第五話 旅と言う名の行軍
ガタゴトと馬車が揺れている。馬車は2頭立ての立派な馬車だ。荷台では無く、ちゃんと人が乗る用に作られた車を引いており、その中にはお姫様が座っている。
お姫様の名前は、ミラ=クル=フロウ。この大陸で最大規模を誇るフロン王国の第二王女だ。
見目麗しい金髪縦ロールにエメラルドの瞳は、見る者に溜息を齎す程の美麗さである。
着ている服は、お姫様らしいドレスだが、胸元の二つの双丘が惜しげもなく露出されているが、それ以外は全く肌を露出させていない、腕さえも白い二の腕まである手袋で覆われている。
腰だけが細い事を伺わせるが、大きく広がったスカートは、腰以下の形を解らなくしているのだが、時折日の光に透けたシルエットは、その臀部の膨らみと発育の良い太腿を垣間見させて全体的な容姿は、見事なプロポーションで有る事が解る。
そんなお姫様なのだが、王室に篭らず、周りに護衛兵を引き連れ、前方を行く冒険者5人の後を追っていた。
そのお姫様が馬車の窓を開け、近くの兵士に何かを言うと、その兵士は、馬を走らせ前を行く冒険者の元へと進む。
「なぁ、何か旅って感じがしないんだけど」
「そうなの? 私、ずっとこうだったから、こんな物かと思ってたよ」
「嘘を付くな。俺と一緒に兎食ったりしただろうが」
「あれは、特殊なアウトドア生活かなと」
「久しぶりに、梓の意味不明発言聞いた」
俺が梓と無駄話をしていると、兵士が梓の隣に馬を寄せて来て姫さんが休憩すると言う事なので、適当な場所を選び馬をそちらに寄せる。
丁度、馬が水を飲める場所があったので、そこに馬を繋ぎ休憩する事にした。
歩きでは無く、一人一人が馬に乗って移動しているのだ。後ろには、何人居るかも解らない護衛と姫さんを乗せた馬車。
その後ろには、姫さんのための侍女や色々な生活用品を乗せた馬車と言う、ちょっとした部隊並に人が居る。
そう言えば女物の下着ってのは、女が馬に乗りたいから出来たって何処かで聞いた気がする。
だからあいつ等下着姿で平気なんだな。と言うか下着は見られても良い物だったのか、なんかドキドキして損した気がしてきた。
昨夜は、結局言い含められて、同じ部屋で寝る事になった。
ベッドはちゃんと5つ有ったのだが、気が付くとゴソゴソとベルが俺のベッドに潜り込んで来たが、一人寝が寂しいのだろうと放置してたら梓まで便乗して来やがった。
ベルを放置してた手前、無碍に放り出す訳にも行かず、こちらも放置してたのだが、その内俺の腕に水みたいな物を感じ、涎かと思ったら泣いてやがったのだ。
「どうした?」
「起きてたんだ?」
相変わらず此奴は、人の聞いた事に、そのまま答えると言う事をしない。
「何故泣いている?」
「やっぱり、寂しいし、怖いんだよ」
そりゃそうか。親しい友達も親兄弟も居ない、二度と逢えるかも解らない。寧ろ二度と逢えないだろう。
今まで平和に暮らしていたのに、そんな世界で、いきなり魔王と戦えとか言われたのだ。寂しいし、怖いと言うのは、当たり前だ。
この世界で産まれた俺ですら心細い思いは、何度もした事がある。それでも、俺には精霊達が居た。此奴には誰も居ないのだ。
俺は、梓を優しく抱き寄せてやる。
何時の間にか、梓は、すぅすぅと寝息を立てて、寝入っている。俺が居ると安心して寝るか。それも口から出任せって事でも無かった様だ。
しかし、この状況がこれからも続くのか? 蛇の生殺しじゃないか。俺は、耐えられるのだろうか。
「以上、回想終わり」
「おい、ベル。あんまり覗くなよ」
「違う、シノが垂れ流していた。シノの心は、精霊が見せない」
「そ、そうか」
ベルは、人の心が見えると言うか、強い思いは勝手に聞こえて来るらしい。真偽眼と言っているのは、建前だそうだ。
ルナが俺の心を覆っているから俺の心は、ほぼ見えないのでそれが安心出来るらしく俺の傍に居る事が多い。
それでもここに居る奴等は、自分に対して気持ち悪いとか言う感情が無いので気が楽なそうだ。
そりゃそうだよな、自分の心が解ると言われれば、気持ち悪いと思う奴の方が多いだろう。
俺は、ベルの頭をポンポンと撫でてやる。嬉しそうに気持ち良さそうに、目を細めるベル。
既に俺の隣は、ベルと梓が定位置としている。悪くないんだが、リンの眼が少し怖い。
なんて言うか、羨ましそうに妬んでるみたいな眼だ。神官さんは、よく解らない。
よくよく見ると、神官さんは金と銀のオッドアイだった。髪の毛は銀にピンクのメッシュが入っている。
銀と言ってもベルの白に近い銀とは、また違って燻し銀の様な感じだ。
姫様お付の侍女達が用意をした昼食は、広い草原で食べる食事とは思えない程豪華な物ばかりだ。
野菜と鶏肉を挟んだクラブサンドに、色々な野菜のサラダ。多分、牛の肉と野菜を煮込んだシチューと果物が数種。
兵士や侍女達は、離れた所で集まって、同じ物なのか違う物なのか解らないけど何か食べている。
「あの馬車、コックや調理具まで乗ってるんじゃないか?」
「流石にコックまで連れて来ては、おりませんよ」
聞こえていたのか。姫さんは、こちらに来て俺達と一緒に食事をしている。
何処から出して来たのか、いや馬車からなんだけど、テーブルと椅子が有って、その上に豪勢な食事が並んでいる。
俺の両隣がベルと梓で、俺の向かいが姫さん、その両隣に神官さんとリンが居る。
しかし、簡易トイレまで作ってるし、なんと言うか、本当に旅と言う感じがしない。
王族の旅と言うのは、こう言う物なのかと、改めて貧富の差と言う物を感じさせられる。
梓は、まぁこの世界を知らないのだから、これを普通と思っても仕方無いとして、この神官と騎士は何故馴染んでるんだ? 俺が異常なのか?
いや、この二人は、ずっと姫さんのお付だったのかも知れない。そんな筈は無いか。
確か最初に見た時は、別な神官と騎士を従えていた。そう言えば奴等は、どうしたんだろう。
「なぁ、姫さん?」
「何でしょうか、シノ様」
「前に連れていた、神官さんと騎士さんは、どうしたんだ?」
「それは、勇者様が」
またお前か、梓。今度は何をした? 梓の方を見ると、ふに? と頬を頬張らせてこちらを見る。お前はリスか。
「んぐっ。だってあの娘達、生意気だったんだよ? シノの事、馬鹿にするし」
「それで、何をしたんだ?」
「別に、イザベラ、騎士の娘だけど、シノは私に勝ったから、貴女も私に勝てるんだよねって言ってボコボコにしてやった」
「おい。まぁ騎士は良いとして、神官もボコボコにしたんじゃないだろうな?」
「あの娘は、人の悪口を言う神官なんて信用出来ないって言っただけだよ」
「私が、暇を与えました」
「で、ターニアさんが代わりに?」
「ターニアで構いませんよ。嬉しいです、私の名前を普通に呼んでくれて」
いや、普通に呼ぶだろ? 普通。
「ターニャは、パーティ募集に来てたんだよ。なんかビビビって来たんだよね」
「ビビビって…。リンもその口か?」
「うん、なんか集まって居る中で、ビビビってこの二人は来たの」
「勇者様は、人を見る眼も持ち合わせておられるのかと」
確かに、大勢の中から、この二人をそんな感性で見つけたのなら、何か持ってるのかも知れない。
何者かは解らないが、この神官が只者じゃない事は俺も感じている。いや、神官らしくないから違和感を感じていると言う処か。
「そんな勇者様が固執するシノ様ですから、これはもうお誘いするしか無いとなった訳です」
「俺は、偶々最初に此奴と遭っただけだよ」
「それも神の思し召しでしょう。シノ様で無ければ、その最初の森で生きて出られなかったかも知れません」
「そう言えば、何であんな所に召喚されたんだ?」
「詳しい理由は、私にも解りません。何故かあの時、召喚陣の魔力があの森の方向に飛んで行ってしまい、慌てて勇者様が顕現していないかを各ギルドに問い合わせたのです」
「それで、うちのギルドから報告が有ったと」
「はい、最近変わった者がギルドに来たと。他に有益な情報も無い事と、魔力が飛んで行った方向だったので参上した次第です」
「ミラのお陰で私は、全裸でシノの前に出る羽目になっちゃったんだよ?」
「私が、裸になれば許して頂けるなら、今すぐにでも」
「おいおい、解ったから、今は止めて」
今にも服を脱ぎだそうとする姫さんを、俺は必死で止めた。俺達しか居ないならまだしも少し離れた所には、お付の護衛や侍女達も居るのだ。
いや、残念な気持ちも確かに有った。だから、冷たい眼で見ないで下さいベル。
「それで梓を召喚した責任で、姫さんは一緒に旅をする事に?」
「いえ、それも勇者様が」
お前は、どんだけやらかしているんだ? と梓をジト目で睨む。アハハと笑いを浮かべ、誤魔化す梓。
「何したんだ? 梓」
「えっと、勇者の装備を壊した?」
「何故に?」
「だって、王さんが偉そうに、勇者の剣と装備を与えるって言って持ってきたのが、なんか嫌な感じがしたから」
「したから?」
「シノのくれた刀で斬ったら、あっさり斬れちゃったんだよ」
「どう言う事? そんなに簡単に壊れちゃうのが勇者の装備?」
「それは………」
言い淀む姫さん。俺は、ベルの方を見ると、ベルは姫さんを見て難しい顔をしている。
成程、大体想像は付いた。梓は、本当に感覚で斬っただけだろうが、王さん達は、梓の力を甘く見ていたと言う事だろう。
強大な力を持つはずの勇者を縛り付ける楔。その装備には、そんな術が施されていたのだろう。
流石に街で売ってる様な刀で斬れるはずも無いはずのそれだったが、既に力を扱い出した梓に、簡単に壊されてしまった。
本来は装備等持っていないはずなので、想定外だった訳だ。それで姫さん自らが随行する羽目になったと言う辺りか。
ちょっと虐めたくなった。S心が刺激されたと言うところだろう。
「あぁ、つまり隷属の術式かなんかを施していて、それを梓が感知して嫌な感じがしたと」
「・・・・・」
「で、梓が簡単に壊しちゃったから、その代わりに姫さんがお目付け役で同行する事になったって事?」
「・・・・・」
「沈黙は是成りだぜ?」
「そうだったの?」
段々縮こまって震える姫さん、唆る。
「まぁまぁ、梓。多分、勇者なんて強力な力を持って居る、どこの誰かも解らない者を召喚したんだ。自分達に被害が及ばないようにって保険だったんだろ」
「それって、命令に逆らわない様にって事でしょ?最っ低っ」
「申し訳有りません。シノ様の仰る通りで御座います」
「まぁ、私も王さん脅したから、これで御相子だね」
おいおい、王さん脅したって、本当こいつ無茶苦茶やってるなぁ。
「そう言って頂けると助かります」
「よっしと、そろそろ出発するか?」
姫さんは、馬車の方に戻っていく。侍女達が、昼食の後を手早く撤収していく。
兵士達も、素早い物だ。仮説トイレやなんかを手早く撤収している。仮説トイレって言っても、地面に穴を掘って周りを囲んで居るだけだから、埋めるだけだけどね。
俺達も馬に乗って、次の街を目指す。途中出て来る魔物なんかは、兵士達が速攻で倒しに行ってしまうので、かなり暇な旅だ。
野営でたてる天幕も、尋常では無かった。何だこれ? サーカスでも始めるのか?
一際大きな天幕の中に、更に其々の部屋用に個別の天幕が張られており、中には普通にベッドが有る。
外側の天幕には魔術式が施されていて、火矢なんかでは燃えないそうだ。
俺達の天幕には、ベッドが5つくっついた形で置かれている。下手な宿屋より広いんじゃないか?
コックは連れて来ていないと言うのを疑う程の夕飯を出され、不寝番も姫さんの護衛の方でやるから要らないって、本当に旅って感じがしない。
遣る事が無くて暇過ぎるぐらいだ。俺は、女の子だけの話も有るだろうと、食事後の腹熟しに周りを散歩してくると天幕を出た。
ずぅっと一緒と言うのも息が詰まる、それも周りは女だけなのだ。ハーレムってのも案外辛い物だと初めて知った。
天幕を出て小高い丘の上に俺は、腰を下ろして周りを見渡す。ここなら誰か来ればすぐに気が付くだろう。
「ルナ」
「ほいほ~い、どうだい?ハーレムは楽しんでいるかい?」
「聞きたい事がある」
「ん、なんだい?」
元気に出て来たルナだが、その言葉を無視して自分の要件を言う。ルナも気を悪くした風もなく、応えてくれた。
「雷の魔法なら、ハオカーを戻せるかな?」
「どうだろうね。ボク等は基本自然の力が源なんだよ。ボクは少し特殊だけどね」
「やっぱり雷が鳴る日に、雷が当るのを待つしかないのか」
「それも何年掛かるか解らないけどね」
ハオカーは、俺の雷の精霊だ。とある事情で今、休眠している状態だ。
レムから雷を何度か当ててやれば、元に戻ると言われているのだが、それを梓の雷の魔法で代用出来ないかと考えたのだ。
「試して見る価値は、有るよ」
「レム」
レムが夜中に出て来る事は、珍しい。いや、初めてだ。それも眩い光では無く、蛍の様な儚い光でだ。
何時も眩しいから、その姿を確認する事は出来なかったのだが、その姿は白いルナだった。
「眩しくないレムって初めて見たよ」
「てへっ。じゃぁ頑張ってみてね。私もハオちゃんの復活を待ってるから」
「ああ」
「ちぇっ、なんかボク役立たずみたいじゃん」
「そんな事ないさ。何時も俺に応えてくれるルナに感謝してる」
「そ、そっか。うん。シノがそう言うならボクは良いんだ。じゃぁ、また何時でも呼んでね」
手と言うか、袖をフリフリ闇に溶けて消えていくルナ。呼べば応えてくれると言う事は、何時も俺の周りに居ると言う事だ。
だから、俺は精霊の皆には感謝している。レムが言うなら、期待が持てる。俺は、梓を呼びに行く事にした。
「どうしたの? 夜中に一人で呼び出すって、もしかして告白? いや~ん、まだ心の準備が、でもシノが望むなら、キスぐらいなら良いよ」
「そのお花畑な思考は、ちょっと置いておいてこれを見てくれ」
俺は、梓にハオカーを見せる。ハオカーは今、青い卵みたいな形だ。
「何これ? 卵?」
「俺の雷の精霊だ。今は、とある事情で休眠状態なんだが、これに雷の魔法を当ててみてくれないか?」
「え? 大丈夫なの?」
「多分」
「まぁ、それぐらいなら構わないよ」
「頼む」
「じゃぁ、軽いのからね」
俺は、ハオカーを地面に置き、数メートル離れて見て居る。
「じゃぁ、プチサンダー」
気の抜けた掛け声だが、細い雷がハオカーに直撃する。卵が少し光り、グラグラと動いた。
「梓、もう少し強目で頼む」
「アイアイサー。メガサンダー」
今度は、かなり大き目の雷だ。俺の所までその余波が来る。しかし、俺はハオカーの動向に見入っていた。
卵が光り輝き、ぐんぐんと大きくなっていく。パリンと言う音と共に、バチバチと雷を纏まったハオカーが現れたのだ。
「ハオ」
「あらぁ~。雲も無いのに雷が落ちましたぁ~。シノたんじゃないですかぁ~」
「ハオ。良かった」
「これが、雷の精霊?」
抱きつきたい所だが、流石にそれは控える。抱きついたらビリビリしそうだ。
「はいぃ~。シノたんの雷の精霊のハオカーと申しますですよぉ~」
「あ、私は、梓。神巫梓だよ」
「はぁ~、貴女が雷の魔法を? これはこれは有難う御座いますぅ~」
「なんか雷の感じがしない、間延びした精霊ね」
うむ、梓。言いたい事は解るが、少しは歯に衣を着せようね。
「はぃ~。よく言われますぅ~」
「ハオ。これで、元通り?」
「そうですねぇ~。うぅ~んちょっと何か足らない感じですぅ~」
「そうか、自然の雷じゃなかったからか?」
「多分そうだと思いますぅ~。でも、雲も雨も無いのに出てきてるからかも知れないですぅ~」
「そうか、今度は、雲の有る時に呼ぶから、休んでいてくれ」
「はいですぅ~」
「有難う、梓」
バチバチと消えていくハオカーを見て、俺は梓に礼を言った。俺の為に休眠状態になっていたハオカーが元に戻ったのだ。
何年か掛ければ元に戻せただろうが、これだけ早く元に戻せたのは梓のお陰だ。
「私、役に立った?」
「あぁ、助かったよ」
「おぉ~い、何かあったのかぁ~?」
ちょっと大きな雷の魔法だったため、その音を聞きつけ皆がやってくる。
「いや、ちょっと梓に雷の魔法を実演して貰っただけだ」
「吃驚しました。凄い大きな音がしたので」
「衛兵が雷みたいだったと言うので、きっと勇者様だろうと私達だけで来たのですよ」
「全く、人騒がせな事するなよな」
「ごめんね」
「い、いや、勇者殿が謝る必要は、無い。うん、悪いのはその男だ」
「シノ」
「お、驚かせちまったか?」
コクりと頷くベル。俺の腕にしがみつくベルの頭を撫でてやると、何時もの様に目を細める。
「んじゃ、戻ろう」
梓が何かご機嫌で戻って行く。俺達も梓に続いて天幕に戻って行った。シルフィーも嬉しそうに俺の周りの風が靡く。皆心配してたもんな。
後で梓に聞いたのだが、避雷針と言う物を立てると雷はそこに落ちるらしい。単なる鉄の棒で良いと言う事だ。これは、良い事を聞いた。
さて、何の刺激も無いまま進んでいる俺達だったのだが、シルフィーが異変を知らせてきた。
街道沿いに村が有るのだが、その村が原因不明の病に冒されていて、全滅寸前だと言う事だ。
どうも伝染病らしいので、俺一人なら確実に迂回していくのだが、どうやって知ったとか聞かれると面倒なので、俺は神官にそれとなく注意を促すだけに留めておいた。
「なぁ、ターニア」
「はい。なんでしょうか?」
「あんた、病気とかに関しては、どうなんだ?」
「どうと申しますと?」
「伝染病みたいなのに効く魔法とか、解析魔法とか持ってるの?」
「そうですね。多少の知識は有りますし、ある程度の回復も可能ですよ」
やはり、暈して聞くと暈した回答しか返って来ないよな。俺にしてもシルフィーの情報だから、実際どの様な病なのかまでは解らないので上手く聞けない。
どうした物かと考えていると、梓が唐突に止まった。
「どうした?」
「何か嫌な感じがする。誰かに、この先を調べて来て貰おうか」
これが勇者の力と言う物なのだろうか。全く恐れいる。しかも梓が言うと、嫌な感じとかで済むのだ。
この世界の事を知らないから、明確な言葉に出来ない事を皆が理解している為だ。
「じゃぁ、俺が見てくる」
「私も行きましょう」
「ターニャも?」
「先程のお話、何か知ってらっしゃるのでしょ?」
梓が驚いているのだが、こっそり俺に耳打ちするターニア。確かにそうなのだが、かなり危険な感じがするのだ。
「いや、まず俺が見てくる。その内容で判断してくれ。梓は姫さんに今は、これ以上進まない様に言っておいてくれ」
「解った」
ターニアも無理に言って来る事は無かった。中々聞き分けが良くて助かる。俺は、馬を蹴り皆を置いて先へ向かった。
暫く馬を走らせると村が見えてくる。そこには既に倒れている村人も見えた。
俺は、シルフィーに頼み俺の周りに風の結界を張る。馬も覆う様に少し大きめだ。大概の感染病は、これで防げる事を俺は知っている。
「これは………」
村で倒れている人間達は、黒い斑点が浮かんでいる。黒死病と言う罹ると助からないと言われている病気だ。
シルフィーに聞いても、生き残りは居ないと言う事だ。しかし、倒れている村人の様子からそんなに前の事では無い。
精々1週間程前、下手をすると2~3日前と言う事になる。流石に病気で死んだ人間を食べに来る魔物も居ない。
俺は急いで引き返し、この事を伝える事にした。
「黒死病ですか」
「それって、ペストかなぁ?」
「知っているのか? 梓」
「あんまり詳しくは知らないよ? 確か高熱が出て、黒い斑点が出来て1週間程で死んじゃうんだっけかな?」
「それで合ってる。多分同じ病気だろ。回復方法とか、予防方法とか知っているか?」
「回復は抗生物質だったと思うから、多分無いね。予防は、確かノミや鼠の駆除と、感染死亡者の焼却じゃなかったかな?」
「ターニアさんは、何か知らないか?」
「そうですね。隔離する事しか知らされてません。助からない病気とされてますが、エリアヒールで持ち直した村が有ると聞いた事もあります」
「この先の村は全滅していたから、焼却して念のためエリアヒールを掛けておくか」
「申し訳有りません。私はエリアヒールは使えません」
「そうか、じゃあ焼却だけで良いか? どの道放置しておく訳にも行かないだろ?」
「そうですね。後、この辺りでの野営は危険と思われますので、早々に立ち去りましょう」
「じゃぁ、もう一度行って燃やしてくる」
「私も行く」
ベルが居た方が、単に燃やすだけなら早く済むだろう。俺は頷いて、ベルと共にもう一度村に戻った。
「火竜」
「深淵なる煉獄の炎よ、今目の前の厄災を、その業火により焼き尽くせ」
俺達は、かなり離れた位置から魔法を放つ。火竜は口から炎を吐き、ベルの魔法で目の前の村が一瞬で炎に包まれる。
俺は、シルフィに頼み更にその炎を膨大な物にして、村を何も残らない消し炭に変えた。
シルフィは、どの精霊の援護にもなる。普段は、周りの索敵から情報収集まで、極めて万能な精霊だ。
姿が見えないのが残念な所だが、俺の耳に直接聞こえる言葉は、綺麗で優しい声だ。
「凄いな、ベルの魔法は」
「その精霊?も凄い」
火竜は、頭や尻尾や背中に炎を纏ったちょっと大きなトカゲだ。
ベルに褒められてちょっと照れているのだが、それが解るのは俺だけだろう。いや、ベルにも解るのかも知れない。
「可愛い」
「だろ?」
ベルは、俺が精霊を仕える事を知っているため、気にせずに使った。
まだ、神官さんとリンには伝えていないつもりなのだが、梓やベルが話していても、それはそれで構わない。
一緒に居ればその内見る事になる。それも踏まえて、俺は、皆の能力や力について余り聞かない事にしている。
聞けば聞かれるからね。
梓の話によるとノミや鼠から感染すると言う事だが、ノミと言う事は犬や猫もじゃないのだろうかと思ったが、専門じゃないからそこまで解らないと言う事だった。
梓の世界には居なかったと言う、コボルトやゴブリンも気になるところだし、この辺は食用になる兎や猪や鹿も居る。
そもそも、ここで自然発生した訳では無いだろう。何処から伝染してきたのか。次に向かう街からだとしたら最悪だ。
俺達は、慎重に次の街へと向かう事にした。
3日程掛けて着いた次の街だが、街の中に入れて貰えなかった。
村が黒死病に冒されている事を知っていて、そちらの方向から来た俺達を街の中には入れられないと言うのだ。
どうしてもと言うなら、1週間経ってから来いと言う事だった。確かに1週間経っても生きているなら、感染していないと言えるだろう。
しかし、村を焼き払って来てやったことに対しての礼も無く、この対応は、自分達さえ無事なら良いと言う態度で、少しカチンと来た。
街で、それを知ったのは3日前で、それを知らせて来た人間は今隔離されているらしい。感染していたら、そろそろ発病する頃だ。
「どうされました?」
俺達が門番から話を聞いている所で、姫さんが追いついて到着した。その行列に門番も顔を引き攣らせて居る。
「俺達が、黒死病の方角から来たから、街には入れれないんだとさ」
「それは、変な話ですね。我々は、あの村から3日経っても発病しておりませんよ?」
「駄目な物は、駄目だ」
「そうですか。それは、仕方有りませんね。食料が少々心許ないのですが、このまま次の街へ行きましょうか」
次の街までは、また1週間程掛かる。俺達が感染していたなら次の街へ辿り着く事は出来ない計算だ。
「そうだね、行こうか。嫌な感じが近付いて来る感じがするし。この街も嫌な感じだし」
梓怖いよ。梓は聖人君子では無い。どちらかと言うと、優しいお嬢さんだが、かなり我侭で自分本位な所が有る。
そして、この街は梓に見捨てられたのだ。はっきり言って、応対した護衛兵の態度が悪かっただけで、街の住民全員の総意と言う訳では無いだろう。
それでも、梓にしてみれば、ここに留まる理由も無いし、何か有っても助ける理由も無いと言う事だ。
俺達がそう決断してその場を離れ様としていると、奥から門番よりちょっと位の高そうな人間が走って来る。
「ちょ、ちょっと、待ってくれ。貴女は、何方でしょうか?」
「私は、フロン王国の第二王女、ミラ=クル=フロウです」
「隊長?」
「お、王女様! しょ、少々お待ち下さい。確認して参ります」
慌てて出て来たのは、どうやらこの門番達の隊長格らしい。流石に王女を追い返したとなれば、問題なのだろう。現金な物だ。
どうやら、隊長は馬を走らせお偉いさんの所か、兎に角判断が出来る所へ向かった様だ。
俺は、少し悪戯を思いついてシルフィに頼み事をする。シルフィは元々悪戯好きな風の精霊だ。俺の提案に即座に乗った。
俺達は、門の前の広場でお茶を飲んでる。姫さんが時間が掛かるだろうと、侍女達にお茶の用意をさせたのだ。
広いテーブルにお茶とお茶菓子が並べられており、梓やベルも美味しそうに食べて居る。
門番は何とも言えない顔をして、俺達を見て居るが咎める様な事はしない。流石に王族に注意出来る程の胆力は持ち合わせて居ないのだろう。
シルフィの連絡だと、どうやら領主の所まで隊長と呼ばれた者は駆け付けたらしい。シルフィの報告に、俺は「やってくれ」と一言追加した。
『領主様、王女を名乗る者が、例の村の方角からやってきて、東門の所まで来ております。』
『何だと? あの村の事が知られたのか?!』
領主と隊長の遣り取りが、皆に聞こえて来る。これは、俺がシルフィに頼んだ悪戯で声を皆に広げているのだ。
声は、空気を伝わる物だ。だから、風の精霊であるシルフィには、それをどこまでも伝えようと思えば伝える事が出来る。
今、ここまで声が届いていると言う事は、街の中にもこの遣り取りは聞こえていると言う事だ。
門番達も「何だ何だ?」と騒いで居る。
『それは、知られて居ないかと。しかし、あの村からこちらまで来るには、3日掛かるはずで、誰一人発病してないそうです。』
『どう言う事だ? あの村で研究させていた病原が、事故で散乱したのだぞ? あの村を通って発病しない訳がない。』
「あらあら、これはどう言う事でしょうか?」
「雲行きが怪しいな。下手をすると暴動に成りかねない。姫さん、ここを出る準備を」
姫さんは暢気に聞いているが、俺は少し慌てていた。思ったより領主は外道だったらしい。
『村の事は、知られていないと思いますが、王族を追い返すのも如何なものかと。』
『全く、馬鹿者共め。魔物共を根絶やしにする研究を、台無しにしおって。』
「これってシノの仕業?」
「さぁ?風の精霊の悪戯じゃないか?」
俺は梓にウィンクをして、旅支度を始める。旅支度と言っても繋いでいた馬を解くだけだが。
門番の兵士達も俺達に構っていられない様だ。「どう言う事だ?」と取り乱している。
『しかし、まだ魔物には効かなかったと、報告が。』
『もう少しだったのだ。弱ったコボルトには、有効な所まで行っていたのだ。』
弱ったコボルトって、それ子供でも倒せるんじゃないか?
『では王女の方は、街に入るのは遠慮して貰うと言う事で、構わないのですね?』
『構わん。どうせ発病が遅れているだけだ。その内死ぬ。』
姫さんも、頷くと侍女や護衛兵に指示を出す。ここで領主を糾弾して、解決を図ろうとしないのは流石だ。
そんな事をしよう物なら、まず混乱している民衆を、落ち着ける所からやらなければならない。
その間に、領主等は逃げ出してしまうかも知れない。
俺達は、隊長が戻って来るのも待たずにその場を後にする。隊長や領主が、無事に出て来るとも思えなかった。
「梓、嫌な感じが近付いて来ているってのは?」
「解んない。嫌な感じは、嫌な感じだよ」
「あの村の手前で感じたのと同じか?」
「ちょっと違うかな? もっとこう、うぞうぞとする悪寒みたいな感じ」
うん、良く解らないが、その感覚には従っておいた方が良いと、俺の勘も訴えている。
こうして俺達は、後にアンデッドの街と呼ばれ地図上も危険地帯とされ、誰も寄り付かなくなる街を後にした。
ちょっとまずい事したかな?って言う気は、したのだが、遅かれ早かれ、あんな領主の街は滅びただろう。
街の人に罪は無いかもしれないが、決めるのは本人だ。その切掛を与えたと考えれば、それ程悪い事をした訳でも無いだろう。
結局、報告に来た奴から街に徐々に感染して行ったそうだ。
モルモットにされた魔物の復讐も重なったのだが、シルフィの言葉の風のお陰で、早々に逃げ出した者もかなり居たそうなので俺も少し罪悪感が薄れた。