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うぅ……。
勢いよく飛び出して巨大カタツムリの注意を引きつけはしたものの、考えてみたら作戦とか戦略とか、そんなのまったく考えていなかった。
いったい、このボクになにができるっていうのだろう……。
カタツムリが、ぐおおおお、と大音響を轟かせながらこっちを向くと、その巨大さにボクは目を見張った。
首が痛くなるくらいに見上げなければ、そのカタツムリの顔らしき部分は見えない。そんな巨大な物体が、ボクの上に影とべちゃべちゃな粘液を落とす。
うううう~……。
思わず腰が引けてしまう。
……いけないいけない。ここは、ボクが頑張らなきゃ!
いくら魔法科で有名な愛美谷学園に入学したといっても、まだ一年生。基礎の授業があるだけで、実践的な魔法なんてまだ教えてもらっていない。
ということは、今までの生活で身につけてきた、得意属性の魔法で頑張るしかない。
ボクは、ぐっと腕に力を込める。
バチバチバチバチ!
カタツムリは、ボクを目標に定めたようだ。放電する音だけでも耳を切り裂かれそうになる。
直撃を受けたらひとたまりもないだろう。
じっとりとした汗が髪の毛を張りつかせる。
ボクの風魔法の場合、いくら得意属性だといっても、他と比べれば少しだけ得意、という程度だ。
こんな巨大なカタツムリを切り刻めるような風を起こせるわけじゃない。
だから、一瞬を待つ。
ぐおおおおおおおおん!
カタツムリの咆哮が鳴り響く。
カタツムリって、うなり声を上げたりするんだ……。もっとも、普通のカタツムリとは違うのかもしれないけど。
と、ダメダメ。集中しなきゃ。
ボクはじっとカタツムリを睨みつける。
そして、カタツムリが動いた。
触角を前方に垂らすようにして、ボクを目がけて電撃を放つ。
このときを待っていた!
毒を持つ生物は自分の毒で死んだりはしないというけど、いくらなんでも自分で放った電撃だから自分には効かない、なんてことはないはず。
両手を大きく振り上げ、ボクは風を起こした。
電撃を、風で弾き返そうと考えたのだ!
風で電撃の進行を食い止め、さらに跳ね返すだなんて、そんなことが本当にできるのか、それはボクにもわからない。
でも、他に思い浮かばなかったボクには、この作戦に賭けるしかなかった。
ブワァーーーーーーッ!
電撃の凄まじい轟音の前では頼りない風の音。
だけど、どうにか電撃の進行は止まったように見えた。
とはいえ、弾き返すには至っていない。
……ここで諦めちゃダメだ! 頑張らなきゃ!
気合いを振りしぼると、風はその勢いを増し、台風のように渦巻いた。
その猛り狂った渦の奔流によって、電撃は綺麗に百八十度、方向転換する。
バリバリバリバリ、バババババババババ!
電撃は、放出した巨大カタツムリ自身を包み込み、激しい閃光と耳をつんざくような音の洪水を生み出す。
ひとしきり暴れ回っていたカタツムリは、みるみるうちにその巨体を縮めていき、やがて、見えなくなった。
静かになった教室の中央付近に歩み寄ってみると、飾られていたアジサイの上に、普通サイズのカタツムリが一匹、ちょこんと乗っかっていた。
☆☆☆☆☆
「ご……ごめんなさい……」
呆然と成り行きを見ていた生徒たちの後ろから、バツが悪そうにつぶやきながら出てきたのは……。
「レイさん……?」
いつもとは違った雰囲気で戸惑ってしまったけど、それはレイさんに間違いなかった。
「さっきの音は、なんだったのだ!?」
「セイカちゃん! 服も髪もそんなに乱れて、いったいどうしたの!? 大丈夫!?」
騒ぎを聞きつけ、駆けつけてくれたのだろう、カリンさんとマナさんも教室に入ってきた。
「あれ? レイっちまでいるに。どうしたのだ?」
「…………」
まだ軽く震えているレイさんだったけど、やがてポツリポツリと話し始めた。
「わたくし、カタツムリとかナメクジとか、ヌメヌメしたものが大嫌いなのよ……」
そうだったんだ……。
んふ。レイさん、ちょっと可愛い。なんて、笑ったら悪いかな。
「ふにゃ。だからアジサイのこと、嫌ってたのね~」
「なるほどに。雨に濡れたアジサイにくっついてるカタツムリは、ある意味梅雨の基本だもんに~」
マナさんもカリンさんもそれぞれ納得したようで、小さく頷きながら、レイさんを優しげな瞳で見つめていた。
「ええ。でも教室にあるアジサイなら大丈夫と思っていたのだけれど、見回りに向かうあいだに、本につれられてこのクラスに入ってみたら、アジサイの上にカタツムリがいて……」
「レイちゃん、見かけによらず、本読むの好きだもんねっ」
「見かけによらずは余計よ。……とにかく、それで慌ててしまって、思わず魔法を使って退治しようとしたの。そうしたら、どういうわけか巨大化して……」
レイさんは巨大になったカタツムリを見て、恐怖も同じように巨大化してしまい、震え上がって今まで隠れていたのだという。
それにしても、どうして巨大化なんてしたのだろう?
レイさんの魔法が失敗したってことなのかな?
と、そのとき。
パチパチパチ。教室内に突然拍手の音が鳴り響いた。