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第十話 俺要らなくね?

 はっきり言って、強烈な戦力増加だ。サヤは俺なんて足元にも及ばない剣士だし、それこそ一騎当千を地で行く戦闘能力だ。

大概の魔法は剣勢で無効化してしまうし、その動きは常人どころか俺ですら目で追うのは至難の技だ。


 例に寄ってリンが立ち会えと言って来たのだが、リンは一歩も動けずにサヤに刀の刃を首筋に当てられて終了と相成った。

リンは竜騎士としての本領を発揮せずに終わったが、サヤとて狼人族の本領を発揮してはいない。


 今のサヤは、俺が知っている昔の様に、ホットパンツに臍が出るくらいのタンクトップのシャツと言う軽装だ。

フサフサと尻尾が触り心地が良さそうで、ついつい危険な事を考えてしまう。

違うのは、右手の甲から出て、右の太腿まで繋がっている、歪な炎の模様の様な奴隷紋。

ベルは、自分とお揃いの銀髪に紅眼が嬉しいらしく、かなり懐いてしまった。ちょっと寂しい。

サヤの紅眼は、力を使う時には金眼になるのだがそれは、どうでも良い事だ。


「まさか、シノの奴隷になるとはな」

「あ、その事だけど、奴隷紋の解呪しようと思っているんだけど」


「有難い申し出だが、それは今暫く保留としてくれ」

「何故か聞いても良いか?」


「ふん、今はお前の奴隷だ。好きに命令しろ」

「嫌なら良いけど、教えてくれないか?」


「今は、この奴隷紋が唯一我々の一族が受けた辱めの証拠だからだ。それに、お前の奴隷である事は、それ程嫌では無い」

「証拠か、復興を考えていると思って良いのか?」


 珍しく素の顔を赤くしているサヤ。パタパタと忙しなく動いている耳と尻尾は、かなり恥ずかし事を言ったと言う事だろう。

頷くサヤに、俺はそれ以上聞く事を止めた。


 確かに奴隷紋が有る主と奴隷は、繋がっている。何処に居るかも大体把握出来るし、身体の状態も大まかだが理解出来る。

奴隷側がどの様に感じているのかは知らないが、奴隷として扱うつもりなど微塵も無い俺としては、それはメリットでも有る。


「因みに、サヤは、俺の事をどう言う風に感じているんだ?」

「それは、奴隷紋の影響でと言う意味だな?」


「ああ、その意味で合ってる」

「ふぅ………」


 無表情だが、憂いを含んだ溜息を吐くサヤ。耳がピコピコ動いている。思案中と言う事か。


「どうした?」

「隠していても、命令されれば答えなければならないし、何れ解る事だから正直に言っておこう」


「あ、ああ、頼む」

「主の希望する事は、粗解る。そして、主の伝えたいと思う意思は、伝わる」


「希望する事?」

「私に対して何をしたいとか、どう言う反応を望んでいるかだ」


 耳をペタンと倒し、何時もは少し上に持ち上がっている尻尾もペタンと下に垂れている。これは、かなり恥ずかしい時の癖だ。

しかし、そう言われると考えてしまう。いや、妄想してしまうと言う物だ。


「あ、あまり恥ずかしい事を考え無いでくれ」

「わ、解った。努力する」


 俺まで顔が真っ赤になってしまう。これは、あれだろう。性奴として主に従順に、主の望みを速やかに叶えるためと言う事だと思われる。

しかし、考えるだけで伝わってしまうと言うのは、これはこれで、こちらが恥ずかしいと言う物だ。

ん? 伝えたい意思は伝わる? これは、考えように寄っては便利かも知れない。


「あ、後、その、色々な欲求も、主の思いのままなのだ」

「欲求?」


「食欲とか、性欲とか、排泄欲なんかもだ。知っているかと思うが、苦痛や快感もだ」

「わ、解った。そんな物は、自由にしてくれ」


 どこまでも外道な術式だ。奴隷商は、言わば奴隷紋のプロだ。イメージを伝え、欲求を高ぶらせる。そんな精神的責め苦を受けて居たのだろう。


「し、心配は、要らないからな。俺は、お前の何も縛らない」

「ふふ、別に良いのだぞ?主・さ・ま」


 な・な・な・何を言い出すんだ。そうか、きっと恥ずかしいから照れ隠しだな。そうだ、そうに違いない。

俺は酷く狼狽して、顔を真っ赤にしていたのだろう。それを無表情に見下ろすサヤだが、その耳と尻尾は、悪戯が成功した時の様に満足気に揺れていた。


「あぁ~っ駄目なんだからねっシノッ! 奴隷で有る事を良い事に、あんな事やこんな事しようとしたらっ!」

「なんだよ、あんな事やこんな事って」


「そ、そんな事、乙女の口から言える訳ないでしょっ! それよりサヤってシノの昔を知ってるんだよね? 教えて教えて」

「おい、サヤ、変な事喋ったらお仕置きだからな」


 顔を真っ赤にして梓は、何を言いたいのやら。いや、言いたい事は解ってるが、思い描かせるな。考えるだけで危険なんだ。


「つまり、お仕置き覚悟なら言っても構わないと言うことだな」

「大丈夫、お仕置きなんて私がさせないからっ!」


 おいおい、なんだよこの羞恥プレイ。ニヤリと笑うサヤは、昔通りのサヤだ。奴隷に虐められる俺って何なんだよ。

普段、無表情な癖に、このニヤリ笑いだけは、結構な頻度で発生する。多くの冒険者が恐れた氷の微笑みだ。


「あぁ~でも、この尻尾気持ち良いよぉ~」


 くっ、梓め。俺が遣りたくても出来ない事を、簡単に遣りやがって。

昔は、尻尾は敏感なため、他人に触らせなかったのだが、奴隷紋のお陰か、梓が触っても何も感じないらしく、平気で触らせている。

とは言え、俺が触ろうとすると、パタッと避けるんだけどね。

今に見てろ、あの耳もあの尻尾も思いっきりモフモフしてやる。と俺は固く心に誓うのだった。


 しかし、サヤはすっかり皆のアイドルだ。

武人武人しているサヤは、リンとも話が合うらしいし、ベルや梓が懐いているのも勿論だが、姫さんもターニアもその名前は聞き及んでいたらしく、下に置かない接し方だ。

姫さんに至っては、「例え奴隷と言えど、シノ様の奴隷であれば、私が敬うのは当然と言う物です」って、あんたが買ったんだって言うのに訳の解らない事言うし。


 昨夜も、しっかりと梓の策略で皆で一緒に風呂に入れられて、俺は拒否していたのだが、梓に脅されてサヤにも一緒に入る様に言ってしまったのだ。

しかも、梓の奴が他の部屋からベッドをもう一つ持ち込み、ベッドを3つ繋げてしまいやがり、何時もの如く全員が同じ部屋で寝ると言われて、サヤに呆れられてしまった。

皆が下着姿でベッドに入った時のサヤの眼は、俺を殺せるんじゃないかと本気で思った。

あの時程、サヤの能面が怖いと思ったのは、久しぶりだ。しかも耳も尻尾も不機嫌ですと露わにしている。


 何と言うか周りから見れば、羨ましいハーレムなのだろうが、俺としては蛇の生殺し状態の地獄の様な物だ。

俺の行動を留めて居るのは、唯一の癒しであるベルの存在なのだが、なんか俺達と一緒に旅を始めて、梓に引き摺られて一杯食べるからか、最近ふっくらしてきて危険が危ない。

どんだけ粗末に扱われていたんだと思うと、また、あのグランサールの爺さんに対する怒りが込み上がって来る。

兎にも角にもサヤは、たった一晩で俺達の中に溶け込んだのだが、これも梓の力なのだろう。




 俺達は、ここ2日程は宿から出ない様にしている。姫さんの護衛兵でも解るぐらいの、稚拙な張り込みが行われている為だ。

それに先駆け、姫さんから命を受けた国の間者が、奴隷商の人間を捕まえ、締め上げているらしい。

既に、奴隷密売の証拠を抑えて居るらしいが、サヤについては正規のルートで奴隷商に渡っていたと言う事だ。

勿論、そこにボンゾワールの介入が有った事は、その証拠まで揃えているらしい。

だが、それでボンゾワールをこの国の法で取り締まる事は出来ない。隣国で行われた事だからだ。


 サヤの実家である、黒薔薇家の反乱に対する真相については、ボンゾワール自身を締め上げるしか無さそうだ。

だが、そこまで遣るのは、ボンゾワールの貴族としての位が高いため、流石にそこは慎重に行っている。


「ほいじゃ、表に出てみよう」

「梓、状況解ってるのか?」


 状況が進展しないからか、宿に閉じ篭っている事に飽きたからか、梓が提案した。


「解ってるよ? つまり、私達が表に出て襲って来たら、それは反逆者として好きに出来るって事だよね?」

「好きに出来るって」


「確かにその通りですわ。流石梓様です」

「姫さん、それ、自分を囮にするって事だぞ?」


「心配要りません。皆様も居りますし、何よりサヤ様も居ります」

「奴隷に、様付けは要らん」


 突っ込む処は、そこかよサヤ。しかし、姫さんの言う事も一理有る。サヤの隣は世界中で一番安全と言っても過言では無い。


「殺したら意味ないんだぞ?」

「其れぐらい解ってるわよ」


 やる気になってる女性陣に押されて、俺達は街へ出る事になった。先頭をサヤと姫さんと梓が歩き、その少し後ろをリンとターニア、その後ろを俺とベルが歩いている。

ここで俺が注意すべきは、ベルに被害が行かない事だろう。ターニアも風の精霊が付いているし、梓に近づけば雷が落ちると思って良い。

俺は、久しぶりに自分で護る者の多さに緊張していた。梓の能天気さが羨ましい。豪胆さで言えばやはり女性の方が腹が座っていると感じる。

囮と言う事を感じさせず、キャッキャウフフと前の3人は、楽しそうに話ながら歩いていた。


 結果的に最大の被害者は、頭の悪い軟派共だったと思われる。梓達に声を掛けようとして近寄った途端、護衛兵に捕縛されて行く。

護衛兵でも解る稚拙な張り込みだっただけあって、そいつらの襲撃も稚拙過ぎた為、姫さんの護衛兵で事足りてしまった。


 流石に急遽表に出た俺達を暗殺しようとする人物は見当たらなかった。これは、やはり暗殺を目的としている襲撃者への情報は、連絡係り経由と考えた方が良さそうだ。

護衛兵経由なら、今日の外出でも、何組かの襲撃が有ったはずだ。しかし、こちらについては、俺の見当外れだった。

サヤがこちらに付いた事を知った襲撃者が、無理だと引き上げたり、今の報奨じゃ無理だと持ち帰った為だったと知ったのは、襲撃者の真相を知る後となってしまった。


「案ずるより産むが易しってね」

「梓の格言か?」


「諺よ」

「上手く行ったから良かったけど、結構危ない賭けだったと思うぞ?」


「だって、ずっと宿に篭もりっきりじゃ、息が詰まっちゃうもん」

「まだ、解決した訳じゃないんだから、緊張は解くなよ?」


「解ってるわよ」

「シノも大人になって、慎重になったものだ」


 いや、そこで落とさないでよサヤ。そっぽを向いているが、耳と尻尾は、ご機嫌な様子だから、俺も良しとする事にする。

夕方まで歩いて、誰も襲って来なくなった時点で引き上げる事にした。夜になると、人も増えて来るし、周りも見え辛くなる為だ。




 滞りなく夕食を食べた後、俺達は、姫さんからの報告を聞いている。

何となく、撒き散らすだけ巻き散らかして、後の掃除がどうなったか聞いている様な、居心地の悪い感じを受けているのは俺だけだろうか?


「捕まえた人数は、138人、内、襲撃者と疑いを持てる者は、13人と言うこです」

「1割ね、成功と言って良いんじゃないかしら」


「いや、良いのか?125人もの無実の人間を捕縛したんだぞ?」

「そうでも有りません。残りの疑いが晴れた要因は、単なる痴漢であったりスリであったり、他の犯罪者で有ったからです。中には女の子を誘って拉致して売り払うと言う、悪質な輩も居たそうで、これはこれで僥倖でした」


「怖い事ですね。声を掛けて来た人達の全員が何かしらの犯罪者、いえ近寄って来た全員でしょうか?」

「ふん、男とはそう言う者だ」


 いや、ターニアが怖がるのは解るけど、リンのそれは極論過ぎるぞ。


「そもそも怪しい者しか捕まえて居りませんので、近寄って来た全員と言うのは乱暴かと」

「そ、そうですね。済みませんでした」


 やはり、この姫さんは、豪胆と言うか底が知れない。ターニアは聖域で殆ど異性と言う者に接触していなかったらしいから仕方無いか。


「で、その13人は?」

「拷問中です」


 しれっと、ニコリとして言い切りましたよ。怖いよ姫さん。と言うか残りの125人も、拷問紛いの取り調べだったんだろうな。

姫さんの護衛兵は、短時間に1割まで絞ったと考えれば優秀なのだが、その手段は強引だったと言う事だ。

その時、タイミング良く扉がノックされる。姫さんが応えると、入ってきたのは侍女の一人だった。


「証言が取れました。参りましょう」

「どこへ?」


「ボンゾワールを捕らえにです」

「俺達が行って大丈夫なのか?」


 地元の自警団か何かに頼まなくて良いのかと言う意味だ。だが、俺が考える様な事は、既に姫さんは手を打っている。

しかし、あの侍女も取り調べに係わっていたのだろうか。よくよく考えれば、侍女と言えど、戦闘能力皆無の者を連れて来るはずも無い。

少し侍女達の評価も変える必要が有りそうだ。俺の中では、侍女さん達も怖いと言う一文が追加された。


「愚かな貴族で助かりました。後続の憂いを残す訳には参りません。サヤさんの為にも逃がす訳には行かないのです」

「済まぬ」


 姫さん、それを言うなら後顧の憂いだ。と思ったが、俺は、黙っていて遣る事にした。俺は空気が読める男なのだ。

そして、俺達はボンゾワールが宿泊している、別荘と言う場所に向かった。


 護衛兵達に周りを囲まれての行軍の為、一般人は簡単に近寄れない。暗殺の為に近寄って来ても、護衛兵に一旦は速度を落とされる。

遠くからの範囲魔法の一撃は、例によって俺が警戒しているし、ターニアも風の精霊で警戒しているため、おいそれとは襲撃出来ない。

誰からの襲撃も受けず、俺達は、ボンゾワールの別荘に到着した。


「何者だ」

「フロン王国の第二王女、ミラ=クル=フロウです。私を襲った賊が、ボンゾワール殿から依頼を受けたと自供致しましたので、その確認に参りました」


 別荘の門にも門番が居た。こちらは、フロン王国の人間では無い様だ。きっとボンゾワールの国の傭兵かなんかなのだろう。


「その様な証拠も何も無い証言の為に、ここを通す訳には行かん」

「私達は、勇者様のパーティでも有ります。その要請を断ると言う意味を、貴男はご存知ですか?」


「何? どう言う意味だ」

「私達への非協力的な態度は、この国に於いて、対勢力である魔族に加担し、我が国への謀反と認識されます」


 そんな意味が有ったのか? いや、この姫さんの事だから、ハッタリと言う事も考えられる。


「ちょ、ちょっと待て、確認する」

「その無礼な言葉使いは、今は不問に致します。さっさと確認しないと、実力行使に出ますよ?」


 やっぱ怖いわ、この姫さん。門番も慌てて中に入って行くし、姫さんは姫さんで、逃げ道を封鎖する事を護衛兵に命じているし。

さて、例の技を使ってやるか。俺はシルフィに、あの街と同じ事を頼んだ。


『何?王女だと?追い返せ。』

『それが、勇者のパーティに非協力的な態度を取ると、この国に対する謀反と認識すると。』


「これは、風の精霊様ですか?」

「そうみたいだな。悪戯好きで困るな」


 ターニアは、逸早く精霊の仕業と認識する。それを声に出してくれる事で、エルフが精霊の仕業だと言った為に、皆がそれを信用する。

それは、残った門番も例外では無い。


『そう言えば確かに、その様な通達が来ておったな。仕方あるまい通せ。』

『はっ、畏まりました。』


 姫さんの言った事は、ハッタリでは無かった様だ。


『くっくっく。サヤが来ているなら都合が良い。王女も奴隷紋を刻んでやれば、この国でも思いのままだ。ガッハッハッハッハ。』


 いや、それどんだけ外道なのよ。門番も引いてるぞ。

暫くして、ボンゾワールの言葉を伝えに来た門番と、ここに居た門番が何かを話している。

会話が筒抜けで有った事を話して、どうすべきか悩んでいると言う処だろう。


「ボ、ボンゾワール様が、お通ししろと言う事だ」

「そう、では失礼致しますわ」


 門番も、本当に行くのか? と言う顔をしている。流石にここにいる全員が外道では無い様子だ。

その中の一人が姫さんの前に出て来て跪く。


「ひ、姫様!」

「何かしら?」


「我々は、投降致します。我々は、主があの様な人間だったとは、知らされて居りませんでした」

「そう、アンソワーズ居ますか?」


「はい、ここに」

「彼等を丁重に扱ってあげて下さいな」


 姫さんの呼び出しに応えたのは、護衛兵の中でも若手だが、リーダ格の様な風体の男だ。こんな奴居たかな? 少なくとも一緒に風呂には入ってない。


「はっ、畏まりました」

「では、参りましょう」


 屋敷の入口の扉では、執事や侍女達も戸惑っている様子だ。


「貴方達も今すぐ投降するなら、刑を追求しないと約束致しますわよ? 皆様にもそうお伝え下さい。あ、誰か一人は、私達を案内して下さいね」


 その言葉を聞いて、執事は控える侍女に耳打ちする。耳打ちされた侍女は、屋敷の中へと小走りで入っていった。

急いでいても大股で走らない辺りは、よく教育されていると、変な処で感心する。


「私が、ご案内させて頂きます」


 見るからに執事長と言う感じの、髭を蓄えた気品ある燕尾服の紳士が、俺達を案内してくれる。

ゾロゾロと燕尾服に続き、広いエントランスから二階に上がり、趣味の悪い扉の前で立ち止まった。


「旦那様、フロン王国の王女様と勇者様御一行をお連れ致しました」

「入れ」


 数回のノックの後、燕尾服の執事長が声を掛けると、中から承諾の声が聞こえる。聞くに絶えない醜悪な声色だ。


「貴男も、ここまでで宜しいですよ」

「有難う御座います。その心優しいご配慮に感謝致します」


 執事長も扉を開け俺達を中へ入れると、自らは外から扉を締めた。きっと、そのまま投降するだろう。主共々の外道でなければ。

何事にも最悪の事態を想定しておく事は、大事だ。俺は執事長が、部屋の外に居る場合を想定しておく。


「これはこれは、王女様、今宵はどの様なご用件で?」


 ブクブクに太った醜悪な顔に、高そうな葉巻の煙を吐きながら、椅子から立ち上がろうともしないで、ボンゾワールは聞いて来た。

自らの名乗りさえ上げない、ふてぶてしい態度だ。


「私は、フロン王国の第二王女、ミラ=クル=フロウです。貴男は、モンペ=ソン=ボンゾワール三世殿でお間違い有りませんか?」

「如何にも、吾輩が、モンペ=ソン=ボンゾワール三世である」


 相変わらず、椅子から立ち上がろうともせず、葉巻の煙を吐き出している。

どうやら、こちらに煙を吹きかけたかった様だが、流石にこの距離でそれは無理だろう。

部屋も臭いので、俺はシルフィに部屋の空気を入れ替えて貰おうと頼んだが、臭い部屋の中に入るのは嫌だとか言われてしまった。

いや、聞こえているんだから、そこに居るんだろうが。


「私を襲った賊の一人が、モンペ=ソン=ボンゾワール三世殿からの依頼だったと自供しております。これは本当の事でしょうか?」

「根も葉もない話だ。きっと吾輩の名前を出せば、逃れらると思った浅はかな者であったのだろう」


「そうですか、では、その旨、我が国の審問官にお話下さい」

「な、何の証拠も無く、吾輩を拘束するつもりか!」


「はい、申し開きは、ちゃんと聞きますよ? 審問官が」

「ふん、そんな事は知らん。吾輩は、明日には国に帰るのだ。そんな理由で拘束したなら外交問題となる」


「はい、私もそんな事は存じ上げません。貴男の行為が既に外交問題と成っている事を知るべきでしょう」

「小娘が、話にならんな」


「醜悪なおじ様が、お話に成りませんわね。抵抗するならば、殺して差し上げます」

「なっ!」


 なんつう、傲慢対傲慢。姫さん、あの傲慢豚に一歩も引けを取って無いぞ。流石の梓も呆れている様子だ。


「もう良い。サヤ、そいつらを殺せ」

「何?」


 とち狂ったか? 何を言い出すんだ、このおっさんは。


「ふふふ、知らないだろうから教えてやる。サヤには、私の命令に従う様、奴隷紋には刻まれているのだ」

「馬鹿な」


 そんな事はルナから聞いて居ない。ルナがそんな物を見逃す筈が無い。まさかあの術者は、ルナよりも強い精霊を従えていたとでも言うのか?


「何をしておる、サヤ! さっさと其奴らを殺せ!」


 サヤが、スっと刀を抜く。おいおい、冗談じゃない。この状況は、流石に想定していなかった。俺だけでサヤを止められるか?

そう焦って居る俺の目の前から、サヤの姿が消えた。やばい、俺ではサヤの動きを追う事が出来ない。


「馬鹿か、お前は? 何を妄想していたのだ?」


 冷や汗を流して居た俺だが、サヤは、脂ぎったボンゾワールの後ろに立ち、その首に刀の刃を向けていた。

優越感に浸っていたボンソワールが、今度は脂汗を流し始める。


「な、何故だ」

「知らん、お前の言葉など、醜悪な音にしか聞こえん」


 姫さんが、パンパンと手を鳴らすと、後ろの扉が開いて護衛兵達が雪崩込んで来た。ボンゾワールも拘束されて行く。


「私を殺せと言った言葉は、ここに居る全員、並びに兵達も聞いて居ります。逃れられませんよ?」

「くっ、何故吾輩の言う事を聞かない。サヤ!」


「私の名を呼ぶな」


 うわっ、痛そう。サヤの蹴りが真面に股間に入ったよ。思わず俺も股間を抑えてしまう。

周りの護衛兵達も顔を青くしてるよ。あれは男にしか解らない痛みだね。


 ルナを超える精霊なんてそうそう居る筈が無いし、ましてやそれと契約出来る者などが、奴隷紋の術者などやっている訳も無い。

少し考えれば解る事だったが、流石に俺も動転していた。しかし、俺以外の皆は、微塵も疑って居なかった様だが何でだろう。


「寂しいぞ、主だけが疑って居たなんて」

「いや、ごめん。でも皆は、何で解ってたんだ?」


 と言うか、そんな考えまで伝わるのか? ま、まぁ、俺は疾しい事なんて考えないから問題ないけどな。


「う~ん、女の勘ね」

「はい?」


 梓、それ、理由に成ってないから。


「サヤ様が、シノ様を手に掛ける処なんて、想像出来ませんもの」

「サヤ殿が我らを裏切るはずも無い」


 姫さんも、リンも、女ってどんだけ自分の勘を信じてるの?


「お姉ちゃんだから」

「風の精霊様が、安心していて良いって仰られましたので」


 おいおい、ベルまでかよ。ターニア以外、明確な理由が無いじゃないか。それより、シルフィは俺には何も言って来なかったぞ?


「うふふ、ボクがそんな物、見逃す筈がないだろ?」

「そ、そうだよな。有難うルナ」


 こっそり耳打ちして来た俺の影に、俺は酷く脱力しながらお礼を言っておく。結局俺がルナ達を信頼仕切ってなかったって事かと、少し落ち込んだ。

シルフィから、解かれば良いと追い打ちされたのは、甘んじて受け取るしか無いのだろう。




 俺達は、今、祭りのフィナーレを見ようと、宿の屋上に出ていた。この宿は、例年そう言う人達の為に屋上を解放していると言う事だ。

ちゃっかり屋台まで出店していて、梓は、きっちりその罠に嵌ってさっきからあれやこれや食っちゃ飲みしている。


「ねぇねぇ、こんな処から見えるって、花火か何か?」

「花火と言うのがどの様な物なのか存じませんが、魔法使い達による、魔法造形です」


「魔法造形?」

「魔法で、色んな形を作って見せるのです。火の魔法が主体ですけど、風や水も使って独創的な造形を演出するのです」


「ほうほう、やっぱり花火みたいな物か」

「始まる」


 流石に魔法による催し物だけあって、ベルには、魔力の集まりが知覚出来た様だ。

ベルの言葉と共に、真っ暗な空に一陣の炎の固まりが登って行く。それが弾けたと思ったら、大きな鳳凰の形に炎が変わった。


「ほ~っ、流石に迫力あるねぇ」

「大した物だ」


 次々と打ち上げられ、花や幻獣等の形を模す炎の演出。攻撃を主体としていないが、それを成している術者は、かなりな高レベル術者であろう事が伺える。

立体感のあるそれは中々臨場感が有り、素晴らしい物だと見蕩れていたら、梓が、うんうん唸って何やら考え込んでいる。


「どうした?梓」

「う~ん、凄い事は解るんだけど、何と言うか、花が無いなぁって思って」


 花が無いってこいつは、一体どんだけの物を想像していたのだろう。いや、さっき花火とか言っていたから、それは、もっと派手な物なのかも知れない。

一際大きな3頭の龍を模した炎が消え、どうやらこれで終盤の様子だ。周りも拍手していて、終了の余韻を醸し出している。


「ねね、ベルちゃん、こう言うの出来ないかな?」

「解った、やってみる」


 おいおい、何考えているんだ? って思っていると、ベルが極大の魔力を集めて、皆が打ち上げて居た方向に、炎の固まりを飛ばした。


「え? それまずくない?」

「行っけぇ~っ!」


 そこへ目掛けて梓が、雷の魔法を打ち込む。おいおい大惨事になるぞ。

そう思っていたら、ベルの発した炎が弾け、パンと言う軽い感じで円状に広がる。後で聞いたら球状に広げたらしい。

そこに梓の雷が突っ込み、炎の色が、赤や青や緑や黄になり、それらの炎が柳の枝の様に放物線を描いて落ちていき、途中で消えて失くなった。

凄まじく綺麗だった。そして確かに花が有る。街が、静まりかえったかと思ったら、物凄い歓声が至る処から湧き上がった。


 後日、最後の奴は誰がやったのだと言う事になり、宿屋から梓達がやった事がバレて色々研究され再現された物は、勇者玉と言う名でその後ずっとこの祭りのフィナーレを飾る事になったと言う事だ。




 俺達が祭りを楽しんで居る間に、ボンゾワールは自供したらしい。

隣国である、ガンバック皇国では、実は、ミラを嫁がせろと第三皇子が煩かったらしいが、これで成を潜めたと言う事だ。

姫さん、自分の実情も入っていたんだね。強か過ぎる。


 黒薔薇家の反逆に付いても、ボンゾワールが捏造だと自供したのだが、既に刑を執行してしまった者が還って来る訳では無い。

黒薔薇家についての嫌疑は取り下げられ、お尋ね者の名簿から外されたと言う話だ。

皇国からは、慰謝料と言う形で、次期当主であったサヤに、莫大な金額が渡される事になったのだが、それは現主である俺の元へ来るらしい。


「いや、それはおかしいだろ? その金でサヤは自分を買い戻して、家を再興すれば良いんじゃないのか?」

「申し訳有りません。サヤ様の奴隷契約に付きましては、我が国で成立しておりまして、皇国で買い戻されると皇国の物となってしまいますし、我が国では奴隷の物は主の物ですので」


「どうする? サヤ」

「私は構わん。出来れば、逃げていた我が一族に、普通の生活が出来る程度に与えて貰えれば、嬉しい」


 いや、俺は奴隷紋を解呪出来るぞ? と言ったつもりなのだが。


「それに付いて黒薔薇家は、我が国で再興について全面的に援助する事を通達しております」

「有難い」


「いや、サヤ。お前の………」

「私の奴隷紋は、我が戒めのため消す気は無い」


 はい、そうですか。解りましたよ。


「じゃぁ、姫さん。その金は黒薔薇家の一族の為に使ってくれ。渡す時は、サヤからの物だと必ず付け加えて」

「畏まりました」


 全く、何を考えているのだか。サヤは満足そうに頷くと、姫さんの横に陣取る。二人で何か相談してるんじゃないだろうな。

この件により、フロン王国は、隣国であるガンバック皇国に、多大な貸しを作った事になったと言う事らしい。

自国の貴族、それもかなり高位な貴族が、王女殺害を仄めかしたのだ。それだけでも問題で有るのに、実際に手を掛けた事も公に成ってしまっている。

少なくともミラが存命の内に、ガンバック皇国がフロン王国へ、対等な政治的取引を行う事は不可能だろう。


「しかし、姫さん、豪胆だったよな」

「何の事でしょう?」


「あの傲慢豚に対して、一歩も引けを取らなかったじゃないか」

「おしっこ、ちびりそうでしたわ」


「姫さん、流石にそれは、姫さんとして言ってはいけないかと」

「シノ様?」


「な、何だ?」

「そろそろ、ミラとお呼び頂いても宜しいかと、私の努力も認めて頂けると嬉しいです」


「何だよ、それ」

「皆さん、お名前でお呼びされていますのに、私だけ、名前で呼んで下さりません」


「わ、解った。ミラ。これで良いか?」

「はい。シノ様」


 ニッコリとした微笑みで誤魔化された気がするが、何故か俺は、今後名前で呼ぶ事を決定付けられ、理不尽な物を感じていた。

しかし、何か俺の存在感が薄れてきている気がするのは、気のせいだろうか。


「あれ? 梓、あれ程海産物好きだったのに、今回は寿司とか言うの作らなくて良かったのか?」

「流石に、専門の料理人が居る処じゃ悪いかなって」


「いや、王宮にだって専属の料理人が居ただろ?」

「まぁ、シノの胃袋を落とすのは、面倒になったって事かな」


「え? お姉ちゃん、もうお菓子作らないの?」

「勿論、ベルちゃんの為に、美味しいのを作るわよ」


 なんだよ、その周りの女性陣のホッとした雰囲気は。俺が悪い見たいじゃないか。


「吃驚しました。また梓様の作ったお菓子を食べたいです」

「私もあれは、また食べたい」


「解ったわ。任せておいて」


 胸をポンと叩いて、馬を進ませる梓。それに続く俺達。サヤは姫さんと一緒に馬車に乗って居る。

そして俺達は、次の目的地へと旅立った。次は漸く中央聖神殿、魔族領への入口だ。


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