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第十五話(最終話) 誰が為に

 重厚な扉をユニが開き、中に入って行く。ユニに続いて部屋に入った俺達が見た物は、諸葛の間等とは違った普通の応接室だった。

だがその応接セットの、有に人間ならば3人は座れるだろうと思われるソファーを占領していたのは、上半身裸で頭に角を生やした紛うことなき魔王であった。

その存在感は、周りの空気すら重く感じさせる。その吐く息だけで此方を圧迫死させられるのでは無いかと思われる程の重圧が俺を苛んだ。


「ただいま戻りました。お父様」

「可愛く成長したようだな、ユニ」


 言葉だけを聞いていると、久しぶりに会った親子の平凡な会話に聞こえるが、そこに居る者には底知れない圧迫感を与えている。

これ程の城の城主への接見なのに、従者の一人も周りに居ない事も頷ける。誰も彼を脅かす事が出来ない、出来るはずが無いと思える。


「それで此度の帰城は、婚約を承諾したと思って良いのか?」

「いえ、お断りに参上致しました」


 流石のユニも普段の態度では無く、言葉使いも丁寧な物だ。前振りもなく行き成りの緊張を孕んだユニの言葉だったが、思いの外、魔王は何事もなく聞き流した。


「そうか、あ奴では不満か。中々見所が有る男なのだがのう」

「よ、宜しいのですか?」


 ユニの言葉に落ち込んだ様に見える魔王の言葉に、俺達は少し拍子抜けしたが、同時に安堵の息を漏らした。


「まぁ、良かろう。一人二人では、気に入らぬ場合も有ろう。だが、何れは承諾して貰うぞ?」

「ちょっと待ちなさいよ。親だからと言って娘の相手を、無理に決める必要は無いでしょ?」


 梓、この状況で良くそんな強きな発言が出来るな。本当、尊敬するよ。怖いもの知らずもここまで行くと、大した者だと思える。

だが、今回は良いと言ってるのに何故煽る? このまますんなり帰る事が出来ると、一瞬思った俺は頭を抱える事となってしまった。


「威勢が良いな人の子よ。ところで後ろに居るのは、お前の従者か? ユニよ」

「いえ、友人で御座います」


「友人だと? 人の子がか? ん? いや、そうか貴様が、異界の勇者か。クックック我が娘も大した者よ、異界の勇者が友人とはな」

「だったら何なのよ?」


 何故か楽しそうに笑い出す魔王に、梓が怪訝な顔をする。


「別に何と言う事は無い。それよりも、そこの男」

「俺の事か?」


 ユニの後ろに立っていた俺達を順に一瞥すると、魔王は俺に言葉を掛けてくる。正直、何でおれなんだよと思うが、ここで弱気に成るべきでは無いと俺の経験が語っている。

俺の経験なんぞ、ここに居る魔王からしてみれば塵にも等しいだろうが、それでもユニに付いて来た以上、虚勢で有っても張る必要が有ると思えた。


「ふっ、流石にユニが友人と言うだけは有る。我の言葉に対し不尊な物だ。貴様、親は誰だ?」

「さぁな。物御心付いた時には、既に居なかったので、俺は知らない」


「名は何と言う?」

「シノニムだ。シノと呼ばれている」


 俺が答えた瞬間、魔王の怒気とも言うべき力の奔流が場に吹き荒れる。俺は賺さずベルを背後に庇いシルフィに防御を依頼した。

梓とサヤが一歩前に出て刀に手を掛け臨戦体勢となる、ユニでさえ顔の前に腕を翳して耐えていると言うのに、この二人は魔王に匹敵する化物だと言う事だろうか。


「成程な」

「どう言う事だ?」


 フッと力の奔流が止み、周りから緊張が解けた。魔王が何かを確信したように頷いている。


「我が憤怒の怒気に当てられて、尚且歯向かおうとする胆力と意思。流石、異界の勇者と氷の剣士と言うところか」

「試したのか?」


「フッフッフ、そうだな試したぞ。その髪の色、そしてその瞳の色、間違い有るまい。我が息子よ」

「は?」


 俺の髪の毛は赤く、あまり見かけ無いが全く居ない訳では無い。確かにこの髪の色のせいで、幼少期に友人が出来なかったのも事実だ。

だが、この瞳の色は居ないのかも知れない。俺も水姫達に言われて気が着いた程度で、冒険者仲間などに指摘される事も無かったから気にしていなかったが。


「ベル」

「本当」


 俺は、魔王が皆を錯乱させるためにいい加減な事を言っているのでは無いかと、ベルに確認させたのだがどうやら本当の事らしい。


「ほぅ。その娘は、真偽を見抜ける眼を持つか」

「まぁ、あんたが俺の親父だろうが何だろうが、今更どうでも良い事だ。要件は終わったんだろ? 帰ろうぜユニ」


「まぁ、待て。中々興味深い面々だ。少し話がしたい、食事でも用意させよう」

「はい、畏まりました。お父様」


 何か嫌な予感がして、俺は早々にこの場を立ち去る方向へと誘導しようとしたのだが、それは徒労に終わらせられた。

あまりにもあっさりとユニが、魔王の言葉に了承してしまったのだ。だが、逃走劇とか戦闘とかに成らなかった分、由とすべきなのかも知れない。




 魔王との食事は、非常に微妙な緊張感の中で行われていた。

カチャカチャとナイフとフォークが、皿に当たる音だけが聞こえる。そんな中、やはりと言うか当然と言うか魔王が口火を切る。


「処で氷の剣士よ、その奴隷紋は、どうした?」

「私の未熟さ故に、我が一族は陥れられた。これは、その戒めであり、そこから救い出してくれたシノとの絆だ」


「成程、我の元へ来るなら、その奴隷紋を解呪してやろうかと思ったのだが、無用な愚考で有った様だな」

「然り」


 サヤは何故か誇らしげに、耳と尻尾を先までピンと立てている。魔王も何言ってくれちゃってますかと言う処だが、サヤの答えにも驚かされる。

何故に梓もベルも、さも当然と言う顔をしているのかも謎だ。そもそも救い出したのは、俺じゃなくて姫さんだと思うのだが。


「よくこんなに食材が豊富にある物だな。ここに来る途中の土地は、荒れ果てて見えたぞ」

「食材は、大陸から調達して来た。本来、我らはこの様な物を食べる必要は無い」


 これは薮蛇だったかと思ったが、それ以降この話題に触れられる事は無かった。


「ところでシノは、幾つになったのだ?」

「22だ」


「成程22か、そろそろ血気盛んな男盛りと言う処か」

「フロン王国の第二王女が言い寄っておるのじゃ。後、スピリチュアルの姫君もと聞き及んでおる」


 ユニ、それは誇張し過ぎだ。ミラが、そう取られても仕方が無い言動を行っていた事は認めるが、ターニアは違うだろ? 確かに女王さんは、そんな事を言っていたが。


「それに加え、異界の勇者とお前達もと言う事か。これはこれは、アスモデウスも真っ青だな」

「最初に連れて来たのはラビアンじゃ」


 魔王、それは誤解も甚だしいぞ。そう思ったが、否定しても勝てそうな気がしなかったので黙っておく。


「何と、最初にアスモデウスの娘を篭絡するとは、中々心地良い男だ」

「クジャクがご執心じゃな」


 当事者である俺を除いて、魔王とユニの二人で俺の話で盛り上がって居る。微妙に魔王がご機嫌に見えるのが、また何とも言えない不気味さを助長している。


「しかし22と言うと、そうかあの時の人の女か。あれは、西の外れの巫女だったな。あれから幾ら探しに行っても、見当たらない訳だ。」

「何?」


「魔物に襲われているのを助けた巫女が居た。我の姿を見ても怖気付かない、気丈な女であったな」


 それから魔王は、懐かしい物を思い出す様に当時の話を始め出した。

魔物に襲われて怪我をして歩けなかった巫女を、近くの山小屋まで連れて行き看病したと言うのが馴れ初めらしい。


 暫くその山小屋が二人の逢瀬の場で合ったのだが、巫女が身篭りお腹が目立って来る様になった頃から訪れなくなった。

子供が産まれてその育児に忙しいのだろう思っていたのだが、何年経っても現れない事に訝しんで調べさせた処、赤い髪の毛を産んだと言う事で、神社どころか国まで追い出されたらしい。


 その後の消息は、掴めぬままだったと言う事だ。もう少し慎重に確認しておけば良かったと、魔王に謝られてしまった。


「済まぬな、一度も見た事が無かったので探す術も無かったのだが、まさかそこまで我が血を継承して居ようとは思っても居らなかった」

「血って、髪の色と瞳の色か?」


「そうだ。ユニ」

「はい」


「此奴なら赤龍を使役出来るだろう。竜谷へ連れて行ってやれ。帰りにでも寄れば良い」

「解りました」


 また俺を除け者にして、俺の話を決めている。どうして俺の周りは、こうやって勝手に話を勧める奴等ばかりなんだろう。


「ちょっと待てよ。俺は竜を使役したいなんて思ってないぞ」

「我を親と思う必要は無い。だが、手に入れられる力を、みすみす手放す必要も無かろう」


 じっと見詰められた紅い瞳は、何を考えているのか解らなかったが、なんとなく気恥ずかしくなってしまい、俺は「解った」と答えてしまった。




 食事が終わり、俺達はユニのドラゴンの前に居る。周りの悪魔達も丁寧で居心地が悪い。魔王と食事を共にした事で、俺達も魔王の客人として扱われていると言う事だ。


「ユニよ、弟なのだから無理に襲うなよ。ちゃんと合意を得るのだぞ」

「解ったのじゃ」


 待て、何を言っている? しかし、このロリっ娘が姉と言われてもピンと来ない。寧ろ妹だと言われた方が納得出来るぞ。


「き、近親相姦じゃない! そんなの駄目よ!」

「我らの血は、そんな事で異常を起こす様なヤワな物では無い。兄弟婚など日常茶飯事じゃ」


 梓の尤もな倫理観を、簡単にぶち壊してくれました。


「ハッハッハ、シノよ。また来ると良い」


 何かドッと疲れる見送りを受け、俺達はユニのドラゴンに乗って飛び立つ。

周りは、真っ暗な夜となっているのだが、魔族の本領は夜だとか言って、これから先程ユニと魔王が話していた竜谷と言う処に行くそうだ。

白、赤、青の月を背負い、ドラゴンで翔ぶと言うのも中々体験出来る物でも無い。


「なぁ、ユニ。ドラゴンと戦うなんて事は、無いだろうな?」

「よっぽど怒らせなければ無いじゃろ」


 俺は、ふと不安になりユニに訊ねたのだが、心配は不要らしい。それでも多少の不安は残るのだが。


「ところで、シノよ」

「な、なんだよ?」


「これからは、ユニお姉様と呼ぶのじゃ」

「断る」


 俺は、きっぱりとお断りしたが、ユニは機嫌を悪くした風でもなく笑っている様だった。そして、俺達は宵闇の荒野に一際赤く輝く峡谷へと入って行く。


「ちょ、ちょと待て。あそこへ降りるつもりか?」

「そうじゃ」


 眼下に見えるのは、赤い光の中に居る数十のドラゴン。あれだけで大陸など簡単に蹂躙出来てしまうだろう数だ。

竜の群れの中に降り立ったユニのドラゴンから、俺一人だけが下ろされる。


「あの赤龍の群れに近付けば、自ずと近付いて来る竜が居るはずじゃ。それがシノの使役出来るドラゴンとなる」


 そんな物なのか? と俺は恐る恐る竜の群れへと近付いて行く。半端じゃない威圧感だ。

そうすると、竜の群れの中の一頭と言うか一匹と言うか、その中ではかなり小柄な竜がこちらを向いた。

目が合うと「ピギャー」と言うなんとも可愛い声を上げ、駆け寄って来る。


 不思議と怖いと感じなかった。駆け寄って来たドラゴンは、俺の顔にでかい顔を近付けて来て、でかい舌で俺の顔を舐める。

なんか犬見たいだ。よしよしと頬の近くを撫でてやると、俺に乗れと言っている様だ。精霊達の様に言葉にしないが、なんとなく意思は理解出来る。

俺は、そのドラゴンに乗りユニ達のドラゴンに近づく。近付いて見るとユニのドラゴンより一回り小さい。


「そのドラゴンに名前を付けてやるのじゃ」

「解った」


 解ったと言った物の、俺には名前付けのセンスが無い。だが、頭に響く名前が有った。ドラゴン自らの要求だったのかもしれない。


「ローズニル。これで良いのか?」


 ローズニルは、俺の方に振り返り「ピギャー」と満足そうに鳴く。中々可愛い。


「それでは、戻るのじゃ」


 ユニがそう言った時に、サヤがベルを抱えてこちらに飛び移って来る。相変わらず素早い動きだ。梓が不満そうに見えるが、ユニのドラゴンは既に跳び上がっていた。


「俺達も行こう」


 ユニのドラゴンの後を追い、ローズニルも跳び上がる。俺達はドラゴンの背に乗り、月に照らされた夜空の中をプリパラへと向かった。




 二頭のドラゴンで戻って来た俺達に、プリパラの皆は驚いていた。


「どう言う事じゃ?」

「どうやら、俺ってサタンの息子だったらしい」


 思い違いと言う線も有ったが、こうしてドラゴンを使役出来ている事は、揺ぎ難い証拠となってしまう。


「ふむ、では、シノが此処に居る事に何の問題も失くなったと言う事じゃな。しかし、プリンセスプリンスパラダイスと改名せねば成らんか。プリプリパラでは、なんか嫌じゃな」


 おい、クジャク。論点は、其処なのか? いや確かにプリプリパラって、何か嫌だと言う事には同意するが。


 俺自身は、塵になったり翔んだりする事は出来ないが、ローズニルを呼び出せば移動に支障もない。

こうして俺は此処プリパラに何時でも来られる身分? と言うか遊びに来る場所から、帰る場所に成ってしまった。


「良かったね、シノ。お父さん生きてて」

「実感ねぇよ」


 梓は暢気に言うが、しかも魔王の血族って何だよ。そう考えると俺って弱すぎな気がしてきた。


「成程な、シノが我を傷つけられたのも納得と言う物じゃ」

「あれは、まぐれだ」


 ラビアンにも、勝てる気なんてこれっぽちもしないのだがな。


 梓は、酒の飲み方が解って来たらしく、最近では飲みすぎて倒れる事も無く、ほろ酔い加減でクジャクと話すのが日課となっていた。

梓曰く、こちらだと合法的に飲めるから飲むのだそうだ。魔族領で合法的も無いと思うが。


「ねぇ、クジャク。魔族って何なのかな?」

「どう言う意味じゃ?」


「何と言うか、私の認識としては、人を惑わす者が悪魔なんだよね」

「我らは言うならば、神の尖兵じゃ」


「神の?」

「神は自らに似せて人を造った。そしてこの世界を維持する為の力を精霊達に与えた。我らの父達は力無き神の代わりに戦う為に力を与えられた」


「それは、また私の知識と違うわね。いえ、そう言えばルシファーやサタンは元天使か。そう言う処からそう言う話に成っているのかしら」

「人とは自分達を助けてくれる者を神の使い、自分達が恐る者を悪魔と言うからの」


「戦いに明け暮れて居るのは?」

「父達は、戦う為の力を持て余しておるのじゃな」


「ドラゴンとかは?」

「あれらは精霊と同じじゃよ。力の精霊とでも呼ぶべき存在じゃな」


「そっか、だから聖獣とか神獣とか言われる事もあると」

「それもまた、自分達を助けてくれる者を神獣または聖獣、自分達が恐る者を魔獣と言うと言う事じゃ」


 梓とクジャクの話は、こうして時々難しい話になる。こう言う時はジェラとラビアンとカナン、そしてサヤと俺の5人で静々と飲んでいる事が多い。

こう言う難しい話を始めるのは、主に酒が回っている時なので、ベルは早々にお休みだ。


 梓については、俺達にして見れば此処に住んで居る状態である。

時々「ちょっと還って来る」と行って出て行って、少しするとテンションが高くなって戻ってくるので、居なくなっていると言う感じが俺達には無い。


 梓は、プリパラから殆ど出なくなっていた。


「ダンジョンとか無いんでしょ? 別に魔物を殺したいとも思わないし、戦いたいとも思わないもの」

「ダンジョンって何だよ」


「魔物が居て、倒して行くとお宝とかが有って、ボスを倒すと良い物が貰える場所?」

「そんな都合の良い場所が有れば、俺が教えて貰いたいよ」


「人の争いに巻き込まれるなんて真っ平御免だしね。ミラやターニャが危なければ助けに行くけど」


 と言うのが梓の言い分だ。確かに梓の強力過ぎる力と知識を知れば、利用しようと考える輩が出て来るだろうから、これはこれで良いのかも知れない。

クジャク達にしても、主に梓の作る料理に胃袋を抑えられていて、子供達の面倒も見てくれるし、寧ろ此処に居て欲しいと言って居る。


 ラビアンなどは梓に寿司を作って貰いたくて、ちょくちょく新鮮な魚介類を仕入に行ったりしている。堂々と買物をしていれば、全然誰も不審に思わないそうだ。

不審に思っても、怖くて言えないだけだと思うけどな。


 自分がプリパラから出ないからと言って、梓は毎日戻って来いとか言うのだが、流石に毎日の往復は不自然なので、2日か3日に一度程度行ったり来たりする事で妥協して貰った。

何故こんな事で、梓と妥協点を見出さなければ行けないのか、甚だ疑問だったのだが。


 ベルに付いては俺とサヤに付いてきたり、プリパラに残ったりと自由にやっている。

父親の処には戻る気はないらしい。戻っても領主の城に幽閉されるか、どこかに嫁に出されるだけだからと言う事だ。

あの父親ならベルには、俺も帰った方が良いとは言えない。


 姫さんも偶にプリパラに遣って来る。俺が迎えに行かされるのだけどね。

ターニアの風の精霊と連絡が取る事が出来る為、姫さんとターニアも偶に遊びに来る様になっているのだ。


「これが、ドラゴンですか。益々人間離れして居られますね」

「あぁ、半分魔王の血が入ってるらしいからな」


「それは、素晴らしいです。是非私を伴侶として頂き、我が王家と魔族の友好を深めましょう」


 初めてローズニルで迎えに行った時、姫さんの反応がおかしかった。いや、此奴は価値観がおかしいのか。


「これは、シノ様も長命種なのかも知れませんね。私もミラ姫の後を予約させて頂きます」


 ターニアは俺が長命種だとか、怖い事を言って居るし。しかも予約って、気が長過ぎるだろ。


 そんな感じで俺は梓に掻き回されながら、それなり平穏な日常を送っていた。




 俺は、時々独りになりたい時や、精霊達と静かに話をしたい時に魔族領の湖に来ている。ローズニルに連れて来て貰えば、魔獣は寄って来ないので静かな物だ。


「ふぅ~。何だかなぁ」

「どうかしましたか? シノ」


 木陰でローズニルに凭れ掛かって横に成っていると、俺の独り言に反応して水姫が出て来た。


「言われた通り魔界に行って来たんだけどな。何か余計な柵が増えただけな気がしてね」

「大人に成ると言う事は、そう言う物なのですわ」


 湖の水を使って人型を取る水姫。相変わらず無駄に髪の毛が広がっている。風呂に入る時は収まっているのに不思議な奴だ。


「大人か」

「目指すべき上は見定めましたの?」


「さぁな。何に成れば良いのやらだ」

「あらあら、シノにも困った物ですわ。上を目指すと言うのは、何に成るかでは無く、何を成すかですよ?」


 そんな溜息を吐いて、困ったちゃんを見る様な眼で見ないで欲しい。そもそも息なんてしてないのに何で溜息が吐けるのだか。

大体上を目指せなんて言うから、騎士なれとか冒険者として名を上げろって言ってるんだと、普通は思うだろうが。


「何を成すかか」

「手段と目的を誤っては、駄目ですよわよ? 力とは、どの様な力でも手段ですわ。力を得る事を目的にしては成りませんわ」


 そもそも精霊達が居るお陰で、おれの力は普通の冒険者達よりは高いと言っていいだろう。

しかし今回、魔界へ行った事により、俺の力なんて大した物では無いと認識してしまった。その事を水姫は、揶揄しているのだろう。


「要は、持って居る力を使って何をするか? が重要って事か」

「あら、シノにしては、物分りが良いので吃驚しましたわ」


「でも俺、人間嫌いなんだよな。良い思い出が無い。あの街は、お人好しが多いと思って気に入っていたんだが、領主があれだったしな」

「だから人とは距離を取っていた。人とは、そんな物だと思えるから、腹を立てずに済んでいた。そう言う事ですわね」


「その通りだ」

「でも、係わってしまった。あの異世界の娘に」


「怖いんだ」

「焦る必要は有りませんわ」


 突然現れたと思ったら、突然消えて行く。全く自由な奴等だ。だが、何時もこうして俺のことを気に掛けてくれて有難い事だ。

消えたと言っても人型を解除しただけで、そこの湖の水に居る事は感じ取れる。ドンにしてもその辺りの土の中に居るし、木漏れ日にレムを感じるし影にはルナが居る。

ハオは、流石に近くに居ても雨雲が無いと出て来る気は無さそうだ。火竜は、さっきからローズニルとじゃれている。


 そう、俺は怖かったのだ。言葉にして初めて自分で気付く。水姫は、それを気付かせてくれたから、用は済んだとばかりに居なくなったのだろう。


 原因が解かれば、対応策を考えるだけだ。

俺はシルフィーが送ってくるそよ風を感じながら軽く一眠りした。




「えぇ~っ! ちょちょちょ~っと、お待ちを~っ! な、な、な、何でさぁ~っ!」

「俺、そもそも冒険者だし」


 俺が、改めて大陸を旅すると言い出したら、梓が猛烈に抗議しだした。


「行くっ! 私も行くっ!」

「梓は、1週間毎に戻るから、ここに居ないと駄目だろ? それに、魔物を殺したくもないし戦いたくもないって言ってただろ」


「それは、そうだけどさぁ。1週間毎にシノがここに連れて来てくれれば良いじゃん」

「旅をしてたら、それは約束出来ない。誰かの護衛をしているかもしれないし、魔物の討伐をしているかも知れないからな」


「た、多少の誤差は認めるからさぁ」

「それって、向こうでの調整が面倒だって言ってなかったか?」


 今は、雷の日の22時と言うのに決めていると言っていた。22時と言うのは梓が持ち込んだ、時計と言う物で解るらしい。

梓の世界では、金曜日の22時と言う事だと言っていた。

此方で過ごした時間と同じ時間、梓が梓の世界で過ごす事により、俺達には一瞬で梓が行って戻って来るように感じると言う事だ。


「サヤの家の復興も目処が立って来たしな。俺も、そろそろ働かないと行けないだろ?」

「もう、一生遊んで暮らせるだけのお金あるじゃん」


「俺は、まだ22だ。そんな隠居生活する歳じゃない」

「シノが居ないんじゃ、つまんないじゃん」


 そんな眼に涙を溜めて訴えられても、こっちが困ると言う物だ。


「別に全く此処に帰って来なくなる訳じゃない。切りの良い処で一度帰って来るし、帰って来たら暫く居るから」

「うぅ~、私を邪魔だと思ってない?」


「思ってない、思ってない。ただ、俺には俺の人生が有るだけだ」

「サヤさんと二人で?」


「ベルも行くか?」

「駄目ぇ~っ! ベルちゃんまで行っちゃったら、私泣いちゃう!」


 既に泣いてるだろ。と思ったが、ここはスルーしてベルの方を見る。


「私は、ここに居る」

「解った」


 ベルは、まだ自分自身で整理出来てないと言う処だろう。もう少し時間が経って自分自身整理出来たら、父親と対決するなりなんなりすれば良い。

その時は手伝ってやるさと言う思いを込めて、ベルの頭を撫でてやる。


「何で、旅するの? 何処かの街で定住してても冒険者出来るじゃん」


 今更かよ。まぁこれを説明しないと意味は無いだろうしな。


「基本的には、大陸の魔物を減らすのが目的だ。奴等は奴等なりの理由も有るだろうが、人を襲う事に代わりは無い。ミラの施策が実を結ぶのは、かなり先の話になるだろうからな」

「何処から行くの?」


「まずは、西の端からだ。俺が産まれたと言う国を見てくる。そこから、北へ行って東へと回っていくつもりだ」

「医者に成るの辞めようかなぁ」


「梓は、人の2倍生きるならではの事をするんだろ? 俺も自分の出来る事をするだけだ」

「解ったよ。出来るだけ帰って来るって約束だよ?」


 なんとか梓の説得も出来、俺は大陸の魔物討伐を主な目的とした。

今生の別れでも無いのに、こんなに疲れるとは思わなかった。そもそも早ければ1週間ぐらいで帰ってくるし、長くても一月ぐらいだと思ってる。

だから、こんなに反対されるとは思わなかった。


「何時から行くの?」

「明日からと考えている」


「急だよっ! 解った。今晩は腕に縒りを掛けて美味しい物作って上げるから、ちゃんと食べて行きなさい」

「はいはい。期待してますよ」


 そして、夜は何時もの大宴会となってしまう。

クジャク達と飲みながら、明日起きれるんだろうかと心配になってしまった。


 当然、梓は絡み酒となり、久しぶりにベルと早々にご就寝だ。


「本心は、なんじゃ?」

「本心だよ。今出来る事を遣る。そのうち違う出来る事が見付かるかも知れない」


 例によってクジャクが酒を持って俺の処にやって来て聞いてくるが、俺に他意は無い。解からなければ動く。それだけだ。


「そうじゃな。他意が有ればベルが気付くしな」

「それもそうだ」


「我等にしてみれば大した時間では無いのだが、梓にしてみれば悠久の時間なのかも知れないな」

「一過性のものさ」


「ふふ、まぁそう言う事にしておこう」

「何か有れば、風の精霊で知らせてくれ」


「心得た」

「梓とベルを頼む」


 翌日、俺はプリパラを後にする。ローズニルに乗り、プリパラの皆の見送りを受けて、魔族領を飛び立った。

全く大層な事だ。こんなことをされると、すぐには帰り辛くなると言うのに。


 まずは、西へ。俺は、サヤの温もりを背中に感じながら、大陸全土の魔物の一掃を目標に、朝日を背にして大空を翔けていく。



-完-


~~~エピローグの様な物~~~


 庭では一人の子供が遊んで居る。5歳ぐらいになる男の子だ。


「シソーラス、あまり走ると危ないですよ」

「はい、お母様」


 赤い髪の毛をしたその男の子は、ブロンドの髪にエメラルドの瞳を携えた、20代の淑女に答えた。

瞳の色は、母親と同じエメラルドである。


 淑女の隣には、青髪青眼の少々露出の高いビキニアーマーを着た女騎士が立っている。


「ミラ様、シソーラス様も立派に成られましたね」

「ええ、リン。これからあの子を頼みますよ」


「勿論、この身を挺してお護りさせて頂きます」

「お願いしますね」


「きっとこの為に私は、あの時皆さんとご一緒出来たのだと思っております」

「皆さんプリパラに行けば、何時でも会えますよ?」


「ベル様も、お綺麗に成られたそうですね」

「はい、それに梓様も。梓様には、シソーラスが病気の時に、大変お世話になりました」


「見た事も無い薬でしたね」

「コウセイブッシツとか仰っておりましたわ」


「ところで、シノ様は?」

「あの人は、相変わらずですわ。サヤ様と諸国を廻って居ります。もしかしたらプリパラで梓様、ベル様達と遊んで居られるのかも知れません」


「相変わらずですね」

「相変わらずです」


 豪華なドレスを来た淑女と、ビキニアーマーを纏った青髪青眼の女騎士は、同時に溜息を吐いていた。


これで本編は終了となります。ご愛読有難う御座いました。

後、おまけとして、黒梓その3を投稿予定です。

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