王子様とワタクシ
人との出会いをいちいち覚えてなんていない。
その縁が続くかその場限りかなんてその時は誰にも解らないでしょう?
1回の出会いを運命だと思う人もいれば意味のないものと思う人もいる。意図的に関わらないように決める事もある。けれど1つだけ確かな事は1度の会合でその人となりを理解する事は不可能と言う事だ。
俺には嫌いな人間がいる。幼い頃に遊び相手の1人として城に来た女だ。
俺より3つ下のそいつは他の子供のように俺に媚びないし城に来れて喜ぶ事もしない。
ただ、俺と俺に群がる子供達を何歩も離れて見てるだけ。何の感情もない瞳で見ているだけだった。
「またいらしたんですか?随分とお暇なんですわね」
マナに会うためにやってきたクシュターナ家。俺の姿を見たフィーリアナが嫌そうに顔を歪めて溜息を吐きながら言い放つ。相変わらず嫌な女だ。マナとは大違い、いや、比べる事すらマナに失礼だな。
「そんなに来るなら城に侍女として引き取ればよろしいのに。そうすればワタクシも苦労が減ってとても喜ばしいですわ。そう思いませんこと?」
「っ、マナが此処で頑張りたいって言うからしょうがないだろう。そうでなければ誰がこんな所にいさせるか。お前のような冷酷な女に虐められて可哀想な目にあっているというのに!」
「虐め、ですか?身に覚えなどありませんけど反論する気もないですからどうでもいいです。とにかく他のメイド達に迷惑をかけるのだけはやめてくださいね。みんな働いているんですから」
そう言っていつものように、俺に興味を持たず去ろうとするフィーリアナを呼び止める。怪訝そうに振り向いたフィーリアナに母上と兄上からの伝言を伝えると初めて笑みを浮かべる目の前の憎い女。俺の前ではいつも怒っているのに。いつもならすぐにマナの元へ行く。俺を俺として見てくれる、兄上と比べない俺自身を愛してくれる愛しいマナの元へ。なのに今日は違う。何故か、目の前の女の前から去れない。なぜ?昔の夢を見たからか?
「お、まえは・・・・・」
「はい?」
「おまえは、俺と結婚したいと思っているのか・・・・」
俺の婚約者候補の1人であるフィーリアナ。いや、父上も母上も兄上も誰もがフィーリアナと結婚しろと俺に迫っている。臣下達だって他の婚約者候補の親もみんなこの女を進めるのだ。そして必ず言う。『他の国に手渡すな』と。俺はマナを愛している。マナ以外の人間と結婚なんてしたくない。なのに父上も母上もマナを認めてくれない。あんなに頑張ってるのに、あんなに優しい子なのに。どうしてこの女に負けるんだ。貴族じゃないから、それだけの理由で認められないなんて可哀想過ぎる。
「王子様には申し訳ありませんけれどワタクシ何度も王様にも王妃様にも婚約者候補から外してもらうように頼んでおりますのよ」
だからフィーリアナの言った言葉に驚いた。婚約者候補から外してほしいと頼んでる・・・・?
「だ、だが父上も母上もお前と結婚しろと俺に常に言っているぞ!!」
「知りませんわそんなこと。こっちは5年も前から言い続けています。それでも外してくださらないのですから文句があるのならワタクシではなく王様と王妃様へとおっしゃってください」
「ならどうしてマナと結婚する事に反対する!!!」
そうだ。父上も母上も兄上も認めてくれない。そして表だって反対しているのが目の前のフィーリアだ。フィーリアナが反対するならと他の人間も同意していく。誰もが彼女を認めない。それもこれもお前が王妃の座を狙っているからではないか!!!!!
「ワタクシはこの国の民です。ですから民として反対させて頂きました。それの何処が悪いのです?自身の国を守りたいと思う事が罰ですか?ワタクシは王妃になど興味ありませんしなりたいと思った事すらありませんわ。けれど国を滅ぼす王妃を認める訳にはいきません」
「滅ぼすだと!!!!貴様、何を言ってるのか解っているのか!!!」
「-----だから貴方は一生王子のままだと申し上げましたのに」
「なんだと・・・・・・」
「お忘れですか?ワタクシが幼き頃王子様に言った言葉です。今一度申し上げます。『貴方は王子様として産まれて王子様のまま死んでいくわ』・・・・そう今も思います」
幼い子供に言われたセリフ。意味が解らないけれど俺は言い返した。『当たり前だ!俺は王子なんだからな!!』そう言った俺に興味を完全になくした幼い少女。そうだ、あの時あの瞬間、この女は完全に俺を自分の世界から消したんだ。会っても何の感情もなく淡々と進む話。だから、俺は嫌いになった、この女を。
「ど、ういういみだ!!」
「王子と言うのは肩書です。それは貴方を指すものですけど貴方だからという事ではありません。たまたま王家に産まれたから王子になっただけで貴方ではなくても誰が成っても同じ事です」
「っ、ちが、」
「英雄はたくさんの人を救います。けれどほとんどの人が英雄の名前ではなく肩書で呼ぶのです。英雄が何をしたかを誰もが知っているというのに英雄の名前を知らない人間は多いものです。何故でしょう?簡単です。みな、英雄の名前よりも英雄がやってのけた結果が大事だからです。ですから英雄は英雄として呼ばれ業績を褒め称えられます」
「だからなんだ、」
「逆に罪人はどうでしょう?多くの人間を殺した殺人犯の名前は誰もが知っています。誰もが名を呼び恐れ嫌い憎み名を呼び続ける。けれど殺された人間の名前など知りもしないのです。ただ、犯した罪の大きさに対して名前を呼ぶだけ。誰もが罪人の過去に興味など無く最期を知りたいだけ。殺人犯は罪人として名を呼ばれ続け悪人として語り継がれる」
「それがなんだ!!!」
「どちらも始まりはただの人です。けれど英雄と罪人に別れたのは自分で決めたからです。英雄は良い事をしました、けれどその名は誰にでも呼ばれるものではありません。罪人は悪い事をしました、けれどその名は誰にでも呼ばれるものです。つまり英雄は誰が成っても良かったんです。ただ、結果をみんな求めて答えた人が英雄になる。けれど英雄はそれで満足かもしれません。人から英雄になり名を残せたのですから。貴方はどうです?王子としてやがて王位を継ぎ王になる。けれど誰も貴方の名は呼ばないでしょうね。だから言ったのです。貴方は王子として産まれ王子として死んでいくと」
「・・・・・・・・・・」
「貴方のお父様、王様は違います。あの方は素晴らしい方です。類まれなる賢王としてこの国を治めそして残虐非道な狂王として他国を脅かしました。この国の人間は賢王としての姿しか知りません。それは王様が見せないようにしていたからです。それでも民は王様の名を呼ぶのはそれだけ王様の治世が素晴らしいから。だから誰もが”王”という肩書ではなく”名前”で呼び存在してくれている事に感謝し続けるのです。そして、それは王妃様も同じ事」
「ははうえも・・・・・」
「王妃と言うのは王の為だけに存在しているんだとワタクシは思っています。王に成るというのは並大抵の事ではないのでしょう。自分の一言で誰かが死ぬ事を忘れてはいけません。自分の行動で誰かが死ぬ事を忘れてはいけません。自分の手で誰かを殺す事を忘れてはいけません。それらを抱えて血を流さないようにし続けている王様は笑顔の下に全てを隠しておられます。そして王妃様はそれに気付かないふりをしなければいけないんです。笑って王様の全てを包みこむ存在、たとえ目の前で人が殺されようとも、王様が自分の身内を殺そうとも動じず王様のためだけに存在していなければいけない。それがどんなに大変な事か解りますか?」
父上と母上を思い出す。いつだって父上は毅然としていて迷う事はない。母上もそんな父上を信頼していていつだって父上を信じている。俺達を不安にさせたことなんか1度もない。
「何故、王妃が貴族から選ばれるか解りますか?当たり前です。国母となる王妃に教養がなくてどうしますか、社交性が無くてどうしますか。人脈がなくてどうするのです。ですからワタクシは王妃にはなれないのです。ワタクシは自分のためにしか生きれません。誰かを支える事はできない人間です。そして貴方の愛するあの子はそのスタートラインに立つ事すら出来ません。それはこの国に生きる全ての者への侮辱です」
「でも、俺は、マナを・・・」
「そんなに愛しいのなら愛人にでもなさって部屋に閉じ込め寵愛なさればよろしいのではありませんか?愛でるだけならば誰も文句は言いません。王としての責務と義務を果たせば貴方はあの子を愛して幸せな人生を送れる。そうでしょう?」
「ちがう、おれは、マナにそんなあつかいは、」
「----貴方のお兄様は貴方を愛しておられます」
「っ、うそだ!!!!兄上は俺が嫌いなんだ!だからいつも冷たいし、俺を認めない!!」
俺よりも優秀な兄上。小さい頃から比べられて負けないように追い越せるように必死で頑張った。だから俺は王位継承権の第一候補になれたんだ!!!!
「貴方は幼い頃からお兄様に負けないように何でも必死で取り組んでいました。ワタクシもその努力は認めております。全てはお兄様に勝ちたいという思いからでしたがその結果、貴方は王として相応しいと思わせるだけの力を身につけました。誰もが貴方を認めている」
「そうだ、俺は兄上とは違う!!!!」
「貴方は知らないのです。あの方はご自分で王位継承権を放棄なされたということを」
「な、に・・・・」
フィーリアナが言っている意味が解らない。兄上が自分で?そんな訳がない。そんなはずがない。だって、いつだって兄上は俺を馬鹿にしてた。兄上にかなわない俺を馬鹿にしてたんだ。
「あの方は第一王子として生まれながらも病弱で幼い頃から周りの方に王に相応しくないと陰口を囁かれ続けていました。だから貴方が産まれた時に貴方に託そうと決めて王になるためではなく貴方を王にするために生きる事を決めたのです。貴方があの方より優秀であれば誰もが次の王には貴方をと求める。でも手を抜いたんじゃ意味がない。ですから貴方の反抗心を上手く利用して今の関係を作り上げました。憎まれる事などどうでもいいと思っていたのです。あの方は貴方にとても大きな罪悪感を抱いていますから」
「ざいあくかん?兄上が、俺に?まさか、そんなものあるはずない」
「いいえ、あります。お兄様は貴方に王という重いものを背負わせる事を後悔し続けています。自分が健康だったら、自分にもっと特別な力があれば、自分がもっと強ければ、そうして毎日貴方に悪いと思い続けて、それでも貴方の為に憎まれている。どうして貴方は気づかないのです?王様も王妃様も城の者も知っています。あの方を見てれば誰だって気づく。それは、貴方があの方を見ていないからではありませんか」
うそだ、そんな、そんなことあるわけない。あにうえが、おれのために、おれに、ざいあくかん?
うそだ、うそだ、それじゃあ、おれは、いままで、あにうえを、
「-----メイドに会いに城を抜け出す前に他にするべき事があるのではないのですか」
今まで見た事もないくらい冷たい視線が突き刺さる。
「貴方が城を抜け出すのは勝手ですけど、それが原因で誰かが処罰されると貴方はどうして考えないのでしょうね。それほどまでにあの子が大事ですか?」
「処罰だと、」
「当然ですわ。無断で抜けだしたのでしょう?貴方を守る騎士も貴方に仕える侍女も城を守る兵士も全て罰せられますわ。首を切られても文句は言えません。貴方は自分の周りにいる人間が変わった事にすら気付かないかったのだろうけど」
その言葉に言い表せないくらいの恐怖を抱いた。俺がマナに会いに行ったせいで誰か死んだのか。俺の勝手な行動で人が死んだ?そんな、そんなつもりなんかなかった。俺は、ただ、マナに会いたくて。
「王子として死んで行くのは別にかまいませんけど王子じゃなくなるのだけは止めてくださいね。何も出来ないのならせめて形だけでも王子でいて民を安心させてください。まさか、たった1人のメイドのためにご自分の身分を捨てようなんて馬鹿げた考えは持っていませんよね?そんな愚かな事、この国に生まれた民が哀れすぎます」
「おれは、おれは・・・・」
「それでも愛してるというのならワタクシにはもう何も言えませんわ。ご自由になさってください」
冷たい瞳で俺を一瞥して去っていくフィーリアナ。たった数分の出来事だったのに、俺の全てを否定された。違う、俺の存在を否定したんだ。
「・・・・・どんな気分だったんだろう」
マナを妃にしたいと言った時の父上と母上の顔が思い出せない。あきれていた?それは俺に?反対するに決まってる。当たり前だ。今なら解る。そんな人間を民が認める訳がない。国の為に何ができる、何もできないじゃないか。
「はっ、俺も案外冷たいな」
あんなに好きだと思っていたのに今は何とも思っていない。逆に悪いところしか浮かばない。
俺を兄上と比べないのは(そもそも兄上を知らないんだから比べられるはずがない)俺自身を見てくれるのは(俺が背負っている物を簡単に”関係ない”と言い切るのは何もしらないから)俺が来るたびに話を聞いてくれるのは(他の人間は働いてるのに勝手に”大丈夫”と決めてた無知)一生懸命頑張ってるのは(そんなの他の人間も同じだ。マナだけじゃない)
「・・・・・・・・・・・どこを好きだと思ってたんだ」
マナの悪い面が次々に浮かび、逆にフィーリアナの聡明さが理解できた。だから、誰もが彼女を王妃にと望むんだ。当たり前だ、彼女以外に王妃に相応しい人間はいない。そんなの俺以外みんな知っていたというのに。
「兄上と話をしないと。それから父上と母上に謝罪。・・・俺の所為で傷ついた人にも謝らないと」
それからフィーリアナに俺自身を認めて欲しい。今までの考えが全部壊された今なら解る。1度も俺の名前を呼んだ事がない彼女。それは呼ぶに値しないから、彼女にとって俺は自国の王子。それだけの存在。誰がなっても一緒。兄上の名前は呼ぶのに。あぁ、兄上は認められてるんだ、いいな。うらやましい。やらないといけない事はたくさんある。フィーリアナがしてる事だって本来なら俺がしないといけない事なんだ。なのに何も知ろうともせず甘い道に逃げてた。フィーリアナは俺より年下なのにもう、手の届かない場所にいる。どうすれば手が届く?どうすれば彼女に好きになってもらえる?
「・・・・幸い、俺の味方は多い訳だし」
フィーリアナと結婚したいと言えば多くの人間が俺の味方になる。周りから囲んで逃げ出せないようにしてからでも手が届くならそれでいい。いや、そうじゃないと届かない。それでも絶対に手に入れたい。彼女は俺のものだ。
「優しい愛はあげられない。だって、お前はもう俺にチャンスはくれないから。でも、それでもあきらめない。諦められない。・・・・・・・・・・ごめん」
お前を愛する事を許して欲しい。絶対幸せにする。それだけは誓う。でも、悲しませないとは言い切れない。それでも愛してるんだ。