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魔喰いの死神登場

 風が草に波を作る。快晴な空の下、見渡す限り続く草原に、一組の男女がいた。黒いコートを羽織った男が大儀そうに口を開く。


「ったく、本当にそのベヒーモスとかいうでっかい怪物はいるんだろうな?」


 男は大きな鎌の柄を地につけた。鎌を持っていない方の手で頭をかく。対して、女性は風の吹く空を見上げた。


「いる。何か強い生き物が、ここに」


 そうつぶやく間にも、彼女の赤みがかった茶髪が風に揺れる。彼女の言葉を受けた男性は、ほう、と興味深そうに声を上げた。それが説明を求める声だと、女性には分かっていた。


「この辺りには、他の生き物の臭いがしない。つまり、それだけ強い何かがいて、殺したか追い払ったかした証拠だら」


 言い終わると、女性は男に向き直った。黒いコートの男は嬉しそうに口の端を上げる。


「はっ、お前の鼻はいつも頼りになるな、サンティ。つくづく、お前と一緒で良かったと思うぜ」


 男はどこかおもしろがるように彼女を見た。サンティと呼ばれた女性は眉をひそめ、ため息をつく。


「エリック、そういう事言うのは仕事が終わってからにしてくれん?」


 彼女の言葉に、男――エリックはへいへいと軽く返した。その態度にまたサンティはため息をつきかけるが、にわかに表情を硬くしてある方向に素早く向いた。エリックもまた、彼女のただならぬ雰囲気を感じ取り、大鎌を構える。


 地響きに似た声が轟いた。風が吹きつけてくる。大地を揺らし、巨体がまっすぐこちらへ駆けてくる。太く頑丈な四肢。トゲのついた太い尻尾。剛毛に覆われた体。そして何より、なめらかに湾曲した一対の角。現れた怪物は紛れもなく、彼らが探していた魔物、“ベヒーモス”であった。その圧倒されそうな姿を見、エリックはますます嬉しそうに笑った。


「これはまた狩りがいのある大物だぜ」


 ベヒーモスは自分のテリトリーに入った敵に、勢いよく突進。だが、鋭い角を突き立てるには及ばなかった。サンティが角を捕らえ、押さえつけていたためだ。それでもなお魔物は押し切ろうとし、足に力を込める。徐々にサンティが押されてきた。しかし次の瞬間、彼女は人の姿をしていなかった。全身白い毛に覆われ、尻尾と上にとがった耳を持つ獣、狼。変身した彼女はベヒーモスを押し返す。両者の力は拮抗。その隙に、エリックは鎌を振るった。白く光る刃は魔物の前足を切り裂き、体液が飛び散る。魔物は痛みに咆哮した。力が弱まったのを契機に、サンティはその巨体を持ち上げる。そのまま背中から叩きつけた。仰向けになったベヒーモスは体を起こそうともがく。トゲのついた尻尾が彼らに襲いかかった。サンティはそれを拳で迎え撃つと、爪でもって切りつける。勢いの弱まった尻尾に、今度は根元から噛みついた。鋭い牙は分厚い皮膚をも貫く。勢いをつけて首を振ると、魔物の尻尾は引きちぎられた。またも悲鳴が上がる。

 その間、エリックは跳躍。無防備な魔物の腹に鎌を振り下ろす。先ほどよりも深く刃が食い込んだ。再び鎌を振り下ろせば、臓器がいくらかむき出しになる。そこで魔物が起き上がった。二人は急いで間合いを取る。怒り、猛った怪物はすさまじい咆哮を轟かせ、角を振り上げて突進。サンティはその間合いに素早く入り、あごを殴り上げる。不意を突かれた魔物はよろめいた。サンティは立て続けに爪を立て、拳を振るう。


『偉大なる神よ、その力を以て暗雲を切り裂き――』


 彼女がベヒーモスの相手をしている間、エリックは鎌を前に立て、呪文を唱える。普段とは違う言葉を放つと、空を黒い雲が覆った。なおもエリックは詠唱を続ける。


『――罪深き者に裁きを与えよ!』


 詠唱完了と共に鎌を振り上げる。と、雲に稲妻が走った。それに気付いたサンティは素早く後方に跳躍。刹那、雷が轟き、魔物に直撃した。彼が使ったのは、雷の上位魔法であった。さすがのベヒーモスも、巨大な胴体を地につける。近付いてみれば、魔物は既に絶命していた。




 エリックは息をついた。


「久々に手応えのある戦いだったぜ」


 彼は満足げに笑うと、息をしない魔物を見つめた。


「…それはさておき、何を証拠にする? 角でも持ってくかん?」


 サンティも近寄り、値踏みをするようにあごに手を当てた。彼女の言葉に、エリックは頭をかいた。


「だーっ! 何でお前はそんなに現実的なんだ! これだけの大物を倒したんだから、もっとこう、何かあるだろ!」

「別に。そもそも、私はあんたほど戦いが好きじゃないし。それに、ここに来て依頼主に証拠がないからダメ、なんて言われたくないじゃんか」


 エリックがコートを揺らして力説しても、サンティは軽く肩をすくめただけで自分の意見を変えようとはしなかった。エリックは少し頭を抱えてため息をつく。


「戦いが好きじゃないとかそういう問題か? 勝った時の喜びとか、達成感とかあっていいだろ?」

「知らんよ。そんなんどっかに忘れてきたわ」


 魔物の角をどうやって取ろうかと思案しながらも、サンティはあっけらかんとして言い放つ。エリックは言葉も見つからず、黙っていた。


「それに、私にとっては戦いに勝つことよりもエリックを守る事の方が重要だし」


 次にさらりとつぶやいた言葉に、エリックははっとして顔を上げた。だが、彼女はそれ以上言及しようとはしなかった。そうこうしている間に、立派な角が根本から取れる。ずっしりと重たい角を、サンティは抱える。それを見て、エリックは大きく伸びをした。


「そんじゃ、帰るか」

「ん、了解」


 二人は広い草原を、もと来たように歩いていった。

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