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第十三話 そして、魔界へ(いや王都だから)

 まぁ、見るからにカオスだ。きゃ~きゃ~言って逃げる回る魔族達を、下卑た涎を垂らしながら追いかける我らが勇者、梓オヤジ。

それをキャッキャと追い掛ける魔族の子供達。


「な、な、何なのだ。あの梓殿は?」

「まぁ、色々と鬱積した物が有ったのだろうさ」


 涙眼に成りながら俺の処へ逃げ込んで来たクジャクは、半ば肌蹴させられた胸を抑えて抗議しているのだが、先程、風呂では隠そうともしていなかった癖に、本当に女と言うのは永遠の謎だ。

俺は、既にお腹が膨れて眠りに入っているベルの頭を膝に乗せて撫でている。反対側の隣には、サヤが座って尻尾をフリフリご機嫌で酒を飲んでいる。

狐耳のカナンと気が合ったのか耳尻尾仲間なのか、カナンのん持って来たおチョコと徳利と言う物で、ちびちびと酒を酌み交わして居るのだ。

サヤの顔を見る限り何時も通りの無表情だが、耳をピコピコ尻尾をフリフリしており、それに合わせてカナンの耳と尻尾も動くので、あの二人は耳と尻尾で会話しているのかも知れない。


姫さんは、ターニアにクダを巻いているしリンに至っては? 至っては、魔族と一緒になって逃げている。

塵になって逃げない処を見ると、逃げる方も楽しんでるんだろ? って思う俺は捻ているのか、梓が楽しんでるから付き合ってくれていると見るべきか。


「ちょっと、ちょっと聞きましたですよ。ターニア様の呪いを解いたのは、やっぱりシノ様だって言うじゃないですか!」


 何か凄い絡み酒で、姫さんがやって来た。後ろでターニアが、御免なさいと手を合わせている。


「いや、人が精霊使えるなんて成ったら、何されるか解らないってもんだろ」

「私が言っているのは、そんな事では有りません。こんなにこんなに、私はシノ様を信頼申し上げていると申しますのに、シノ様の信頼を未だ勝ち取れて居ないと言う事が悲しいのです。グスッグスッ、ウッ、ウッ、ウェ~~ン!」


今度は、泣き上戸になっちゃったよ。おおベルが起きだして、よしよしポンポンしてる。何と言うか、やっぱりベルは我がパーティの癒しだね。

そして二人で抱き合って横になった。

クジャクがパチンと指を鳴らし、例のミニスカメイド達が現れる。クジャクが何か囁くと、部屋にベッドを運び込み出した。


「何故ベッド?」

「今日は、ここで雑魚寝と言う物をやろうと思うての。その方がシノ殿も安心じゃろ?」


 確かに、このまま二人を寝室へ連れて行くとか言い出すと、少し不安に成るのも事実だ。まだ、皆見える処に居て欲しい。


「あははは、シノ~。人間なんかより、私、ここの魔族の方が気に行っちゃった。人間滅ぼしちゃおうか」

「あ、梓様、それは流石に問題発言ですよ」


 酔っ払ってる梓の暴言に、ターニアがしどろもどろに成って執り成すのだが、酔っ払いは何言っても無駄だよ? ターニア。

治癒魔法が使えるターニアは酔いすら治癒して、自分で泥酔しないようにコントロールしていると言う事だ。

どんなパーティでも治癒係りは、苦労するよね。


「はっはっは、流石にそれは、我らも困るでの。容赦をお願いするぞ」

「良いわ。あんたが言うなら、考えてあげるぅ~ぅ」


 梓も撃沈と。サヤが蟒蛇うわばみなのは知っているが、今日は、大人しい酒なので大丈夫だろう。


「リン、梓もベッドに運んでくれるか?」

「わ、解った。はぁ、はぁ、はぁ」


 リンも律儀に、梓の鬼ごっこに付き合わなくても良いと思うのだけどね。

さて、本来酔った物勝ちなカオスな宴会で、酔うタイミングを俺は逸してしまった訳だが、魔族側も何人か潰れ始めている。

酒飲んで走り回れば、それは潰れると思うのだが、それが魔族まで通じる論理なのかは謎だ。

残った者でどう言う会話になるのか。内の頭脳担当が二人共潰れてしまったのだが向こうのトップは未だ健在で、俺は少し緊張していた。


 こちら側で健在なのは俺、ターニア、リン、サヤ、相手側はクジャク、ラビアン、カナンにジェラと言う下半身蛇女。

流石、蟒蛇うわばみと言う字の由来らしく、蛇だけに酒に強いのかも知れない。

ごろ寝と言うだけ有って、梓を追いかけていた子供達も一緒になって寝ているのが、微笑ましくて警戒心を薄れさせる。


「さて、賑やかな者は潰れたと思われるので、ここからは大人同士と行こうか」

「やはり、そう成るか」


 ドンッと置かれた瓶には、琥珀色の液体が入っている。見るからに強そうな酒だ。


「これは、コニャックと言う種類の酒らしい。蒸留酒と言う物だな」

「強そうだな」


「人は、こうやって手の体温で温めて飲むらしいのだが、そこは、まぁ好き好きだろう。氷や水が欲しければ言ってくれ」

「いや、中々良い薫りだ。これで良い」


 クジャクのそれに反応したのは、サヤだ。どうやらカナンと二人で飲んでいた酒が底を着いた様だ。

確かに潰れたのは梓に姫さんとベルと、うちでは若い方だ。若い者に頭脳担当を振っていた事に、少し自己嫌悪に陥る。


「中々美味いだろ?」

「確かに」


 何時も飲んでる安酒の様に喉と鼻に引っ掛かる事もなく、口の中に含んでおきたいくらいの円かさと薫りだ。

しかもゴクリと喉を通ると、その強さが解る程に熱く成る。胃がかぁ~っと火照る様が、飲んでいると実感出来る物だ。


「どうだ? 大人の話し合いは?」

「いや、この酒が美味い事は理解したが、それと話の内容は別だろ」


「うむ、誤魔化されなんだか。まぁ、難しい話では無い。我らの希望を、知って置いて貰いたいだけだ」

「希望?」


 確かに、少し誤魔化されそうだったが、そこは表情には出さないでグッとグラスを空けて、空になったグラスを突き出しお代わりを催促する。


「ふふ、何、簡単な事じゃよ。我々は、今の人との均衡を崩す気は無い。その事を知っておいて貰えれば良いだけじゃ」

「結界により魔族は侵攻が出来ない状態、と言う事か?」


 コクりと頷きグラスを傾けグイっと飲み干すクジャク。ここで俺が安易に、回答してしまって良いのだろうか? と思う。


「只でとは言わん」


 俺が返事をしない事に業を煮やしたのか、元々切るカードとして持っていたのか、クジャクが口を開く。


「ラビアンをやろう」

「意味が解らないし、それだと、うちの奴等に何の利益もないだろ」


「冗談じゃ。既に風の精霊で、この地への連絡を取る事も可能になっておるじゃろ? お主達から何か連絡が入った場合に、最大限の便宜を図る事を約束しよう」

「そんな事、約束してしまって良いのか?」


 とは言いつつも単なる口約束だし、何か頼んでも「これが最大限の便宜だ」と言われてしまえば終わりだ。

こんな時にベルが寝ているのは、痛い。俺は短い付き合いだが、既にベルの真偽眼が有る物として、最近、自分で判断していない事に気がついた。

全くなんて事だ。考える事は姫さんと梓に任せ、交渉時に相手の裏を読む事さえベルに頼っていた。何時の間に俺は、こんなに不抜けてしまったのか。


「ふふふ、悪魔との契約とは、そう言う物じゃ」

「嘘も言わないが、全てを話す事もないか」


「ほぅ、そんな事を知っているとはの。まぁそこは、我らの信用と思っていてくれて構わんよ」

「解った。善処する」


「約束しては、くれないのか?」

「奴等を説得しなければ成らないからな。それが出来て始めて約束出来ると言う物だ」


「うむ、それで良い。では、大人の時間を楽しむとするか」

「やぁっと私達の出番になったのですわ」


 クジャクの言葉に嬉しそうに答えたのは、今まで静かに様子を伺っていた下半身蛇のジェラだ。下半身だけじゃ無くて舌まで二股でチロチロ出してくる。


「我も忘れるでないぞ」

「妾もじゃ」


 な、何だ? ラビアンと狐耳のカナンまで、身を乗り出して来る。何か怖いのだが。


「そう言う事であれば、私も参戦しよう」

「仕方有りません。では、私も」


 待て、何でサヤとターニアまでがそっち側なんだ。リンに助けを求めようと思ったのだが、何時の間にかリンは、姫さんのベッドに潜り込んでいる。

俺に味方は、居なかった。




 翌日、俺達は一旦戻る事にした。俺が保留した回答は、姫さんがあっさりと承諾済だ。


「私、昨夜の事が殆ど思い出せないのです。大体、お風呂から出た辺りからの記憶が曖昧で」

「私も」


 俺は、姫さんと梓の酒癖の悪さを確りと脳裏に刻み込んだよ。


「お姉ちゃん達、また来てねぇ~」


 何故か大勢の子供達とクジャク達全員に見送られ、俺達は城を後にした。

総勢100人近く居た様に思うが、なんか孤児の施設から帰る様な不思議な感覚で俺達は戻る事となる。


「途中に出て来る魔獣は、強力だからな。昨日と同程度の速度で駆け抜ければ、襲われる事も無いと思う。道に出ていたら諦めろ」


 諦めろって、何を諦めるんだよ。俺達は、ラビアンの忠告に従って馬を走らせる。

馬も確り食って確り休んだようで、調子良く帰路を駆け抜けて行った。

幸いな事に、俺達は魔獣に出会う事なく門に辿り着く。俺達が門に辿り付くと、門は青く輝きだし、普通に開いた。


「おや、お早いお帰りでしたね。全員居られますね? 神殿長には、私からご報告しておきます」


 門を入るとウィルスクが居て、俺達を見て一瞬驚いたが普通に対応された。神殿の横の門から俺達は外に出される。

戻った俺達を見た護衛兵や侍女達は、安堵の表情で駆け寄って来た。


「で、ミラ。これからどうするんだ?」

「そうですね、一旦、国に帰ります」


「それで?」

「ターニア様と正しい魔法の使い方を研究し、王都の魔法学校から広めたいと考えているのですが」


 俺達は例によって、姫さんのティータイムで今後の話をしていた。周りの侍女達は、昼食の準備で忙しそうだ。


「梓は、どうするんだ?」

「あ、梓様は、王都にて今後何不自由無い暮らしをして頂きたいと考えております」


「私は、嫌よ。シノと冒険者するわ」

「取り敢えず保留だな」


 梓に聞いたのに姫さんが答えて、それを梓が否定する。今は、論議している暇は無いので保留にした。


「ちょ、何で?」

「考えなきゃ行けない事は、後回しだ。決められる事を先に決めないと、何時までもここに居る訳には行かないだろ?」


 脊髄反射した梓が俺の言葉に不満そうだが、納得したのか矛を収めた。


「リンは?」

「私は、梓殿に付いて行く」


「ベルは?」

「シノに付いて行く」


「サヤは?」

「私は、シノの奴隷だ」


 うん、もう少し皆自主性を持とうよ。しかしサヤについては、奴隷紋をなんとかしてからの話だし、ベルは子供だから仕方ないか。


「何にしても、皆様、一度王都にお出で下さいませんか? 今回の報奨もお渡ししなければ成りませんし」

「それもそうだな。ミラ? 梓を召喚したのは、王都でなんだな?」


「え? は、はいそうです。王城に有る、儀式の間で行いました」

「解った。俺も一度王都に行く」


 俺の言葉で、当面の目的地は、王都へ戻る事と決まった。


 夜に成り、皆が寝静まった頃、俺は起き出し天幕を出る。


「ルナ」

「どうしたんんだい? あの男は、襲う気は無いみたいだけどね」


「何故だ?」

「魔族が何か言ったみたいだよ。その辺はシルフィの方が詳しいと思うけどね」


「そうか、じゃぁ後で聞いておく。それよりお前、召喚術を知っていたな?」

「勿論、あれは闇の魔法だからね。魔族と言えど闇の精霊の助け無くして、行使出来る物では無いよ」


 あっけらかんと言うルナに、俺は少しイラッとする物を感じたがそれは理不尽と言う物だろう。ルナに責任は無い。俺がちゃんと聞かなかったのだ。


「じゃぁ、梓を戻す方法が有るんじゃないか?」

「あの娘の事に成ると、やけに真剣だね。少し妬けちゃうよ。そうだね、あの娘の召喚がどうやって行われたのかを知れば、何か解るかも知れないね」


「今は、解らないのか?」

「多分、歪な召喚が行われて居るんだよ。それと本来の召喚術の差分を見れば、何か解るかも知れないと思ったのさ」


「解った。王都に戻って、それを調べる。その時は協力してくれ」

「勿論、ボクがシノの頼みを断る訳が無いだろ? だけど、あんまり期待しないで居ておくれよ? その結果、戻すのは完全に無理だと解る可能性だって有るんだからね」


「ああ、解ってる。何時も済まないな」

「なになに、良いって事さ。じゃぁ、ボクは戻るよ? ゆっくりお休み。シノ」


 これが、俺が感じた0.1%だ。俺は、還せる物なら梓を還してやりたかったのだ。

元の、この世界より遥かに進んだ文化を持つ、戦いなど日常では行われる事の無い平和な世界へ。




 俺達は、翌日から魔族領までの道程を逆走し、王都まで戻った。かなりの強行だったと思う。

馬も歩かせるのでは無く走らせた。勿論、全力疾走では無い。放牧されて居る馬が、軽く走っている様な速度だ。


 街にも泊まらず食料を買い込んでいる間、俺達は待機して休んでいる状態だ。買出しが終わったら、また走りだす。

流石にスピリチュアルには1泊したが、一度王都に戻ると言う事でマーニア女王にも渋々了承して貰い、王都への道を急いだ。

黒死病の街は避けて通り、俺の居た街グランサールも寄らずに王都を目指した為、1週間強で俺達は王都に到着する事が出来た。


「流石に疲れました」

「誰だ。こんなに急がせたのは」


「「「お前だ」」」


 俺達は、漸く王都の街を覆う外壁の前に到着した。姫さんも馬車を降りて来て、感慨深そうだったのだが、俺の冗談に皆が突っ込んでくれる。

うん、突っ込みの無い呆けは虚しいからね。護衛兵や侍女さん達まで突っ込んでくれて、俺は涙が出そうだよ。


 ここフロン王国は、大陸でも最大規模を誇る王都を持って居る。それは、高い外壁の近くからでも見える、街の中央に聳え立つ王城が物語っていた。

姫さんが門番の方へ行くと、門番達は敬礼を行い臣下の礼を取り、やっぱり姫さんなだと実感させられる。


 姫さんが街へ入る許可を取り、俺達がゆっくりと門を潜ると、姫さんが通る時に喇叭が鳴り響く。そう言う物なのか?

俺だけが驚いていて、馬でさえ平然と歩を進めていた。


 しかし流石、大陸最大規模の街だけある。街に入ってから王城までが長い長い。その長い王城までの道程を経て、俺達は王城へと入って行く。

当然の事ながら王城に着いた俺達は、最初に諸葛の間に通される。伝令が走っていたのだろう。王と后と王子? は、既に諸葛の間で待って居た。


「只今、戻りました。お父様」

「よくぞ、戻ったミラよ」


 なんか、王さんがビクビクしている様に見えるのは、気のせいだろうか。

姫さんは臣下の礼を取って居るが、その後ろに並んで居た梓がそのまま立っていたので、横に居る俺も立ったままだ。

そうなると俺の奴隷と言う身分のサヤも立ったままなのだが、その後ろのターニアとリンが臣下の礼を取ると言う不可思議な光景と成っていた。


「今回、魔族領まで赴き無事帰還出来ましたのも、勇者様である梓様始め、シノニム様、サヤ様、ターニア様、リン様、ベルニカ様のご助力のお陰でした。充分な報奨の程、宜しくお願い致します」

「うむ、解っておる」


 姫さんがつらつらと、まるで決まったセリフの様に言葉を発して行く。俺は、それをボーッと聞いていた。


「魔族領では、魔族の者との接見を果たせました」


 諸葛の間に、おぉ~っと言う響めきが生まれる。確かに魔族領に入るのは、例の神殿長を通せば、それ程難しい物では無いだろう。

しかし、魔族の者と会って話をするとなると、これは難しい。しかし、ここに居る者達にその本当の意味を解っている者がどれだけ居るかは、甚だ疑問だ。


「付きまして、内容については後ほど、内密に会議の場を設けて頂きたいと存じます」

「うむ、今は旅の疲れもあるじゃろう。今宵は帰還の祝いを行いたい。明日の昼過ぎと言う事で良いか?」


 ミラに聞いている様だが、王さんは横に居る宰相に目配せをし宰相も頷く。


「畏まりました」


 ミラもそれを確認して、了承の意を告げる。全くの茶番だと、思わず苦笑が漏れてしまった。


「それでは、皆の者。今は、ゆっくりと休み、今宵の宴で労うが良い」


 王さんは、そう言うと椅子から立ち上がり退席して行く。ミラが言っていた事を俺に言えと言われても無理だよなぁと、俺は暢気な事を考えていた。


 王城での宴は豪華で素晴らしい物では有ったのだが、プリパラでの食べ物や飲み物と比べると、どうしても見劣りする。

俺も舌が肥えて来てしまったのかも知れない。食べる事があれ程好きな梓でさえ、あまり嬉しそうでは無い。


「サヤ。お前は、何でも美味そうに食べるな。:

「何を言う、食べれる時に食べる。これは冒険者の鉄則だ」


 だがサヤの耳と尻尾は、結構喜んで居る様に見えるのだが、此奴そんなに食べるの好きだっけか。


「そうだな」

「それよりシノ。王城に戻った以上、姫様の護衛は解除だな?」


「そう言われれば、そうだな。まぁ梓の事だから、今晩も一緒に寝ると言い出すかも知れないが、付きっ切りになる必要は無い」

「それを聞ければ問題ない」


 聞きたい事を聞き終えたのか、サヤは耳も尻尾も更にご機嫌にピコピコフリフリしながら食べていた。

数多の王族や貴族が、梓を初めターニアやリンやベルまで拘束しているので、俺は丁度良いとその場を抜け出す。


 昼間の内に姫さんに、儀式の間と言う場所を聞いておいた。儀式の間と言いつつ、それは王城内の一つの屋上に存在していた。

見た目、儀式用の場所と一目で解る6本の柱に囲まれた魔法陣。そこで20人以上の魔法使いや神官の魔力を注ぎ、召喚の義行われたと姫さんは言っていた。


「ルナ」

「ほいほい、ここが召喚術が行われた場所かい?」


「ミラは、そう言っていた」

「確かにこの魔法陣、そして痕跡が残っているね。そして、思った通りこの魔法陣は歪だ」


「どうだ?」

「うん、少し待っておくれ。うんうん、成程成程、う~ん、ふむふむ、そうか、そう言う事か。ちょっと待っていておくれ」


「あ、ああ」


 何かブツブツ言っていたと思ったら、ルナは、そう言うとスっと影に消えてしまう。暫く待って居ると、ルナが戻って来た。


「解ったよ。あの娘は、まだ繋がりを持っていた。つまり、戻す事が出来るよ」

「本当か?」


「ボクを疑っているのかい?」

「いや、そんな事は無い。代償は?」


「多分、大丈夫だと思うな。ボクの力を以てすれば、上手く行くと思うよ?」

「何時出来る?」


「何時でも良いけどボクが遣る以上、夜が良いね。それと場所は、ここになるよ?」

「解った。有難う」


 俺は、思わずルナに抱きついてしまった。


「なっ! 全くシノは幾つになっても甘えん坊だなぁ」

「これは、甘えているんじゃない。感謝しているんだ」


 何を勘違いしたのか、俺の頭を撫で始めるルナ。背が低いんだから、余りにも違和感の有る行動だぞ。


「そうなのかい? 後は、あの娘の説得だね。決まったら、この場所で呼んでくれれば良いよ」

「解った。何時も悪いな」


 ルナは、手を振りながら、影に消えて行く。俺は、ニヤける顔を抑えるのに苦労しながら皆の元へ戻った。


「そう、少し考えさせてくれる?」


 しかし喜び勇んで梓に還れる事を伝えたのだが、返って来た返事は、これだった。梓は、還りたく無かったのだろうか。




 翌日、王さんが言った通り俺達は、王さん、后、王子だと思って居た第一王女と、密室に篭っていた。宰相すら同席していない。

魔族領の事、結界の事、そして魔法と魔物の関係、それらを順序建てて姫さんは解りやすく説明を行った。


「うむ、俄かには信じ難い話だな」

「しかし、事実です」


「して、何をどう始めるつもりなのだ?」

「まず、結界を護る神殿を王家直轄にし、代々護って行く事に致しましょう」


「うむ、それは構わない」

「次に私と、協力頂けるならターニア様とで正しい魔法の使い方を研究し、魔法学校から普及して行きたいと考えております」


 これは、既にターニアの方で目処が付いている。

勤勉なターニアは風の精霊の助言を受け、人が無理矢理魔法を使うのでは無く、精霊を通して使う方法を確率しつつ有った。

それは、すごく単純な事で、魔法を行使する前に「xxの精霊よ力をお貸し下さい」と一文付け、無理矢理魔力を放出するのでは無く、精霊が吸い取って行く分を為すがままに与えると言う事で梓やベルで実証済だった。


「それも構わない」

「後は今回の旅のご助力を頂いた方への報奨と、黒薔薇家の再興を、我が国で支援して頂きたいと考えております」


「その件は連絡を受けており、既にギルド等に通達済だ。未だ生き残りが来たと言う報告は、受けておらんがな」

「有難う御座います」


「その件に付いては、私からも礼を言わせて貰おう」

「名門黒薔薇家が我が国で再興するなら、我が国に取っても利益である。出来る限りの事はすると約束しよう」


 流石に自分の家の話の為、サヤが礼を述べ頭を下げた。王さんは終始偉そうに応えて居るのだが、どこか挙動がビクビクしていて様に成っていない。

大きな流れについて、王さんは全て承諾した。後は、姫さんが細かい調整と指示を出すだけと言う事だ。


「シノ」

「なんだ?」


「私、もう一度魔族領、プリパラに行きたい。そしたら還るから連れて行って」

「解った」


 俺は、姫さんの予定していた神殿長達の交代だかなんだかで、人を送るならそれに付いて行こうかと考えたのだが、その前に風の精霊で連絡が出来るとか言っていた為、試して見る事にした。

すると、今すぐにでも迎えに行ってやると言う回答が返って来たのには驚いた。ラビアンが飛べば半日も必要なく到着出来るらしい。しかも来る時は塵になって来るので、もっと速いそうだ。


 梓に尋ねると、日帰りでも良いと言う事だったので明日お願いする事にした。

日帰りってこっから俺の居た街グランサールでも無理なのに、なんでも梓の世界には飛行機と言う空を跳ぶ乗り物が有って、それだと多分日帰り出来る距離だと言う事だった。

どんだけ進んでいる処なのだろう、梓の世界って。


 そして俺と梓は、王都に戻った翌々日には、迎えに来てくれたラビアンに抱えられ、半日も掛からないで、また魔族領に立って居た。


「こんなに早く、また来るとは思って居なかったよ」

「我は嬉しいぞ」


 ラビアンが好意的な事を言ってくれて嬉しいのだが、それよりも何故、梓が此処に来たいと言ったのかは俺には解らなかった。

今日の梓は何時もの格好ではなく、王都で買ったと言う別な服を着ており、ちょっとした荷物を持って居る。

刀も持っていないのだが、あの長い袋に入っているのは刀じゃないのだろうか?


「それで、こんなに早く何の用じゃ?」

「それは、私が貴女に用が有ったの、ちょっと良い?」


 着いた早々、梓はクジャクを引っ張って何処かへ消えて行く。全く謎だ。

今日は突然だったので、ラビアンの他には誰も居ない。と言うよりさっきからチラチラと子供達が覗いている。


「他の皆は?」

「結構、色々だ。城の外に狩りに出掛けて居る者や、里帰りしている者。大陸に遊びに行っている者などな」


「本当、大陸には自由に出入りしているんだな」

「美味い物が結構あるしな」


「お前は良かったのか?」

「別に急ぐ用が有る訳では無かったからな」


 俺は、ラビアンが淹れてくれたコーヒーと言う物を飲んでいる。豆茶にそっくりだが、やけにコクが有り濃厚だ。


「帰るわよ」

「もう良いのか?」


 余り時間も掛からず梓は戻って来て、すぐ帰ると言う。本当に何をしに来たんだか。


「うん、用事は済んだ」

「荷物は良いのか?」


「あれは、ここに置いておく為に持って来た物だから」

「そっか。ラビアン、悪いがまた頼めるか?」


 何の為に置いておくのか、何かの記念の為にここの者にプレゼントしたと言う事だろうか? 本当に今日の梓の行動は謎だ。

そして、その日の日が暮れる前に俺達は王都に着いた。あの一月以上掛かった往復は一体なんだったのだろうかと、少しがっくりとしてしまう。


「また何時でも来たくなったなら、連絡を寄越すのだぞ」

「ああ、その時は頼む」


 ラビアンもあっさりと帰って行く。そしてその夜、梓は還る事にしたと、俺に言って来た。全く来る時も突然だったが、還る時も突然な奴だ。

せめてもう一月、もう一週間、もう一泊と姫さんが執拗に引き止めたのだが、梓は、決めたからの一言で決意が変わらない事を示していた。


 今、俺達は、儀式の間に居る。姫さんは、先程から号泣だ。皆が順番に別れの挨拶をしていく。

サヤ以外は泣いて抱きついて、姫さんは中々離れ様としなくて梓も困った顔をしていた。


「それじゃ行くね。シノ。有難う、そして、またね」

「ああ、またな」


 俺は、社交辞令だろうと、梓の言葉に合わせる。梓は、俺に抱きつき、そして二度目の唇を奪われた。

ちょっと焦ったが、流石に周りの者達も茶化す様な事は無く、梓は魔法陣の真ん中に立つ。


「それじゃ、行くよ」


 ゴスロリ姿のルナがそう言うと、梓の周りに黒い粒が纏わり付いて行く。泣きながら手を振る梓に、俺達も手を振って居た。

黒い粒が梓を覆い尽くすと、上から黒い粒が消えて行き、黒い粒が全て無くなる時、そこには梓の姿も無くなって居た。


「ちゃんと還れたんだな」

「うん、問題ないね。元の世界に戻ったよ」


「良かった」


 ルナの言葉に安堵の息を吐いたのは、姫さんだ。梓が戻れない事を、一番気にしていたのだから当然だろう。


「ところで、お前は誰だ?」

「ボクは闇の精霊、ルナだよ。じゃぁ、ボクはこれでぇ~」


 リンの言葉に軽く応えて、ルナも影の中に消えて行く。今まで解って無かったのかよリン。

梓が居なくなったと言うのに、その夜は皆で姫さんの部屋に泊まった。




 梓が還ってから3ヶ月。俺達は其々の道へ進んでいた。

リンは、王国騎士に戻っている。ターニアは姫さんの要請に応え、姫さんと二人で魔法学校に研究者と言う名目で入り込み、魔法の使い方を普及させ始めていた。


 俺は、ベルと二人でサヤの黒薔薇家復興を手伝っていた。サヤの奴隷紋は、まだ消して居ない。

サヤが拒否するため、「本人が拒否していたら無理」、とレムも強行はしてくれないのだ。


 黒薔薇家の復興は、順調に進んでいる。王都の中心に黒薔薇家の道場兼、生き残っている一族の受け入れ用住居を建てている最中だ。

見つかった生き残りは、今は、街の宿に宿泊させているが、宿泊代は王家持ち、道場兼住居は、サヤが貰った慰謝料で建てている。

既に100人以上集まって居る生き残りの、こちらまでの旅費やこちらでの生活費もサヤの慰謝料からだ。

随分生き残って居た物だと思ったのだが、サヤは黒薔薇家の剣術者が逃げに徹して早々殺される訳は無いと、やけに耳も尻尾も自信満々に言っていた。


 俺達にしてもかなりな額を報奨として貰っているので、焦ってギルドで依頼を探す必要もなかった。


「大体、集まったのか?サヤ」

「まだ1/3と言う処だろう」


「随分居たんだな」

「こちらで復興すれば、その噂を聞いてやって来る者も居るだろう」


「そうだな」

「ここまで手伝ってくれて有難う。シノ」


「そろそろ、奴隷紋を外して、当主として君臨した方が良いんじゃないか?」

「それは、まだだ。そもそも、ある程度集まれば、そこから当主、または当主代理を選出して、私はシノに付いて行くつもりだ」


「それは、どうなんだろ?」

「今度は、逃がさん」


 まぁ、耳もピコピコ、尻尾もブルンブルンと機嫌が良いので、俺もこれ以上否定しない。

俺達はベルの手を引いて、ギルドへ行く。また生き残りの情報が入っていたら迎えに行くためだ。


 今日は、何の情報も入ってないと落胆しながらギルドを出た俺に、シルフィがクジャク達が呼んでいると伝言が入って来た。


「クジャク達が呼んでるらしんだけど、どうする?」

「行く」


 ベルは、即答だった。自分と同じくらいの子供達が居たので、また逢いたいのだろう。


「うむ、彼女達には世話になったからな。今度は、此方から土産でも持って行くか。カナンに逢うのは楽しみだ」


 サヤも行く気満々らしい。又、カナンと飲む事を想像しているのか、耳がピコピコしている。

俺は、サヤとベルも一緒で良いかシルフィに伝えて貰うと、ラビアンとフライと言う二人で迎えに来ると回答が来た。


 街から出た人目の付かない処で待って居ると、黒い塵が俺達の前に舞い、人型を取ると黒いラビアンと緑のフライが現れる。


「で、何の様だ?」

「それは、向こうでクジャクが話すと言う事だ」


 ラビアンがニヤニヤしながら答える物だから、嫌な予感しかしない。また何か面倒事に巻き込まれるのかと、俺は少し欝が入る。

俺とサヤはラビアンに抱えられ、ベルは、フライにお姫様抱っこでその場を飛び立った。


 プリパラに着いた俺達は、何時もの部屋に通される。そこには、魔族領の統治者5人と、梓が居た。


「やぁ」

「お姉ちゃ~ん」


 片手を上げて声を発した梓に、ベルが賺さず飛び付いて抱きつく。


「久しいな」

「お久ぁ~」


 いや、サヤも何でさも当たり前の様に、暫く逢わなかった仲間の様にってそうなんだけど、何で普通に接してるんだよ。


「お、お前、何で居るんだ?しかも、何でその格好なんだ?」


 それは、俺が最初に買ってやった服と、最初に買ってやった刀を携えている梓だ。


「うん、来ちゃった。てへ。これは、お気に入りだから?」


 てへじゃねぇ、何で疑問形なんだよ。じゃなくて何で居るんだって聞いてるんだよ! 俺は、混乱しまくりだ。

それを、面白そうにニヤニヤして、見て居る魔族の7人。俺は、この時初めて思い出して居た。ルナのとんでもない悪戯好きな性格を。


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