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二年水組の先輩たちとあたしたち四人の戦いは、激しいものとなった。
さすがにクラス全員で四人を相手にするというのはフェアじゃないからか、ミナミ先輩と流瀬先輩を筆頭に、その他二名がサポートにつく、といった体制であたしたちを迎え撃つ。
それでも、力の差は歴然としていた。
あたしたちが魔法を使って闇雲に水晶玉を奪い取ろうと躍起になっているのに、先輩たちは涼しい顔で軽々といなす、そんな状況だった。
「うにゅ~、やっぱりあたしたちじゃダメだよ~」
「泣きごと言わないの!」
「でも……もう、体力が……」
「男の子がなにを言ってるのだ」
あたしたちは声をかけ合って、どうにか気力を保つ。
「くすくす。焦っているようね」
対して、先輩たちは余裕しゃくしゃくの様子。
ふにゅ~、やっぱり敵わないよ~。
「では、そろそろ終わりにしましょうか」
「そうだな。それじゃあ、全力攻撃いくぞ、『いなか』!」
いつものおちゃらけた雰囲気を消し、至って真面目な表情で流瀬先輩が叫んだ途端、
ピタッ。
ミナミ先輩の足が止まった。
「うあっ、しまった!」
流瀬先輩が顔面蒼白になり、大げさな身振りで慌てている。
???
あたしたちには疑問符が浮かぶばかりだったけど、次の瞬間――。
「下の名前で呼ぶな~~~~~!!!!!!!」
普段の控えめな声からは想像もつかない大音量でミナミ先輩の叫び声が響き、
ザーーーーーーーーーーーー!
「うああぁぁああぁぁあぁぁん!!!!」
尋常ではない量の涙を滝のように流しながら、大泣きし始めた。
「うわわわっ!? いったいどうしたのかに!?」
「ミナミは、本名が南部稲香っていうんだよ。でも、その名前が大嫌いらしいんだ。だから絶対に下の名前は名乗らない。小学生の頃に、田舎者って散々いじめられたからみたいなんだけどね。こうなったらもう、手がつけられないんだ」
いつの間にかあたしたちのすぐ横にまで退避してきていた流瀬先輩が、セイカちゃんの陰に隠れるようにして、ぶるぶると震えながら解説してくれた。
いや、あの、いくらなんでも、セイカちゃんを盾にするなんて。セイカちゃんはすでに腰を抜かして使い物にならない状態なのに。
と、それは置いといて。
あたしはミナミ先輩に視線を戻す。
ミナミ先輩の両目から溢れる涙は、流れるというよりは、噴き出すと表現したほうがいいかもしれない。
周囲は水溜りになり、ぬかるみになり、沼になり、といった様子で、水かさがどんどんと増していた。
他の先輩たちも状況を理解したようで、水晶玉のある台座の辺りまで下がり、ミナミ先輩に怯えた目線を向けている。
「ふにゃ、いくらなんでも、あんなに涙が流れたら、水分がなくなっちゃうんじゃ……」
人間にとって水分は非常に大切だ。
体の一割の水分がなくなると死に至るというのだから、あんなに涙を流したら……。
うにゃ~~! ダメダメダメ、ミナミ先輩、泣き止んで~~~!
「ミナミの心配をしてくれるキミの優しさはよくわかったよ。でも、それは大丈夫。ミナミは水魔法の使い手だからね。あの涙も無意識の魔法によるものなんだ」
いつの間にそばまで来たのか、流瀬先輩があたしの肩に手を回しながら、取り乱しているあたしの気を落ち着かせてくれた。
ふにゃ~。初めて流瀬先輩が役立った!
あたしとしてはそう思って感謝の気持ちまで生まれていたのだけど。
「マナに触るな!」
「ふぎゃっ!」
すかさず繰り出されたレイちゃんの鋭い蹴りによって、流瀬先輩は、泥水をたっぷりとたたえた地面に顔から突っ込んでしまった。
「だけど、このままじゃミナミの涙によって、ここは水没してしまう。それどころか、この山から大量の水が流れて、僕たちの住む町自体が水没してしまうかもしれないよ。お嬢さんたち、どうにか、してくれ……ぐふっ」
かろうじて泥の中から顔を上げ、そう告げると、流瀬先輩は息絶えた。
「いや、殺さないでくれよ、マナちゃん……」
生きてたっ!
ちっ。……レイちゃんが、舌打ちする音が聞こえた。
今日もブラック・レイちゃんは健在みたい。
「……でも、どうすればいいのかな」
気を取り直して、あたしはレイちゃんに目を向ける。
「いつもどおりよ。わたくしたちは魔法使い。それを忘れちゃダメ」
「うん、そうだに」
「んふ。ボクも、頑張るよ」
「ふにゃ~。いつもどおり、ね。……レイちゃん、指示お願い~」
「はいはい、わかってるわよ」
レイちゃんの指示に合わせて、
カリンちゃんが鳥魔法で、ミナミ先輩をニワトリの気持ちにさせる。
セイカちゃんが風魔法で、ミナミ先輩の周りの空気の流れを止める。
レイちゃんが月魔法で、ミナミ先輩の周囲の明るさを奪う。
あたしが花魔法で、心を落ち着かせるお花をミナミ先輩の頭上に咲かせる。
ミナミ先輩は、鳥頭になってどうして泣いていたのかを忘れた。
ミナミ先輩が、自分の泣く声で今泣いているのだということを思い出さないように、耳に届く音を遮った。
ミナミ先輩が、自分の流した涙で泣いていたということを思い出さないように、目を見えないようにした。
そしてミナミ先輩は、少しずつだけど、落ち着きを取り戻していく。
やがて、辺りは静寂に包まれた。