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第十一話 中央聖神殿って本当に聖?

 左側には、天を貫くんじゃないかと思える程の絶壁が聳え立つ脇を、俺達は、壁伝いに北西へと馬を進めていた。

これは、自然の城壁みたいな物で中には魔族領が有るのだが、一節には勇者が魔族を押さえ込む為に魔法で作ったとも言われている。

流石にそれは無いだろと思っていたが、梓の規格外の力を見せつけらている俺としては、それも有るかと思えて来ていた。


 態々こんな南周りの大回りをしたのは、ここから真東側が広大な砂漠が広がっていて、途中に街と呼べる様な大きな集落も街道も無い為だ。

砂漠に住む生き物は、その食べ物の少なさから凶悪だし、何より水の無い暑さが体力を凄まじい勢いで消耗させる。

北周りと言う方法も有るのだが、それはそれで、高い山脈を超えてとか、色々有るのだ。


「これは、山?」

「山とは言えないな。向こう側もこちらと同じ様に断崖絶壁だと言う事だ」


 梓も、不自然なこの壁に怪訝な顔をしている。何が不自然かと言うと、この壁は魔法で掘れないし、人力など何の役にも立たない。

地下にもその影響は有るらしく、土の精霊であるドンですら、この壁の向こうには堀り進めないのだ。


「登れないの?」

「鳥の餌食になるな。戦える足場なんて無い」


「飛び越えれないの?」

「聞いた話では、上の方に行く程、息が苦しく寒くなってしまうので、頂上まで行った人間は居ないらしい」


「人間は、か。堀り進む事も出来ないのよね。誰もやっていないって事は」


 いや本当、梓が鋭いのか、俺が迂闊な発言をしているのか、冷っとさせられる。

確かにラビアンみたいに塵に成れる魔族なら、飛び越える事も可能かも知れない。と言うか確実に、あいつは飛び越えてウロウロしているのだろう。


「一説には、勇者様が魔法で作ったらしいぞ?」

「魔法か、確かに地層も見えないし、そんな感じもするわね」


 おいおい、また訳の解らない言葉で納得しているよ。つまり梓の知識でも不自然って事か。

突っ込むと、また眠くなる話を始めてくれそうだから、その件にはスルーする。


「お、オアシスだ。今日は、あそこで野営が無難だな」

「オアシスって砂漠の中に有る物じゃないの?」


 俺は、殺伐とした荒野に有る、緑が豊かな小さな湖らしき物を見つけた。


「砂漠の中に、あんな湧水が出てる処なんかねぇぞ?」

「ふ~ん、こっちの砂漠って、本当に不毛な土地って事かな」


 梓の不思議発言は、もう俺も慣れた物で軽くスルーして、後続の姫さん達に野営地とする旨を伝えた。


「久しぶりに、沐浴出来そうですね」

「座りっぱなしと言うのは、疲れる物だったのだな」


 馬車から降りてきた姫さんとサヤが、思い思いの言葉を吐いているが、馬に乗りっぱなしの俺だって尻が痛いんだがな。

そう思っていたらピンと尻尾を一振りして、サヤがこちらを睨み付けた。思考の自由を要求したい。

いや無表情だから、一瞬睨んで居る様に感じたが、あの耳は照れている耳だな。先っちょだけふにょっとしてる。


 相も変わらず護衛兵と侍女達は、テキパキと野営準備を始めている。俺達は、馬に水を飲ませて丁度良い場所を見つけて馬を繋ぐ。

柵でも有ればこの辺は、食べれる飼葉が結構生えているので、放してやりたいところなのだが。


「水姫」

「はいはいですわ。最近水質調査の為にしか呼んでくれなくて寂しいですわ。勿論ここの水は安全ですわよ」


「悪いな。そして有難う」

「良いのですわ。シノが楽しそうですから、わたくし達も安心と言う物ですわ」


 こっそり、水姫に水が安全かも確認しておく。

幸い食料も潤沢に有る為、当面俺達がする事は無い。する事が無いと動き出すのが梓だ。

案の定、ベルを連れて護衛兵達の処へ行って、何やら相談している。また何か造る気なのだろう。

俺は、侍女達が用意してくれた、姫さんの座っている場所へ移動する。俺もこの楽な旅に大分毒されて来ている。元に戻れるだろうか。


「お疲れ様です。シノ様」

「ミラもサヤもお疲れ」


 既に、姫さんとサヤは席に付いてお茶を飲んでいる。この辺は絶壁の影響も有り、それ程暑くないしこの様に傘で日陰を作れば過ごし易いくらいだ。

サヤは、護衛だからと姫さんの後ろに立とうとするのだが、姫さんが必ずご一緒にと言うので、それも諦めた様子だ。居心地が悪そうに尻尾が揺れている。

姫さんとしては同じパーティのメンバー、サヤとしては護衛対象と言う、認識の温度差が有るのだろう。


「梓様は、また何か造ろうとしてらっしゃいますね」

「ミラがさっき沐浴したいって言ってた様に、風呂でも造ろうと思ってるんじゃないか? ベルを連れて行ってるし」


「それだと、嬉しいですわ。ちょっと汗ばんで居て、沐浴で良いから、身体を清めたいと思って居たところです」

「お疲れ様です」


 姫さんと話をしていると、ターニアとリンもこちらに遣って来る。ターニアは暑かったのか、既に馬に乗る時に履いているズボンの様な物は脱いでいて、スリットから生足が覗いている。

眼福眼福と思っていたら、サヤのジト目と目が合ってしまった。尻尾で太腿隠すって、器用だなサヤ。


「しかし、こう暇だと身体が鈍ってしまう。そうは思わないかサヤ殿」

「確かに。しかし、いざと言う時の為に体力は温存しておくべきだ。鍛錬を行い疲れきっている時に敵が出て来て負けたでは、本末転倒だからな」


 サヤの言葉に目論見が外れたのか、確かにそれは正しいと不満そうなリンだ。


「暇なら、梓が何かやろうとしているみたいだから、手伝って来てやれば良いんじゃないか?」

「ふむ、私は、そうする事にする。では、また後ほど」


 潔い男前っぷりだ。ビキニ見たいな格好しているのだから泳いでくれば良いのにと、プリプリとお尻を振って歩いて行く姿を見ていたら、またサヤのジト目と目が合ってしまった。

これも、サヤが無表情な為に俺がジト目と感じているだけなのだけど、そこは男の疚しさと言う物だろう。


「シノが、これ程スケベだったとは知らなかった。これが成長と言う物なのか」

「まぁ、シノ様ってドスケベでいらしたのですか? その割には、誰も襲われておりませんね。もしかしてヘタレと言う奴でしょうか?」


 サヤ、御免なさい。暴露しないで下さい。俺はスケベで下品な冒険者です。姫さんは、なんでスケベからドスケベにランクアップしてるんだよ。


「ミラ、なんだよその意味不明な名称は。意味は解らないが、凄く蔑まれた気がする」

「梓様のお言葉です」


 ターニア、澄ましているけど、それスリット深すぎないか? 下着横から見えてるぞ? サヤは尻尾を出しているから、かなりなローライズだし、これは姫さんの方を向いておくのが無難か。

と思った俺が浅はかでした。姫さんは胸をこれでもかと言うぐらい強調した、胸の谷間がはっきりくっきりなドレスだった。

四面楚歌なのだが、ここを離れたくない俺が居る。仕方無い、居直ってやる。思う存分俺の煩悩を思い知りやがれ、サヤ。

と思った途端、サヤが紅茶を吹き出した。自重します。御免なさい。




 梓が造っていたのは、やっぱり風呂だった。位置取りを護衛兵に確認していたらしい。

なんと今回は3つも湯場を造っている。ベルが大変だったんじゃないかと思ったら、どうやらベルにコツを聞きながら梓が全部造ったらしい。

梓としては、練習していて3つに成ってしまったと言う事だ。どんだけ魔力持ちなんだよ。


 お陰で護衛兵達の方は、女湯と男湯に分かれていると言う事だ。夕飯後、俺も男湯に行こうとしたら全員で引き止められた。

サヤが敵に回ったら逃げ切る事は不可能だ。梓が「ドナドナド~ナドナド~ナ」等と言ってるのが、妙に俺の心情に合っていて悔しい。


「そう言えば、最近は襲撃無いの?」

「ああ、風の噂では、サヤが参入したから、請け負う暗殺者が居ないらしい」


 梓の質問も最もだろう。あんなに危機感を煽らしておいて、あれ以後ぱったりなのだ。

風の噂は、文字通りシルフィ情報だ。ここまで来ると、シルフィのテリトリーってどんだけ広いんだと思う。


「風の噂って、まぁ良いわ。シノの不思議発言にも慣れちゃったし」

「お前が言うな」


 俺は、皆の方を向かない様に縁に胸を預ける形で湯に浸かっている。女性陣は数の暴力か、もう誰も何も隠そうともせず平然と入っている。

女って大胆だよな。しかも、風呂に入る時って皆、長い髪をアップにしてうなじまで見えているから、色々ヤバいんだよ。

サヤなんて、普段髪の毛で見えないヒップラインまで見えるし、フサフサの尻尾は濡れて細くなっちゃうし。


「シノ、そんな妄想ばかりしていないで、こちらを向けば現物が観れるぞ」

「そんな罠には乗らない」


 解っているんだよ。振り向けば豊満な胸が湯に浮かんで、水姫の水魔法の様に俺に狙いを定めて居る事は。


「何なにぃ~? シノってば、妄想してるんだぁ」

「や、止めろ梓。む、胸を押し付けるな」


 背中から抱きついて来る梓。素肌に感じる梓の柔らかい胸が、俺の理性を刺激する。


「あら? 梓様、なんて楽しそうな事を」

「梓お姉ちゃん、シノを独り占めしちゃ駄目だよ」


 姫さん、貴女の楽しいの定義を教えて下さい。ベル、君は俺の癒しなのだが、裸で抱きついたら同じなんだよ。


「わ、私もご助力致します」

「梓殿にだけ、そんな事をさせる訳には行かん」


 ターニアとリン、君達二人の行動原理を今度説明してくれ。


「仕方無い、シノ。私も腹を括った」

「ま、待て待てぇ~っ!」


 サヤ、意味が解らん。結局俺は、鼻血を出してぶっ倒れてしまった。これは長湯して逆上せたんだ。決して尻の青い餓鬼の様に、迸るパトスのせいでは無い。

今俺は梓の膝枕で、ターニアが風の精霊でそよ風を流してくれている。頭にはベルが冷やしたタオルが乗せられていた。


「ふん、まだまだ青いな」


 顔を見るなり、それかと思ったが、サヤの尻尾と耳が心配そうに、しな垂れて居るのを見て微笑んでしまう。


「虐めるぞ」


 サヤの売り言葉に対抗して買い言葉を返すが、そんな余力が無い事もサヤにはお見通しだろう。

俺は、その心地よさのまま意識が落ちて行く。ルナ、後は頼んだ。




 翌日は、昨夜の事など無かったかの様に、普通に出発となった。

どっと疲労感が押し寄せる俺とは違い、風呂に入ったせいか女性陣は、元気溌剌と言った感じだ。


「今日中には、神殿に着けるかな?」

「多分な」


 旅も終盤、いや最初の関門と言った方が良いか。そこに近付いて居る為、梓も緊張してきている様子だ。

流石に俺も魔界領から先、魔界を旅した事は無い。そもそも一般人では、魔界領ですら入る事は出来ない。


 ここで皆気付くべきだろう。魔族がその気になれば、中央聖神殿の結界を破れないはずは無いのではないかと。

だが現実は、この中央聖神殿の結界により、そこから魔族が侵攻してくる事は出来ないとされている。

しかし、ラビアンの様に自由に出入りしている者が居り、それをエルフの街などは認めている。中央聖神殿が知らない筈は無い。

そして俺達は、聖神殿と言う名に似付かわしく無い、神殿のシンボルで有る、黒く禍々しい塔を目指していた。


「あれが中央聖神殿?」

「そのシンボルである、聖なる塔だ」


「名前の割に禍々しいわね」

「同感だ」


 聖なる塔の下に着いた俺達は、その禍々しい塔を見上げる。

大凡、どうやって建たんだと言う程の高さが有る塔は、魔族領の入口を囲む様に建てられている、これまた高い監獄の塀の様な物の中に有る。


 俺達が神殿の入口に到着しようとする頃、神殿の入口には、ターニアが着ていたのとは又違う趣の神官服に身を包んだ人間が待って居た。

ターニアがどこぞのシスターの様に黒っぽい神官服だったのに対し、こちらは白い神官服だ。まるで自分達のドス黒さを覆い隠す様に。


「ようこそいらっしゃいました。ミラ=クル=フロウ王女様。私は、案内を務めさせて頂きます。ウィルスクと申します」

「有難う御座います。ウィルスク神官殿。私の事はミラで結構ですよ」


「畏まりました、ミラ王女様。それでは、勇者の方々もどうぞ、こちらへ。護衛兵の方々は、申し訳有りませんが、こちらでご待機願えますか。流石にこの人数をお泊めする施設が、ここには御座いませんので」

「では、ここに野営をしても構いませんか?」


「はい、それは勿論構いません。水など必要な物が御座いましたら、遠慮せずお声掛け下さい」

「有難う御座います」


 ミラが目配せをすると護衛兵達は、そこに野営準備を行う。俺達は、ウィルスクと言うイケメン神官の後に続いて神殿の中へ入って行く。

ウィルスクに案内された俺達は、神殿の中に入ったはずが一つ扉を潜ると表に出る事に成った。

目の前には、外から見た聖なる塔が聳え立っており、後ろを振り返ると神殿と呼ばれる建物の小ささが解る。


「ここは?」

「あそこに見えますのが、聖なる塔による結界により、封鎖されている魔族領への入口となります」


 ウィルスクの指差した方向には、青い光に包まれた、ドラゴンでも通れそうな巨大な扉が有った。

物々しいその扉を聖なる塔から出ている青い光が包み、何者にも触れる事が出来ない堅牢な結界が感じ取られる。


「それでは、中に入りましょう。神殿長の所へご案内致します」


 肩まで有る金髪を翻し、ウィルスクは再び神殿の中へと進む。それに姫さん、サヤ、梓と続き、俺達もその後を追う。

狭い通路を少し進んだ処に有る扉を、ウィルスクがノックすると中から返事が返って来た。


「入れ」


 この声には既視感が有る。まるで、ボンゾワールの屋敷でボンゾワールの部屋に入った時の様な、そんな感じを受けた。

中に入ると、ボンゾワール程では無いが、太った白い神官服に紫の袈裟懸けと赤いローブを纏った男が居た。

ボンゾワールとは違い、自らの執務机の椅子から立ち上がって前に出て来る。


「私が、神官長のバグアルです。どうぞお掛け下さい」


 バグアルと名乗ったその男は、自らもソファーに腰掛け向かいのソファーに着席を勧める。しかし、そのソファーは3人座れれば良い方だろう。

案の定、姫さんと梓が座り、俺達はソファーの後ろに立ったままの形と成った。


「シノ様?こちらに」

「俺?」


 止めてくれよと思ったが姫さんが目で頷き、梓がさっさとしろと目で訴える。ここで醜態を晒す訳にも行かないので、おれは空いて居る姫さんの隣に腰掛けた。

部屋の内装は煌びやかでは無いが、其々が高価な物だと解る物ばかりだ。


「さて、こちらにお越しになると言う連絡は受け取っておりましたが、ご用件は如何様な物なのでしょうか?」

「魔族領への入領許可を頂きたく参上致しました」


 表情は変わらないが、明らかに見下した感じがする嫌な視線だ。姫さんを舐め、梓を舐め、俺を一瞥すると、後ろの者達を舐め回す様に見て居る。


「いやいや、これ程見目麗しい女性ばかりで、魔族領に入って、何を成されるおつもりですかな?」

「まず、魔族の方とお話をしたいと考えております」


「話、ですか。聞けば多数の護衛兵を引き連れておいでとか。流石にそれ程の戦力を通す訳には参りません。魔族を刺激してしまいますからな。差し支えなければ、その話の内容を教えて頂けますか?」

「魔族と魔物の関係に付いて、お聞きしたいと考えております。その上で我が大陸から魔物を排除する方法について、考察したいと考えております」


 此奴は、ボンゾワール以上の危険人物だと俺の勘は告げている。この大陸の中央とは言え、誰も寄り付かない辺境の神殿長が一体何者なのか。

少なくとも俺は、魔族領の某かとのコネクションが有る者だと思って居る。姫さんの言葉にバグアルは、眼を瞑り思考している様子だ。


「魔族領に何か伝手がお有りで?」

「いえ、それを作るのも目的の一つです」


「話は解りました。今日はもう、陽も暮れます。回答は、明日でも構いませんかな?」

「はい、問題有りません」


「こちらには、皆様をお泊りさせれる施設が、有りませんが、大丈夫ですかな?」

「はい、兵達が、外に野営準備を行っておりますので、問題ありません」


「では、明日、お待ちしております」

「畏まりました。色よいご回答を期待しておりますわ」


 そう言って立ち上がった姫さんに続き、梓と俺も立ち上がる。どうも胡散臭い為、緊張は解けない。

それは、サヤも同じ様子だ。姫さんが扉を出るまで、バグアルの方を見て居る。サヤは、バグアルから眼を離さず最後に部屋を出ると扉を締めた。

扉の外で待っていたウィルスクに案内され、俺達は、最初入った扉まで連れて行かれる。


「それでは、また明日」

「お待ち申し上げて居ります」


 野営準備をしている護衛兵の元へ辿り着いた俺達だが、緊張は解けなかった。


「何か、とても危険な気がします。風の精霊様も気を抜いては行けないと仰っておられます」

「私も始めてお逢い致しましたが、とても聖職者とは思えない雰囲気の方でしたね」


 ターニアと姫さんの印象は、間違っていないのだろう。だが、ここは聖なる塔の結界の為か、非常に精霊の力が制限されているらしい。

シルフィが、盛んに気持ち悪い場所だと警告している。これは、久しぶりに不寝番を行った方が良いかも知れない。

それにバグアルも不気味だが、あのウィルスクにしても只の神官とは思えない。


「ミラ、俺は今から寝る。皆が寝る時に起こしてくれ」

「それは、どう言う事でしょうか?」


「今晩は、気が抜けないと言う事だな?」

「ああ」


 俺の言葉にサヤが、同じ考えであることを確認する。


「じゃぁ、私も今から寝よぅっと」

「私も」


 おい、梓とベル。いや、それはそれで頼もしいのだが、断る理由も無いか。


「畏まりました。起きたら食事が取れる様に準備させておきます」

「助かる」


 そして俺と梓とベルは、天幕のベッドへと潜り込んだ。流石に夜に起き出すつもりのため、二人共下着姿に成る事もなく眠りに付く。

って、寝付き良過ぎだろ、二人共。溜息を吐いて、俺も何かあれば起こす様にシルフィに頼んで瞼を閉じた。

だが俺は2時間もしない内に、シルフィに起こされる事に成る。


「おい、梓起きろ」

「う~ん、後5分」


 前も言ってたな、これは朝の挨拶なのか?


「ベル」

「うん」


 ベルは、寝起きが良いな。寝付きも良かったけど。

俺は梓をベルに頼んで、天幕の外の様子を伺う。シルフィの言う通り眠りの香が炊かれた様子で、姫さん達は食事中に眠っている様だ。

精霊の力が制限されていて、俺の周りの空気を浄化する程度しか出来ないとシルフィは言っている。他の精霊達も俺の周りにしか出てこれないかも知れない。


「ルナ」

「なんだい?」


 何時も通りの、真っ黒なゴスロリ服で現れるルナ。本当に力が制限されているのか?


「力は大丈夫なのか?」

「馬鹿にしてもらっちゃ困る。ボクとレムは特別さ。因みに水姫もだけどここは水が無いし、今は夜だからボクの独壇場だね」


「それは、心強い」

「えへ。シノに頼りにして貰えると嬉しいよ。と言う事で、誰か来るよ」


 ルナは、そのまま影に潜る。何かあれば対処してくれると言う事だろう。

俺の周りには、頼りに成る奴が居る様だ。そしてもう一人、本当の化物が居た。


「な、何故動ける!」

「さぁな。何で態々敵に手の内を教えると思うんだ?」


 顔を布の様な物で覆った神官服の男が、姫さん達の数メートル先に近づいた処でサヤが動いた。

俺は、他の敵が居ないのか警戒する。


「他の者は、居ないのか?何故、こんな事をする」

「ふっ、私が戻らないと、全員死ぬ事になるぞ」


 サヤは、その男の顔を覆っている布を取り除く。


「貴男は、ウィルスクさんですね? 貴男の他にバグアルさん以外、人間の気配は感じません。何をするつもりですか?」

「ふっ、確かに人間は、私達二人だけだ」


 そうか、ターニアの周りにも風の精霊が居るため、あの周辺は大丈夫だったと言う事か。

そして、鼻の良いサヤの案か何かで、寝た振りをしていたのだな。姫さんもリンも起きている。


「シノ! 何が有ったの!」

「声がでかい、梓」


 隠れて居た意味が無くなってしまった。起きている者が全員こちらに眼を向ける。だからと言ってサヤが油断するはずもなく、ウィルスクが身動き出来る事も無い。


「あ、ご、ごめん」

「仕方無い、俺達も出るぞ」


 他に誰も居なかったから良かった様な物の、状況が状況なら絶体絶命になってしまっていた。それを梓も解ったのだろう。


「全く、驚愕物です。何故全員起きていられるのですか」

「それを答える気は無い」


「はぁ、解りました。これで、私に悪戯されれば、魔族領に入るのは無理だと諦めて頂く処だったのですが、今寝てないない人は全員報告させて頂きます」

「悪戯だと?」


 そう言うウィルスクは、赤い塗料と筆を出した。


「はい。他に武器等は持ってませんよ? 調べて頂いて構いません」

「そうさせて貰う」


 容赦無いサヤは、刀を収めるとペタペタと身体を触った。武器を持たずとも人は殺せるのだがな。

だが、最初から殺す気であれば、もっと毒性の高い物を放っても良かった。人数が多いから、姫さん達だけ殺そうとしたのかも知れないが。


「この様な遣り方は、一歩間違えば貴男が死んでいましたよ。試したいなら遣り方を変える事を進言しますわ」

「私もその様に伝えます。流石に死んだかと思いましたからね。あ、この香を炊けば、皆さん目が覚めると思いますので」」


 姫さんの言葉に差し出されたそれを受け取ったサヤは、リンにそれを放り投げる。姫さんは、その場でその香を炊き始めた。

その状況を見て慌てる事が無かったウィルスク。香の効き目は本当の様だ。護衛兵達が、なんだなんだと起き上がってくる。


「取り敢えずは、貴男の言葉を信じましょう」

「有難う御座います」


 姫さんの言葉に、踵を返して戻っていくウィルスクを、俺達は胡散臭い物を見る目で見送った。


「どう思いますか?」

「限りなく黒に近いグレーね」


 姫さんの質問に、不可思議な言葉で答えたのは、当然梓だ。


「梓、解りやすく言ってくれ」

「黒と思われるけど、確証が無いから灰色ってことよ」


「流石、梓様、とても詩的な表現ですね」

「溢れる知性を感じます」


 いや、姫さんとターニア、表現はどうでも良いんだよ。意味が解かれば。


「じゃぁ、白と思われるけど、確証が無い時は、限りなく白に近いグレー?」

「ベルちゃん。残念だけど、そんな表現は使わないわね」


 ベルも冗談だったのだろう。梓に頭を撫でられて、えへへと言う感じだ。


「取り敢えず、俺達も何か食べるか」

「そうね」


 そして食事をして、俺達は一応夜通し起きていた。起きている事が解る様に火も絶やさない様にしたが、その夜に襲撃は無かった。




 翌日、俺達が朝食を取って居る処に、ウィルスクは現れた。


「昨夜は、大変失礼致しました。準備が出来ましたら神殿長は、何時でもお逢いになられるそうです」

「そう、解りました。有難う御座います」


 昨夜の事が気に入らない姫さんは、そっけない態度でウィルスクに返す。

それに気を悪くした風も無く、ウィルスクは神殿へと戻って行った。


「全く気に入りませんわ。これで魔族領に入れないとか言ったら、殺してでも入ってやりましょう」

「流石にそれは、問題になるかと」


 ターニアの言葉に、姫さんはニヤリと笑いを返す。この姫さん、また何かを考えている様子で不気味だ。

俺と梓は、顔を見合わせて、肩を竦み合わせた。


「では、魔族領に入るのは、今来られて居る7人と言う事で宜しいでしょうか?」

「それは、パーティと言う事ですね? 装備品は問題有りませんね?」


「そうなりますな」

「そうですか、あの兵達と侍女達は、私の装備品と言う扱いですので、それでは全員と言う事で了承致しました」


「なっ、王女様、それは余りにも乱暴な詭弁ですぞ」

「お黙りなさい。昨夜の所業の謝罪もせず、何を言っているのですか? 私を襲ったとして、お二人共討伐して差し上げてから、通っても宜しいのですよ?」


 あぁあ、姫さんよっぽど頭に来てたんだな。サヤも姫さんの言葉を肯定する様に、刀のつばに指を掛けて押し出してるし。

もう既に二人共、阿吽の呼吸って奴だな。


「ふっ、そんな脅しに屈する訳には、参りませんなっ!」


 バグアルが言葉を言い終えるか終わらないかと言う時に、サヤが動きバグアルの紫の袈裟懸けがハラリと落ちる。


「謝罪が無いのであれば、昨夜の行為は敵対行為であったと看做し、次は首を落とす」


 その動きは、俺でも目で追えないのだから、常人にはサヤは動いた様に見えていないかも知れない。

シャリンと音がしてサヤの刀の鋒は、バグアルの醜悪な鼻の前数ミリと言う処に有った。


「わ、解った。昨夜は申し訳有りませんでした。しかし、全員をお通しする訳には参りません」

「そうですか。解りました。では、申し訳有りませんが、兵達が暫し今の処で滞在する事をご了承下さい」


 承認を受けるのではなく、有無を言わせない承諾の確認だ。


「そ、それは構いませんぞ」

「有難う御座います。それでは、参りましょうか」


「いえ、あれは解除するのに時間が掛かるのです。昼過ぎに再度来て貰える、ますか?」

「解りました。用意が出来たら、使いを寄越して下さい」


 サヤが、また鍔に手を掛けると、バグアルは言葉を言い直す。

姫さんは立ち上がると、昨日とは違い挨拶する事なくその場を立ち去る。俺やサヤは昨日と同じく警戒しながらその部屋を後にした。


「でも、困りましたわ」

「何が?」


「侍女達を連れて行けないとなると、魔族領に入ってから、もし野営にでもなったり、食べる物が無かったらどうしようかと」

「取り敢えず入って見て、状況を見てから考えれば良いんじゃない?1日で戻って来れない様なら出直すとか」


 姫さん心配する処は、そこなんだ。確かに俺も今の野営に慣れているし、俺達だけしか行かないなら馬を使っても野営道具をどうするか。


「それよりミラは、どうやって行く? 馬車で行くのか?」

「どう致しましょう?」


「まずは、私達の馬の後ろに乗って入るので良いんじゃない?」

「そうですね。取り敢えず、そうするしか有りませんね」


 梓の案に姫さんも一応了承したが、俺は、サヤと姫さんを離す事に不安を感じ提案する。


「馬を一頭増やして、サヤと一緒に乗る形か?」

「馬車の馬には、鞍が付いて居ないのですよ」


「私がシノの後ろに乗る」

「それで、サヤがミラを乗せれば、良いか」


 ベルの言葉に俺は名案だと思ったのだが、女性陣の反応が鈍い。


「くじにしよう」

「何を?」


「誰がどの馬に乗るかだよ」

「何の為に?」


「公平にだよ」

「意味が解らん」


 梓の提案に俺の言葉は無視され、女性陣全員でくじ引きが始まった。5頭の馬に番号を付け、1~5まで書いたくじを2本ずつ作る。

くじは発案者の梓が造った。10本のくじを7人が引く事になる。


「下手をすると、1頭余る事にならないか?」

「その時は、1頭置いていけば良いでしょ? 二人になった誰かが、その1頭を使っても良いし」


 まぁ良いかと、俺達はくじを引く。なんでそんなに真剣なのか解らないが、俺は3番と言う微妙な番号を引いた。


「くっ5番か」

「2番です」

「1番だ」

「3番」

「1番ですね」


 リン、ターニア、サヤ、ベル、姫さんの順に引き、結局、最後の梓は4番と言う事で、当初、ベルが言った通りの采配となった。


「これが天の采配と言う物なのでしょうか?」

「無欲の勝利って奴ね」


 姫さんと梓が何を言っているのか解らない。そもそも、このくじで勝利って誰なんだ?

無欲だから、俺か? 梓はベルと一緒に乗りたかったって事か?


「梓、ベルを乗せたかったのか?」

「それは、ベルちゃんに怒られるわよ」


 ますます以て解らない。兎にも角にも俺達は当面、馬だけで行く事になり、昼飯を食い終わった頃にウィルスクが迎えに遣って来た。


「それでは、参りましょう。馬で行かれるのですね。こちらからお入り下さい」


 俺達は神殿の横にある、馬車が通れるくらいの門を通され、中に進んで行った。


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