第三話 魔王討伐なんて行きたくないって
梓が王都に連れて行かれて、2週間が過ぎようとしていた。
金は暫く持つだけあるし、俺は少し気が抜けた感じで過ごしている。
我侭で、意味不明だったが、それなりに楽しかったのは否定出来ない。
否定するなら、今の俺の虚脱感を説明しなければ成らない。
ツインの部屋をそのままにしているのは、未練なのだろう。
今にも、「ただいま」と暢気に梓が扉を開けて入ってくる様な気がするのだ。
「よう、中々復活しないな」
「そうだな」
「マールに慰めて貰えよ」
「それは、マールに失礼だろ」
「変な所が紳士的だよな、シノは」
「言ってろ」
朝食を食べながら、今日はどうするかと考えるが、何もする気が起きない。
多分、あれやこれやと予定していた事が無駄になってしまったから、考えるのが億劫なんだろう。
あれからギルドにも顔を出して居ないから、東の森がどうなったのかも聞いていない。
「ガレキルがな、悪い事をしたって、謝っていたぞ」
「別に、あの人のせいじゃないだろ。どっちかと言えば、あの超マッチョじゃねぇの?」
「超マッチョ?」
「マッカートだっけ? ギルド長の」
「あっはっは、確かに超マッチョだ。それより、一度ギルドに行ってやってくれないか」
「解った。東の森もどうなったか知りたいし、後で顔を出すよ」
「あぁ、助かるぜ」
そう言ってマスターは豆茶を出してくれる。
「コーヒーって言ってかな?」
「ん? なんだ?」
「いや、独り言だ」
なんか涙が出そうになってきたので、俺は、早々に店を出る事にした。陽の光が眩しい。と言うか眩しすぎる。
「うふふ、そろそろだよ」
「レムか。何がだ」
「水姫が言っていたでしょ?」
「水姫が?」
漸く目が見える様になる。光の精霊であるレムは、時々こうして予言めいた事を告げに来る。
それでも普段は、人の居ない時に来るのに珍しい。俺が、外に出なかったからか。
精霊達は、自然界に存在する。だから部屋に閉じこもっていると接触してくる事はない。唯一の例外が、ルナだが、あいつも最近は出て来ていない。
毒舌で気分屋だが、空気の読める奴で、俺が一人で居たい時には、あまり出てくる事は無いのだ。
しかし、水姫か。あれも梓と一緒の時以来出て来てないな。なんか言ってたっけ? そろそろ上を目指せとか、なんとかしか言ってなかったよな。
俺は、久しぶりにギルドの扉を開いた。相変わらず、ガランガランと煩い。
中に入ると時間が時間だけに賑わっている。周りを見渡すと、コイルも受付で忙しそうだ。ガレキルは見当たらない。
俺は依頼でも探そうかと、掲示板に出ている依頼を見る事にした。
「シノ! そこを動くなよ!」
「何だよ、大きな声を出して、別に話が有るなら、逃げやしないぞ?」
「いいから、そこで待ってろ!」
「へいへい、解りやした」
コイルが俺を見つけると、でかい声で呼びやがった。注目集めちまったじゃないかよ。
「シノニム君、済まないが、こちらに来てくれるかね」
「あれ? ガレキルさん? 今、コイルにここを動くなって言われたんだけど」
「それは、私を呼びに行くためだよ」
「そうっすか。良いっすよ」
連れて行かれた部屋には、超マッチョが待ち構えていた。はっきり言って会いたくない人物だ。
「そんなに怪訝な顔をしないでくれたまえ。私も悪かったと思っているのだよ」
「何がですか?」
そう、多分何も悪い事はしていないだろう。ギルド長として姫さんに命令されたら、断れないだろう。
俺の怒りも八つ当たりだ。解っているだけに会いたく無かったのに、何の用だと言うのか。
「まず、これが追加報酬だ」
「追加報酬?」
「オーク50匹のだよ」
「あれは、情報量頂きましたよ」
「情報量は通常前払い半分、後払い半分なんだよ」
「まぁ、頂けるなら頂いておきますけど」
「君は、随分うちのコイルに優遇してくれていたそうだね」
「別に。言われるままにしていただけで、誰でも変わりませんよ」
「なら尚更、この事は内密にして貰いたいのだよ」
「別に公然の秘密でしょ? どこのギルドも似た様なもんですよ」
俺の言葉に、ギルド長は目を丸くする。ガレキルもだ。何か変な事言ったかな?
「君はお人好しなのか、何なのか」
「こっちだってギルドに嫌われたら遣り辛いんだから、多少の着服ぐらい大目に見ますよ。まだ賄賂を請求しないだけ、ここは真面だと思ってますよ」
「これは、思ってた以上にギルドが腐敗していると言う事か」
「何言ってるんですか。皆、どうにかして自分の暮らしを良くしようと、考えるのは当然じゃないっすか」
「そうだな。それと同じ様に、どうにかして人を貶めてやろうと考える者も居るのだよ」
「あぁ、確かに。で、話は以上ですか?俺は、別に何も訴える気もないし、このギルドを悪く言うつもりもないっすよ」
「そうか、助かる。それと、これは個人的にだが、済まなかった」
「何の事か解らないけど、謝罪は受けました。終わりで良いですね?」
「後一つ。王都で魔王討伐のパーティを募集している。参加しないかね?」
「そんな面倒な事御免被りますよ」
「先頭に立つ勇者が、あの娘でもか?」
俺は、一瞬回答に詰まってしまった。つまり、募集に参加すれば梓に会えると言う事だ。
しかし、魔王討伐か。怪しい事限りない。どの魔族の王を以て魔王と言うのか、若しくは全ての魔族の王を指すのか。
そもそも魔族と戦争がしたいなら、国がやれば良いのだ。個人に任せる、それも異世界から召喚した人間になど、他力本願にも程が有ると言う物だろう。
「それでも、お断りですね」
そんな事に巻き込まれた梓に、同情の念が沸く。あいつは戦いの無い世界から来たのだ。それもこの世界より遥かに文明が進んだ世界からだ。
まるで夢物語のような梓の話も、雷魔法を「電気」と言う一言で終わらされ、微弱ながらもそれを鉄板と果物で再現されたなら信じるしかない。
勇者なんかに祭り上げて戦いに赴かせるより、あいつの知識を有効活用した方が国は繁栄するのじゃないかと思うが、王族や貴族と言うのは馬鹿なのだろう。
「そうか、一応名指しだったのだがな。こちらから断りを入れておく」
「えぇ、宜しくお願いします」
むさ苦しいおっさんとの話も、漸く終わりを告げた。
むしゃくしゃするから、この臨時収入で飲もうかと思ったが、今の状況で酔っ払うと何をしでかすか解らないと思い止まった。
俺が荒れると、うちの精霊達は便乗しやがるのだ。それで、居れなくなった街も有る。
この街は、結構気にいっているのだ。もう暫くは、この街で過ごそうと思っている。
掲示板を見ると、オーク討伐依頼が出ていた。
依頼主は、南の領土のグランサール家? 確か魔導師の家系で、千年に一人の逸材が産まれたって、一頃騒がれた家系だったはずだ。
そもそも、この街の名前もグランサールだから、街の領主なのかも知れない。
オーク1体につき20000てのは、また破格だな。ギルドの依頼でも15000だって言うのに、ギルドは何故受けないんだ?
ちょっと気になって俺は、その依頼書を持ってコイルの座ってる受付に持って行った。
「なぁ、コイル。これ何でギルドで受けないの?」
「あ、あぁこれか。依頼主の意向でな。ギルドでピンハネするなら出さないって、受けた者も直に面接するそうだ」
「ふ~ん、ギルドに何かされた事でも有るのかねぇ」
「その、シノ?」
「ん? 何だ?」
「俺の事、怒ってないのか?」
「何を怒るんだよ」
「その、斧とか」
「まぁ、知らなかったんだ、別に問題ないだろ」
「お前、良い奴だったんだな。すまん」
「良いって。それよりこれ、オークどれくらい居るんだ?」
「解らない」
「そっか、じゃぁちょっと行ってみるかな」
「お前なら問題無いと思うけど、群れの可能性もあるぞ?」
「危なければ逃げて来るさ」
「解った、こっちから連絡を入れておく。それを持って直接行ってくれ」
「オーケー」
俺は憂さ晴らしのつもりで、南のグランサール家に向かう。面倒なので馬を借りたから、ほんの半日も掛からず屋敷には到着した。
「へぇ~。初めて来たけど、こりゃまた広大な土地だねぇ」
見渡す限りの平原は、牧場を兼ねているのだろう。所々に放逐された牛や馬や羊が見える。手広くやっているようだが、これでどこにオークが出ていると言うのだろう。
俺は、広大な平原の中に見えるお城そのものの建物へ向かって馬を走らせた。
「頼もう!」
でかい城の架け橋が上がっているので、取り敢えず声を掛けてみたが、これ、どうやって呼べば良いんだ? 聞こえているのか甚だ疑問だ。
「誰だ!」
おっ、架け橋の横の扉から誰か出て来たよ。甲冑に身を包んでるから、護衛か何かか。
「ギルドでオーク討伐の依頼を受けて来た」
「解った、今、橋を下ろすからこちらに来てくれ」
随分あっさりした物だ。もう少し警戒しろよと思うが、それだけ自信も有ると言う事だろう。
俺は、橋を渡り、城の中へと通される。
城だから、諸葛の間みたいな所へ通されるのかと思っていたら、普通の執務室の様な場所だった。
雑多に本や書類が積み重ねられた机に、白髪の老人が居る。
「よく来て下さった。私が、ここの主で、マーベリカ=グランサールと言う」
握手を求められ、慣れないがそれに応えてみる。
「まぁ、掛けてくれ賜え。ベルニカをここへ」
俺を、ソファーに腰掛けさえ、誰かを呼ばせた。暫くして入って来たのは、銀髪紅眼の幼女だ。
「実は、彼女をオーク討伐に連れて行って貰いたい」
「は?」
「オークは、ここから西に見える森に住んでおる。何匹居るのか解らないが、最近では家畜や畑に被害が出ている」
「それ、本当にオークですか? どちらかと言うとゴブリン辺りに感じますけど」
「確かにオークだったと農夫は言っておる」
「で、この子を連れて行く理由は?」
「知っていると思うが、勇者が魔王討伐のパーティを募集しておる。千年に一人と言われた、この子を出さない訳には行かないのだよ」
「それとオーク討伐と結びつかないんですけど」
「自分の領土のオークすら倒せないのでは、馬鹿にされると言う物だ」
「貴族様も大変ですねぇ」
子供を魔王討伐に出す事には、何も感じないのかよと言う俺の嫌味は、軽くスルーされる。
まぁ解っていた事だけどね。見栄とかプライドとかが大好物の人達だ。
「受けてくれるかね?」
「良いけど、倒した分の報酬は貰いますよ」
「それは、依頼書の通り出すから安心したまえ」
「了解」
子守代込と言うことか。それにしても、この子は一言も話さなかったな。感情が無いかのように無表情だ。
色々と感受性の高そうな年頃だし、面倒にならなければ良いけどな。
その日は、城に泊まり、翌日の朝から狩りに出掛ける事にした。
城だけ有って、風呂なんて物に入れて貰える事になったのだが、そう言えば、梓は風呂に入りたいと騒いでいたな。
貴族の城に有るくらいだし、王室ならさぞかし良い風呂に入れて貰えているだろう。
それにしても、湯に浸かると言うのは、気持ち良い。これは梓も騒ぐ訳だ。
翌日、用意が出来たと呼ばれたので、討伐に出発する事にする。ベルニカは、ローブを纏った魔導師そのものだ。高そうな杖を装備している。
「じゃぁ行こうか。ベルニカで良いか?」
「ベルで良い」
「オーケー。俺もシノでいいぜ。じゃぁベル行こう」
「了解」
俺は、馬を跳ばして西の森へ向かう。俺の馬より毛並みが良い馬に乗っていたので、ちょっと試してみたのだが、中々しっかりと付いて来る。
「中々馬の扱いが上手いな」
「こんなに跳ばしたら馬が疲れる」
「ご尤も。どこか馬を休ませられる場所を知っているか?」
「知らない」
森の入口に付いた俺達は、話ながら馬を進めて行く。勿論シルフィに周りの警戒と、オークの居る場所を探して貰っている。
「お? こっちに沢が有るみたいだぜ。馬に水を飲ませてやろう」
「解った」
「水姫、ここの水は飲めるか?」
「大丈夫ですわよ」
気を利かして水姫は姿を現さず、俺に教えてくれる。
「誰と話をしているの?」
「精霊様だよ」
「人間が精霊と話が出来るなんて聞いた事が無い」
「信じる者は救われるってな」
じっと見る紅い瞳が痛い。何か心の奥底まで覗き込まれている気がする。
「本当みたいね」
「何が?」
「精霊が貴方の心を見させない」
「勝手に覗かないで!」
「ごめん」
「いや、まぁ内緒って事で、チャラにしようぜ」
こくんと頷くベル。この子も色々有りそうだ。
「そう言えば、勇者様御一行に参加するんだって?」
「父様がそう決めた」
「行きたくないのか?」
「私の意思は関係ない」
「貴族様も大変だな。あいつは悪い奴じゃないから、心配要らないと思うぞ」
「あいつ?」
「梓。神巫梓って言ったかな? 勇者様だよ」
「知ってるの?」
「ちょっと縁が有ってな」
「そう、ちょっと安心した」
「それは良かった。けど、あんまり人を信用するなよ」
「大丈夫、私には真偽眼が有る」
「あぁ、それで千年に一人か。魔法の方は?」
「人並みよりは有るつもり」
「オーケー、オーケー頼りにしてるぜ」
「貴方変」
「おいおい、落ち込むから梓と同じ事言わないでくれよ」
俺の言葉にクスクスと笑うベル。なんだ笑えば可愛いじゃないか。
そこで、シルフィがオークの群れが居る事を教えて来た。そちらに慎重に馬を進ませる。森の奥の少し窪んだ箇所に、その集落は有った。
特に家屋など建てていない、オークが密集しているだけの集落だ。しかし、何かおかしい。
俺には、女王様に貢いでいるオークに見える。中心に居るのは、オークの牝なのか、やたら偉そうにオーク達を傅かせている。
「どれ、一発、でかい魔法でもぶっぱなしてくれ」
「シノはどうするの?」
「突っ込む」
「大丈夫?」
「多分な」
本当なら、俺も精霊に頼むところだが、憂さ晴らしに来たのだ。俺自身で叩き斬らないと意味が無いと言う物だろう。
ベルの詠唱が始まると共に俺は、眼下に向かって走りだす。オークの集落に入る頃に丁度ベルの魔法が炸裂した。
「これはこれは、梓以上だな。千年に一人と言うのも誇張じゃないってところか」
ベルの放ったのは、氷魔法だ。水魔法と風魔法の混合らしいが、頭上から降り注ぐ数多の氷の槍が、オークの身体に突き刺さる。
俺は、弱ったオーク共を次々と斬り刻んで行った。高々30程しか居ないため、傷ついたオークでは、俺の敵では無い。
「ふふふ、人の子よ、やってくれるでは無いか」
「お前は、オークの牝か?」
驚いた事に、そのオークの牝らしき者は無傷だった。なによりボンキュンボンのグラマラスで、肌は黒いが顔もオークとは思えない美女だ。
黒い身体に紅い刺青の様な模様が入っている。どこの原住民だよと思ったが、ところどころ明滅している。これは何か魔法の紋かも知れないと俺は、気を引き締めた。
ルナのお陰で、精神操作系の魔法だとすれば俺には効かないが、それでも油断は禁物だ。何より、ルナが気分屋と言うのが一番怖いところだ。
「馬鹿な事を言うな、人の子よ。我は、魔王が一人アスモデウスの娘、ラビアンだ」
「聞いた事が無い大物が出てきたな」
「ふふふ、面白い奴だ。聞いた事が無いのに大物とは、どう言う意味だ」
経穴に入ったのか、ラビアンは笑い転げている。おれは笑いで倒す戦士じゃないんだけどな。
「どうじゃ、我の下僕とならんか? 格別の加護を授けようでは無いか」
「魅力的だが、他人の下って言うのは性に合わなくてな」
「では、滅ぶが良い」
「それもお断りだ」
俺は、シルフィに護りを頼み突っ込む。シルフィの風の護りは、魔法すらも防御してくれる有難い護りだ。
「む、風使いか」
「余所見してて良いのか!」
頭上から一気に切り落とそうとしたが、ラビアンは、素早く避ける。その反動で、手から刃の様な物を放って来る。
だが、そんな物はシルフィの護りを貫け無い。俺は、そのままラビアンの懐に入り、下から逆袈裟懸けに斬り放った。
流石に魔王の娘を名乗るだけは有る。俺の渾身の攻撃を避けやがったが、痛手は負わせた様子だ。
「人の子には、惜しまれる力だな。我を斬るか。名は何と言う?」
「シノニム。シノと呼んでくれて構わないぜ」
「そうか、今一度問う。我の元へ来る気は無いか?下僕では無く、それなりの地位を約束しよう」
「残念だな。他人の下って言うのは性に合わないって言っただろ?」
「ふむ、気が変わったなら我を訊ねて来るが良い」
「おいおい、逃げるつもりかよ」
「我は色欲の魔王の娘でな。人の子一人拐かせないのは、少々ショックなのじゃ」
「オークなんて引き連れてなければ、良い線行ってたぞ」
「そうか、奴等も哀れな種族なのだが、解った出直して来るとしよう。我はお主が欲しくなった。シノと言ったの。また逢おうぞ」
「お前が俺に仕えると言うなら、考えてやるぜ」
「ふむ、魅力的な提案だが、我も人の下と言うのは好かんでの」
「おぃおぃ、そんな簡単に居なくなっちゃうのかよ。転移魔法か?」
ラビアンは塵に成る様に霧散して消えて行った。何処にでもあの状態で行けるとすれば、人に抗う術は無いだろう。
剣で切れた様だが、怪しい物だ。武器を持って無かったのが、戦わなかった理由かも知れない。
それにしても中々洒落の解る奴だった。本当に魔族とかでなく、オークなんかを傅かせていなければ、ちょっと傾いたかも知れない。
いやいや、俺には梓が居る。それも違う。何混乱しているんだ俺は。もしかしてあれは混乱の魔法だったのか?
「シノ!大丈夫?」
「あぁ、オークの討伐部位でも集めるか」
ベルの声で、俺は現実に戻る事が出来た。危ない危ない。
「シノ強い」
「俺なんてまだまださ。ベルの魔法のお陰で楽出来たんだよ」
俺の言葉にベルは嬉しそうに含羞む。可愛いもんだが俺の守備範囲には、まだ入って居ない。
俺達は、オークの討伐部位を持って城に帰ったのだが、貴族とは、ここまで最低な物なのかと、久しぶりに呆れた。
「ベルニカのお陰で、簡単に倒せたのだろ?であれば、半分はベルニカのもんだ」
「解った、それで構わない」
つまり、20000と言っておいて、10000にしやがった訳だ。しかも子供のお守り代もロハと言う、悪辣な親父だった。
ギルドにピンハネされるのは、そりゃ困るだろう。最初からその気だったと言う事だ。
だから、俺もラビアンの事は話さないでやった。ベルが悲しそうな顔をしているのは、父親の悪辣さにだろう。
「そこで、もう一つ頼みたいのだが、ベルニカを街まで連れて行ってくれないかね?」
厚顔無恥と言う言葉を体現した様な奴だ。よくいけしゃあしゃあと頼める物だと呆れてしまう。
「幾らで?」
「どうせ街まで帰るのだろ?」
まぁ、こいつには場所を教えていない。ギルドに場所を教えて30本分の情報だと少しは金になるだろう。
「解った、ベル、今すぐ行けるか?」
「行ける」
「じゃぁさっさと行こうぜ」
「あ、馬は置いて行ってくれたまえよ」
もう、開いた口が塞がらない。ベルの荷物を取ってこさせて、俺はさっさと城を後にした。
「ごめんなさい」
「お前が謝る事じゃないよ」
俺の背中にしがみついて謝るベルだが、事態は予想の遥か斜め上を行っていた。ベルの泊まる所すら用意していなかったのだ。
マールには、「今度は幼女?」とか言われるし、マスターからも白い眼で見られるし、俺が何したっていうんだよ。
ギルドには逐一報告しておいてやった。同情されたのか、オークの情報で2割の60000はすぐに出してくれた。回収出来たら、残りも出してくれるそうだ。
人件費を割いても、1本10000で買うより、儲かると言う事だろう。
ラビアンの件に関しては、近々勇者御一行様が来るので、その時に報告すると言う事だ。
迂闊だった。ベルを街にと言う事は、それを想定するべきだったのだ。きっとベルを迎えに来ると言う事だろう。
ギルド経由で断った為、どんな顔をして会えば良いのか解らない。それに逢えるかもしれないとドキドキしている俺が居る。
どちらにしても、ベルもまた居なくなるのだ。付いて行く気が無い俺は、感情移入しない様に心掛けるしか無いだろう。
宿屋の料理を初めて食べる料理だと、美味しいと言って笑うベルを見て、俺は、そう決断していた。
ベルをギルドに預けようとしたのだが、俺の服の裾を掴んで離さないベルを見て、ギルドの連中はまるで俺が悪い見たいに白い眼を向けやがって。
「たっだいまぁ~!」
俺のさっきの決断と、思慮を返してくれ。
「誰?」
「何?今度は幼女を連れ込んでるの!」
部屋で、ベルと今後の事を決めておこうと向かい合って居る時にこれだ。
「近々って聞いてたんだが」
「うん、一番速い馬貸して貰って跳んで来たんだよ! 馬にも乗れる様になったんだから。ちゃんとこの部屋のままだね。偉い偉い、私を待っててくれたんだ」
そこには、俺が買ってやった装備を身につけた梓が居た。なんか視界がぼやける。
「待ってねぇよ。こいつが、梓で、勇者様だ。で、こっちがベル。千年に一人の逸材だ」
「おぉ~! 貴女がベルちゃんかぁ、可愛いぞぉ~」
なんか行き成りベルに抱きついているし。装備したまま抱きついたら痛いと思うぞ。
「い、痛い」
「あ、ごめんごめん。あんまり可愛くってつい」
ほら見ろ。相変わらず唯我独尊な奴だ。
「あ、梓様、お待ち下さい、はぁはぁ」
「何か、そこにはぁはぁしてる怪しい人が居るんだけど」
「あ、彼女は、神官で私のパーティに参加してくれた、ターニャ」
「ターニアです。何度言えば覚えて頂けるのですか。そんな猫みたいな名前では有りません。それに怪しくも有りません」
「えぇ~っ可愛いから良いじゃん」
「まぁ、まぁ、落ち着いて」
俺は、ターニアに水を渡す。何と言うか、来た途端これだ。相変わらず騒がしい奴だと、自然と笑みが溢れる。
「それより、どう言う事! 私の誘いを断るなんて!」
「俺より強い奴なんて、一杯居るだろうが。魔王討伐なんて面倒な事御免だ」
「そんな事ないよ。宮廷で私に勝てる人居なかったもん。今のところ私に勝ったのは、シノだけだよ」
「それは、違います梓殿」
また変なのが出て来た。フルアーマーじゃないけど、そこそこに高そうな装備を付け、盾も大きい事から騎士だろう。
しかし、何で全員女なんだ? あ、梓が女だから、女で纏めたのか。ますます俺が参加するのはまずくないか?
「きっと、まだ覚醒していない梓殿に勝っただけです。梓殿は、刷り込みの様にその事を大きく捉えているだけです」
「あぁ、それはそうだ。何も知らなかったからな」
「私、そんなに馬鹿じゃないよ。ねぇシノ~、一緒に行ってよぉ~」
「まぁ、その話は明日な、今日は、ベルと親睦を深めた方が良いんじゃないか?」
「今日はシノと最後の夜を過ごす」
「私も私もぉ~」
「ベル?」
「「梓様(殿)」」
「だって、シノ、逃げる気でしょ?」
「解る?」
「こんな臆病者必要有りません。私が梓殿をお護り致します」
「私が生きているのは、シノのお陰だよ?」
「それとこれとは話が違います」
「えぇっと、名前も知らない、女騎士さん。俺も同意見なので、梓を連れて行ってくれるかな?」
「無礼な! 私は誇り高き王国騎士のリン=アンブレアだ」
「俺は、シノニム。シノで良いよ」
突っ込むのはそこかよ? 名前言わなかったのは貴女でしょうが。しかし、なんて似合わない名前だ。
「何か失礼な事を考えていないか?」
「いや、全く」
女は鋭い。しかし、よくよく見ると二人共、胸がでかい。プルンプルンって感じだ。ラビアンと比べると小振りだが、あれは全体的に大きかったからな。
「私も失礼な事を考えられている気がしてきました」
「天誅ぅ~っ!」
「だから、意味不明だってば」
「シノ、一緒に行く?」
神官さんも流石に鋭い。梓に天誅される覚えはないぞ。
しかし、ベルの下から目線は、ぐっと来る物が有る。だからと言って、一緒に行くとは言えない。
「お前等女ばっかりじゃないか。俺が入ると困るんじゃないのか?」
「別に、もう裸見られてるし、私は困らないよ」
「そう言う問題じゃないだろ」
「そうです、犬に噛まれたと思って忘れて下さい」
何気に酷い言われ様だ。こいつ絶対男嫌いだな。
「望みの報酬は何ですか? 出来うる限りの物を用意致しましょう。何なら私の夫の座でも構いませんよ」
また出たよ。第二王女、ミラ=クル=フロウ。ま、政略結婚なんて王族や貴族には当たり前だからか、こいつらに取っては結婚なんて売り物の一つだからな。
それより、梓は解るとして、何で姫さんまで俺を参加させたがるんだ?