第六話 異世界の常識って本当かよ
俺達は今、爆乳ちゃんを追っている。姫さんの護衛兵を15人程引き連れて、俺の腕前を披露中と言う訳だ。
男達の下卑た獲物を見定める眼と、何を考えているのか解らない欲望に塗れ、だらしなく緩んだ顔からは涎まで垂らされている。
影に隠れて狙いをすまし、決めた目標に一気に襲い掛かる。声を上げる間もなく仕留めるのが、コツだ。
首尾よくしとめた爆乳ちゃんを見下ろし、サムズアップすると護衛兵達も手際よく獲物を担ぎ、引き上げて行く。
去り際に、ニヤリと笑うのも忘れない、お約束を大事にする中々行き届いた教育だ。
持ち帰られた爆乳ちゃんは、文字通り乳を搾られ、骨の髄までしゃぶられる事となる。
この地方は、蜂蜜や、蜜牛や、蜜豚が有名な地方だ。食料が乏しくなったと言うので、俺達は牛を仕留めに出ていると言う訳だ。
3頭も狩れば、この旅程に足るぐらいの肉になるだろうと俺は考えている。序でに蜂の巣でも見つけたら持って帰るのも悪くない。
俺は、砂糖の甘さより、蜂蜜の甘さの方が好きだ。蜂の子は焼いて巣毎食べると、ベタベタになるが、美味い。
その光景に涎を流しながら、俺達は適当なはぐれ牛を探している。
この蜜牛や蜜豚と言うのは、この辺りの蜂が集める蜜のなる草を食べて居るためか、蜂蜜と相性が良く蜂蜜漬けにすると何とも言えない美味さのため蜜牛や蜜豚と言われている。
決して肉が蜜の味や薫りがする訳では無い。焼けば普通の肉だ。但し、乳牛の乳は仄かに蜜の匂いがして甘味が有ると言う。
はぐれ牛とは、群れからはぐれて一匹で居る牛では無い。ちょっと食い意地が張っていて、食べるのに夢中で群れの移動に気が付かない奴だ。
こう言うのを声を立てさせず殺せば、他の牛が気がついて襲って来る事も無い。
「よっこらせっと」
俺は、一撃で牛の首を撥ね落とすと、クイクイッと指で隠れいる兵士を呼ぶ。牛を運ぶ人員には事欠かない。
護衛兵を15人ばっか引き連れての狩りだ。俺が狩って、賺さず護衛兵が運んでいく。3人程で1匹担いで行くのは流石と言うところだ。
15人も連れて来てしまったから、5匹程狩って俺は蜂の巣を探しながら戻る事にした。
普通は、蜂の巣を探すのも面倒だし、蜂の巣を取ろうとすると大量の蜂が襲って来るため、特別な装備が要るのが普通だ。
だけど、俺にはシルフィが付いている。蜂の巣の場所などすぐに解るし、細かい蜂等一網打尽だ。出て来た女王蜂には悪いが、俺の餌になって貰う。
「お~い、蜂の巣見つけて来たぜ」
「本当ですか? 一体どうやって」
「それは、冒険者秘密だ」
「全く得体の知れない御仁ですね」
姫さんが呆れているが、その内慣れるだろう。牛は5頭共解体されて、1頭は丸焼きにしているようだ。
今日の飯としては1頭あれば充分だろうし、これで道中の肉については心配ないだろう。パンについては村でも仕入られるだろうし、後は野菜か。
そうこうしている内に、梓達野菜組も戻って来た。リンとターニアとベルと梓は、野菜を採りに行っていたのだ。
ベルとターニアが、食べられる草花には詳しいらしい。流石、魔女っ娘達だ。薬草等を採りに行くからだろう。
「一杯採れましたよ」
「うん、ベルとターニアのは美味そうなんだが、梓のそれは何だ?」
野生の野菜を採取に行ったはずなのに、何故リンと二人で猪を抱えている?
「なんか襲って来たから」
「そっか、護衛で付いて行った甲斐が有ったな。食料が増えて皆も助かるだろう」
しかし、ローブをすっぽり被っているベルと顔しか出していない神官さん。それに比べてミニスカートで太腿を露わにしている梓とビキニアーマーのリン。
いや、考えるだけ無駄だ。こう言う物だと思っておこう。
「ねぇねぇ、シノ。野菜探してたら、温泉が有ったんだよ? 後で入りに行こうね」
「温泉?」
リン達も頷くから、本当に有ったのだろう。しかし、この辺りで温泉が沸くなんて聞いた事が無い。
そもそも近くに火山も無いし、水が温まる要素なんて無いと思うが。
「ほら、あっちの方で湯気が出てるでしょ?」
「確かに」
シルフィも何も言って来ないし、危険は無いのだろうか? 後で水姫に聞いて見る事にする。まずは、食事だ。
豪快な牛の丸焼きに始まり、梓達が持って来たキノコや根菜も焼いて食べる。生の方が美味しい物は、サラダにされて出て来た。
「温泉ですか? それは是非入りに行きたいですね。この前の街にも寄れなかったので、ゆっくりとお風呂に入ってませんもの」
「護衛兵や、侍女さん達もだろうね」
「そちらの方へは、移動する事は無理でしょうか? 出来れば今晩、そこで宿泊することにすれば、ゆっくりと出来ますわ」
「馬車で行くのは、ちょっと無理だと思うよ」
「そうですか、残念です」
「じゃぁ今日は、ここで宿泊する事にして、俺達で先に入りに行って安全か確認してくれば良いだろ? 大丈夫なら、梓やリンに護衛として付いていって貰って侍女さん達にも入って貰ってくれば良い」
「それは、とても良い考えですね。貴女、皆に伝えて来て下さいな」
「畏まりました」
姫さんは、食事の時に控えている侍女に、皆に言伝を頼んだ。
この食事時にメイドさんが居るって光景にも大分慣れてきた俺は、結構毒されて来たのかも知れない。
そして何故か俺達は今、温泉に向かっている。確かに俺達で先にとは言ったが、まずは女達で行けば良いだろうに、何で俺まで一緒に行く羽目になっているのか。
「だってシノに確認して貰った方が、安心だもん」
確かに水質と言う意味では、水姫に教えて貰うのが一番だ。暗に黙っててやってるんだから、それぐらいしろと眼が物語っている。
本当、普段ボケボケしている癖に、変な所で目力を発揮しやがって。
仕方ないので皆が入って居る時には、見張りでもしていれば良いかと思っていた俺は甘かった。
皆に見えないように、温泉の水質を調査している振りをして、水姫に確認する。
「水姫」
「はいはいですわ」
「ここの温泉は、安全なのか?」
「安全どころか、お肌に良い成分も含まれておりますのよ」
「そうか。ところで、何でこんな所に温泉が湧いている?」
「もうすぐ、あそこの山が噴火するのですわ。もうすぐと言っても後、数十年は掛かると思われますが、その辺りは土竜さんに聞いて下さいな」
「解った。有難う。感謝する」
「いえいえ、お易い御用ですわ。それでは、楽しんでくださいませ~」
いや、楽しまないから。うん? 単純に温泉を楽しめって事か? 俺とした事が深読みしすぎと言うか意識しすぎだな。
「大丈夫そうだぞ? って、え? 何?」
「シノも一緒に入るんだよ」
振り向いた俺の前には、タオルで前を隠しただけの姿の女性陣が居た。それが、俺に迫ってくる。
囲まれた状態で、逃げ道が無い。まずい。力任せに振り解くと、こいつらのタオルが開けて大変な事になる。
「勇者様の世界では、裸の付き合いと言う物が有るそうなのです」
「そうだよ。親しい者は、一緒にお風呂に入るんだよ」
それは、本当か? 目が怪しく光ってるぞ? ベルは、梓を見ていない。こう言う時に真偽眼を発動してくれよ。
こう言う事には、シルフィも警告を発してくれないから油断してしまった。
「解った。自分で脱ぐから、お前ら先に入ってろ」
「逃げたら許さないよ?」
「解ったって」
「本当」
ベル、こんな時に真偽眼発動するんじゃなくってだな。
俺は、諦めてタオルで前を隠して温泉に入る。本当だったら嬉しいはずなのに、実際その場になると恥ずかしくて、凝視出来るもんじゃないとこの時知った。
皆、髪を上げていて項が見えていて、ほんのり赤くなっていて、あれが浮くって本当だったんだな。タプンタプンって。
「ベルちゃんどう?」
「初めて入った。気持ち良い」
「勇者様とご一緒するようになってから、湯に浸かる事が増えましたが、これはまた格別ですね」
「私も里で時々温泉に入っていたが、ここは湯加減が丁度良い」
「ああ、美肌効果が有るみたいだぞ」
「本当? 暫くここでゆっくりしていくってのは?」
「そうですね。食料も沢山調達して頂きましたし、急ぐ旅でも有りませんので、構いませんよ」
「やった~、きっと護衛兵の人達も喜ぶよ。ここら辺り安全そうだし」
こんな長閑な旅で良いのか? って思っていると、梓が姫さん達の乳を揉みだす。ぶっ。
「ゆ、勇者様、シノ様が居られますので、今日は、ご自粛を」
「駄目だよぉ~、これが楽しみで生きているんだからぁ」
「お、俺は、そろそろ上がる」
「えぇ~、これから楽しいんだよ?」
梓、お前は何を考えているんだ。俺は、そそくさと皆に背を向けて、湯から上がって服を着た。
後ろから黄色い声が聞こえて来るが、俺が居なくなると周りの警戒が落ちるので、梓達が上がって来るまで俺は待ち続ける事になった。
「勇者様は、こうやって寂しさを紛らわせて居られなのです」
「ん?」
俺の後ろでは、衣擦れの音がする。最初に上がって来たのは、最初に被害に合っていたターニアだ。
「私は姫様からそう伺い、少しでも勇者様の寂しさが紛れるのならと」
「そうか。ターニアも梓が好きなんだな」
「姫様も、リン様も、勇者様の事を大事に思って居られます」
「だったら、勇者様なんて呼ぶんじゃなく、梓って呼んでやった方が喜ぶと思うぜ」
「そ、そんな、ご無礼な事」
「あいつは、寂しがってるんだろ? こんな事をしてまでも近しい人ってのを求めてるんじゃないのか?」
言っていて自分でもそうかと思い当たる。人に話していて自分でも気付くって奴だ。
夜中には、よく泣いてしがみついて来る。それは、二度と還れないと言う寂しい思いからだと、改めて思い当たる。
「はい、努力してみます」
「そうしてやってくれ」
「勇者様、いえ、梓様が何故シノ様をあんなに求めていたのか、解った気がします」
「止めてくれ、小っ恥ずかしい」
「なになにぃ~っ、何二人でコソコソ話しているのかなぁ?」
「梓、服着ろ服」
「そうですよ、梓様、はしたないですよ」
「ターニャ」
「ターニアです」
「ターニャが、名前で呼んでくれたぁ~っ!」
「ゆ、あ、梓様?」
梓、せめて身体拭いてからにしてやれよな。濡れた身体で抱きつくもんだから、ターニアの服が濡れちまってるだろうが。
それから、「ここかぁ?ここがいいのかぁ?」とか言いながら胸に顔を埋めるのを止めろ。
「わ、私も梓殿とお呼びした方が、良いのだろうか」
「ああ、そうしてやってくれ」
帰りの道すがら、リンが俺に聞いて来た。ターニアが呼んでいて梓が喜んで居るのを見て、ターニアに何故呼び方を変えたのか聞いたら、俺がそうしろと言ったからだと聞いて来たらしい。
そうしろと言ったつもりは無いんだけどな。
「そうですね。失念しておりました。勇者様は、勇者なんて者になった覚えは無いと言っておられました」
「そんな事、あいつは言っていたのか?」
「はい。それは、もう恐ろしい剣幕でした」
「怒らせるのは、止めた方が良いな」
俺達が戻ると、既に野営の準備はすっかり出来上がっており、夕飯の用意まで出来上がっていた。
俺は、護衛兵を連れて温泉に行く。後は連れて言った護衛兵が、侍女達も案内すれば事足りるだろう。
シルフィも、この辺りに危険な獣や魔物は居ないと言っている。
「あれ? シノは、メイドさん達覗きに行かないの?」
「梓達で満腹だ」
「でへぇ~。シノって時々女っ誑しなセリフ吐くよね」
「どこがだよ」
「でも、お腹は一杯になりましたが、パンが無いと言うのは、どこか物足りない物がありますね」
「流石、姫さんは贅沢だな」
「私は、あまり気にならないが。寧ろ野営にしては豪華過ぎる食事だ」
「聖域に居るときより豪勢です」
「まぁ、暫くゆっくりするんだろ? 明日、ちょっと馬を走らせて、近くに村でも無いか見てくるよ」
「私も行く」
「えぇ~っベルちゃん狡い。じゃぁ私も」
「ゆ、あ、梓殿が行くなら私もっ!」
「リン?」
「な、何でしょうか?」
「嬉しいよぉ~っ!リンも私を名前で呼んでくれるんだ!」
「ゆ、あ、梓殿?」
リンに抱きつく梓。姫さんが焦ってる焦ってる。
「まぁ、明日は、皆、ゆっくりしてろよ。ベルもな」
「解った」
ポンポンとベルの頭を撫でる。気持ち良さそうに眼を細めるベル。聞き分けも良いし、可愛い奴だ。
温泉は、護衛兵や侍女達にも好評で、暫くここに滞在することに喜んで居る様だ。
なんか、護衛兵と侍女でラブストーリーが進んでいる者も居るようだが、微笑ましい事だ。
翌日、俺は馬を走らせ近隣の村を探した。俺が探したと言う訳では無く、当然シルフィに教えて貰ったのだが、特産が有る地域だけあって結構裕福な村だ。
取り敢えず持てるだけのパンと、お菓子等を買い付け、後で多量に購入に来る兵士が居る事を伝え野営地に戻る。
野営地では特に問題なく梓達は、昼間っから温泉に入っているらしい。梓達が戻って来たら、護衛兵も順番で行く予定だそうだ。
パンを持ち帰った俺に歓喜の声を上げ、護衛兵が買い付けの侍女を伴い小さな荷馬車を引いて村へ向かう。
侍女さん達は料理にも精通しているらしく、牛の燻製や腸詰などの保存食まで作っていた。
「あぁ~っ今日も良いお湯だったよぉ~」
「おお、お菓子買って来たぞ」
「本当?わぁ~い」
温泉から戻って来た梓達に、戦利品を教えてやる。
梓とベルは、お菓子の言葉に走り寄って来るが、流石に姫さん達は、落ち着いたものだ。
「本当に、肌がすべすべに成って来た気がしますわ」
「姫様は、元からすべすべですよ」
うん、ガールズトークだ。スルーしよう。
「ねぇねぇ、食べて良いの?」
「構わないぞ」
眼をキラキラさせた梓とベルが、お菓子を食べ始める。この地方のお菓子は、蜂蜜を使った甘い物が多い。
姫さん達も満足そうに食べて居る。
長閑な一時を過ごして居ると、街道を俺達が来た方角からやってくる幌馬車が居た。
あの街から来たのか、それとも俺達と同じ様に違った街から来たのか。
護衛兵の数名が馬車を止め、情報を聞き出して居る様だ。ちゃんと仕事をしていて偉い物だと思う。
特に問題は無いだろうと俺は、温泉へ向かう護衛兵の一団に同行して温泉に向かう事にした。
男同士の裸の付き合いは、大事だからね。
「おお、シノ殿だったか、流石元冒険者殿は食料確保に長けておられる」
「いや、今も冒険者のつもりなんだけど?」
俺に話掛けて来たのは、護衛兵の中でも隊長さんだ。何かあれば、指示を出しているから多分そうだろう。
「何を言っておるのだ。今でも我ら近衛兵以上の位だし、この旅が終われば、どれほどの地位が与えられるか」
「いやいや、先の事は解らないし、って今でも近衛兵以上?」
「そうだ。姫様直轄の対魔族部隊と言う位置付けだ」
「それは、また初耳だな」
「そう言えば、俺の居た街に来ていた護衛の人を見掛けないんだけど」
「我らは、逐次交代しているのだよ。何人かの交代要員が来れば、同じ人数が戻る事になっておる」
「へぇ~知らなかった」
「侍女達もそうだし、斥候兵等は、常に行ったり来たりしているぞ?」
ニカッと歯を見せて笑う隊長さん。マッチョ具合が某ギルド長を上回っている。
流石に現役の護衛兵は、身体も鍛えられて居ると言う事だろう。
「それは、また、大変だな」
「そうでもない。此度の様に予定が狂う事もあるからな」
「成程。で、戻った人達は、また来る事は有るのか?」
「本人が希望すれば有るかも知れないが、戻るとかなりな報奨が約束されているからな。まず無いだろう」
「大変なだけじゃなくって、ちゃんと飴も有るって事か」
「今は、まだ良いのだがな」
「どう言う意味だ?」
「これから過酷な戦いに成るに連れ、志願者が減るだろうと見込んでおる」
「そうは、ならないんじゃないかな?」
「どう言う意味だ?」
俺が発した言葉を今度は隊長さんから返された。こちらを向いてムキッと筋肉を盛り上げているのは、何の示威行為なんだか。
「魔族は人間が思ってる程、好戦的じゃないと思うんだよね」
「それは、冒険者故の判断か?」
「そうだね。魔族の力は強大だよ。それこそ、一人で1国ぐらい落とせる程にね。じゃぁ、何故沢山居る魔族がそれをしないのか?」
「確かに、魔族に攻め込まれたと言う話は聞かないな。魔物に襲われると言う話は事欠かないが」
「だから俺達冒険者は魔族と魔物を別に考えているよ」
「しかし、魔族が魔物を使役しているのでは無いのか?」
「使役ってのが、今ひとつ不明だね。確かに魔物は魔族を敬っている様には感じるんだけど」
「ほうほう、中々興味深い話だな。それは冒険者なら誰でも知っている話か?」
そうなんだよな。ラビアンもオークが哀れな種族と言っていた様に、どちらかと言うと魔族は、魔物も何もかも同列に見てるんだよな。
そう、奴等もと言っていた中には人も含まれるのだ。つまり、魔族は人をも哀れんでいる。
「どうだろうね。冒険者ってのは、どいつもこいつも唯我独尊だから、それぞれの考えを持ってると思った方が良いと思う」
「うむ、我々ももっと冒険者から情報を得るべきなのかも知れないな。いや、有意義な話であった」
人其々と言えど冒険者の中でこんな事を考えている、いや知っているのは俺だけだと思うけどね。
もっと若い奴等と仲良くなりたかったのだが、隊長さんが俺の横を離れないので、若い奴等は寄ってこれなかったようだ。
まぁ、あいつ等の聞きたい事なんて解り切ってるんだけどね。そう考えるとこれはこれで、良かったのかも知れない。
温泉から戻った俺達を待って居たのは、野営地を畳み移動準備を終えた梓達だった。
「どうしたの?」
「あ、シノ。さっき馬車が通ったの知ってる?」
「ああ、俺が温泉に行く前だな」
「あれから結構な馬車が通っているんだけど、私達が追い返された街に魔物の群れが攻め込んで来たんだって」
「それで、逃げて来たと?」
「ううん、今通ってる人達は、もっと前。私達が聞いた声で、街を見捨てて出て来た人達なんだけど、出て来る時に魔物が向かってるのを見たんだって」
「厄介だな。感染した魔物が、こっちまで攻めてくるかも知れないって事か」
「うん、だから私達も移動出来る様にして、魔物の状況を調べに行こうかって」
「姫さん、どうする?」
「ゆ、梓様を危険に晒す訳には参りません。しかし、魔物が群れを成して攻めて来ているなら、放置出来ないのも事実です」
「ミラ~っ!」
「ゆ、梓様?」
ここで梓に抱きしめられて、そんな顔してたら、さっきまでの真剣な顔が台無しだろ、姫さん。
「もう、温泉最高っ! 温泉のお陰で、皆が名前を呼んでくれるように」
「いや、それ違うだろ」
俺達は、来た道を戻る形で馬を走らせる。すれ違う馬車や人が、どんどんと増えてくる。
一際大きな丘を登りきった所から見下ろした景色は、遥か遠くに聳えるあの街と、そこから迫って来る土煙だ。
こちらへ逃げて来る人達は、増える一方だ。俺達は、人の波に飲まれない様に道なき道に馬を走らせる。
土煙りは、先頭を多量のコボルトやゴブリンが、奥には、虫型の魔物やオークまで居る。
「ベル、特大魔法でもぶっぱなすか」
「駄目」
ベルが指差す方には、魔物の群れから逃げようと走っている兎が見えた。
兎ぐらい、何時も狩って食べて居るのだから、ベルがそれを可哀想だからと言うのもおかしい。
「あれは」
それは、よくよく見ると兎族の獣人の子供だ。兎族の子供は、兎と同じ様に4本足で跳ぶ様に走る。流石に、それを知ってしまったら見捨てる訳にも行かない。
「シルフィ」
俺は、シルフィに頼んで、その兎族の子供を風に巻き上げて貰った。本人が感染しているかは解らないが、梓が言っていたノミやダニに付いても同時に引き剥がして貰う。
「おぉ、天の助けか、兎っ子が風に飛ばされて来たぞ」
態とらしかったか、梓とベルの眼が痛い。リンは脳筋だけあって、ポカンとしているだけだが、ターニアも俺を疑っているのは間違いないな。
「ターニア、その子は感染しているか?」
大丈夫だと首を横に振るターニア。それを見てベルは、兎っ子を抱きしめている。
「残りは、殺っちゃって良いのかな?」
「我が、奥義を見せる時が来ました」
何故か竜装備を纏うリン。何をするつもりだ?
「私に、遠距離技が無いと何時から思ってましたか?」
いや、最初から見せた事ないだろ。
「秘技、竜閃!」
前屈みの状態から不思議な槍の動きをさせて、その先に闘気を纏わせ、それを迫って来る魔物の群れに投げつける。
それは、進む程に大きくなっていき、魔物の群れに当る頃には当たった魔物を吸い上げ更に進んで行く。
竜巻となったリンの技に吸い上げられ魔物達は、天高くへと舞上げられ竜巻の風で切り刻まれて地上へと叩きつけられる。
「凄いな」
ドヤ顔のリン。全くこのパーティは、強力な能力持ってる者が大過ぎだ。本当に1国ぐらい攻め落とせるんじゃないか?
本当は、あんな大技で撒き散らすと黒死病まで撒き散らしそうなのだが、そこはシルフィに頼んでおいた。
それでも、未だうぞうぞと動く物体が有るため、梓が雷の広範囲魔法を発生させベルが炎の魔法で燃やし尽くす。
「これだけ綺麗に燃やせば、感染が広まる事もないでしょう」
慌てて逃げていた人達も、この光景を見て安心したのか、その場に座り込んでいる者が殆どだ。
かなり、大きな音がしたため、皆、振り返って見ていたのだ。
魔物の群れの向こうは、諦めた方が良いだろう。今更行っても生き残りが居るとも思えないし、居ても黒死病に感染している可能性が高い。
見たら助けたくなってしまうために、見ない様にするのが無難だ。後は逃げて来た人達の中に、感染している者が居ない事を祈るだけだ。
「戻ろうか」
「うん」
ベルは、兎っ子を抱いたままだ。俺は帰り道で、兎族の者が居ないかを探しながら戻り、逆走してくるひと組の夫婦を見つけた。
「あぁ、ミルミル無事で良かった」
逃げる途中ではぐれて、皆の勢いが凄く戻るに戻れなかったそうだ。
ベルは、名残惜しそうだったが、親に会えて良かった。兎耳の父親は、思いの外イケメンだった。奥さんは、当然バニーちゃんだ。
きっとこの子も大きくなったら、奥さん似の美人ボンキュンボンさんに成る事だろう。
「後で、お話が有ります」
和んでいる俺の背中に、凍える様な声でターニアが囁いていく。ちょっと怖いけど、やっぱりあの事だよな。
別に正直に言って、黙ってくれるように頼めば大丈夫だろうと、俺は楽観的に考えていた。
野営地に戻ると姫さん達は、まだ俺達を待っていてくれた様だ。
ここまで来ると逃げている人達の足も、ゆっくりした物だが、結構な人の行列になっているのは否めない。
俺達が、追って来ていた魔物の群れは、討伐した事を伝えると、この場で野営を始める人間も出て来た。
俺達も、ここでもう一泊することにする。何時もの大きな天幕は張らず、小さい方だけだ。それでも一般的な物よりは、かなり大きいのだが。
寧ろ温泉も有るし、ここで村を造った方が良いのじゃないかと思うが、それは彼等が考える事だろう。
そして、その夜、俺はターニアに呼び出される。
「何の話だ?」
何時までも黙っているターニアに、俺が痺れを切らし声を掛けた。
「あれは、精霊魔法ですよね?」
「そうだな」
「私に精霊魔法を教えてくれませんか?」
これは、また予想外だ。しかし、普通の者は精霊魔法を覚えようなんて事は考え無い。そもそも精霊と契約自体結べないからだ。
例外は、エルフだけだが奴等は日常から精霊と共に有るために、そんな事を考える必要も無い。
「何故、精霊魔法を?」
「私は………」
言い淀むターニア。何か有るとは思っていたが、彼女の境遇も重い物なのだろう。
「私は、ハーフエルフなのです」
「はい?」
ハーフエルフとは、そのままエルフとのハーフと言う事だが、通常ハーフエルフはエルフの容姿となるため、それ程知られては居ないし見分けも付かない。
「母が、エルフで父が人間なのですが、その父を恨んだエルフに呪いを掛けられて、私は、人の姿で産まれて来たのです」
うわぁ、やっぱり重いわ。しかし、呪いか。ルナの領域だな。
「それで、ハーフエルフだが、精霊魔法が使えない、いや精霊と契約が出来ない?」
コクりと頷くターニア。仕方無いな。
「ルナ」
「う~ん、ボクは呪いを掛ける方だよ、そっちはレムだね」
ルナを呼んだのだが、そう言ってすぐに戻っていく。
「そっか、レムは手伝ってくれるかな?」
「うん、シノは私の事を勘違いしてるね。でもその子は良いのかな?」
幸い、レムは応じてくれた様子だ。
「何が?」
「呪いを解くと、その子の容姿も変わってしまうよ」
「具体的には?」
「解らないけど、呪いで容姿にまで影響を与えているってのが、解るから」
俺が、ルナとレムと話しているのを見て、眼を白黒させているターニア。
人型を取っていないとは言え、声は聞こえているのだろう。
「大丈夫か? ターニア」
「はい、呪いが解けるなら、こんな嬉しい事は有りません」
どれぐらい変わるかだな。急に呪いが解けたと言っても、じゃぁどうやってって話になるよな。
まぁ何とかなるか。これを知った梓とか、なんで解いてやらないんだって逆に怒りそうだし。
「まぁ本人もそう言ってるし、やってみてよ」
「ほい」
ほいって、そんなあっさりかよ。で、ターニアはどうなっているかと言うと、あんまり変わってないと思うけど。
「見えますっ! 見えますっ! 精霊様が!」
ああ、耳が尖ってる。でも他に変わってるとこは無いよな? あ、目が金銀のオッドアイから、青緑のオッドアイに変わってるのか。
俺には大した事は無い変化に思えたのだが、梓達、特に姫さんとリンには劇的な変化だったらしく、その夜は揉みくちゃにされていた。
まぁ、どうやってと言うのは省いて、呪いが解けたと言う話をして納得して貰えたのだが、うん、ベルちゃん良い子だ。
「シノでしょ?」って言うから「うん」って言うと、「黙っておいてあげる」だって。可愛いねぇ。
梓は、良かったね、良かったねとあっち側だ。しかし、本当、なんだろこのパーティ。