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「やぁやぁ、お嬢さんたち。部活選びに迷っているようだねぇ~」
前髪をかき上げながら、軽い感じの声をかけてきたのは、ひとりの男子生徒だった。
「僕は流瀬智騎、二年生さ。この僕が、キミたちにピッタリ合った部活を選んであげるよ~」
背も結構高めだし、ぱっと見はカッコいいかもしれない。
ともあれ、こんな喋り方をしていたら、絶対に避けられてしまうと思う。
それなのに、本人はこれがいいと思って疑わないといったような雰囲気で、ひたすらあたしたちに馴れ馴れしく話しかけてくる。
ふにゅ~、こういう人、レイちゃんは嫌いだろうな~、なんて思っていたら案の定、
「あなたのような方とお話することなんて、わたくしたちにはありませんの。すみませんが、通していただけますか? 正直に申し上げさせていただくと、邪魔です」
レイちゃんは顔色を変えることなく、淡々と言ってのける。
いくら一年生とはいえ、こんな黒髪の美人にそう言われたら、普通の神経をしている人であれば、なにも言えなくなってしまうと思う。
だけど、相手は並の神経の持ち主ではなかったようだ。
「ふっ。そんなに照れなくてもいいじゃないか。でも、キミの美しい笑顔を曇らせてしまうなんて、僕はなんて罪深い男なんだ。お詫びの印といってはなんだけど、僕からキミたち全員にスウィートで素敵な時間をプレゼントさせてもらうよ」
一方、レイちゃんも並の神経の持ち主ではなく。
「雑音の再生は、そろそろ終わりまして? では、失礼」
流瀬先輩の言葉を完全に受け流し、あたしたちを連れて歩き去ろうとする。
「そんなに急がないで、ゆっくり僕と歩いていかないかい? きっと素晴らしい日々に出会えるはずだよ」
先輩も負けじと追いすがる。
ダッシュで駆け抜けてしまえば早そうだけど、レイちゃんとしては、それも負けた気がして嫌なんだろうな。
「ほら、キミたちからもなにか言ってあげてよ。僕と楽しい時間を、過ごしたいだろう?」
どこからそんな自信が湧いてくるのやら。流瀬先輩は避けられていることにまったく気づく気配がない。
いつもうるさいカリンちゃんですら、どうやって対応していいかわからず黙ったまま。
あたしやセイカちゃんに至っては、完全にレイちゃんの背後に隠れて目を合わせないようにしている状態だった。
それなのにこの人は、いったいなんなの~?
澄ましてやり過ごそうと懸命だったレイちゃんのこめかみも、ピクピクし始めている。
ふにゃ~、学園長さんみたいにドラゴンになったりはしないと思うけど、さすがのレイちゃんだって怒りが爆発しちゃうかも……。
そんな心配を胸に、それでもなにもできないあたしは、ただレイちゃんの陰に隠れて歩くのみ。
もちろんそのあいだも、流瀬先輩は矢継ぎ早に喋りかけてきていた。
「ほら、お嬢さんたち、そろそろ僕とともに過ごすスウィーティーな学園生活に思いを馳せて、我が部に入部したくなってきただろう?」
いったいいつまで続くのだろう。
……って、あれ? この人、最初、あたしたちに合った部活を紹介してあげるって言ってなかったっけ?
今の言い方からすると、これって結局、自分の所属している部活への勧誘なの!?
……思いっきり逆効果な気がするけど……。
おそらく、みんなも気づいたのだろう、タイミングを合わせたかのように、ため息を漏らしていた。
と、そんなあたしたちの目の前に、すっと躍り出る影――。
「あなたの勧誘じゃダメですわ」
ゲシッ!
明らかに鈍い音がして地面に倒れ伏す流瀬先輩。
ほのかに甘い香りを振りまくその影は、何事もなかったかのようにレイちゃんの目の前に立ち、優雅な仕草でスカートの裾を軽くつまみ上げて頭を下げる。
「失礼致しました。私どもは、生徒会執行部です。あなた方四名を、勧誘に伺いました」
ニコッ。
優しげな微笑みを向けるその人の足の下には、ボロ雑巾のような扱いを受ける流瀬先輩が転がっていた。
☆☆☆☆☆
「え~っと……」
とっさには声が出ない。だって、生徒会執行部だなんて。
「部活じゃないじゃない」
冷静にレイちゃんが突っ込む。
「ノンノン。生徒会執行部……ほら、『部』とついていますでしょう?」
さも当たり前のようにそうのたまう女性。
「ご挨拶がまだでしたわ。私は生徒会長の鶯繭魅です。よろしくお願いしますね」
ニコッ。
会長さんは再び笑顔を浮かべる。
「うにゅ~。でも、生徒会なんて無理です~。責任感とか、実力とか……」
さすがに驚いたけど、生徒会なんて新入生で右も左もわからないあたしたちに務まるはずがない。
しかも特殊な魔法科専門の学校の生徒会なんて。
「奥ゆかしいその態度も微笑ましくていいですわね。わかりました。今日のところはご挨拶だけにしておきます」
ニヤッ。
会長さんの顔は、さっきまでの爽やかな笑顔から、イタズラっぽい表情に変わる。
「ですが、あなた方は生徒会に入ることになりますわ。覚えておいてくださいませ。おーっほっほっほ!」
そんな悪役じみた笑い声を残しつつ、黒いマントをひるがえして去っていった。
……ボロ雑巾……いえ、流瀬先輩を引きずりながら。
「……とりあえず、帰りましょうか……」
唖然としながらもどうにか発せられたレイちゃんの言葉に、あたしたちは黙って頷くことしかできなかった。