、静かに口を開いた。


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