表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

第九話 カーニバルで猫耳ゲット、いや犬耳か

「おぉおぉおぉお、船だぁ~、港だぁ~、街だぁ~」


 相変わらず梓は、テンション高いな。小高い丘を登った処で見えたのは、入江に成っているかなり大きな街だった。

小高い丘が自然の城壁の様になっていて、その中には犇めく様に、民家や倉庫の様な大きな建物まで建ち並んでいる。

真ん中には一本の川が流れており、石を放り込んで造ったであろう港には、数多くの帆船や人力で漕ぐ船が停泊していた。


「活気が有る街みたいだな」

「やはり港街と言うのは、どこも活気が有り栄えておりますね」


「随分、護りが緩く見えるが、野盗共によく襲われない物だ」

「例えば、全員が冒険者の街を野盗が襲うと思うか?」


 こちら側は、魔界が有る内海で、波も穏やかであり海産物も豊富だ。それ故に海洋性の魔物も多いので、海の男達は冒険者並に屈強だ。

その屈強な男達を尻に敷く女達も侮れた者では無い。そんな両親に育てられた子供達も、幼い頃から戦う事を学んでいる。

野盗にしても計画的に数を揃えないと、おいそれと襲う事など出来ないのだ。

そして、この丘の上に有る見張り台。外からの奇襲は簡単に早期発見されるので、後は少しずつ潜伏してと言う手段しか取る事は出来ない。


「ふむ、労力の割に得る物は少ないと言う訳か」

「それよりも被害が膨れ上がるだろうさ」


 リンも、この街を襲うのは難しいと思えた様子だ。


「仮に上手く行っても、この丘を戦利品を持って登らないと逃げられないのは、かなり計画的にやらないと無理すですね」

「海からは、あの水門を閉められれば逃げ出せないのですね」


 ターニアの言葉に姫さんも同意している。


「ちょっと考えただけだと、簡単には行かないと諦めるわね」

「それを考えれない馬鹿は、簡単に迎撃されて、ここは危険だと知らしめる事になるのさ」


 俺と梓は、ゆっくりと馬を歩かせ街の門へと向かう。近くまで来れば、街の壁でさえ立派な城壁並だと思える。

厳い警備兵が門を護っている事から、更にここへの襲撃は難しい物だと思わせる物だった。


「王族の方ですか。明日からカーニバルと成りますので、宿は既に何処も一杯ですよ?」

「大丈夫ですわ。ちゃんと予約して有ります」


「そうですか、失礼致しました。今夜から前夜祭が始まります。我が街の年に一回の盛大な祭りです。存分に楽しんで行って下さい」

「有難う御座います。楽しませて頂きますわ」


 流石こう言う時は、斥候兵だか連絡係りだかが、先行して宿の手配まで済ましてくれている。

あの黒死病の街では、街から出る事が出来なくて連絡が付かなかったと言う事だろうな。

姫さんの対応で、俺達は何の問題もなく街に入る事が出来た。


 街の中は、明日から祭りと言う事も有ってか、何処も彼処も忙しそうに動き回る人で一杯だ。

俺達は、街の中でもかなり高級そうな宿へと辿り着く。いや、もう慣れましたよ。王宮に泊まったり、野営ですら下手な宿より豪華なんだ。

これくらいで、もう驚きませんとも。と思いながらも俺は、口を開けて見上げていた様だ。

梓に肩を叩かれ気が付くと、馬まで引いて行ってくれるらしい。俺達は馬から降り、姫さんの後に続いて宿に入って行った。


 姫さんに付いて宿に入ると、入口ですら頭を下げている侍女みたいな従業員が居る。侍女と間違わなかったのは、一緒に旅をしている侍女達の顔を覚えたからだ。

そりゃ男だもの一応チェックは、しちゃうよね? それで、うちの侍女の方がレベルが高いとか感じちゃう俺は俗物ですよ。

入口を入った処は、広いエントランス。まるで、王宮か貴族の屋敷の様に高い天上だ。奥にはカウンターが有り、何人かの受付がいる。

ギルドみたいだが、小綺麗さが違う。


「うわぁ、一流ホテルみたいだ。期待出来るね」


 また知らない単語だが、やはり梓は金持ちのお嬢様だったのだろう。王宮でもそうだったが、こんな高級そうな雰囲気に物怖じする事がない。

俺は、悪いが気押されて居る。なんか自分より遥かに高貴な存在、例えば龍神に有った時の様な緊張感だ。

力も何もかもが上に感じられ、それでも相手が攻撃してきたなら向かって行っただろうが、全てを包み込むような穏やかな空気は、今思い出しても萎縮してしまう。

通された部屋は、相も変わらずのスイートルームだ。しかも、安宿の見栄のスイートルームでは無い、ツインの寝室が3つも付いている本格的なスイートだった。


 窓から見下ろす眼下には、色取り取りの光が煌めいている。魔法や精霊による物から、本物の火を起こしている処も有る。


「すっごぉ~い、賑やかだねぇ。早く行こうよ」

「そうですね。目玉で有るパレードを見ない事には、勿体無いですから、参りましょう」


 俺達は部屋を確認したら、梓の要求により皆で街に繰り出す。

お金を使いそうな場合は、こうやって姫さんも付いてくる。その後ろにゾロゾロ付いて来る護衛が色んな意味で残念なのだが、最近はこれも慣れた。


「凄い、人混みだね。シノ、はぐれちゃ駄目だよ?」


 一番危ないのは、お前だ梓。と口には出さずに、梓の出した手を握ってやる。反対の手には、既にべルが確りと繋がっている。

こんな人混みで両手が塞がれるのは少し不安なのだが、いざとなれば蹴り飛ばせば良いかと思い直し、梓の好きにさせておいた。


「うぉ~!なんじゃあれは、サンバか?」


 三馬鹿? 人混みの中、今日の目玉で有るパレードが此方へやってくる。俺達も周りに習って道の端に避け、そのパレードを見る。

下着姿より際どい格好で、煌びやかな装飾品を纏った猫耳、兎耳、犬耳等の獣人が、彼女達特有の激しい腰使いで踊りながら進んで来る。

四足で腰を上げ、縦横無尽に素早く振られるその腰に合わせて、当然尻尾も激しく揺れ動き耳を所々アクセントに動く様は、獣人特有の踊りだ。


 後ろには大きな台車が馬に引かれ、その上ではまた派手で際どい格好をした女性達が、激しい太鼓の音に合わせリズミカルに腰をくねらせた踊りを披露している。

立って踊れば、当然激しい腰の動きに合わせて、激しく豊かな胸がプルンプルンと踊る。

ずっと踊り続けなのだろう。体中汗を吹き出しており、それがまたキラキラと輝き、妖艶だが健康的でなんとも活気がある。


「おぉ~、獣人の動きってのは、凄い! 凄すぎるっう!」


 お前は、どこの親父だ? 梓。何故眼をキラキラさせている? 人混みで背が低い為に、一生懸命背伸びをして見ようとしているベルを、俺は肩車してやる。


 さて、こう言う時にスリとか人拐いとかがお約束なのだが、痴漢なんてのも居るな。可愛そうに、梓に触った奴は、雷で麻痺させられている。

姫さんにはリンとターニアが付いているし、スリに付いてはシルフィに暫く仕事が出来ないくらいの深手を負わさせている。

別に正義面する気は無いが、あいつ等捕まえても騒ぎ立てるだけで面倒だからな。

強烈に危険な奴、例えば、あの塔の上から魔法で狙撃しようとしている様な輩は、ルナの餌食だ。どんだけ巻き込むつもりなんだか。


 しかし、俺達を亡き者にしても得られるメリットは少ないだろう。姫さんの王族継承のしがらみは知らないが、王子じゃないんだから、殺すより自分の息の掛かった者と結婚させる方が有益なはずだ。

であれば俺達がこれから行う事、行ってしまうであろう事、知ってしまうであろう事がまずい奴と言う線が一番濃厚だと俺は考えた。

考えたが、だからと言って打つ手も無い。何を行ってしまうのか、知ってしまうのかが解らないのだ。ならば行ってしまった時、知ってしまった時に考えるしかない。

今は只、降り掛かる火の粉を払うだけだ。


「うぉ~、あれはボンデージくぁ? マニアック~」

「いや、只の革装備だから。意味不明言語を余り大きな声で喚くな」


 インナー無しの革装備だけの姿を見て、梓は何を興奮しているのやらだ。あれぐらいギルドに行けば獣人の冒険者は、結構している格好だ。

獣人には、素肌で感じる気配とかが重要らしくて、結構露出が激しい装備をしているのが通常なのだが、梓が来てから組んだ事は無かったからな。。


「何て言うか、熱いよねぇ~」

「解ったから、落ち着け」


 興奮している梓は、不器用ながら腰を振っている。あの獣人特有の動作を真似するのは、人間には無理だって言うのに。


「うふふ。梓様も血が激っておられるようですわ」

「私は、余りにも騒がしすぎて、少し落ち着かないのだがな」


 姫さんは梓を見て楽しそうだが、リンは人酔いしている感じだ。


「屋台で何か食べて帰るか」

「そうだ。烏賊の姿焼きとか無いかなぁ」


 有る訳ないだろと思っていたら、ちゃんと有った。食べる種族は居たんだな。しかも中々美味いじゃないか。

他にも貝を焼いている物とか、海老を焼いている物とか有って、梓はご機嫌で頬張っている。


「おぉ~蟹だよ、蟹ぃ~」

「まだ食べるのかよ」


 本当、こいつ等スタイル良いのに、何処に入るんだと思うくらい食べる。

海産物に限らず梓は、屋台に出ている焼き鳥だとか、焼き豚だとか焼き牛だとかの肉類も食っていた。


「お菓子があんまり無いのが残念だね。エルフの街にあったクレープとか出せば、きっと流行るのに」

「そうですね。こう言う祭りが有るなら、出店を考えても良いかも知れませんね」


「そうだ、あの宿屋なら、美味しいスイーツも有るんじゃない?」

「そうですね。帰って聞いてみますね」


 ターニアも梓と一緒に楽しそうに話をしている。

それから、俺達は宿に戻り、梓の食べっぷりにまた驚く事になるのだった。主に驚いているのは。俺だけだけど。




 今俺は、少し不安に思っている事が有る。結構な襲撃者が居るのだが、こちらで処理してしまっている為、護衛兵がその数を認識していない事だ。

どうやって知ったか、どうやって始末したかを、根掘り葉掘り聞かれるのが嫌で黙っていたが、その為に護衛兵に緊迫感が無くなっているのではないかと言う考えが過ったのだ。

そこまで考えて、少しおかしい事に気が付いた。何故これ程の数の者が的確に襲いに来ているかだ。

ある程度の予定は有るとは言え、結構、いやかなり行き当たりばったりで、梓の我侭を100%聞き入れている。

となると、姫さんの護衛兵の連絡が漏れている事になるのだが、この正確さは漏らしている者が居ると考えるより、連絡を受けている者が怪しいと考えた方が自然だ。

若しくは、襲わせるために連絡している。つまり護衛兵全てが、姫さん暗殺のために動いていると言う場合だが、これだとこの国に救いが無い気がする。

うん、これは、頭の悪い俺が考えても、多分正しい答えは出ないし、対処のしようも無いな。


「よし、推論を立てよう」


 俺の話を聞いて、梓は行き成り立ち上がった。俺は今まで襲撃を受けていて、その数が多い事を皆に話たのだ。

この部屋は、姫さんを含めた俺達しか居ない。この中に俺達を暗殺しようと考える者は居ないと言う俺の判断からだが、この前提が間違っていた場合は、まぁ成る様になるだろう。


「まず、誰が狙われているかだね。そこんとこはっきり出来る?」

「いや、出来ないな。明らかに梓が狙われていた、リンが、ターニアが、ミラがと言う場面が有ったのは確かだが、それが本命なのか全員を狙っていたのかまでは解らない」


「じゃぁ、解らない事は議論しても仕方無いので、全員が狙われているとしよう。次に数だけど増えて来ている? 減って来ている? 横ばい?」

「そうだな、増えて来ているように感じる」


「あの、その前にシノ様は、どうやってそれを知りどうやって始末したのかを教えて頂いて宜しいでしょうか?」

「それは、冒険者秘密だ」


「それだと、信用出来ないのですが」

「俺も、そう言う状況だから全員を信用出来ない。だから俺の手の内を明かす事は、今は出来ない」


 姫さんの質問は尤もだが、俺は誤魔化す事にした。


「どう言う意味だ」

「仮に、俺の手の内を全て明かした場合、その裏をかいて手を打たれるかも知れないと言う事だ」


「我々は、そんな事はしない」

「可能性の問題だ。それとも、俺の手の内を明かさないと、俺の言っている事が出鱈目だとでも言うのか?」


「そ、そう言う意味では無い」

「解ってるよ、リン。仲間だから教えて欲しいんだよね? でもシノの言ってる事も一理有る。なら、私達はシノを信じる。それで良いんじゃないかな?」


 リンが突っ掛って来たが、梓が場を収めてくれる。こう言う時は、頼もしい奴だ。


「梓殿が、そう仰るなら」

「よし、狙いは私達全員、襲撃は増えている。ここから導き出される物を推論しよう」


 梓が楽しそうなのが気になるが、上手く纏めてくれて助かったのは確かだ。やはり、こいつは頭も良いのだろう。

ターニアとベルは、俺が精霊を使える事を知っているため、疑っていないが、リンは、知らない為半信半疑なのだな。

姫さんも、精霊とは気付いていないまでも、俺が剣だけの人間では無いと思っている様子で、それを知る良い機会と思った程度だと思う。


「まず、私達の行動が漏れていると考えるのが妥当ですね」

「はい、ターニャ。それは何故かな?」


「え? あ、はい。私達は、当初の予定から日程、到着目的地が微妙にずれています。そこに襲撃が増加していると言う事は、最近の行動が漏れていると」

「うん、私もそう思うよ」


 梓に同意されて、ターニアは頬を染めている。嬉しいけど照れてると言う処か。


「それは、私の護衛兵に密偵が居ると言う事でしょうか?」

「結論を急いじゃいけないよ? ミラ。まず何が起こっているかと言う事実だけを、認識して行くんだよ」


 成程、ここで犯人を憶測しても、疑心暗鬼が広まるだけだ。まず何が起こっているかを認識する。まるでダンジョンの攻略だな。


「例えば、どう言う事でしょう?」

「例えばこうだ。護衛の中に密偵が居ても行動は筒抜けになる。しかし、敵に風の精霊使いが居て俺達とつかず離れず付いてきていたなら、それでも行動は把握出来る。方法は今は不明だと言う事だ」


「な、成程。つまり今は、我々の行動が把握されていると言う、事実を認識すると言う事ですね」

「その通り、やるねシノ。やっぱり私が想像も付かない方法が、この世界には有るんだ」


「私達を殺して得る利益って何?」

「それも重要だね、ベルちゃん。良い質問だよ」


「行き詰って来たから、各々、自分が殺されたら喜ぶ者が居るか、考えてみようか」

「俺は、誰も喜ばないと思うけどな」


「喜ばないけど、恨まれてるとか。特に女に」

「いや、それは無いだろ。恨まれているか。覚えは無いけど、冒険者なんてやってるから、恨みを買っている可能性は有るな」


 これは盲点だった。俺が恨まれていて、俺と一緒に居る全員を殺そうとする病んだ奴が、居ないとは言い切れない。


「私も勇者なんてなっちゃったから、それで殺される理由は出来ちゃってるしね」

「何故、勇者様だと殺されるのでしょうか?」


「私の世界ではね、有名になりたいから、有名人を殺したって言う病んだ奴が居たのよ」

「ああ、居るな。暗殺者稼業なんてそんな奴ばっかりだ」


「魔族では無いのでしょうか?」

「それは、魔族が馬鹿じゃない限りないわ。私が魔族に攻め入って、公に殺してこそ魔族には意味が有る」


 そりゃそうだよな。間違っても統治されている世界であれば、その頭を殺しに来た者には大義名分を持って殺せるのだから、現段階で態々暗殺する必要は無い。


「私は、父様を良く思っていない者は、殺しに来るかも知れない」

「可能性は低いかな? そう言う輩は、魔王討伐パーティなんかに入ったのだから、事故で死ぬのを待ってるんじゃないかな?」


「そう言う意味では、私も同じですね」

「私も、態々殺しに来るまでの理由は思いつかない」


 ターニアとリンにも心当たりは無い様子だ。


「つまり、考えられる自分を殺しに来る理由は、パーティで事故を望む程度で有り、後は間違った名声欲しさの馬鹿ぐらいしか居ないはずだ。これで良いかな?」


 梓の纏めに皆が頷く。まぁ、自分が知らない自分の価値と言うのも偶には有るが、よっぽどの事が無い限り俺達のこの結論は合っているだろう。


「であれば、考えられる事は一つ! 私達の行動が、いやこれから行おうとしている行動が、または、それにより知られる事に何かが有る!」


 おぉ、俺が出した結論と同じだ。梓凄いよ。そして俺も安心出来たよ。しかも自信たっぷりだ。


「つまり、先の事は解らない、何か有った時に考えよう。だからシノ! これからも宜しく」


 おい、俺の感動を返せ。何の解決にもなってないし、俺に丸投げかよ。なんか駄目な娘を持った気分だ。

だが、ふと見ると姫さんが難しい顔をして、何かを考え込んで居た。


「どうした? 姫さん」

「いえ、明日、奴隷のオークションが有るのです」


 今までの話に全く脈略が無いので、皆、首を傾げている。


「それが、どうしたの?」

「その目玉商品に、ギルドで有名だった冒険者が出品されるらしいので、買ってしまおうかと」


「冒険者が奴隷って犯罪者になったって事じゃないのか?」

「そうなのですが、奴隷契約があれば、私の護衛に丁度良いのでは無いかと」


「ふ~ん、まぁ姫さんが気になるなら見に行くか」

「奴隷オークションかぁ。異世界っぽいなぁ。ちょっと引くけど」


 梓がまた変な方向に行っちゃってるよ。その日の会議は、それで終了となった。梓曰く、危機感を全員で共有出来た事に意味が有るそうだ。

因みに俺のベッドはベルと同室となったのだが、朝目が覚めると当然の様に梓が潜り込んで来ていた。

当然の様に姫さん達3人が、もう片方のベッドに寝て居る。3部屋も有るんだから有効に使おうよ。




 翌日は、朝から俺達は街を回っている。街は昨日の余韻を引きずっているのか、朝から活気が有る。

今日が祭りの本番と言うのも有るのだが、これから1週間程祭りは続くらしい。あんなテンションで持つのだろうか。

祭りの後1週間程は、全ての店が休みに成るらしいので、俺達も祭りのフィナーレを見たら旅立つ予定にしている。


「何時も馬に乗っててお尻が大きくなっちゃった気がするから、歩いて引き締めないとね」


 とは、梓の言だが、全くもって意味が解らない。お尻は大きくなった方が艶っぽいじゃないか。お前のお尻は少し小さいと思うぞ。

と、今前でリンとターニアのプリプリしたお尻に挟まれている梓のお尻を見て思う。

今日は、梓が二人の腕を組んで前を歩いているのだ。従って俺は後ろで姫さんと、何時も通りベルの手を繋いで歩いている。

昼間だからか露店は冷たい物を売っている処が多く、梓もこの地方特有の果物のジュースを冷やした物を飲んでいた。


「魔法で氷が作れるんだから、こんなのもシェイクかシャーベットに出来ないかな?」

「凍らせれば良い?」


「う~ん、凍らせて細かく砕いたような、更にそれを掻き混ぜたような感じ」

「こんな感じ?」


 ベルが自分のジュースを梓の言った通りにしてみる。なんかジュースの氷を砕いた感じだ。

梓は、強烈な攻撃魔法は闇以外使えるみたいだが、こう言う魔法の細かい制御は苦手な様子だ。慣れだと思うけどね。

魔法が使えない俺には、解らないし教える事も出来ない。いや、逆にああ言う細かいのは、日常魔法ぐらいで可能かも知れないな。

将来、冒険者を止めたら梓と二人でああ言う物を作って売るのも良いかも知れない。って、俺は何を考えているんだか。


「おぉ~、良い感じだよベルちゃん、私のもやってやって」

「うん」


「これを~、ねねターニャ、この中だけでぐるぐるぐる~って混ぜれないかな?」

「え? あ、はい、風の精霊様に少しお願いしてみますね」


「おぉ~、これだよ、これ」

「これですか?」


 梓のコップの中には、氷だったはずなのに、何かドロっとした感じの物が出来上がっていた。


「おぉ~ジェラートみたいで良い感じ。牛乳と卵入れればアイスクリームもこれは簡単に出来るね」

「梓様は、本当に色々な食べ物の作り方をご存知なのですね」


 これまた梓発案の食べ物は、女性陣に好評な様子だ。


「シノ」

「おぉ、サンキュー」


 ベルが、梓の言った通りに自分の分を作って、俺に食わせてくれる。うわっ冷たいが、熱い今の時間にこれは良い。

ベルは、土魔法の要領で、凍らしたジュースを捏ねたらしい。この子は天才だな。


 軽い昼食を取って、俺達は奴隷オークションの会場へと入場した。誰でも入れる事にも驚きだが、どうやら観客席と言う見るだけの人も居る様だ。

俺達は、姫さんがオークション参加で、その護衛と言う事で参加者席に入る。大金を使うので、護衛を連れて入る者は多いらしい。

俺達の後ろには、姫さんに言われたお金を持って居る護衛兵がいる。姫さん一体幾ら持って来たんだ?


 そして、オークションが始まった。


『永らくお待たせ致しました。祭りの初日を飾る最初の出し物、奴隷オークションの開幕です。本日は通常のメイド奴隷から護衛奴隷等、多種多様な皆様のご要望にお応え出来る商品を取り揃えております。そして最後には本日の祭りに相応しい、皆様も吃驚の超目玉までご用意しておりますので、どうか最後までお楽しみ下さい。』


 開会の挨拶に盛大な拍手が送られる。梓は、なにか苦虫を噛み潰した様な顔をしている。あまり奴隷制度に良い感情を持っていないのだろう。


『本日トップを飾りますのは読み書きも出来、家事全般は疎か武術の心得まである万能奴隷、しかも見目麗しい処女の人族、これをなんと小金貨1枚からの開始だぁ~っ!』


 出て来た女性は、肌が透ける赤いシースルーのドレスに、煌びやかな装飾を施されている。

刺青の様に見える右手の甲に有る奴隷紋が無ければ、梓の隣に座る姫さんにも引けを取らないお嬢様だ。


「あんな、綺麗な人が奴隷で売られるの?」

「没落貴族か、奴隷商が磨き上げたか、どちらにしても金が無くて売られた口だろうな」


「拐われたとかじゃないのね?」

「拐われたのかも知れない。だが、ここに出て来る時点で、少なくともちゃんとした買取が成立しているはずだ」


 オークションの値段は、どんどん吊り上がって行き、既に金貨5枚と小金貨が何枚かで競り合われている。


「ほえぇ~金貨5枚って500000だっけ?」

「そうだな、騎士団長クラスの年棒ぐらいじゃないか?」


「それって、凄い金額だよね?」

「ああ、最初だから景気付けも有るんだろう」


「でも、そんな金額で人が一人売られちゃうんだ」

「そうだな」


 結局、その後も小さい小競り合いを進めていたが、金貨8枚と言う処で決着が付いた。


「でも、あんまり悲壮感漂ってないね」

「大金を出して買って貰えたら、それなりに裕福だと言う事だからな。よっぽどの変態で無い限り、あの子は、そこらの街で働いている女性より裕福な環境で暮らせる」


「よっぽどの変態って? シノみたいなの?」

「おい、世の中には、女の子を虐める事が生きがいみたいな、ゲスな金持ちも居るってことだ」


「うぅ~っ、聞きたくなかったから、冗談で済ましたのに」

「悪かった」


 その後も獣人の子供や、結構屈強そうな獣人の大人、人族は女性しか居なかったが、其々相場よりは高いだろう値段で落とされて行った。


「やっぱり獣人が多いんだね」

「そうでも無い。寧ろ、奴隷全体で見れば、男の人族が一番多いんじゃないか?」


「え? 一人も出て来てないよ?」

「犯罪者奴隷って奴で、皆、鉱山で強制労働さ」


「成程、でもそれを除いたら?」

「数えた訳じゃないけどな。やはり人族の女性が多い」


「なんで?」

「身内でも売るのは、人族だけだからだ。獣人は金の為に身内を売ったりしない」


「じゃぁ獣人が多いのは?」

「拐われたか、何かの事情で孤児になったとか、戦争で捕虜になったとかだ」


「戦争が原因か」

「そうだな。後は人族の自分勝手な領土拡張だ。勝手に拡張していて元から居た獣人を捕虜にしたりする」


「ああ、開拓とか言って、原住民を迫害するって奴かぁ」

「その通りだ」


「シノ様?」

「ん?」


「あまり、大きな声でその様な事は」

「ああ、悪かったな」


 梓と話をしていると、姫さんが俺に抑止を掛けて来た。気が付くと周りの眼がキツい物になっている。だが、事実だ。こいつらは、自らの傲慢な理論により獣人を迫害している。

そして、その際足る物が、出品されて出て来た。俺は彼女を見て眼を見開いてしまう。


『それでは、名残惜しい処ですが本日のメインイベント!最後であり、最大の目玉!隣国で反逆者として家を潰される事となった、剣術の名門とまで言われた黒薔薇家の御息女!ギルドでもその名を轟かせた、サヤ=ローゼン=ブラックベリー!しかも処女だぁっ!』


「ば、馬鹿な。サヤだと?」

「知り合いで御座いますか?」


 紹介されて出て来たのは、犬耳と言うか銀の狼耳に長い腰まである銀髪を靡かせた、無表情な女だった。

俺の知っているサヤは、あんな露出の激しい格好はしない。それでも臍や太腿は見えて居たが、あんな局部だけを隠している様な格好は、絶対にしなかったのだ。

誇り高い黒薔薇家の次期当主確実と言われていた、剣術の天才だ。常に無表情のポーカーフェースで、何事にも動じない氷の剣士と言われていた。

確かに獣人の冒険者には、あれくらい露出の激しい者は結構居るが、あれは強い奴隷紋を見せる為なのか。


 サヤの奴隷紋は、右手の甲に収まらず手首から肩に伸び、そのまま右の乳房を通って右脇から右の太腿まで伸びている。

強すぎるサヤの潜在能力を制御するために、それ程強力な奴隷紋が必要だったのだろう。そしてそこまで施されている事を表す事で安全性までも見せているのだ。


『今回は、そのギルド時代の功績も余す処なくお持ち帰り頂ける様に、黒薔薇家に伝わる伝家の宝刀、氷雨の叢雲もお付けして、大金貨10枚からの開始となります。』


 会場内に響めきが沸く。確かにあの刀だけでもそれだけ出す者は居るだろう。しかし、普通の者には使えない刀だ。

それを使える者と一緒に買えるのだから、安い買物と言えるかもしれない。しかし、大金貨10枚など、奴隷を買う金額では無い。


「姫さん、買えるか?」

「買いなのですね?」


「あいつは、この世界で最強の剣士だ」

「解りました」


 しかし、金額はどんどんと吊り上がって行った。これを見込んで金を持って来た者も少なくないようだ。

全くの無表情で立ち尽くすサヤだが、俺には解る。あいつの細かい耳の癖と尻尾の癖を、俺は知っている。

あの、頑なに動かない少し丸まった耳と、ピンと張っては居るが、先っぽだけ少し曲がっている尻尾は、悔しさに耐えている仕草だ。

姫さんは、じっと、周りの金額の上がり方を聞いている。


 大金貨50枚の大台が出た処で、場の喧騒が一時止まる。ここまで、47枚と金貨数枚と上げ止まって来た処に一気に50枚の声が出たのだ。


『50枚の大台が出ました。他有りませんか?』


「60枚!」

「おぉ~っ!」


 会場内に大きな響めきが溢れる。今まで、ちまちま上げて居た処に一気に10枚も上乗せしたのは、姫さんだった。

やはりこの姫さんは、抑えるところを知っている。相手がギリギリだろう処での追い打ちだ。


『ろ、60枚、行き成りの60枚ですっ!失礼ですが、お名前をお聞かせ頂いて宜しいでしょうか?お嬢様。』


 司会者も焦って居るようだが、これも司会者の仕事なのだろう。大金貨60枚も出せる人物なのかを確かめたいと言う所だ。

見た目10代の人族なのだ。大商人の娘か、大貴族の娘。それでも大金貨60枚なんて簡単に出せる物では無い。下手な貴族の家なら破産するかも知れない金額だ。


「フロン王国の第二王女、ミラ=クル=フロウです」


 場が静まりかえる。これも姫さんの作戦だとしたら大した物だ。王族が出ているとなれば、誰も歯向かおうとしないだろう。

財力で勝てる訳が無いのだ。しかも下手に対抗したなら、取り潰される可能性だって有る。それは、このオークションを開催している奴隷商にしても同じだ。


『ま、まさか王族の方が来られて居るとは、これは驚きです。では大金貨60枚で、サヤ=ローゼン=ブラックベリーは落札と致します。』


 50枚を出していた貴族らしき醜悪なおっさんが、苦虫を噛み潰した様な顔をしている。

うん、姫さんごめんなさい。確実に敵を増やしました。

だが姫さんは、更に先を考えていた様だ。ちょっと、この姫さんが怖く成って来た。




 俺達は、サヤを受け取る為に奴隷商と対峙していた。

目の前には、氷雨の叢雲を携えた無表情のサヤと、持ち主である奴隷商、それに奴隷契約を行う術師であろうフードを深く被った人物が居る。

俺は、こっそりとルナにサヤの奴隷紋がどの程度の物なのか聞いていた。相手が闇の精霊使いだと思われる為、俺はターニアの近くにいて、ルナの気配を感じられてもターニアの物だと誤解させる様な位置取りをしている。


 サヤは、俺の顔を見て、一瞬耳と尻尾を動かしたが、その後は何時もの平常通りだ。しかし、少し安心している事が俺には解る。

確かにあの脂ぎった親父に買われるよりは、よっぽどマシと言う物だ。


「あれは、強力だねぇ、子宮まで届いているよ。つまり避妊も妊娠も思いのままと言う訳だ」

「他に変な処は無いか? 例えば、氷雨の叢雲が偽物だと言えないとか」


「大丈夫な様子だね。そこまで馬鹿じゃないだろう。しかし、あれは凄い、本来性奴に施す術式だよ」

「解った。助かったよ」


 相手の術者もビクッとこちらを見たが、ターニアを見て納得した様子だ。勘違いさせるのも上手く行った様だ。これで変な奴隷紋を追加する事も無いだろう。

性奴に施す術式とは、悲惨な物だ。主が与える物は痛みであれ苦痛であれ快感に変えれるし、その逆も可能な本当に外道な術式なのだ。


「それでは、これが大金貨60枚となります」

「確かに」


 姫さんは後ろの護衛兵に持たせた袋から、延べ棒とも思える大金貨を60枚、いや60本と言った方がしっくりくる。それを机の上に置かせた。


「それでは、主の移譲を行います。姫様の血をこちらに」

「いえ、主となるのは、この方です」


 そう言って姫さんは、俺の手を引っ張り前に押しやった。

え? 何で俺? って俺よりサヤが驚きの余り耳がピンと立って、尻尾の先がぐるぐる回ってる。

あれは、かなり困惑している時のサヤの癖だ。


「どう言う事?」

「シノ様の奴隷を、私の護衛に付ける。これが私がシノ様を信用している証としたいと思います」


「いや、それで大金貨60枚は出し過ぎじゃない?」

「大金貨60枚で済むのなら、安い物だと思っております」


 ニッコリと微笑む姫さん。なんか底知れず怖いと思った。金で物事を済ますって言うレベルじゃない。

金と命懸けで姫さんは、俺の信用と言う物を勝ち取ろうとしている。


「わ、解った」


 俺の言葉に激しく困惑しているのは、サヤだ。なんか忙しなく耳がパタパタ動き、珍しく眼までキョロキョロしている。

普段能面の様に無表情なのに、これは良い物を見れた。

俺は、ナイフで指の先を突き指し、目の前に有るサヤの右手の甲の上に垂らす。そこへ、術師が何かを唱えるとサヤの奴隷紋が光って行く。

その光がサヤの隠された胸の内側へ入った時と、隠された股間へ入った時に、サヤが一瞬呻き俺の眼に何かを訴える様な抗議の眼を向ける。

いや、俺が何かしてるんじゃないんだから、そんな恨めしそうな眼で見ないで。


 変な事をしないかは、ルナに監視して貰っているので大丈夫だとは思うが、あいつも変な処で悪戯好きだからなと、一抹の不安は拭えない。


「取り敢えず、姫さんの護衛を頼む」

「了承した」


 サヤは俺の言葉に了承し、姫さんの近くへと移動する。奴隷紋の主移譲の儀式は、こうして新しい主が何かを命令し、それに従う事を確認して終了となるのだ。


「これで、その奴隷は、貴男の物と成りました」

「解った」


 術者の言葉に俺は小さく頷く。

そして、俺達は奴隷商達と別れ、何事もなく終わった事に、俺は安堵の息を漏らした。

いや、大金貨60枚の取引なんて、本当、緊張するって物だ。梓は自分と同じ様な刀を持って居るサヤに、興味を持ったらしく色々と聞いている。


 宿に戻って俺達は自己紹介と、今の状況をサヤに説明した。


「状況は、理解した。しかし、シノと一緒に寝るのか。いや、私はシノの奴隷となったのだから当たり前なのか」


 俺は、サヤの奴隷紋を早々に解除するつもりなのだが、皆の前でそれを述べる訳にも行かず、その場は例によって、ポリポリと頬を掻くぐらいしか出来ない。

サヤの戸惑っている耳と恥ずかしそうな耳と、嬉しそうな尻尾の理由を考えて、現実逃避する。

そりゃ、あんな脂ぎった親父よりは、こっちの方が嬉しいだろうなと。


「しかし、大金貨60枚って、いやサヤの値段としては安いと思うけど、姫さん大丈夫?」

「大丈夫です。あの奴隷商は、内々に調査させ潰します」


「え?」

「隣国の政治犯罪者とされた者を、簡単にこちら側で買える訳は有りません。あの大金貨50枚を出そうとした貴族と何らかの取引があったのでしょう。あれは隣国の貴族です」


「そうなんだ」

「そもそも、黒薔薇家が反逆者とされた事自体が、陰謀の可能性が有ります。彼女が私に買われた事で、その陰謀を画策した者は慌てて居るでしょうね」


「そうなのか? サヤ」

「私は、冒険者として旅に出ていたので、詳しい事は解らない。ただ、父が最後の言葉として、狙いは私、主犯はボンゾワールだと言っていた」


「それだけ聞ければ充分です」


 怖いよ姫さん。結局、サヤを只で手に入れたって事?

ここまで、あの時点で考えていたとしたら、この姫さん、陰謀詭計の天才かも知れない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ