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第十四話 チョコっとなっと、本当に魔界行きかよ

 俺の目の前には、てへっと舌を出している梓がクジャク達と楽しいそうにお茶を飲んでいる。

テーブルの上に乗っているのは、見た事も無い黒い固まりだがそれを皆が美味しそうに食べていた。


 逸早く梓に抱きついたベルは、それを一粒口の中に放り込まれて蕩ける様な顔をしている。

サヤもさっと梓の隣に座り、怪訝そうにそれを手に取り上から下から眺め臭いを嗅ぎ、そして口に放り込んだ。


 あんなサヤは、見た事が無い。普段、全くの無表情で能面だとか氷の表情だとか言われている眼が大きく見開き、そしてにへら~と蕩けた。

無論尻尾はパタパタしているし、耳もパコパコしている。所謂、超ご機嫌状態だ。


 何だ、あの食べ物は? いや今はそれより、何で、どうして、梓が此処に居るかだ。

俺は、意を決して梓に近づく。梓の前でダンッとテーブルに両手を着いた時、梓がその黒い粒を上に放り投げる。


 俺は、それを目で追ってしまい俺の方に落ちてくるそれを、思わず口の中に受け取ってしまった。

何だこの口の中で溶ける甘い物体は? 思わず噛んでしまうと、カリッと言う音と共に更に中に有る何かが砕ける。これは木の実か?


俺は梓を睨みながら、それをじっくりと味わってしまった。


「美味しい?」

「あ、あぁ」


「チョコレートって言うんだよ? この世界に無い見たいだったから、お土産に持って来たんだ。気に入った」

「あ、あぁ、美味いな。じゃなくって、どうやって戻って来た!」


 漸く俺は、何とか一番聞きたい事を声に出せた。相変わらず人のペースを乱す奴だ。少し髪が伸びたか?


「何処から説明すれば良いかな? 私も理論的に理解している訳じゃないから、上手く説明出来るか解らないんだけど、ルナちゃんに聞いた方が良くない?」

「そ、そうか、そうだな。ルナ」


「ほいほぉ~い、何か用かい?」

「説明を求める」


 何か用かじゃないだろ。確信的にニヤニヤ笑いやがって。全部お前の仕業だと解っているんだ、全く。

そしてルナは、相変わらずの黒いゴスロリドレスの広い袖から手を出さずに、腕を振り振り、説明を始めた。


「まずは、梓君を召喚した召喚術だけどね。あれは、何処かで此方の者を呼び出す召喚術なんだ。だけど、それは本来こちらで召喚の準備が行われて居なければならない。つまり梓君の場合、あちらで召喚の準備が行われいれば梓君の意思で戻れたんだよ。しかし梓君は、当然そんな物を準備しては居なかった。ここまで、良いかい?」

「あ、あぁ、続けてくれ」


「だからボクは、此方に召喚の準備を梓君に行って貰い、フラフラしている元の世界に戻る為にある繋がりを、あたかもあちらから召喚した様に此方の召喚準備に送ったのさ。それで目出度く梓君は、あちらの世界に召喚された。つまり還れた訳だよ。解ったかな?」

「つまり、こちらから召喚された事にして還した。しかし、それは元々こちらから召喚される儀式の為、こちらに戻るのは梓の意思で行えた。と言う事か?」


「お? 珍しくシノが理解している。これはボクの説明がとても解り易かったと言う事で、ボクを褒め称えるべきだね」

「それじゃ、もう還れないんじゃないのか?」


 その問に答えたのは、ルナでは無く梓だった。


「そこは、大丈夫。向こうにも同じ召喚の準備をして、今度はこっちに還るのを召喚された事にして来たから。もう何回か実験して実証済だから問題無しだよ」

「何回か実験しただと?」


「う、うん」

「その最初の実験は、還れないかも知れなかったんじゃないのか?」


「そ、そうだけどさ」

「何で、そんな危険な事をしたんだ」


「だって」

「だって?」


「もう一回シノに逢いたかったんだもん」


 気が付くとベルが椅子の上に立ち、俺の頭を撫でて、背中をトントンとしている。そうか、俺は泣いているんだ。

サヤは、何時もの無表情だが尻尾がクネクネと器用に、サッサと抱きしめてやれと言って居る。俺は苦笑を返すと梓に近づき、抱きしめてやった。


「おかえり。馬鹿娘」

「ただいま。鈍感泣き虫」


 その後の詰り合いは、割愛する。どちらが勝つかと魔族達が、賭けを始めたと言う事だけをお知らせしておく。


「それで本当の処は、何をしに戻って来たんだ?」

「色々。私ね、還ったら時間が経って無かったんだよ」


「何?」

「向こうを居なくなった時に還ったみたいなんだ。それで色々検証したところ、私の向こうの時間は向こうで過ごさないと経過しないらしいの」


「つまり、こちらで何年経とうが、戻れば同じ時だと言う事か?」

「そう」


「じゃぁ、そこでもう一度此方に来るとどうなるんだ?」

「あ、やっぱり、そこ気になるよね? で、検証したところ、此方で過ごした時間を向こうで超えると、こっちに来れる様になるみたいなの」


「それで、こちらに来るのに3ヶ月も掛かったのか?」

「あ、それは私の都合。丁度3学期に入る処だったから、終ってから来たの」


「よく解らないんだが、切りの良い時点まで何かやってたって事だな」

「そそ」


 一段落して風呂に入り、着替えて来てから色々と説明する梓は、見た事も無い薄くて手の込んだ服を着ていた。

生地が何で出来ているのか解らない程滑らかで、絹の様だがそこまでの光沢は無い。


「その服も、向こうから持って来たのか?」

「うん、向こうでの普段着だよ、似合う?」


「あ、あぁ似合ってる」

「へへ、皆にも色々持って来ようと思ったんだけど、あんまり向こうの物を持ち込んじゃ行けないかなって思って、お土産は食べ物にしたんだ」


「今度は、何時還るんだ?」

「それなんだけどね、1週間を基本にあっちとこっちを、行き来しようかなって思ってるんだ」


「つまり、梓はこっちの1週間とあっちの1週間の、普通の人の倍の人生を送ると言う事か?」

「そう言う事、すごいでしょ?」


「身体に負担は、無いのか?」

「その辺は、ルナが保証してくれたよ?」


 全く、何時の間にルナとそんなに親密になったのだか。

ここを拠点にしたのは、姫さんは学校に行くと言っていたし、俺は何処で何をするのか予測不可能だったため、ここなら居る者も変わる事は無いだろうと思ったとの事だった。

また、召喚の時は、やはり全裸になってしまうので、下手に屋外では行いたくなかったと言うのが理由らしい。


「ミラ達には、逢いに行かないのか?」

「もう、行ったよ? ちゃんとお土産のチョコも渡して来たよ」


「なんだよ、俺よりミラ達に先に逢いに行ったのかよ」

「だって、シノが所在不明だったんだもん。ミラ達は、魔法学校に行くって言ってたからすぐ解っただけよ」


「1週間毎だと、拠点は此処にするのか?」

「うん、交渉済だよ」


「クジャク達は、構わないのか?」

「言ったであろう? 最大限の便宜を図ると。一部屋提供するぐらい簡単な物だ。しかも子供達の面倒も見てくれるし、こちらとしても有難い」


 クジャク達には、何の問題も無いと言う事らしい。ここなら一応、全員女だし俺も安心だ。何が安心なんだろ?


「それで、梓は、こっちで何をするつもりなんだ?」

「遊ぶ」


「遊ぶって何だよ」

「あっちでは、真面目に勉強して、出来ればお医者さんに成ってくる」


「何それ?」

「こっちでの治癒術師みたいなもんかな? 例えば、あっちにはペスト、黒死病の抗生物質、特効薬が有るのね。そう言うのを使える様に成ってくる」


「それは、また凄いな」

「一人前に成るには、後10年ぐらい掛かるから、こっちでは遊ぶ。向こうでは只管ひたすら勉強」


「人生が2倍って反則じゃないか?」

「それが出来るならではの事がしたいって事かな。だから、付き合ってね」


「何に?」

「遊びに」


 梓には、自分の未来がはっきりと見えて居るのだろう。遠くを見る眼はキラキラと輝いている。

俺はどうなんだろうと、ふと不安になった。生きるために冒険者に成った。暫くは働かなくても良いぐらいの金は有る。


 当面は、サヤの復興を手伝ってやれば良いが、その後どうするのか。今まで通り気儘な冒険者を続けて行くのか。

何れ姫さん達の行動が身を結べば、大陸から魔物の数は減るだろう。そうすると、この先冒険者と言うのは身入りが少なく成ると思われる。


「梓は、向こうで遣る事を出来るから、こっちで遊んで居れば良いかも知れないが、俺にはこっちの生活が有るんだぞ?」

「え? ミラのお婿さんに成って、王様になっちゃえば良いじゃん。私、側室で良いよ?」


「すまん、梓の言ってる内容が、何一つ理解出来ない」

「私も」


 ベル、行き成り入って来なくて良いから。しかも私もって何だ。お前には未だ早い。


「私は、既にシノの奴隷だから問題ない」


 えぇっと、この際、サヤの言葉はスルーしておこう。


「我らも、側室とやらに参加したい物だ」

「クジャク、掻き回さないでくれ」


「我らは、本気じゃぞ。前に言ったでは無いか。シノに仕えるなら考えると」

「良く、そんな事覚えているな、ラビアン。そんな事して、此処はどうするんだよ」


クジャクに加え、ラビアンまで参戦して来やがった。これは、なんとか対策しないと押し切られるパターンだ。


「何、心配要らん。ここを後宮とすれば良いだけじゃ」

「あぁ~、取り敢えず、その話は、保留にしよう」


 ああ言えばこう言う。全く、クジャクは食えない奴だ。


「ふむ、今日は泊まって行けるのじゃろ? 今宵、ゆっくりと語ろうでは無いか」

「大丈夫だ」


 サヤ、なんで返事するんだよ。それも肯定の。俺は逃げ道を絶たれて、上を向いて諦めの溜息を吐いたのだった。




 テーブルの上に並んでいるのは、梓の持って来た食材らしい。見た事も無い料理が並んでいる。


「梓、この豆は腐ってるんじゃないか? 何か凄い臭いがして、ネバネバと糸を引いているんだが」

「それはね、納豆って言って、すごく体に良いんだよ? こうやって掻き混ぜて、粘りを出して醤油を少し掛けて食べるんだよ」


 いや、これ本当に食べ物なのか? それに、このスープも泥の様に濁っているのだが。


「臭いは、慣れだよ。シノだってチーズとか臭くても食べるでしょ?」

「これ、全部梓が作ったのか?」


「納豆は、流石に出来た物を持って来たんだけどね。それはチーズと同じ様に発酵熟成しないと、そうは成らないから」

「このスープは?」


「それも、味噌って言う大豆を熟成させた物なんだ」

「梓の世界では、豆が主な料理材料なのだな」


「違うよ? それは、和食って呼ばれる食べ物のジャンルの一つのアイテムだね。寿司を食べる時にも、それの赤出汁って言うのを一緒に飲んだりするんだよ」

「寿司か、あれは美味かったな」


 しかしスープはまだしも、この納豆と言う物を食べるのには、少し勇気が要りそうだ。

俺は、思い切って一口食べた。噛む程に、なんとも言えない臭いが口の中に広がる。だが、確かに味は悪くない。

梓の持って来た米は、スピリチュアルで食べた物より粘り気が有り、この米にこの納豆は合う気がする。


「臭いは置いておくとして、味は中々な物だな」

「でしょ?シノならきっと気に入ると思ってたんだ。私は嫌いだけど」


「おい、自分の嫌いな物を食べさせたのか」

「だから言ったじゃない、シノならきっと気に入ると思ったって。私が嫌いなのは、単なる私の嗜好だからね」


 新手の嫌がらせか? だが、確かに臭いも食べて居るうちに、気にならなく成って来た。まぁ、美味い? と思えるから良いか。

他にも、魚の煮付けと言う物や、天ぷらと言う物を食べたが、確かに梓の言う醤油が無いとこの味は出ないのだろう。

醤油とは、魚汁と違ってこれも大豆から造るらしい。やっぱり、豆が主になってるじゃないかと思ったが、口にはしなかった。




 梓達は、既にお風呂に入った後なので、今日は一人でゆっくりと入れる。

梓が還ってからは、元の冒険者生活に戻った為、風呂に入るのは久しぶりだ。


「水姫」

「はい、良いお湯なのですわ。お背中でも流してあげましょうか?」


「そうじゃなくて、前に、そろそろ上を目指せ見たいな事を言っていたよな?」

「確かに、そう言って差し上げましたわ」


「俺の目指す上って何なんだ?」

「それは、自分で考える物ですわ」


 水姫は、身体が水で出来ているはずなのに、器用にタオルを身体に当てて居る。


「そりゃそうだわな」

「一つ、助言させて頂きますと、魔界へ行ってみるのも面白いかもしれませんわ」


「俺は別に、誰よりも強くなりたいなんて思ってないぞ?」

「解っておりますわ」


 本当に精霊達は、思わせぶりな事しか言わない。ルナが召喚について、ちゃんと説明したのは珍しいと行って良いだろう。

しかし、魔界か。俺一人なら良いが、いや百歩譲ってサヤが一緒でも良いが、ベルを連れて行くのは不安だな。

あの戦闘力と真偽眼は魅力だが、俺も行った事が無いし何が出るか解らない所だ。どんな危険が有るか予測出来ない。


「有難う。参考にするよ」

「良いのですよ。それでは、背中を流して欲しくなったら呼んで下さいな」


 いや、今回も流して貰ってないからな。しかし水姫がそう言うからには、何か有るのだろう。

例え行かなくても水姫が怒ったりする事は無いが、選択肢の一つには入れておこうと思いながら俺は湯船を出た。


 俺が風呂から上がると、既に飲み会が始まっていた。今日は梓が鬼ごっこをしている訳でもなく、皆、和気藹々と落ち着いて飲んでいる。


「おぉ~戻ったか。こっちじゃこっち」


 今日はクジャクが、赤髪のユニと一緒に座っていた。

サヤは、カナンとジェラとラビアンと一緒だ。あそこは酒豪グループだな。

梓とベルは、フライとベアと一緒に居る。可愛い系グループと言える。かな?


「知っていると思うが、こやつがユニじゃ」

「確かに知っている」


 この中では少し幼い感じがする、額から一本角を生やした俺と同じ赤髪の女だ。


「こやつの父は、我が父ルシファーと魔界を二分する勢力のサタンと言うのじゃ」

「それも知っている。魔界を二分する勢力と言うのは、初めて聞いたがな」


 今日は梓が持って来たと言う酒を、クジャクは俺に注ぎながら話していた。

俺は、注がれた酒に口を付け、話を聞く。


「実は、此奴が父親に呼ばれておってな」

「ふんふん」


 俺は世間話だと思って、適当な相槌を打って返す。その話題の主のユニはと言うと、何故か縋るような眼で俺を見ていた。


「そこで、相談じゃが、一緒に行ってやってくれんか?」

「は?」


 何を言われたのか、俺は一瞬解らなかった。何故、急に俺が一緒に行かなければ成らないのだ?


「我は、嫌なのじゃ。あんな戦いしか頭に無い男に嫁ぐなど」

「えぇ~と、何を言ってるのかな?」


 ユニは、突然目に涙を貯めて訴え出す。いや、俺だって馬鹿じゃないので察しぐらいつくよ?

要は親父の一言で、誰かに嫁げと言われて呼び戻されるのだろうけど、それで何で俺が付いて行くと言う話になるんだ?


「我は、まだ此処に居たいのじゃ。梓が来て、最近此処が楽しいのじゃ」

「あ、うん、それは解った。それで、何で俺が付いて行く訳?」


 ユニの話は要領を得ない。自分が拒否している内容を話しているのだが、やはりそれで俺が付いて行くと言う意味には成らない。


「つまり、ユニは既にシノの側室と言う事にすれば、ユニも嫌な男に嫁がなくて済むと言う訳じゃ」

「はぁ? いや、俺の側室って本妻が居ませんが?」


「うむ、先にそちらからか。明日にでもミラ姫の言質を取って来るかの」

「いや、待て。俺の意思は? ミラだって、今は忙しくてそれどころじゃないだろ?」


 クジャクは、自分の頭の中で勝手に話を進めている。俺の周りには、唯我独尊の奴しか居ないのか? いや、冒険者仲間も皆、唯我独尊だったけどさ。


「否定は、せんのじゃな」

「それ以前の問題だ」


 何してやったりみたいな顔してるんだか。そもそも姫さんは、既に俺と結婚なんてするメリットが無くなっている。

以前は、何とかして梓を魔王討伐の旅に行かせたかったから俺が必要だったみたいで、その為に俺と結婚しても良いみたいな事を言っていたが、今は、それも不要だ。

待て。また流されている。何で俺が姫さんと結婚する事が、前提と成っているんだ。


「よかろう。今回の依頼達成の暁には、我を含むこの7人を献上しよう」

「それ報酬じゃないし、何時から依頼になった」


「それが一番良い解決方法なのよ」

「何を言ってるんだ?」


 行き成り梓が会話に割り込んで来た。手にはピンク色と言って良いのか、紫色と言って良いのか解らないジュースを持って居る。


「ちょっと、良いからそこに座れお前ら」


 俺は梓をクジャクとユニ側、俺の正面に座らせた。


「全くお前達は、もうちょっと考えろ。良いか? お前達に年頃の娘が居たとしよう。その娘が今まで見た事も聞いた事も無い男を連れ帰って来て、この人の側室に成りますって言って、素直に納得出来るか?」


 全く以て、独り善がりの独善的な考え方と言うか、取ろうとしている手段が幼稚過ぎる。


「解からなければ、梓はベルに対して良い男を紹介してやると言ったら、別な見た事も聞いた事も無い男を連れて来て、この人の側室なると言ったと考えて見ろ。クジャクやユニについても、面倒を見て居る娘達がそう言った時の事を考えて見ろ」


 確かに子供を持っていないのに、親の気持ちになれと言っても難しいだろう。俺だって、親の気持ちが解ると言う訳じゃない。

だが、例え単なる知り合いだとしても、突然見た事も聞いた事もない男を連れて来て、側室になるなんて言われたら「はぁ?」って感じになる事は、簡単に想像出来る。


「それを、はい、そうですかって、簡単に納得出来るか?」


 俺の言葉に梓を含め、クジャクやユニに付いても首を横に振る。それぐらいは理解出来た様だ。


「仮にも親だろ? その親を騙して仮に上手く行ったとしても、これから今まで通りの関係で居られるのか? ましてやバレた時、どうするつもりなんだ?」


 少し声が大きかったのか、周りもシーンとしてしまっている。しかし、これは言っておかなければ成らないと俺は思う。


「嫌なら嫌だと、その理由を付けて本気で話せば良いだろ。もしかしたら、それで喧嘩に成るかもしれない。聞く耳を持たないかも知れない。だけど、騙すと言うのはよりは、100倍マシだ」


 物心着いた時から親が居なかった俺は、親と言う者を、家族と言う者を美化しているのかも知れない。

冒険者仲間にも親が鬱陶しいから、早く稼ぎたくて冒険者になったとか、親が煩いから家を飛び出して来た奴とかも居た。

だけど、俺は思う。居るだけ幸せなんだと。


「それが、もし本当に好意を持つ相手が居て、二人の結ばれる方法がそれしか無いと言うなら、例え一時の熱にうなされての事だとしても、まだ俺は協力したかも知れない。だが騙す為だと言うなら、俺は請け負えないし、反対だ」

「シノって変な処で固いよね」


 梓が上目使いで、おずおずと俺の機嫌を伺いながら不満を述べる。なに人の事を頑固親父みたいに言ってるんだか。


「騙すのでは無く、本心からなら、問題ないのじゃな?」

「お、お互いにだぞ」


 危ない危ない。何かクジャクに言質を取られそうな気がした。その手には乗らない。案の定「ちっ」とか舌打ちしてるし。

梓もこれ以上の無理強いをするつもりも無いらしく、この話はここまでとなった。俺が自分の意見を通せたのって初めてじゃないか? と少し感動したりしていた俺は、やはり甘いのだろう。




 その後は、その話に触れない形で飲み会が続いた。結局、美味い酒と美味い肴に釣られ、かなり遅い時間まで飲んでいたと思う。

だが、これは何だろう? 目が覚めると俺の身体は、何処から湧いて出て来たのか、魔族の子供達で埋め尽くされていて、身動きが取れなくなって居た。


「懐かれたもんじゃの」

「どうなってるんだ?」


 既に起きていたらしいクジャクにニヤニヤと笑われながら、俺は状況説明を求めたのだが返って来た回答は理解し難い物だった。


「ここには、母代わりと成る者は多数居るのじゃが、父代わりと成る者はおらんからの」

「意味が解らないのだが」


「お主の昨夜の剣幕が、其々の父を思い出させたのか、兄を思い出させたのか、そんな処じゃろ」

「良く解らないが、取り敢えず助けてくれ」


 薄ら笑いを浮かべていたクジャク達に手伝って貰い、俺は何とか子供達の拘束から抜け出す。

中には小さな手で、俺の指をしっかりと握って離さない子供とかが居て、結構苦労した。


「それで、改めての依頼じゃが、ユニと一緒に魔界に行ってくれんか?」

「それは、昨夜断っただろ」


「いや、シノの側室と言う話は無しで構わない。護衛兼、何か有った時に連れ帰って貰いたいのじゃ」

「何か有った時って何だよ」


「父親が怒りで、ユニを幽閉などの強行に走った時じゃ」

「それって、魔王を敵に回さないか?」


「ここまで来れば手は出せん」

「いや、俺が危ないんだけど」


 信念を通したが為に、更に厄介な事になってしまった。しかも、今度は断り難い。

これを断って、次に来た時にユニが居なければ、俺自身後悔するだろうし、気不味い雰囲気になってしまうだろう。


「解ったよ。引き受ければ良いんだろ」

「おぉ、引き受けてくれるか。助かるぞ。報酬は、」


 全く、上手く乗せてくれる。しかし俺は、クジャクの報酬と言う言葉を遮った。


「酒と肴で良い」

「良いのか?」


「また、全員とか言われても困るからな。偶にここに呼んでくれて、酒を飲ませてくれれば良い」

「解った。別に依頼を失敗しても、生きて帰ってこれたなら、その報酬は約束しよう。任せておけ」


 サラッと怖い事言うなよな。何にしても俺はクジャク達の思惑通り、ユニに付いて魔界に行く事が決まってしまった。

取り敢えず、行った事も聞いた事も無い場所だ。サヤだけ連れて行けば良いだろう。あいつは俺より強いしな。

旅の準備は、クジャクの方でしてくれると言うので真に受けていたのだが、用意が出来たと言われて行った先には、巨大な竜が居た。


「な、なんだこれは?」

「ユニは、大魔王サタンの娘なのでな。ドラゴンを使役出来るのじゃよ。因みに我もグリフォンを使役出来るぞ?」


 ちょっと待て、魔王から大魔王に昇格してるぞ? しかもドラゴンを使役出来るってなんだよ。しかも意味も無く張り合ってるし。

俺は、クジャクの言葉に頭が痛くなって来た。


「じゃぁ、ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと帰ってこよう」

「うん」


 さも当然の様に梓とベルが前に出て来る。お前達、単なる見送りじゃなかったのかよ。


「待て、何で梓とベルまで行く気になっている?」

「当然、付いて行くよ」

「シノ一人だと心配」


 こいつ等、最初からその気だったな。横でサヤが「シノ一人では無いのだがな」と言って居るが、何の役にも立たない。


「ど、道中は、この子が送ってくれるから危険は無い。わ、我も梓とベルが付いて来てくれるなら心強い」

「ほら、ユニもこう言ってるし」


 ユニは、何吃ってるんだ? 梓のあの顔、何か取引しやがったな。だが、確かにドラゴンに乗っての移動と言うなら、道中に危険は無いだろう。

襲って来る様な魔物、魔獣か。それも居ないだろうし、何より早いはずだ。


「向こうで、何かあったら、お前をこいつの処まで届ければ良いって事か?」

「そ、そうじゃ。この子は我の使役した子じゃからな。我の言う事をよく聞いてくれるのじゃ。」


「解った。だが、逃げる時は、梓とベルも必ず連れて逃げてくれよ」

「も、勿論じゃ。我がその様な、不義理な事をする訳なかろう」


 なんか、未だに吃ってるのが気になるが、思ったより安全そうな為、俺も仕方なく了承する事にした。

そして俺達は、ドラゴンに乗る。思ったより乗り心地が良く、細かな体毛がフサフサしていて肌触りが良い。

ドラゴンにしてみれば産毛程度なのかも知れないのだが、俺達からすれば立派な体毛だ。


「じゃぁ行ってくるね、クジャク」

「ああ、しっかり話を付けてくるのじゃぞ」


 ユニの掛け声により、ドラゴンが翔び上がる。翼を羽ばたかせるのでは無く、脚力で跳び合がった感じだ。

俺の前にはベル、その前にユニが居てドラゴンを操っている。俺の両隣りには梓とサヤが居る。


 ドラゴンは翼の力では無く、風の精霊と同じ力で翔んで居ると言うことで、凄い速度で翔んで居るのだが、俺達に風や高さによる影響が無い。

つまり、寒くも無く、息苦しくも無いと言う事で、非常に快適だ。


「きゃぁ~っ!速い速い!」


 梓は、何処か既視感の有る驚声を上げている。俺達の眼下には、海の上に一本の道が見えて居る。

その繋がる先には、初めて見る島、いや大陸と言って良いのかも知れない。魔界が見えて来ていた。


「突然、上空をドラゴンなんかで翔んで、敵だと勘違いされないのか?」

「我が行く事は既に通達済だし、この子が我の物だと言う事は、魔界で知らぬ者は居ないはずじゃ。故に攻撃してきたなら、反撃して構わない」


「いや、攻撃して来ないのかと聞いたつもりなんだが」

「して来ないはず、としか言えない」


 何か非常に危険な感じがする。これが価値観の違いと言う物なのだろうか。


 眼下には、海から連なる一本の道を塞ぐ様に、大きな城が見える。プリパラとは違って、全て石の色をした無骨な城だ。

そこに降りるのかと思ったら、ドラゴンは速度を緩めず通り過ぎて行く。


「あの城じゃないのか?」

「あれは、ルシファー様の城だ」


 と言う事は、クジャクの親父の城か。魔族領に行く為には、その魔王を超えて行くか、話を通して行かなければならないと言う事だろう。

そして、その上空を何の攻撃も受けずに通れたと言う事は、ユニの言う通り話は通っていると考えて良いと思う。

しかし、帰りはどうなのだろうか? ここで攻撃を受けて足止め等とは成らないのだろうか? 俺は早まったかと少し不安に成って来ていた。


 俺達は、かなりな時間ドラゴンで翔び続けて居る。既に眼下に海は見えない。見渡す限り右も左も、前も後ろも地平線だ。

眼下では、所々火が上がっていたり、竜巻が起こったりしていて、そこで戦闘が行われいる事が伺える。


「本当に、あっちこっちで大規模な戦闘が行われて居るんだな」

「全く、困った物だ。お陰で豊かな土地や、緑溢れる森も少ない」


 ユニの言う通り、見渡す限り荒野と言った方が良いだろう。所々に緑の固まりや湖らしき物も見えるが、本当に少なく感じる。

噴火している火山も至る処にあるし、姫さんが言っていた夜に見える赤い水平線も、この影響なのかもしれない。


「処で、何処まで行くんだ? このドラゴンが居ないと、俺達が帰るのは不可能な気がするんだが」

「それは、この子にちゃんと言い聞かせてある。我にもしもの事が有っても、皆は連れ帰らせる」


 非常に心細い確約を有難う。俺は梓とベルを連れて来たのは、やはり失敗だったかと思えて来ていた。

漸く、前方に最初に見たのと同じ様な城が見えてくる。その向こう側には、海まで見えて来ていた。


「これって、大陸の北から南まで横断したってことじゃないのか?」

「その通りじゃ。我が父の城は、本土の最南端に有るのでな」


 しれっと言い切られました。真面目にこのドラゴンが居なければ、帰り着くのは不可能な様だ。道中に食い物が居るかも解らない。

俺が不安と後悔に押し潰されそうに成っていると、ドラゴンは降下を始め、その南端の城の中へと降り立った。


 俺達の周りには、大凡悪魔と呼ばれている風貌の者達が勢揃いしている。

梓とベルも後悔しているのか、ベルは俺の服の裾を確り掴んだまま離さないし、梓にしても俺の腕に捕まって震えている。

サヤだけは何時も通り無表情だが、やはり耳と尻尾はピンと張り、緊張している事を物語っていた。


「お帰りなさいませ、ユニ姫様!」


 一際大きな声で、その悪魔達が頭を垂れる。やはり、姫様なんだ。俺は、変なところで感心していた。

角の生えた赤い肌をした魔人っぽい者や、やたら牙が目に付く青い肌をした者達が、大きな斧やハンマーとしか見えない武器を持って立っている。


 その中を俺達は、ユニに続いて進んで行く。城の中に入ると執事服を着た、やはり角が生えた男が恭しく頭を下げる。

その先には、メイド服を来た侍女達が勢揃いして頭を下げているが、どれもやはり悪魔っぽい。


「ただいま。父様は居るか?」

「はい、ずっとお待ちになられてお出でです」


 うむ、と相槌を打つと、ユニは悠然と城の中に進んで行く。

城の中は、それなりに高級そうな物で飾られているが、ゴテゴテした感じは無く、どちらかと言えば質素な感じがした。


 一際立派で大きな扉の前で、ユニは一旦止まり、大きく息を吸い込んだ。

二三回程それを繰り返し、漸く意を決したのか扉を叩く。


「入れ」


 中からは、今にも逃げ出したくなる様な恐怖を覚える、低く重厚な声で返事が返って来た。


チョコっとなっと=チョコと納豆

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