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「ほら、マナちゃん~。早くしなさい~。遅刻しちゃうわよぉ~?」
あたしを急かすお母さんの声は、とってものんびりした口調だった。
思わずあたしも、ふにゃ~と気を抜いてしまいがちになる。
って、ダメダメ。遅刻するんだってばっ!
「え~ん、早く起こしてって言ったのに~。はむっ。ふぉれひゃあ、いっふぇひま~ふ!」
マーガリンたっぷりのトーストを口にくわえ、あたしは玄関へと急ぐ。
「だってぇ、お母さんだって朝は弱いんだものぉ~。あっ、マナちゃん~、食べながらなんて、はしたないわよぉ~」
「ふぇも、ひょうがないもん!」
靴を急いで履こうとするけど、焦っているからか、なかなか上手くいかない。
「姉ちゃん、落ち着けよ」
弟のイサキちゃんが呆れ顔であたしを見てる。
ふにゃ~。姉としての威厳が~。今さら遅すぎるとは思うけど。
イサキちゃんは、
「今日は入学式なんだろ~? 初日から遅刻すんなよ? 恥ずかしい」
なんて言いながら、しかめっ面をしていた。
「わふぁっふぇるよ~。……いっふぇひま~ふ!」
やっとのことで靴を履き終えたあたしは、急いで玄関を飛び出した。
「ほら~、マナちゃん~。カバン~、忘れたらダメでしょ~?」
「ふにゅ~」
慌ててお母さんの手からカバンをつかみ取る。
「あとでお母さんたちも行くからねぇ~。マナちゃんの晴れ舞台を、しっかり写真に収めなくっちゃ~。お父さ~ん、私たちも準備しないと~」
「もう僕の準備は終わってるから、あとはユメさんの準備だけだよ」
「あらぁ~、私まだ全然だわ~。大変~」
ほんとに大変だって思っているのかいないのか、家の中にのそのそと戻るお母さん。
うん、絶対にあたしの母親だ。間違いない。
って、ふにゃ~! そんなこと考えてる場合じゃなかった~!
「こんどこふぉ、いっふぇひま~っふ!」
三度目の行ってきますを口にして、あたしは走り出す。
「あんまり急いで、転ぶなよ」
イサキちゃんが余計な心配をしてくれる。
いくらあたしだって、登校中に転ぶなんて、週に一、二回くらいしかないよっ。
……余計な心配、じゃないのかも。
とにかく、今日から高校生。
心機一転、あたしは頑張るのだ。
初日から遅刻なんて、絶対にしないんだから!
☆☆☆☆☆
あたしは、綾音愛。今日から愛美谷学園に入学する高校一年生だ。
うちは、おっとりなお母さんの夢、優しいお父さんの希望、しっかり者な弟の勇気、そしてあたしの四人家族。
明るく笑顔の絶えない楽しい家で、あたしはそんな家族が大好きなのだ。
今日もいつものように、トーストをくわえて走るあたし。
目指す愛美谷学園は、結構有名な学校だったりする。
知ってのとおり、日本では魔法が一般教育に加えられ、普通科の高校であっても、最低限選択授業で勉強することになっている。
そんな中でも、ここ愛美谷学園は、日本でも有数の魔法科専門の学校。
家から近かったし、お母さんの母校でもあるので、小さい頃から憧れていた。
そんな憧れの高校に入学できて、あたしはとても幸せな気分。
入学式の前日に、胸が高鳴ってなかなか寝つけなかったのだって、当たり前ってもんだよね?
とはいえ、遅刻はダメ! 今は走らなきゃ!
あたしは走る走る走る走る転ぶ。
…………。
ふにゃ~。膝すりむいたよぉ~。
でも、あたしは負けない!
なんの勝ち負けだかわからないけど、素早く立ち上がってあたしは愛美谷学園の正門をくぐる。
そして門をくぐると同時に、予鈴が鳴り響いた。
ふ~、間に合った~。