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「な……なんなのだ、こりは~っ!?」
カリンちゃんが綺麗な声で叫んでいる。
そりゃあ、叫びたくもなるよね。体育館で入学式をしていたはずなのに、いきなり目の前でドラゴンが炎のブレスをまき散らしているだなんて。
体育館は今や、吐き出された炎が燃え移って大惨事。
首を高々と持ち上げたドラゴンによって、天井も抜け落ちてしまっていた。
水組を中心に、一部の生徒が率先して消火活動や避難の手伝いをしていたけど、臨機応変に対応できる新入生なんて、ごく稀なケース。ほとんどの生徒は、ただおろおろするばかりだった。
こんな状況で、先生方はなにをしているのか。そう思って見回しても先生方の姿はない。
生徒たちを危険な場所に残したまま、真っ先に逃げ出したってこと!?
ふにゅ~、ひどいよぉ~!
ボウワッ!
おろおろきょろきょろわたわたぽよぽよしていたあたしの足もとを、炎がかすめた。
今は先生方に対する文句を言ってる場合じゃないみたい。
でも、あたしにできることなんて、早く逃げるくらいしか……。
「なに言ってるのよ。わたくしたちは魔法使いなのよ?」
ふと、背後から声がかかる。
さすがに今の状況には焦っているみたいで声が上ずってはいたけど、もちろんそれはレイちゃんだった。
あたしはべつになにも言ってはいなかったのだけど、やっぱり考えていることなんてお見通しなのだろう。
びしっと背筋を伸ばして立ち、鋭い目つきでドラゴンを睨みつけているレイちゃんの姿は、ホントに凛々しい。
ふにゃ~、なんて男らしいんだろう。
「こら、どさくさ紛れに失礼なこと考えないで! わたくしは華麗な淑女ですわよ!」
レイちゃんの叱責の声を受けるあたしのそばでは、カリンちゃんも身を潜めていた。「男らしい」レイちゃんの体に隠れるように。
「……あんた、わざとやってない? ……ま、いいわ。ともかく、どうにかしないと」
「う、うん、そうだよね……」
とはいえ、どうすればいいんだろう?
と、そんなあたしたちの目の前を、見るからに危なっかしい、あたし以上におろおろした子がふらふらと横切る。
必死に逃げようとしてはいるようだけど、ほとんど足は前に出ていない上に、今にももつれてしまいそうな……。
そう思った矢先、
「きゃんっ!」
可愛い悲鳴を上げて、その子はあたしたちの目の前で思いっきり転倒した。
「大丈夫?」
慌てて伸ばしたあたしの手を、涙目でつかむその子。
うひゃ~、なんて可愛い子なんだろう。……神様って不公平だわっ。
「あ、あ、ありがとう……」
やっぱりまだおどおどしながら、その子は微かな声でお礼を述べる。
そんな様子もとっても可愛らしい。やっぱり神様って不公平。
「キミ、早く逃げるのがいいのだよ!」
カリンちゃんがその子を促す。
うん、それがいいよね。あたしはつないだままだったその子の手を引いて出口に向かおうとする。
そのとき、あたしたちの目の前を塞ぐように、燃え盛った天井の一部分が崩れ落ちてきた。
「うわわあっ!」
可愛さのカケラもない悲鳴を上げるあたし。
その腕をつかんで引き戻してくれたのはレイちゃんだった。
「もう、危ないじゃない、ぼーっとしないの!」
「うにゅ~……」
あたしは恐怖心も相まって、まともな言葉を返せなかった。
レイちゃんは、まだあたしが手を握ったままの、おどおどした子に向き直る。
「逃げるのも危険な状況だわ。あなたも手伝いなさい!」
「は……はい……」
その子は震えながらも、レイちゃんの勢いに負けたのか、小さく頷いていた。
☆☆☆☆☆
「だけど、どうすればいいの?」
あたしは、頭脳明晰なレイちゃんに判断を委ねる。
「そうね……。水組の人たちも頑張って消火活動をしているけれど、大もとをどうにかしないと」
大もと……ってことは、つまり……。
「あのドラゴンを鎮めないとダメ、ってことだに」
「ええ、そうなるわね」
「で……でも、あんなに大っきいんだよ!? あたしたちじゃ、近づくことさえできないよぉ~!?」
あたしが不満の声を漏らす。あんな巨大なドラゴンを相手にするなんて……。
と、レイちゃんが、おどおどした子に話しかけた。
「あなた、名前は?」
「……えっと、桜実聖架です」
「得意な魔法属性は?」
「……風です」
「ふむ、いけそうね。じゃあ、こうしましょう」
レイちゃんは、あたしたち三人に手早く指示を出す。
作戦の開始だ!
「うにゅ~~~~っ!」
あたしは気合いを入れて、レイちゃんに指示されたものを具現化させる。
気合いを入れているような声じゃないとよく言われるけど、あたしにとってはこれが一番気合いを入れやすいのだ。
カリンちゃんもセイカちゃんも、それぞれ集中して自分の役割をこなしていた。
カリンちゃんは、その綺麗な声で小鳥のさえずりを真似ている。彼女は鳥魔法が得意なのだ。
鳴き声のモノマネが、はたして魔法なのかというのは、とっても微妙な気がするけど。
セイカちゃんは、さっき言っていたように風魔法が得意ということで、辺りにそよ風を吹かせていた。
炎がそこかしこで燃え盛っている状態では、余計に危険な気もするけど、目的は別のところにある。
さらに、花魔法が得意なあたしは、ドラゴンの姿へと変わり炎のブレスを吐き出している学園長さんの周りに、お花畑を具現化させていた。
これも炎が燃え移りそうで危険なように思うかもしれないけど、それは大丈夫。
実際に物質化しているわけではなくて、そう見えるだけなのだ。立体映像みたいなものかな。
たくさんの花に囲まれ、爽やかなそよ風を受け、綺麗な小鳥のさえずりを聞き、ドラゴンは明らかに落ち着きを取り戻しつつあった。
それでもまだ、弱まったとはいえ、炎を吐き出し続けている。
やっぱり、あたしたちの魔法じゃ弱すぎるみたいだよ。どうしよう~?
そんな焦りをよそに、一歩前に踏み出すレイちゃん。
彼女が右手を振り上げると、そこには薄闇が広がった。
レイちゃんの得意なのは月魔法。夜の闇を具現化させたのだ。
暴走していたことで疲労が溜まった上に、あたしたち三人の魔法で落ち着き始めていたドラゴンの学園長さん。
辺りが暗くなって急激な眠気に襲われたのだろう。
今までの暴走が嘘のように止まり、長い首をだらりと下げる。
そしてそのまま巨体を滑らかに倒すと、あっさり眠りに就いてしまった。