弟とワタクシ
僕の姉上はとても美しくて頭が良くて優しい人。でも姉上は僕がそう言うと悲しそうに笑ってこう言う。
『それはカミュが世界をしらないからよ』
世界は広くてたくさんの人がいる。だから自分が幸せだから他の人も幸せだと思うのは駄目よ。自分と同じ暮らしを誰もがしてると思っては駄目よ。ワタクシ達は恵まれているの。でもそれは運が良かっただけなのよ。ワタクシ達はたまたま貴族の家に産まれたから食べる物にも困らないし、寝る場所にも困らない。病気になればお医者様に見てもらえて欲しいものは手に入る。でもね、カミュ。それを当たり前を思っては駄目なの。自分の力で築いた訳でもないのに自分の力だと思うのは間違ってるのよ。勘違いしては駄目。誰にでも優しくありなさい。人に差し出す手を持ちなさい。けれど与え過ぎては駄目よ。必要なのは自分で生きていく力を持たせることなのだから。
僕が幼い頃からそう言っていた姉上は10歳の時に両親に不思議な事を言った。僕の両親は綺麗で優しくて僕等を愛してくれる人達。でも、それだけだと思う。毎日のように2人で貴族が集まる社交場に出かけて楽しい事だけを求めている。それが悪いとは言わない。何処の貴族だってそうやって人脈を広げて政治にいかすんだし。むしろ両親は単純に自分達が楽しむことだけが目的だからマシだと思う。僕と姉上も2人に連れられてよくパーティーやお茶会に出席してたけど、その度に姉上は苦しそうだった。僕には何が苦しいのか全然解らなくて、大好きな姉上が苦しんでるのを見るのが辛くて、だから両親に連れていかれるのが大嫌いになった。
姉上はとても頭が良い。勉強が出来るという意味じゃなくて、人間として賢いんだと思う。僕も学校や家庭教師に褒められるけど誰だって学べば身に付く学問だし。でも姉上は違う。姉上は生きる上で最も必要な知識だけを求めてた。そしてそれを身につけてたんだ。
「姉上、今度は何を考えてるんですか?」
「あぁ、カミュ。そうね、学校を広げようと思うの。もっと職種を増やして選択肢を増やそうと思って」
「今のままじゃ駄目なのですか?」
「そうじゃないけれど・・・選択肢は多いほうがいいでしょう?」
「そうですね。きっと喜ぶと思いますよ、みんな」
そう言うと笑みを浮かべて書類に集中する姉上。姉上のおかげでクシュターナ家の評価はどんどん上がり
他国からも注目される家になってしまった。街を歩けば感謝され、貴族の中でも別格扱いだ。両親は縁を結びたい人達からの誘いに答え昔よりも忙しそうだけど、楽しそうだから別にいい。姉上は素晴らしい。本当に尊敬してる。でも、だからこそ、悲しい。姉上はどんなに褒められても上を求めて歩みを止めない。自分の事よりも民の事を優先する。もしも王族ならそれは誰もが褒め称える行為だと思う。でも姉上はいち貴族の令嬢で、だから姉上への評価はいずれ姉上を苦しめる事になる。姉上が何かをするたびに姉上に鎖が巻かれてこの国から逃げ出さないようになっていく。きっと姉上もそれを解ってる。でも、そんな事よりも他人の幸せを優先するんだ。
「・・・・・・ねぇ、姉上」
「ん?どうしたのカミュ」
「僕が、姉上を守るからね。姉上が幸せになれるように僕が守るから」
「?よく解らないけれどカミュが守ってくれるのなら安心ね」
そうだよ、誰にも渡さない。それが王様であっても。姉上をあんな馬鹿王子にやってたまるか。うちのメイドに愛を囁く愚かな男。あんな女の何処がいいんだか。仕事も出来なければ人の気持ちも理解できない。自分が幸せならそれでいいタイプ。------両親と同じだ。でも、違う。両親はそのために他人を傷つけない。あの人達は善悪を理解している。でもあの女は違う。それが悪い事だと気づきもしないし人を傷つけてる事を知ろうともしない。そんな女に愛を告げる男に姉上を渡せるはずがない。
「・・・・・・・・・とりあえず力を身につけないとね」
今のままじゃまだまだ、及ばない。手段なんて選ばない。姉上が幸せなら僕も幸せ。姉上が悲しむならその原因を消してあげる。姉上が苦しむならその原因を壊してあげる。それが、王家だとしても。冷酷、残虐、非道。どんな言葉だって気にならない。だって僕の人生は姉上で始まったんだから。姉上が僕の生きる意味なんだ。だから姉上しかいらない。
「大好きだよ、姉上」
「ワタクシも大好きよ、カミュ」
姉上が心から幸せだと、生きていてよかったと言う日まで僕が姉上を守り続けるよ。