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騎士とワタクシ

人の為と言いながら結局は自分の為に行動しているという事にどれだけの人が気づいているのだろう。見返りを求めていないと本当に言える?自分の罪悪感をなくすためではないと心から言える?誰かの為と言いながら自分を守るのであれば最初から自分の為だと言うべきだ。それが出来ないのならば誰にも手を差し伸べるべきではない。そんな権利など持ってはいないのだ。









騎士としてこの手を赤に染めた事を後悔した事はある。守るためとはいえ許されない行為だ。それでも私は騎士として生きる事を選んだ。そんな俺にマナは言ってくれたんです。


『私たちを守ってくれてるんだもん。この手はすごく綺麗だよ!!』


こんな私を受け入れてくれた優しい人。この手を綺麗だと言ってくれた。だから私はその時決めたんです。騎士としての忠誠は王に、けれど男としてはマナに誓うと。この心優しき少女が傷つかないで生きられるように守ろう。そう決めたんです。








「-----その人から離れなさい、ローデリック・リフィート」



狭い部屋に静かに、けれど有無を言わさぬ声色で呼ばれた私の名前。振り返った先にはクシュターナ家の御令嬢であるフィーリアナ様がいた。-------マナを傷つける私の敵である、その人。フィーリアナ様は貴族令嬢が着るような豪華なドレスではなく動きやすい簡素な服(それでも一般人からすれば豪華なもの)を身にまとい、カツカツと靴音を鳴らしながら私と家の持ち主であるナナ殿の間に入る。そしてナナ殿を守るように私から遠ざけその小さな体でかばう。



「フィーリアナ様、何故ここに・・・。いえ、それより何か誤解をしていらっしゃるようです。私は彼女に渡す物があったのでこうしてお邪魔させて頂いただけですよ」


「誤解などしておりません。貴方はナナの御主人の遺品を持ってきた。そうでしょう?」



アッサリと告げられた言葉にナナ殿の体が小さく震える。その気遣いのなさに思わず眉を寄せた。子供だからと言って言って良い事と悪い事の区別もつかないのか、この令嬢は。そんな私に見向きもしないで、フィーリアナ様はナナ殿の方へ振り向きその手を握る。



「ナナ、我慢する必要なんてないわ。綺麗事で纏める必要もない。貴方は怒る権利があるし憎む権利もあるの。この男を国を恨んでもいいわ。当然よ、だってこんな理不尽なことある?言いたい事があるならいいなさい。今しかそのチャンスはないのよ。後で言っても何も出来ないわ」


「フィーナ様・・・・・、でも、あのひとは、」


「国の為に王の為に死んだ。それは素晴らしい事なのかもしれないわ。でも貴方の夫としては、父親としては最低よ。最期を看取る事すら出来ずに、子供になんて伝えればいい?立派な人だったと言えるの?全くの偽りなしに?出来ないのでしょう?だから今のうちに思ってる事を言いなさい。彼は国の所為で死んだの。国に殺されたのよ。綺麗事で済ませられる訳がない」



フィーリアナ様がそう言うとナナ殿は涙を流しながら必死で訴え始めた。


『どうしてあの人が死ななきゃいけないの!!』

『ただ、家族で、みんなで生きれればそれでよかったのに』

『どうしてその男は生きてるのに!なんで彼だったの!!』


次々と悲鳴のように吐きだされる言葉に思わず足が一歩下がる。こんなにも重い感情を受け止めながらも微笑んでナナ殿を抱きしめている少女が急に怖くなった。いや、平然と国を批判するその態度すら恐怖だったのかもしれない。重い時間、きっと数分の出来事だっただろう。言葉が止んだナナ殿にフィーリアナ様は告げる。



「孤児院に行きなさい。其処には貴方と同じ境遇の人がたくさん働いてるわ。みんな悲しんでるし憎んでる。けれど生きていくために子供達を愛して育てているの。貴方の子供も其処で育てればいいわ。そして貴方よりも辛い思いをした子供たちの母親になってあげなさい。たくさん愛してあげなさい。その愛はいずれ貴方の心も癒してくれるわ」



頷いたナナ殿は私を見る事無く部屋から立ち去っていく。私の手には残された彼女の夫の遺品(私の隊に所属していた兵士)が所在を求めている。微妙な空間。それを作り上げたのは目の前の少女で壊したのもフィーリアナ様だった。



「ワタクシ、貴方には以前から会いたいと思っていました。本当に、何度怒りを覚えたでしょう。今日も此処に来ると聞いて急いでやってきましたの。そのかいがありましたわ。えぇ、本当にようやく会えました。こんなにも人に対して憎しみを覚えるのは久しぶりです」


「・・・・私が何かフィーリアナ様の気に障る事でもしましたか?けれど貴方とは接点などなかったと思いますが・・・・」


「シーラ・メイ・ディア・リーフ、そしてナナ。ワタクシが知っているだけで5人です。この名前に聞き覚えがありますわよね」



言われた名前に頭の中に顔が浮かぶ。そうだ、それは私が会いに行った女性。夫である兵士が亡くなり団長として最期を伝えるべきだと話をしにいった。それが何だというのです?



「『国の為に最期まで戦った。とても立派な最期だった』それが何だと言うのです。そう言えば誰もが納得すると思うのですか?それはそれは立派な頭をお持ちですのね騎士団長様は」


「なっ!!いくらフィーリアナ様と言えど騎士団を愚弄するのなら黙ってはいません!!」


「---ほら、結局は自分本位にしか考えられない。ワタクシがいつ騎士団を愚弄しました。そんなの貴方の勝手な思い込みでしょう。ワタクシは貴方を否定しただけです。騎士団長などどうでもいいですわ。ワタクシは貴方のその甘い考えが大嫌いです」


「・・・・子供であるフィーリアナ様には解らない世界です。貴方こそ何も知らないのに出しゃばるのはやめていただきたい。これは貴方のようなお嬢様には関係のない事です」


「-----ワタクシはいつだって後悔して生きています。もっと早くこうしていたら、もっと違う方法を考えてたら、もっと、もっと、毎日悔やんでいます。けれど、貴方はそれを所詮お金持ちの令嬢の気まぐれと捉えるでしょうね。ドレスが気に入らないとか髪型が気に入らないとか、そんなくだらないことだと思うでしょう。どうしてだと思いますか?貴方は先入観で全ての物事を決めつけているからです」


「私を馬鹿にしているのですか!!」


「・・・・・兵士にになった人は望んでその職についた訳ではありません。民がなれる職業と言うのはとても少ないのです。平民はなおさら、そう。商人にも農民にもなれない民は兵になるんです。国はいつだって兵士を募集しているし剣を持てばその瞬間、兵士となる。腕前など関係なくその瞬間この国の兵士になるんです。でもそれで家族を養える。それを悪い事だなんて思わない」


「当たり前です。この国の為に身を捧げられる。それの何が悪いというのですか」


「それは、貴方が選んで騎士になったからです。選択肢が大勢ある中から騎士を選んだ貴方と選択肢がそれしかないから兵を選んだ民とは違いすぎる。だから貴方は国のために死んで立派だと言えるのです。それは貴方達だけ。民は生きていくために兵になったんです。死ぬためにじゃない」


「兵になった以上立場は変わりません。誰もが同じ立場になります」


「いいえ、違います。ならば貴方は下の兵士達の練習場を見ましたか。彼らが使う武器を見ましたか。彼らを守る防具を見ましたか。ならば何故、疑問を抱かないのです。自分達がいかに恵まれているのかよく解っているはずです」



真っ直ぐな瞳が私を突き刺す。けして嘘は許さないと、彼女は全身で告げている。その時、気づいた。----彼女は、私を非難している。団長と言う立場でありながらも命を軽んじた私を非難しているんだ。今まで当たり前だと、誰もが思っていた。私もそう思って気にもしなかった。なのに、どうだ。全く関係のない、その手を汚した事すらないようなお嬢様が矛盾を訴えてる。それは間違いなんだと告げている。



「・・・・・・わたしは、自分のために謝っていたんですか」


「騎士団長は全ての兵の命を背負うものだとワタクシは思います。彼らの為に国に経費を求める事も貴方の持つ財力を使う事もできたのに貴方は何もしなかった。それが当たり前だと言い、結果死んだ人間の家族に国の為だから誇れと言い続けてきました。死ぬと解っていたはずなのにそれを美しい言葉で隠したんです。でも、遺族はそれを受け入れる事なんてありえない」


「彼女達にとって、私は憎む存在・・。・・・・どうしてです?フィーリアナ様は醜い世界など知りもしないはずなのに、どうして解るのですか。貴方は綺麗な世界で守られて生きている人だ」



その時、初めてフィーリアナ様の表情が変わった。何かに耐えるように、必死で何かを我慢しているような、そんな表情。初めて年相応に見えた。そう言えば、まだ彼女は15歳だ。・・・・・・マナと同い年なんだ。



「・・・・世界がだれの、目にも綺麗ならば、きっとだれもが幸せなのでしょう。けれど、そんなこと、おとぎ話のなかだけでじっさいは違う、違うんです。気付かずに生きれるのなら、まだよかった。でも、知っている以上、黙っている訳にはいきません。自分に出来る事から目をそらして生きるのはワタクシにとって、生きるとは言わないのです」


「わたしの、私の手は、血に染まっています。今まで国の為に何人もの人を殺しました。それが国の為だと、王の為だと今でも思っています。けれど、単なる人殺しだとも解りました。フィーリアナ様、貴方は、私の事を私のこの手を・・・・・汚いと思いますか」



マナにした質問と同じ事を聞く。綺麗だと、守ってくれる手だと誉めてくれたマナ。でも、本当にそうだったのだろうか。人が死んだところを恐らく見たことがないマナにとって人が死ぬと言うのは物語の中の事で、人の命の重さを解ってなかったんじゃないのかな。だから簡単に言えたんじゃないのか?でも、この人は、フィーリアナ様は違う。いや、きっとフィーリアナ様だって人が死んだところは見た事がないはずだ。でも、この人は世界をよく知っている。



「・・・・貧困街では毎日のように子供が死んでいきます。襲われた訳でもなく傷つけられた訳でもなく餓死していくのです。昨日生きてた子供が次の日には死ぬ事もあります。昨日までいた子が消えている事もあります。それでも生きようと、生きる力を失わずにいるあの子たちこそワタクシはもっとも人として素晴らしいんだと思っています」


「行かれた事があるのですか・・・・。貴方は、何処まで規格外なんです」


「ワタクシ達貴族はそんな子供たちを救えるんです。けれど誰も何もしない。自分達とは世界が違うと最初から切り捨てているから、誰が死のうが何も思わない。でも、それだって立派な人殺しでしょう?剣を持たないし切りつける事もないけれど、でも見殺しにしてる罪人です。貴方のように人を殺したと理解しているならまだ、いい。でもワタクシ達は違う。本当に醜いのはワタクシ達なんです」



聞いている方が苦しくなるフィーリアナ様の想いに思わず膝をついてその細い手を取る。



「違う。違います。あなたは、あなただけは違います。貴方は、誰よりもよく解ってる。貴方に救われている人だって大勢いる。貴方はこの手で確かに救っているんです。貴方が人殺しだと言うのならこの国にいる全てが罪人だ。それでも貴方ほど清廉な罪人はいない」


「いいえ、ワタクシは何もできていない。もっと何か出来るはずなのに」


「どうして、どうしてですか!!どうして、自ら茨の道を行くのです!!」


「それがワタクシの罪滅ぼしだからです。フィーリアナ・クシュターナに産まれたワタクシの罪です」



ハッキリと迷いなく告げるこの方を守りたいと思った。茨の道を歩くのならその棘を全てなぎ払って少しでも流れる血を少なくしたい。王に抱いた同じ気持ちをこの方に抱いてしまう。”至宝”だ。この方は誰もが認める至宝だ。そんな方を守らないで他に誰を守ると言うのだ。



「私は、貴方を守りたい。叶うのならば貴方の騎士になりたかった」


「そのお心だけ受け取っておきましょう。ワタクシよりも王様の御身をお守りください。貴方はそれが出来るのです。それがどれだけの民の心を救っているのか貴方はもっと知るべきです」


「フィーリアナ様。貴方に会えた事を私は人生で最も喜ぶべきことだと思っています。貴方は私にたくさんの事を気づかせてくれた。私もまた、罪を償うために生きます。それが今の私にできる死んだ者たちへの祈りになります」


「死んだ人を理由にするのはいけない事。けれど時にはそれが必要な時もあります。忘れるのも囚われるのもいずれ時が解決してくれる。だからみな、生きていけるのです。王様の事をお守りください。ワタクシもお二人の無事を祈っております」



立ち去ろうと動いたフィーリアナ様。握っていた手にそのまま口づけを落とす。今の私の全ての想いをこの口付けにこめて。顔をあげてフィーリアナ様を見つめる。



「私にとって貴方は神様なのかもしれません」



今日の出会いに感謝しよう。今思えばマナは綺麗な所しか見ないから一緒にいて楽だったんだろう。

それを愛情だと思い込んでしまったけれど、愛はそんなんじゃない。綺麗な部分しか知らずに何が愛だと言うんだ。王様や王妃様がフィーリアナ様を王子の正妃にと望む理由がよく解りました。この方ならば素晴らしい国母になるでしょう。でも、フィーリアナ様はそれを望まないでしょうね。この方はきっと縛られる事を恐れている。それに王子にはもったいなさすぎる。そう言えば王子もマナを愛しているんでしたね。あの子を王妃にするぐらいならフィーリアナ様がいいんですが今は様子見と言う事で。私のような人間がフィーリアナ様の横に並べるなんで思っていない。でも守る事なら許されるはずだ。この方の為にこの剣をいつか捧げよう。それが私の最大限の愛情なのだから。
















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