ブロック遊び
お父さんがブロックをくれた。
色も形もバラバラな、とても小さなおもちゃのブロック。組み立てていろんなものが作れる。ぼくが入れそうなほど大きな青いカゴに、山盛り詰め込まれていた。
ぼくは飛び上がって喜んだ。お父さんはいつだって、ぼくの欲しがっているものを知ってるんだ。
「おまえは手先が器用だからな。好きなものを作って遊びなさい」
お父さんはそう言ってぼくの頭を撫でてくれた。
「本当に!? これみんなぼくのもの?」
「そうだよ。ただし、片づけはちゃんとやるんだぞ」
分かってるよ、お母さんがうるさいもんね。
ああそれから、あいつに見つからないようにしなくちゃ。あいつときたら何でもぼくの真似をしたがって、できなきゃすぐにカンシャクを起こすんだもの。
それからぼくはすぐにブロック遊びを始めた。
青いカゴを引っ繰り返すと、小さなブロックがバラバラと音を立てて流れ出してきた。赤いのや青いのや黄色いのや黒いのや、本当に色とりどり。ぼくはうっとりと眺めてしまった。
さてまずは何を作ろうか。
ぼくは無数のブロックの中から念入りに数個を選んで、とりあえず組み立ててみた。
これって何の形だろう? へんてこな形になっちゃった。このブロックはどうにでもくっつくから、何でも作れるけど、きれいに組み立てるのが難しいんだ。
床に寝そべってブロックとにらめっこしながら、ぼくはいろんな形を組み立てた。お父さんに言われた通り、思いつくまま、好きなように。
これはいいできだ! とピンきたやつには、さらに違うブロックを付け足して、もっと複雑な形にしてみたりした。
うん、これは面白いや。センスが問われるってかんじだな。
慣れてくるとだんだんいい形が作れるようになってきて、ぼくは次々に組み立てては、できたものを並べていった。
どのくらい遊んでいただろう。
気づくとぼくの周囲は、組み立てられたいろんな形のブロックで、足の踏み場もないくらいになっていた。丸い形や平べったい形、長いしっぽのあるのや、足みたいなのがたくさん生えたのや、本当にいろいろ。
もちろんカゴの中にはブロックがまだまだ残っていたけれど、これ以上散らかすとお母さんに叱られそうだった。
お母さんは怒ると怖いんだ。このブロック全部捨てられちゃうかもしれない。
ぼくはすごくすごく残念に思いながら、最初の方に組み立てたブロックを崩して、それを新しく作ったやつにくっつけていった。
ほら、こうすればブロックが節約できるでしょ? たくさんある中から選んで、いいものをもっとよくしていくんだ。しゅしゃせんたく、って言うんだって。
ブロックをくっつけた結果、ぼくの作る形はいつの間にかどんどん大きくなっていった。
大きくてかっこいい! それは竜の形。ぼくは夢中でブロックを組み立てては、大きなそれをどんどん作っていった。今にもズシンズシンって歩き出しそう。
お父さんに見せたらほめてくれるかな?
その時だった、あいつがやって来たのは。
「おにいちゃーん! あたしもやるっ!」
頭にキーンとくる高い声で叫びながら、あいつはぼくの方へ走って来た。
ぼくの妹。ぼくの真似ばっかりしたがるウザイやつ。遊んで遊んでってうるさい甘ったれ。
「だめっ! これは兄ちゃんの!」
ぼくは妹とブロックの間に立ち塞がった。身体を張ってぼくの竜を守るつもりだった。
「あたしもやるー」
妹はすねたように唇を突き出して、床に散らばるブロックに手を伸ばした。またぼくの真似をするつもりだ。子供のくせに生意気だ。
「だめ! 触っちゃだめ! あっち行けよ」
ぼくが無理やりブロックを引ったくると、妹はぷうっと頬を膨らませた。
「おにいちゃん、あたしもー!」
「だめなの!」
泣くかな、と思った。泣かしてしまったらお母さんに怒られるかもしれないが、せっかくのブロックをめちゃくちゃにされるよりマシだった。
だけど、妹は泣かなかった。
「おにいちゃんのばか! いじわる!」
叩きつけるようにそう言って、ぼくの肩を思い切り突き飛ばしやがった。
ぼくは油断していて、どすんと尻もちをついてしまった。
ぼくの身体がぶつかって一体の竜が倒れる。するとそれが別の竜にぶつかり、またさらに別の竜に……。
床に手をついてぽかんと口を開けるぼくの目の前で、一生懸命組み立てたブロックは次々とひっくり返って、バラバラに崩れていった。
たくさんの竜がいっせいに壊れて細かいブロックに戻る音は、耳が壊れそうなほど強烈だった。
まるで空から星が降ってきたみたいに。
「ひ……ひどいよ……せっかく作ったのに……」
妹に腹が立つより悲しくなってしまった。鼻が痛くなって、目の前がじんわりとかすむ。泣くな男の子だろ、ってお父さんに笑われちゃう。
妹はフンと鼻を鳴らして、べえっと舌を出して、またどこかへ走って行ってしまった。
子供のくせに女ってやつはザンコクだ。
ぼくは一面に散らばったブロックの海の中で、しばらくぼんやりしていた。
もう全部片付けて、遊びを止めてしまおうかと思った。でもここであきらめたら男がすたるんだ。すたるって何だろう?
とにかくすたるのはいやだったから、ぼくはもう一度最初からやり直した。
幸い、全部がバラバラになったわけではなかった。よく探すと、辛うじてくっついているブロックもあった。あんまり大きく組み立てていなかったものだ。
今度はあんなにいっぺんに崩れてしまわないように、ぼくはこじんまりと組み立てることにした。大きさは控えめに、でも凝った形にしよう。種類もたくさん作ってみよう。
ブロック遊びはやっぱり楽しい。ぼくはたちまちまた夢中になってしまって、時間を忘れてたくさんの形を作った。
たくさんの獣の形。足の長いやつ、全身長い毛におおわれてるやつ、耳の大きいやつ、ほらこれは空が飛べるし、これは泳ぎがうまいんだ。
そんなに大きなかたまりにはしなかったけど、たくさんの種類を作ってしまったから、ブロックの残りはだんだん少なくなってきた。
あ、まずいな、またしゅしゃせんたくしないと……。
そう思った時に、またあいつがやって来た。甘ったれた、意地悪なほほえみを浮かべて。
やられてしまった、またしてもやられてしまった。
お兄ちゃんのぼくが本気で手が出せないのをいいことに、妹は好き放題大暴れして、ブロックで作った獣たちを蹴散らして、ほとんど元のブロックに戻してしまった。
慌てたぼくに追い回されるのを、妹はきっと楽しんでいるんだ。きゃっきゃと嬉しそうにはしゃぎながら、次々にぼくの獣を破壊してくれた。
逃げ足だけは速い妹が去ったあと、ぼくは再びへたりこんだ。
でもさっきとはちょっと状況が違う。
ぼくはとてもたくさんの獣を作っていたので、壊されずにすんだものが多かった。形の崩された仲間たちの下に隠れて無事だったものもいたし、妹が気づかないほど小さなものもあった。数えてみると、三分の一ほどが元の姿を保っていた。
負けるか!
僕はブロックの海から無事な獣を掘り起こして、また新たな組み立てを始めた。
そのあとも妹は何度もちょっかいを出しに来た。
反応をうかがうようにチラチラとぼくの顔を見ながら、ぼくの造ったものを壊してゆく。構ってほしいだけの甘ったれの妹なんだ。
最初は必死で抵抗したけれど、ぼくはそのうち気にしなくなった。いちいち怒って妹を追っかけ回すのは疲れるし、小さな妹がどんなに頑張っても全部の獣を壊すのは無理だと分かっていたから。
妹が楽しいんなら、まあいいや。そんなふうにすら思った。
好きなように楽しんでくれ。兄ちゃんもまた造る楽しみができるからいいや。
壊されては造り、また壊される。何度も何度も。
ハカイとソウゾウ、っていうんだっけ、こういうの?
小さな二本足の獣を造り終えた時、ぼくは後ろで妹が泣いているのに気づいた。
振り向くと、妹は真っ赤な顔をして、両方の目からぼろぼろと涙をこぼしていた。たぶんぼくが相手にしなくなったから寂しくなってしまったんだ。
本当に甘ったれ。めんどくさいったら。
ぼくは床に膝をついたまま妹に近寄って、頭をなでてやった。お父さんがぼくにしたみたいに。
妹は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。ひっくひっくと変な息をしながらも、何だか嬉しそう。
「いっしょにやる? ブロック遊び」
ぼくはそう訊いた。妹は鼻をすすり上げて大きくうなずいた。
「おにいちゃん、あれみて!」
妹はブロックの入ったカゴを指差した。ぼくもそっちを見て、あっと声を上げた。
さっき造ったばかりの獣が、二本の足で器用に歩いて、カゴの周囲に集まってきていたのだ。それらはみんな、自由に動く二本の腕をカゴに向かって伸ばしている。
「ブロックがほしいのかな?」
「そうだね」
ぼくは青いカゴを横に倒して、中身をみんな床にばらまいてやった。
獣たちはいっせいにブロックに群がり、腕に抱え、それらを組み立てようとし始めた。
それだけじゃない。やつらは自分たちとは違う種類の獣を取り囲んで、やっつけている。自分たちの手でぼくの組み立てたブロックを崩して、何か別のものに組み直そうとしている。
生意気なやつら。でも仕方がない。こういうふうに造ったのはぼくだもの。
「あっちで他の遊びしよっか」
何だか急にブロックに興味がなくなって、ぼくは妹の手を引っ張った。遊びは他にいくらでもある。妹とケンカせずに仲良くできる遊びがたくさん。
妹は白い歯を見せて笑った。
「うん! でもおかたづけしないとママにおこられるよ?」
「だいじょうぶ。ブロックは全部出しちゃったから、あれ以上は散らからないよ」
二本足の獣たちがぼくのブロックを使って、ぼく以上にきれいな形を組み立てている。高い塔や速い乗り物や、彼ら自身に似た獣のニセモノまで。
でもブロックの数は決まっているんだ。増えることはない。他の獣をみんなバラバラにしてもすぐに足りなくなって、そのうち仲間同士で壊し合いを始めるんじゃないだろうか。
お父さんの真似をして、ぼくは大人っぽく肩をすくめて見せた。
「あとでちゃんと片づける。造るよりもずっと簡単さ。全部ブロックに戻して、カゴの中に返しちゃえばおしまいだよ」
妹と遊んで、それに飽きたら、今度はまた別のものを造ろうっと。
自分の身体を構成する原子は、その昔は恐竜を形作っていたものかもしれません。そう考えると不思議で楽しいです。