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カガミノクニ  作者: 律森ちるは
楼の国の巫女姫
2/3

ありきたりなような…。



 ――嗚呼、はじまりは、何処からだっただろう。

 





 めいの国、りんの国、せいの国、ろうの国、そう呼ばれる四ノ国がこの世界の成り立ちから存在していた。

 各国々はそれぞれに国の象徴たる巫女を有し、またそれぞれが、我が国こそが“崩壊のトキ”、災厄を逃れ、神国となるという理想を掲げていた。


“崩壊の刻”


 それはまことしやかに囁かれている、この世界の理の一つとされている。

 世界が生まれ、人が歩みを成す。立ち上がり、栄華を極め、神々の恵みを忘れし時、訪れる滅びの刻。それが、“崩壊の刻”だと。

 理、とされているにも拘らず、その破滅的な意味合いから人々からは忌み嫌われている。しかし深く根付いていることも事実で、それ故に国々はこの理を逆手に取り、我こそが災厄を逃れる唯一の国である、と言い競っているのである。


 ――そんな世界の中、楼の国に祀られている巫女姫、カルタ。彼女の力は、どの国の巫女をも凌駕するであろうと、人々の間より恐れられ、謳われていた。








 朝の空気が、酷く冷え切っていた。ここ最近の寒波とも呼べるそれの所為か、随分と屋敷が寒々しく感じる。

 屋敷が、と表現するのが正しいのかどうか分からない。正確に言えば、この場所は確かに屋敷の一部だが、隔離されている為である。

 それも、深く深く、地下に。

 此処へと至る道は、暗く長い階段を降りて来るしかない。一日に訪れる人間は、彼女・・を除けば、ほんの数人しか居ない。

 誰かが、この場所を“果の牢獄”と呼んでいたような気がしたが、娘は、此処は“鳥籠”だと思っていた。

 羽ばたく事を忘れた、否、羽ばたく事を望まない鳥の、籠。

 微かに聴こえてくるのは、人ならざるモノの聲だけだった。


 ……カタン、と。


 軋む音に瞼を開くと、其処には何時の間にか、静かに佇む人影があった。美しく華やかな巫女衣装に身を包み、口元には軽く笑みを浮かべた、彼女。


「……お早う、ルカ」


 格子戸に白魚のような指を絡ませ、彼女は言った。さらり、と藍の艶やかな長い髪が、流れるように音を立てる。

 琥珀色の瞳――この国の人間は、この瞳を月詠の瞳(ツキヨミ)、と呼ぶらしい――に映るのは、同じ顔(・・・)


「今日は、何も聴こえなかった?」

「……ん」

 こくり、と頷く娘に、巫女衣装を纏った彼女は、「そう」とだけ呟いて、つまらなそうに辺りを見回した。この場所には、彼女の目を愉しませるようなものは何一つ置いてはいない。数瞬で見飽きたらしく、再び瞳が娘を捉えた。

「相変わらず何も言わないのね。つまらない

 くすり、と声に出して笑う彼女の声音は、鈴のように可憐だった――そう、可憐でいて、残酷だった。

「ねぇ……お前はずっと此処に幽閉されているのに、文句の一つも言わないわね。何故?」

「……その資格が無いと、言われているから」

「ええ……ええ、その通りよ。お前に文句を言う資格はないわ。分かっているじゃない」

 えらいわ、と満足げに格子戸の隙間から絡めていた指を解くと手を伸ばし、そっと、彼女は娘の髪に触れた。ゆっくりと撫ぜては、くすくすと笑う。

 されるがままに、娘は彼女を見つめた。今は穏やかに微笑んでいるこの顔も、何時再び激情に捕われるか分からない。それでも、何も言うことが出来ないのは、彼女こそが絶対の存在であるからだった。

「ねえ、ルカ。聲が聴こえたらすぐに言いなさいね。お前の役目はそれなの。私に聲を伝えることだけが、お前に与えられた存在価値なの」

 指先に力が入る。嗚呼、来る、と娘が思った瞬間に、彼女は娘の髪をギリ、と強引に掴みあげた。

「――憎いルカ……お前が生まれなければ、その聲は、その力は、私のものだったのに!」

 痛い、と声を上げることすら、娘には許されていなかった。ただされるがままに、彼女の声を聞く事しか出来ない。引張られた髪も、格子戸に打ちつけた身体も、何一つ抵抗をしてはならない。


 楼の国の象徴たる巫女姫、カルタの影となることが、彼女の生きる道なのだ。


「どうしてお前なんか生まれたのよ! 私と同じ顔、私と同じ声、私と同じ髪、私と同じ瞳! まったく同じ容姿なのに、どうしてお前が力を持ったのよ! どうして私じゃなかったのよっ」

 ガン、と打ちつけられた身体が軋み、痛みを訴える。それでもルカは、ただの一言も言葉を発しなかった。

 静かに、カルタの声を聞いていた。

 ……頬に摩擦の跡が残る頃、ようやくカルタは落ち着いたようだった。

 今度は再び優しくルカの髪を撫ぜると、「また来るから」と微笑んで、カルタは踵を返した。その背中に、ルカは「カルタ――」と小さく声を掛ける。するとカルタは、くるりと袖を揺らし、にこやかに振り返った。

「なぁに? ルカ」

「また……明日、来て、くれるの?」

 ルカのその言葉に、カルタはくすくすと笑って、もちろんよ、と頷いた。


「だってお前のことを一番分かってあげられるのは、私しか、居ないでしょう?」


 言い残し去っていくカルタの姿を、ルカはただただ見つめていた。

 やがて足音も去り、ルカは身体を冷え切った床板の上に丸め、瞼を閉じた。




 * * *




 楼の国では、“先見の巫女姫”を国の象徴たる巫女として祀っていた。


 四ノ国の中で最も“災厄”を回避することが出来るであろうと、人々から崇め奉られている、先見の力。それは、未来の事柄を予知する能力のことである。

 力を代々受け継ぐ巫女姫の家系は現在に至るまで、脈々とその血に先見の力を宿してきた。衰えることのない力は、国力を増強させ、国に住まう民の心に絶対的な忠誠と希望を与えていた。

 他の三ノ国に負けることのない、栄華を極めた国。楼の国はそれを誇っていた。


 ――だが、一つの異変が起こった。


 先代の巫女姫である女性が身籠り、子を産んだ。子は女児で、同じ顔、同じ姿を持つ、双子の娘だった。

 楼の国の先見の家系に生まれる子は、男児であれ女児であれ巫女姫と呼ばれ、先見の力を有している。たとえそれが他国で吉凶とされる双子であっても、二人に平等に、先見の力は現れていたのである。

 だが成長するに伴い、一人の巫女姫に異変が起こった。否、起こったのではなく、起こらなかったと言ったほうが正しいのだろうか。


 ……数え年五つで開花する先見の力が、現れなかったのである。


「カルタ様、お早う御座います」

「お早う御座います、巫女姫様。本日は桃のお茶葉が入りましたよ」

「そう……後で頂くわ。有難う」

 交わされる挨拶に軽く返事を返して、カルタは廊下を歩いていた。些か広すぎるこの屋敷を隅から隅まで移動するのは、随分と疲れる。それでも、十数年もまともに歩いていれば慣れてしまった。角の部屋から、紅の間と呼ばれる部屋まで、カルタは足早に歩を進める。

 紅の間には、朝一番にお目に掛かりたいと申し出て来た民を待たせている。民とはいえ、国で一番栄えている都の長だというのだから、それなりの地位のものなのだろう。カルタにはあまり興味はないが。

 襖を開けて部屋の中へ入ると、御簾の先に人の気配を感じた。どうやら、先方は待ちかねてたらしい。微かな襖の動きに反応するかのように息をのむ音が聴こえ、次いで深々と頭を下げた。

 御簾が音もなく上がり、両者は静かに対面した。

「巫女姫、カルタ様。本日もご機嫌麗しゅう――」

「お早う御座います、長様。お待たせしてしまい誠に申し訳御座いません」

 カルタが恭しくこうべを垂れると、「何を仰いますカルタ様!」と都長は慌てたようにかぶりを振った。まったく以って、立場が上の者に対する態度の手本のような反応である。

 カルタは気付かれないように息をつくと、「それで」そう言って微笑んだ。

「はい、本日も神託を賜りに参りました……カルタ様。我々は今日一日、何事もなく過ごせますでしょうか」

 都長の言葉に、カルタは「ええ……」と相槌を打つ。「大丈夫ですよ。先見の力は何も告げておりません。心穏やかに過ごせることでしょう」

「おお、左様で御座いますか! 有難や、カルタ様……それではわたくしめはこのことを何時も通り民に伝えます故……」

 深々と頭を下げた都長に、「本日も皆様に先見の加護が在りますよう。お気を付けてお帰り下さいませ」

と、カルタはもう一度深々と礼をしてから、静かに立ち上がり、部屋を後にする。

 ほんの少し後、年齢を重ねたやや重い足音とともに、紅の間から都長が立ち去る姿が見えた。


 毎朝の恒例行事である、先見の巫女姫の神託の光景。


 巫女姫の神託は、国にとって無くてはならないものであった。人々は都長から日々伝えられる巫女姫の神託を聞き、それを糧に暮らしているのである。

 年を重ねた年輩の民ほどその傾向は強く、しかしだからといって年若い者がそうでないかといえば、彼らもまた神託を敬い、巫女姫を敬っていた。

 故に。

 先見の力が開花しなかった巫女姫は、己の存在意義を見失ってしまった。

 いくら見ようとも、先のことは分からなかった。隣に座る己の片割れは、簡単に見えてしまうのに。七つの時に死別した母はどちらも分け隔てなく愛してくれた。だが、それでも成長するにつれて、心は枯れていく。


 何故――あのこに宿った力が、わたしに宿らなかったのだろう。


 疑問は疑念となり、疑念は疑惑となった。ひょっとしたら、あのこわたしの力を奪った所為で、この身に宿るべき力が宿らなかったのではないだろうか……?

 あのこが居る限り、わたしの存在意義など、無いに等しいのではないか……?

 或る日、とうとう疑惑を猜疑心へと変えた巫女姫あねは、巫女姫いもうとを果の牢獄と呼ばれる場所に幽閉した。妹は、何の疑いも持たずに姉の手に引かれ、其処に閉じ込められた。

 果の牢獄とは、一族に伝わる最も古い地下牢のことだった。今では誰も訪れることの無くなった、過去の遺産。遺産と呼ぶにはあまりにも暗いが、姉にとっては最高の遺産であり、贈り物であった。


『お前は、私の影。お前はこれからずっと此処に居るの。此処で毎日、私の為だけに言葉を紡ぎなさい。いいわね、……“ルカ”』

『……姉さま……それは、姉さまの、』

『いいわね、ルカ!』


 逆らうことを許さなかった。屋敷に戻り、必死に二人の巫女姫を探していた屋敷の人間に、彼女は、“姉”は自ら果の牢獄に身を置いた、と答えた。力を持たぬことを恥じて、巫女姫として人々の前に姿を晒すことは出来ない、と。“妹”である自分に、どうか人々を導いて欲しい。どうか、もう“ルカ”は居ないものと思って欲しいと、懇願した、と。

 涙を流しながら、どうか姉の意を汲んで欲しいと必死に訴える“カルタ”の姿は心打つ程美しく、誰もが彼女を疑わなかった。

 見分けがつく筈がない、“カルタ”となった彼女は微笑む。案の定、誰にも詮索されることもなく、カルタはその地位を手に入れた。

 影となり、“ルカ”となった妹はその日から、姉の為に力を紡ぐ籠の鳥となった。


 姉は力を求めていた。だが、その力は妹に宿った。

 姉は妹であることを望んだ。妹は、姉となりその身を巫女姫カルタに捧げることを決めた。




 * * *




 ぼんやりと天井を見つめながら、“ルカ”は“カルタ”の言葉を思い出していた。

 理不尽ともいえる幽閉の真相。それを知る者は誰も居ない。此処へ来る屋敷の中の誰かは皆、自分を“ルカ”と信じて疑っていないのだ。力を持たぬが故に姿を隠した、巫女姫だと。

 だが、何故甘んじて受け入れているのか、と聞かれたとしても、それは懺悔なのかもしれない、憐みだったのかもしれない。“ルカ”は今、その問いに答える術を持たない。

 ……けれど。

「ごめんなさい……姉さま――」

 彼女の苦しみに気付いてやれなかった己が、罪深い存在なのだろう。力を持たぬ巫女ということがどれだけ彼女を絶望させたのだろう、と、想像しても、分かりはしない。だからこそ、気付いてやらなければならなかったのだ。

 かつては心優しかった姉の、変化に。

 ――ならばこれは、やはり懺悔、なのだろう。

 塞がれた世界の中で、ルカは一人思う。こうして生きることを決めた、ただそれだけのこと。

 不意に感じた気配に、ゆっくりと身体を起こす。一人の女性が静かに錠の掛った格子戸を開け、申し訳程度の食事を置いた。この場所に来る数少ない屋敷の人間の一人だが、ルカは名前も知らない。

 再び格子戸に錠が掛けられ、あっという間に一人きりになる。特に、寂しいとも感じない。


 口に運んだ食事が、何時も通り重たく喉を通るだけだった。






此処から少しずつ色々展開していければいいなぁと……

設定諸々の確認作業だけで半日以上を費やしたとか……。

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