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「昨日は大変だったに~」
翌日、あたしたちは朝のホームルーム前に集まって、いつもどおりのお喋りに興じていた。
言うまでもなく、話題は昨日のこと。
「うん……。でも、生徒会長さん、ボクたちが生徒会に入るって言いきってたよね……」
セイカちゃんがおどおどしながら言う。
朝は低血圧だからおどおどしてしまう体質なのだろうと、あたしは勝手に結論づけている。
「それにしても、とても目障りな物体がうごめいていましたわよね」
「ふにゅ~、仮にも先輩に向かって、目障りな物体なんて……」
レイちゃんのちょっとひどい言い方に、さすがのあたしもフォローを入れようとしたのだけど。
「あんなの、物体で充分よ。存在を認めているだけ、ありがたいと思ってもらいたいものだわ」
ブラック・レイちゃん、絶賛降臨中みたい。
「そろそろ早兎子先生が来る頃だに~。仕方ない、席に着くのだ」
「そうだね~」
そそくさと自分たちの席へと散らばる面々。散らばるといっても、みんなすぐ近くの席なんだけどね。
トタトタトタ。
廊下を走ってくる音が近づく。先生なのに廊下を走るなんて。
そんなことを考えている時間すらなく、早兎子先生は教室に飛び込んできた。
その顔は、驚きと焦りと涙でいっぱいだった。
「あ、あの、あの、みなさん、た、大変、です……っ! えっと、えっと、ウサギが、セミの、大行進で……っ!」
なにが言いたいのかまったくわからない先生の言葉が終わるよりも早く、その音はあたしたちの耳に届いてきた。
ジージージージー。
ツクツクホーシツクツクホーシ。
ミーンミンミンミンミン。
暑苦しい鳴き声が響き渡る。
「うにゃ~、な、なに!?」
「どう考えてもセミなのだに~」
「でも、まだそんな時期じゃないのに……」
「きっと魔法実験で失敗して逃げ出したとか、そういうことなんじゃないかしら。お姉様もよく、失敗しちゃいました、てへ☆ とか言ってごまかしていたみたいよ」
……レイちゃんの発言は、セミの鳴き声でよく聞こえなかった、ということにしておこう。
不意に、なにかが教室の中へと飛び込んできた。
それは――。
「わぁ~、可愛い~♪」
淡いピンク色のウサギだった。
クラスのほとんどが女子という魔法科の教室に、こんな可愛いウサギが飛び込んだらどうなるか。
そりゃあもう、我先にと飛び出し、その可愛いもこもこふさふさを抱きしめる。
教室には次々と、ピンク色のウサギが飛び込んできていた。
「これ、私の~♪」
「じゃあ、私はこっち~♪」
可愛い乱入者に、少し感覚が麻痺してしまっていたからか、ついさっきまでの鳴き声のことを忘れていた。
と――。
ジージージージー。
ツクツクホーシツクツクホーシ。
ミーンミンミンミンミン。
いきなり大音量が鳴り響く。
クラスメイトたちが抱きしめているピンクのウサギから。
どうやらこのセミの声のような音は、ピンクウサギの鳴き声のようだ。
「きゃぁ~~~~~☆」
鳴き声を上げる姿が愛らしいからか、女子生徒たちの悲鳴にも若干の余裕があるように思えたのは、あたしの気のせいだろうか。
それはともかく、耳をつんざくようなその音の反響の中、あたしたちにできることといったら、耳を塞ぐことくらいしかなかった。
こんな状態じゃ、授業なんてできるはずもない。
それどころか、あまりの騒音に具合まで悪くなったのか、倒れ込んでいるクラスメイトの姿もちらほらと見える。
うにゅ~、これって、ほんとにヤバい状態なんじゃない?
よく見れば早兎子先生まで、教壇にもたれかかって今にも倒れてしまいそうな状態だった。
「せ、先生~! 大丈夫ですか!?」
あたしは先生のもとへ向かう。それに続くカリンちゃん、レイちゃん、セイカちゃん。
「ど、どうやら、動けるのは、あ、あなたたち、四人だけ、みたい、です、ね……、この事態を、どうにかして、ください……、お願い、しま、す……」
どうにかしてって言われても……。
そうは思ったけど、早兎子先生、泣いて頼んでるし。
あたしたちは意を決して、教室をあとにした。




