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驚愕の入学式から二日後。
あたしたちは拍子抜けするほど平穏な日々を過ごしていた。
魔法科専門の学校とはいっても基礎は大切ということなのか、一年生の授業は、国語やら数学やらの一般科目と、魔法関連でも基礎を学ぶ科目がほとんどだった。
ふにゅ~、そういう授業ばっかりだと、なんか中学校時代と変わらない気がして、愛美谷学園に入れたんだっていう実感が湧かないわ。
ともかく、今日もそんな平穏な一日が終わり、帰りのホームルームの時間となっていた。
「あの、あの、み、みなさん、きょ、今日も一日、お、お疲れ様、でし……た……」
語尾がほとんど聞こえなくなってしまっているけど、教壇に立って話をしているあの人が、あたしたちのクラスの担任である倉敷早兎子先生だ。
去年大学を卒業したばかりの新米先生とはいえ、あまりにも不慣れすぎるのではないかと、このあたしですら思ってしまう。
でも学園長が、「あなたなら大丈夫よぉ~! 一年生の担任に決定ね!」と言って、問答無用だったみたい。
ほんとに大丈夫なのかな、この先生……。
「あの、その、今日はとくに、れ、連絡事項も、あり、ません……。な、なにか、連絡とか、ある人、います、か……?」
思わず、先生、頑張って! と応援の声をかけたくなってしまうほど、おどおどした口調でそう言うと、早兎子先生は教室内を見回す。
その目には、「だ、誰も、連絡なんて、しないで、ください」とでも言いたげに涙が浮かんでいた。
先生は自分の名前がとても気に入っているようで、早兎子先生と呼んでくださいと、初日からあたしたちにお願いしていた。もちろん、しどろもどろになりながらだったけど。
すでに全クラスメイトからエールの視線が送られている状況の中、どうにかこうにかホームルームは進んでいく。
「そ、それでは、これで、ホームルームを、お、終わりに、しま、す……。き、気をつけて、か、帰って、くだ、さい……ね……」
言い終えるやいなや、そそくさと教室を出ていこうとする早兎子先生は、教壇のある一段高くなっている場所から下りるときに、盛大に顔面からずっこけた。
「あうぅ~……」
真っ赤になった鼻を押さえて涙目になった顔をちらりとあたしたちのほうに向けると、
「うううううう~~~~!」
早兎子先生は声にならない声を上げながら、走って出ていってしまった。
「こんな小さな段差で、しかも顔面から転べるなんて、とっても器用だに~」
なんて言っているカリンちゃん。
だけど、あたしにはわかる。あたしだって、同じようなことがよくあるもん。
「まるで、マナみたいね」
的確なツッコミのレイちゃんだった。
「んふ。でも、早兎子先生って、思わず応援したくなっちゃうよね」
自然とあたしたちの会話に入ってきたのは、セイカちゃんだ。
それ自体はいいのだけど、気になるのは、やっぱり……。
「男のくせに、『んふ』なんて笑い方するなぁ~~~!」
思わず首も締めてしまうってものだ。
「い……いや、さすがに首はダメなのだよ、マナティ!」
「マナティ言うなぁ~~~!」
暴れるあたしを鎮めるのは、レイちゃんの役目だった。
「うふふ、えいっ!」
斜め四十五度から入る、うなじの辺りへの鋭いチョップ。
どうしてレイちゃんはチョップするとき、あんなにも嬉しそうなのだろう。
なんて冷静に考えられる余裕なんてなく、あたしは痛みでのたうち回る。
そんな姿も、この教室ではごく日常的な光景となりつつあった。
☆☆☆☆☆
さて、何事もなかったかのように、あたしたちは四人一緒に昇降口へ。
こうやって一緒に帰るのも、ありふれた日常になっていた。
女の子三人の中に男の子であるセイカちゃんがまざっているのに、まったく違和感がないっていうのも、ちょっとどうかと思うけど。
それはともかく、昇降口から校門へと続く、ロータリーになっている広場まで出たあたしたちは、さすがに驚かされた。
そこに、すごくたくさんの生徒たちが集まっていたからだ。
「どうやら、部活の勧誘みたいね」
いつもどおり、冷静に状況を分析するレイちゃん。
でもでも……。
「よかったらあなたも一緒に、掘りゴタツについて研究してみませんか!?」
「世界中に散らばるマイナーなスポーツに日の目を! 来たれ、マイナースポーツ部!」
「時代は猫! 猫こそ我らが命! さあ、猫部へ!」
「美容はやっぱり気になりますよね!? だったら、ここ! ダイエット部へおいでませ!」
「カツゼツが悪いとお嘆きのあなた! 是非、早口言葉研究部へ!」
なんだか、妙に変な部活ばっかりな気が……。
くらくらくら。
めまいを覚え始めるあたしたちだったのだけど。
よもや、その背後にさらなる変な人が迫っていようとは、まったく思ってもいなかった。