第一話 変な女拾っちゃいました
第一話 変な女拾っちゃいました
今日も、宿屋の借りている部屋に陽が差し込まれ、俺は気怠い朝を迎えた。
この街に来て早一月になろうとしているが、良く言えば親切、悪く言えばお節介な温い人間が多いこの街の住み心地は悪くない。
先払いしてあるとは言え、そろそろ懐も寂しくなってきていた俺は久しぶりに仕事でもするかと、今日の予定はギルドに行って適当な討伐依頼を受ける事にした。
「おはよう、マール」
「あら、今日は早いじゃない? 仕事に行くつもり? シノ」
部屋を出たところに、もう旅立ったのか、空き室となった部屋を片付けているマールが見えたので、挨拶をしておいた。
黒いメイド服は、この宿屋の制服らしいがスカート丈も短く、白いエプロンと相まってグッジョブだぜマスター。
マールは、金髪ショートボブでクリクリとしたエメラルドの眼が可愛らしく、酒場も兼ねているこの宿屋の看板娘だ。
彼女目当てに連日通う客も居るとか居ないとか。
「まぁな。そろそろ働かないと、宿賃が持たない」
「シノなら、うちに泊めてあげてもいいよ?」
「魅力的な提案を有難う。だが、俺は、まだマスターに刺されたくない」
「うわ、乙女の告白を軽くスルー?」
「馬鹿言ってるとまた、女将さんに怒られるぞ?」
「やっば~。また後でね~」
本気か冗談か、マールは、そそくさと部屋の片付けに戻って行った。
まぁ、朝から可愛い女の子と話が出来ると言うのは、悪い気分じゃない。朝の出来事としては上等な部類だろう。
俺は気分良く酒場兼食堂の両開き扉を開け、中に入って行く。
「マスター、何か軽いもの頼む」
「朝から重い物なんて出してねぇよ」
そう言って髭面のマスターは、1人前の朝食が乗ったトレーを差し出してくれた。
朝晩の飯付きで300ゲールのこの宿は、格安と言っていいだろう。
[注釈:1ゲール辺り10円程度の物価の為約3000円程]
10日分先払いのため、安くしてくれているらしい。本当は一泊400ゲールで、中には一泊1000ゲールを越す部屋も有るそうだ。
俺は、サラダとパンとスープが乗ったトレイを取って、カウンターに座り食べ始める。
「なんか良い話聞いてないか?」
「ないな。そう言えば、東の森が騒がしいから、討伐依頼を出すかもって、さっきガレキルが言っていたが、良い話では無いな」
ガレキルって言うのはマスターの馴染みで、冒険者ギルドのそこそこのお偉いさんらしい。
ギルドからの依頼を決めたり、ギルドへの依頼の可否を決めたりする役職だと言う事だ。
確か依頼取り纏め役とか、そのまんまな役職だったと思った。
「へぇ~。討伐依頼なら、そこそこ報酬有りそうだな」
「まずは、調査依頼なんじゃないか?」
「それもそうだ。そろそろ、稼がないとな」
「どうだ? この街に落ち着いたら。マールも気に入っているようだしな。ガッハッハ」
そう言って、俺の前に豆茶を出してくれる。黒いこの飲み物は、眠気を覚ます作用があるそうだ。
「悪くないと思ってるけど、そうすると客が一人減る事になるぜ?」
「別に、ここを根城にしても構わないさ。ガッハッハ」
豪快なマスターに、俺はフッと笑いを浮かべて応えた。
15で村を出てからそろそろ7年。俺も腰を落ち着ける頃合かとは思っているが、中々踏ん切りが付かない。
まだ、俺はやれる。そんな気がしているのだ。何がと言う訳ではない。ただ単に、何かが出来るはずだと言う曖昧な、根拠のない自信だけが有る。
マスターのくれた豆茶を飲み干すと、俺はトレイをマスターに渡し、片手を揚げて食堂を出ていく。
朝も早いと言うのに、この街の人間は働き者が多い。
まだ陽射しも低く風が涼しく感じるこの時間でも、多くの人が街の中を忙しそうに動いている。
店を開け始める人、既に開いている店で客の対応をしている人、足早に通り過ぎる人等に紛れ俺もギルドへと向かった。
ギルドとは、仕事を斡旋してくれる場所だ。
俺達みたいな冒険者向けの仕事から、農家や店をやっているような定職と呼べる物を持っていない人間に対して、一回限りの仕事を斡旋してくれる。
それは、農家の手伝いであったり家の補修であったり教会のボランティアであったりするのだが、俺達冒険者が受けるのは主に魔物討伐と護衛が多い。
護衛は、どこかの街へ行くまでの言葉通りの護衛なのだが、帰りの護衛が無いと帰りは一人で有るため、この街にまだ居ようと思っている俺には、あまり魅力が無い。
となると、やはり魔物討伐なのだが、先程のマスターの話も有ったし、報酬が良いなら調査依頼も考慮しておこう。
ガランガランと言う音をさせ、俺はギルドの中に入って行く。
この時間だとギルド職員は居るが、まだ依頼を受けに来る者は少数だ。
あまり混んで居ない事を確認すると、依頼が貼られている掲示板を俺は確認に行く。
あぁ、薬草の採取なんてのも有るが、これは時間が掛かる上に報酬が少ない。同じ方向に討伐依頼が有れば、序でに受けようと他を探す。
「シノか、調査依頼が有るのだが、受けないか?」
「は?」
掲示板を眺めている俺に声を掛けて来たのは、マッチョマッチョしている大男、ギルドの従業員のコイルだ。
こいつはガレキルの部下で、このギルドで受付から討伐部位の受け取り査定から、その他諸々の雑用をこなしている。
「東の森なんだが、あんまり初心者には出せないのでな。こちらで、適当な者に依頼しようとしていたんだ」
「俺は、適当な者なのかよ」
「突っかかるなよ、相変わらず、被害妄想だな。信頼しているって事だ」
「一月程度で得た信頼なんて、有ると言えるのか?」
「少なくとも腕は買っている」
「へいへい、で、報酬は?」
「調査内容によるが、最低で1日50000出そう」
「最低で?」
日当50000ゲールとすれば、行って帰って来るだけなら、悪くは無い。かなり破格だが、1日潰れる事になる。薬草採取と絡めれば、少しは足しになるだろうか。
「何か有れば、その内容によって上乗せする」
「了解。平均的な討伐依頼並には、考慮してくれるって思っていていいんだな?」
「勿論だ。ギルドも変な誤解を産みたくは無いからな」
「おーけー。じゃ、内容宜しく」
ギルドからの頼みだから、無碍にも出来ない。
これを断ったために、ギルドから嫌な奴と思われてしまえば色々弊害が出る。事務的に行われているとは言え、結局働いているのは人間だ。
人間関係は良好な方が良いに決まっている。上手くすれば、これを機に、ギルドからの依頼がちょこちょこ来る様になるかもしれない。
総じてギルドからの依頼は、危険な物が多いのだがその分報酬も良いのだ。
東の森へは、馬で半日。俺は、馬を用意して貰う事を条件に、2日で調査完了してくる依頼を受けた。
一泊する事になる為、宿代が勿体無いが、それは仕方無いだろう。
馬まで自分で用意すると、下手をすれば赤字になるし、馬でなければ倍以上の日数が掛かってしまう。
それは、ギルド的にも俺的にも美味しくない。
4日分の宿泊道具を担いで歩くのは疲れるし、ギルドは早く情報が欲しいし、日数が掛かると金も掛かる。
そして俺は今、馬を跳ばしている。中々良い馬だ。現場に着けばそれ程過酷な場所では無い為、馬も休憩させられるだろう。
とは言え、俺も長く馬を走らせていれば、お尻も痛くなってくる。
街路沿いに有る、休憩場で何度か馬を休憩させ、半日掛からず俺は、森まで到着していた。
ここからは、馬を引きながら歩きだ。何が有るか解らないからの調査依頼なのだ。
「シルフィ、周りの警戒を頼む」
俺の周りの風が煌めいて、俺の周りを何周かすると、周りに飛び散って行く。
全く他言していないが、俺は、精霊魔法が使える。勿論、日常魔法はそれなりに使えるが、属性魔法は専門外だ。
あれは、王都中央で魔法学校に通ったエリートさん達の物だろう。
属性魔法とは、その名の通り、この世に有る元素と言われる火、水、土、風、雷、光、闇の魔法の事だ。専門外なので詳しくは知らない。
精霊魔法は、この世界に居る精霊達に力を借りる魔法で、属性と同じだけ対応する精霊が居る。
俺が黙っている理由は、俺が全ての属性の精霊と契約が完了しているからだ。
精霊との親和性が高いと言われるエルフですら、3系統の精霊と契約していれば上位精霊使いと言われている。
俺が、全属性と契約済なのは、幼少期の俺の黒歴史が理由だ。つまり俺は、ぼっちだった為精霊と遊ぶくらいしか遊び相手が居なかったのだ。
俺は、馬を引き森の中へと進んで行く。
この森は平地に有る森としては広大で、街の東側の平原の端に有り、あまりレベルが高く無いが魔物も数種存在していると言う事だ。
魔物とは下等な魔族であり、魔族側の動物みたいな位置付だ。
人族側の動物に牛や豚が居る様に、魔族側の動物にオークやゴブリンが居ると言う感じだ。
明確な違いは、奴等は人族を見ると襲いかかってくると言う事だろう。
熊や猪も人に襲い掛かるが、こちらは主に生存本能から来る物だろうが、奴等は明確に敵意が有ると言う事だ。
「ふぅ~っ、やっぱり魔物が多いな」
俺は剣に付いたオークの血を、剣をひと振りして弾き飛ばし背中の鞘に収めた。
俺の持っている剣は細身だが少々長い為、腰にぶら下げると端が地面に付いてしまうので背中に背負っている。
この森に入って若干暗くなりかけて来たのだが、ここまでは平均的に魔物が襲いかかってくる。
コボルトに始まりゴブリン、オークと、徐々にだが強い魔物となってきていた。
「この先に確か湖が有ったはずだ、そこで休憩しよう」
俺はオークの討伐部位である、牙をへし折ると小袋に入れる。
本当なら、死体をこのままにしておきたくは無いのだが、このままでもそのうち狼や他の魔物が掃除してくれるだろう。
俺は、暗くなる前に湖に着きたくて、その場を早々に切り上げた。
暫く歩くと湖が見えた。そろそろ陽が落ちようとしていて、西の空は赤みが掛かっている。
途中、薪に成る様な木を広い集めていたので、俺は適当な場所で火を起こす準備をする。
馬は、湖の水を飲んでいる。ここの湖は森の中に有るのだが、澄んでいて飲み水としても利用出来るので、この森に入った時は此処が概ね野営地になっている。
その分、他の獣や魔物も寄ってくる可能性が高いのだが、火を起こしていれば少なくとも獣が近付いて来る事は無い。
魔物に居場所を明確に知らせる事になるのだが、水の近くに居る以上、大型の竜でも来ない限り俺は安全だ。
俺の契約している水の精霊である水姫は、水さえ有れば粗無敵だからだ。
火の精霊である火竜は、竜の名を持っているが、はっきり行って少々巨大なトカゲだ。
火力は当然高いのだが、森で使うと森を火事にしかねないため、現状は最後の手段だ。
土の精霊は、モグラだ。こいつは何故か錬金しか出来ないため、戦力には成らない。
光の精霊と闇の精霊は、なんでこいつらが俺との契約を結んだのか解らない程、ちょっとやばい奴等なんで、選択肢に入っていない。
馬に餌の用意をしてやり、俺は自分の食事の為、途中で狩った兎を丸焼きにする。
こいつが狩れたのは、僥倖と言えるだろう。こいつの肉は、少々蛋白だが柔らかく美味いのだ。
見た目が可愛いため、殺すのを躊躇われるのだが、一度食べてしまうとそんな事は言えなくなる。
マスターへのお土産用も含めて5匹程狩っておいた。
シルフィは、危険を伝えて来ない。俺は、早めに寝る事にした。今寝れば、夜中に一旦目が覚めるはずだ。
その時に火を焼べ足せば、獣については問題ないだろう。
少し肌寒く感じ、俺は目を覚ました。馬は草の上で寝ている様だ。
シルフィに意識を向けたが、特に問題ないらしい。俺は、消えかかっている火に薪を焼べていく。星の感じから、深夜となったのだろう。
後は、朝になるまで火の番をしておけば獣も寄って来る事は無いだろう。
パチパチと火が燃え上がり、火の粉を飛ばす。燻っていた薪も、明るいばかりに燃え出した。
肌寒かった肌に、炎の熱が伝わり、徐々に暖かくなってくる。
その時、背後でジャリッと足音がした。
俺は、シルフィが警戒しなかったのを訝しみながら、脇に置いた剣を静かに引き寄せる。
もう一度ジャリッと、足音がすると同時に俺は剣を抜きそちらに向き直った。
「誰だっ!」
「jke!&%#!!」
そこには、蹲る全裸の女が居た。尻尾は無いから獣人では無いだろうが、何故全裸?
「盗賊からでも逃げて来たのか?」
「lekc!%'(#!」
言葉が通じない様だ。こう言う時は、あれだ。暫く使って無かったけど、確か奴が使えたはずだ。
あまり呼び出したくは無いのだが、仕方無い。俺は、毛布を女に投げ、こっちに来る様に手招きする。
淫魔の疑いも有るが、それならシルフィがもっと騒いで居るはずだ。
「あぁ~、ルナ。悪いけど手を貸してくれないか?」
俺が声を掛けると、足元の漆黒の闇からルナがせり上がって来る。
それを見た女が目を見開いているが、取り敢えずは意思疎通が取れない事には、どうしようもない。
「久しぶりぃ~。全然呼んでくれないんだもの、ボク拗ねちゃうぞぉ~?」
漆黒のドレスに身を包み、リボンやベルト等、所々真っ赤な装飾品を身につけたルナが、俺にシナを作って寄り掛かって来る。
黒髪ストレートロングに、真紅の瞳を携えた美少女と呼べる風貌だが、なぜか人型を取って言葉も喋るこいつは闇の精霊だ。
「悪いな。それで頼みなんだけど、お前、翻訳魔法使えたよな?」
「あれは、言葉の喋れない者との意思互換魔法だよ? まぁ言葉が通じないんじゃ、同じ事か」
「使ってくれるか?」
「いいよぉ。シノの頼みなんだもん、聞いてあげちゃう」
そう言って、ルナは手をす~っと動かすと、毛布に包まっている女の方に闇の粒が、舞い降りる。
手を広いドレスの袖から出さないのは、手が無いのか、単に趣味でそう言う服装なのかは解らないが、ちょっと可愛い。
「ほら君、何か喋ってごらん」
「あ、言葉が解る」
ルナの言葉に応える様に、女が言葉を発した。
「おーけーおーけー。これで用は済んだかい?」
「あぁ、何時も有難うな」
「おうよ、何時でも呼んでくれたまえ。ボクは何時でも待っているよ」
「あぁ、何時も助かってる」
そしてルナは、俺の影へと消えて行った。俺は、ふぅ~っと溜息を漏らす。
機嫌を損ねなければ良い奴なんだが、何が琴線に触れるか解り難い奴なのだ。
そして、琴線に触れたら、この森ぐらいなら闇に葬りかねない、とても危険な奴でもある。
要するに、攻撃力も高いが簡単に呼び出すには、こちらにもリスクが伴う奴だと言う事だ。
「で、お前は誰だ?」
「あ、梓。神巫梓」
で、俺は女の方を向いて声を掛けたのだが、不思議な名前だ。少し発音し難い。
「俺は、シノニム、シノで良い。で、なんでお前、裸なんだ? 野盗にでも襲われたか?」
「シノニム? 同義語? あ、何で裸だって事だけど解らないのよ。気が付いたらここに居たの。それより、今の何? 魔法?」
「あ? あぁ、あれは、俺の契約している精霊だけど、この事は内緒な?」
「内緒? 解った。それで、私は、その精霊のお陰で喋れる様になったの?」
「そう言う事だ。意思が通じる様になっただけで、言葉を理解した訳じゃない。文字とかは多分読めないからな」
「そうなんだ。精霊さんにお礼しなくちゃだね」
俺には? って思ったが、首を傾げた女は、よくよく見ると美人と言うよりは、可愛いと言う感じだろうか?
黒髪ストレートはルナみたいだが、眼まで黒い。ここらでは見ない風貌だ。
俺が、女を観察していると、ぐぅ~っと腹の虫が成る。顔を真っ赤にしている女は、よく見ると足が泥だらけだ。
どこかから裸足のまま歩いて来たのだろう。俺は、狩ってあった兎を焼いてやろうと、ナイフを取り出すとビクッと身体を縮こまらせた。
兎を焼きやすい大きさに捌いていると、目を反らす。こう言う事に耐性が無い様だ。どこかの貴族かも知れないと俺は思って居た。
「それで、お前は何処から来たんだ?」
「梓」
「ん?」
「お前じゃなくて、あ・ず・さ」
「はいはい、で、梓は、何処から来たんだ?」
「えぇ~っと、ここは何処?」
「ここは、イザヴェル平原の東に有る森の中だ」
「イザヴェル平原………。もしかして、近くにアースガルズとか有る?」
「いや、聞いた事は無いな。アースガルズって処から来たのか?」
「ううん、日本ってとこなんだけど」
「それも聞いた事無いな。ほれ、焼けたぞ。腹減ってるんだろ?」
「あ、ありがとう」
不思議な奴だが、今までの話を聞くと、どうやらこいつはこの辺りの者じゃないらしい。
誰かの召喚に巻き込まれたのか、神々の悪戯に巻き込まれたか、それとも単なる記憶喪失か。
少なくとも最後のは、無いだろう。言っている意味は解らないが、何かブツブツ意味不明な事を言っている処、記憶を失っていると言う感じはしない。
問題は、こいつをギルドに連れていくか、どうするかだ。
それが、一番面倒が無いと思われるが、尋問を受けた後、確実に奴隷行きだろう。ちょっと気が引ける。
かと言って俺の連れとするのも無理が有る。あの街には既に一月近く居るが、そんな話をした事は無いし、俺には姉や妹なんて居ない。
女は、俺が渡した兎の足を、眺めたり臭いを嗅いだりしていたが、少し齧って食べれると解ったのか、一心不乱に齧り付いている。
「腹減ってたみたいだな。まだ食べるか?」
「う、うん」
中々、良い食べっぷりだ。よっぽど腹が空いていたんだろう。
俺は、湖の水を汲み火に掛ける。マスターから貰った豆茶が有るので、それを淹れて飲もうと思ったのだ。
これは豆を炒って砕いた物で、お湯を掛けて濾すと飲める様になる。
「何それ? コーヒー?」
「コーヒー? 何だそれ? これは、豆茶だ」
興味が有る様なので、女の分も入れてやる。
「やっぱり、コーヒーだ。砂糖とかミルクは無いの?」
「砂糖なんて高級品、旅に持って来るかよ。ミルクは重たいので持ってきていない」
やはり、何処かのお嬢様の様だ。こんな森の中で非常識な物を要求しやがる。
「そっか。ねぇ、シノは、ここで何をしていたの?」
「俺は、ギルドの調査依頼で来てた。数日前から森が騒がしいらしい。確かに魔物は何時も以上に多い気がするし、苛立っている様にも感じた」
「魔物って、あの斧とか持ってた獣?」
「それで合ってる。多分そいつはオークだな。梓は、何時からここらに居る?」
「昨日の夜から?」
「なら、この現象の原因では無い様だな。寧ろ、この現象の被害者かも知れない」
昨夜からと言う事は、今日一日裸で歩き廻っていたのか。
「被害者って?」
「なんらかの事象が起こっていて、それに巻き込まれた可能性が無い訳では無いと言うことだ」
「意味が解らないんだけど」
「具体的には、誰かが召喚魔法を行使して、それに巻き込まれたとか、何か変な現象を起こして、その余波で巻き込まれたとかだ」
「私、還れないのかな?」
「それを今答えられる知識は、俺には無い。それで、これからどうする?」
「どうすれば良いと思う?」
全くこの女は、一々俺が何か聞くと返事で質問を返してくる。自分の事ぐらい自分で決めろと言いたいが、無碍に扱って野垂れ死にされても寝覚めが悪くなる。
化けて出られても嫌だし、不安そうに見上げる顔にグッと来る物が有り、仕方ないので幾つか提案してやる事にした。
「俺と一緒に街に行って、ギルドに保護を求める。この場合、奴隷として売られる可能性が高いだろう。後は、なんとか一人で生きていける様になる。俺が思いつくのは、それぐらいだな」
「ねぇ、私が異世界から来たって言ったら信じられる?」
「成程。それなら確かに全裸だったことにも説明が付くが、誰に世界を渡された?」
「全裸って、そこで納得出来るんだ」
顔を赤くして、頬を膨らませている。女は本当に不可解な生き物だ。自分の状況を理解しているのだろうか。
「まぁな。異世界召喚なら、身体一つで来る事になる。具体的には元の世界での存在が無くなり、この世界で再構築される。だから服を着ている事は無い。ただ、それは、普通、精霊界とか幻獣界から呼び出されるのだが、梓は人族だよな?」
「人族ってのか解らないけど、人間だよ。ピッチピッチの女子高生。花も恥じらう17歳の乙女だよ」
「じょしこうせいってのが、何かは解らないが17歳だと言のは解った。少し童顔な様だがこれは民族の差だろう」
「童顔って、私、大人びてるって言われてたのに、ショック」
「で、どうするんだ?」
「奴隷に好んで成る人間なんて居ないでしょ? そうだ! シノ、私を養って」
「馬鹿な事を言っていると、ここに捨てて行くぞ」
「シノ冷たい」
「俺は、学も技術も無い、その日暮らしの冒険者だ。女を養う甲斐性なんて、無いんだよ」
「仕方ないなぁ、じゃぁ、一人で生きていける様になるまで、面倒見てね」
「解った」
「本当! 言って見るもんだね」
ニッコリと微笑んだ顔は、焚き火に照らされているからか、ほんのり赤く、多少汚れては居るが見惚れてしまった。
「まぁ、放り出す訳にも行かないからな」
「何か、安心しちゃった。ちょっと、寝て良いかな?」
「あぁ、夜が明けたら起こしてやる」
「やらしいことしちゃ駄目だよ?」
「するか」
「私って魅力ないかなぁ?」
「はいはい、魅力的だけど、そんな非紳士的な事は、行いません」
「うん、解った」
全く、女って言うのは面倒臭い。言葉一つにやたら拘る。無防備に寝やがって、犯してやろうかと思ったが、不思議とそんな気になれなかった。
それにしても、豪胆な女だ。俺なら見も知らない世界に突然裸で飛ばされたら、混乱しまくるだろう。
既に混乱を乗り越えたのかも知れないが、それでもこの楽天的な態度は、呆れる。火を見て人が居ると思い近付いて来たのだろうが、殺される事を考えていない無防備さだ。
何と言うか、庇護欲に駆られると言うか、そんな感じだ。俺にそんな感覚があった事にも驚きだが、さて、これからどうしたものか。
俺は、火を焼べながら色々とこれからの事を考えていると、漸く空が白び始めて来たので梓を起こす事にする。
「ほら、朝だぞ。起きろ」
「う~ん、後5分~」
「起きないなら、置いて行くぞ」
「え? ここは何処? 私は誰?」
「寝呆けてないで、身体洗ってこい。これで拭いて構わないから。それと、身体を洗ったら、これを着ておけ」
「はぁい。覗いちゃ駄目だよ?」
「解った解った。見えない処に行って襲われても、覗きになんて行かないから安心しろ」
「解ったよぉ。もうちょっと優しくしてくれても良いと思うけどなぁ」
俺は、タオルと俺の着替えを渡して、梓を送り出した。はっきり言って心外だ。
俺自身でも驚くぐらいに甘い対応をしているのに、まだ優しくしろとか、どれだけお嬢様なんだ。
しかも覗くなとか言っておいて、目の前で水浴びしているし、もう少し羞恥心を養えとこちらが言いたいぐらいだ。
焚き火の後始末と、荷造りを終えた頃、漸く梓が水から上がって来る。
「ちょっと水が冷たかったけど、さっぱりしたぁ~」
「そうか、じゃぁこっちに来い」
「馬に乗せてくれるの? 私初めてだよ。これが初体験の緊張って言う奴だね」
「良いから、黙って乗れ」
俺は、ブカブカの俺の服を着た梓を、馬の背に乗せる。水で洗われた顔は、結構どころかかなり可愛いし、黒髪はルナに負けず劣らず艷やかだ。
馬に乗せる為に持ち上げた身体は柔らかく、良い匂いが漂ってくる。お尻を押し上げた時の柔らかさに、ちょっと役得を感じてしまった。
森に入ろうと馬を引き始めたと同時に、シルフィが俺に異常を知らせて来る。
「何? オークキングか?」
「どうしたの?」
「オークの群れが、こちらに向かっているらしい」
「え? どうするの? って何で解ったの?」
「風の精霊が教えてくれる。それより、中で鉢合わせするのはまずいから、ここで迎え撃つぞ」
「迎え撃つって、私、戦闘なんてしたことないよ?」
「解ってるから、ちょっと黙ってろ」
「はぁい」
緊張感の無い返事をする梓。俺は、オークが来る方向と反対側の森の影に馬を引いて行く。
俺達が、森の木に隠れた頃、ゾロゾロとオークが湖に出て来て、水に入って行く。
オークも湖で身体を洗うと初めて知ったが、その最後列に一際大きく、周りのオークより大きな斧を持ったオークが居た。
「水姫」
俺が、水の精霊を呼び出すと、それはオーク達のすぐ傍に現れた。行き成りの虐殺モードだ。
「あいつ、何か鬱憤でも溜まっていたのかな?」
「あれもシノの精霊?」
俺達の目の前では、水姫がオークの群れを蹂躙している。
水姫に物理攻撃は意味がない。湖の潤沢な水が有る状況では、水姫に対抗出来るのは、光の精霊か闇の精霊くらいだろう。
そして魔物に精霊は扱えないし、そもそもオークには魔法が使えない。
ここから見れば水姫の指先から出ているのは、水鉄砲の様だが、オーク共の頭を打ち抜いている水は、オリハルコン装備ですら打ち抜く強度だ。
そもそも最初の出現時に、雨の様にあれを降り注いでいるので、残っているオークもヘロヘロで抗う術もない。
あっと言う間にオークの群れは全滅し、巨大なオークキングだけが抗っているのだが、俺から見ると水姫が遊んで居るだけに見える。
最後ぐらい、俺に倒せと言う事か。
「ちょっと行ってくる。ここで待ってろ」
「ちょちょ、置いていかないでよ」
「大丈夫だ。こいつは賢い。危険が迫れば逃げてくれる」
「うん」
本当はシルフィに頼んであるので、危険が迫ればシルフィが馬を追い立ててくれるのだが、説明が面倒なので馬が賢い事にする。
俺は、背中の剣を抜いてオークキング目掛けて走り出した。
「遅いですわよ。わたくしにこんな汚い者達の掃除をさせて、若い娘と乳繰りあっているなんて、常識を疑いますわ」
「乳繰りあってなんかねぇだろが」
水姫も人型の姿を取っている時は流暢に話掛けて来る。
全身が水の裸婦なのだが、水で細かな髪の動きまで制御しているのは、能力の無駄遣いにしか思えない。
態々、全身より長い髪が魔力によって広がっている様な演出をしている。
「凛々しくなったものです。昔は、あんなに可愛いかったのに」
「人間は成長するんだよ」
俺は水姫の言葉に応えながら、オークキングのでかい斧の攻撃を避け、足に剣を叩き込む。
俺の剣は細身の為、力任せに振ると折れてしまう。斬るイメージを持って叩き斬るのだが、流石にオークキングの身体は硬い。
斧を斬ってしまうと言う案も有るが、あの斧は高く売れるので、傷つけたくなかった。
「また、斧を売ろうとか考えているのですね。何時の間にか欲深くなってしまって嘆かわしいですわ」
「生きていく為には金が必要なんだよ」
「あら、一文無しのシノを生き存えて差し上げたのを忘れてしまったのですか?」
「はいはい、俺は、欲深くなりました。申し訳有りません」
「そうですよ。自分を認めると言うのは、大事なことです。仕方有りませんわね、少し力を貸して差し上げますわ」
水姫が腕をひと振りすると、オークキングの太腿目掛け水の刃が飛ぶ。
俺は、水姫の水の刃で太腿を斬られ、片足が無くなり膝を付いたオークキングの首を目掛けて剣を叩き込んだ。
「あら、野蛮」
「お前が言うな」
ごとりと落ちたオークキングの頭を見て、水姫がケタケタと哂っている。
攻撃力の有る精霊達は、どこか壊れている様に思えるのだが、奴等にしてみれば、そう言う物なのだろう。
水姫は、おれが討伐部位を収集し易い様に、オーク達を水際に押し寄せてくれる。変な処で思い遣りが有ると言うか優しいと言うか。
俺は、全オークの討伐部位とオークキングの馬鹿でかい斧だけを持ち帰る事にした。
「何時も助かるよ」
「あまりにも他愛なく、つまらなかったですわ」
「そうそう危険な魔物の居る様な処に行けないよ」
「シノも強くなったのですから、そろそろ上を目指す頃合ですわよ? その機会も得た様ですし」
「どう言う意味だ?」
「ふふふ、また呼んでくれる時を待ってますよ。可愛いシノ」
バシャンと言う音をさせ、意味深な言葉を残して水姫は消えて行った。
光の精霊であるレムに聞けば何か教えてくれるかも知れないが、今あいつを呼び出すのは危険な予感がするのでまたの機会にする。
「凄い凄い、シノって強かったんだ」
「あれぐらい、一人で倒す様にならないと、一人では生きていけないぞ?」
「無理、無理、ぜぇ~ったい無理!」
「解った、解った。取り敢えず帰るぞ」
なんか興奮している梓を背に乗せた馬を引きながら、俺は森の外を目指した。
オークキングが居たと言う事をギルドに報告すれば、それなりの調査結果と受け取って貰えるだろう。
たった一晩の調査としては、成果が有った方だ。しかもオークキングや多数のオークの討伐部位と、オークキングの斧も結構な収入になる。
オークの持つ斧は大き過ぎて人間には使えないが、獣人には結構需要が有るのだ。
あれだけの数があれば、それなりの収入になるが、流石に馬一頭で持ち帰るには大過ぎたので諦めた。
森の外に出るまでは、狼の群れ程度しか現れなかった為、かなり早く外に出る事が出来た。
まだ、昼前だが、このまま馬で飛ばすと昼飯抜きになるが、飛ばせば昼過ぎぐらいには着く事が出来る。
梓の着る物も買ってやらなければいけないだろうから、普通の店が開いているうちに街に辿り着きたい。
俺は、昼飯を諦めて馬を飛ばす事にした。街に着いてから何か食べた方が、まともな物が食べられると言うのもある。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「馬は一頭しか居ないんだから仕方ないだろ」
俺が馬に乗り、梓を抱きかかえる様にすると恥ずかしがる梓。こいつの羞恥心が何処に有るのかも謎だ。
「飛ばすぞ、しっかり捕まってろ」
「何処に捕まるのよ!」
梓を背中に回して俺にしがみつかせても良いが、それだと振り落とす危険が有る。
俺は梓の言葉を無視して、馬を走らせた。重いキングオークの斧も有るので、それ程速度は出ないだろうが、それでもこの方が安全だ。
「きゃぁ~っ! 速い速い!」
喜んでいるのか怖がっているのか、全く解らない絶叫を響かせながら、馬は街道を思いの外速い速度で駆け抜けて行った。