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二人の通常

 エリックとサンティはホルンの街にいた。ベヒーモス退治を依頼した人の元へ向かい、報酬を得て街を散策していたのだ。

 この世界には、魔物と呼ばれる生き物が住んでいる。中には常人でも対処できる低級なものも存在するが、たいていの場合は腕の立つ人間に退治をお願いすることが多い。彼らもまた、人々の依頼を受けて魔物討伐を遂行する者達であった。ただしどちらかと言えば、傭兵に近い存在ではあるが。




 綺麗に舗装された道から少しそれた所にある、大きな酒場。夕闇に染まり駆けた空に、客人達の騒ぎ声が響いていた。仕事を終えた冒険者達が酒盛りを楽しんでいる。その中に、エリックとサンティもいた。舞台では露出の高い服を着た、スタイルのいい踊り子達が華麗に踊っている。エリックは踊り終わった彼女らに近寄った。


「やあ、君たち。良ければ僕と一緒にこの美しい夜を共にしないかい?」


 エリックの口説き文句に、踊り子達は黄色い声を上げた。もとより顔立ちの整った彼は、女性からの第一印象も良い。彼は温厚に振る舞った。


「どう? ここは気に入ってくれた?」


 踊り子の一人が彼に尋ねる。エリックは穏やかに笑った。


「もちろんさ。道は綺麗で酒も美味い。そして何より、君たちのような美しい女性と出会えたからね」


 エリックがウインクをしてみせると、踊り子達からキャーと歓声が上がった。集まる彼女らに、エリックは言葉を並べていく。ふいに、踊り子の一人が何かを思い出したように口を開いた。


「そのコートと鎌…もしかして、あの“魔喰いの死神”?」


 女性の言葉に、エリックは紫の瞳を丸くして、ひゅう、と口笛を鳴らした。


「いや~、僕の異名を知ってくれているとはありがたいねえ。そう、僕は“魔喰いの死神”ことエリック・マジャースムさ」


 またも踊り子達から歓声が上がる。エリックはますます機嫌を良くした。





「いいのですか?」


 酒場のマスターが、カウンターに腰掛けて彼を見守るサンティに問いかける。若くはないが身だしなみの整ったマスターは、カウンターの奥でグラスを磨いていた。サンティはその問いかけに間延びした声で答える。何が、かは言われなくても分かっていた。


「別に構わんよ。仕事じゃなければ、ああやって好きにさせといたほうが後々めんどくさくなくていいし。それに、見とる方が面白いじゃん」


 言い終わってから、サンティはグラスの酒を少し口に含んだ。氷がカランと音を立てる。彼女の声に嫌味のこもっていないことに気付き、マスターはそれ以上尋ねなかった。サンティはそれを気にした風もなく、女性に囲まれているエリックをまた見やった。




「おい、兄ちゃん」


 太い声が上から降ってきて、エリックは振り向いた。そこには体格のいい、たくましい男が数名。そのうちの一人が彼を見下ろしていた。


「横取りすんじゃねえよ。俺達は前から彼女らを狙ってたんだ」


 腕を組み、男は威圧的にエリックを睨む。横から別の男が口を挟んだ。


「そうそう。ちょっと顔がいいからって調子に乗んなよ」


 しかしいくら言われても、エリックの表情は変わらない。ただ穏やかな笑顔を浮かべている。


「まったく、君たちは女性に対する配慮がないのかい? こういう事は彼女らに選ばせるんだよ。だいたい、僕はちょっと彼女らに話しかけただけじゃないか。寄ってきたのは彼女らの方だ、僕が恨まれる筋合いはない」

「んだと!」


 エリックの言葉に、男の一人が声を荒げた。その勢いのまま、エリックの胸ぐらを掴む。さすがのエリックも目を見開いた。男は荒い声のままいきり立つ。


「ふざけたこと言ってんじゃねーぞ、この優男が!」


 男が腕を振り上げる。エリックは咄嗟に自分を掴んでいる腕を払い、体をひねって拳をかわす。しかし多勢に無勢、別の男に肩を押さえられる。避けることもできないまま、鳩尾に男の膝が食い込む。倒れ込んだ彼に、容赦なく蹴りと拳が飛び交った。


「やめなさい! これ以上暴れるなら、外に出て行ってもらいます」


 ふいに大声が上がった。踊り子の中で一番年上の女性が制止に入ったのだった。肝の据わった視線に気圧されたのか、男達は悔しそうに舌打ちをし、自分たちの席に戻っていく。


「ありがとう、助かったよ」

「ふふ、私はもう少し強い男の方がお好みかな」


 エリックが微笑みかけても、その女性は軽く彼の額を指で弾いた。エリックは観念したようにため息をつく。


「…手厳しいな」


 痛む体に鞭を打ち、よろけながらも立ち上がる。彼はカウンターから面白そうに眺めていたサンティの隣へ座った。


「魔導士が本職のくせに、バリバリ戦士タイプの人間に喧嘩売るもんでそうなるだら」

「サンティ、見てたなら助けてくれよ…」

「えー、自分でまいた種くらい自分で刈りんよ」


 エリックが不満を言うと、サンティはくすくすと笑うだけ。彼女の持っているグラスは減った形跡があまり見られない。エリックはため息をつき、痛む体に魔法を掛け、傷を癒した。先ほど引っ込んだはずだが、いつの間にかあの男達が周りに寄ってきている。


「てめえ、こんな美人ほっといて別の女口説いてたってのか?」

「なあ嬢ちゃん、こんな女たらしの優男とじゃなくて、俺らと遊ばねえ?」


 下品な笑いを浮かべ、男達はサンティに歩み寄る。エリックはどきりとした。どう返すのかと彼女の顔を盗み見る。サンティは顔だけ男に向け、不敵な笑みを浮かべていた。その心境は読めない。


「女が強くてしっかりした男ばかり選ぶと思わんでよ」


 そう言って、もう興味はないとばかりにカウンターに向き直る。エリックはまじまじと彼女を見つめた。当の本人は、中身のかなり残ったグラスを見つめている。


「ハア? その男の何がいいんだよ?」


 男の一人が声を上げた。だが、サンティは振り向かずに答える。


「そんなん一生知らんでいいわ」


 冷たく言い放たれた言葉に、聞いた男のみならずエリックも愕然としていた。少なくとも、彼は彼女が頼りなく見える自分についてきてくれる理由を話してくれる事を期待していたのだ。だが、いつも彼女はそれを話さない。エリックも彼女を大切に思っているし、サンティも言葉には出さずとも彼を大切に思っていることは知っていた。だが、その理由だけは話してくれないのだ。エリックは女性の扱いには慣れているはずだったが、彼女はそれが通用する相手ではなかった。


「エリック、どうかした?」


 ぼんやりと考え込んでいたエリックの顔を、サンティはのぞき込んだ。エリックは何でもないと曖昧に笑う。そしてマスターに声を掛け、アルコールに思考を溶かすのだった。

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