第十二話 魔族領は、女の巣窟だった
ウィルスクに案内され、俺達が神殿の横の門から中に入ると、既にバグアルが扉の前に立っていた。
どうやら結界全てを解除する訳では無く、人が通れる位の小さな門の部分だけを一部解除するらしい。
一応その門は、馬車が通れるくらいの広さは有る。
俺達は、馬に乗ったまま進む。ベルは俺の後ろで普通に馬に跨いで乗って居るのだが、姫さんは流石にお姫様乗り、つまり横乗りだ。
サヤが、凄まじく男前に見える。
「参られましたか。ここから先は自己責任と成ります。1週間経っても戻って来ない場合、遭難したとして報告させて頂きます」
「構いません。あちらからは、結界を解除しなくても戻って来れるのですか?」」
「はい、こちらから入った者が門の前に立つと、反応する仕掛けとなっております。従ってバラバラにお帰り頂いても、問題有りません」
「理解致しました。それでは、ご助力感謝致します」
「ご武運を」
「ご武運を」
頭を下げて見送るウィルスクとバグアル。全くその気も無い癖にご苦労な事だ。
バグアルの形式臭い遣り取りだが、バグアルがニヤリと哂ったのを、俺は見逃さなかった。
本当は、今日中には一度戻るつもりなのだが、姫さんも余計な情報を与える気は無い様子だ。
俺達は、開かれた門を潜る。その門は、結界をこじ開けて居る為か青く輝いており、通る場所も空気が青くなっている様に見える。
まずは俺が先頭を進み、続いて姫さんを乗せたサヤと梓。そしてターニアとリンが続いた。
門を抜けた俺達が見た物は、殺伐とした外の荒野からは想像だにしていなかった、緑生い茂る豊かな土地だった。
ここは少し高台となっているのか、下に向かって真っ直ぐ伸びる道が続いている。
道の先、魔族領の粗中央には、大陸でも見たことが無い、大きさの違う赤い尖った屋根が幾つも並ぶ、クリーム色に青や緑の色が所々見えるお城が有った。
右脇には大きな湖が見え、緑生い茂る中に何本かの川がそこから流れ出しており、海まで繋がっている。
遥か彼方の海にも真ん中に道の様に見える一本の筋が、城の向こう側に水平線まで繋がっている。
鳥が飛び交い、空気まで美味い気がする。シルフィも初めての空間にご満悦の様子だ。
「なんか思って居たのと違うわ。まるで童話のお城ね」
「そうですね。これ程豊かとは、私達の大陸が殺伐とした荒野と思えてしまいますね」
梓の意味不明発言と姫さんの感想は、そのまま全員の感想なのだろう。
無表情なサヤでさえ、ピクピクと耳を動かしている。後ろに姫さんが居る為、尻尾は大人しいが。
「取り敢えず、あの城に向かって見るか」
「そうですね」
俺の言葉に姫さんが答えた時、一陣の風が吹くと俺達の目の前に塵が舞う。塵は人型を取ると、そこに黒っぽい女ラビアンが現れた。
俺は剣に手を掛け、サヤと梓も刀に手を掛ける。リンはハルバートと盾を構え、ベルとターニアは杖を構えた。
「久しぶりだなシノ」
「何をしに来た」
「だから、そう気色ばむなと言っただろ。我は、ここの統治者の一人だと前にも言ったな。シノが来ると聞いたのでな、案内を買って出たのだ」
「案内?」
「まぁ案内などなくとも一本道だし、迷う様な事は無いが、我と一緒ならあの城に入る事も出来るぞ」
「あの、馬上から失礼致します。私は、フロン王国の第二王女、ミラ=クル=フロウと申します。貴女は?」
「おぉ、これは失礼した。つい見知った顔なので失念しておった。我は魔王が一人、アスモデウスの娘ラビアンだ。以後、宜しくな」
「アスモデウス」
姫さんが、俺とラビアンの会話に入り込んで来たが、城に行けると聞いて交渉相手と考えたのだろう。
梓が魔王の名を呟き何か考えているが、しかし、ラビアン。何か軽い感じがするのだが、気のせいだろうか。
「ああ、何も無いから近くに見えるが、結構な距離が有る。馬に乗ったままで構わないぞ」
俺達が馬から降りようとしているのを、ラビアンが静止した。そしてバサっと言う音と共に、ラビアンの背中に大きな翼が生える。
オーガだと思っていたのに、違うのかよ。流石魔王の娘だ。
「さあ、付いてくるが良い。昼前には着きたいのでな。少し飛ばすぞ」
跳び上がるラビアン。翔んで居るのだが、どう見ても翼を羽ばたかせて翔んで居ると言う感じでは無い。
状況に付いて行けず呆気に取られていたが、俺は馬を走らせラビアンを追いかけた。
俺に続いて、サヤや梓も馬を走らせる。俺達は何時もの様に馬を歩かせるのでは無く、結構な速度で馬を走らせてラビアンを追った。
俺達が城に到着するとそこには、かなり大きな堀があった。綺麗な澄んだ水で、水姫が喜びそうな水が流れる堀だ。
「少し待っていろ。今、橋を降ろしてやる」
そう言ってラビアンは、翔んで城の中へと入って行く。暫くするとギギギと言う音と共に、城から橋が倒れて来る。
所謂、架け橋と呼ばれる物なのだが、その長さも大陸では見た事が無い程で、機械仕掛けも大層な物なのだろうと推測される。
「なんか、本当に童話に出てきそうなお城なんだけど」
「童話ってなんだよ」
「子供向けのお伽話よ」
「へ~、梓の世界では、お伽話で、こんな城が出て来るのか」
「こんな可愛いお城、私、初めて見ました」
「うむ、城と言うのは、もっとゴツゴツして灰色でと言う認識だったのだがな」
ターニアとリンも、この外観には呆れている様子だ。
「我が国の城も、こんな風に可愛くしたいですね」
「見た目が華やかだが、籠城にも耐えれそうな造りだな」
姫さんは、何やら目がキラキラしている。サヤは別な意味で感心している様だ。ベルもほけ~っとした顔で眺めている。
「お~い、渡って良いぞ~」
全く調子が狂う。大きな声で呼ぶラビアンの言葉に俺達は頷いて、恐る恐る橋を渡った。
中に入ると、またギギギと言う音がして橋が上がって来る。橋と門が一体となっている形だ。
「馬は、あっちに置いて来ると良い」
ラビアンの指差した方には、馬の厩舎の様な場所が有った。飼葉も敷かれ水も飲める様なので、馬はゆっくりと休めるだろう。
俺達は言われた通りに馬を厩舎に入れ、ラビアンの元へと向かった。
「あ、ラビアンだ。おかえりぃ~」
なんか、子供達がラビアンに纏わり付いている。子供達は、俺達を見ると何か化物でも見た様に怯え、ラビアンの影に隠れる。
なんとなく、精神がヤられる。俺の常識では逆だろと思える。ラビアンを恐れ、俺達の後ろに隠れるのが普通の子供だろ。
「何あれ? ラビアン、人間? 食べて良い?」
「もう少し大人に成ってからな」
いや、子供の会話もラビアンの回答も突っ込み処ろ満載で、嫌な汗が流れてくる。
「もうすぐ昼だろ。そろそろ昼食の準備に行った方が良いぞ」
「はぁ~い」
素直な子供達に、毒気が抜かれる。走り去っていく子供達は、綺麗な服を着ていて貧相感など全くない。
パッと見ただけだと、肌や髪の色以外は人間の子供と大差ないため、どこかの貴族の子供達だと言われても納得出来る格好だ。
「さぁ、こっちだ」
ラビアンに案内されて入った城の中は、これまたどこの豪邸だよと言う内装だった。
目の前に続く広い2階に登る階段。高い天上に、見た事もないクリスタルの飾りが、至る処に使われている。
「さっきの子供達は?」
「ん? 皆、魔王の娘達だ」
「はい?」
「ここは、魔王の娘達が住まう土地だと言う事だ」
うん、意味が解らない。流石の姫さんも混乱気味に見える。梓は、何かを考えている様だ。
ここって言うのは、この城の事か? しかし、他に建物らしき物は見えなかったが、森の中に何かの集落が無いとも言い切れない。
「何故、こんな処に」
「この周りは、結構強力な魔獣が住んで居るからな。城の中が安全だからだ」
ちょっと聞いた内容と違う回答が返って来た。俺は、何故魔族領にと言う意味で聞いたのだが、ラビアンは、何故城にと受け取った様だ。
しかし、回答の中に有った強力な魔獣と言うのが気になる。
「強力な魔獣って?」
「そうだな、コモドドラゴンとか、ハイエターナルラミアとか、ダイナースフェンリルとか、後、グランドスライムなんかも居るな」
いや、聞いた事も無い魔物ばかりなんですが。ドラゴンとかラミアとか魔族じゃないんですか? フェンリルとか怖いんですけど。
「魔物とは違うのか?」
「違うぞ? 魔獣とは、人間で言う獣だな。魔族での獣が魔獣だと考えて良い。さぁ、ここだ」
そう言ってラビアンが扉を開けた瞬間、パンパンと言う音がして、俺達は咄嗟に戦闘態勢を取った。
「ようこそ、プリパラへ」
目の前には、紙吹雪が舞っている。何だこれは? 流石のサヤですら、耳をピクピクさせ尻尾がブンブンと動いている。かなり困惑している様子だ。
ベルだけは、眼をキラキラさせて見て居るが、他は惚けていると言って良いだろう。
「プリパラ?」
「プリンセスパラダイス。略してプリパラだ。そして、我を含めたここに居る7人が、そのプリンセスパラダイス、人間が呼ぶ魔族領の統治者だ」
目の前には、赤や緑やピンクの賑やかな髪の毛の色をした見た事も無い容姿の女性達が居り、豪勢な食事がテーブルの上に並んで居た。
「まぁ、腹が減っていては、話し合いも喧嘩腰に成ると言う物だ、まずは食べてくれ。我々も食べるから毒など入ってないぞ」
「お前達には効かないが、俺達に猛毒なんて事は無いだろうな」
七色の髪の毛に虹色の瞳をした女が言葉を発したのだが、俺がそれに反応した。
女は、キョトンとした顔をして暫くすると笑い出す。
「クックック、これは、確かにラビアンが気に入るはずだ。心配する必要は無い。我は魔王が一人、ルシファーの娘クジャクじゃ。我が父に懸けて誓おう」
「そんな者に懸けられても解らないけど、信用する事にする」
「ルシファー、やはり、貴方達は大罪の悪魔の娘」
「大罪の悪魔とは、なんじゃ? 異界の娘よ」
梓の意味不明言葉にクジャクが反応する。此奴は少し頭がおかしいんです、と誤魔化したい衝動に駆られたが、梓は先を続けた。
「ルシファーとアスモデウス。ならば残りは、レヴィアタン、サタン、ベルフェゴール、マンモン、ベルゼブブじゃない?」
「確かに合っているぞ、異界の娘よ」
「異界の娘って何よ」
「異界から召喚された勇者と有名だぞ?」
「私は、梓、神巫梓よ」
「それは、悪かった。まぁ、座れ。そんなに急がなくてもよかろう。食べながら自己紹介でもしてから、話そうでは無いか」
そして、出迎えた女達が、何故かニコニコと楽しそうにテーブルに付く。
俺は女達の座り方を見て、俺達が何処に座るかを考える。誰か二人が、魔族の隣に座る事になるからだ。
サヤに目配せをしてラビアンの隣に座って貰う事にし、俺は、もう一人の魔族の隣に座る。俺の隣には梓が座り、サヤの隣にはリンが座る。
梓の隣にベルがリンの隣にターニアが座り、長いテーブルを挟んで姫さんは、先程のクジャクと向かい合う形となった。
「何だシノ? こう言う時は、我の隣に座る物では無いのか?」
「お前は、怖いんでな。俺より強い、其奴に任せた」
「ふっ、連れないのだな」
「コホン、懐かしい歓談中済まないが、まずは、乾杯の挨拶とさせてくれるかね?」
俺に話掛けて来たラビアンに応えていると、クジャクが進行を促して来た。何だか気勢が削がれる。
「それでは、まずは手元に有るグラスに酒を注いでくれ賜え。うむ、皆の前にある黒い瓶の物だ、シャンパンと言う酒だが、良く冷やしてあるので良い感じだと思うぞ」
「シャ、シャンパンですって! こ、子供にお酒は飲めないでしょ?」
「落ち着け、梓。何をさっきから興奮しているのか知らないが、ここは魔族領だ。俺達の常識は通用しないし、ましてやお前の常識等、寝耳に水だぞ」
「そ、そうね。御免なさい」
先程からの梓の言動を省みるに、どうやら梓の知識に有る物? 名称かも知れないが、それが梓を刺激しているのだろう。
梓も周りを見渡し、自分が常より興奮している事に気が着いた様子だ。顔を赤くして俯いた。
「それにな梓。俺達には、お前の知識と判断力が必要なんだ。落ち着いて観察してくれ」
「わ、解った」
俺は、小声で梓に耳打ちする。梓の頭の良さは俺も認めている。こう言う時こそ頭の悪い俺を補って欲しいと言うのは、本当の思いだ。
「うむ、落ち着いてくれた様だな。それでは、改めて、我らの出会いを祝して乾杯」
「「乾杯」」
出会いを祝してって、どこの見合いだ。しかも俺以外、全員女じゃないか。魔族が見た目通り女かは解らないが、さっきラビアンも魔王の娘達と言っていたしな。
「それでは、食べながらで構わないので、自己紹介をお願いして宜しいかな? まずは、こちらから、我とラビアンは既に知り置く事と思うので、ジェラから行こうか」
「ご紹介に預かりました魔王が一人、レヴィアタンの娘ジェラですわ」
立ち上がりペコリとお辞儀をしたのは、青い髪と水色の瞳を持った下半身が蛇の女性だ。彼女こそラミアじゃないのか?
「続いては、我こそが魔王が一人、サタンの娘ユニだ」
続いて立ち上がったのは、額から一本角を生やした、赤い髪と赤い瞳の勝気そうな女だ。紅ではなく、鮮やかな真っ赤だ。
「我は魔王が一人、ベルフェゴールの娘ベア」
こちらは、ピンクの髪に緑のメッシュと落ち着きが無さそうな髪なのだが、深い紫の瞳が逆に落ち着きを持った女である。
「妾は魔王が一人、マンモンの娘カナンじゃ」
金色の髪に金色の瞳、9本の尻尾を持った狐耳だ。サヤの耳がピクっとする。何か対抗心を燃やしたのか。
「最後は、我じゃな。魔王が一人、ベルゼブブの娘フライだ」
緑の髪にエメラルドグリーンの瞳、二人以外は一人称が我か、これはお国柄か家柄による物なのかも知れない。
俺は目で合図をし、姫さんから自己紹介を始めて貰う。こう言うのは、やっぱり姫さんからだろう。
「私は、フロン王国の第二王女、ミラ=クル=フロウです。本日は、この様に歓迎の義をお開き頂き、代表して御礼を申し上げさせて頂きます」
「私は、ターニア=エル=フォレスター。スピリチュアルを治めるエルフの女王マーニア=エル=フォレスターの娘です」
流石姫さん、御礼を述べるなんて、俺には微塵も思いつかない。
おお、ターニア。胸を張ってエルフを名乗ってるよ、お父さんは嬉しいぞ。
「ベルニカ=グランサール」
「私は、リン=アンブレアだ」
リンは王女で有る事や竜騎士で有る事は言わないのだな。まぁ情報として多くを渡す必要は無いだろう。
「神巫梓よ」
「私は、サヤ=ローゼン=ブラックベリー。そこに居るシノ、ニムの奴隷だ」
って、要らんこと説明するなよな、サヤ。何勝ち誇った様な顔をしているんだ。俺が立ち上がる前から、皆の視線が俺に集まっちまったじゃないかよ。
しかも、どう見ても魔族の全員がニヤニヤしている。
「お、俺は、シノニム。一介の冒険者だ。シノと呼んでくれ」
「ふむ、中々そうそうたるメンバーで喜ばしい。しかも、かの有名な氷の剣士を奴隷にしているとは、流石ラビアンのお気に入りだ」
噛んじまったじゃないか。何この針の筵状態。何とかしてくれ。
隣をベルにすべきだったとベルを見ると、一人黙々と食べ物に侵攻している。物怖じしない娘だな、人見知りなのに。
「そうじゃな、何から話したら良いものか、まず、今の門番のバグアルだったか。7人入るが殺して構わないとか言っておったぞ?」
「やはり、通じていたのか」
「一応、門番じゃからな。誰か入る時は伝えると言うのが決まりじゃ。こちらとしては、誰が門番でも構わないのだ。あの結界を護り無闇に人を送り込まなければな。今の門番は、幾許かの金と、幻想を見せて遣る事で満足している。扱い易い人間で重宝しておる」
「それだとまるで、こちらに人間を入れない為に、あの結界が有る様に聞こえますが」
クジャクの言葉に反応したのは、姫さんだ。しかも、後半に付いてはスルーかよ。
確かに、あの男は利用されているだけと判断出来るし、そちらの方が気になるっちゃ気になるのだがな。
後の交渉は姫さんに任せよう。梓は落ち着いたのか、出されたシャンパンと言うのをちびちび飲みながら、話を聞いている。
「その通りじゃな。あれは、人をこちらに入れない為の結界じゃ」
「それを人が護ってると言うのは、おかしく感じるのですが」
うん、姫さんの質問は、尤もだ。
「だから世間には、あれは我々魔族を閉じ込める物と流布されておるはずじゃが?」
「つまり、本当は人を入れない為の物を、逆の情報を流し、態と人に管理させていると言うことね」
何故、梓は簡単に理解出来る? 俺なんて、未だ意味を掴み切れていないのに、断言してやがる。
やはり此奴の頭の中は、何か俺達とは違う物で出来てるんじゃないか?
「うむ、その認識で合っておる」
「そんな事を話して良いのかよ」
梓の言葉に簡単に同意するクジャク。どう考えても極秘事項に思える。折角姫さんに主導権が行ったと思ったのに、また姫さん呆気に取られちゃったよ。
「そもそもここの外壁と門については、人がしつこく攻め入って来るので、時代の勇者と呼ばれた者と我が父ルシファーで築いた物なのじゃよ」
「何?」
また爆弾発言を。何だよ、ここは吃驚箱か何かか?
「まず人達は、色々と勘違いをしておる。魔物が我ら魔族が送り込んでいるだとか、魔族が人の大陸に侵攻を目論んで居るだとかな」
「違うのですか?」
「確かに我らの父を筆頭とする男共は、日夜戦闘に明け暮れておるが、まぁ人の言う競技の様な物じゃしな。そもそも魔物については、人が魔法を間違って使っているために発生しておる、歪みの影響を受けた獣に過ぎんのだぞ」
「何ですって?」
「エルフの王女、ターニア殿だったな。解っておるのでは無いか? 魔法とは本来、精霊によって行われる理の操作だ。精霊の声を聞かぬ人が、無理に行使すると、歪みが生じるのは必然であろう」
「魔法は全て、精霊の力だと言うのですか?」
成程、だから俺は魔法が使えないと思っていたのか。精霊を使うのは魔法じゃないと思っていたからな。
「本来は、世界の理を統べる精霊だからこそ、その理を操作出来るのだが、人が我らやエルフが魔法を使っているのを研究し、独自で使えるようにしたのが人が使っている魔法じゃな。だから理が歪む」
「何て事」
「人とは、難儀な者でな。自らの行いで自らの首を締める。精霊の言葉を聞かぬから、簡単に自然を破壊する。なぁ? 梓殿」
「貴女は、何を知っているの?」
意味深なクジャクの問い掛けに、梓は怪訝そうに質問を返した。
「先程の大罪の悪魔じゃったか、その言葉を聞いて思い出した。我らの糧の一つに異界からの呼び出しに応じ、代償を貰って来ると言う物がある。確かその時の呼び方が、悪魔召喚とか言ったとな」
「その代償が、このシャンパンとかと言う訳?」
「そう言う事じゃ。梓殿を召喚したのも、我らの召喚術の劣化版であろうしの」
「やはり召喚魔法も、魔族の物だったのですね。戻す方法は有りますか?」
「本来の物であれば、戻るまでが召喚術なのじゃが、既に術が完結している以上無いじゃろう。あちらで召喚されれば別だが、梓殿を名指しで呼び出す者など居るのか?」
「居ないわね。そもそもそんな怪しげな悪魔召喚なんて、一般的には使われていないわ」
何か梓は確信が有る事らしいが、さっぱり話が見えない。無理矢理俺の無い頭を使うと、梓が元居た世界に魔王達も居たのか召喚されたていたのか。
魔王達、魔族達かも知れないが、今も梓の元居た世界から呼び出される事が有る。その際の報酬が、梓の世界の物品と言う事か?
自分で言ってて、頭がおかしくなりそうだ。
「まぁ基本情報としては、悪くない下地が出来たと思うぞ。ゆっくりと食事を楽しみながら、聞きたい事が有るなら存分に聞くが良い」
クジャクを含め、魔族連中は本当に楽しそうだ。それに引き換え、此方の陣営は混乱の極みと言う処だ。
若干二名、サヤとベルに付いては、余り混乱していないと言うか、何も考えて居ないと言うか、大物なんだろうな。
しかし、こちらの交渉の要は姫さんだしな。取り敢えず、当たり障りの無さそうな話で場を繋ぐか。
「なぁ、さっきラビアンに、ここに居るのは魔王の娘達だと聞いたのだが、何でこの魔族領に魔王の娘しか居ないんだ?」
「ふむ、それは我らが不測の事態に備えて、保護されておると言う事じゃ。血を絶やさないと言うなら息子達も保護されるべきなのだろうが、どうも男と言うのは戦いに明け暮れたがるのでな」
俺は、ラビアンがした勘違いをしない様に、言葉を選んで質問してみたのだが、返って来た答えは良く解らないものだ。
「今一つ解らないのだが」
「先程言ったであろう? 我らの父を筆頭とする男共は、日夜戦闘に明け暮れておると。それは、人の領土争いや国取り等の様な物では無く、純粋な戦闘だ。単独でのコロシアムでの戦闘や、軍対軍の様な戦闘も有り、そこには生死が付いて回る。故に魔王の血族で有る我らは保護されておる。まぁ、女でも戦闘に明け暮れたい者も居るので、全員では無いがな」
「つまり魔界では、国取りでもない不毛な戦闘が終わる事無く続いていると言う事か?」
「その通りじゃな。本土、人の言う魔界は、戦火の渦じゃ。それで奴等の気が収まっておるのじゃから、不毛とは言わんがな。だから、魔王討伐を掲げて本土に行きたいのなら、行っても構わないぞ? 寧ろ、あ奴等を討伐してくれるなら有難いことじゃが、まぁ無理じゃろ」
ニヤリと笑うクジャク。俺達の事は、かなり知っている様だ。
「そんなに強いのか?」
「そこの氷の剣士殿程の強さが有れば、勝てはするだろうが討伐となるとな。我らは塵となりこの姿を取れば元通りじゃし、塵の一欠片でも残って居ればこの姿に戻れる。そんな我らを討伐出来るかの?」
「全てを滅すれば良いと言う事よね?」
「その通りじゃが、梓殿の魔法程度では、我らが滅せられる事は無いぞ?」
梓の挑発に、クジャクが指をパチンと鳴らすと、辺りに黒い塵が浮かび上がる。殺気が無いからか、サヤもリンも動いていない。
梓だけが多少強ばったが、その黒い塵は、俺達の周りでミニスカートのメイド姿で人の形を取った。それも猫耳を含んだ多種多様な人種で。
「汚れた皿を下げて、新しい物を」
「畏まりました」
クジャクの言葉にメイド達は俺達の皿を下げ、残った料理を新しい皿に取り分け、テーブルの上を綺麗にしていく。
いや、もうこれ俺じゃ落とし処ろが解らんわ。お手上げだ。何か、あのクジャクと言う七色頭に、良いように掌で弄ばれている気がして来た。
「つまり、貴女方は、戦闘を好まない平和的な方達と受け取って宜しいのですね?」
「でなければ、この様な持て成しもしないと思わないか?」
漸く復活した姫さんだが、まだ本調子では無い様子だ。若しかしたら、相手が外道じゃないと本調子と成らないのかも知れないな。
「色々と私の常識や事前知識と違いましたので、混乱して居りました。改めて、此度の御礼と、無礼な態度の謝罪をさせて頂きます」
「いや、早々に混乱から立ち直って頂いて、何よりだ。では、楽しく歓談と行こうでは無いか」
姫さんが何とか態勢を立て直したお陰で、俺達も一旦警戒を解く事にした。
少なくとも、あのバグアルやボンゾワールの様な、悪意を感じ無いし、何より俺達を殺す気なら簡単に殺せそうだ。
俺達は、クジャク達の案内で、城のテラスの様な屋上の様な場所に出ている。
目の前には、魔界領の南側が一望でき、緑生い茂る魔界領から遠くに見える海や水平線まで一望出来る。景色としては、絶景の部類だろう。
「まるで天橋立ね」
「アマノハシダテとは、何じゃ?」
魔界領から地平線へ伸びる、長い海の道とも見える一本の筋に対する梓の感想だ。
梓の不思議発言に対するスルースキルが、姫さんを含め俺達は、かなり高い物になっているのだが、魔族には全く無かった。
「日本三景。私の居た世界の私の国に有った3つの美しい景色のうちの一つよ」
「ふむ、確かにここからの眺めは絶景だと思うが、同じ様な物が有るとはな」
「同じじゃないわ。もっと小規模で、向かいに見える島までしか繋がっていない物よ」
「そうか。我らに取って本土から出る方法も入る方法も、別にここを通る必要性は全くないのじゃ」
「そうみたいね」
「人は、勝手に我らに挑み、簡単に散って行く。それを我らの侵略と言われてもの」
「貴方達は、何故人を侵略しようとしていないのかしら?」
「人は、我らに取って糧だからだ。身体を食べる訳では無い。人の欲望、精こそが我らの糧。そこには野望を抱えていてくれていた方が望ましいと言う、我らの都合が有る」
俺には梓が話している内容は、殆ど理解が追いつかないが、どうやらクジャクと梓は気が合った見たいだ。
こうなれば、梓は梓成りに考え結論を出してくれるだろう。
「ミラ姫よ」
「はい。なんでしょうか?」
「今日は、泊まって行っても問題は無いのか?」
「はい、一泊程度は、問題有りません」
何だ、その年頃の娘が遊びに来て、泊まって行けと言う様な軽い乗りは。
「そうか。では、夜会の用意をさせよう。それまで風呂にでも入っているが良い」
「お風呂が有るの?」
梓は、既に友達感覚でクジャクと話をしている。あちらでは、サヤとカナンと言ったか、9本の尻尾を持つ狐耳と何やら話をしている。
姫さんの護衛は、どうした。と思ったら、こっちを向いた。耳と尻尾が、ちょっとぐらい良いじゃないかと訴えている気がする。
まぁ良いだろう。ここは、もしかしたら大陸内部に居るより、俺達は安全なのかも知れない。
しかし、風呂か。流石にここでは、一緒に入る事は無いだろう。そう思っていた時期が、俺にも有りました。
「何を言っておる。シノ殿は、皆と風呂に入って居るのじゃろ? ここには男はシノ殿しか居らぬ、気にする必要は有るまい」
いや、百歩譲って俺達が入るだけなら、俺も流されたかも知れない。だが、何でお前達まで入って来るんだ。
「我らも、裸の付き合いと言う物をしたいと思ってな。幸いここは、城に住む者全員でも入れるくらい広いからの」
いや、確かに広い、驚く程広い。だが、この状況は何だ?
「お背中をお流ししまぁ~す」と入って来た子供達が、俺を含めて全員の背中を流してくれている。
これを混沌と言わずして何と言う。そして、水姫。何を平然として、お前まで湯に浸かっているんだ。
「そう言えば、ミラ姫達は、暗殺者に狙われ居ったじゃろ?」
「ああ、やけに数が多かったな」
ラビアンが俺に寄って来て、話をするが、普段から着ている物まで黒くて全裸見たいな物だからか、何となく落ち着く。
「あれは、粗バグアルじゃ」
「何の為だ?」
「今の地位が余程美味いのじゃないのか?幻想とも知らずに可愛い者よ」
「幻想って何だ?」
「あ奴は、あ奴の望む美女と、毎晩まぐわっておるつもりなのじゃ」
「それが幻想?」
「そうじゃな。後は幾許かの金じゃが、その金もその美女に貢ので、結局我らに戻って来ておる」
「おいおい。だけど暗殺者を雇うぐらいの金は持って居るのだろ?」
「その辺は、神殿の経費で持って来ておるのでは無いのかの?」
「何だよ、それは」
「しかも、氷の剣士殿を手に入れたと聞いた暗殺者達が、皆尻込みしてな。あれは笑わして貰ったぞ」
「何、俺達で楽しんでいるんだよ」
「娯楽が無くてな。許せ」
「まぁ、加担しなかっただけでも有難いよ」
ラビアンの話は、何ともバグアルすら哀れに思える物だった。
「やはり、梓様を御還しする方法は、無いのですね」
「そうだな」
姫さんが俺の処へ寄って来て、本日の一番落胆した収穫であろう情報を確認して来た。
だが、これは姫さんの中で50%ぐらいだった希望が、0.1%まで落ち込んだ落胆だ。俺にすれば、0だった物が0.1%に成ったと言える。
だが、所詮0.1%だ。それを今言う気は、俺には無かった。
「大陸から魔物を失くすのは、不可能なのでしょうか」
「少なくとも魔王を倒したから、居なくなると言う物では無いらしいな」
「無駄足、だったと言う事ですね」
「そこまで落胆する事でも無いんじゃないか?」
「どう言う意味でしょうか?」
「つまり、人に魔法を使わなくさせても、居なくなると言う事だろ?」
「それは、無理と言う物でしょう」
「じゃぁ、人に正しく魔法を使わせると言うのは、どうだ?」
「人には、精霊は見えないし、精霊の声など聞こえません」
「ミラは、此奴が何に見える?」
俺は、さっきから平然と皆の中で湯に浸かっている水姫を、手招きで呼んだ。
「魔物の方の一人では?」
「あら、失礼ですわね。わたくしは、水の精霊、水姫ですわ」
「え? はい? あ、ちょちょっちょっとターニア様!」
「はい、何ですか姫様」
なんか姫さんのテンパリ具合が、梓に似て来たな。たゆんたゆんと胸を湯に浮かしながらターニアが近付いて来る。それ以上腰を上げるなよ。
「こ、この方が、み、みじゅ、水の精霊様だと仰るのですが」
「あ、はい、そうですね。始めましてターニアです」
「あら、礼儀正しい娘ね。水姫よ、宜しくお願いしますわ」
「わ、私は、フロン王国の第二王女、ミラ=クル=フロウです」
「知ってますわ。用は済んだかしら?」
「ああ、サンキュ」
「ど、ど、どう言う事ですか?」
「だから、人が精霊が見えないとか、精霊の言葉が聞こえないとかが嘘で、見ようとしない、聞こうとしていないだけだと言う事だな」
姫さんは、激しく混乱している。ターニアが、俺を仕方有りませんねぇと言う目で見て居る。
しかし、梓がむくれているのは、魔族の皆が、胸大きいからだろうな。多分、もうすぐ始まりそうだ。
俺は、梓が皆の胸を揉み出す前に、上がる事にする。予想通り、俺が服を着ている処で驚声が響きだしていた。
夜会は、胸揉みスキンシップで打ち解けた梓がはっちゃけて、とんでもないカオスの場と化すのだった。